野球

2020年11月27日 (金)

ウィーラー

こんばんにゃ〜北の猫男爵です。

まもなく師走が近づく今日この頃ですが、世間では相変わらずコロナの話題ばかりが溢れかえり、いっこうに終息への糸口さえ見つからない状況です。

共存どころかコロナに支配されたこの世の中、いったいこの先の未来にはどんな結末が待っているのでしょう…

あまり暗い話ばかりしていても仕方ないので、今日の話題は僕の大好きな野球の話です。

先日、プロ野球の日本シリーズが開催され、パリーグ覇者のソフトバンクが圧倒的な強さで、日本シリーズ4連覇を成し遂げました。

あの巨人V9以来の4連覇には、敗れた巨人ファンの僕としても心からソフトバンクに賛辞の言葉を贈りたいと思います。

残念ながら敗れた我が巨人軍には、この敗戦をしっかりと受け止め、そして必ず来シーズンのリベンジへと活かしていただきたいと思います。

そんなこんなでプロ野球もシーズンオフへと突入し、これから契約更改や移籍などの話題が中心となりますが、まだ新庄剛志が挑む「合同トライアウト」も楽しみの1つとして残っていますので、その日が待ち遠しいです。

さて、先日テレビで日本シリーズを観戦しながら応援していると、娘が『あの外国人は何て言う人?』と僕に尋ねてきました。

僕がその選手の名前を教えると、娘はすぐに色鉛筆を持ち出し、似顔絵を描き始めました。

それがこれです。

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そうです、今シーズン途中から巨人に入団した助っ人、ウィーラーです。

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なかなかのそっくり度に、僕も妻もビックリしました。

そのウィーラーですが、人懐っこく温厚な性格と愛嬌のある姿は多くの野球ファンに愛されています。

2014年のオフにメジャーリーグの名門ヤンキースから東北楽天イーグルスに移籍し、楽天では5年半に渡り好成績を残してきました。

そんなウィーラーが巨人に来てくれて、本当に心強かったですし助かりました。

まだ年齢も33歳ですし、来シーズン以降も我が巨人軍で活躍して欲しいと願っています。

セリーグを2連覇したとはいえ、ソフトバンクを中心としたパリーグとの差は歴然としています。

何としても王座奪還をするために、巨人軍には今一度初心にかえって、野球に対して真摯に向き合い、そしてとにかく強く華のあるチームになって欲しいです。

「勝ちながら育成する」という難しさはもちろん理解できますが、それをしながら勝ち続けているのがソフトバンクなのですから、巨人にもできないわけがありません。

あらゆる可能性を探り、あらゆる挑戦をしながら、もう一度常勝巨人軍、子供たちが憧れる巨人軍を作って欲しいと、46年間巨人を愛し続けている僕としては願っています。

「我が巨人軍は永久に不滅なんです」

それを僕は信じます。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり) 麦倉洋一→チャーリー永谷(ちゃーりー・ながたに)

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熊本県出身のカントリー歌手で、84歳となった今も活躍中です。

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2020年3月12日 (木)

前を向いてください。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

昨日は3月11日、あの「東日本大震災」から9年という月日が経ちました。

あの悪夢のような出来事を簡単に言葉で語ることなどできませんが、今もなお苦しんでいる多くの被災した方々には、とにかく未来に向かって「前を向いてください」そう言葉をかけることしかできません。

日本国民にとって決して忘れることのできない3月11日ですが、そんな日に歴史的な決断が下されました。

高校野球を愛する1人として、どうしてもこの話題をスルーすることはできませんでしたので、今日のブログで取り上げさせていただきます。

「センバツ高校野球大会を中止とすることに致します」

昨日の夕方、日本高等学校野球連盟(高野連)により、このことが発表されました。

この決定に至るまでのこの一週間は、日本国内で様々な意見が飛び交い、大きな話題にもなっていました。

「無観客試合でも開催するべき」、一方で「開催は中止するべき」、日本中で賛否両論が飛び交いました。

そんな中で下された今回の決断ですが、僕個人としての意見としては、今回の「開催中止」は正しい判断であると思っています。

選手や関係者の健康と安全を第一に考え、そして開催する関西圏での感染拡大が一気に増加したこの現状を考慮すれば、やむを得ない判断であったと思います。

勿論、高校野球ファン歴40年以上の僕からしてみれば、無観客試合でも開催はして欲しかったですし、何より出場する選手の気持ちを考えれば、中止という決断は本当に本当に無念でなりません。ましてや、今回は我が十勝から白樺学園と帯広農業という2校が出場するという歴史に残る大会だっただけに、その悔しさはひとしおです。

