『アフタースタイル』~カット10~
こんばんにゃ~ 北の猫男爵です
今日はいよいよ、1月からスタートした連続ブログ小説『アフタースタイル』の最終回です
巷では『アフスタ』と呼ばれ、4月からの新年度に美容師を志して美容学校
に入学する人が増えるという、「アフスタ現象」が起きているとかいないとか(笑)
「月9」に対抗して、毎週月曜日の夜に更新してきたこの『アフスタ』ですが、作者(僕)が毎週締め切りに追われながらも、何とか原稿を間に合わせる事で、この月曜日に毎週ご紹介する事ができました
最終回を迎える寂しさとともに、これで原稿に追われる心配がなくなったという“安堵”の気持ちでいっぱいの作者(僕)です
当初の予定通り全10話で最終回を迎える事になりましたが、あくまでも素人の僕が書きおろした小説ですので、至らぬ点は多々あったと思います。何卒、そのへんは目を瞑っていただき、今日も非常に長い文章になっていますが、最後まで飽きずに楽しんでいただければ幸いかと存じます
それでは前置きはこのへんにしておき、『アフスタ』の最終回、ドラマ風にいえば「90分拡大版」でお送りしたいと思いますので、どうぞ最後まで楽しんでご覧ください
『アフタースタイル』 脚本・演出:猫男爵
<CAST>
大澤怜雄:滝沢秀明
町村真奈美:加藤あい
南條茜:綾瀬はるか
望月龍平:小栗 旬
町村功治:渡辺いっけい
町村由紀:岡江久美子
藤堂弥生:天海祐希
上田達也:妻夫木聡
大澤すみれ:菅野美穂
小峰健太郎:竹野内豊
馬場勝一:橋爪 功
南條卓:豊川悦司(特別出演)
※この『連続ブログ小説』はフィクションであり、登場する人物・名称等は全て架空のものであり実在しません。
☆カット10☆ 『夢を買う男』
<前回までのあらすじ>
幼い頃に両親を交通事故で亡くし、父と同じ美容師の道を志した主人公の大澤怜雄は、天性の才能を活かし、都内有名美容室「アクア」のNO・2にまで登りつめた。しかし怜雄は突然「アクア」を辞め、両親が経営していた美容室を再開させる事にした。
縁があってアシスタントとして南條茜を雇う事になった怜雄のもとには、なぜか「心の悩み」を抱えた客が訪れる。怜雄は髪を切りながらも、客が心から笑って帰る事ができるように「心の悩み」を見事に解決していく。
怜雄のもとを訪れた森岡夏稀という女性は、怜雄がよく行く喫茶店の店主である小峰健太郎の元彼女だった。夏稀は怜雄の言葉に背中を押され、健太郎に気持ちをぶつけてみる事にした。そして想いは通じ、健太郎と夏稀は一緒にイタリアに行く事になった。
喫茶店「ケンタロウ」の前には引越し用のトラックが1台停まり、店の中から荷物が次々と運び出されていた。店内には店主の小峰健太郎の他に、引越しの手伝いにきた大澤怜雄と南條茜、それに町村功治と町村由紀の姿があった。
『みんな、すみませんね、忙しいのに。」健太郎は申し訳なさそうに言った。
『どうって事ないさ、ウチは少しぐらい店を閉めてきたって、客も滅多に来ないんだから、そんなに影響ないよ。』笑いながら功治が言った。
『何だか寂しくなるわね、健太郎さんのコーヒーもう飲めないなんて・・・』寂しい表情を浮かべながら由紀は言った。
『急にこんな事になって、みんなには何って言ってお詫びをすればいいのか・・・』健太郎は少しうつむきながら話した。
『お詫びなんてする必要ないさ、健太郎は自分の幸せだけを考えればいいんだよ。』功治は健太郎に語りかけた。
『そうですよ健太郎さん、イタリアで夏稀さんが待っているんですから、早く向こうに行ってそして2人で夢を掴んで下さい。』茜が元気な声で健太郎に言った。
