サッカー

2019年2月 1日 (金)

いざ、アジアの頂点へ!

こんばんにゃ〜 北の猫男爵です。

4年に1度、サッカーのアジアNo.1を決めるアジアカップの決勝戦があと数時間後に迫っています。

ロシアW杯でベスト16へ進出し、その後、森保新監督のもと、世代交代をはかるべく集まった新生日本代表のメンバーは、親善試合などで結果を残しながら、このアジアカップに挑みました。

怪我人などもありベストメンバーではありませんが、予選グループからアジアの難敵を次々に撃破し、2大会ぶり決勝戦へと駒を進めました。

実は僕個人的には、W杯や五輪などの大きな大会よりも、このアジアカップのほうが楽しみなんです。

というのも、アジアカップでは想像もできないことが様々な状況で起きて、観る側としては、そのハラハラドキドキが何とも楽しいんです。

中東独特のスタジアムの雰囲気、中東の笛と呼ばれる普通では考えられない審判の判定、これまでも数々のドラマが生まれ、日本代表もそれに泣き笑いしてきました。

そんなアジアカップを夜中にテレビ観戦するのは、僕の4年に1度の楽しみの1つです。
解説?の松木大先生とともに、「おーい!」とか大きな声を出しながら、テレビにかじりついています(笑)

前回大会は日本代表はベスト8で敗退しましたが、8年前は決勝戦でオーストラリアを破りアジアの頂点に輝いています。


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李忠成のあの伝説のボレーシュートが決勝点でした。
いまだにあの瞬間の衝撃は忘れることができません。

あの8年前のメンバーで今回も選ばれているのは、吉田麻也と長友佑都ぐらいかな?
それだけ時代とともに世代交代が進んでいるということだと思います。

今の日本代表には堂安、南野、冨安、さらには怪我をしている中島と、若くして世界で活躍している選手が数多くいます。

この選手たちを中心にして、どんどんと選手個々のレベルが上がっていけば、おのずと世界との差も埋まっていくと思います。

W杯でベスト8、ベスト4などいうものも現実化してきそうです。

まずは今日、カタールを破り、再びアジアの頂点へ登り詰めていきましょう!

頑張れ森保JAPAN!
いざ、アジアの頂点へ!

それでは今日はこのへんで。チャオ(Ciao!)

(今日の色)→サムライブルー=今日はこの色に日本中が染まりましょう!

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2018年7月 3日 (火)

全ては未来のために。

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

いやー悔しい…本当に悔しい!

今日はおそらく仕事中、眠気と戦った方も多かったのではないでしょうか。

サッカーW杯ロシア大会決勝トーナメント1回戦、日本代表VSベルギー代表の熱戦、僕も午前3時の試合開始前に目覚ましをセットして、しっかりと応援しました。

結果は惜しくも2対3で敗退し、初のベスト8進出は今回も果たせませんでした。

しかしながら、日本代表の戦いぶりは誇らしく立派だったと思います。

2対0とリードした時は、「これは勝てる!」と思った方もたくさんいたはずです。 そこから日本代表は決して守りには入らなかった、逆に3点目を狙いにいった、そこは間違ってなかったと思います。 守りに入ると必ずリズムが崩れ、悪い方向にいきますからね。

結果的には立て続けに2点を取られ、最後の最後で決勝点を入れられましたが、そこはやはり世界との自力の差というしかありません。

考えてみれば、W杯開幕2ヶ月前に異例の監督交代があり、直前のテストマッチでは結果を残せず、「史上最弱の代表」とまで揶揄されて挑んだ大会でした。 それが見事にグループリーグを勝ち抜き、ベスト16まできたわけですから、称賛以外の言葉は見つかりません。

開幕前に誰がここまでの躍進を予想できたでしょうか。

試合後に西野監督がコメントしたように、確かに世界との壁はまだあるのかもしれません。 でも、その壁を越えられる日はもうそんなに遠くはないのではないでしょうか。

サッカーには、もちろん個人の技術が必要ではありますが、日本にはそれをカバーする組織力や戦術があります。そして、日本人特有の「団結力」というものがあります。これはどの団体競技にも通じるものですが、この目には見えない日本人の「和」という力が、世界との差を埋めてくれるはずです。

既に4年後に向けての戦いはスタートしています。 これからの4年間で、いかに世界との差を埋めれるのか、今から僕は楽しみでワクワクしています。

今回W杯を経験した選手の中には、次の大会も中心になるであろう選手もたくさんいます。 彼らが先人たちから受け継いだ、日本代表の誇りや魂を胸に、次世代の若手たちと融合すれば、間違いなく強く見ていてワクワクするような日本代表ができあがると、僕はそう信じています。