ただその無念さ以上に、今起きている「コロナウイルス」というものの脅威を、全ての日本国民に理解してもらう絶好のチャンスだと思います。

日々、全国各地でこの「コロナウイルス」による感染者数、そして悲しくも命を落としてしまった方の数が増加しています。勿論、国民のほとんどかその現状を危機的状況だと理解はしているはずですが、残念ながらそれでもまだ「他人ごと」だと思っている方もかなりいるはずです。

そんな方に「コロナウイルス」というものの存在の重大さ、今、日本が危機的な状況であるということを理解して欲しいのです。

高校野球というスポーツは、これまで阪神淡路大震災の直後も、そして東日本大震災の直後も、延期や中止されることなく通常開催をしてきました。

どんなに困難な状況下であっても、他のスポーツが延期や中止をする中でも、高校野球だけはその姿勢を揺ぎなく守ってきました。

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球児が甲子園で全力でプレーする姿こそが、「見ている人々に勇気と感動を与え、生きていく活力を生むことができる」それが高校野球の根本にあるからです。

野球に興味のない方にしてみれば、「なぜ高校野球だけ特別なんだ?他の部活動をしている高校生だって立場は同じではないか?」という意見もあります。それはごもっともな意見です。

ただ、高校野球というものはスポーツであると同時に、国民にとって伝統的な「国民行事」の1つであり、もっと言えば「文化」の1つでもあると僕は思います。

その証に、他の高校の部活動は全て「高体連」という組織の中で成り立っているのに対し、野球だけは独自の「高野連」という組織のもとに形成されています。

春と夏に開催される全国大会は全試合完全生中継され、開催されている2週間近く、開催地の甲子園球場には連日5万人近くの方が来場します。

これほどの規模の高校生のスポーツ大会は他にあるでしょうか?

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球児たちは、憧れの聖地・甲子園球場の土を踏むことを夢見て日々練習を積み重ねます。

勿論それは他の競技も一緒ですし、サッカーであれば国立競技場、ラグビーであれば花園ラグビー場と、他競技でも聖地というものは存在します。

しかし、これほどまでに日本中に認知され、国民的行事となっている競技は他にはないと思います。

「高野連」の肩を持つわけではありませんが、今回の中止という結論も、もっと早い段階で出そうと思えば、できないことはなかったかもしれません。

ただ、ぎりぎりまで、何とか開催をする方法はないか最後の最後まで諦めなかったのは、やはり一生に一度あるかないかのチャンスを得た球児たちの気持ちを最優先した結果だったと思います。

「高体連」は早々に各競技の中止を決めましたが、もう少し検討する余地はなかったでしょうか?

感染拡大という観点からみて屋内競技は難しいにしても、屋外で行う競技についてはもう少し協議する時間を設けても良かったのではないでしょうか。

結果的に開催ができないということになっても、高校生にとっては最後まで自分たちが何とか競技できないか、大人たちが必死になって考えてくれた、最終的にどんな結論に至っても、その気持ちが心に一生響くのではないでしょうか。

野球好きなので、どうしても野球びいきに取られても仕方ありませんが、どうしてもこのことだけは言わせて欲しかったです。

長い歴史の中で、史上初めて中止となった今回の選抜高校野球大会に出場するはずだった全国の球児たちは、今、絶望と悔しさに打ちひしがれていることでしょう。

「気持ちを切り替えて頑張ろう」

言葉で言うのは簡単でありますが、人間は機械ではありません、そんなに簡単なものではありません。

でも、今回のことは皆さんの人生で必ず意味のあることになるはずです。

生きていて意味のないことなど1つもありません。必ずいつかそのことがわかる日が来ます。

なので、今はとにかく「前を向いてください」!

ありきたりのことしか言えませんが、いち高校野球ファンとして僕は全国の高校球児の皆さんを心より応援しています。

頑張ってください!

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どうか、夏に甲子園球場の土を1人でも多くの球児が踏めることを祈っています。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)六八茂→ルイズルイス加部

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1960年~70年代に活躍したギタリストです。

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2020年1月25日 (土)

十勝旋風巻き起こせ!

