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2023年10月27日 (金)

儚くも散る・・・

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

昨日はプロ野球ドラフト(新人選手選択)会議が行われ、プロ野球の世界に憧れる野球人にとっては、まさに「運命の一日」でした。

今年も多くの有望な選手が指名される一方で、指名されず涙を呑んだ選手も数多くいました。

指名されなかった選手はプロの世界の厳しさを痛感しそれを糧に今後も頑張って欲しいですし、指名された選手もこれからプロの世界の厳しさを肌で感じながらさらなる成長をしていくことでしょう。

そんな中、僕も毎年のことながら、朝からソワソワして落ち着きませんでした・・・

『今年こそ僕の名前が呼ばれないかな・・・』

そんな微かな微かな夢を抱きながら夕方を迎えました。

仕事から帰ってくると、既に1位指名は終了しており、ちょうど2位指名に入っているところでした。

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すると、テレビの前に王子が立ち『パパはここのチームに行くんだよね』と言わんばかりに、我が巨人軍のところを指さしていました。

『偉いぞ王子、よくぞパパの気持ちがわかったね。』と僕は王子を褒め称えました。

『でも王子、着ているユニホームはファイターズだけどね(笑)』

そして、巨人の指名の順番がやってきました。

既に1位では阿部慎之助新監督の大学の後輩でもある中央大学の西舘勇陽(にしだて・ゆうひ)投手が日本ハムとの競合の末に、巨人が交渉権を獲得していました。

西舘投手とえいば、今から4年前の夏、千葉ロッテで活躍する佐々木朗希投手が大船渡高校3年生の夏の岩手県大会決勝で登板を回避し、世間で物議となったあの試合で、対戦相手の花巻東高校のエースとして登板し優勝投手となった選手です。

あれから4年、巨人から1位指名されるまでの素晴らしい選手に成長し、いよいよ今度はプロ野球の舞台で佐々木朗希と同じマウンドで勝負するそんな日がやってきそうです。

巨人ファンとしては今からその日が楽しみです。

さて、話を戻しまして、巨人の2位指名の順番がやってきました。

僕はテレビに向かい『慎之助、俺を指名してくれ!』と念じました。

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そんな僕の悲痛な思いは届かず、結局今年も吉報は届かず、僕の夢は儚くも散りました・・・

来年の今頃は50歳です。

今以上に鍛錬に鍛錬を重ね、ドラフトの日を待ちわびたいと思います。

『夢はそんなに簡単に手が届かないから夢なのだ』と、僕はかれこれ30年近く「負け惜しみ」を言っていますが、今年もそんな負け惜しみを言いながら眠りに就きました。

2023年秋、今年も猫男爵の夢は儚くも散る・・・

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の珍地名)はお休みします。

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2023年10月25日 (水)

ポーリー逝く・・・

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

この1週間、芸能界では訃報が次々に届き、ショックと驚きを隠せません・・・

谷村新司さん、財津一郎さん、もんたよしのりさん、そして昨日はBUCK-TICKの櫻井敦司さんと、立て続けの訃報にショックを受けているところですが、海を越えたアメリカでも映画やドラマで活躍した方の訃報が届きました。

バート・ヤング氏が10月8日にロサンゼルスで死去しました、83歳でした。

皆さんの中には『バート・ヤングって誰?』という方もいると思いますので、そんな方のためにお写真を。

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彼がバート・ヤングです。

若い方はこの写真を見ても全くピンとこないかもしれませんが、僕ら世代であれば、映画『ロッキー』シリーズを一度でも見たことがある方であれば、すぐにわかりますよね。

そうです、シルヴェスター・スタローン演じるロッキー・バルボアの恋人(後に妻)エイドリアンのお兄さん、ポーリーです。

僕は『ロッキー』シリーズが大好きでした。

小学生の頃に『ロッキー』を初めて見てから、『ロッキー・ザ・ファイナル』まで全シリーズ見ました。

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そんな中でも、義弟であるロッキーの側にいつもいて、冗談を交えながらロッキーを支えるポーリーという存在は決して欠かすことのできない存在でした。

実はバート・ヤング氏はプロボクサーとしての経験もあったそうで、それまで役者として無名だった彼が、『ロッキー』での好演でアカデミー助演男優賞にもノミネートされるほど一気にブレイクしたのは、もしかするとボクシングの縁だったのかもしれません。