ドーハの悲劇から25年、W杯初出場から20年、着実にそして確実に日本代表は強くたくましいチームになってきました。

幾多の苦い経験や失敗は、必ず将来に活かされます。 全ては未来のために繋がっているのです。

いつの日か、W杯という大舞台で日本代表の選手たちがW杯のトロフィーを手にする日を僕は夢見て、明日からも日本代表を応援し続けます。

ありがとう日本代表!そして、これからも頑張れ!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

今日の漢字→「壁」=今日は本当に世界の壁を感じた一日でした。

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2018年6月28日 (木)

W杯の原点。

おはようにゃ~ 北の猫男爵です。

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4年に1度のサッカーの祭典W杯ロシア大会も、グループリーグが大詰めを迎え、決勝トーナメントに進出するチームが続々と決まってきました。

僕の大好きなメッシ率いるアルゼンチンも、何とかギリギリで決勝トーナメント進出を決めました。前回大会の準優勝の雪辱のために、これからチーム力を上げていって欲しいです。

前回王者のドイツがグループリーグ敗退という波乱も起きました。ドイツという国はW杯では安定した結果を残すチームなので正直ビックリですが、何が起きるか分からないのがW杯だというを改めて痛感させられました。

そして我が日本代表


大会前はW杯での苦戦が予想されていましたが、いざ蓋を開けてみれば、コロンビアを撃破、そして強豪セネガルと引き分けと、下馬評を覆す活躍を見せています。

僕は代表チームを長年応援し、今回も僕はベスト8には行けると予想していたので、僕にすればこの活躍は想定内です。

今日はいよいよ、決勝トーナメント進出をかけてポーランドとの対戦ですが、普段通りの日本のサッカーを貫けば、自ずと結果はついてくると僕はそう信じています。


突然の監督交代、選手の起用方法など、賛否両論が色々と出てはいますが、日本を代表して選ばれた23名なので、彼らの力を信じましょう。

さて、そんな4年に1度の祭典であるW杯ですが、僕が最初に興味を持ったのは、1986年のメキシコ大会です。


そのアジア最終予選では、あの木村和司氏の伝説のフリーキックも実らず、日本は敗退したわけですが、その頃の僕は日本の選手というよりも海外のサッカー選手に興味がありました。


その原点は1985年のトヨタ杯です。イタリア・セリエAの名門ユベントスの一員として来日した、ミシェル・プラティニ、彼のプレーに僕は一瞬にして虜になりました。

卓越した技術とそのサッカーセンスは、彼のプレーをご覧になった方であれば、よく御存じだと思います。

「将軍」という愛称でも呼ばれ、母国フランスをW杯に導いた彼は当時、セリエA得点王とバロンドールを3年連続で共に受賞していたスーパースターでした。

1986年メキシコW杯、当然彼の名は世界中に知れ渡り、彼の大会になってもおかしくはない大会でした。しかしながら、当時そこにはアルゼンチン代表のマラドーナがいました。

彼の活躍は言うまでもなく、メキシコ大会はマラドーナの活躍でアルゼンチンが優勝し、大会はマラドーナの大会になりました。

僕にとってはこのメキシコ大会こそが、W杯に興味を持つようになった大会で、W杯の原点でもあります。

その後、僕はカズがブラジルから帰国し日本でプレーをしたあたりから、日本代表チームにも興味を持ち始め、ドーハの悲劇、ジョホールバルの歓喜、日韓共催大会、ジーコJAPANでの黄金の中盤など、幾多の代表チームを応援し続けてきました。

残念なことは、今回で6度目のW杯出場ですが、カズが一度もW杯の舞台に立てていない、それだけです。

日本代表の「11」を背負ったカズの雄姿が今でも僕は見たい気持ちでいっぱいです。

2022年カタール大会、カズ55歳・・・厳しいのはわかっています。でも、夢はあきらめたくはありません。

いずれにしても、このロシア大会で日本代表が素晴らしい成績を残すことを祈っています。

今日のポーランド戦、応援頑張ります

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

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2016年1月24日 (日)

奇跡から20年。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は嬉しいニュースがありましたね

大相撲初場所千秋楽で、大関・琴奨菊が豪栄道を下し、14勝1敗で初優勝を決めました

何と、日本出身力士の優勝は2006年初場所の栃東以来、実に10年ぶりのことです

大相撲ファンが待ちに待った瞬間が、今日やっと実現しました

この10年間、日本の「国技」である大相撲は、外国人力士に席巻されっぱなしでした。その証拠に、現在3人いる横綱も全てモンゴル出身の力士です。

10年ぶりに取り戻した「賜杯」は日本人の威信でもあります

来場所以降も、琴奨菊を中心した日本人力士の活躍を祈りたいものです。もちろん、3横綱もそう簡単にはその座を譲ることはないとは思いますが。

いずれにしても、相撲ファンにとっては今後に向けて大きな期待ができる場所になったことは間違いないでしょう

さて、そんな中、サッカーでも今、日本の威信をかけて、若き23人の戦士たちが遠いカタールの地で熱戦を繰り広げています

いよいよあと数ヶ月後に迫ってきた、リオデジャネイロ五輪男子サッカーの出場権をかけたアジア最終予選、日本は1次リーグを首位で通過すると、決勝トーナメントでも難敵イランを撃破し、明後日の26日に五輪出場の切符をかけてイラクと対決します