こんばんにゃ〜北の猫男爵です。

昨日は我々、十勝人にとってとても嬉しい知らせがありました!

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3月19日に阪神甲子園球場で開幕する、第92回全国選抜高校野球大会の出場校が昨日発表され、何と十勝から白樺学園と帯広農業がダブルで選出されるという、ビックニュースが飛び込んできました!

十勝から選抜大会に出場することじたいが初めてのことですが、2校同時に出場とはまさに快挙です。

白樺学園は秋の全道大会で初優勝し、北海道地区の出場枠をほぼ手中にはしていましたが、21世紀枠の候補にあがっていた帯広農業が見事に選出されました!

秋の全道大会ベスト4という実績も評価されたことと、農業高校独特の環境というものも加味された結果かと思われます。

高校野球にさほど詳しくない方もいるかと思いますが、北海道はもともと夏の選手権には北北海道と南北海道に各1校ずつ出場枠を持っています。

十勝地区は北北海道になるわけですが、そこで優勝したとしても、当然出場できるのは1校のみ。

春の選抜は北海道で基本的には1枠なので、十勝勢が優勝してたとしても、甲子園に行けるのは1校だけです。(仮に優勝した高校が神宮大会で優勝すれば、神宮枠というもので、その地区からもう1校選ばれるので、もしも秋の全道大会で十勝勢が優勝と準優勝したのであれば、可能性としてはあります)

そう考えると、今回のように秋の全道大会で優勝し、そしてさらに21世紀枠でもう1つの高校が選ばれない限り、十勝から2校出場というのは至難の技です。

それが今回まさに実現したわけです!

白樺学園と帯広農業の選手には、ぜひ晴れの舞台で、自分の持っている力を存分に発揮して、高校生らしいハツラツとした全力プレーで悔いのない戦いをしてきて欲しいです。

今年の春の甲子園は、我々十勝に住む人々にとって、今だかつてない盛り上がりになることは間違いありません!

頑張れ、白樺学園、帯広農業!

甲子園球場で十勝旋風を巻き起こせ!

今から春の選抜高校野球が楽しみな猫男爵です。

それでは今日はこのへんで。チャオ(Ciao!)

(今日の色)→「緑」=目をつぶれば、甲子園球場の芝生の色が頭に浮かびワクワクします。

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2019年7月 1日 (月)

30年の時を超え!

こんばんにゃ〜北の猫男爵です。

またまた更新が滞ってしまい申し訳ありません。

気がつけば昨日で6月も終わり、今日からは7月、2019年の下半期がスタートしました。

そんな下半期1回目のブログは、僕個人にとって非常に嬉しい出来事です。

我が母校である帯広北高校が先日行われた、第101回全国高等学校野球選手権北北海道大会十勝地区支部予選決勝戦で、白樺学園を破り見事に北北海道大会出場を決めました。

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帯広北高校が北北海道大会へ出場するのは2003年以来実に16年ぶりのことです。

帯広北高校野球部と言えば、昭和の終わりから平成の初めにかけて、1980年代後半〜1990年代前半の頃は黄金期で、1987年と1989年の2度に渡り甲子園に出場しています。

当時は「野球の北高」と言われ、十勝管内の有望な中学生はみんな北高野球部の門を叩き、十勝管外からの野球留学も盛んな時代でした。

僕は北高が2度目に甲子園に出場した翌年の1990年に北高に入学しました。

そこで我が妻と同じクラスになり、運命の出会いがあったわけですが、その話は別の機会にするとして、とにかく当時の北高野球部といえば、北北海道では甲子園に1番近い学校でした。

ところが歳月が過ぎ、野球部の活躍を耳にすることは減り、いつしか北高といえばもっぱらサッカー部の話題ばかりになってしまいました。

そんな中、16年ぶりの北北海道大会出場という嬉しいニュースに、僕は胸を踊らせています。

今年の北高は投打にバランスの取れたチームで、中でもエースの森君は冬場の練習の成果が実を結び、十勝を代表する投手に成長しました。

「野球は投手」という言葉があるように、エースがしっかりしているチームはやはり強いことは確かです。

北高の過去の甲子園出場の時にも、高木投手(1987年)、角玄投手(1989年)というエースがいました。

今回の森君も、そんな偉大な先輩に負けず劣らず、素晴らしい投手だと思います。

ぜひ、北北海道大会でも実力を発揮して、そして1989年以来、30年ぶりの甲子園の切符を掴んで欲しいです。

30年の時を超え、僕のそして北高OBたちの夢が実現する瞬間を楽しみにしています。

頑張れ北高!目指せ甲子園!

