思い出

2020年9月 3日 (木)

劇空間プロ野球。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

ずっと続いていた猛暑はすっかり影を潜めて、連日ぐづついた天候が続いてます。

せっかく、残り少ない北海道の残暑を楽しもうとしていただけに凄く残念です。

何とかまた暑い日が戻ってくることを祈ります。

さて、4歳になった我が家の王子に、いよいよ満を持して野球を教え込もうと先日からバッティング練習をさせています。

練習と言っても、プラスチックのバットにピンポン玉でですけどね(笑)

やらせてみると意外と良いものを持っているみたいで、そこそこ芯でとらえて弾き飛ばしています。

王子の夢はプロ野球選手です(父である僕の勝手な夢)

ただし、メジャーには行かないで欲しい・・・なぜなら僕が飛行機が苦手なので観戦に行けないので(笑)

夢というか完全に親のエゴです(笑)

なので、王子には自分が本当にしたいことを見つけて、その夢に向かって邁進して欲しいと思います。

そこにプロ野球選手という選択肢が1%でもあれば、父親としては嬉しい限りです。

ちなみに僕は、もの心ついた時からプロ野球選手になること以外頭にありませんでした。しかも巨人にしか行かないつもりでした。

その目的に向かってずっと野球をしてきました。

結果は46歳になった今でも夢は叶ってはいませんが、その夢を追いかけてきたことに後悔は微塵もありません。

生涯、野球を愛する、生涯、巨人を愛する、この気持ちに変わりはないのです。

そんな僕が一番好きだったのが1990年代の巨人です。

いわゆる第2次長嶋政権時代です。

1992年オフ、ミスターが監督復帰を決め、その直後のドラフト会議で僕と同じ年の松井秀喜を引き当てた瞬間、僕のジャイアンツ愛はさらなる深みを増しました。

そしてこの頃の日本テレビのプロ野球中継を彩っていたのが、名曲揃いの主題歌たちです。

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当時の中継のタイトルは忘れしません!『劇空間プロ野球』です!

中でも僕は1993年~1996年ぐらいが一番好きでした。

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1993年はZYYG、REV、ZARD、WANDSがコラボした『果てしない夢を』です。

そして、皆さんご存じの通りこの名曲には監督であったミスターもfeaturingしていました。

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レコーディング風景ですが、左からZARDの坂井泉水、ミスター(長嶋茂雄)、WANDSの上杉昇です。

これは非常に貴重な楽曲ですし、ジャイアンツファンにはたまらない1曲です。

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続いて1994年の主題歌はZIGGYの『STAY GOLD』です。

この曲は僕は大好きな曲で、今でもちょくちょく聴いています。これを聞くと、頭の中に当時の華やかな巨人の多くのスター選手の姿が思い浮かんできます。

続いて1995年、この年は上半期と下半期で主題歌を2曲に分けてました。

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上半期はDEENの『未来のために』

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そして下半期はシャ乱Qの『空を見なよ』です。

どちらの曲も僕は大好きな楽曲で、カラオケに行ったらどちらも良く歌います。

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そして最後の1996年の主題歌はSMAPの『はだかの王様~シブトクつよく~』です。

みんな若い(笑)そして森君がいる!実はこの曲は6人として最後のシングルでした。

中居君は大の巨人ファンですから、『劇空間プロ野球』の主題歌に決まった時はさぞかし嬉しかったことでしょう。

こうやって振り返ると、懐かしさと思い出が蘇ります。

ちなみに日本テレビの野球中継『劇空間プロ野球』というタイトルは、ミスターが退く2001年シーズンまで継続されていたようです。

僕の大好きだった1990年代の巨人にふさわしい『劇空間プロ野球』という番組のタイトルと、そしてそれを演出する主題歌たちを今日はご紹介させていただきました。

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20年後の巨人軍に、果たして我が王子はいるのかな?

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)雷電湯沢→若生正廣(わこう・まさひろ)

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東北高校、九州国際大付属高校、埼玉栄高校などで高校野球の監督として活躍し、ダルビッシュ有をはじめ多くのプロ野球選手を育てて名監督です。

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2019年7月31日 (水)

小学生にタイムスリップ!

こんばんにゃ〜北の猫男爵です。

いやー暑い、暑すぎる…

朝も昼も、そして夜も、とにかく暑すぎます。

どうなってるんでしょうね、日本列島は。

しかし、夏大好き夏男の僕にとっては待ちに待った至福の時間です。

北海道の夏はあっという間に過ぎ去っていきます。きっとこの暑さもお盆までです。なので、思う存分汗をかいて、熱帯夜を楽しみます!

