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2023年3月31日 (金)

最後の保育園。

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

気が付けば今日は3月31日、つまり今日で今年度、令和4年度(2022年度)は終わりです。

年度末で公私ともに何かと凄く忙しくしていましたが、3月は卒業や転勤などがあり、親しくしていた人とのお別れもあったりして、ちょっと寂しく切ない1ヶ月でした。

しかし明日からは4月です!

4月という響きを聞くと、何かフレッシュな感覚になりますので気持ちを切り替えて、新しい生活のスタートといきましょう!

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そんな我が家では王子が先日無事に保育園を卒園し、4月からは遂に小学生になります。

赤ちゃんでハイハイしていたことが昨日のことのように思い出されますが、そんな王子もいよいよランドセルデビューが間近に迫ってきました。

ランドセルだけはちょうど1年前の今頃に早々に購入してあるので準備は万端ですが、まだ新1年生の持ち物を用意するものもあり、入学に向けての準備でまだまだ忙しいです。

それも親としては今だけしか経験のできない貴重な時間だと思って頑張ります。

保育園は卒園後も3月31日までは通園できたので、今日が本当に最後の保育園となりました。

思い返せば、娘が保育園に通いはじめてから王子が最後の通園をした今日まで、かれこれ約8年間、思い出がたくさんつまった保育園です。

娘が年長の時に担任をしてくれた先生が、王子が年長のときにも担任になったので、凄い縁を感じでいましたし、その先生とそして8年間子供の送り迎えをした保育園と今日でお別れをするのは、もしかすると子供以上に、僕や妻のほうが寂しく切ない思いでいっぱいだったかもしれません。

今日は最後の日なので、帰りのお迎えは僕と妻で2人で保育園に行き、お世話になった先生たちにお別れの挨拶をしてきました。

僕はこみあげる涙を必死に抑えましたが、妻は先生の顔を見た瞬間に号泣でした。

本当にたくさんの思い出がつまった保育園で子供達が過ごした時間は、2人の子供にとってもそして親にとっても、素晴らしき財産です。

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この思いを胸に、小学校に行っても王子には王子らしく、すくすくと成長していって欲しいと思います。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

今日の珍地名はお休みします。

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2023年3月25日 (土)

2022年『猫デミー大賞』発表!

こんにちにゃ~北の猫男爵です。

更新が1週間以上滞ってしまって申し訳ございません。

3月の年度末のこの時期、何かと忙しくバタバタしていました。

WBCは見事に侍JAPANが王座を奪還し、日本中に多くの感動と勇気を与えてくれました。

実際に野球経験者だった僕にとっては、栗山監督の言葉ではないですが『野球ってすげーな』と改めて感じさせられたそんな1ヶ月間でした。

しばらくはこの優勝の余韻に酔いしれるとともに、WBCロスになっている猫男爵です。

本当に侍JAPANの皆さん、おめでとうございました、そしてありがとうございました。

さて、そんな今日はすっかり恒例となりました『HYPER日記』の1年に1度の一大イベントである『猫デミー大賞』を開催したいと思います。

すっかりお馴染みとなりました『猫デミー大賞』は1年間の更新したブログ記事の中から「大賞」を決めるものです。

2008年にスタートしたこの『猫デミー大賞』は今回で15回目を数えることになり、改めて『HYPER日記』の歴史を感じます。

新型コロナウイルス感染症の影響で、この『猫デミー大賞』の開催はここ数年「日本キャットテレビ」で無観客によるオンライン開催で行っていましたが、今年は従来の会場である「スーパーキャットアリーナ」に場所を移し、4年ぶりに観客を入れての開催となりました。

それでは今年も司会は、お馴染みのあの方にお願いしたいと思います。

スーパーキャットアリーナにいる、おりも政夫さんにマイクをお渡ししたいと思います。おりもさん、宜しくお願い致します。

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皆さん、1年ぶりのご無沙汰です。どうも、目黒蓮です、あっ、違うか(笑)改めまして、おりも政夫です。

今年は4年ぶりに観客の皆さんも“おりも”、いえ、皆さんもおり、久しぶりに緊張をして“おりもす”、いや、おります(笑)

さて、今年はいったいどんな作品が大賞に選ばれるのか非常に楽しみにしています。

この『猫デミー大賞』は、日本猫デミー協会から選ばれた審査員による厳格な審査のもと、2022年1月1日~2022年12月31日の期間に『北の猫男爵HYPER日記』に投稿されたブログ作品を対象とし、「各部門賞」と「大賞」が発表されます。