それでは今日はこのへんで。チャオ(Ciao!)

(今日の色)→「紺色」=北高野球部のユニフォームは伝統ある紺色です。

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2019年5月21日 (火)

一球入魂!

こんばんにゃ〜北の猫男爵です。

昨日、また1人、日本プロ野球界を支えてきたスター選手がユニホームを脱ぐ決断をしました。

上原浩治、44歳、日米をまたにかけ大活躍した偉大なスーパースターです。

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昨日の引退会見には、僕も思わず熱いものが溢れてきました。

大学に1浪して入学した経緯をもつ彼は、その反骨心を最大の武器にして、巨人に入団した1999年に新人ながら20勝をあげ、最多勝、沢村賞など投手タイトルを総ナメにしました。彼の反骨心から生まれた「雑草魂」という言葉は、当時の流行語にもなりました。

巨人ファン歴44年になる僕にとっとも、上原浩治という選手は決して忘れることのできない大好きな選手です。

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ずば抜けたスピードがあるわけではないストレートは、抜群のキレでカバーし、フォーク、スライダーなどの多彩な変化球もそのキレ味はどれも一級品でした。

テンポの良い投球術は守っている野手にとっては守りやすく、そして何よりも気持ちのこもった投球は、見ているファンを虜にしました。まさに「一球入魂」が彼の最大の特徴ともいえます。

僕が生まれた初めて東京ドームでの野球観戦をした試合のことは、今でも鮮明に覚えています。

2007年5月、東京にいる姉のところに遊びに行った際に、甥っ子と一緒に巨人の試合を観戦に行きました。

ちょうど、その試合は交流戦で相手はオリックスでした。

試合は同点のまま延長戦になり、試合時間も長引いていたこともあり、ファンの多くは試合の経過を見届けずに席を立ち、帰路へと向かおうとしました。僕はせっかく見にきた東京ドームでの観戦でしたので、最後まで見るつもりで席を立つことはありませんでした。

そんな中、10回表のオリックスの攻撃に入ろうとした時、場内に選手交代のアナウンスが入りました。

「ピッチャー、上原」

このアナウンスを聞いた瞬間、帰りかけたファンのほとんどが振り返り、再び席へと戻ったのです。今でもこの光景は忘れません。

これまで先発を務めていた上原は、この年、怪我で出遅れクローザーという今までとは違う役割を任されていました。しかし、これが彼にとっては大きなターニングポイントになったことも間違いありません。

結局この試合は、最後に上原が打たれ、巨人は負けてはしまいましたが、あの上原がマウンドに上がった瞬間の歓声と球場の雰囲気、あれはスパースターだけがもつものだと思います。

アンチ巨人の野球ファンでも、上原浩治は好きだという方も多くいます。それが全てを物語っています。

野球人であれば誰しもが憧れをもつ存在、それは同じく3月に現役を退いたイチローにも追随するものがあるように感じます。

僕も朝野球でピッチャーをずっと務めていたのですが、その中で常にイメージして真似ていたのは上原の投球テンポと、一球入魂の気持ちです。

彼は引退会見で、「まだやりたい気持ちはあった」と言っていました。しかし、それより優先したのはチームのため、現状の自分がいることはチームのためにならない。そして、シーズン終盤戦での引退はチームに迷惑をかける。だから、今このタイミングで引退することにした。

彼らしい言葉でした。これが多くのファンから愛される所以でもあると思います。

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日米通算21年間のプロ生活で、日本人初の通算100勝、100S、100ホールドも達成し、上原浩治という投手は記録にも記憶にも残る選手でした。本当にお疲れ様でした。そして、たくさんの感動ありがとうございました。

いつか指導者として、巨人軍のユニホームに再び袖を通すことを願っています。

それでは今日はこのへんで。チャオ(Ciao!)