『ありがとう、おじさん、茜ちゃん。』健太郎は功治と茜の目を見つめた。
『今度、イタリアに遊びに行こうかな~』茜はおどけて見せた。
『そうだ!おいでよ茜ちゃん!色々と案内するからさ。』健太郎は茜に言った。
『本当に良いんですか?約束ですよ!』茜は健太郎に笑顔を見せた。
そして健太郎は、茜の横にいる怜雄の方を見て話し出した。
『怜雄、お前には本当に色々と世話になったな、ありがとう。お前がいなかったら、俺の人生は退屈なままで終わっていたかもしれない・・・本当にお前に出会えて良かったよ、俺も夏稀も。』
怜雄にそう語りかける健太郎の目は、今まで見た事のないような優しい目をしていた。
『俺は別に何もしてませんよ。健太郎さんは、自分の意志で自分の人生を選んだのですから、向こうに行っても頑張ってください。』怜雄は笑顔でそう答えた。
『ありがとう。あとな・・・』健太郎は何かを言いたそうだった。
『何ですか?』怜雄がそう聞くと、健太郎は怜雄の耳元に顔を近づけてこう言った。『茜ちゃんのこと、大切にしろよ。』
『えっ、何ですか?それどういう意味ですか?』怜雄は思わず健太郎に聞き返した。
『それじゃ、俺はそろそろ行きますね。』健太郎は怜雄の問いに答える事なく、みんなに別れを告げた。
『ちょっと健太郎さん、それどういう意味・・・』怜雄は結局、その意味を聞けなかった。
『どうしたんですか怜雄さん?』そんな怜雄に茜が聞いてきた。
『いや、別に何でもない・・・』怜雄は口を濁した。
『元気でな健太郎、真奈美も本当は顔を出したかったんだが、今日はどうしても外せない仕事が入ったみたいで・・・あいつも健太郎にくれぐれも宜しくと言っていたぞ。』功治は真奈美の伝言を伝えた。
『はい、ありがとうございます。真奈美ちゃんが良い“物書き”になる事を、向こうで祈っています。』健太郎はそう答えた。
『健太郎さん、元気でね。』由紀は健太郎の手をしっかりと握りしめた。
『はい、おばさんも元気で。』健太郎は力強く由紀の手を握り返した。
『それでは、小峰健太郎、イタリアに行ってまいります!』最後にそう言葉を発した健太郎の目には、熱いものが込み上げていた。
健太郎を乗せた車が動き出し、健太郎はみんなのもとを去って行った。
『元気でね、健太郎さん!』徐々に遠くなる車を見ながら、茜は大きな声で叫んだ。
『ありがとう、健太郎さん・・・』怜雄は小さな声でそう呟いた。
『本当に行っちまったな・・・別れっていうのはいつの時も辛いものだよ・・・』功治はポツリと呟いた。
その頃、町村真奈美は自分が勤務する出版社にいた。その出版社の来客室で真奈美は、上司でもある怜雄の姉の大澤すみれとともに椅子に腰を掛けて、来客を待ちわびていた。
その時、来客室の扉が開いた
『チーフ、藤堂様がお見えになりました。』部下がすみれにそう言った。
『どうぞ、入ってください。』すみれはそう声をかけた。
『失礼します。』そう言いながら部屋に入ってきたには、都内有名美容室「アクア」のオーナーである藤堂弥生だった。
『どうぞ、こちらへ。』すみれは藤堂を椅子に座らせた
『今日は、突然のお願いをお受けいただきまして、ありがとうございます。』藤堂は丁寧に頭を下げた。
『彼女は私の部下で町村真奈美です。ご存知だとは思いますが、そちらの上田さんの取材を何度かさせていただきました。』すみれは藤堂に真奈美を紹介した。
『はじめまして、町村真奈美と申します。』真奈美は藤堂に挨拶を交わした。
『あなたの事は上田から聞いています。上田もあの取材はとても喜んでおりましたから。』藤堂は優しい口調で答えた。
『早速ですが、お話というのは?』すみれは単刀直入に聞いた。