今回の五輪代表には飛び抜けたスター選手がいませんが、その分、誰が出てもチーム力が落ちない「総合力」という強さがあります。

この大会も僕はもちろん毎試合、テレビの前で声援を送り続けていますが、勝てば6大会連続の五輪出場が決まる明後日の大一番も、テレビの前から熱い声援を届けたいと思っています

そんなサッカー五輪代表、実は今から6大会前の1996年アトランタ五輪、ここで「奇跡」と呼ばれた試合があったことは皆さんは憶えていらっしゃいますか?

サッカーファンであればもちろんご承知のことだとは思いますが、あの「奇跡から20年」たった今、今日はあの試合のことを少しだけ回想してみたいと思います

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1996年アトランタ五輪、日本代表がサッカーに出場するのは、あの釜本を中心に「銅メダル」を獲得した1968年メキシコ五輪以来、実に28年ぶりの出来事でした

前園中田川口松田といった個性溢れるタレントを擁し、アジア予選を勝ち抜いたその戦いぶりは、当時大学4年生だった僕の脳裏に20年経った今もしっかり焼きついています

「このチームなら、五輪でメダルを狙えるんじゃないだろうか?あわよくば、金メダルも!」と僕の期待も大きく膨れ上がっていました。

そんな中、迎えたグループリーグの初戦の相手はブラジルでした

ブラジルといえば、サッカー王国として常に世界のトップに君臨する絶対王者。

さらに五輪の2年前に開催された1994年アメリカW杯で優勝し、この時の五輪世代の若い年代にもロベルト・カルロス、ロナウド、ジュニーニョ、フラビオ・コンセイソンとったスター選手が揃い、さらにオーバーエイジ枠でベベット、リバウド、アウダイールといったA代表の主力もつぎこみ、史上最強のメンバーとも言われていました

これでは、いくらタレントの揃った日本でも「勝利するのは難しい・・・」それが大半の予想でした。

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これがブルジル戦の先発メンバーです。今見てもワクワクする素晴らしいメンバーですよね特に攻撃陣の3人のトライアングルは、そのワクワク感が半端なかったことを思い出します

前園の抜群の個人技、中田の独創的なパスセンス、そして城の得点力、さらにいえば守護神・川口の安定感、どれをとっても素晴らしいものがありました。

本来はここに、エースの小倉がいたわけですが、ケガで代表を外れて五輪出場の夢は叶いませんでした

「もしも、小倉がいれば・・・」またさらに違う攻撃パターンがあったのかもしれません。

そんな中、会場であるマイアミのオレンジボウルでいよいよ試合開始のホイッスルが吹かれました

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一方的な試合展開が予想される中、日本は中田や前園を中心にブラジルゴールに迫り、守備陣も落ち着いた対応で、ブラジルの分厚い攻めを守り抜き、前半を「0対0」で折り返します。

しかし、後半に入るとブラジルの猛攻が始まります。

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後半は、ほとんどが日本サイドでのプレーとなり、ブラジルのシュートの雨が日本のゴールを脅かします

しかし、川口がスーパーセーブを連発し、ゴールを死守します

そんな中、あの瞬間が訪れます

後半27分、左ウイングバックの路木がゴール前に蹴った山なりのクロスボールに対し、城が走り込むと、ブラジルのCBとGKが激突し、ボールがブラジルゴール前にこぼれたのです

そして、そのボールの一番近くにいたのは、日本の伊東でした

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伊東は無人のブラジルゴールにボールを蹴りこみ、見事に日本が先制点を挙げたのです

この瞬間は今でも僕は鮮明に憶えていますテレビの前で「よっしゃ!やったぞ~これは勝てるぞ!」と大きな声をあげたことを

その後、今までに増してブラジルの攻撃が激しくなり、何度も日本はピンチを迎えましたが、川口の神懸ったセーブや、ブラジルのシュートがゴールポストに当たるなどの運も味方につけて、遂に試合終了のホイッスルがピッチに鳴り響きました

日本が放ったシュート数はわずか4本、それに対してブラジルのシュート数は28本、これがこの試合の全てを物語っていますが、結果は「1対0」で日本の勝利でした

これが今でも伝説となっている「マイアミの奇跡」です

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翌日の新聞でも大々的に取り上げられ、号外も出たほどの大きな出来事でした。

そんな「奇跡から20年」、日本サッカーはW杯にも5大会連続で出場し、世界の強豪とも戦える地位を確立してきました。

五輪の舞台でも、もはや「奇跡」とは呼ばせない、そんな実力が今の日本にはあります。現に、前回のロンドン五輪ではメダル獲得に僅かに届きませんでしたが、4位という結果を残しています