(今日の色)→「オレンジ」=上原浩治は巨人軍の偉大なスターです。

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2019年3月22日 (金)

遂にこの日が来てしまった…

おはようにゃ~ 北の猫男爵です。
2019年3月21日、遂にこの日が来てしまいました・・・
今からつい数時間前、日本中をかけめぐった現実、それは・・・
「イチロー現役引退」
いつかは来るとは思いながらも、永遠に来て欲しくない瞬間がそれでした。
野球人であれば、誰しもが憧れ誰しもが尊敬するスーパースター、それが「イチロー」です。
おそらく、長い日本の野球の歴史の中で、本当に意味でのスーパースターは長嶋茂雄、そしてこの「イチロー」の2人なのではないでしょうか。
ミスターと比較するのは大変失礼なことなのかもしれませんが、僕らの世代の感覚としてはそれくらいの存在が「イチロー」です。
彼の発信する言葉にはいつも「重み」と「深み」がありました。
また、その言葉を行動で示す「有言実行」というスタイルが彼に共感を持てるところでもありました。
自分に厳しくストイックに野球に向かい合う姿勢、それはまさに「真のプロ」であり、ひとつの仕事を極めた「職人」と言っても過言ではないでしょう。
1994年、突如として日本プロ野球界に現れたスターは、これまでの日本プロ野球の常識を覆し、数々の偉大な記録を残し、日本人野手として初めてメジャーの扉を開きました。
「日本人野手がメジャーで活躍できるわけがない」
そんな周囲の言葉を見事に覆し、イチローはメジャーでも「イチロー」でした。
1年目の2001年には首位打者と盗塁王を獲得し新人王に輝き、2004年にはメジャー新記録となる年間262本という安打数を記録しました。
その後も、イチローの活躍は続き、10年連続200安打達成、10年連続でゴールドグラブ受賞とオールスター出場と、華々しい活躍をし、記録にも記憶にも残るスパースターへとなっていきました。
そんなイチローも気が付けば45歳、走力と守備力は以前と変わらぬものがありますが、動体視力が低下したと思われる打撃のほうは、素人の僕から見ても、その限界を感じつつあるものがありました。
スポーツ選手にはいつか必ずやってくる「引退」の時期、その「引き際」の難しさもあります。
限界を迎える前に退く美学、とことん限界の極限までやりきる美学、どちらも自分が納得した上での答えだと思います。
「イチロー」の場合、どちらにあてあまるのか?
限界なのか、まだ限界にまでは達していないのか?
それは「イチロー」本人にしか分からないことだと思いますが、きっと彼の中では自分が求めているもの、自分が追及してきたものが、寸分でもくるい始めたら、それが「引き際」だったのかもしれません。
以前イチローは、「自分は研究者でありたい」というような発言していました。
常に何かを追求し、そして何かを吸収する。それが彼のスタイルであり、彼がここまでやってこれた理由だったのだと思います。
その研究心も、行くところまで行ってしまえば、いつかは終わりを迎えるのでしょう。それが「引退」という選択に繋がっているのかもしれません。
日米通算4367安打、これは前人未到の世界記録です。
と同時の今後、破られることのない数字だと思います。
「イチロー」という名は、日本プロ野球史にも、そしてメジャーの歴史の中でも、永遠に光り輝くことでしょう。
28年間、本当にお疲れ様でした。
そして夢と感動をありがとう、イチロー!
それでは今日はこのへんで。チャオ(Ciao!)
(今日の色)→「紺色」=イチローはオリックスのユニホームやJAPANのユニホームの紺色が似合うような気がします。

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2018年12月18日 (火)

「新18」「復活19」 2人の大エース。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

12月もあっという間に半ばを過ぎ、今年もあと残り2週間を切りました。

毎年思いますが、本当に「師走」は1日1日が早い・・・

まだクリスマスも年賀状も何の準備もしていません(苦笑)

時間がいくらあっても足りない今日この頃です。

さて、そんなこの時期にプロ野球関連でニュースとして取り上げられるのが「契約更改」の話題です。

そして気になるのが選手の年俸です。

一応、「推定年俸」としてニュースなどでは取り上げられますが、昨日は我が読売巨人軍のエース、菅野智之が推定年俸6億5000万円で契約更改しました。

この数字は、あの松井秀喜の6億1000万円を抜き、巨人軍史上最高年俸!

そして日本人プロ野球選手としては「大魔神」こと佐々木一浩に並ぶ、史上最高額です!