『実は・・・』少し間をおき、藤堂は口を開いた。
数十分後、出版社での話を終えた藤堂は、建物を出て空を見上げていた。
『大澤怜雄か・・・私の負けね。本当はあなたとずっと一緒に仕事がしたかったわ・・・』藤堂は空を見上げながら呟いた。と同時に、何かスッキリとした気持ちでいっぱいだった。
一方、出版社の中では、すみれと真奈美が藤堂について話をしていた。
『意外でしたね、藤堂さんからあんな言葉が出るなんて。』真奈美はすみれに語りかけた。
『そうね、あの人は絶対に人に弱みのようなところを見せない人だと思っていたわ。』すみれは不思議そうな顔をしていた。
そして数十分前の来客室での事を思い出していた。
『実は・・・上田は先日「アクア」を辞めました。』藤堂は上田が「アクア」を辞めた事実を話し出した。
『えっ?上田さんが・・・』真奈美は驚いた様子だった。
『多分、私のやり方に腹を立てたのだと思います。今だから正直に言いますが、私はあなたの弟さん、怜雄さんともう一度一緒に仕事がしたかったんです。でも、そのためには上田という存在は邪魔になると思っていました。そこで、上田に他の美容室に移籍してもらおうと考えたんです。』藤堂は素直な自分の気持ちをすみれに話し出した。
『でも怜雄さんは、私が思っていた以上に芯の強い“一流”の美容師でした。自分の掲げた“ビジョン”を一切崩すつもりはなかったみたいで、はっきりと断られました。私は正直、動揺しました。今まで何もかもが自分の思い通りになっていたものが、そうならなくなっている・・・そう思った時、上田までもが私のもとから去っていったんです。』藤堂は下を向きながら、すみれに話した。
『怜雄もいない、上田さんもいない。あなたはどうやってこれから「アクア」を経営していくのですか?』すみれは藤堂に尋ねた。
『それは、私自身が変わる事です。今までの私のやり方は間違っていたのかもしれません。お客の気持ちになって何かを考えた事など一度もなかった。それを怜雄さんに教えられたし、美容師の気持ちを上田に教えられました。これからは、私自身が生まれ変わって「アクア」を作っていきます。』藤堂は一言一言、言葉を噛み締めるように話した。
『それで、私どもにお願いというのは?』すみれは再び藤堂に尋ねた。
『取材をお願いしたいんです、新生「アクア」の特集を組んでは貰えないでしょうか?』藤堂は必死にすみれに訴えかけた。
『わかりました、そのようなご要望でしたら喜んでお受け致します。』少し間をおいて、すみれは答えた。
『ありがとうございます。』藤堂は心から喜んでいた。
『ただし、それには1つだけ条件があります。』すみれは藤堂の目を見て言った。
『条件?何でしょうか、それは?』藤堂の目は真剣だった。
『藤堂さんに行って欲しいところがあります。』すみれはそう口を開いた。
数日後、「janus」では来客の準備をする怜雄と茜の姿があった。
『今日のお客さんは「南條勇三郎さん」って言うんだけど、茜ちゃんと同じ名字だね。』怜雄は唐突に茜に話しかけた。
『たまにいるんですよね、「南條」っていう名字の方。』茜は準備をしながら怜雄に答えた。
『そういえば、この前の週刊誌にも何か出てたな、「南條グループ」がどうとかこうとか。』怜雄はそう茜に話しかけた。
『そうですか・・・』茜は下を見たまま答えた。
そんな時、店の前に大きな一台の黒色の高級車が停まった。
「janus」の隣りで本屋を営む功治はその様子を由紀に告げた。
『母さん!今日の怜雄のところのお客さんは、凄いお客みたいだぞ。』功治はやや興奮気味に由紀に教えた。
『あら本当ね、あんな高級車で来る人は初めてよね。』由紀もその高級車に驚きをみせた。
