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2013年6月 9日 (日)

悲劇を心に刻み20年・・・

こんばんにゃ~night 北の猫男爵ですcat

いや~今日はとてつもなく、暑かったですねsun

ちょっと忙しくて夕方のニュースも見れませんでしたし、勝毎も今日は休刊日なので、最高気温が何℃だったかのか正確な情報は知りませんが、おそらく30℃は超えたのではないでしょうかsign02

今日はお子さんの運動会sportsという方も多かったと思いますが、この「暑さ」は大変だったのではないでしょうかsweat01

この「暑さ」は明日以降も何日か続くと思いますので、こまめな水分補給で熱中症対策を心がけましょうpaper

さて、20年前の今日1993年6月9日に何があったか皆さんは憶えていらっしゃいますか?

実は20年前の今日は、小和田雅子さんと皇太子徳仁親王との「結婚の儀」が行われた日なんですshine

当時僕は大学1年生でしたが、確か大学schoolの講義は全て休みになり、自宅でテレビを見ていてtv、全てのチャンネルで「結婚の儀」が放送されていたような記憶がありますflair

成婚パレードには沿道に19万人の市民が集まり、テレビの最高視聴率は79.9%という驚異的な数字を記録しましたup

あれから20年が経ったんですねconfidentそりゃ僕も40歳間近のオッサンにもなるわけだ(笑)

そしてこの「結婚の儀」があった1993年といえば、日本サッカー史に残る歴史的な出来事がありましたsoccer

それは「ドーハの悲劇」です。

現在30歳以上ぐらいの日本国民の中で、「ドーハの悲劇」を知らない人はおそらく皆無に等しいでしょう。それだけ、日本中の目が向けられたのが「ドーハの悲劇」でしたsign03

先日、来年開催されるブラジルW杯の出場権を獲得したサッカー日本代表ですが、実は明後日の6月11日は、あのドーハでイラクと対戦するのですsoccer

既にW杯出場が決まっているとはいえ、20年の月日を経て、同じ場所で同じ相手と戦うのは何か“運命”を感じますsign03

あれから20年が経ち、世界が大きく変わったように、日本のサッカーも大きく変わりましたshine

「アジアの壁」を超えることができなかったあの頃とは違い、今では世界の強豪国とも互角に戦えるほどの技術と戦術を身につけましたscissors

それもきっと、あの「ドーハの悲劇」で得た経験があってこそのことだと僕は思っていますconfident

「世界の扉door」に手がかかりながらも、あとほんの少しのところで扉を開けることができなかったあの「悲劇」は、どんなに時代が過ぎても消し去ることができませんbearing

でも、明後日の試合で20年間の想いを、ぜひとも日本代表の選手には、日本人を代表してぶつけて欲しいと思いますgood

「勝利」というもので、新たな「歓喜」を作ることができると思うのでgood

僕も当時の選手たちと同様に悲劇を心に刻み20年、生きてきました。でも、あの悲しみが日本サッカーの発展のために役立ったのだと思っています。

そんな今日は、20年前のあの「ドーハの悲劇」をあえて振り返って記憶を蘇らせてみたいと思いますので、皆さんもどうぞ自分の20年前の事とダブらせながら、振り返ってみてくださいhappy01

1993年10月28日、カタール・ドーハのアルアリ・スタジアム、日本代表VSイラク代表による、アメリカW杯アジア地区最終予選最終戦がキックオフされようとしていましたsoccer

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最終戦を前にして、日本は勝ち点「5」で首位に立ち、以下、2位にサウジアラビア(勝ち点5)、3位に韓国(勝ち点4)、4位にイラク(勝ち点4)、5位にイラン(勝ち点4)、6位に北朝鮮(勝ち点2)という状況でしたpaper

W杯に出場できるのは上位2カ国、日本はこの試合を勝てばもちろん無条件で、引き分けでもサウジアラビアと韓国の両国がともに勝利しなければW杯出場が決まるという、かなり有利な条件での試合となりましたscissors

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当時のメンバーには、カズ(三浦知良)やゴン中山(中山雅史)、さらにはラモス瑠偉といた才能豊かなタレントが揃っていましたshine

この年にスタートした「Jリーグ」の盛り上がりもあり、誰しもが日本がW杯初出場を決めることに疑いをもっていませんでしたpaper

前の試合で最大のライバルである韓国に、カズのゴールで「1対0」で勝利したこともあり、日本代表は波に乗っていたのも事実でしたwave

そんな中でいよいよ試合はキックオフされましたsoccer

当時僕は、もちろんこの試合をテレビ中継で観戦していましたtv。夢にまで見た「W杯出場」という歴史的瞬間を目撃しようと、やや興奮気味でしたhappy02

そして開始早々、試合はいきなり動き出しますsign03

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前半5分、長谷川健太の放ったミドルシュートがクロスバーに弾かれたところを、エースのカズがヘディングで押し込み、見事に日本が先制点をあげたのですsign03

「よし!さすがカズ!これでもうW杯出場は間違いない!」僕がそう思ったように、日本中もきっと同じ事を思っていたはずですhappy02

その後、試合は一変してこう着状態となり、前半を「1対0」のまま終えます。

しかし後半に入るとイラクが攻撃に転じ、後半10分にイラクが同点に追いつきますbearing

この時点で「1対1」、他の試合のこともあるために、何とか1点を奪い、勝利を掴むしかありませんgood

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しかし、イラクは攻撃の手を緩めず、当たりもさらに強くなり、何度も日本ゴールを脅かしますbearing