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お互いに歳を重ねたロッキーとポーリーの2ショット写真、なんか良いですね。『ロッキー』ファンとしては、凄く良い1枚だと思います。

彼の訃報を受け、スターロンは自身のインスタグラムで『親愛なる友人バート・ヤングへ、君は素晴らしい男であり芸術家だった。僕と世界は君を失い非常に寂しくなることだろう、ポーリー安らかに・・・』と追悼の意を述べていましたが、スタローンにしてみれば、『ロッキー』全作品で共演した彼の死は、本当のお兄さんを亡くしたような気持ちだったのかもしれません。

バート・ヤング氏は『ロッキー』のポーリー役がどうしても目立ちますが、他の映画やドラマでも刑事役やギャングのメンバー、肉体労働者などの役も演じ、主役では伝えることのできない役柄を演じる名脇役として活躍しました。

ちなみにバート・ヤング氏が亡くなったのは10月8日、奇しくも谷村新司さんが亡くなった日と同じ日です。

谷村さんといえば、アリス時代に『チャンピオン』というボクシングを題材にして曲を作っています。

もしかすると、向こうでこの2人は会っているかもしれません。

その時はボクシングの話で盛り上がっているのかもしれませんね。

バート・ヤング氏、いえ、ポーリーのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao)

(今日の珍地名)はお休みします。

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2023年10月22日 (日)

後輩を待つ先輩。

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

ちょうど1週間前の日曜日に、来年のパリ五輪代表選考会を兼ねた「マラソングランドチャンピオンシップ」通称「MGC」が、東京国立競技場発着のコースで開催されました。

男子では小山直城選手(Honda)と赤崎暁選手(九電工)、女子では鈴木優花選手(第一生命グループ)と一山麻緒選手(資生堂)がそれぞれパリ五輪出場権を獲得しました。

そんな中、男子の選考会では東京五輪6位入賞の大迫傑選手(Nike)が前回大会のMGCと同じく3位に終わり、僅か5秒差で出場権獲得には一歩届きませんでした。

現在32歳の大迫傑選手は日本歴代2位の記録を持ち、東京五輪6位の実績もありながら、東京五輪で現役引退を表明し一線を退いていました。

体力的にも年齢的にみてもまだまだ日本トップのアスリートで、誰しもが『今度のパリ五輪こそはメダル獲得を!』と期待を寄せる中での引退でした・・・

しかし、その東京五輪から半年後、大迫選手は電撃的に現役復帰を表明!

僕も含め、日本中が彼の復帰を心から喜びました。

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もともと僕は、早稲田大学で彼が箱根駅伝で活躍している頃から彼の走りに魅了され応援していたので、彼が現役復帰したことには嬉しい気持ちでいっぱいでした。

そんな彼がパリ五輪で東京五輪の雪辱を果たすために挑んだ今回のMGCでしたが、結果は4年前と同じく3位という結果でした。

前半から良いポジションにつけて良い走りをしていただけに、この結果には悔しい思いだったと思います。

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そんな彼がゴールした後、なぜかゴールライン付近でずっと戻ってくる他の選手の方を見ている映像がテレビに映り、僕は『どうしたのかな?』と思いながらしばらく観ていました。

『きっと、誰か他の選手を待っているんだろうな』とは思ってはいましたが、続々と選手が戻ってくる中、大迫選手は誰にも声をかけず、心配した大会関係者が声を掛けても、降りしきる雨の中をただひたすら誰かを待っているようでした。

そして、大迫選手のゴールから7分40秒後、1人の選手がゴールラインを過ぎた時、大迫選手はその選手のもとに歩み寄り、タオルを背中に掛けて声を掛けました。

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順位としては44位、その選手の胸には「TAKADA」の名前が。

ゴールしたのは高田康暉選手(住友電工)でした。

実は高田選手は早稲田大学で大迫選手の2年後輩で、ともに出場した第90回箱根駅伝(2014年)では1区を走った大迫選手から、2区の高田選手へ襷が繋がれ、総合4位に貢献したチームメイトでした。

そして、この事実を知った僕は思わず感動しました。

激しい雨が降り続く中、3位でゴールした先輩が44位でゴールする後輩をずっと待っている姿。

普通であれば、42.195kmという距離を走り、心身ともに疲れてゴールした後は、座り込んだり、あるいはテントの中などに戻り体をケアするところを、ずっと後輩を待つ先輩の後ろ姿は見ていても感動するものがありました。