さて、先日のブログで我が家にクワガタが来たことはお話したと思いますが、最初に飼い始めたクワちゃん(メス)に続いて、コクちゃん(コクワガタのオス)も新たに仲間に増えました。

しかし、コクちゃんは見つけた時から元気がなく、我が家に来て数時間で天国へと旅立っていきました。

そしてその翌日、元気に動き回っていたはずのクワちゃんまでもが、暑さのせいなのか、天国に旅立ちました。

クワちゃんを可愛がっていた娘はショックで落ち込んでしまいましたが、僕と妻と娘と王子、家族全員でクワちゃんとコクちゃんを、弔いました。

そんな悲しみに包まれていると、なんとすぐにまた家の前で小さな小さなクワガタ(メス)を発見しました。娘はそのクワガタをクノちゃんと名付け、飼うことにしました。

その数時間後、今度はノコギリクワガタのオスをまた発見し、飼うことにしました。

名前はマトくんと娘が名付けました。

暑さのせいなのか、今年はクワガタをよく見かけます。

僕が小学生の頃は自宅前の街灯に、無数のクワガタが集まってきていたので、夏には常に何十匹という数のクワガタを飼っていました。

中でもノコギリクワガタの歯が大きいタイプ、僕らは「水牛」と呼んでいましたが、その水牛の中でも1番強いのは誰の水牛かと、友達みんなで、闘わせて競いあっていたりもしました。

ミヤマクワガタやノコギリの小型、僕らはバルタンと呼んでいましたが、様々な種類のクワガタを飼っていました。

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今日は今家にいるクワガタにスイカをあげましたが、2匹とも喜んで食べていました。

その光景を見ていると、何だか小学生にタイムスリップした感じになりました。

その小学生の時に、クワガタにスイカやキュウリを食べさせていたことで、スイカやキュウリは昆虫の餌だという固定観念が僕の頭に根付き、僕がスイカやキュウリを食べれなくことが始まったのです。

今年の夏は、娘と王子と一緒にクワガタを観察できることが、今とても幸せです。

それでは今日はこのへんで。チャオ(Ciao!)

(今日の色)→「黒」=クワガタの色は黒です。

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2018年8月25日 (土)

昭和の風景。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

W台風は熱帯低気圧に変わり、北海道に接近そして通過中です。

今年は例年以上に台風の発生が多いようですね。2年前に僕たちの住む北海道で、台風による甚大な被害がありました。

もうあのようなことは二度と起きては欲しくありませんが、相手は自然・・・こればかりはどうすることもできないのでしょうか・・・

神様に祈るしかありません。

さて、話は変わりますが、先日の天気の良い日に、ちょっと珍しい光景を目にしました。

時間はまだ夕方の6時頃だったと思いますが、僕が車を運転して住宅街を走っていると、住宅の外で、すててことシャツだけで歯磨きをしているおじさん?おじいちゃん?がいました(笑)

昔(僕が子供の頃)なら、たまにそういう人を見たことがありましたが、最近は全く見ることのない光景だったので、ビックリというか、ある意味新鮮でした。

昔は、今のように個人情報とかプラバシーとか、そんなの関係なかったので、隣近所はみんな家族のようなものでした。

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昭和の時代の象徴ともいえる「駄菓子屋」には、子供が集まり、そこで楽しい思い出がたくさん生まれました。

駄菓子屋の前には、赤い郵便ポストや公衆電話、玩具がカプセルに入ったガチャガチャがあり、スーパーボールなども売っていました。

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「THE・昭和の子供」

こんな光景も当たり前でしたが、今では皆無です。

何か昭和の風景を思い出していると、心が和みます。やっぱり良い時代だったんですね、昭和は。

そんな中、平成という時代もあと7か月余りで終わりを迎えます。

きっと次の時代になった時には、平成ってこんな時代だったよね、懐かしいね~などと振り返る時がやってくるのでしょうね。

その時、昭和という時代はもう遠い遠い大昔になってしまうのかと思うと、ちょっと寂しい感じになります。

いずれにしても、次にやってくる時代が、これからの子供たちにとって、素晴らしい住みやく暮らしやすい時代になることを祈ります。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の漢字)→「昭」=昭和の「昭」という字を子供の名前に使った親御さんも多かったのでしょうね。

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2018年7月25日 (水)

