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2013年1月14日 (月)

ゴジラの夢は終わらない~第1章~

こんばんにゃ~night 北の猫男爵ですcat

ここに1枚の黒い「カードホルダー」がありますpaperこれは僕の宝物の1つですshine

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この中には僕が長きに渡り集めた宝物と、その思いの全てが詰まっていますconfident

いったいこの中にあるものの正体とは?

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それではその扉を開いてみることにしますsign03

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開いた扉の中に隠されていたものは、昨年末に現役引退を表明したプロ野球選手baseball松井秀喜「ホームランカード」でしたshine

1993年に彼が読売巨人軍に入団した際に、「世界のホームラン王baseball王貞治氏の記録を抜いて欲しい」という思いを込めて、製作が開始されたこの「松井秀喜ホームランカード」を僕は第1号から集めていましたgood

松井が現役を引退したことにより、この「ホームランカード」は目標であった「869」という数字を達成することなく幕を閉じましたが、それでもこのカードを持っている事は僕の誇りでもあり、自慢でもありますhappy02

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どの「ホームランカード」にも当時の思い出が詰まっており、その1枚1枚を見るたびに、懐かしさと感動が蘇りますhappy02

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松井が日本で最後に打った332号baseballのカードなどは、僕的には思い出深い1枚ですconfident

彼の引退会見を受け、僕はこの「松井ホームランカード」を見つめて、その懐かしい姿にしばしの間、夢中になってしまいましたconfident

それを見ていた「凄く楽しそうな目をしているよ。」と笑顔で語り掛けられましたdelicious

それもそのはずです。だって、僕にとっては松井秀喜という人間とは長い付き合いなんですhappy01

もちろん、本人との面識は一度もありませんが、同じ年の彼は僕の中では特別な存在なのですshine

ということで、以前からこのブログ上でもお約束していたように、今日から全3回に渡り、「松井秀喜特集」をお送りしたいと思いますsign03

題して「ゴジラの夢は終わらない」ですbaseball

今日を抜かした他の残り2回は不定期とはなりますが、必ずお送りしますので、松井ファンの方、そして野球ファンの方はどうぞ楽しみにしていてくださいねpaper

今日はそのスタートとして第1回をお送りします。それでは早速、その幕を開けましょうup

「ゴジラの夢は終わらない」~第1章~

1990年、16歳の夏、僕は初めて松井秀喜という同じ高校1年生の存在を知ることになりました。

石川県にある星稜高校school入学と同時に、伝統ある野球部baseballの4番に座った松井はその夏、甲子園デビューを飾ることになりましたshine

初戦の相手は、初出場とはいえ西東京代表の日大鶴ヶ丘、かなりの手強い相手でした。

試合が始まるまで僕は松井の事は知りませんでしたが、その試合をテレビで観戦tvしていると、背番号「13」を付けた1年生が堂々と名門星稜の4番打者として、バッターボックスに入っている姿を目にしましたeye

その大きな体格と落ち着いた表情は、とても僕と同じ1年生とは思えませんでした。「本当にこれが1年生か?」それが僕の松井に対する第一印象でしたpaper

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残念ながら松井はその試合3打数ノーヒットに終わり、チームも「3対7」で敗戦し、松井の甲子園デビューはほろ苦いものとなりましたbearing

それでも僕の脳裏にはしっかりと、星稜の4番打者の印象は焼きついていましたflair

1年後の1991年夏、2年生になった松井は再び甲子園に戻ってきましたgood

1年ぶりに目にした松井の姿は、ただでさえ大きな体がもうひと回りも、ふた回りも大きくなったように僕には感じられました。

初戦である2回戦の沼津市立(静岡)戦に勝利すると、3回戦の竜ヶ崎一高(群馬)戦で遂に怪物がベールを脱ぎましたsign03

豪快な彼のスイングはボールを完全に取られ、その打球はキレイな弾道を描きライトスタンドへと飛び込んでいったのですup

誰もがその打球に度肝を抜かれました。これが記念すべき、松井秀喜の甲子園球場第1号ホームランでしたbaseball

僕は今でもこの時の瞬間のことは鮮明に憶えていますし、一生忘れることはありませんconfident。まだ2年生ということもあり、先輩達に少し遠慮をしながら、喜びを抑えつつベースを一周する彼の姿はとても印象的でした。

準々決勝で、春の選抜準優勝校の松商学園(長野)を破りベスト4に進出した星稜は、準決勝で萩原誠(元阪神)率いる大阪桐蔭に敗戦し、悲願の優勝は叶いませんでした・・・

ちなみに、この試合を僕は高校の教室で授業中に、携帯ラジオslateにイヤホンをつけて聞いていたearという思い出もあります。

夏の甲子園が終わった後も、2年生の松井に対する評価はとどまることを知らず、高校選抜にも選出され、同じ高校選抜のメンバーで1学年上の高木大成(桐蔭学園→元西武)、大野倫(沖縄水産→元巨人)、萩原誠などからも賞賛の声を浴びたそうですshine

年が明け1992年の春の選抜大会、松井は再び甲子園に帰ってきましたbaseball

「星稜の4番」としてだけではなく、「星稜の主将」になった松井のその姿は堂々たるもので、高校生とは思えない“オーラ”が既にありましたshine

この大会から甲子園球場のラッキーゾーンが撤去され、ホームランの数が激減downする中、それは松井には関係のないことでしたpaper

開幕試合に登場した松井は、宮古高校(岩手)相手にその力を見せ付けましたsign03

2打席連続本塁打baseballを含む7打点の活躍で、チームの勝利に大きく貢献しましたup

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この時のライトスタンドへ放り込んだ弾道の低いホームランも、いまだに僕の記憶にしっかりと焼きついていますbaseball

