芸能・音楽

2025年11月30日 (日)

サヨナラ、編集長。

こんにちにゃ~北の猫男爵です。

早いもので今日で11月も終わり、いよいよ明日からは「師走」一年最後の月に突入です。

毎年言っていることになりますが、本当に一年が過ぎるのは早いですね。

2025年の残り1ヶ月、まずは元気で過ごし、やり残したことのないように時間を大切にしていきましょう。

さて、そんな今日は先日飛び込んできた訃報の話題です。

雑誌編集者を経て、作家やエッセイストなどマルチな活動で、テレビやCMなどでも活躍していた嵐山光三郎さんが11月14日に83歳でご逝去されていたことが、所属事務所から発表されました。

奇しくも今日は日曜日です。

僕ら世代にとっては、この「嵐山光三郎」という名前を聞くと真っ先に思い浮かぶのが、『笑っていいとも!増刊号』です。

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日曜日の午前中に放送されていたこの番組は、前週分の月曜日~金曜日までの『笑っていいとも!』の放送をダイジェスト版で振り返る番組で、平日は学校に通っている学生たちにとっては、日曜日にこの『増刊号』を見るのが楽しみの1つでもありました。

その『増刊号』の初代編集長として出演していたのが嵐山光三郎さんでした。

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この顔、今見ても本当に懐かしく感じます。

温厚で歯切れの良い喋り口調、そして時折見せるユーモアな一面、トレードマークである口ひげ、当時小学生~中学生の年代だった僕にとっては、優しいおじさんというイメージでした。

今回亡くなったことで知ったのですが、本名は祐乗坊英昭(ゆうじょうぼう・ひであき)さんという非常に珍しい名字の方でした。

本名が既に芸名にような感じです。名前だけのイメージだと、まさに作家になるべくしてなったようにも思えます。

本業の作家やエッセイで活躍する傍ら、『笑っていいとも!増刊号』でその知名度が一気に上がり、その後は彼が関わった雑誌やテレビ番組は人気となり、1980年代の若者文化の担い手として多大なる活躍を見せていました。

料理、旅行、温泉、釣り、競輪など趣味は幅広く、1992年には日本人のコメ離れに歯止めをかけようと「日本ごはん党」を結成し話題も集めました。

その83年間の人生は、作家として数多くの功績を得るとともに、日本に新たな文化を起こし、あらゆるジャンルに大きな影響を与えた、素晴らしい人生だったのではないかと僕は勝手に思っています。

嵐山光三郎さんの、ご冥福をお祈り申し上げます。

サヨナラ、編集長・・・

それでは今日はこのへんで。チャオ(Ciao!)

(今日の気になるワード)

「編集長」→「編集長」とは雑誌や書籍の媒体全体を総括する最高責任者で、船で例えるならば船長のような存在です。ドラマなどでよく耳にする「デスク」、こちらは編集長の指示のもとに具体的な企画の進行や編集業務を管理する、言うなれば現場の司令塔という存在です。

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2025年3月 1日 (土)

ただ泣きたくなるよ・・・

こんにちにゃ~北の猫男爵です。

昨年の12月6日、あまりにも突然にその訃報は飛び込んできました・・・

それは、ミポリンの愛称で女優・歌手として活躍していた中山美穂さんが自宅の浴室で死亡しているのが見つかったという、信じられないニュースでした・・・

しばらく現実のことなのかを理解することができず、頭が真っ白になりました。

僕ら世代にとっては同じ年代を共に生きた、まさにトップアイドル。

出す曲はどれもヒットし、ドラマでも数多く主演を務め、僕が過ごした青春時代はミポリンというアイドルと共に過ごした時代でもありました。

時折起こる芸能人の突然の訃報には、いつも衝撃と深い悲しみを感じますが、いつもテレビで見ていた人がある日突然見ることができなくなることは、本当に心の中にポッかりと穴が空いたような感覚に陥ります。

亡くなる直前に収録していたドラマも1月にオンエアされ、その姿を拝見しましたが、その時も亡くなったことが全く信じられませんでした。

それは、ミポリンが天国へ旅立ってから3ヶ月余りが経った今も同じです。

今もテレビをつければ、普通にミポリンがそこにはいそうな気がします。

子供の頃からテレビっ子だった僕は、ドラマや歌番組で活躍するミポリンの姿が今も鮮明に思い出されますし、その姿に何度、勇気と感動をもらったことでしょう。

今日3月1日は、ミポリンの誕生日です。

本来であれば、今日は自分の55歳の誕生日をお祝いしながら過ごした1日になったことでしょう。

それを思うと、本当に心痛な思いになります。

でも、彼女の姿は未来永劫に僕の心の中で生き続けていくので、これからも彼女の優しい笑顔は決して色褪せることはありません。

そんな今日はミポリンを偲んで、ミポリンの楽曲とドラマをそれぞれ、勝手に僕が好きなランキングにしてご紹介してみたいと思います。

まずは、<僕が好きなミポリンのドラマBEST10>です!