『怜雄の奴、大丈夫かな・・・緊張して上手に髪切れないんじゃないのか?』功治はそう呟いた。
『何言ってるのよ、怜雄君の腕前あなた知らないの?怜雄君に切れない髪なんてないのよ。』由紀は功治の言葉を一蹴した。
『それもそうだな。』功治は苦笑いを浮かべた。
「janus」では店の扉が開き、スーツを着た背の高い男性
が入ってきた。彼は南條卓、何を隠そう茜の父親だった。
『いらっしゃいませ、南條勇三郎様ですね、お待ちしておりました。』怜雄は卓に向かってそう言葉を発した。
『いえ、勇三郎は私の父です。こちらが父です。』卓は怜雄にそう話すと、扉の外から勇三郎と思われる人物を連れてきた。
そして、卓に続き店に入ってきたのは何と怜雄の競馬仲間の馬場勝一だった
『あれ、馬場のじっちゃん?そっか、やっぱりじっちゃんは茜ちゃんのお祖父さんだったのか、そして南條グループの会長さんか。』怜雄は笑みを浮かべながら言った。
『なんだ小僧、気づいておったのかさすが、お前さんの人を見抜く眼力と、人の心を感じる力は本物だな。』勇三郎は笑いながらそう言った。
そんな事が起きているとも知らず、「janus」の前にSPが立ってる様子を由紀と功治は見ながら話していた。
『ねえ、あの人たち店の前に立っているけど、何してるの?』由紀は功治に尋ねた。
『母さん、あれが噂の“PS”ってやつだよ、ほら総理大臣とか有名人とか、お金持ちの人の警備をする人達だよ、俺初めて見たよ。』功治は由紀にそう言った。
『それを言うなら、“SP”でしょ。』由紀は功治にそう答えた。
「janus」では勇三郎(勝一)が怜雄に対して口を開いていた。
『悪かったな小僧、いや今日は“怜雄”と呼ばせてもらおうか。』勇三郎はそう怜雄に話しかけた。
『かまいせんよ、あなたが誰であっても、俺にとっては競馬の師匠である事に変わりはありませんから。』怜雄は冷静沈着に答えた。
『ゴメンなさい怜雄さん、今まで黙っていて。』茜は怜雄に向かって申し訳なさそうに言った。
『茜ちゃんがお嬢様だったとはね、それはかなりビックリしたよ。という事は、そこの背の高い方は・・・』怜雄は苦笑いしながら茜に話したのち、卓の方を見た。
『私が茜の父親の南條卓です、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。いつも茜がお世話になり、ありがとうございます。』卓は丁重に怜雄に頭を下げた。
『そうでしたか、それでは南條勇三郎様、こちらへお座りください。今、準備を致しますので。』怜雄は勇三郎に言葉をかけた。
勇三郎(勝一)は椅子に座り、怜雄はその背後に立ち、髪を切る準備をしていた
『怜雄、いつから気づいていたんだ?わしが茜の祖父だと。』勇三郎は鏡越しに怜雄に尋ねた。
『実は以前、茜さんが遅刻してきた時、ここに向かっていたお客さんと偶然、道でぶつかった事があったんです。それで、その時に茜さんが落としたタイピンを、お客さんが拾ってくれて、帰り際に茜さんに返してくれたんです。その時、そのタイピンが馬のタイピンだったんですよ。それを見た時、俺は競馬場でいつもあなたが付けていたものと同じような気がしていたんです。』怜雄はその時の事を思い出しながら話した。
『なるほど。』勇三郎は小さくうなずいた。
『でもその後、あなたは競馬場になかなか姿を現さなくなったから、確認する事もできないまま、そのうちに頭の中からその事は薄れていたんです。』怜雄はそう勇三郎に話した。
『たいしたものじゃな、実を言うと、お前さんの事をもっと詳しく知りたくて、わしは孫の茜をここへ潜入させたのじゃ。』勇三郎は真実を語り出した。
