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2014年3月19日 (水)

土俵を沸かせた男たち~14日目~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日はがママ友達と雑貨店巡りをしてきたそうです

何軒も色々なお店をまわり凄く有意義な時間を過ごせたみたいです。そのあるお店で、妻は凄く気に入った子供用のコップをに買ってきました

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それがこのコップです。『ムーミン』に登場する「ミー」がデザインされたとても可愛いコップです

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娘もこのコップが凄く気に入ったみたいで、ニコニコしながらお水を飲んでいました。さすがは「親子」ですね、妻と娘は趣味が合うみたいです

きっともう少ししたら、補助なしでもこのコップで1人でお水を飲めるようになるんでしょうね嬉しいような寂しいような、そんな気持ちです。

さて、今日は僕の好きな「相撲」の話題です

今月9日に初日を迎えた大相撲春場所は、早いもので今日で11日目を迎えました。

春場所は昔から「荒れる春場所」と言われ、横綱や大関が早い段階で敗れるという波乱が起きることが多かったのですが、今場所は序盤から上位陣が安泰で落ち着いたスタートでした

中でも白鵬日馬冨士の両横綱と、大関の鶴竜の安定した相撲は群を抜いており、今日の取り組みを終えた段階で、白鵬と日馬冨士は全勝、鶴竜が1敗で続き、2敗の力士は姿を消したために、優勝争いは完全にこの3人に絞られたといっていいでしょう

悲しいかな、3人ともモンゴル出身の力士です・・・

いつもいつも嘆いていることですが、もう少し日本人力士が奮起しないといけませんよね。特に稀勢の里琴奨菊の大関陣にはもう一度根性を入れ直してほしいです

しかし、日本人力士にも希望の星がいます

それは、皆さんも既に注目されていると思いますが、遠藤です

まだ初土俵から1年余りという短期間ですが、今場所は前頭の筆頭まで番付を上げ、上位陣との初対決が注目を集めましたが、序盤戦はその壁にぶち当たり4連敗を喫しました

しかし、そこから4連勝と果たし、再び2連敗はしたものの今日は勝ち、11日目を終えて5勝6敗です。

まだ今後の取り組みしだいでは勝ち越しも十分あり得ますので、勝ち越して来場所の「新三役昇進」を目指してほしいところです

間違いなく近い将来、「横綱」の地位にまで上がる力士だと思いますので皆さんも期待して応援しましょうね

さて、そんな今日は相撲の話題ということで、久しぶりにあのシリーズ企画『土俵を沸かせた男たち』をお送りします

今日で14回目となるこの企画は、僕が昔好きだった土俵を沸かせた個性派力士にスポットを当てて、その思い出と活躍を振り返る企画です。

そして今日ご紹介するその力士とは

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若嶋津六男(わかしまづ・むつお)、最高位は大関です

「南海の黒豹」と呼ばれ、その端整な顔立ちと筋肉質な体格から、女性にも人気のあった力士です

僕は子供の頃から非常に好きな力士の1人で、千代の冨士や霧島と同様に、その細身で頑張る姿に好感を持っていました

特徴的な「緑色のまわし」も非常に印象的でした。当時は確か「緑色のまわし」といえば、若嶋津か多賀竜しかいなかったと思います

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彼は地元が同じ鹿児島県のアイドル歌手、高田みづえを理想の女性としていたそうですが、何とその夢が叶っい実際に結婚することになりました。今は、素敵な「女将さん」として若嶋津のことを支えています

鹿児島県熊毛郡中種子町(種子島)出身の若嶋津は、その名の通り「六男」として生まれました。幼い頃から運動神経は抜群で、中学校では歌手の長渕剛と同級生だったそうです。なんか、長渕と同級生とかって格好良いですね

若嶋津は1975年3月場所(春場所)に初土俵を踏みました

相撲ファンであれば「1975年春場所」と聞けば、ピンと来た方もいると思います。そうです、この場所は若嶋津にとって同じ二子山部屋の大先輩である大関・貴ノ花が幕内優勝を成し遂げた場所です