よこやま弁護士。

こんばんにゃ〜 北の猫男爵です。

すっかり夏らしくなりましたが、皆さんどうお過ごしでしょうか。

連日、猛烈な暑さが日本列島で続いているようですが、40℃の世界はきっと北海道民からすると異次元の世界なんでしょうね。

40℃と聞くと、確かに無駄な外出は控えるようにと警告されるのもやむを得ないでしょうね。
本当に命にかかわる数字だと思います。

その点、北海道は暑いと言っても30℃前半に数日なっただけですから、幸せなのかもしれません。

とはいっても暑いのは確かなので、皆さん熱中症などにはくれぐれもご注意して下さいね。

さてそんな中、我が家では王子が熱を出し保育所を休んでいました。
熱と言っても39℃や40℃といった高熱ではなく、今朝はだいぶ平熱に近づいたので元気に登所していきました。

どうやら保育所では、微熱、咳、鼻水といった症状の風邪が流行っているようなので、それをもらってきたのかもしれません。

そんな我が家の王子は、今ちょっと反抗期です。


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何か気に入らないことがあれば、しかめっ面をして反抗します。
まあ、それも成長の証なので良いことかもしれません。

今年で6歳になる娘には反抗期がなかったので、新鮮といえば新鮮なので僕も妻もその王子の様子を見ながら楽しんではいます。

特におもしろいのが、「あけない」とか「いらない」とか言葉を発するところが、ある人物に似ている言い方だということです。

その人物とは!


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皆さんわかりますよね(笑)
そう、よこやま弁護士です。
あの、一連のオウム事件のときに麻原の私選弁護人として弁護を担当した方で、その独特のしゃべり方はブームというわけではないですが、皆さんの記憶にもしっかりと残っていると思います。

調べてみたら、2007年にお亡くなりになられていました。

「やめてー」という彼の個性的なキャラクターは今でも忘れられませんが、なぜか我が王子の言い方がそれにそっくりなのも笑えてしまいます。

反抗期がいつ頃まで続くのか、これも今しか経験できないことなので、どうせなら楽しんでみようと思っています。

ちょっと急によこやま弁護人の当時の映像を見たくなったので、これからYouTubeで検索してから寝ることにします(笑)

それでは今日はこのへんで。チャオ(Ciao!)

(今日の漢字)→「弁」=よこやま弁護士の弁護士から一字もらい、弁にします。


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2017年8月11日 (金)

あの夏を忘れない。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

1997年夏、その夏はいつもよりも暑い夏だった・・・

23歳になったあの夏

狂ったように海に足を運んだあの夏

バカの1つ憶えのように「やっぱり夏は海だね!」を連呼していたあの夏

あのドラマに出会わなければ、今の自分はどうなっていたかわからない、それくらい自分にとってのバイブル的な存在が、『ビーチボーイズ』、そして反町隆史である

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あの夏から今年でちょうど20年という歳月が過ぎた。

けれども、20年経った今でもあのドラマに魅せられた多くのことは、色褪せることなく、僕の体にしみついている。

海を愛し、夏を愛し、キャンプ、釣り、花火、とにかくアウトドアというものの全てにに情熱を注いだあの夏

髪型、服装、話し方、全てを反町に真似たあの夏

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『ビーチボーイズ』というドラマのセリフ1つ1つが、今でも僕の脳裏に焼きついている

反町のように腕時計をするのをやめた

反町のようにカゾリンスタンドで小銭で払った

反町のように車の中でラジカセで音楽を聴いた

反町のように薪割りをした

反町のように銀行で麦茶を頼んだ

反町のように美味しい卵焼きを作った

反町のように海で泳いでみた(かなづちなので5mぐらい)

ドラマの中で竹野内豊の上司役だった平泉成は言っていた、『みんな、君のように生きてみたいんだ、でも、できないんだよ。』

今になればその言葉の意味の深さが分かる、僕もそんな年齢になった。

僕も反町、いや桜井広海(反町の役名)のような生き方に憧れていた。もしもできることなら、あんな生き方をしてみたかった・・・

反町とともに時を刻んだあの1997年夏、それは僕にとって一生かけがえのない大切な宝物です

今から20年前、1997年夏、その夏はいつもよりも暑い夏だった・・・

僕は、あの夏を忘れない。

今日は8月11日「山の日」ですが、あえて、「海」の話をさせていただきました(笑)

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

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2016年9月28日 (水)

衝撃のトークショー!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は北海道が歓喜に沸きましたね

北海道日本ハムファイターズが、4年ぶりのリーグ優勝を決めました

この奇跡の大逆転優勝には、台風被害で甚大な被害を受けた北海道に、本当に大きな勇気を与えてくれました本当にありがとう!そして、おめでとう!

