西大立目永。
こんばんにゃ~北の猫男爵です。
3月に入り、湿った重い雪が降り、うんざりしている方も多いかと思いますが、気温がだんだんと高くなってきたので、雪が解けるのも時間の問題だと思います。もう少しの辛抱です、春はもうすぐそこです。
そして、そんな春の到来を告げるのが、阪神甲子園球場で開催される選抜高校野球大会です。
今年も全国から選ばれた32校により、3月19日から12日間に渡り、熱き球児たちの戦いが幕を明けます!
既に開幕しているWBCと重なり、今年は春から野球で盛り上がりそうです!
そんな選抜高校野球大会の組み合わせ抽選会が今日行われ、いよいよ相手も決まり初戦へ向けて各校が本番モードに突入です。
僕も開幕が今か今かと待ち遠しく感じています。
そんな今日は高校野球の話題に触れてみたいと思います。
まず、今日のブログの題名を見て、皆さんは『何だろう?』と思ったはずです。
もしかすると、高校野球マニアの方であれば気づいたとは思いますが、「西大立目永」これは人の名前です。
正確には「西大立目」までは姓で、「永」が名です。
読み方は「西大立目(にしおおだちめ) 永(ひさし)」と読みます。
僕は幼少の頃から高校野球観戦が大好きでしたので、もちろん春と夏の高校野球もテレビで毎日見ていました。
そして試合の中で、変わった名前の審判がいることも気づていました。
それがこの西大立目さんです。
昔の甲子園球場は今のようにスコアボードが電光掲示ではなく、字を書いた看板を取り換えるようなシステムだったので、看板に縦書きで「西大立目」と枠いっぱいに書かれていたのを今でも鮮明に憶えています。
そして、当時の実況アナウンサーも審判の紹介で西大立目さんを紹介する際に、なかなか言いづらそうに喋っていたのも記憶にあります。
その西大立目さんですが、名前のインパクトだけが目立ってしまいますが、あっ!「目立」っていう字、西大立目さんの二文字が入っていますね。
西大立目さんって、逆から読めば「目立つ大西」だ!
まあ、どうでもいいことですけどね(笑)
すいません、話が脱線してしまいました。
話を戻しますが、その西大立目さんですが自身も野球を経験者で、早稲田大学でも野球部に所属していたそうです。
卒業後は早稲田大学の教授を務める傍ら、六大学や社会人野球の審判員を務め、1968年に日本高等学校野球連盟全国大会審判委員に就任しました。
教授としては大変礼儀に厳しく、容赦なく学生に「不可」を言い渡す厳格な教授だったそうです。
それは審判員としても同様で、球児たちにも厳しく接し、攻守交代時にゆっくりしている選手には『早く守備に着きなさい!』と言ったり、牽制球の多い投手には『何回も無駄な牽制をするな!』と注意をしたこともあったそうです。
有名なエピソードとしては、1980年代の国民的スーパー球児だったKKコンビの桑田、清原がいたPL学園対東海大山形の試合で、大差がつき投手として登板した清原が初球にカーブと投じた際に、『真ん中、真っ直ぐを放りなさい!』と言ったそうです。
これは清原がルール上、何かに違反していることは一切ないのですが、「大差で勝っているのだから堂々と真ん中直球で勝負しなさい」という西大立目さんなりの、相手に対する礼儀を重んじた発言だったのかもしれません。
この他にも、サイズが大きめの帽子を被って投球していた投手が、投げるたびに帽子が脱げるのを見て、『帽子にあご紐をつけなさい!』と発したというエピソードもあります。
いずれにしても、今だと選手に対する問題発言と受けとられても仕方のないことも多々ありますが、当時はこのように厳格さも持つのが審判として当然の威厳だったのかもしれませんね。
ただ、西大立目さんは審判員としての技量はとても高く評価されており、審判員としてゲームをコントロールすることには非常に長けていたそうです。
それを示すように、西大立目さんが審判を務めた試合には
①怪物・江川卓が雨の中でサヨナラ四球を与えた1973年夏の甲子園2回戦「作新学院VS銚子商」(3麗塁審)
②池田高校が水野を擁し、夏春連覇を成し遂げた1983年春の選抜決勝戦「池田VS横浜商」(球審)
③その池田高校が桑田・清原の1年生コンビで活躍したPL学園に負けた1983年夏の甲子園準決勝「PL学園VS池田」(1塁塁審)
④桑田・清原が2年生時に取手二高に敗れた1984年夏の甲子園決勝戦「PL学園VS取手二高」(3塁塁審)
⑤そして桑田・清原の最終年に優勝を果たした1985年夏の甲子園決勝戦「PL学園VS宇部商業」(球審)
と、1980年代に燦然と輝く名勝負で審判を務めあげました。
西大立目さんは、1986年に50歳で審判員を引退して後進の指導にあたり、東京六大学野球連盟審判技術顧問、日本アマチュア野球規則委員会委員長、日本野球規則委員会委員長、全日本野球会議審判技術委員会委員長など、数多くの役職を歴任し、2002年に66歳でこの世を去りました。
耳を澄ませば、甲子園球場に西大立目さんの『プレーボール!』という凛々しい声が響き渡っていそうです。
僕の人生の中で忘れることのできない、「西大立目永」という偉大な1人の審判について今日はお話させていただきました。
それでは今日はこのへんで。チャオ(Ciao!)
(今日の誕生日DX)3月6日
高橋真梨子(77歳)、柳沢慎吾(64歳)、りんたろー(40歳)、松下洸平(39歳)、岩田剛典(37歳)、あいみょん(31歳)、サニブラン・アブデル・ハキーム(27歳)






















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