大会後に大迫選手はその行動の真意について『この大会が集大成と話していて、もしかしたらこれで引退しちゃんじゃないか(高田選手が)と思って、もしそうだとしたらその場にいたかった』とコメントしています。

大学の先輩だからといって、なかなか簡単に取ることのできない行動だと思います。

一方の、先輩が待っているところにゴールをした後輩の高田選手は『ゴールして尊敬している先輩がずっと待ってくださって、悔しいはずなのに(自分の成績が悪くて)とても嬉しかった。最高の42.195kmでした』とコメントしています。

そこには、年月が経過しても苦楽を共にした先輩と後輩の固い絆があり、それはいつになっても色褪せることはないということを感じさせてくれました。

そんな大迫選手がパリ五輪に出場するためには、12月から始まるMGCファイナルチャレンジ(福岡国際マラソン、大阪マラソン、東京マラソン)に出場し、設定タイムの2時間5分50秒を突破した記録最上位を目指すか、あるいはそれを誰もクリアできなければMGC3位の大迫選手が出場権を獲得するので、それを待つかの選択になります。

前回の4年前はMGCの後に東京マラソンに出場し、当時の日本新記録を出して東京五輪の出場権を獲得しました。

今後の大迫選手の選択が注目されますが、きっとこんな後輩思いの先輩の姿を見ていたマラソンの神様が、大迫選手に素敵な結果を導いてくれるとそう信じています。

いや~スポーツっていいものですね。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao)

(今日の珍地名)

寿命→福岡県北九州市八幡西区楠橋というところに寿命という地名があります。「じゅみょう」ではなく「じめ」と読むそうです。

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2023年10月21日 (土)

娘がハマっているもの。

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

10月も半ばを過ぎ、朝晩の冷え込みのみならず昼間の気温も低くなってきて「晩秋」といった雰囲気の今日この頃です。

この週末は北海道上空に寒気が接近し、平地も初雪となるところもあるみたいです。

そろそろ本格的に冬の準備が必要になってきそうですね。

さてそんな中、先日我が娘は誕生日を迎えて11歳になりました。

生まれた娘を初めてこの手に抱いたあの感動の瞬間がついこの前のように感じられますが、あれから11年も経ったのかと思うと、月日の早さに改めて驚かされました。

11年という歳月を経て、優しく思いやりのある女の子に成長してくれて、親としては本当に嬉しく思います。

そんな娘が今ハマっているものを今日はご紹介したいと思います。

何にハマっているかと申しますと、ズバリ!これです!

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「モケケ」です!

知らない方もいるかと思いますのでご説明いたしますと、この「モケケ」は株式会社シナダが事業展開するキャラクターで、モケケノケ星からやってきた宇宙人という設定です。

2010年に発売が開始され、長い手足と不思議な見た目のそのちょっとゆるキャラ的なところが、子供や女子中高生にウケて人気を得ています。

このモケケは全国各地の観光地や道の駅などのお土産店で販売されており、その種類は何と370種類以上もあり、その地域の特産品や名物などをモチーフにしているものもあります。限定商品などもあり、どれを買うかを凄く迷ってしまうほどです。

娘がハマったきっかけは、昨年から始めた道の駅めぐりです。

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道内各地の道の駅を旅している間に、すっかり「モケケ」にハマり、現在は全部で36種類のモケケを娘は持っています。

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先日も陸上大会で釧路に行った際に、「いくら」のモケケを購入してとても嬉しそうでした。

陸上の仲間の間でもこのモケケは流行っていて、陸上バッグにつけている子も結構見かけます。

北海道以外のご当地モケケは、なかなかその場所に買いには行けないので、お小遣いを貯めてはネットで取り寄せたり、誕生日やクリスマスプレゼントで購入したりもしています。

たぶん、今後も新しい種類のモケケも全国各地で発売されていくでしょうし、その種類はどんどん増えていくと思うので、娘が全種類を集めるのは至難の業かもしれませんが、これからも大好きなモケケを1つでも多く手に入れることができるといいねと、娘には話しています。

僕も子供の頃から色々なものを収集するのが好きなタイプでしたが、娘もどうやらその血を受け継いでいるのかもしれませんね。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao)

(今日の珍地名)

読書→長野県木曽郡南木曽町にある地名で、読み方は「どくしょ」ではなく「よみかき」と読むそうです。どちらにしても文学に長けた人が誕生しそうな町ですね。

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2023年10月19日 (木)