今回のリオデジャネイロ五輪でも、日本の若き選手たちが躍動する姿をぜひとも見たいです。そのためにはあと1勝、何としてその「1勝」を勝ちとって欲しいです

26日は、日本から遠く離れたカタール・ドーハに熱い思いを届けたいです。

もう「ドーハの悲劇」とは言わせません、「ドーハの歓喜」がもうすぐ起こります

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

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2016年1月 8日 (金)

野球部の敵討ち。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

「お正月」が終わり、通常の生活スタイルに戻ったところですが、明日からはまた「3連休」がやってきます

またちょっと疲れた体を休めて、これからが本番の寒い冬を乗り切っていきましょう

さて、年末年始からスポーツに青春をかける高校生たちが、全国の舞台でしのぎを削っています

高校ラグビー、高校サッカー、高校バスケット、高校バレー、そしてもう少しすると高校アイスホッケーも開幕します

高校生たちにとっては「お正月」どころではないのかもしれませんね。

そんな中で、ちょっと僕的に気になる試合が1つありました。それは男子の高校サッカー準々決勝の1試合です

その試合とは石川県代表の星稜と、高知県代表の明徳義塾の試合です。

「星稜VS明徳義塾」、分かる方はすぐに分かったと思います特に野球に興味のある方には

そうです、今から24年前の1992年夏の甲子園でこの両校は対戦しているのです

今でも伝説となった松井秀喜の5打席連続敬遠、当時は社会問題ともなり日本中が大騒ぎとなった試合です。

この試合については、以前もこのブログ内で何度かお話したこともあるので、あまり詳しくは触れませんが、いずれにしても良くも悪くも「高校野球史に残る試合」となったことは事実です

あれから24年の歳月が経ち、星稜と明徳義塾はサッカーという違うスポーツで対戦することになりました

星稜は昨年の王者でもあり、この3年間は全てベスト4以上という強豪校です。かたや、明徳義塾も野球部の影に隠れてはいますが、サッカー部も全国の舞台には度々出場する強豪です。

逆にいえば、これまでサッカーで対戦がなかったことが不思議なくらいです。

無論、今の選手たちにとっては24年前の甲子園での出来事など、生まれる前の話なので分かるはずもありません。

そんな“因縁”とも言えるカードは5日に駒沢競技場で行われ、星稜が「3対0」で明徳義塾を下し、準決勝進出を果たしました

選手たちにはそんな気持ちはないでしょうが、僕的にはこれで「野球部の敵討ちはとれたのかな」と勝手に思っています

星稜の次の相手は東福岡です。東福岡といえば夏のインターハイの覇者で、この大会での2冠を狙う優勝候補です。

星稜にはぜひこの難敵を撃破して、連覇を達成して欲しいと願っています。

「星稜VS明徳義塾」、おそらくこの対戦が今後も他のスポーツの試合であった時には、またきっと24年前のあの甲子園のことを思い出すのでしょうね。

きっと僕だけでなく、そう思う方もいるのではないでしょうか。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

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2015年2月 4日 (水)

「○○JAPAN」

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は暦の上では「立春」でしたが、北海道ではこの冬一番の寒さに襲われました

朝の最低気温は軒並み下がり、帯広でも氷点下20℃を記録しました

道内の中には氷点下30℃にも迫る寒い朝になったところもあり、「立春」とは程遠い一日でした。この寒さはまだ続くようですので、皆さんもくれぐれも体調管理には気をつけてくださいね

さて、昨日飛び込んできたサッカーのニュースには驚きましたね

「日本代表監督のアギーレ監督を解任」

このニュースには、「えっ!本当に!」という反応と、「やっぱりね」という反応、「もっと早くそうするべきだった・・・」といった反応など、様々な街の意見が飛び交っています。

解任の理由は、問題となっている八百長問題が引き金ではありますが、アジア杯で成績が残せなかったこともその理由の1つかもしれません

ただ、「監督を人選する段階で、もっとしっかりとした調査をできなかったのか?」という点で、協会には不信感を感じてしまいますが、既に終わったことはどうすることもできないので、気持ちを切り替えてしっかりと次の監督の人選に取り組んで欲しいと思います。

そこで気になるのが「次はいったい誰が日本代表の監督になるのか?」ということです。

巷ではストイコビッチ(元名古屋監督)や、スコラリ(元ブラジル代表監督・元磐田監督)、レオナルド(元ACミラン監督・元鹿島所属)、オリヴェイラ(元鹿島監督)などの実力者に加え、ザッケローニ前日本代表監督、岡田武史元日本代表監督など、代表監督経験者なども、その候補者として挙がっています

ただ、監督人選にあたってはこのタイミングは最悪とも言えます。

欧州や南米ではリーグ戦の真っただ中で、欧州では各国が来年の欧州選手権予選も戦っている現状です。クラブチーム、各国代表で指揮を執る有能な監督の獲得はほぼ不可能でしょう

