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2014年12月 1日 (月)

永遠に光り輝く「一番星☆」

こんばんにゃ~night 北の猫男爵ですcat

今日から12月がスタートしましたが、全国的に天候が崩れdown十勝でもあいにくの雨模様の一日でしたrain

この季節なら本来は「雪」が降ってもおかしくはないのですが、12月の雨にはちょっと違和感を感じました。それでも「雪」が降らないのは嬉しいことですけどねhappy01

そんな今日は、またしても悲しくそして驚きの訃報がまた日本中を駆け巡りましたsign03

菅原文太さん死去・・・

このニュースを聞き、驚きとショックを感じた人も少なくはないのでしょうか?

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先月10日、高倉健さんがこの世を去り、そして今度は菅原文太さんまでもがこの世を去るとは・・・

日本の映画界は、一気に2人の偉大なスターを失いましたbearing

まさに「昭和の映画界」を支えた2人は、同じ年代に東映で活躍したスターでしたshine

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特に1970年代に入ると、高倉健さんは『網走番外地シリーズ』、かたや菅原文太さんは『仁義なき戦いシリーズ』という、同じ任侠映画でその地位を確立し、トップスターの座を揺るがないものにしましたscissors

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そんな2人も共演したのは数える程度だったそうですが、役者という仕事にかける情熱はどちらも負けず劣らずだったのではないでしょうかup

僕の勝手なイメージでは、「動」の菅原文太さん、「静」の高倉健さんといった感じです。

そんな菅原文太さんの数多くある作品の中で、僕が一番印象的なのはやっぱり『トラック野郎シリーズ』ですconfident

もちろんリアルタイムで見たことはないのですが、つい数年前にあるテレビ番組がきっかけで『トラック野郎』にハマり、レンタル店でDVDcdを借りてきてと2人でよく見ていましたtv

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星桃次郎(通称:一番星)という、豪快で無茶苦茶でありながらも、人情味に厚く、仲間を大切にする役柄を見事に演じていましたpaper

そんな菅原さんも年齢には勝てずに、膀胱癌が発覚しました・・・

しかしその後、癌は完治し復活を果たしたのですが、2011年の東日本大震災で故郷の宮城県が甚大に被害にあったのを境に、「映画を撮っている場合じゃない・・・」と俳優業引退を示唆し、近年は有機農業や脱原発、そして反戦のメッセージを発信し続けていました。

1人の役者である前に、1人の人間としてできることを彼は命つきるまでやり遂げたかったのかもしれませんconfident。その情熱こそが、彼が役者として頂点を極められた要因なのかもしれません。

そんな文太さんのご冥福を今はただ祈るだけです。

きっと今頃は天国で、健さんに会えているかもしれませんねconfident

「健さん、俺もこっちに来ちゃったよ。」(菅原文太)

「そっか文ちゃん、ほら、まず一緒にコーヒーでも飲もうよ。」(高倉健)

そんな2人の会話が目をつぶれば浮かんできますconfident。きっと2人で映画談議にでも花が咲くことでしょう。

81歳の生涯の幕を閉じた菅原文太さん、あなたが残したその数々の思い出は、永遠に光輝く一番星shineとなって、いつまでも僕たちの心に生き続けることでしょうconfident

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

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