幾多の名曲を残し・・・

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

先日、突然耳にした訃報・・・

歌手の谷村新司さんが今月の8日に亡くなっていることが報じられました。

あまりの突然の知らせに、僕は一瞬言葉を失い、そして衝撃を受けました。

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谷村さんとえば、アリス時代には『冬の稲妻』『チャンピオン』など、そしてソロになってからも名曲『昴-すばる-』、そしてご存知加山雄三さんとのデュエット曲『サライ』など、幾多の名曲がすぐに思い浮かびます。

僕が小学生の頃には既にアリスが解散していたので、昔の懐かし映像などでアリスを拝見していましたが、堀内孝雄さんと矢沢透さんと3人で繰り出すメロディーは何か人を引き付ける魅力があり、子供ながらにもカッコイイと思ったことを今でも覚えています。

ソロ活動最大のヒット曲である『昴-すばる-』は国内のみならず海外でも人気のある曲で、僕もカラオケなどでは何度も歌わせてもらいましたし、谷村さんの『昴-すばる-』を聞いていると、言葉が心に染みてきて自然と涙が溢れてくるようなそんな楽曲でした。

山口百恵さんに楽曲提供した『いい日旅立ち』、これは昭和の歌謡曲の中でも1、2を争う名曲だと僕は今でも思っています。

百恵さんのあの声に、谷村さんが作った音楽と言葉がビッタリとハマっていて、本当に素晴らしい名曲だと思います。

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そして1992年に加山雄三さんとの夢のデュエットで誕生した『サライ』、24時間テレビのエンディング曲として30年以上の長きに渡り、国民に愛され歌い続けられた曲です。

僕も学生時代や20代の頃は友人たちとカラオケに行った際は、必ず最後にこの『サライ』を歌っていたものです。

昨年の24時間テレビで加山雄三さんが歌手活動を終えることが伝えられ、2人で最後の『サライ』を歌ったシーンは一生忘れることはできません。

もう本当にこの2人の『サライ』が聞けないんだ・・・と思うとグッとくるものがあります。

そんな谷村さんの残した幾多の名曲の中で僕が個人的に好きなのは、谷村さんがソロで歌った『三都物語』です。

「昨日、今日、明日、変わり行く私♪というフレーズが大好きで、今でも耳に残っています。

こうやって振り返ってみても、どの歌にもたくさんの思い出があり、谷村さんがいかに偉大なシンガーソングライターだったかがわかります。

昨日も僕は自宅でアレクサを使い、谷村さんの楽曲を何度も何度も繰り返し聞いていました。

何度聞いても、そのメロディーと言葉がグッと僕の心に響いてきました。

74歳という若さでこの世を去った谷村さん、まだまだもっと生きられたはずの人生だったと思いますが、谷村さんが残してくれた音楽はこれからもいつまでも色褪せることなく、後世に受け継がれていくことでしょう。

ありがとう、谷村新司さん、そして天国でも素敵な歌をたくさんの方に届けてください。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao)

(今日の珍地名)はお休みします。

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2023年10月13日 (金)

今年の芋。

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

今日は最高気温が20℃を超え、10月のこの季節にしてはとても暖かいポカポカした一日でした。

とは言っても、もう10月も半ばに差し掛かりますので、いよいよ秋本番そしてすぐに僕の嫌いな季節「冬」がやってきます。

そろそろ冬物の準備やタイヤ交換もしなければなりませんね。

なんだか一気に忙しくなりそうです・・・

さてそんな中、先日「男爵村」の野菜たちの収穫作業を行いました。

今年も大根、人参、豆、ミニトマト、ズッキーニなど色々な作物を育て、そして美味しく食することができました。

そして、村のメインであるジャガイモの収穫も先日無事に終わりました。

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今年の芋は、夏の猛暑の影響なのか、大きさが例年に比べると小ぶりでしたし、数もやや少なめでしたが、早生白、北あかり、マチルダの3種類を収穫することができました。

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さらに今年は「レッドムーン」にもチャレンジして、わずかではありますが収穫することができました。