それでは発表の前に、今年もまずは過去の大賞作品を振り返ってみたいと思います。

2008年 『テレフォンショッキング』

2009年 『18時間!』

2010年 『感謝!感謝!感謝!』

2011年 『好きですサッポロ(第1夜~最終夜)』

2012年 『命の誕生♪』

2013年 『「ブログの鉄人」誕生!』

2014年 『一度は出てみたかったな・・・』

2015年 『その時、妻が消えた!』

2016年 『はじめまして、パパですよ♪』

2017年 『自分で自分を褒めてあげたい』

2018年 『家族のもとに帰れました』

2019年 『人生最大の買い物』

2020年 『空前絶後のセミ・ラッシュ!』

2021年 『8月8日、8歳の「山の日」(第1回~最終回)』

過去14年間の大賞を振り返ってみると、どれも印象的な出来事ばかりで、当時のことがまるで昨日の出来事のように思い出されると同時に、我が家の歴史をしみじみと感じます。

さあ、今年はその歴史の中にいったいどんな作品が加わるのでしょうか、今から発表の瞬間が楽しみです。

発表に入る前に、今年も数多くの著名人の方がこの会場に足を運んでいただいておりますので、ご紹介させていただきます。

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『こんにちにゃ~』

『うるせぇ~よ』

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『ハゲとるやないかい(笑)』

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『やっちまったな~』

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『なんの(笑)』

さあ、そうこうしているうちに審査のほうが終わりましたので、いよいよ発表のほうに移りたいと思います。

まずは「各部門賞」からの発表です。

「爆笑部門賞」→『ナニコレ珍百景』(9月29日)

仕事中に街中で見かけた思わず振り返ってしまう光景、それは頭に蜂の駆除の際に被るようなものを被り、その格好のまま銀行のATMに並んだりするという異様な人物の光景でした。その後、その人物には二度と遭遇はしていませんが、まさに『ナニコレ珍百景』に応募もできるような光景でした。

 

「ハプニング大賞」→『夏の大惨事』(8月24日)

忘れもしないお盆8月15日の出来事です。僕が自宅で体験した大惨事、それは2階から食器を下げようとお盆を手に持ちながら階段を降りている時に起きました。もう少しで階段が終わるというところで足を踏み外し、腰から転倒!食器は割れるは、体中が痛いやで、まさに夏の大惨事でした。間違いなく2022年で一番のハプニングです。

 

「感動部門賞」→『友情バトン』(5月17日)

一昨年の12月から陸上を始めた娘が、本格的な陸上大会デビューを果たした昨シーズン、その中でリレーのメンバーに選ばれた娘はそれぞれ全く違う学校から集まった他の3人の仲間とリレーの練習を積み重ね、十勝大会で見事に優勝という結果を残しました。その娘のひたむきに頑張る姿には見ていても心をうたれるものがあり、思わず頬に涙が伝わっていきました。

 

「タイトル部門」→『Uruにウルウル』(6月3日)

「2022年ドラミャー大賞」にも輝いたドラマ『マイファミリー』のことを題材にしたブログ記事で、主題歌を歌うUruの歌に思わずウルウルきちゃったので、それをタイトルにしました。ドラマと曲が見事にマッチしていて、本当に素晴らしい作品でした。ブログのタイトルも我ながらGOODでした!

 

「旅行部門賞」→『ラン活にレッツゴー!』(前編6月10日、後編6月16日)

今年の4月から小学生なる王子のランドセルを選ぶために昨年の5月、札幌のランドセル展示会場に行くために1泊で出かけた際の記事です。目的はランドセルを見る事でしたが、それ以外にもたくさんの思い出ができた楽しい旅行でした。

 

「サプライズ部門」→『えっ?なんで?乗るの?』(4月9日)

春休みの休日を利用した一日、王子には内緒でちょっとしたサプライズを仕掛けました。列車大好きの王子を喜ばせようと、駅に列車を見に行こうと誘いだし、駅に停車した列車に実際に乗り込んで出かけるという作戦です。作戦は見事に大成功!列車に乗り込んだ際に『えっ?なんで?乗るの?』と言った王子の言葉は今でも忘れられません。大喜びの王子の顔が見れて良かったです。

 

「追悼部門」→『闘魂レクイエム』(10月11日)

昭和、平成と長きに渡り日本のプロレス界を支えてきたアントニオ猪木氏の死はあまりにもショックでした。幼い頃からプロレスと猪木が大好きだった僕の思い出とともに、亡くなった猪木さんへの感謝と追悼の意味をこめたブログでした。

 

「審査員特別賞」→『怒涛のカブトムシ・ラッシュ!』(8月26日) 『思い出の69日間』(10月16日)

昨夏はこれまで経験したことのないくらいカブトムシがたくさん採集できた夏でした。子供達と毎晩、懐中電灯を持ちカブトムシを見つけにいくのが僕の中でも一番の楽しみになり、結果カブトムシだけで23匹、クワガタも入れると総数122匹というもの凄い数の昆虫たちを飼育しました。その中でも、旅行中に羽幌町で見つけた「ハボロちゃん」というカブトムシとの思い出が一番で、69日間一緒に過ごした時間が僕も子供にとってもとても大切な思い出の時間でした。カブトムシ関連のブログがとても多い昨夏のブログだったと思います。

 

さあ、それではいよいよ2022年『猫デミー大賞』の発表です!