日本代表の今後のスケージュルは、3月に親善試合があり、そして6月からはロシアW杯アジア1次予選がスタートします

本当であれば3月までには監督を決め、6月のW杯予選にはしっかりと体制を整えて挑みたいところですが、もしも人選が難航すれば、W杯予選が新監督の“ぶっつけ本番”ということも十分あり得るかもしれません。本当にファンとしては不安な話です。

僕は以前から言っていますが、代表監督は日本人監督で良いと思っています。

日本人が監督になれば、言葉の壁もなくコミニケーションも取りやすくなりますし、選手の戦術の理解も早いですし、何よりも日本人のことは日本人が一番良く分かっていますから

協会は「現在Jリーグで指揮を執る監督からは選ばない」ということを公言しましたので、長谷川健太(G大阪監督)や、森保一(広島監督)、西野朗(名古屋監督)などの、日本人でも実績のある監督を招聘する可能性は消滅しました。J2にもラモス瑠偉(岐阜監督)というビッグネームがいますが、それも無いということですね

そうなると、「この時期に全くフリーで何もしていない人なんているのかな?」と考えたら、いました

そうです!我らが松木安太郎大先生がいるではありませんか

僕はかえって変な戦術や凝り固まった考えを持つ監督なら、松木さんのような「能天気」な感じの人のほうが良いと思います。(もちろん松木さんはちゃんとした戦術も持っていますけどね)

あっ!でも、松木さんが監督になってしまうとテレビ中継がつまらなくなるので、やっぱりダメです。松木さんにはテレビの前で応援、いえ、解説をしっかりしてもらいましょう

「他に誰かいないかな・・・」と色々と頭を悩ませていると、1人素晴らしき「適任者」を見つけちゃいましたその人物とは彼です!

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“ヒデ”こと、中田英寿さんです

これ、結構ありじゃないですか?

確かに彼がもしも代表監督になれば、日本中で賛否両論が巻き起こるのは間違いないでしょう。

現役時代から選手や監督とぶつかることが多く、チームをまとめるという点では疑問をもつ人も多いかもしれません。選手が彼が求める高い理想のサッカーを理解できるのか?ということも障害にもなります。

でも、彼はその貫き通した自分のサッカー哲学で、世界のトップクラブチームである程度の結果を残してきた数少ない日本人選手です

その彼が語る言葉は、おそらく選手には説得力が一番あると思います。

選手にも厳しいかも知れませんが、協会にも臆することなく「ダメなことはダメだ」と何でも言えると思いますし、光の見えない代表チームには今までにはない新しい風が吹くのではないかと思います

また、彼は世界にも顔がきくので、欧州などの強豪国とのマッチメイクも彼の力で可能になりやすくなり、選手の経験値を増すことも可能です。

ただ、問題なのは彼が監督になるための「S級ライセンス」を持っていないということです。(これは定かではありませんが確か持っていないはずです)

指導者には興味がないのか、ただ純粋に世界中の旅をしたいだけなのか、ライセンス取得には興味がないのかもしれません。

彼はモナコ居住なので、欧州での「S級ライセンス」取得も可能みたいなので、そうなれば日本でのライセンスを持っていなくても、外国人監督という扱いで招きいれることも裏の手としたあるみたいです

一部では「既にライセンスは取得している」という噂もあるので、もしもそれが本当であれば、これは本当に「中田監督誕生」も現実味を帯びてくるのではないでしょうか

「指導者経験が全くない人がいきなり代表監督はどうなの?」という声も出るでしょうが、代表チームというものはクラブチームとは違い、常にいつも行動を共にするものではありません。

数か月に1回集まり、短期集中的にチームとしての機能を高めていき、それを数年間かけて築き上げて行くものです

特に今の代表チームは海外でプレーする選手が多く、代表での練習の時間というのは限られます

そうなれば、自身も海外でプレーし、そういう代表としての経験をしてきたヒデには選手をうまくまとめあげる能力もあるでしょうし、現役時代から「ピッチ上では中田が監督」と言われたほどのそのリーダーとしての才能も活かせるはずです

今の日本代表に必要なもの、それは思い切った「改革」と「刺激」です

それが一番マッチするのは、「中田JAPAN」の誕生ではないでしょうか

まあ、そもそも彼自身にやる気がなければ、この話は「夢物語」で終わるだけですが、2018年ロシア杯でヒデが監督としてベンチに座っていることを祈りたいです

もちろん、その時にはスーパーサブとして背番号「11」、キング・カズもいることでしょう

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いいんじゃないの、たまにはこんなオシャンティーな代表監督も

毎回、斬新なファッションでベンチに座っているのを観るのも楽しみですし、選手の活躍はもとより監督にも注目が集まり、代表人気に拍車がかかると思いますよ

日本サッカー協会に、こんなオシャンティーな選択が果たしてできるかな

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

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2015年1月16日 (金)

30デイズJAPAN。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

気が付けば、2015年がスタートして半月が経過しました。本当にあっという間に月日は過ぎていくものですね。

今年の冬は例年に比べて暖かく感じるのは僕だけでしょうか?