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今年も大地の恵みに感謝です。

まだ一部、ズッキーニなどの作物の収穫が残ってはいますが、11月の上旬に最後は秋耕しで畑を耕運機で耕して今年の村を閉める予定です。

家庭菜園をスタートして18年目になりますが、毎年秋になり収穫をするこの時が一番嬉しい気持ちになります。

また来年も、春から男爵村にどんな野菜の設計図を描くか今から僕の楽しみは膨らみます。

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ちなみにこちらは菊芋です。

今年も背丈は3m程に達し、10月上旬になると「菊」のような鮮やかな黄色の花を咲かせています。

こちらももうすぐ収穫時期ですが、先日少しだけ収穫して「キンピラ」にして食べてみましたが絶品でした。

こちらも最後に本格的な収穫をするのが楽しみです。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao)

(今日の珍地名)

鼻毛橋(はなげばし)→宮城県仙台市泉区にある橋で、江戸時代から地域の道の要点として重要な役割を果たしているそうです。

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2023年10月10日 (火)

低下しても「1.2」って!

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

今日は10月10日、「10と10」を横にしてみると、目と眉に見えることから『目の愛護デー』だそうです。

最近僕も歳のせいか、だいぶ視力が低下してきており、疲れ目にもなりやすいので、今日ぐらいは目に気を遣おうと思います。

さて、そんな中、だいぶ前の話ですがこんな記事を目にしました。

『オスマン・サンコンが視力が低下して1.2に』という記事です。

まあ、普通に考えれば『1.2なら、まあ視力はそんなに悪くないじゃないの?』と思いますが、僕ら世代にとってはオスマン・サンコンといえば、人間を超越した視力の持ち主だいうのを昔から知っているので、『えっ?サンコン目悪くなったね!』と思います。

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ギニア出身の外交官として日本に来日したサンコンさんは、1980年代にタレントとしてテレビでも活躍し『1コン、2コン、サンコン!』のフレーズで大ブレイクしました。僕も子供の頃はよく言ってましたし、テレビでもよく拝見して楽しませてもらいました。

とても親しみやすく、いつも笑顔が絶えない方で、老若男女問わず人気のある外国人タレントでした。

そんなサンコンさんが今年の春に「来日50周年を祝うパーティー」で明かしたのが、先程の『視力が1.2』という話です。

一番見えていた時の視力が何と6.0ですから、そりゃサンコンさんにしたら、1.2は相当悪くなったと言ってもいいでしょうね。

ちなみに6.0あった時は、1km先のものが見えていたそうです(笑)

1km先って(笑)もう笑うしかありませんよね(笑)

そんなサンコンさんも今年で74歳になったそうです。

視力は今後も少しずつさらに低下していくかもしれませんが、まだまだこれからも元気に長生きして欲しいですね。

僕は今でも『元気が出るテレビ』で、早朝バズーカの餌食になった時のサンコンさんのあの驚いた姿などを思い出すと大爆笑してしまいます。

今、あんな番組やったら、コンプライアンスがなんだとか、人権がなんだって大問題になっちゃいますけどね(笑)

また機会があれば、テレビでサンコンさんの『1コン、2コン、サンコン!』という言葉を聞きたいです。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao)

(今日の珍地名)はお休みします。

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2023年10月 5日 (木)

「J」が消える日・・・

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

僕が小学5年生ぐらいの頃、近所のスーパーのおじさん(社長)が僕にこう言いました。

『〇〇くん、顔もカッコいいしスポーツもできるから、ジャニーズに入ったらどうだ?おじさんツテがあるから紹介してやるか?』

僕のその時の心情としては『そんなことを言ってもらって嬉しいけど、そんなのこのおじさんが本当にできるわけないじゃん。』という気持ちでした。

よって、『いや、いいです』とハッキリと断りました。

しかし後になってよく考えてみると、地元で行われるお祭りなどには毎年、それほど名は通ってはいませんが、一応芸能人と呼ばれる人が来たりしていて、その芸能人たちはそのおじさんが芸能プロダクションを通じて呼んでいたのです。

僕が小学5年生の頃といえば、トシちゃんやマッチ、そしてシブがき隊や少年隊が全盛期で、光GENJIが世に出てくるちょっと前でした。

今、世間を騒がせているジャニー喜多川氏による性加害問題、もしも万が一僕がそのおじさんの誘いに乗って、仮に本当にジャニーズに入れたとしたら、もしかすると僕自身も被害者になっていたのかもしれない・・・