実はこの大会の開幕前に、高校野球を担当していたあるスポーツ新聞の女性記者shadowが、松井のことを「ゴジラ」という愛称で呼んだのがきっかけで、高校生の松井に「ゴジラ」というニックネームが付いたのですpaper

大会の注目を1人で背負うことになった松井率いる星稜は、2回戦でも松井のホームランなどの活躍で堀越(西東京)を破りベスト8に進出しましたが、準々決勝では天理(奈良)に敗戦し、またしても優勝への道は閉ざされましたbearing

ちなみにこの大会の全ホームラン数は7本でしたが、そのうち3本を松井が1人で記録していますbaseball

1992年夏、いよいよ松井秀喜の高校生活最後の夏が始まりましたshine夏の甲子園大会、日本中の注目は松井のバットに向けられましたsign03

「ゴジラがどんなバッティングをするのか、この目で見てみたい!」

そう思って、真夏の甲子園球場へ足を運んで方も少なくはなかったと思います。できることなら僕も、甲子園球場へ是が非でも行きたかったです・・・

しかしそれは無理な話で、結局僕はテレビtvの前で松井最後の勇姿を応援することにしましたscissors

初戦の長岡向陵(新潟)戦を大勝し、そして迎えた2回戦の明徳義塾(高知)戦、この試合で高校野球史に残る出来事が起こるとは、いったい誰が予想したことでしょう・・・

この試合の内容については、以前にもこのブログpcでもお話させたいただいたので割愛させていただきます。(詳しくは2007年8月16日のブログ『人生を変えた20球・・・』を参照してください)

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5打席連続敬遠・・・

バットを1度も振ることもできず、松井の高校生活は幕を閉じましたbearing

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高校通算打率は.450、本塁打は60本、これが僕が出会った「史上最強の高校生打者」、松井秀喜の高校3年間の伝説でしたbaseball

本当に今思い返しても、打席に入ったそれだけで何かワクワクする、そしてきっと必ず期待にこたえてくれると思えた高校生は、後にも先にも松井しかいませんgood

そして松井の野球人生を大きく左右する事になった、運命のドラフト会議sign03

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ここで松井は、後に恩師となる“ミスタープロ野球”こと長嶋茂雄氏の自らの手で、運命に導かれたのですscissors

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巨人の松井、そして球界を代表するスーパースターの誕生の瞬間でしたshine

この瞬間から、「ゴジラ」のプロ野球人生の第1幕が開演することになったのですが、それは次回の第2章でお話することにしますconfident

さあ、いかがでしたか「松井秀喜特集」はhappy01。野球ファンであれば、懐かしい話に思わず当時のシーンが蘇ったのではないでしょうかhappy02

松井秀喜という1人の高校生が、16歳~18歳の3年間に歩んだその軌跡は、非常に中身の濃い、そして充実した3年間ではなかったでしょうか。

そしてこの3年間に経験した数々の出来事が、後の松井秀喜を形成したことは、紛れのない事実であると僕はそんな風に感じていますconfident

僕は「ゴジラ」と呼ばれた彼と同じ時代に生まれたことに、本当に感謝していますhappy02

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

<今日の誕生花> 1月14日

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「シンビジューム」

花言葉は「飾らない心、素朴」です。

「シンビジューム」はラン科の多年草で、蕾の形を舟に見立てて、ギリシャ語の「キムベ」(舟)と「エイドス」(形)から名付けられました。東南アジアからオーストラリアにかけて自生しており、鉢植えや切り花として人気があります。

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コメント

いよいよ始まりましたね「松井特集」待ってました!
懐かしいな~松井秀喜ホームランカード!
俺も欲しかったけど、どうしても日テレに応募する事は阪神ファンには屈辱的でハガキ出せず…という思いでがあります。
阪神の北陸担当スカウトは中学の頃から松井に目を付け「頼むから高校で有名にならないでくれ」と祈ってたそうです。しかし高校で当然のごとくあの活躍。諦めるしかないと思ったそうです。
でもドラフトの時、長島茂雄が引く前に、中村(当時阪神監督)は1/2の可能性があったのよねぇ~。写真の中村のニヤケ具合が腹立ちます。
もし松井が阪神に入団していたら、どうなっていたのだろう??…そんな想像の話もしてみたいですが、「松井特集第二弾」までコメント考えておきます。
楽しみに待ってます!

投稿: 29 | 2013年1月15日 (火) 19時53分

29さん
楽しみにしていた「松井特集」始まりましたよhappy01
僕も自分でブログを書いていて、楽しくて仕方ありませんでしたhappy02
ホームランカードは、松井の姿もさることながら、カードに写りこんでいる他チームの懐かしい選手の姿や、巨人軍の選手などの姿も魅力的なんですよね。
例えば、1990年代のホームランカードには、マックとかコトー、あるいはグラッデンなどの外国人選手が紛れ込んでいますし、松井がホームランを打ってベンチ前で戻ってきた時にミスターと一茂が一緒に写っているという貴重なカードもありますshine
だから何時間でも眺めていても飽きません。

もしも中村監督が当たりクジを引いていたら、そしてもしも阪神に入団していたら、その結果は神のみぞ知ることでしょうが、想像するのも楽しいですね。
これは僕の想像ですが、きっと松井の相乗効果で萩原誠がもっと良い選手になっていたことは間違いないと思います。
そうすれば、松井と萩原の左右の長距離砲ス打者が揃い、新庄も加えてスターの宝庫だったことでしょう。あくまでも想像ですが。
次回の第2弾をお楽しみにhappy01


投稿: 猫男爵 | 2013年1月15日 (火) 21時41分

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