第10位 『Love Story』(2001年)

第9位 『おいしい関係』(1996年)

第8位 『誰かが彼女を愛してる』(1992年)

第7位 『セーラー服反逆同盟』(1986年~1987年)

第6位 『な・ま・い・き盛り』(1986年)

第5位 『逢いたい時にあなたはいない・・・』(1991年)

第4位 『もしも願いが叶うなら』(1994年)

第3位 『毎度おさわがせします』(1985年~1986年)

第2位 『眠れる森』(1998年)

第1位 『ママはアイドル!』(1987年)

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どれもこれも好きなドラマばかりで難しい選択でしたが、やっぱり1980年代のアイドル全盛期の頃のミポリンのドラマが好きです。特に『ママはアイドル!』は設定がおもしろかったですし、毎週見るのが楽しみだったことを思い出します。

 

続いては<僕が好きなミポリンの曲BEST10>です!

第10位 『C』(1985年)

第9位 『WAKU WAKUさせて』(1986年)

第8位 『遠い街のどこかで・・・』(1991年)

第7位 『ツイてるねノッてるね』(1986年)

第6位 『BE‐BOP‐HIGHSCHOOL』(1985年)

第5位 『「派手!!!」』(1987年)

第4位 『世界中の誰よりきっと』(1992年)

第3位 『You’re My Only Shinin’Star』(1988年)

第2位 『色・ホワイトブレンド』(1986年)

第1位 『ただ泣きたくなるの』(1994年)

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こちらもどれも1位になっても不思議でないくらい好きな曲がズラっと並びました。1980年代のアイドル全盛期の曲の中では僕は『色・ホワイトブレンド』が一番好きで、この曲を聴くと『春が来たな~』という穏やかな気持ちになります。そして1994年に発売された『ただ泣きたくなるの』は、少し大人になったミポリンの魅力が溢れた曲で、本当に心にグっとくるものがあります。

今、この曲を聞いちゃうと、僕が本当にただ泣きたくなります・・・

中山美穂さん、どうか安らかに天国でお過ごしください、心よりご冥福をお祈りいたします。

そしてあなたはこれからもずっと僕の心の中で生き続けます。

それでは今日はこのへんで。チャオ(Ciao!)

(今日の気になるワード)はお休みいたします。

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2025年2月13日 (木)

学園天国♪

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

2月も半ばに差し掛かり、明日2月14日は「バレンタインデー」です。

50歳を過ぎたオジサンには全く関係のないイベントではありますが、この時期になると国生さゆりの『バレンタイン・キッス』が流れて、当時の超可愛い国生さゆりの映像を見れるのが、オジサンの年に1度の楽しみでもあります(笑)

以前お話したと思いますが、当時爆発的人気を誇っていたおニャン子クラブでは、新田派(会員番号4番:新田恵利)と国生派(会員番号8番:国生さゆり)でファンが二分しており、それは小学生だった僕の学校でもそうでした。僕は断然、国生派でしたけどね。

そんな昔の思い出話ついでというわけではありませんが、最近、娘と王子(息子)が、やたらと昔の懐かしい曲を歌っています。

その曲は『学園天国』です。

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『学園天国』といえば、1974年に発売された「フィンガー5」の4枚目のシングルで、今でもテレビの懐かし映像とかでたまに見かけることがあります。

1974年に生まれた僕にとっては、もちろんリアルタイムで「フィンガー5」が『学園天国』を歌っているところは見たことはありません。

というか僕の中での『学園天国』は、大好きだったキョンキョン(小泉今日子)の『学園天国』の方が断然印象に残っています。

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ドラマ『愛しあってるかい!』の主題歌でもあり、音楽番組でもよく歌っていたので、僕は『学園天国』を口ずさむ時はキョンキョンの方の『学園天国』をイメージしながら口ずさんでいます。

たぶん、娘と王子が歌っているのもキョンキョンの方の『学園天国』だと思うのですが、どうしてそれを急に歌いだしたのかを子供たちに尋ねても、『よく、わからない』と言って明確な答えが返ってこないので、その真意は不明です。

歌い出しが『ヘーイヘイヘイヘーイヘイ♪』とノリの良さがあるので、色々な場面でカバーされたり使用されることの多い曲で、明るく親しみやすさもあるので、きっと昭和、平成、そして令和と時代が移り変わっても歌い続けられているのだと思います。

ちなみにこれは余談ですが、キョンキョンの『学園天国』の時のバックバンドは、あの野村義男(よっちゃん)と、C‐C‐Bの渡辺英樹という豪華なバックバンドで、よっちゃんが編曲も担当しています。

きっと明日も我が家では、子供たちの『ヘーイヘイヘイヘーイヘイ♪』という元気な歌声が響き渡ることでしょう。

それでは今日はこのへんで。チャオ(Ciao!)