そして我が巨人軍も連夜のサヨナラ勝ちで、セリーグの2位を確定させました

日本シリーズで日本ハムと対戦できることを楽しみにしています。まあ、日本シリーズは巨人軍が勝たせてもらいますけどね

さて、そういえば1ヶ月程前になりますが、我々十勝の方にとっては、なじみのある十勝花子さんがご逝去されたというニュースを目にしました。まだ70歳という若さでした・・・

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女優そしてタレントとして活躍された十勝花子さんですが、実は僕は一度だけ彼女にお会いしたことがあります

あれは僕が中学1年生か2年生ぐらいの頃だったと思います。

ちょうど今時期の秋祭りの頃です。

お祭りのイベントの1つとして十勝花子さんがトークショーにやってきたのです

当時、僕は彼女の存在を知らなかったので、「十勝花子って誰だ?何者だ?」と思いながらも、いったいどんな人で、どんなトークをしてくれるのかとても楽しみにしていました。

そしていよいよトークショーの時間が近づき、僕は友人たち数名と会場に向かいました。

会場がなかなかの人混みでにぎわっている中、いよいよステージに十勝花子が登場しました

女性にしては、かなりの超短髪

そしていきなりの小気味の良いベシャリ

一瞬にして会場は和やかなムードに包まれていきました

しかし、トークを聞いていくうちに、その内容が徐々によからぬ方向に・・・

トークの8割、いや9割が下ネタでした(笑)

しかし、その下ネタにより、会場は大盛り上がりを見せていき大爆笑の渦

ちょうど思春期の僕たちも、下ネタは大歓迎

ただ、近くに親とかもいたので、やや微妙な部分もありましたが、それでも十勝花子の衝撃のトークショーに大喜びした思い出があります

その内容は結構過激な部分のあるので、ここではご紹介できませんが、僕たちは「また来年も十勝花子こないかな・・・」とみんなで言った記憶があります

しかし、彼女が来ることはそれ以降一度もありませんでした・・・

今となっては懐かしい思い出の1つですが、そんな彼女が天国に旅立ってしまったことを、非常に残念に思います。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

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2016年3月29日 (火)

親子2代に渡り。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

3月も残すところあと2日となり、もうすぐ新年度がスタートしようとしています。

毎年のことですが、この季節は「別れ」の季節でもあります

先日、の通う保育所でも「修了式」が行われ、年長さんたちが巣立っていきました。娘のことを可愛がってくれていたお姉ちゃんたちもいたので、娘も少し寂しい気持ちになっているかもしれません。

そして、娘の通う保育所の所長先生もこのたび定年を迎え、40年余り務めた保育士という仕事を退職し、保育所を去ることになりました。

娘は所長先生のことが大好きだったので、4月から姿が見えなくなるととても寂しく感じるのではないかと思っています

当の本人は「所長先生がいなくなる」ということの意味を理解していないのかもしれないので、「今日ね所長先生いなかったよ。」と僕や妻に言ってくるかもしれません

娘が通っている保育所は、僕も幼い頃に通っていた保育所です。

実は、今回定年を迎えたその所長先生は、僕が通っていた頃にもその保育所にいた先生なんです

当時は、あまり年齢のことなど考えませんでしたが、僕が3~5歳の頃だったんですから、今から36~38年程前なので、先生も20代前半だったことになります。

それから、異動などもあり何ヵ所かの保育所を経験して、最後はまたその保育所に戻ってきて所長先生になりました。

僕にとっては、僕が通っていた頃にいた先生たちの中で唯一残っていた現役の先生です

当時は担任の先生ではなかったので、凄く思い出があったというわけではないですが、凄く優しい先生だった印象があります。

泣き虫だった僕が泣いていた時に、優しく声をかけてくれた若かった頃の先生の顔が、今、ふと、頭に浮かびました

最後に先生に言葉をかける機会があり、少しお話させていただきましたが、いざそういう場面になると、自分が思っていることの半分も言葉にできず、後になってもっと話がしたかった・・・と後悔しています