ここ数年の安定した活躍、そして史上5人目の「2年連続沢村賞」という実績からいけば、誰も文句のつけようのないところです。今まさに、日本を代表するエースといえば、彼の他にはいないでしょう。

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そんな菅野ですが、来シーズンからはエースナンバーの「18」を背負うことになりました。

巨人軍の「18」と言えば、言わずと知れた大エースの称号です。

古くは藤田元司や堀内恒夫、そして僕らの世代では桑田真澄、昨年までは杉内俊哉と、いずれも球界を代表するエースたちが背負ってきた背番号です。

いよいよそのエースの称号を来シーズンから菅野は背負うことになりました。

彼の実力からすれば、過去の先輩たち同様、エースナンバーの名に恥じない結果を残せると僕はそう信じています。

スポーツの世界に「たられば」は厳禁ですが、もしも杉内が2012年オフにFAで移籍して来なかったとしたら、ドラフト1位だった菅野がおそらく「18」を付けることになっていたでしょう。

もっといえば、その1年前に日本ハムがドラフトで菅野を強行指名していなければ、菅野は巨人の一員となり、その時に「18」を受け継いでいたかもしれません。

まあ、いずれもそれは過去のことなので今更振り返ることはしませんが、今の菅野智之があるのも、そんな苦難の道を乗り越えたからこそあるのかもしれません。

巨人ファンの僕としては、来シーズンの背番号「18」を付けた真のエース菅野智之に大きな期待を寄せたいと思います。

そして、その菅野が今季まで付けていた背番号「19」、このユニホームに来季から袖を通すのが、あの上原浩治です。

10年ぶりにメジャーから巨人に復帰した彼の今シーズンは、決して彼自身満足のいく結果ではなかったと思います。

僕らファンにとっては、彼が巨人に戻ってきてくれただけで万感の思いでしたし、彼がマウンドに上がってくれるだけで、本当に最高に幸せで嬉しい気持ちでした。

無論、全盛期のような活躍はとはいきませんが、彼自身の存在が他の選手や多くのファンにもたらした貢献度は大きなものがあたっと思います。

しかし、そんな上原はシーズン終了後に左膝の手術に踏み切り、巨人軍が経過を見極める必要性から「自由契約」を通告しました。

「えっ!あの上原を自由契約!?」

最初聞いた時はファンの僕からしても、驚きとともに、巨人の非情さに耳を疑いかけました。

しかし、僕は必ず上原はまた巨人が契約してくれると信じていたので、何の不安もありませんでした。

そして結果、上原は来シーズンも巨人のユニホームを着れることになりました。

そして、背番号は、菅野が「18」に変更になったことに伴い、入団当初から慣れ親しんだ「19」に決まりました。

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やっぱり彼には「19」が良く似合います。

大学受験に失敗し、浪人生活した19歳の1年間を忘れないようにという思いで入団当初からつけていた「19」、この背番号を再びつけて、かつての大エースは、きっともうひと花咲かせてくれることでしょう!

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「新18」を背負う29歳のエース、そして「復活19」を背負う43歳のかつてのエース、この大エース2人が必ず来シーズン、我が読売巨人軍の覇権奪回の大きな力になることでしょう。

2019年シーズンの開幕が今から待ち遠しくなってきた猫男爵でした。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の漢字)→「投」=僕はずっと幼い頃から野球をしていましたが、投手も経験していたので、野球のプレーの中でも「投げる」というところに一番興味もあり、自信もあります。

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2018年11月30日 (金)

丸く、おさ丸。

こんばんにゃ〜北の猫男爵です。

今日で11月も終わり、いよいよ明日からは師走です。

また駆け足のように過ぎ去る1ヶ月になるんでしょうね。
2018年の残り31日間を、悔いの残らない日々にしていきたいと思います。

さて、そんな今日はプロ野球の話題です。
今日は巨人ファンの僕にとっては非常に嬉しいニュースが飛び込んできました。


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広島カープからFA宣言していた、丸佳浩外野手の巨人入団が発表されました。

広島カープの3連覇に大いに貢献し、2年連続でセ・リーグMVPに輝いたスター選手の入団に心から喜びたいと思います。

これで、センターに丸が入ることにより、野球で1番重要とされるセンターラインが強化されるとともに、彼がクリーンアップに入ることにより、得点力が上がることは間違いありません。

これで、全て丸く、おさ丸と言ったところでしょうか(笑)

世間からすると、オリックスから中島、西武から炭谷、そして今回の丸と、巨人はちょっと獲りすぎじゃない?と思われるかもしれませんが、最後に選択するのはやはり選手自身なわけですから、これはやむを得ないと思います。