『潜入?でも、俺はアシスタントを募集したわけでもないし、茜ちゃんが働くようになったのは偶然というか・・・』怜雄は困惑した表情を浮かべた。
『その偶然こそが、わしの狙いじゃよ。わしが偶然で馬券を取った事があるか?うん?お前さんなら一番その事を知っておるじゃろ?』勇三郎は口元を緩ませながら怜雄に言った。
『じゃあ、茜ちゃんがここで働く事になったのも、予定通りだったという事ですか?』怜雄は勇三郎に尋ねた。
『そうじゃ。』勇三郎は小さくうなずいた。
『怜雄さん、ごめんなさい!私が友達に頼んで、真奈美さんのお父さんのお店のところに、怜雄さんの美容室でアシスタントを募集しているというチラシを貼るように、お願いしたんです。』茜は申し訳なさそうにそう言った。
『そっか、おじさんのところに貼ってあったチラシを見て、茜ちゃんはここに来たんだった!あれも全て、じっちゃん、いえ、あなたの計画だったのか・・・』怜雄は思い出したようにそう言葉を発した。
『そうじゃ。』勇三郎は誇らしげにうなずいた。
『騙してごめんなさい、怜雄さん・・・』茜は謝るだけだった。
『でも、そうまでして茜さんを俺の側において、あなたは何を企んでいるのですか?』怜雄は勇三郎に尋ねた。
『こうなったら素直に話すしかないようじゃの。怜雄、お前さんに南條グループの後継者、つまり茜の婿になってもらえないだろうか?お前さんに南條グループを任せたいのじゃ。』勇三郎はそう怜雄に話し出した。
『俺が南條グループの後継者?茜ちゃんと結婚?』あまりにも衝撃的な言葉に、怜雄は驚きを隠せなかった。
『そうじゃ。』勇三郎は怜雄の目を真剣に見つめていた。
『今、南條グループの後継者って言ったけど、卓さんがいるんじゃないですか?』怜雄は再び勇三郎に尋ねた。
『卓は元気そうに見えるが、実は余命半年の病魔に襲われているのじゃ・・・こんな事をお願いするのは勝手な事だと言うのは、わしも重々承知している。しかし、わしには、そして南條グループには、時間がないのじゃ・・・わしもこの歳じゃ、いずれは逝く道じゃ、その前に後継者を育てなければ南條グループに未来はないのじゃ・・・頼む怜雄、わしに「大澤怜雄」という最後の大きな夢を買わせてもらえないかの?』勇三郎は心に秘めていたその全てを怜雄に打ち明けた。
『・・・・』怜雄はあまりにも突然の事に言葉が出てこなかった。
『私からもお願いします!私がこんな事を言えた立場ではないのですが、私の分も父と南條グループを守って欲しい。』今までずっと沈黙していた卓が口を開いた。
『怜雄さん、私からも、どうかお願いします!』茜も必死に怜雄に訴えた。
『・・・・』怜雄は無言だった。
そして少し間をおいて、口を開いた。
『わかった、いいよ。』怜雄はそう答えた。
『えっ?』茜は思わず驚いた。
『本当か、本当なのか?』卓も声を荒げた。
『・・・・』勇三郎は微笑んでいた。
『でもそれには条件がある。じっちゃんならきっと感じるはずだ、俺の心を・・・これから黙ってじっちゃんの髪を切らせて欲しい。』怜雄は勇三郎にそう話した。
『それが条件なのか?そんな事なら、たやすい事じゃ。』勇三郎は怜雄の言う事を了承した。
怜雄はひたすら無心に髪を切った。その姿は、昔幼き頃に怜雄が見ていた父の姿がのり移っているようだった。
店の中は、何とも言えない緊張感が張り詰めていて、ただ、怜雄が勇三郎の髪を切るハサミの音だけが静かに響いていた
そして、勇三郎の髪を切り終えた怜雄が口を開いた。
『終わりました、いかがでしょうか。このような感じに切らせていただきましたが、宜しいでしょうか。』怜雄は勇三郎に問いかけた。