(今日の気になるワード)

「キョンキョン」(KYON×2)

今日のブログは小泉今日子さんの話題でしたので、せっかくなので「キョンキョン」というニックネームの由来についてお話をします。どうして「キョンキョン」になったかというと、どうやら小泉今日子さんが小さい頃、当時上野動物園に来日して大ブームを起こしたパンダの「カンカン・ランラン」に引っ掛けて、近所のオバサンが落ち着きのない彼女の様子を見て「キョンキョン」と呼びだしたのが由来らしいです。

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2024年4月 9日 (火)

『First Love』

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

ここ数日は気温が20℃に迫る勢いの日が続き、春というよりは一気に初夏に近い陽気となりました。

今日はあいにくの雨模様でしたが、間違いなく春はやってきています。

このままの感じだと今年は北海道でも桜の開花が少し早いかもしれませんね。

さて、話はガラっと変わりますが、昨日の夜テレビを見ていると『CDTV』に歌手の宇多田ヒカルが出演していました。

そして、なんとあの名曲『First Love』をテレビでは24年ぶりに熱唱していました。

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妻と2人で24年前の時代を思い浮かべながら聞き入ってしまいましたが、あの頃の彼女の歌声ももちろん素敵でしたが、大人になりさらに深みを増した彼女の歌声には思わず時を忘れて心が引きつけられました。

宇多田ヒカルのことを知らない、我が子供達に色々と彼女のことを説明していると、娘が『「君が心をくれたから」の歌を歌っていた人だよね?』と言いました。

『あっ!そうだ、凄いじゃん、よくわかったね。』と僕は娘に言いました。

確かにあのドラマの主題歌『何色でもない花』を歌っていました。

あの歌も本当にドラマにあった素敵な歌だったの、僕も子供達も大好きで今でもたまに口ずさんでいます。

話を名曲『First Love』に戻しますが、この曲は僕の中では宇多田ヒカルの数多くある曲の中でもBEST3に入る大好きな曲です。

20代だった当時は、何度も何度も繰り返し聞いていました。

そしてこの曲といえば、ドラマ『魔女の条件』の主題歌でした。

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1999年に放送されたこのドラマは松嶋菜々子(当時26歳)演じる女性教師と、タッキーこと滝沢秀明(当時17歳)演じる男子生徒との「禁断の愛」を描いた作品で、当時は世間でも注目され視聴率も高い数字をたたき出していました。

ちょうど放送時期が4月からのクールだったので、今のこの時期と同じ感じでなんだか目を閉じると当時の思い出が色々と蘇りました。

全校生徒の前で『私は黒澤光君を愛しています』と告白した松嶋菜々子のあのシーンはあまりにも有名ですが、僕が憶えているのはタッキーが校内にある木に登りその上でカレーパンを食べているシーンです。

それを見ていて何だか無性にカレーパンが食べたくなって、ドラマを見終えるとすぐにコンビニに行き、カレーパンを買って食べた記憶があります。

昨日の『First Love』を聞いていると、そんな記憶が一気に次々に蘇りました。

ネットなどを見ていると『魔女の条件』はなかなか再放送ができないと書いてありました。内容が今の時代にそぐわないし、コンプライアンス問題がネックだと・・・

先日の『GTOリバイバル』のお話でもそうでしたが、なんだか色々な意味で自由が利かないこの令和の時代に比べ、20年前のあの時代は良い時代だったなと本当につくづく感じます。

なんでも「時代のせい」ということで片づけるのはあまり好きではないのですが、今はそういう風潮になってしまってる、まさにそんな「時代」なんでしょうね。

今日は僕が20代だった頃の「良き時代」の光景を思い浮かべながら、宇多田ヒカルの『First Love』を聞きながら眠りに就くことにします。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の昭和の有名人しりとり)

「尾崎亜美」→「三田村邦彦」

『太陽にほえろ』のジプシー役や、『必殺仕事人』などで1980年代を中心に活躍した俳優さんで、僕も小さい頃はよくテレビで拝見していました。

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2023年12月20日 (水)

記憶の扉②~心に残る女性デュオ~

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

今日は先月からスタートした新シリーズ企画「記憶の扉」の第2弾をお送りしたいと思います。

ドイツの心理学者エビングハウスによる実験では、「人間は覚えたことを1時間後に50%忘れ、24時間後には70%を忘れてしまう」という結果が出てます。

『我々が追い出されずにすむ唯一の楽園は思い出である』これはドイツの小説家、ジャン・パウルの名言です。

そして『人は記憶力がなくなっていくのではなく、記憶という扉の鍵を見つけれなくなる生き物である』これは僕猫男爵の名言です(笑)

僕の心の中に眠る記憶を思い出し、懐かしさと思い出を呼び起こす企画、それが「記憶の扉」です。

一応、不定期ではありますが、数ヶ月に1回ぐらいのペースでできればと思っています。

それでは、今日もあの合言葉でスタートしましょう!