まだ、今の選手にとっても、なんといっても巨人という球団は魅力があるという証です。

もちろん金銭面の優遇という点もあるでしょうが、プロ野球選手は決して将来の生活が約束された職業ではありませんし、貰える時に少しでも多くお金を貰いたいというのは当然のことで、そこがチームの選択する理由というのも正しい選択だと僕は思います。

また、今回の丸の場合は、出身が千葉でもありますし、奥さんや子供のことを考えれば、遠征の少ない在京球団というのも理由の1つであったと言えるでしょう。

育ててもらった広島のことを思えば、丸にとっては苦渋の決断であったでしょうし、今まさに黄金期とも言える戦力の揃った3連覇中のチームを出て、低迷するチームに入ることも勇気ある選択だったと思います。

奇しくも、来年の開幕戦は巨人VS広島です。
丸にとっては、いきなりの古巣との対決が待っています。
僕も今から開幕戦が楽しみです待ちきれません。

2019年の原辰徳第3次体制は、どんなチームになるのか、咋シーズンまでの戦力にさらに新戦力が加わり、まだ未知数の若手たちがその牙城に挑んでいけば、素晴らしいチームが出来上がるのではないかと、大いに期待しています。

早くも球春到来が待ちきれない猫男爵です。

それでは今日はこのへんで。チャオ(Ciao!)

(今日の漢字)→「丸」=今日はこの漢字につきます。

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2018年11月10日 (土)

変わりゆく時代・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

11月もまもなく半ばに差し掛かりますが、今年は少し暖かい日が続き、「初雪」の便りも今のところ聞こえてきません。

冬と雪が嫌いな僕なので、このまま春まで雪なしでも全くかまわないのですが、北海道でそれはあり得ないことなので、いつかあきらめることにします

さて、そんな今日は僕の大好きな野球の話です

先月25日に「ドラフト会議」が行われ、今年も未来のプロ野球界を背負って立つ、素晴らしい多くの逸材がプロの世界に飛び込んできました

残念ながら今年も、わたしく猫男爵の名前がドラフト会議で呼ばれることはありませんでしたが、来年こそ45歳のオールドルーキー誕生を目指して頑張ることにします

そんな夢と希望が満ち溢れるルーキー誕生の裏側で、今年もプロ野球を引退し、ユニホームを脱ぐ決断をした選手たちが数多くいます。

特に今年はかなりの実績を残し、球団の顔となり活躍してきた選手たちの引退が目立っています。

そこで今日は、僕たちを長きに渡り楽しませてくれたそんなスターたちを紹介したいと思います。

まず最初はこの人です。

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松井稼頭央(43歳)

野球のことを知らない方でも、彼の名前や顔は1度は見たことがあると思います。

「走・攻・守」三拍子揃った選手で、僕が知る限り、スイッチヒッターでは日本プロ野球界で最高の選手だと思います。

もしもイチローよりも彼が先に生まれていたら、彼がイチローよりも先に日本を代表するスーパースターになっていたかもしれません。

彼の抜群の野球センスは、決して真似をしてできるものではないので、もう後にも先にも彼以上のショートストップは誕生しないかもしれません。

もしも、可能性があるとするならば、中日に入団する根尾君かもしれませんが。

さて、続いてはこの選手たち。

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村田修一(38歳)

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杉内俊哉(38歳)

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小谷野栄一(38歳)

この3人は同級生です。いわゆる「松坂世代」です。

日本プロ野球界を席巻した「松坂世代」も30代後半になり、ユニホームを脱ぐ選手が毎年出てくる中、今年も日本プロ野球を大いに沸かせた村田、杉内、小谷野といったスターたちが引退することになりました。

この他にも「松坂世代」では、矢野謙次、後藤武敏なども引退し、世代の代表でもある松坂大輔には去りゆく多くの同級生たちの分までも、さらなる奮起を期待したいです。

続いてはこの選手。

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岩瀬仁紀(44歳)

球界最年長左腕も遂に引退の時が来てしまいました。

前人未到の1000試合登板、400S達成などの偉大な記録を残し、ユニホームを脱ぎます。僕と同じ年齢の最後の現役選手が彼だったので、何だか寂しさはひとしおです。

これで球界最年長は上原浩治(43歳)となりますが、現在は巨人を自由契約になっているので、来年もプロ野球でプレーする姿を見たいところです。

最後にもう1人、この選手をご紹介します。

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新井貴浩(41歳)

