サヨナラ、4プラ。
こんばんにゃ~北の猫男爵です。
今日で2月も終わり、明日からはいよいよ3月です。
3月という響きを聞くと、春が近づいてきたことを確実に感じます。
と同時に3月は「卒業」そして「別れ」の季節でもあります。
「春になる喜び」と「別れの寂しさ」が同居する、何ともセンチメンタルな時間です。
さて、そんな別れの季節ですが、ちょうど1ヶ月前の1月31日に札幌のとある商業施設が50年間という歴史に幕を閉じ、閉館したことを皆さんご存じでしょうか?
それは「4プラ」の愛称で親しまれた札幌・大通地区の商業ビル「4丁目プラザ」です。
1971年(昭和46年)9月に開業した「4プラ」は、最新の流行を取り入れた衣料品や雑貨を中心に若者文化を発信し、札幌の中心である大通地区の賑わいに大きく貢献し続け、ピーク時の1990年代には年間125億円を売り上げ、札幌の象徴的存在として多くの人に愛され親しまれました。
僕は札幌で4年間の大学生活を過ごしましたが、もちろん僕も「4プラ」には何度も足を運びました。
とにかく、衣類、雑貨、日用品、小物アクセサリーなどなど、見るところが多くて何度行っても飽きることのない場所でした。
待ち合わせの場所にもよく利用して『4プラ前に何時ね』みたいな感じで活用しました。
余談になりますが、他にも待ち合わせ場所でいえば、「ヨーク下」や「パルコ前」が当時は多かったです。
「ヨーク下」とは当時はススキノに「ヨークマツザカヤ」という商業施設があり、その建物の地下がススキノ地下鉄駅の出口にあったので、地下鉄を降りてすぐの「ヨーク下」を待ち合わせ場所にしていました。
ただ、僕が大学1年生の時に「ヨークマツザカヤ」がすぐになくなり、「ロビンソン」と名前が変わったので今度は「ロビンソン下」あるいは「ロビ下」に変わりましたけどね(笑)
「パルコ」は「4プラ」とスクランブル交差点を挟んで近かったので、どちらかで待ち合わせした後はどちからの店にも必ず行っていた記憶があります。
あと、田舎から札幌の大学に来た僕にとって、あのスクランブル交差点には最初戸惑いました(笑)
『えっ?これ渡っていいの?みんな全方向から歩いてきてるけど・・・』ってね(笑)
どれもこれも今思えば、30年近く前の良き思い出です。
いずれにしても、半世紀に渡り札幌市民のみならず北海道の多くの若者に楽しみと思い出を残してくれた「4プラ」には感謝しかありません。
来月からは建物の解体工程にも入るということで、もちろん寂しさはありますが、札幌の象徴として長きに渡り開館されたことに改めて感謝します。
「サヨナラ、4プラ、そして、ありがとう。」
それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)
(今日の名曲しりとり)
『虹の都へ』→『部屋とYシャツと私』(平松愛理)
押しも押されぬ、バブル期そして平成初期の代表曲です。
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