『Open the door to memory!』

前回は『スケバン刑事のリリアンの由真』をご紹介しましたが、今回第2弾としてお送りするのは僕が今も心に残っている女性デユオです。

そのデユオの名前はズバリ!

「MANISH」(マニッシュ)です!

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皆さんの中にも懐かしいと思った方もいるかと思いますが、MANISHは1990年代半ばに活躍した女性デユオです。

元々はDALI(ダリ)という4人組アイドルグループとしてデビューしたメンバーの中から、高橋美鈴と西本麻里が選抜され結成されたのが、MANISHです。

今でも僕は鮮明に憶えています。高校3年生の冬休みに見ていた音楽番組に登場した2人の女性、圧倒的な美しいビジュアルと、ボーカルの高橋美鈴の透き通った歌声、僕は一瞬で虜になりました。

その時、聞いた曲がデビュー曲『恋人と呼べないDistance』でした。

その後は、WANDSの上杉昇と織田哲郎が作った楽曲『声にならないほど愛しい』や、大黒摩季が作詞した『素顔のままKISSしよう』、大黒摩季作詞、織田哲郎作曲の『君が欲しい全部欲しい』などヒット曲を連発し、あっという間に人気を得ることに成功しました。

大学生になった僕はほぼ毎日、MANISHの歌を聞いていた記憶があります。

アップテンポなポップロック調、そして抜群の歌唱力は本当に聞いていて気持ちが良かったです。

10枚目のシングル『煌めく瞬間に捕われて』は、当時人気絶頂だったアニメ『スラムダンク』のエンディングテーマとしても使われており、さらにMANISHの人気に拍車をかけました。

しかし、そんな彼女たちは1998年に突然解散・・・

僕はMANISHの歌が聞けなくり、凄く残念な気持ちになったことを今でも覚えています。

現在は2人とも音楽業界とは一切関わりをもっておらず、一般人として普通に暮らしているようですが、僕としてはもう1度、2人の姿をテレビで見たいような気もしますが、そこはそっーとしておいてあげたほうがいいかもしれませんね。

25年間も音楽をしていなければ当然ブランクもあるでしょうし、MANISHはあの時のMANISHのままで僕の記憶の中に眠らせておくことにします。

MANISHは2人とも年齢的には僕と同じぐらいなので、きっと家庭を持ち平穏に暮らしていることでしょう。

そんな彼女たちを思い浮かべながら、今日は久しぶりにMANISHの歌を聞いてみようと思います。

ちなみに今日12月20日は、MANISHのデビュー曲『恋人と呼べないDistance』(1992年)がリリースされた記念すべき日です。

あれから31年、MANISHの歌声は僕の中で全く色褪せることなく心に響いています。

では、このへんで、僕の「記憶の扉」を閉めることにします。

『Close the door of memory!』

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の珍地名)はお休みします。

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2023年10月19日 (木)

幾多の名曲を残し・・・

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

先日、突然耳にした訃報・・・

歌手の谷村新司さんが今月の8日に亡くなっていることが報じられました。

あまりの突然の知らせに、僕は一瞬言葉を失い、そして衝撃を受けました。

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谷村さんとえば、アリス時代には『冬の稲妻』『チャンピオン』など、そしてソロになってからも名曲『昴-すばる-』、そしてご存知加山雄三さんとのデュエット曲『サライ』など、幾多の名曲がすぐに思い浮かびます。

僕が小学生の頃には既にアリスが解散していたので、昔の懐かし映像などでアリスを拝見していましたが、堀内孝雄さんと矢沢透さんと3人で繰り出すメロディーは何か人を引き付ける魅力があり、子供ながらにもカッコイイと思ったことを今でも覚えています。

ソロ活動最大のヒット曲である『昴-すばる-』は国内のみならず海外でも人気のある曲で、僕もカラオケなどでは何度も歌わせてもらいましたし、谷村さんの『昴-すばる-』を聞いていると、言葉が心に染みてきて自然と涙が溢れてくるようなそんな楽曲でした。

山口百恵さんに楽曲提供した『いい日旅立ち』、これは昭和の歌謡曲の中でも1、2を争う名曲だと僕は今でも思っています。

百恵さんのあの声に、谷村さんが作った音楽と言葉がビッタリとハマっていて、本当に素晴らしい名曲だと思います。

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そして1992年に加山雄三さんとの夢のデュエットで誕生した『サライ』、24時間テレビのエンディング曲として30年以上の長きに渡り、国民に愛され歌い続けられた曲です。