朝などは車のガラスが凍っている日がほとんどありませんし、昼間でも道路の雪が融けたりしています。

季節的にはもうすぐ「大寒」で、一年の中で一番寒い時がやってきますが、今年は思いのほか寒くならずに終わるかもしれませんね

さて、そんな今日は僕は仕事を終えて自宅に着くと、すぐさま日本代表のユニホームに着替えました

そうです、今日は現在オーストラリアで開催されているアジア杯のグループリーグ第2戦、イラク戦が行われました

今日も松木大先生の熱い応援、いえ、熱い解説を聞きながら、僕も熱い声援を送りました

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今日も初戦のパレスチナ戦と同様のスタメンで挑みます

序盤から何度となく好機があったものの、なかなか点を決められない中、前半23分に相手の反則で得たPKをエース本田が決めて、日本が先制します

その後は両チーム決定的を逃し、そのまま1対0で日本が辛勝しました

さすがは前々回大会の覇者・イラクだけあって、楽には勝たせてくれませんでしたが、これでまずはグループリーグ突破に一歩近づいたといえるでしょう。

第3戦は20日、相手はヨルダンです。ヨルダンにはこれまで何度となく苦戦をしいられているだけに、油断は禁物です

そんな日本代表を現在率いているのは、皆さんご存知のこの人です。

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アギーレ氏です

八百長問題などで、色々と世間を騒がせてるのは皆さんも承知のことと思いますが、とにかく今は日本代表を「アジア杯連覇させること」だけに集中して欲しいものです。

そんなアギーレ氏を見ていると、僕はどうしてもある映画を思い出してしまいます。その映画とは!

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日本では2009年に公開された『30デイズ・ナイト』という映画です

「全米NO・1」という文字が示すように、大ヒットしたヴァンパイア映画です。

僕は以前この映画をとDVDで見たことがあるのですが、そのヴァンパイアたちがどうしてもアギーレに似ているように見えて仕方ないのです。

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この写真のヴァンパイアはちょっと似ていないかもしれませんが、実際はもっと似ている人、いえ、ヴァンパイア人がいました黒目の多いあたりが、似てるのかな?

そんなこともあり、僕は「アギーレJAPAN」とは呼ばずに「30デイズJAPAN」と勝手に呼んでいます

何か「30日間限定の日本代表」みたいにも聞こえますね

まあ、呼び名はさておき、日本代表が「アジア杯を連覇」することを僕は強く願っています。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

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2014年10月31日 (金)

「J」の☆たち~アビスパ編~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日で10月も終わり、いよいよ明日からは11月がスタートします

気が付けば今年も残り2ヶ月です。本当に月日の経過は早いですね

そんな秋深まる中、昨日のスポーツニュースはプロ野球・福岡ソフトバンクホークスの3年ぶりの日本一の話題で持ちきりでした

昨日の福岡は、きっと夜遅くまで大いに盛り上がったことでしょう

そんな福岡にはプロ野球の他にもプロスポーツのクラブチームがあります。それはサッカーのアビスパ福岡です

そこで今日は、およそ3ヶ月ぶりになりますが、あのシリーズ企画「J」の☆たちをお送りして、アビスパの歴史と魅力に触れてみたいと思いますので、どうぞ最後までお付き合いのほどよろしくお願いします

今回で第14弾となる「J」の☆たちですが、今回の主役であるアビスパ福岡は福岡県福岡市をホームタウンとして1996年からJリーグに加盟し、九州で一番最初にJリーグに加盟したクラブチームです

クラブ名の「アビスパ」はスペイン語で「スズメバチ」という意味で、ハチの持つ集団的行動や俊敏性が「軽快で統制のとれた多様なグループ攻撃」という、チームの目指すスタイルから命名されたそうです

1996年のJリーグ加盟初年度は、横浜マリノスの元監督であった清水秀彦氏が監督に就任し、ウーゴ・マラドーナ、ペドロ・トログリオ、マジョールといった外国人トリオを擁して注目の的ともなりましたが、終わってみれば結果は15位でした

さらに翌1997年は17位、1998年は18位と、2シーズン連続で最下位という散々な結果に終わりました。

外国人選手や日本人を移籍で獲得し補強をはかり、2000年の第2ステージでは優勝争いに加わり、クラブ史上最高順位の6位となりますが、2001年は15位で遂にJ2へ降格となりました・・・

その後、2005年にはJ2で2位となり5年ぶりのJ1復帰を果たしますが、それも束の間、わずか1年でJ2へ再び降格、2010年にJ2で3位となり、再びJ1昇格を果たしますが、またしてもわずか1シーズンでJ2へ降格と、なかなかJ1に残留することができない状態が続き、現在はJ2でも順位が下位に低迷中です・・・

