こんばんにゃ~北の猫男爵です。
僕が小学5年生ぐらいの頃、近所のスーパーのおじさん(社長)が僕にこう言いました。
『〇〇くん、顔もカッコいいしスポーツもできるから、ジャニーズに入ったらどうだ?おじさんツテがあるから紹介してやるか?』
僕のその時の心情としては『そんなことを言ってもらって嬉しいけど、そんなのこのおじさんが本当にできるわけないじゃん。』という気持ちでした。
よって、『いや、いいです』とハッキリと断りました。
しかし後になってよく考えてみると、地元で行われるお祭りなどには毎年、それほど名は通ってはいませんが、一応芸能人と呼ばれる人が来たりしていて、その芸能人たちはそのおじさんが芸能プロダクションを通じて呼んでいたのです。
僕が小学5年生の頃といえば、トシちゃんやマッチ、そしてシブがき隊や少年隊が全盛期で、光GENJIが世に出てくるちょっと前でした。
今、世間を騒がせているジャニー喜多川氏による性加害問題、もしも万が一僕がそのおじさんの誘いに乗って、仮に本当にジャニーズに入れたとしたら、もしかすると僕自身も被害者になっていたのかもしれない・・・
そう思うと、少しゾワっとするものがありました。
と、ここまでは僕が小学生の頃に経験した話と、もしそうだったらという仮定の話です。
そして、今のこの現実社会では、先日、東山社長がジャニーズ事務所の廃業と社名変更を表明しました・・・
世論では「当然」という人もいれば、「そこまでしなくても」という人もいます。
無論、ジャニーズファンは「ジャニーズ」という名前が消えることにショックを受けています。
その思いは、人それぞれあって良いと思います。
しかし、今一番大事なことは今後の被害者へのあらゆる面での救済だと思います。
ただ、本来であれば加害者本人が罪を償い、そして被害者に対し行うべきことを、本人亡きあとを事務所がそれを行わなければならなく、しかもその先頭に立たざる得ないのが、もともとは被害者たちと同じ立場にあった所属タレントであるということに何か矛盾を感じます。
「知っていたのに何もしなかったのだから、加害者同然だ!」という意見もあります。
しかし、当時まだ子供だった彼らに何ができたでしょうか?
大人になってからも、何かを話すことにより自身の仕事や立場を奪われてしまうのではないかという、ジャニー喜多川氏の見えない圧力を感じる中で、それを果たして口に出すことができたでしょうか?
例えば、学校でクラスで「いじめ」があり、机を並べている同級生たちは見て見ぬふりをする、それはなぜか?
それはそのことを誰かに告げると自分の身が危うくなるからです。
本当はそんなことではいけないことはわかっているのに・・・
勇気を出して言わなければ・・・でもできない・・・
先生たちも何となく「いじめ」がある雰囲気は察しているけど、触れないようにする。
自分は知らないふりをしていたほうが安全だから・・・
今回のジャニー喜多川氏による性加害に置き換えれば、いじめの被害者の同級生たちは所属タレントであり、先生は報道やメディアあるいはスポンサーなどの取引先ではないでしょうか。
みんながみんな、誰一人して手を差し伸べることができず、ただただ時だけが経過していった結果が今となっているのではないでしょうか・・・
無論、暴露本なども出ていたことからも、一般の僕たち国民も疑心案儀ではありますが少なからずその情報は得ていたはずです。
なのに、何もできなかった・・・
僕自身は性被害のことは噂レベルでも本当に聞いたことがなかったので、今回のことで初めて知りました。
しかし、テレビ局がある程度ジャニーズに忖度してるであろう、あるいはジャニーさんの圧力で所属タレントの不祥事がもみ消されたであろうという話は噂では聞いたことがありました。
なので、僕自身もそれを知りながら何もできなかった傍観者であり、その責任の一端はあるのかもしれません。
ジャニーズ事務所の記者会見やネットなどの書き込みを見ていると、何かジャニーズ事務所だけが悪者にされ、批判を受けているように感じますが、それには違和感を覚えます。
この問題は、加害当事者であるジャニー喜多川氏がいないために、最後はどういう方向に向かっていくのが非常に難しい問題ではありますが、これは社会全体が起こした問題であり、社会全体で解決していけなければならない問題ではないでしょうか。
もちろん、一番悪いのはジャニー喜多川氏であること、ここだけは絶対に揺るがない事実です。
今日、ジャニーズ事務所のビルについている「ジャニーズ」の看板が撤去されました。
その最後の姿を見に、多くのファンが事務所前に集まっていました。
涙を流し号泣するファンもいました。
性被害で苦しでいる被害者もいるのと同時に、涙を流し心を痛めているファンもいます。
ジャニー喜多川氏の性被害のせいで何十年も苦しんだ人もいるのも事実ですが、ジャニーズのおかげで悲しさや苦しさを乗り越えられた多くのファンもいるのも事実です。
ジャニー喜多川氏とジャニーズ事務所は全てが=(イコール)では無いのです。
そこを履き違えてはいけないと思います。
今は誰かを叩き誹謗するのではなく、今後二度と同じことが起きないように社会全体が考え直す時ではないのでしょうか。
少なからず僕もジャニーズ事務所というところの素晴らしいエンターテイメントに楽しまさせてもらった1人の国民ですし、その華やかな舞台に憧れをもっていた1人の少年でした。
もう、「ジャニーズ」というものはこの世から消滅はしますが、その思い出は消えることはありません。
と同時に、その創業者であるジャニー喜多川氏に裏切られた気持ち、そこには腹立たしさを強く感じています。
僕もその憤りや怒りをどこかにぶつけたいです。
でも僕はジャニーズ事務所やそこに所属するタレントにはぶつけたくはありません。
なぜなら、ぶつけたところで何も解決しないから。
「J」が消える日に、今僕はそう思っています。
それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)
(今日の珍地名)はお休みします。
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