今年の『猫デミー大賞』は!

『いざ、最北端へ!』(その壱~その四)(9月3日、4日、9日、11日)

コロナ禍でなかなか旅行に行けない中、我が家では昨年「車中泊」というのがブームになり、7月下旬と8月下旬、そして10月上旬の3回に渡り全道各地を車で旅しました。その中でも一番印象的だったのが、7月下旬に行った最初の車中泊、道北方面への旅です。普段なかなか行く機会の無い地域だったので、どれもこれもが新鮮で稚内にある「日本最北端の地」を家族で訪れたことは一番の思い出でした。娘の提案でスタートした「道の駅スタンプラリー制覇」の夢は今年も継続するので、また今年の車中泊の楽しみが待っています。

さあ、今年の『猫デミー大賞』はいかがでしたか。

また来年の『猫デミー大賞』を皆さんぜひ楽しみにしていてくださいね。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の珍地名)

「こあら」→日本の山形県北部の酒田市にある地名です。地図にもしっかり「こあら1丁目」とか載っていますし、コンビニも「こあら店」という店名です。もともとは「古荒」という地名だったようで、それを読みかなで「こあら」にしたようです。

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2023年3月17日 (金)

ハナノマスク。

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

新型コロナウイルスがこの世に出現して丸3年が経過した中、依然としてコロナウイルスという存在は私達の生活に影響を及ぼしています。

しかしながら、以前のような切迫した状況下とは少し様子が変わり、ウイズコロナがごく当たり前の日常生活になっています。

とはいえ感染対策はこれからも必要であることに変わりはありません。

しかし、今月の13日からはマスク着用に対する国の指針が変更となり、条件にもよりますが日常生活においてはマスクの着用は個人の判断に委ねられるようになりました。

思い返せば、この3年間でマスクを着用しない日など無くなり、マスクはトイレットペーパーのように生活するには欠かせない日常生活必需品となりました。

当初はマスク不足で、国民がマスクを求めドラッグストアなどに殺到したり、ネットでは考えられない高額な値段で販売されたりもした時もありました。

当時の安倍首相が国民に配布した「アベノマスク」も話題になりましたね。

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結局、僕はあのマスクは使わないで終わりましたけどね。

今でもたまに、あのアベノマスクを着用している高齢者を見かけることもあるので、一概に無駄だったとは言えない部分もありますが、きっと数十年後、昔の思い出映像などが放送された時に、『あっ!あったね、アベノマスク』と思い出話にはなることでしょう。

実は先日、そのアベノマスク以上におもしろいというか不思議なマスク、いえ正確には、マスクをおかしな状態で着けている人を発見しました。

某大型スーパー内で買い物中に遭遇した推定50代ぐらいの男性でしたが、その人が着けているマスクはそもそもめちゃくちゃ小さくて、見た目はアベノマスクみたいな素材だったので、僕の予測ではアベノマスクを何度も洗って大事に使っているのではないかと思います。

まあそれは良しとして、問題はそのマスクの着ける位置です。

その人はマスクを口ではなく、鼻を隠すように着けているのです。

わかりやすく、絵に描きますね。

えっ?絵を描いて大丈夫か!って?

大丈夫です(笑)

今回はまあまあうまく描けましたから(笑)

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どうですか?わかります?明らかに着け方というか、大きさ、間違ってますよね(笑)

この時、僕の側には娘と姪っ子もいたのですが、2人ともその男性に変なマスクには気づいていたようで、スーパーを出るとすぐにその話しで盛り上がりました。

僕はそのマスクを「ハナノマスク」と命名しました(笑)

またいつか「ハナノマスク」を着けている人に遭遇するかもしれないので、その時はまたご報告します。

ちなみに今日の話とは全然関係ありませんが、王子が姪っ子の似顔絵を描いたので最後にご紹介します。

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6歳にしてこのクオリティー、完全に父超えです(笑)

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の珍地名)

ハイク→アメリカ合衆国ハワイ州マウイ島北部に位置する地名です。日本語では「俳句」という言葉がありますが、この土地で一句読むのもありですね。

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2023年3月11日 (土)

12年前の思いを胸に。

こんにちにゃ〜北の猫男爵です。

いや〜昨日のWBCの韓国戦、興奮しましたね!

