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2012年7月12日 (木)

オリンピック・シアター①

こんばんにゃ~night 北の猫男爵ですcat

今日は日本列島全体が雨の一日でしたrain。中でも九州地方を襲った大雨rainは甚大な被害をもたらしましたbearing

「今まで経験したことない大雨」という言葉で注意喚起されていましたが、そんな事を言われても、実際はどうする事もできないのが現状ですよねbearing

自然の猛威にはいつも人間の無力さを痛感しますが、大雨が過ぎ去ったからといって決して油断せずに、絶対に危険dangerだと思われるような場所には近づかないようにしてください。2次災害がいつ発生するか分かりませんからpaper

さて、話はガラっと変わりますが、いよいよ4年に1度のスポーツの祭典「オリンピック」の開幕が2週間後に迫ってきましたhappy02

小さい頃からスポーツ全般が大好きな僕にとって、一番楽しみなのがこの「オリンピック」ですshine。夏季、冬季問わずどちらもいつも楽しみに観戦させてもらってますhappy01

月日が経つのは早いもので、「北京五輪」からもう4年が経つんですねconfident。4年前の「北京五輪」では、女子ソフトボール悲願の金メダルや、水泳・北島康介の2種目2連覇、女子レスリング・吉田沙保里の2連覇など、金9、銀6、銅10の合計25個のメダルを獲得しましたcrown

あれから4年、今回の日本選手団は4年前の数字を上回る事ができるのか、僕は非常に楽しみにしていますhappy01

僕がブログを始めてから、今回が2回目の「夏季五輪」の開催ですgood。前回も、五輪開催期間中は熱い「五輪応援ブログ」をお送りしてきましたが、きっと今年の夏もそうなると思いますので宜しくお願いしますhappy02

4年前の北京五輪開幕前には、『オリンピック・レジェンド』と題して全3回に渡り、3人の伝説のアスリートshadowを僕の思い出と共にご紹介しましたpaper

1人目がマリーン・オッティ(陸上・短距離)、2人目がモハメド・ラシュワン(柔道)、そして3人目がカブリエラ・アンデルセン(陸上・マラソン)という3人でしたscissors

いずれも名前を聞いただけで、その記憶が鮮明に蘇る選手ばかりですshine

そして今回はその4年前の『オリンピック・レジェンド』の続編というわけではありませんが、僕の記憶に強く残っている五輪での熱戦のシーンを振り返る企画を、今回も開幕までに全3回に渡りお送りしていきたいと思いますhappy01

題して『オリンピック・シアター』ですmovie

おそらく皆さんの心にも強く残っているであろう「五輪劇場」を、このブログの中で記憶を遡りながらお伝えできればと思っていますので、どうか最後まで飽きずにご覧になってくださいhappy01

さあ、そうこうしていうるいちに、まもなく『オリンピック・シアター』の開演ですshine

『オリンピック・シアター』 第1幕 「悲劇のレース」

1984年ロサンゼルス五輪、世界中の視線eyeがカール・ルイスというスーパースターの活躍に向けられる中、同じ陸上競技で1つの「悲劇のレース」が起こってしまいました。

1984年当時、僕は10歳でしたが、今でもあのレースの事は鮮明に憶えていますbearing

陸上女子3000m、この種目は中長距離の種目の中でも、選手同士が接近しながら走る事が多いために、肘が当たったり、足が絡んで転倒したりと、ハードな種目の1つでもあります。

そんな中で当時のこの女子3000mに君臨していたのは、前年の世界陸上を制したcrownメアリー・デッカーというアメリカの選手でしたshine

デッカーは当時26歳で、一番脂がのっていた彼女はもちろん金メダルの最有力選手でしたgood

そして、この種目で無敵のデッカーを脅かす存在として、脚光を浴びていたのが「裸足の天才少女」と言われたゾーラ・バッド(当時18歳)でしたshine

なぜ彼女が「裸足の天才少女」か?それは彼女が、シューズを履かずに裸足footでレースを走るからです。ひと昔前のアベベを思い出させるその走りは、話題性という面でもかなり注目を集めていましたpaper

「デッカーVSバッド」、いつしかこの女子3000mは世界中の注目の的となっていましたsign03もちろん僕も、この種目はリアルタイムで観戦しましたtv

全世界注目の中、いよいよレースはスタートしましたrun。序盤からデッカーが女王の貫禄を見せつけ、他の選手を引っ張る形で集団の先頭を走りますgood

2周、3周と走るうちにバッドもしっかりとデッカーの背後につけ、前をうかがいます。

そして最初に仕掛けたのバッドでした。猛烈にスピードをあげてup、デッカーの前に出て一気に突き放そうとしますrun

しかしそこは女王デッカー、すぐに彼女をマークして激しい競り合いが繰り広げられました。

この2人の強烈な“ライバル心”剥き出しの走りに、競技場内でも、さらにテレビの前の僕もかなり興奮度が上がった記憶がありますup

そんな中、事件が起きてしまいました・・・

残り4周を切ったあたりで、2人の距離がさらに接近し、バッドの蹴り出した足がデッカーの足に引っ掛かりimpact、デッカーは前のめりに転倒してしまったのですsign03