尚、アビスパ福岡は「J1」「J2」「Jリーグカップ」「天皇杯」のいずれのタイトルを1度も獲得したことがなく、これはJリーグのクラブとして最長記録となっています。

過去に在籍した外国人選手にはアルゼンチン国籍の選手が多いのが特徴で、1995年~2002年の間だけでも15名が在籍していました

日本人選手にも、藤本主悦永井篤志中払大介山下芳輝と、ドリブルを得意とする個人技に長けた選手が数多くいたのも特徴でした

それでは今日もいつものように、僕が選出するアビスパのベスト11を発表していきたいと思います

尚、選出にあたってはチームに3シーズン以上在籍していることを条件として、ポジションの後ろの数字は「背番号」、( )内の在籍年数はJリーグ発足以前の母体チームを含むこととします。

<アビスパ福岡> ベスト11

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GK 1 神山竜一(2003年~現在)

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DF 4 田中誠(2009年~2011年) 元日本代表(出場32試合)

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DF 5 千代反田充(2003年~2006年)

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DF 13 柳楽智和(2004年~2010年)

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MF 6 布部陽功(2006年~2008年)

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MF 8 永井篤志(1995年~1998年)

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MF 11 藤本主悦(1996年~1998年) 元日本代表(出場2試合)

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MF 14 中村北斗(2004年~2008年)

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MF 15 中払大介(1996年~2001年、2008年~2009年)

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FW 9 山下芳輝(1996年~2001年) 元日本代表(出場3試合)

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FW 10 城後寿(2005年~現在)

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監督は篠田善之です。

システムは3-5-2で、外国人選手が1人もいない純和製チームです

中盤と前線には非常に個性的なタレントが揃い、チームとしても非常におもしろいと思います。

さあ、いかがでしたか今回の「J」の☆たちは次回は果たしてどのクラブチームになるのかどうぞお楽しみに

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

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2014年9月 4日 (木)

アギっちゃおうぜ!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

いや~今日は朝から興奮させられた一日でした

男子テニスの全米オープン準々決勝で、錦織圭が第3シードのワウリンカを4時間を超える熱戦の末に破り、見事にベスト4進出を決めました

活字にすると簡単なことのように聞こえますが、これは快挙も快挙、大快挙なことです

日本人男子が全米オープンでベスト4に進んだのは、1918年の熊谷一弥氏以来、実に96年ぶりのこと

4大大会でのベスト4は、1933年のウィンブルドン選手権の佐藤次郎氏以来81年ぶりのことなのですから、いかに錦織がやってみせたことが偉業なのかが分かると思います

今朝は、ちょうど仕事に行く寸前までテレビで錦織の試合に釘付けになりました

最後のマッチポイントの瞬間は、本当に手に汗を握りましたが、勝った瞬間のあの感動はスポーツでしか味わえない何ともいえないものでした

錦織にはこの勢いそのままに、準決勝でジョコビッチを撃破して、そして夢のファイナルへと進んで欲しいと思います

日本人選手がテニスの四大大会を制する瞬間、それを目撃できることを楽しみにしています

さて、同じスポーツの話ですが、明日はいよいよ新生サッカー日本代表が新たな船出を迎えます

W杯ブラジル大会の惨敗から3ヶ月、エース本田がACミランで復権を取り戻しつつあり、日本の「10番」香川は、古巣・ドルトムントで再起に向けスタートしようとしています

それぞれが4年後のロシアW杯に向けて新たな一歩を踏み出す中、日本代表監督もザッケローニからハビエル・アギーレにバトンが渡されました

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母国・メキシコやスペインのクラブチームで実績を積み、メキシコ代表の監督も務めた経験のあるアギーレ氏が、どんな日本代表を作っていくのか、非常に楽しみなところです

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記念すべき初戦となる明日のウルグアイ戦に向けて、選手とのコミニケーションも順調のようです

今回の代表メンバーには初代表が5人も選ばれ、若いフレッシュな力と、経験を積んだ中堅・ベテランの力が交わり、どんなチームが形成されるのか非常に楽しみです。

今回の初代表メンバーには、「和製クリスティアーノ・ロナウド」とも言われる武藤嘉紀(FC東京)、日本代表の「10番」を託された森岡亮太(神戸)など、未知数の潜在能力を秘めた選手もおり、これまでの日本代表とはまたひと味違ったサッカーが見れるような気がします

いずれにしても明日の試合は、W杯以来久しぶりに僕も「JAPANブルー」のユニホームを身につけて、テレビの前で熱い声援を送りたいと思います

明日は、みんなでアギっちゃおうぜ!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

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2014年8月 9日 (土)

「J」の☆たち~レイソル編~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は久しぶりに十勝に太陽さんが戻ってきて、夏男としては非常に気持ち良く過ごせた一日でした

しかし、西日本では台風11号の接近で大荒れとなり、これからも被害の拡大が心配されます。今回の台風は速度が遅い分、それだけ被害の範囲も広がりそうなので、とても心配です