僕も学生時代や20代の頃は友人たちとカラオケに行った際は、必ず最後にこの『サライ』を歌っていたものです。

昨年の24時間テレビで加山雄三さんが歌手活動を終えることが伝えられ、2人で最後の『サライ』を歌ったシーンは一生忘れることはできません。

もう本当にこの2人の『サライ』が聞けないんだ・・・と思うとグッとくるものがあります。

そんな谷村さんの残した幾多の名曲の中で僕が個人的に好きなのは、谷村さんがソロで歌った『三都物語』です。

「昨日、今日、明日、変わり行く私♪というフレーズが大好きで、今でも耳に残っています。

こうやって振り返ってみても、どの歌にもたくさんの思い出があり、谷村さんがいかに偉大なシンガーソングライターだったかがわかります。

昨日も僕は自宅でアレクサを使い、谷村さんの楽曲を何度も何度も繰り返し聞いていました。

何度聞いても、そのメロディーと言葉がグッと僕の心に響いてきました。

74歳という若さでこの世を去った谷村さん、まだまだもっと生きられたはずの人生だったと思いますが、谷村さんが残してくれた音楽はこれからもいつまでも色褪せることなく、後世に受け継がれていくことでしょう。

ありがとう、谷村新司さん、そして天国でも素敵な歌をたくさんの方に届けてください。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao)

(今日の珍地名)はお休みします。

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2023年10月10日 (火)

低下しても「1.2」って!

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

今日は10月10日、「10と10」を横にしてみると、目と眉に見えることから『目の愛護デー』だそうです。

最近僕も歳のせいか、だいぶ視力が低下してきており、疲れ目にもなりやすいので、今日ぐらいは目に気を遣おうと思います。

さて、そんな中、だいぶ前の話ですがこんな記事を目にしました。

『オスマン・サンコンが視力が低下して1.2に』という記事です。

まあ、普通に考えれば『1.2なら、まあ視力はそんなに悪くないじゃないの?』と思いますが、僕ら世代にとってはオスマン・サンコンといえば、人間を超越した視力の持ち主だいうのを昔から知っているので、『えっ?サンコン目悪くなったね!』と思います。

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ギニア出身の外交官として日本に来日したサンコンさんは、1980年代にタレントとしてテレビでも活躍し『1コン、2コン、サンコン!』のフレーズで大ブレイクしました。僕も子供の頃はよく言ってましたし、テレビでもよく拝見して楽しませてもらいました。

とても親しみやすく、いつも笑顔が絶えない方で、老若男女問わず人気のある外国人タレントでした。

そんなサンコンさんが今年の春に「来日50周年を祝うパーティー」で明かしたのが、先程の『視力が1.2』という話です。

一番見えていた時の視力が何と6.0ですから、そりゃサンコンさんにしたら、1.2は相当悪くなったと言ってもいいでしょうね。

ちなみに6.0あった時は、1km先のものが見えていたそうです(笑)

1km先って(笑)もう笑うしかありませんよね(笑)

そんなサンコンさんも今年で74歳になったそうです。

視力は今後も少しずつさらに低下していくかもしれませんが、まだまだこれからも元気に長生きして欲しいですね。

僕は今でも『元気が出るテレビ』で、早朝バズーカの餌食になった時のサンコンさんのあの驚いた姿などを思い出すと大爆笑してしまいます。

今、あんな番組やったら、コンプライアンスがなんだとか、人権がなんだって大問題になっちゃいますけどね(笑)

また機会があれば、テレビでサンコンさんの『1コン、2コン、サンコン!』という言葉を聞きたいです。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao)

(今日の珍地名)はお休みします。

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2023年10月 5日 (木)

「J」が消える日・・・

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

僕が小学5年生ぐらいの頃、近所のスーパーのおじさん(社長)が僕にこう言いました。

『〇〇くん、顔もカッコいいしスポーツもできるから、ジャニーズに入ったらどうだ?おじさんツテがあるから紹介してやるか?』

僕のその時の心情としては『そんなことを言ってもらって嬉しいけど、そんなのこのおじさんが本当にできるわけないじゃん。』という気持ちでした。

よって、『いや、いいです』とハッキリと断りました。

しかし後になってよく考えてみると、地元で行われるお祭りなどには毎年、それほど名は通ってはいませんが、一応芸能人と呼ばれる人が来たりしていて、その芸能人たちはそのおじさんが芸能プロダクションを通じて呼んでいたのです。

僕が小学5年生の頃といえば、トシちゃんやマッチ、そしてシブがき隊や少年隊が全盛期で、光GENJIが世に出てくるちょっと前でした。

今、世間を騒がせているジャニー喜多川氏による性加害問題、もしも万が一僕がそのおじさんの誘いに乗って、仮に本当にジャニーズに入れたとしたら、もしかすると僕自身も被害者になっていたのかもしれない・・・