「うわっ~!!」誰しもが思わず声をあげてしまったと思います。

あまりにも突然の事で何が起きたか分からない状況の中で、デッカーは倒れこんだまま起き上がる事ができませんでしたdown

一方のバッドは、デッカーの事が気にかかり、一旦振り返ったものの、そのまま走り続けました。

一瞬、場内が凍りつき、絶叫とため息が漏れました・・・

地元アメリカの熱い声援を受け、「金メダル間違いなし」と言われたデッカーは、苦痛に顔をゆがめbearingフィールドに倒れたまま涙を浮かべていましたweep

デッカーがいないレースは予想外の展開になりました。バッドは観衆から猛烈な「ブーイング」を浴びながらも走り続けていました。

あの異様な場内の雰囲気は、幼い頃の僕には衝撃的でした・・・

結局、バッドは猛烈なブーイングでレースに集中できないまま7位でゴールし、「女王VS天才少女」の夢の対決は、2人の人生を狂わせる「悲劇のレース」となってしまったのですbearing

全員がゴールした後に、デッカーがコーチに抱えられ、号泣しながらcryingトラックを後にしたあの光景は今でも忘れられません。

そして、最後まで走り切りながらも自分本来の走りをする事ができなかったバッドの冴えない表情も、僕の脳裏にしっかりと焼きついています。

デッカーはレース後に「バッドが足を引っ掛けた、自分はバッドを押すか倒れるしか道がなかったと」コメントしています。

それが真実だったのかどうかそれは分かりません。でも僕はバッドが故意に足を出したとは思いません。

スポーツ選手はそうあってはいけませんし、例えもしも故意に足を掛けられたと思ってもそれを口に出してはいけません。どんなに悔しくても、自分の心の中で抑えておくべき事もあると僕は思います。

どんな形であれ、それは敗れた者の“言い訳”にしかならないからですpaper

ここで忘れてはいけない事がもう1つあります。それは、バッドはレース後にデッカーの所に謝罪に行っているのですが、デッカーに「どうでもいいから」と言われてあしらわれたという事です。

悔しいのは分かります、顔を見たくないの気持ちも分かります。でも、同じスポーツ選手である以上、そういう態度は決して褒められた態度ではないと僕は思いますthink

決して僕はバッドを擁護しているわけではありませんが、スポーツってそういうものだと思います。

このレースの後、バッドの姿を目にする事はほとんどなくなりました。大会前に、南アフリカ共和国からイギリスに国籍を替えた事が、一部の人の批判の的にもなったという経緯もありましたが、それよりも何よりもあの「悲劇のレース」の代償があまりにも大きすぎて、彼女はもう走る事ができなくなってしまったのですbearing

僕がバッドの姿を見たのは「悲劇のレース」から8年経った、1992年のバルセロナ五輪でしたpaper

あの時と同じ3000mのレースに出場した彼女は、奇しくもあの時のデッカーの年齢と同じ26歳になっていました。結果は決勝に残る事もできずに予選で敗退し、その後彼女は現役を引退していますdown

一方のデッカーは、1988年のソウル五輪、1996年のアトランタ五輪にも出場しましたが、こちらも「金メダル」を手にする事はできませんでしたbearing

たった1つのレースが、「2人の人生」を大きく狂わせた「悲劇のレース」を今日はお話させていただきましたpaper

「オリンピック」という夢舞台では時に、誰も予期せぬ「シナリオなきドラマ」が起きます。そこには、スポーツの世界ならではの“感動”が生まれ、そして同時に“悲劇”も生まれますconfident

だからこそ、スポーツの素晴らしさがそこにはあり、その「シナリオなきドラマ」に多くの人々が魅せられます。

まもなく開幕する「ロンドン五輪」、今回は果たしてどんな幾多のシーンを僕はこの目に焼きつける事ができるのか、今から楽しみで仕方ありませんhappy02

それではまた、次回の『オリンピック・シアター』でお会いしましょうscissors

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

<今日の誕生花> 7月12日

0712

「銭葵」(ぜにあおい)

花言葉は「恩恵、母の愛、温和」です。

「銭葵」はアオイ科の一年草で、ヨーロッパを原産地とします。古くから日本に渡来し、観賞用に栽培されています。

「オクラ」のような実を開くと、種子が数珠状にびっしりと繋がっており、この様子が室町時代の「鳥目」という銭の形にそっくりなので、「銭葵」と呼ばれるようになりました。

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