宿命のライバルであり、これまでWBCや五輪などの国際大会で幾多の名勝負を繰り広げてきた韓国との一戦には、いつもハラハラドキドキさせられますが、今回は13対4という思いもよらぬ結果での勝利でした。

序盤にダルビッシュが韓国打線につかまり、3点を先制された時はどうなることかと思いましたが、絶好調の近ちゃん(近藤健介)や、大谷翔平、吉田正尚など主軸が期待通りの活躍をして、打線爆発の13得点でした。

村上宗隆の調子がなかなか上がってこないのは心配ではありますが、きっとこのあと打ちまくってくれると信じています。

そんな中、昨日も大活躍をみせてくれたのがヌートバーです。

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攻守にファンを魅了させてくれましたし、すっかりチームにも溶け込み、お馴染みのペッパーミルのパフォーマンスも今日本中で大流行となっています。

巷では、ペッパーミルが品切れになるお店も出るなど、ヌートバーは経済効果をももたらしてくれています。

今日の試合も彼の活躍に大いに期待します。

そんな今日は3月11日、日本を襲ったあの悪夢のような出来事からちょうど12年という月日が経ちました。

そして12年前のあの日に震災に遭い、父親と祖父母を亡くした9歳の少年がいました。

その少年は計り知れない悲しみを背負い、母親と2人で支え合いながら、苦しみや辛さを乗り越えてきました。

そんな少年を支えてくれたもう1つのもの、それが野球でした。

『野球をしている時が一番楽しかった。夢中になれる時間というものがあったおかげで、大変な時も辛い時も頑張れた。本当に野球があって、野球が知れて良かった。』と、少年は当時を振り返り言っています。

そしてその少年は今、日本を代表するプロ野球選手になり、このWBCの舞台に今日デビューをします。

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そうです、当時9歳だったその少年の名は佐々木朗希。

あと数時間に迫った、今日のチェコ戦のマウンドに佐々木朗希は立ちます。

12年前にたくさんの人から勇気や希望をもらい、たくましく成長した少年は今、今度は逆にたくさんの人に勇気や希望を与える存在になりました。

12年前の思いを胸に今日、佐々木朗希はどんなピッチングを魅せてくれるのか、野球ファンにとって、そして日本中の方にとって、きっと今日は忘れられない一日になることでしょう!

佐々木朗希少年の光り輝く最高の笑顔を見たいです。

それでは今日はこのへんで。チャオ(Ciao!)

今日の珍地名は今日はお休みします。

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2023年3月 8日 (水)

サブマリンと呼ばれた男たち。

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

さあ!いよいよ待ちに待ったWBCの開幕が明日に迫りました!

まずは初戦の中国戦に勝って勢いをつけ、そして1次ラウンドを通過し、そのまま優勝へと突き進んで欲しいです。

そんな今日は、「WBC開幕記念特別編」として全3回でお送りする野球特集の最終回です。

第1弾は「足のスペシャリト」、そして第2弾は「スイッチヒッター」にスポットをあてましたが、今日の第3弾では「アンダースロー」という投手の投げ方に着目してみたいと思います。

アンダースローは時に「サブマリン投法」とも呼ばれます。

野球に興味のない方には何のことか全く理解できないと思いますが、野球のピッチャーの投げ方には大きく分けて3つの投げ方があります。

1つ目は腕を上から振り下ろす「オーバースロー」、まあこれが一般的に多く見る投げ方です。

次に腕を体のやや水平の位置から出して投げるフォーム、これを「サイドスロー」と呼びます。

そして、そのサイドスローよりもさらに低く、地面すれすれから投げるフォームを「アンダースロー」と呼びます。

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投げる際に体が沈むことや、ボールが下から上に浮き上がってくることから、潜水艦になぞらえて「サブマリン投法」と呼ばれるようになりました。