そう思うと、少しゾワっとするものがありました。

と、ここまでは僕が小学生の頃に経験した話と、もしそうだったらという仮定の話です。

そして、今のこの現実社会では、先日、東山社長がジャニーズ事務所の廃業と社名変更を表明しました・・・

世論では「当然」という人もいれば、「そこまでしなくても」という人もいます。

無論、ジャニーズファンは「ジャニーズ」という名前が消えることにショックを受けています。

その思いは、人それぞれあって良いと思います。

しかし、今一番大事なことは今後の被害者へのあらゆる面での救済だと思います。

ただ、本来であれば加害者本人が罪を償い、そして被害者に対し行うべきことを、本人亡きあとを事務所がそれを行わなければならなく、しかもその先頭に立たざる得ないのが、もともとは被害者たちと同じ立場にあった所属タレントであるということに何か矛盾を感じます。

「知っていたのに何もしなかったのだから、加害者同然だ!」という意見もあります。

しかし、当時まだ子供だった彼らに何ができたでしょうか?

大人になってからも、何かを話すことにより自身の仕事や立場を奪われてしまうのではないかという、ジャニー喜多川氏の見えない圧力を感じる中で、それを果たして口に出すことができたでしょうか?

例えば、学校でクラスで「いじめ」があり、机を並べている同級生たちは見て見ぬふりをする、それはなぜか?

それはそのことを誰かに告げると自分の身が危うくなるからです。

本当はそんなことではいけないことはわかっているのに・・・

勇気を出して言わなければ・・・でもできない・・・

先生たちも何となく「いじめ」がある雰囲気は察しているけど、触れないようにする。

自分は知らないふりをしていたほうが安全だから・・・

今回のジャニー喜多川氏による性加害に置き換えれば、いじめの被害者の同級生たちは所属タレントであり、先生は報道やメディアあるいはスポンサーなどの取引先ではないでしょうか。

みんながみんな、誰一人して手を差し伸べることができず、ただただ時だけが経過していった結果が今となっているのではないでしょうか・・・

無論、暴露本なども出ていたことからも、一般の僕たち国民も疑心案儀ではありますが少なからずその情報は得ていたはずです。

なのに、何もできなかった・・・

僕自身は性被害のことは噂レベルでも本当に聞いたことがなかったので、今回のことで初めて知りました。

しかし、テレビ局がある程度ジャニーズに忖度してるであろう、あるいはジャニーさんの圧力で所属タレントの不祥事がもみ消されたであろうという話は噂では聞いたことがありました。

なので、僕自身もそれを知りながら何もできなかった傍観者であり、その責任の一端はあるのかもしれません。

ジャニーズ事務所の記者会見やネットなどの書き込みを見ていると、何かジャニーズ事務所だけが悪者にされ、批判を受けているように感じますが、それには違和感を覚えます。

この問題は、加害当事者であるジャニー喜多川氏がいないために、最後はどういう方向に向かっていくのが非常に難しい問題ではありますが、これは社会全体が起こした問題であり、社会全体で解決していけなければならない問題ではないでしょうか。

もちろん、一番悪いのはジャニー喜多川氏であること、ここだけは絶対に揺るがない事実です。

今日、ジャニーズ事務所のビルについている「ジャニーズ」の看板が撤去されました。

その最後の姿を見に、多くのファンが事務所前に集まっていました。

涙を流し号泣するファンもいました。

性被害で苦しでいる被害者もいるのと同時に、涙を流し心を痛めているファンもいます。

ジャニー喜多川氏の性被害のせいで何十年も苦しんだ人もいるのも事実ですが、ジャニーズのおかげで悲しさや苦しさを乗り越えられた多くのファンもいるのも事実です。

ジャニー喜多川氏とジャニーズ事務所は全てが=(イコール)では無いのです。

そこを履き違えてはいけないと思います。

今は誰かを叩き誹謗するのではなく、今後二度と同じことが起きないように社会全体が考え直す時ではないのでしょうか。

少なからず僕もジャニーズ事務所というところの素晴らしいエンターテイメントに楽しまさせてもらった1人の国民ですし、その華やかな舞台に憧れをもっていた1人の少年でした。

もう、「ジャニーズ」というものはこの世から消滅はしますが、その思い出は消えることはありません。

と同時に、その創業者であるジャニー喜多川氏に裏切られた気持ち、そこには腹立たしさを強く感じています。

僕もその憤りや怒りをどこかにぶつけたいです。

でも僕はジャニーズ事務所やそこに所属するタレントにはぶつけたくはありません。

なぜなら、ぶつけたところで何も解決しないから。

「J」が消える日に、今僕はそう思っています。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の珍地名)はお休みします。

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2023年2月 3日 (金)

目指せ!国民的アイドルグループ!

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

今日は2月3日「節分」でした。

皆さんも「豆まき」をされたことかと思います。

そして明日2月4日は「立春」です。

暦の上では「春」の到来なわけですが、雪国北海道ではまだまだ冬本番、寒さは依然と厳しいものがありますね。

ただ、陽はだいぶ長くなってきて、夕方5時ぐらいまでは明るいので、少しずつではありますが「春」に近づきつつあることは確かです。

さてそんな今日は、今我が家の中で話題となっている、あるアイドルグループについてのお話です。

そのグループとは、ズバリ「Snow Man」です!