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そんな中、後半24分、日本はラモスのスルーパスを受けた中山雅史が、ゴール右角にシュートを見事に叩き込み、「2対1」と遂に勝ち越しましたsign03

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ゲームの流れ、決めた時間帯、どうみてもこの時点では日本の勝利、そしてW杯出場を確信したはずですscissors

しかし、悲劇はロスタイムに待っていました・・・

時計は後半44分をさしていましたclock。日本リードのままいよいよロスタイムに入ろうとした時、イラクは日本陣内に攻め入り、コーナーキックのチャンスを得ました。

そしてその瞬間、時計の針は後半45分を超えてロスタイムに突入です。おそらく、あと1プレーで試合終了のホイッスルが鳴るはずでしたbell

そんな中、日本の不意をつき、イラクはショートコーナーを選択しました。ショートコーナーを予測していなかった日本は、慌てて一番近くにいたカズが対応し、センタリングを上げようとした選手にマークにいきましたrun

しかしイラクの選手はカズのマークを振り切り、ゴール前えとセンタリングをあげたのですup

そしてゴール前にいたイラクの選手がこのボールを見事に頭に当ててシュートsoccer

ボールは放物線を描いて、日本のゴールを守るGK松永の頭上を超えてdownゴールネットに吸い込まれていきました・・・

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まさか、まさかの同点ゴールです・・・

これで試合は「2対2」、このままだと「引き分け」なのですが、他の試合結果いかんでは日本のW杯出場は消滅してしまいますbearing

「えっ?何?どうなるの?」僕は頭が真っ白になりました。そして我に返り、心の中で何とかサウジアラビアと韓国が負けていることだけを祈りましたbearing

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既にベンチに下がっていた中山は、「何でだよ・・・」と頭を抱えて倒れこみましたsad

おそらく日本中がこの瞬間静まりかえったと思います。「嘘だろ・・・もうロスタイムだったのに」・・・

そんな中、試合はまだ終わっていないので、わずかな時間であと1点を奪うために日本の攻撃が始まりましたsign03

しかし、すぐにボールはタッチラインを割り、次の瞬間、試合終了のホイッスルがピッチに鳴り響きました・・・

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日本VSイラクの試合は「2対2」の引き分けに終わったのです。

すぐに日本選手は、他のスタジアムで行われている試合の結果をベンチに尋ねましたsign02

しかし、既に終わっていた他の2試合ではサウジアラビアと韓国が勝利を決めていたために、この瞬間、日本のW杯出場の夢は絶たれたのです・・・

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それを知った選手達はピッチに倒れこみ、立つ事ができませんでしたdespair

そしてテレビを見ていた僕は、しばらくの時間途方にくれました。正確にはその時のことを、あまり記憶していません。もう頭が真っ白になったのだと思いますshock

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中でもW杯に人一倍熱い情熱をかけていた、ラモスの寂しげな「10番」の背中は、今でも忘れることができませんweep

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監督のオフトに促され、何とか立ち上がる選手達、ほとんどの選手が精根尽き果て、自力で立ち上がることができませんでしたwobbly

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あと1分、日本が守っていたら、もう1点、日本が点を取っていれば、スポーツには禁物な「たられば」ですが、それをこれほどまでに強く言いたかった試合は、後にも先にもありませんbearing

これが日本があと少しのところでW杯初出場を逃した、「ドーハの悲劇」という日本サッカー史に残る出来事でした。

あれから20年、日本は5大会連続5回目のW杯出場を決めましたsoccer

現在プレーする選手の中には、この「ドーハの悲劇」のことを知らない選手もいるのかもしれませんが、日本サッカーの今があるのも、この出来事がその大きな土台となっていることを決して忘れてはいけないと思いますpaper

そして、この「ドーハの悲劇」を経験したメンバーの中で唯一、今もなお現役でプレーしている、キング・カズのW杯出場!これをぜひ来年のブラジルという舞台で見てみたいsign03

これは僕だけでなく、カズを応援する多くのサッカーファンの願いではないでしょうか!

頼むからザック!カズをW杯へ出させてくれ!お願いします!

そんな願いをこめて、今日のブログは終わりにしたいと思いますconfident

明後日のドーハでの対イラク戦、日本代表の戦いからも、もちろん目が離せませんsoccer

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

<今日の誕生日birthday2> 6月9日生まれ

マイケル・J・フォックス(52歳)、ジョニー・デップ(50歳)、薬師丸ひろ子(49歳)、内田恭子(37歳)、国仲涼子(34歳)、ナタリー・ポートマン(32歳)

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コメント

カズの足があと5センチ長かったら…
サイドバックに都並がいれば…
武田がもっと使える奴だったら…
あっ、みんなヴェルディの選手だ( ̄▽ ̄)

投稿: 29 | 2013年6月10日 (月) 21時58分

29さん
武田が最後にボールキープをしなかったのは戦犯ですが、カズ、カリオカ(ラモス)、キーちゃん(北澤)、哲さん(柱谷)、都並、みんなヴェルディの選手達はよく頑張りました。
というか、もう思い切ってヴェルディ川崎の単独チームで戦ったほうが良かったのかもしれません。

投稿: 猫男爵 | 2013年6月10日 (月) 22時17分

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