今日は日本のプロ野球界において、そんな「サブマリン」と呼ばれた男たちをご紹介したいと思います。

日本のプロ野球の歴史において、古くは皆川睦雄、杉浦忠、秋山登といった名立たる名投手が1960年代にサブマリンとして活躍しました。

彼らについては僕自身はリアルタイムでは見たことがなく、古い昔の映像などでしか拝見したことはありません。

僕が知っているサブマリンたちはその次の世代からで、中でも阪急のエースとして一時代を築いた山田久志が僕の中で「史上最高のサブマリン一」です。

小学生の頃は、よく彼のピッチングフォームのモノマネをして友達と野球で遊びました。

さらには、西武で活躍した「兄やん」こと松沼博久、彼も僕の中では非常に印象に残っている投手です。

そんな山田久志や松沼博久が引退した後、1990年代になるとサブマリンと言われたアンダースローの投手は球界からほぼ消え去るというじたいとなりました。

そんな中に登場したのが、ロッテの渡辺俊介です。

彼は歴代のサブマリンと言われた投手たちと比べても、最も低い位置からボールを投げる投手で、多くの打者がその投球に苦戦を強いられました。

そしてその武器はWBCという大舞台でも活かされ、彼はWBC日本代表として世界の強打者たちをきりきり舞いにしました。

2010年代になると、西武で活躍した牧田和久がサブマリン投法で活躍し、こちらもWBCの舞台で活躍しました。

そんな牧田も昨シーズンで現役を引退し、現役のサブマリンと呼ばれる男はソフトバンクの高橋礼、西武の興座海人、オリックスの中川颯の3人のみです。

※阪神の青柳晃洋は完全なるアンダースローではなく、どちらかというとサイドスローとアンダースローの中間なので、今回は除外します。

ちなみに巨人ファンの僕としては、2000年代に巨人にいた会田有志というアンダースローの投手を思い浮かべます。彼の父親はヤクルトで同じくアンダスロー投手として活躍した会田照夫なので、親子二代でサブマリンとしてプロ野球で活躍した珍しい例です。

アンダスローの長所はまずもってその絶対数が少ないので、相手バッターにとっては練習をすることができないことと、ボールの軌道が普通の投手とは違うので打ちにくいというところです。

短所としては、クイックモーションが難しいので盗塁をされやすい点や、球速がどうしても速くはないというところです。

しかし、シュートやシンカー、スクリューボールなど、サンダースロー特有の変化球を投げることができるため、打者にとってはなかなか打ちずらいことも事実です。

現在の現役3人のサブマリンには、ぜひとも山田久志や松沼博久、そして渡辺俊介のような先発完投型のエースと呼ばれるような投手に今後なって欲しいと願っています。

そして将来のWBCの舞台で、世界の強打者を手玉にとってくれることを祈っています。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の珍地名)

タットケー→ベトナム北部のランソン州トランデイン地区中心にある町です。なんか、お店や病院で待つ時も『立っとけ~』と言われそうな感じですね(笑)

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2023年3月 7日 (火)

器用な面々~左右両打~

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

いや~昨日のWBC日本代表の試合、大谷翔平の圧巻の2本の本塁打には本当に驚かされました。さすがはメジャーで本塁打王を争う技術ですね。

そしてヌードバーと吉田正尚も見事に活躍し、3人のメジャーリーガーが加わったことで、これまで不安視されてた打線もこれでひと安心といったところです。

WBCの開幕も2日後に迫り、いよいよ開幕モードに突入です!

そんな今日は先日からスタートした「WBC開幕記念特別編」の第2弾をお送りします。

第1弾では「足のスペシャリト」ということで「足」にスポットをあてて、過去のプロ野球で活躍した選手をご紹介しましたが、今日の第2弾でスポットにあてるのは、「左右両打」通称「スイッチヒッター」です。

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人間には必ず「利き手」や「利き足」というものがあり、生活する上では必ずその「利き手」や「利き足」が重要になります。

そしてそれはスポーツにおいてもそうであり、必ず「利き手」や「利き足」というものが存在します。

ただ、中にはどちらもバランス良く使えるという器用な人もいます。

あのダルビッシュ有はもともとは右利きですが、以前から練習で左でボールを投げたりしてキャッチボールしたりしています。

体の体幹やバランスのことを考えると、左右均等に筋力を使うことは非常に大切な事です。

そこで今日はプロ野球の中で「左右両打」ができる器用な面々をご紹介していきたいと思います。

僕が子供の頃は「スイッチヒッター」のプロ野球選手はたくさんいて、各球団に1人ぐらいはいたようなイメージがあります。

しかし、昨今の野球では「スイッチヒッター」が激減し、現役のプロ野球選手ですぐ浮かぶ選手といえば、西武の金子侑司、巨人の若林晃弘、楽天の田中和基ぐらいしか思い浮かびません・・・

野球のスタイルが20~30年前とは変わったということもあるのかもしれませんが、僕が思う1つの要因にはイチローというスーパースターの登場で右投げ左打ちの子供達が一気に増えたことも1つの要因ではないかと推測しています。

基本、子供と言うのは憧れの選手の真似をすることから始まりますからね。

というわけで、今日は僕が思い出に残っている過去のプロ野球選手の中から「スイッチヒッター」の器用な面々をご紹介したいと思います。

まず、僕が幼少の中で一番凄かったと思う「スイッチヒッター」の選手、それは松永浩美です。

1980年代に阪急で活躍した彼は、左右どちらでも広角に打ち分けるシュアなバッティングで打率も出塁率も高い中距離打者で、また守備力や走力もあったので、パリーグのスター選手としてプロ野球を盛り上げてくれた存在でした。

さらに、同じ年代の「スイッチヒッター」といえば、広島の高橋慶彦、山崎隆造、正田耕三、この3選手はいずれも足も速く、なおかつ打率も良いので、この「スイッチヒッタートリオ」が並ぶ広島の1番から3番は非常に相手チームにすると脅威でした。