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皆さんもご存知だとは思いますが、ジャニーズ事務所所属の9人組のグループで2020年にCDデビューをしました。

あのタッキー(滝沢秀明)が「SixTONES」と共に初めてプロデュースを手掛けたアイドルグループとして、当時は話題になりました。

僕自身も当然そのことは当時から知ってはいましたが、それほどあまり興味を持ってはいませんでした。

ところが、昨年あたりから妻がとにかく『Snow Manは良いよ~』と連呼するようになり、そして娘も興味を持ち始め、さらには6歳の王子までもが興味を持ち、我が家ではいつの間にかほぼ毎日「Snow Man」のことが日常会話で話されるようになりました。

妻は以前からドラマや映画などでメンバーの誰かが出たり、歌番組でのダンスの上手さにも着目していたようで、我が家イチの「Snow Man通」です。

世間一般的にもメンバー全員が出演して主題歌『ブラザービート』を担当し、昨年公開された実写映画『おそ松さん』が大ヒットを記録した辺りから、「Snow Man」は注目されてきたようですが、やはり極めつけはメンバーの目黒蓮が主演を務めたドラマ『silent』での人気上昇でしょうね。

あのドラマで目黒、そして「Snow Man」というグループの存在がさらに大きくなったと思われます。

今年に入ってからも、テレビをつければCMやバラエティーに「Snow Man」のメンバーの誰かを目にしない日は無いほど、人気は急激に右肩上がりだと思います。

レギュラー番組の『それSnow Manにやらせて下さい』(通称:それスノ)も我が家ではずっと見ていますが、とてもおもしろい番組でいつも大爆笑しています。

考えてみても、これまで国民的アイドルグループと呼ばれた事務所の先輩である「SMAP」や「嵐」に共通するのは、ドラマ、映画、CMのみならず、バラエティーでも活躍できること。あらゆるカテゴリーでのスキルを持ち、それぞれが自分の個性を活かして活躍の場を広げられること、そして何より国民に愛される存在だったということです。

人数的には「SMAP」も「嵐」も5人で、「Snow Man」は9人とその倍近い人数ではありますが、このメンバー9人はそれぞれに個性があり、今も既にそれぞれが活躍できる場を持ってテレビやメディアに出演しているので、僕的にはこのまま躍進し続ければ「SMAP」や「嵐」のように、国民的アイドルグループと呼ばれる存在になれるんじゃないかと、そう勝手に思っています。

ではここで、勝手にメンバー紹介!

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①岩本照(いわもと・ひかる)29歳、グループのリーダーで愛称は「ひーくん」。鍛え上げられた筋力で身体能力の高さはメンバー1です。

②深澤辰哉(ふかざわ・たつや)30歳、愛称は「ふっか」。メンバーの中で最年長でもあり、MCを担当することが多いです。

③ラウール(本名:村上真都ラウール)19歳、愛称は「ラウール」。メンバー最年少で、ベネズエラ人(父)と日本人(母)のハーフで、その端正な顔立ちとスタイルの良さでモデルとしても活躍し、ダンスの上手さも群を抜いています。ちなみにジャニーズ初のパリコレでもモデルを務めました。

④渡辺翔太(わたなべ・しょうた)30歳、愛称は「しょっぴー」。美容に関する意識が高く、ジャニーズきっての美容男子と呼ばれており、美容雑誌の表紙を飾ったり賞を受賞したりもしています。

⑤向井康二(むかい・こうじ)28歳、愛称は「こーじ」。日本人(父)とタイ人(母)のハーフで、タイで生まれたためにタイでムエタイのジムに通っていたこともあります。趣味はカメラで連載を持っています。

⑥阿部亮平(あべ・りょうへい)29歳、愛称は「あべちゃん」。ジャニーズ初の大学院修了生(上智大学)という頭脳を活かし、クイズ番組などでも活躍するジャニーズきっての知性派アイドルです。

⑦目黒蓮(めぐろ・れん)25歳、愛称は「めめ」。スタイルの良さと甘いマスクで今注目度NO・1のアイドルです。その人気ぶりは、彼が表紙を飾れば街から雑誌が消えると言われる程で、ドラマに映画に今後は引っ張りだこになること必至です。

⑧宮舘涼太(みやだて・りょうた)29歳、愛称は「だて様」。しょっぴーとは幼稚園からの幼馴染です。ドラマや映画だけでなくバラエティーでも活躍できる器用さがあり、実は料理も得意です。