そんな場所にデビューした若嶋津は、1980年3月場所(春場所)に十両に昇進し、1981年1月場所(初場所)には新入幕と、順調に番付を上げていきます

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1982年1月場所(初場所)と翌3月場所(春場所)では、2場所続けて当時の大横綱・北の湖から「金星」を挙げその後は三役へと上りつめ、一気に「大関候補」へと名乗りをあげました

関脇に定着した若嶋津は大きな壁に当たることもなく、1983年1月場所(初場所)で大関に昇進し、大関昇進後も安定した成績を残し、「次の横綱は若嶋津」という声が日に日に大きくなってきました。

そんな中、1984年3月場所(春場所)では14勝1敗で初優勝を果たし、翌場所に「綱取り」に挑みましたが、重圧に押しつぶされ9勝6敗に終わりました

同年7月場所(名古屋場所)では全勝で2度目の優勝を果たし、今度こそ「綱取り」と9月場所(秋場所)に挑みましたが、11勝4敗に終わり再び「綱取り」は失敗に終わりました

しかしこの1984年は「年間最多勝」に輝くなど、その強さは群を抜いており、この時期が若嶋津にとって絶頂期であったといえるかもしれません

その後はケガや病気(糖尿病)などによる成績不振も続き、「綱取り」どころか「優勝争い」に絡むこともできなくなり、1987年7月場所(名古屋場所)をもって現役引退を表明しました

本当に晩年の彼の相撲は、ファンとしては見ていても痛々しいというか、辛くなってきました「あの強くて格好良かった若嶋津はどこへいったんだ・・・」と、思わず嘆いていたことを思い出します。

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引退後は年寄・松ヶ根を襲名し、二子山部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたりました。

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現在は二子山部屋から独立して「松ヶ根部屋」を設立し、親方としても活躍しています。現在幕内で活躍する松鳳山(しょうほうざん)は、この松ヶ根部屋の力士です

若嶋津を語る上で欠かせないのが、北天佑というライバルの存在です。この2人のライバル関係はマスコミなどでも取り上げられ、「どちらが先に横綱になるか!」と注目されていた程です。

結局2人とも横綱にはなれませんでしたが、若嶋津いわく「俺のライバルは大寿山だった」と語っていたそうです。

その大寿山とは初土俵が全く同じ同期で、部屋も同じ二子山部屋でしたが、若嶋津が大の苦手な地震が夜中に起きた際には、当時横に寝ていた大寿山にしがみついたという、おもしろいエピソードもあるようです

今でも目を瞑れば、「緑色のまわし」をしめた長身で細身の若嶋津が、土俵の上で豪快に動き回るその姿が目に浮かびます

若嶋津六男、鹿児島県出身、二子山部屋。

通算成績は515勝330敗21休、幕内最高優勝2回、三賞受賞5回(敢闘賞2回、技能賞3回)、金星獲得2個(北の湖から2個)です

これが彼が土俵に残した足跡です

さて、いかがでしたか今回の「土俵を沸かせた男たち」は楽しんでいただけましたか次回の第15回は、相撲の本場所と同じ15日目ということで最終回と致します。どうぞ、お楽しみに

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

<今日のキーワード> ミー(娘が凄く喜んでいる「ミー」のコップが、今日は凄く印象的でした。僕の中では、『ムーミン』の中で一番好きなキャラは、やっぱり「スナフキン」かな)

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コメント

若嶋津と長渕が同級生だったとは知らなかった…。
同級生と言えば、宮崎勤と川崎麻世は短大の同級生らしいよ。
何の役にも立たない無駄知識でした。

投稿: 29 | 2014年3月20日 (木) 22時07分

29さん
本当に何の役にも立たない情報ですね(笑)どこからその情報を仕入れるのですか
悔しいので、今度その手の同級生情報を僕も仕入れてみますね

投稿: 猫男爵 | 2014年3月20日 (木) 22時50分

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