この時代には大洋の屋敷要、巨人の松本匡史、ロッテの西村徳文、中日の平野謙など数多くの「スイッチヒッター」がいまいしたが、彼らに共通するのは足が速く小技も使えるということで、当時は「スイッチヒッター=足が速い」というイメージがありました。

そんな中、巨人にいた助っ人外国人のレジー・スミス、彼は長打力も持ち合わせた元メジャーリーガーで巨人の優勝に大きく貢献してくれました。

そして1990年代初期に来日し西武黄金期を支えた助っ人外国人のデストラーデ、僕の中では彼は外国人選手の中では「史上最強のスイッチヒッター」です。

外国人選手でいえば、日本ハムのセギノールや大洋のレイノルズも良いスイッチヒッターでしたが、デストラーデにはやっぱり敵わないです。

そして、1990年代後半~2000年代に入り、日本人選手の中でも素晴らしいスイッチヒッターが登場しました。

それが西武の松井稼頭央です!

西岡剛(ロッテ)も凄く良い選手でしたが、やはり総合的には松井稼頭央は頭1つ抜けた「スイッチヒッター」だったと思います。

走攻守と三拍子揃った松井稼頭央は、日本プロ野球の歴史の中で、唯一「スイッチヒッターでトリプルスリー」を達成した選手です。

今までの僕の見解を総合的に判断いたしまして、僕の中での歴代最強スイッチヒッターの順位をつけますと、

第5位 西岡剛

第4位 レジー・スミス

第3位 松永浩美

第2位 デストラーデ

そして第1位は!

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松井稼頭央です!

やはり、単打のみならず長打力も兼ね揃えたあの打撃、さらには抜群のスピードもあり内安打も量産できるあたりも「史上最高のスイッチヒッター」だと思います。

ちなみに彼はもともとは高校時代(PL学園)は投手であり打席も右打席で、プロに入ってからスイッチヒッターに転向したので、その適応力からみても非常に器用さをもった選手であることもわかります。

僕的には「スイッチヒッター」という存在は、野球の中では非常に重要なポイントであると思っているので、今回のWBCメンバーにスイッチヒッターがいないこと、というか、選ばれるようなスイッチヒッターが現代の野球界にいないこと、もっといえばスイッチヒッターの選手じたいの絶対数が少ないことに非常に寂しさを感じます。

もしもこれから野球を始めようとするお子さんがいるのであれば、ぜひ「スイッチヒッター」に挑戦させてみてはいかがでしょうか。

野球界では非常に貴重な存在ですので。

ちなみに、僕も幼い頃から野球をしていまして、もともとは右打ちだったのですが、中学の野球部の時に1年生の秋からスイッチヒッターにチャレンジしてみました。結果は数ヶ月で断念することになりましたが、その時にスイッチヒッターというものの難しさは身をもって痛感しました。

やはり人間には左右の癖というものがあり、それを無くすには幼い頃からの体幹が非常に重要だと思います。そのへんを踏まえて、お子さんのいる方にはまず体幹を鍛えることをお勧めします。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の珍地名)

トロントロン→日本の宮崎県児湯郡川南町というところにある地名です。その地名の由来は諸説ありますが、湧き水からの水の音が「トロントロン」と聞こえるので名前がついたという説もあります。

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2023年3月 5日 (日)

足のスペシャリスト。

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

野球ファンにとっては待ちに待ったWBC2023の1次ラウンドの開幕が、いよいよあと4日後に迫ってきました。

今回の日本代表「サムライJAPAN」のメンバーは史上最強ともいわれ、大谷翔平やダルビッシュ有などの現役メジャーリーガーも参加し「世界一奪還」に向けて着々と準備が整っています。

もちろん、日本プロ野球界からも村上宗隆(ヤクルト)や佐々木朗希(ロッテ)をはじめ、日本トップの選手たちが集結し、世界の強豪相手にどんな戦いをするのか非常に期待に胸が膨らんでいます。

そこで今日は開幕を前に「WBC開幕記念特別編」として今日から全3回に渡り、ちょっとマニアックにはなりますが、コアな野球ファンに喜んでいただけるような企画をご用意いたしました。

エースや4番打者のようないわゆる「花形」とは違い、ちょっと目線を変えたポジションというか役割の存在にスポットを当ててお話していきたいと思います。

その第1弾である今日スポットを当てるのは「足」です。

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日本がこれまでWBCで戦ってきた中でも言われてきた、いわゆる「スモール・ベースボール」その基盤となるのが走力です。