⑨佐久間大介(さくま・だいすけ)30歳、愛称は「さっくん」。アニメが大好きでピンク色の髪の毛がトレードマークです。

このように9人が多種多様で、それぞれ個性が溢れており、僕の中では既に十分に「国民的アイドルグループ」です。

ちなみに我が家では、妻が好きなのは「めめ」、娘が好きなのは「めめ」と「ラウール」、王子が好きなのは「だて様」、僕が好きなのは「ラウール」と「あべちゃん」です。

いずれにしても今、芸能界で一番の注目のアイドルグループが「Snow Man」であることに間違いはないと思います。

今後の彼らの活躍に大きな期待をしたいと思います。

目指せ、国民的アイドルグループ!「Snow Man」!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の珍地名)

『スケベニンゲン』→オランダの南ホラント州のデン・ハーグという地域にある地名で、正確にはオラダン語では「スヘフェニンゲン」と発音し、「斜面の村」という意味だそうです。北海に面しているため観光地としても賑わっています。珍地名には結構下ネタ系の地名が多いので、今後もそういう類のがちょいちょい登場するかもしれませんが、あしからず(笑)

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2022年6月 3日 (金)

Uruにウルウル。

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

6月がスタートして3日が経ちました。

6月といえば運動会シーズンですが、我が家の娘の運動会も明日行われます。

心配なのは天気です・・・なんとか無事に天候が持ってくれることを祈ります。

さて、4月からスタートした連続ドラマもいよいよ佳境に近づいてきました。

今クールも、おもしろいドラマが目白押しで、毎日録画した番組を見るのが追い付かない状態です。

そんな今クールのドラマたちの中で、僕が一番注目しているのは二宮和也主演の『マイファミリー』です。

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毎週日曜日夜9時の日曜劇場枠で放送されているこのドラマは、誘拐事件を背景に家族や友人たちの人間模様が描かれたミステリーというか、サスペンスというか、エンターテインメントドラマです。

それぞれの回をみるたびに、犯人の予想が毎回コロコロと変わってしまう想像以上の展開に、僕はハラハラドキドキしながら楽しみに視聴しています。

そしてこのドラマのエンディングで流れる歌が、また僕の心をグッと引き寄せる実に良い歌です。

『なんとなく聞いたことある声だな・・・』と思っていたら、2年前に放送された同じTBSの日曜劇場『テセウスの船』で、エンディングテーマ曲だった『あなたがいることで』を歌っていたUru(ウル)の歌声でした♪

透明感のある、あの何とも言えない癒される声が今回の『マイファミリー』というドラマにもピッタリとマッチしていて、実に良い歌で、毎回ウルウルしちゃっています。Uruだけに!(笑)

エンディングに使われている曲は『それを愛と呼ぶなら』という曲で、一昨日の6月1日にリリースされたばかりです。

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今後もUruの歌声をもっともっと聴けるのを楽しみにしています。またUruの歌声にウルウルきちゃうと思います。

そしてドラマ『マイファミリー』の今後の展開も非常に楽しみです。

果たして誘拐事件に関わる真犯人の姿、黒幕の正体は一体誰なのか?

現段階の僕の予想では!

A説:濱田岳が演じる「とどっち(東堂)」の元奥さんが犯人という大胆予想です。ドラマ上では娘の心春ちゃんが誘拐されたあと消息不明になっているので、もしかしたら心春ちゃんの誘拐じたいが元奥さんの狂言で、今も心春ちゃんと2人で生活してるのではないか?原因は刑事の仕事で家を空けっぱなしだった旦那(濱田岳)に対する仕打ち?じゃないかなと・・・

B説:二宮和也演じる鳴沢温人の母親(神野三鈴)と、温人の妻の多部未華子演じる鳴沢未知留の父親(大友康平)が共犯で、実は全ての誘拐事件の黒幕だった?

C説:玉木宏演じる神奈川県警捜査一課の葛城警部が、実は当時同僚だった濱田岳に対し何らかの恨みを抱き、その娘を誘拐し、その後も誘拐事件を引き起こしているのではないか?

D説:鳴沢温人の会社で取締役を務めている備前雄介、理由は何となく怪しい・・・温人のビジネスパートナーである高橋メアリージュン演じる立脇は、いかにも怪しいのでそこは逆に無いと思います。

E説:全ての出来事が二宮和也演じる鳴沢温人を驚かせるための、壮大なドッキリ!

まあ、最後のE説はおふざけですが(笑)

たぶん、正解はこの中にはないのかもしれません。それくらいこのドラマのクライマックスは想像ができませんし、そこが凄くおもしろいところでもあります。

ちなみに僕の妻は、ドラマ開始当初から一貫して、犯人はサンドウィッチマンの富澤たけし演じる吉乃捜査一課長だと言っています。

たぶん、次回の放送を入れて残りは2~3話で最終回だとは思いますが、皆さんもどうぞ色々な想像を膨らませてドラマを楽しんでみてください。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の名曲しりとり)

『バナナの涙』→『大都会』(クリスタルキング)

昭和育ちの僕ら世代であれば、皆さんよくご存じのクリスタルキングの名曲です。

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