この台風の影響で、今日開幕するはずだった第96回全国高等学校選手権大会は、開会式と1回戦3試合が明後日の11日に順延となりました

開会式が順延されるのは54年ぶりのことで、開幕日から2日連続で全試合中止となるのは史上初のことだそうです。

今回の大会の敵は、相手だけでなく天気になるかもしれませんね

さて、4年に1度の世界的スポーツの祭典であるサッカーW杯が閉幕して、早いもので1ヶ月が経とうとしています。

今回は日本代表の活躍が見れなかったせいか、僕的には何か盛り上がりに欠けた大会ではありましたが、既に代表の新監督も決まり、その視界は4年後に向かっていることだけは確かです

欧州などでプレーする選手はもうすぐシーズンが開幕しますし、日本ではJリーグが再開し、熱い戦いが既に始まっています

そこで今日は久しぶりにあのシリーズ企画をお送りします

Jリーグに加盟するクラブチームにスポットをあて、そのチームの歴史や思い出を振り返りながら、僕が選ぶベスト11を選出するというシリーズ企画「J」の☆たち、今回はその第13弾として柏レイソルをご紹介したいと思います

この「J」の☆たち、いったいいつ以来なのかと思い調べてみると、今年の2月26日以来、実に5ヶ月半ぶりでした

どうぞ久しぶりに、お楽しみください

柏レイソルは千葉県柏市をホームタウンとし、ホームスタジアムは日立柏サッカー場です。

日立製作所サッカー部を前身として、1995年にJリーグに加盟した柏レイソルのチーム名の由来は、スペイン語で「レイ(王)」と「ソル(太陽)」を合わせた造語で、「太陽王」を意味します

1995年にJリーグ昇格するにあたっては、当時ブラジル代表のスター選手だったカレカの獲得と活躍が大きかったです

昇格1年目は1stステージは最下位だったものの、2ndステージは5位で年間成績は12位でした。

1998年には西野朗氏が監督に就任し、ブルガリア代表のストイチコフを獲得、翌年には韓国代表の洪明甫も入団し、チーム力がUPしリーグ戦では年間3位、ナブスコ杯では優勝を飾り、クラブとして初タイトルを獲得しました

翌2000年シーズンも最終節まで優勝争いに絡んだものの、あと一歩で優勝を逃すと、2001年には西野監督が解任され、それ以降は成績は常に下位に甘んじながらも何とかJ1残留に踏みとどまっていました。

しかし、2005年はJ1・J2入れ替え戦で甲府に敗れ、遂にJ2降格となってしまいました

1年でJ1に復帰を果たしますが、それも僅か3年で2009年シーズンでは再びJ2降格となてしまいます

その柏レイソルを救ったのが、2009年途中から監督に就任したネルシーニョ氏です

2010年はJ2で優勝し、再びJ1の舞台に戻ってくると、2011年シーズンはその勢いのままに、何とJ1をも制したのです

J2からJ1へ昇格して1年目での優勝は史上初という快挙でもあり、J1とJ2の両方で優勝を経験したチームも史上初でした

その後も2012年には天皇杯優勝、2013年にはナビスコ杯優勝と、その強さは現在も持続中です

チームカラーである「黄色」を基調としたそのユニホームは、とても色鮮やかで僕は結構好きなユニホームです。

それでは今日もいつものように、僕が選出するレイソルのベスト11を発表したいと思います

尚、選出にあたってはチームに3シーズン以上所属していることを条件とし、ポジションの後ろの数字は「背番号」、( )内の在籍年数はJリーグ発足以前の母体チームも含むこととします。

<柏レイソル> ベスト11

1

GK 21 南雄太(1998~2009) 元日本代表(出場0試合)

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DF 3 近藤直也(2002年~現在) 元日本代表(出場1試合)

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DF 5 増嶋竜也(2011年~現在) 

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DF 20 洪明甫(1999年~2001年) 元韓国代表(出場136試合)

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MF 酒井宏樹(2009年~2012年) 日本代表(出場18試合)

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MF 8 フランサ(2005年~2010年) 元ブラジル代表(出場8試合)

11

MF 11 加藤望(1992年~2004年) 

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MF 17 明神智和(1996年~2005年) 元日本代表(出場26試合)

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FW 9 北嶋秀朗(1997年~2002年、2006年~2012年) 元日本代表(出場3試合)

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FW 10 カレカ(1993年~1996年) 元ブラジル代表(出場60試合)

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FW 28 玉田圭司(1999年~2005年) 元日本代表(出場72試合)

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監督はもちろんこの人、ネルシーニョです

フォーメーションは3-4-3です。ポイントは本来はサイドバックの酒井宏樹をもう1つ前の右ハーフで使っているところと、運動量の多い明神の1ボランチです。

さあ、いかがでしたか今回の「J」の☆たちは、次回もどうぞお楽しみに

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

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