足を使っていかに次の塁を奪っていくか、そこに日本の勝ちに結び付くポイントがあると思われます。

過去の戦いをみても盗塁はもちろんのこと、相手のわずかなミスにつけこむ走塁が勝利を導いているのも確かです。

今回のメンバーの中にも、周東佑京(ソフトバンク)といういわゆる「足のスペシャリト」がいます。彼が1点を争う試合終盤に代走として登場して、いかにその役割を果たせるかは非常に楽しみなところです。

過去の日本プロ野球には通算1065盗塁という偉大な日本記録を持つ福本豊や、セリーグの年間最多盗塁数を持つ松本匡史、5年連続盗塁王の赤星憲広、スーパーカートリオとして活躍した屋敷要など幾多の快足選手たちがいました。

そこで今日はそんな「足のスペシャリト」にスポットをあて、僕が「過去のプロ野球選手の中でこの選手は足がめちゃくちゃ速かった」と思う選手を7人厳選しましたので、僕の思い出とともにご紹介したいと思います。

僕の中では、これからご紹介する7選手のことを「足セブン(7)」と呼んでいます。

それでは早速ご紹介していきましょう。

まずは代走での通算盗塁数歴代最多を誇る巨人で活躍した鈴木尚広です。

「足のスペシャリト」という言葉から、まず真っ先に彼のことが思い浮かんだ方も多くいたのではないでしょうか。

現役15年間で積み重ねた盗塁数は228個、そのうち代走での盗塁は実に132個です。

また、通算盗塁成功率も通算200個以上の選手の中では歴代最高なので「盗塁で一番失敗をしない選手」ということです。

巨人ファンの僕としては彼がベンチに控えていて、大事な終盤に1点を取りに行く時に登場してくれると非常にテンションが上がったことを今でも覚えています。

続いて2人目の選手は、こちらも元巨人の選手になりますが栄村忠広です。

1軍で活躍したのは実働1年と非常に短いのですが、僕の中では背番号「66」のあの快足は鮮明に目に焼き付いています。

残念ながら札幌の円山球場で吉村禎章と交錯してしまい、結果として吉村が大怪我をしてしまったことがファンの記憶に強く残ってしまってはいますが、僕的にはあのことがなければ栄村はプロ野球界を代表する「足のスペシャリト」になっていたと思っています。

ちなみに彼は東京ドームでの公式戦初盗塁の選手であったり、代走の際に投手からの送球が頭部に当たり負傷し、それを機に走者へのヘルメット着用が義務化になるなど、プロ野球の歴史にしっかりとその爪痕を残しています。

巨人ファンの僕にとって栄村は大好きな選手でした。

続いて3人目の選手は、広島東洋カープで活躍していた今井譲二です。

古くからのカープファンにとっては、誰もが知っている名選手だと思います。

プロ生活11年間のそのほとんどが代走で起用され、通算打席数はわずか31打席という本当のプロ中のプロの代走です。

当時の広島には高橋慶彦や山崎隆造、正田耕三など足の速い選手がいたのにもかかわらず、その選手たちの代走として登場するほど彼の足の速さは凄かったです。

巨人ファンの僕としては、試合終盤に彼が代走として出てくると非常に嫌だったことを今でもよく覚えています。

続いて4人目の選手は、ヤクルトで活躍した青木実です。

若い頃は守備固めや代走が主な出番でしたが、主力の怪我などにより先発出場をするようになった1981年には盗塁王のタイトルを獲得する韋駄天ぶりでした。

僕の記憶ではただ速いだけでなく、盗塁のテクニックに非常に長けていた選手だと思います。

「ヤクルトの背番号50は足がめちゃくちゃ速い選手だった」というのが、当時小学生だった僕の記憶にしっかりと焼き付いています。

続いて5人目の選手は、こちらもヤクルトで活躍した城友博です。

彼については僕は習志野高校の1番打者として甲子園に出場した時から注目していた選手で、当時の甲子園での足の速さが忘れられなくて、絶対にプロでも「足のスペシャリスト」として活躍すると子供ながらに思っていました。

プロでもその自慢の快足は通用していたのですが、交通事故によるケガが選手生命に影響し球界を去ることになりました。

僕の中ではあの甲子園での足の速さ、そしてプロ入団当初の走力は「足のスペシャリト」にふさわしい走りでした。

続いて6人目の選手は、広島、西武、ヤクルトで活躍した福地寿樹です。

彼のことは野球ファンはもちろんご存じの通り、俊足好打の名選手でした。

プロ入り15年目にして初めて規定打席に到達したことから「遅咲きの星」とも呼ばれていました。

盗塁王を2度獲得したその足は相手チームにとっては本当に脅威でしかなく、相手が嫌がる選手でもありました。

通算盗塁数は251個ですが、僕の印象ではその数字以上にその足の速さが印象的な選手でした。

そして最後にご紹介する7人目の「足セブン」は、日本ハムで活躍した川名慎一です。

彼も代走として起用されることが多かった選手ですが、多くの評論家がその球界屈指の快足を絶賛していました。

あの屋敷要も『自分よりも足が速いと思うのは川名だけ』と言っていたほどで、打撃力なども伴い良い指導者に巡り合えていれえば、もしかするともの凄い選手になっていたかもしれません。