そう思うと、少しゾワっとするものがありました。

と、ここまでは僕が小学生の頃に経験した話と、もしそうだったらという仮定の話です。

そして、今のこの現実社会では、先日、東山社長がジャニーズ事務所の廃業と社名変更を表明しました・・・

世論では「当然」という人もいれば、「そこまでしなくても」という人もいます。

無論、ジャニーズファンは「ジャニーズ」という名前が消えることにショックを受けています。

その思いは、人それぞれあって良いと思います。

しかし、今一番大事なことは今後の被害者へのあらゆる面での救済だと思います。

ただ、本来であれば加害者本人が罪を償い、そして被害者に対し行うべきことを、本人亡きあとを事務所がそれを行わなければならなく、しかもその先頭に立たざる得ないのが、もともとは被害者たちと同じ立場にあった所属タレントであるということに何か矛盾を感じます。

「知っていたのに何もしなかったのだから、加害者同然だ!」という意見もあります。

しかし、当時まだ子供だった彼らに何ができたでしょうか?

大人になってからも、何かを話すことにより自身の仕事や立場を奪われてしまうのではないかという、ジャニー喜多川氏の見えない圧力を感じる中で、それを果たして口に出すことができたでしょうか?

例えば、学校でクラスで「いじめ」があり、机を並べている同級生たちは見て見ぬふりをする、それはなぜか?

それはそのことを誰かに告げると自分の身が危うくなるからです。

本当はそんなことではいけないことはわかっているのに・・・

勇気を出して言わなければ・・・でもできない・・・

先生たちも何となく「いじめ」がある雰囲気は察しているけど、触れないようにする。

自分は知らないふりをしていたほうが安全だから・・・

今回のジャニー喜多川氏による性加害に置き換えれば、いじめの被害者の同級生たちは所属タレントであり、先生は報道やメディアあるいはスポンサーなどの取引先ではないでしょうか。

みんながみんな、誰一人して手を差し伸べることができず、ただただ時だけが経過していった結果が今となっているのではないでしょうか・・・

無論、暴露本なども出ていたことからも、一般の僕たち国民も疑心案儀ではありますが少なからずその情報は得ていたはずです。

なのに、何もできなかった・・・

僕自身は性被害のことは噂レベルでも本当に聞いたことがなかったので、今回のことで初めて知りました。

しかし、テレビ局がある程度ジャニーズに忖度してるであろう、あるいはジャニーさんの圧力で所属タレントの不祥事がもみ消されたであろうという話は噂では聞いたことがありました。

なので、僕自身もそれを知りながら何もできなかった傍観者であり、その責任の一端はあるのかもしれません。

ジャニーズ事務所の記者会見やネットなどの書き込みを見ていると、何かジャニーズ事務所だけが悪者にされ、批判を受けているように感じますが、それには違和感を覚えます。

この問題は、加害当事者であるジャニー喜多川氏がいないために、最後はどういう方向に向かっていくのが非常に難しい問題ではありますが、これは社会全体が起こした問題であり、社会全体で解決していけなければならない問題ではないでしょうか。

もちろん、一番悪いのはジャニー喜多川氏であること、ここだけは絶対に揺るがない事実です。

今日、ジャニーズ事務所のビルについている「ジャニーズ」の看板が撤去されました。

その最後の姿を見に、多くのファンが事務所前に集まっていました。

涙を流し号泣するファンもいました。

性被害で苦しでいる被害者もいるのと同時に、涙を流し心を痛めているファンもいます。

ジャニー喜多川氏の性被害のせいで何十年も苦しんだ人もいるのも事実ですが、ジャニーズのおかげで悲しさや苦しさを乗り越えられた多くのファンもいるのも事実です。

ジャニー喜多川氏とジャニーズ事務所は全てが=(イコール)では無いのです。

そこを履き違えてはいけないと思います。

今は誰かを叩き誹謗するのではなく、今後二度と同じことが起きないように社会全体が考え直す時ではないのでしょうか。

少なからず僕もジャニーズ事務所というところの素晴らしいエンターテイメントに楽しまさせてもらった1人の国民ですし、その華やかな舞台に憧れをもっていた1人の少年でした。

もう、「ジャニーズ」というものはこの世から消滅はしますが、その思い出は消えることはありません。

と同時に、その創業者であるジャニー喜多川氏に裏切られた気持ち、そこには腹立たしさを強く感じています。

僕もその憤りや怒りをどこかにぶつけたいです。

でも僕はジャニーズ事務所やそこに所属するタレントにはぶつけたくはありません。

なぜなら、ぶつけたところで何も解決しないから。

「J」が消える日に、今僕はそう思っています。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の珍地名)はお休みします。

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