先生の最後のお別れの挨拶の時、僕の目には思わず熱いものが溢れだしそうになりました

40年間、保育士という仕事を全うし、その間、言葉では言い表せないくらい、たくさんのご苦労があったと思います。

多くの子供たちに、たくさんの「笑顔」や「元気」を与えてくれた先生、本当にお疲れ様でした

そして、僕と娘の親子2代に渡り、本当にお世話になりましたありがとうございました。

だめだ、泣きそうなので、このへんにしておきます

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

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2014年11月17日 (月)

石焼~きイモ♪

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

11月も半ばを過ぎ、気が付けば今年もあと残り50日を切りました

まだ十勝地方には雪の姿は見られませんが、道内では既に根雪になっているところもあるようです

僕にとっては嫌な季節の到来です

そんなこの季節になると、ちょっと懐かしく思い返されるのが「石焼き芋」です

昔はよく「石焼~きイモ♪」という、男の人の声が流れた「石焼き芋」の販売車が歩いている光景を見かけましたが、最近あんまり見ないですよね?

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小さい頃は、あの音が聞こえると家の中にいても思わず「食べた~い」と親にせがんで、お金をもらって玄関を飛び出して車を追っかけたものです

いかついオッサンが、アツアツのお芋を紙袋に入れてくるのが嬉しく嬉しくて、買うとすぐにダッシュで家に帰り、むさぼりついたものです

あの「あま~い」、焼き芋の味がとても大好きでした

ちなみに僕の中学の同級生で、親が「石焼き芋」を売って歩いている友達がいたのですが、その友達と一緒に買いにいくと、いつも安くしてもらっていたので超ラッキーでした

車で売っている「焼き芋」も好きなんですが、僕は家のストーブの上でアルミホイルに包んでじっくりと焼いている「焼き芋」も好きでした

僕は“超”が付くくらいの「ぱあちゃん子」だったのですが、ちょうど今ぐらいの時期になると、学校から帰ってくると、ばあちゃんがストーブの上で「焼き芋」を焼いてくれていました

いつもホクホクで柔らかくて美味しかった思い出がありますが、今思うと、僕が帰ってくる頃にちょうど食べごろの柔らかさになるように、ばあちゃんがちゃんと考えて焼いてくれていたんだと思います

目を瞑れば、今でもあの「焼き芋」のことが目に浮かんできます

実は、昨日我が家のストーブの上で「焼き芋」を焼いてみたのですが、ストーブの性能の関係なのか、さっぱり柔らかくならず、に食べさせてやることができませんでした

昔のストーブとは違って、ちょっと現代のストーブではなかなか難しいのかもしれません。

娘は「さつま芋」が大好物なので、もしも「石焼~きイモ♪」のあのメロディが聴こえたら、すぐに買いにいってみようと思います

僕自身も、久しぶりにあの懐かしい味を味わってみたいですし

これからは「石焼き芋」、さらには「鍋」など、冬の食卓も魅力満載の時期ですね

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

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2014年11月 5日 (水)

時は流れ・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日の夕刊(勝毎)に我が母校(高校)の特集が掲載されていました

読んでいると「修学旅行」の記事が載っていたのですが、それを見て驚いてしまいました

何とその旅行先が、大阪・京都と沖縄でした

「お、お、おきなわ~!!!」と僕は思わず叫んでしまいました。

今から23年前、僕が在学中の時の旅行先は、京都・奈良と東京でした

あれから時は流れ・・・今では沖縄にまでその足は伸びたんですネ

「修学旅行」は高校生活の中でも1、2を争う思い出で、今でもあの当時のことを思い出すと、とても楽しい気持ちになります

とは2、3年時はクラスこそ違いますが、同じ高校に通っていた仲で、2班に分かれて行く「修学旅行」でも同じ班でしたので、その頃の話をすると懐かしい思い出に更けることができます

僕たちの頃は東京滞在中に「ディズニーランド」に行きましたが、今の後輩たちは東京に寄らない分、大阪で「USJ」に行くみたいです

そして何といっても沖縄です

高校生で沖縄とは何ともうらやましいですが、今では海外にまで行く高校もあるみたいですから、時代は変わりましたね

裏を返せば、その分、親もお金がかかって大変なのかもしれませんね

まあ、僕の場合、飛行機が苦手なので、当時もしも沖縄に行くなんてことになっていたら絶句してたでしょうがね(笑)