魂と情熱あふれる彼のプレーは本当に若手のお手本でした。今の広島の強さがあるのも、彼の存在が大きく影響していることに間違いありません。

今後は指導者としてまた熱い指導を期待します。

この他にも、本多雄一(ソフトバンク)、石井裕也(日本ハム)、岡田幸文(ロッテ)、山口鉄也(巨人)、西村健太朗(巨人)、田中浩康(DeNA)、荒木雅博(中日)、浅尾拓也(中日)など、チームの顔として活躍した選手たちもユニホームを脱ぎ、新たな人生をスタートさせます。

プロの世界は厳しい勝負の世界なので、いつかはこの時が来るのですが、プロ野球を愛している僕としては、活躍してきた選手たちの姿を見れなくなるのは寂しい限りです。

特に今年は何か1つの時代が終わり、新たな時代が始まるような、そんな感覚にとらわれています。

「変わりゆく時代」それは寂しい思いがある反面、「新たな時代の誕生」という希望にも満ち溢れています。

根尾君、藤原君、小園君、そして吉田君、次のプロ野球界を背負う彼らの活躍に今後大いに期待を寄せたいと思います。

今年、引退する選手の皆さん、本当に長い間、お疲れ様でした。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の漢字)→「退」=「人」というのは、何かを退くとき辞めるとき、その時にその人がどういう人だったのかが改めてわかる時かもしれませんんね。

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2018年4月28日 (土)

さらば、鉄人よ・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

4日前の4月24日、突然の訃報が飛び込んできました。

元プロ野球選手で広島東洋カープで活躍した衣笠祥雄氏が、4月23日に死去したという知らせでした。

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皆さんもご存じの通り、衣笠氏といえば、連続試合出場の世界記録(当時)を樹立し、「鉄人」という愛称で、広島ファンのみならず多くのプロ野球ファンから愛された方でした。

「2215」これは彼が樹立した連続試合出場の数字です。

僕がこの『北の猫男爵HYPER日記』を開設した時、まず目標に掲げたのがこの「2215」という数字でした。

野球の連続試合出場、ブログの連続更新、もちろんジャンルは全く違いますが、「継続する」という思いはきっと一緒だと思います。

そして、僕は衣笠氏が築き上げた「2215」という数字を、何とか抜くことに成功しました。

僕がこのブログを今もなお続けられているのは、衣笠氏の存在があったからこそです。

ひとことで「鉄人」といっても、彼の努力と精神力は並大抵のものではなかったはずです。

デッドボールになっても、帽子をとって謝る投手に対し、「いいよ気にしないで、大丈夫だよ」と、さりげなく手をあげて一塁ベースへと走っていく姿は今でも印象的です。

強靭な体力、そして寛大な心、ファンを魅了するプレー、まさに「心技体」が揃った唯一無二のプロ野球選手が、衣笠祥雄という選手だったのではないでしょうか。

実は僕は1度だけ、衣笠氏にお会いしたことがあります。

会ったとはいっても直接会話を交わしたわけではありませんが、今から10年以上前に、名球会主催の野球教室が音更町で開催されまして、当時音更の朝野球リーグでプレーしていた僕は、その野球教室のお手伝いとして参加させていただきました。

その日は、名球会から数名の元プロ野球選手たちがやってきて、子供たちに指導をしていたのですが、少し離れた距離で衣笠氏を拝見することができました。

とても優しい口調で子供たちにわかりやすく説明していて、時には身振り手振り、熱のこもった指導をしていました。

今でもあの時の、優しく微笑む姿は僕の脳裏から離れません。

ここ数年は体調が少し悪かったのかもしれませんが、亡くなる4日前の19日まで、解説者として仕事を全うしていたというところは、最後まで彼は大好きな野球のそばにいたかった証しなのかもしれません。そしてそれが彼が「鉄人」であり続けた理由なのかもしれません。

日本プロ野球界は、また1つ偉大な人物を失ってしまいましたが、彼が残した功績や野球に対する情熱、それは色褪せることなく、これからも後輩たちに受け継がれていくことでしょう。

衣笠祥雄さん、享年71歳、どうか天国で安らかにお眠りください。

さらば、鉄人よ・・・

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の漢字)→「桜」=北海道にも桜前線が上陸し、桜の開花が発表されました。これから少しの間は「桜」を見るのが楽しみです。

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