サヨナラ、編集長。
こんにちにゃ~北の猫男爵です。
早いもので今日で11月も終わり、いよいよ明日からは「師走」一年最後の月に突入です。
毎年言っていることになりますが、本当に一年が過ぎるのは早いですね。
2025年の残り1ヶ月、まずは元気で過ごし、やり残したことのないように時間を大切にしていきましょう。
さて、そんな今日は先日飛び込んできた訃報の話題です。
雑誌編集者を経て、作家やエッセイストなどマルチな活動で、テレビやCMなどでも活躍していた嵐山光三郎さんが11月14日に83歳でご逝去されていたことが、所属事務所から発表されました。
奇しくも今日は日曜日です。
僕ら世代にとっては、この「嵐山光三郎」という名前を聞くと真っ先に思い浮かぶのが、『笑っていいとも!増刊号』です。
日曜日の午前中に放送されていたこの番組は、前週分の月曜日~金曜日までの『笑っていいとも!』の放送をダイジェスト版で振り返る番組で、平日は学校に通っている学生たちにとっては、日曜日にこの『増刊号』を見るのが楽しみの1つでもありました。
その『増刊号』の初代編集長として出演していたのが嵐山光三郎さんでした。
この顔、今見ても本当に懐かしく感じます。
温厚で歯切れの良い喋り口調、そして時折見せるユーモアな一面、トレードマークである口ひげ、当時小学生~中学生の年代だった僕にとっては、優しいおじさんというイメージでした。
今回亡くなったことで知ったのですが、本名は祐乗坊英昭(ゆうじょうぼう・ひであき)さんという非常に珍しい名字の方でした。
本名が既に芸名にような感じです。名前だけのイメージだと、まさに作家になるべくしてなったようにも思えます。
本業の作家やエッセイで活躍する傍ら、『笑っていいとも!増刊号』でその知名度が一気に上がり、その後は彼が関わった雑誌やテレビ番組は人気となり、1980年代の若者文化の担い手として多大なる活躍を見せていました。
料理、旅行、温泉、釣り、競輪など趣味は幅広く、1992年には日本人のコメ離れに歯止めをかけようと「日本ごはん党」を結成し話題も集めました。
その83年間の人生は、作家として数多くの功績を得るとともに、日本に新たな文化を起こし、あらゆるジャンルに大きな影響を与えた、素晴らしい人生だったのではないかと僕は勝手に思っています。
嵐山光三郎さんの、ご冥福をお祈り申し上げます。
サヨナラ、編集長・・・
それでは今日はこのへんで。チャオ(Ciao!)
(今日の気になるワード)
「編集長」→「編集長」とは雑誌や書籍の媒体全体を総括する最高責任者で、船で例えるならば船長のような存在です。ドラマなどでよく耳にする「デスク」、こちらは編集長の指示のもとに具体的な企画の進行や編集業務を管理する、言うなれば現場の司令塔という存在です。















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