今日、その母校の記事を読んでいると懐かしい母校の先生の写真も掲載されていました。

S先生という体育の先生ですが、当時は確か今の僕ぐらいの年齢だったと思うのですが、凄くダンディーでカッコ良くて、女子にも人気があった思い出があります

僕と友人のHきは、そのダンディさからS先生のことを、九重親方(当時)だった「北の富士」に似ているとよく声を揃えていたものです

S先生はバスケ部の顧問をしていたこともあり、バレー部だった僕の妻も「S先生はカッコ良かった~」と懐かしんでいました

しかし、新聞に載っていたその顔はさすがに歳を取っていました。

妻と僕は「経たね~」と声を揃えましたが、それもそのはず、当時高校生だった僕たちがもう40歳なんですから、先生だって年齢を重ねるわけです

でも、さすがはS先生です。歳は取ってもそのダンディさは変わっていませんでした。たぶん、年齢的には60歳ぐらいだとは思うのですが、カッチョいい60歳だと思います

20年後、僕もS先生のように、カッチョいい60歳になっていたいです

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

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2014年9月 1日 (月)

キムタクに憧れて。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日からいよいよ「9月」がスタートしましたこれから北海道は秋まっしぐらです

「7月」からスタートとした夏ドラマも徐々に終盤へと差し掛かり、盛り上がりを見せていますが、今クールで圧倒的な強さを見せているのが、やはりキムタク主演のドラマ『HERO』です

13年前の前作同様に、見ごたえのあるストーリには毎週心を踊らされています。今日も第8話が放送されましたが、今日はがちょうど眠りに就いた後でしたので、久しぶりにと2人でゆっくりと見ることができました

やっぱりキムタクは「男の目線から見てもカッコイイな~」と、今日つくづく思いました

偶然なんですが、今日仕事帰りの車の中で聴いていたラジオから、Mr.Childrenの『星になれたら』が流れていました

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『星になれたら』といえば真っ先に思い浮かぶのが、1994年に放送されたドラマ『若者のすべて』です

このドラマではミスチルの『Tomorrow never knows』が主題歌で使われ、そして『星になれたら』が挿入歌に使われました

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この『若者のすべて』あたりからキムタク人気が急上昇した思い出が僕の中ではあるのですが、このドラマは秋から冬にかけてのドラマだったので、ドラマの中でキムタクが来ていた「革ジャン」がバカ売れした記憶もあります

もちろん、そういうものにすぐに影響されやすい僕のことですから、僕もすぐにキムタクに憧れてあるものを真似しました

当時僕は20歳の大学生でしたので、安いバイト代では「革ジャン」などに手が出ませんでした・・・

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そこで僕がキムタクに憧れて真似たのが、タバコの銘柄です

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その頃、僕は「マルボロ」を吸っていたのですが、『若者のすべて』の中でキムタクが「ハイライト」を吸っていたのを見て、僕はすぐに「ハイライト」を買いに行き、早速吸ってみました

ところが、これがクソまずい

何か“鉄くさい”というか、独特の味がして、どうしても僕はその味にはなじめませんでした・・・

でも「これを吸っていればドラマの中のキムタクと同じだ!」と思い、1箱だけは渋々何とか吸った思い出があります

結局、すぐに元の「マルボロ」に戻しましたが、後にも先にも「ハイライト」を吸ったのはこの1箱だけです。

もちろん、タバコの種類の合う、合わないは個人差があるので、決してこの「ハイライト」がまずいということではないと思います。これはあくまでも僕の個人的な感想に過ぎませんから

その後、僕は31歳の時までタバコを吸っていましたが、ドラマなどで好きな俳優さんがタバコを吸うシーンなどはいつも目を光らせていた記憶があります

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でも、結構「マルボロ」の人が多かったので、「マルボロ」を愛煙していた僕にとっては好都合でした

ちなみに参考までに僕のタバコ遍歴をご紹介しますと、最初に吸った銘柄は「マルボロライト」でした。

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その後に「マルボロ」になり、「フィリップモリス」を吸ったのち、再び「マルボロ」に戻り、最終的には一番最初に吸っていた「マルボロライト」に戻り、そしてタバコとはお別れすることになりました

早いもので、あれから8年以上が経過したんですね

タバコは吸いたいとは思いませんが、昔の写真などでタバコを吸っている写真などを見ると、その当時が懐かしく思いだされることもあります。

今はタバコを規制することが色々なところで多く、ドラマや映画などでもタバコを吸うシーンなどが問題視されることがあります。

もちろんタバコを吸わない社会が理想ですが、ドラマや映画などではタバコは立派な小道具として使ってもいいのではないかと、僕は個人的には思います。

今日はミスチルの歌から、キムタクのドラマ、そしてタバコへと話題が移ったそんなブログの内容でした

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

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