これが僕が思う「足セブン」の7人です。

振り返ると、どの選手にも懐かしい思い出があり、改めて『野球は良いな~』と思います。

野球は「打つ、投げる、守る」だけでなく「走る」ということも非常に重要なポイントのスポーツです。

まもなく開幕するWBCも、ぜひ、その「足」に着目してご覧になってみてください。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の珍地名)

クサイ島→グアムの南東に位置するミクロネシア連邦の一番東にある島です。現在はコスラエ島と名称が変わったようですが、なんかクサイ島と聞くと、行くのをためらってしまいますね(笑)

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2023年3月 4日 (土)

二分の一成人式。

こんばんにゃ~北の猫男爵です。

昨日は3月3日「ひな祭り」でした。

我が家でも昨日は、御馳走を食べてお祝いをして「桃の節句」を楽しみました。

女の子の節句と言われる「ひな祭り」ですが、我が家の娘も気が付けば10歳になり、10年前に購入した「雛人形」も同じく10歳になったということです。

本当に月日の経つのは早いものです。

先日、娘が通う小学校で「授業参観」があり、僕と妻で参観してきました。

そしてこの「授業参観」では授業の中で「二分の一成人式」が行われました。

僕たちが子供の頃は「二分の一成人式」というものは無かったので、いったいどんな感じなのかとても楽しみにして学校へと足を運びました。

ちなみに調べてみると「二分の一成人式」は、今から約40年ぐらい前に兵庫県の小学校の先生の発案で始まったのが発祥とされているようなので、実は僕が知らなかっただけで僕が小学生の頃も既に存在はしていたみたいです。

「二分の一成人式」」は現在の文科省の「学習指導要領」には特に記載はされていないようで、日本の全ての小学校で行われているわけではないようですが、全国の多くの小学校で授業の一環として取り入れられ、「4年生の学年行事」に定着しつつあるそうです。

僕の娘の小学校の「二分の一成人式」では、子供達が生まれてきてから今までの10年間の思い出と、そしてこれからの自分の夢を作文にして発表しました。

10歳の子供達が発表する作文には、もう親たちは皆、涙が・・・

妻も僕も思わず涙が・・・

今、思い出しただけでも泣けます。

成長した我が娘の姿と、幼き頃の思い出、そしてたくさんの出来事や思いが交錯し、涙が一気にこみあげてきてそれを止めることなどできませんでした。

最後には先生の発案のもと、サプライズで子供から親に宛てた手紙、そして逆に親から子供に宛てた手紙をそれぞれ手渡し、その場で読みました。

もうこれには、子供も親も号泣です・・・

妻も完全に涙、僕も目の前が涙で溢れて最後まで手紙を読むことができなかったので、家に帰ってからゆっくり読み直しました。

いや~「二分の一成人式」、これは良いイベントです。と同時に、涙なくしては参加できないイベントです。

で、僕は確信しました。

間違いなく、10年後の「成人式」でも僕は泣くだろうし、「結婚式」なんかになると泣くどころで済むのか・・・号泣どころの騒ぎではないのではないか・・・とちょっと自分が心配になってきちゃいました(笑)

愛しい愛しい娘の成長した姿を想像すると、今も既に泣きそうです・・・

今回の「二分の一成人式」に参加してみて思ったことは、『子供でいられるのもあと10年、大人になるまであと10年、その10年を子供のそばで成長を見守り、そして大人になっていく子供の背中を優しく押してあげる、それがこの10年の親の務めだと』そう心から感じました。

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H²Oの名曲『想い出がいっぱい』皆さんもよくご存じの曲だと思いますが、『大人の階段の~ぼる♪』のあのフレーズ、まさに今、そしてこれから娘は一段一段「大人の階段」を昇っていくことでしょう。

10年後、今もよりもさらに成長した娘が今度は本当の「成人式」を迎える姿を、今から僕は楽しみにしています。

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どこの自治体かわかりませんが、「成人式」の会場にこんな粋なアイデアを使っているところもあるんですね。

実に良い光景だと思います。

親への感謝と大人としての思いや自覚を胸に、この階段を一段一段踏みしめながら昇っていく、それはまさに子供から大人へと変わる瞬間なのかもしれません。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日の珍地名)

プニ→ニュージーランドのオークランドの南にあるプケコヘの近くにある町です。なんか日本語の「ぷに」の柔らかいイメージからすると、温厚で優しい人たちが住んでいそうな町ですね。

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