『ああ、ありがとう。とても心地の良い時間だったよ。』勇三郎はあまりの気持ちよさに、感動していた。
そしてすぐさま、気になっていた事を問いかけた。
『髪を切られている時、鏡に写っているのを見て気になっていたのだが、あの後ろの絵は何の絵じゃ?』勇三郎はその絵の方を指さした。
『あれは、ローマ神話に出て来るローマの神「ヤヌス」です。』怜雄は答えた。
『なるほど、あれが「ヤヌス」か、2つの顔を持ち、過去と未来を映すと言われる神か・・・』勇三郎はそう話した。
『よく、ご存知ですね。』怜雄は勇三郎に感心した。
『そうか!それでこの店の名前は「ヤヌス」なのか、なるほどお前さんがここでどうして髪を切りたいのか、それを生業としているのか、私にはよくわかったよ。』勇三郎は何かを悟った。
『そうですか。』怜雄は小さくうなずいた。
『人の心を変える事のできる力、髪を切った後に何かさっきまでの自分とは違う自分になって気持ちになれる力、「アフタースタイル」じゃな。』勇三郎は微笑みながらそう言った。
『俺はただ、みんなが心から笑って帰ってくれれば、それだけで幸せなんです。』怜雄も微笑みながらそう言った。
『怜雄、さっきの話は無かった事にしてくれ。』勇三郎はそう言うと、椅子から立ち上がった。
『えっ?お父さん・・・』卓は呆然とした。
『おじいちゃん?』茜も立ちすくんでいた。
『私がバカじゃった。わしはとんでもない間違いをするところじゃった。怜雄に頼る事ばかりを考え、一番大切な事を忘れておった。未来は自分で作るものじゃ、わしは自分でその事を怜雄に教えたはずだったのじゃが、いつしかその事を見失っていた。』勇三郎は噛み締めるように話した。
『さすがは、俺の師匠ですね。』怜雄は勇三郎の顔を見つめた。
『ただ、今わしは確信したよ、お前さんの事を1人の人間として見ていた私の目は正しかった。それだけは私の誇りじゃ、よし帰るぞ。』勇三郎はそう言うと、帰る支度をした。
『お父さん・・・』卓は言葉に詰まった。
『おじいちゃん・・・』茜も同様だった。
『怜雄、いくらじゃ?』勇三郎は、そんな卓や茜を尻目に怜雄に問いかけた。
『えっ?』怜雄は勇三郎の問いが、何の事か一瞬わからなかった。
『カット代じゃよ。』勇三郎は答えた。
『ああ・・・3500円です。』怜雄も戸惑いながらも答えた。
『よし、それじゃこれでちょうどじゃの。』勇三郎はそう言いながら、財布から3500円を取り出し怜雄に手渡した。
『ありがとうございました。』怜雄はいつもの客と同じように頭を下げた。
『茜も行くぞ、帰る準備をしなさい。』勇三郎は、茜に帰る支度をするように促した。
『すまかったな怜雄、茜を少しの間だったが雇ってもらって、感謝しているぞ。』勇三郎は微笑みながら怜雄にそう言った。
『いえ、そんな・・・』怜雄は戸惑っていた。
『怜雄さん、ごめんなさい、騙してしまって・・・でも、最初はおじいちゃんのためだったけど、途中からこの仕事にやりがいを感じてきた事だけは信じてくだだい。』茜は真剣な表情で怜雄に話した。
『ああ、信じるよ。』怜雄はそう答えた。
『さあ行くぞ茜。怜雄、今回の事は今回の事じゃ、また競馬場で会おう。』勇三郎は笑顔で怜雄の肩を叩いた。
『ああ、俺もそれがいいよ、馬場のじっちゃん、いや南條さん。それとお願いがあるんですけど・・・』怜雄は店から出ようとする勇三郎にそう話しかけた。
数日後、怜雄は競馬場にいた。勇三郎の姿はなかったが、そこに上田達也が現れた。
『どうだ、そんなに競馬って儲かるのか?』上田は怜雄に背後からそう語りかけた。
『上田?どうしてここに?』怜雄は上田がいることに驚いた。
『俺にも、競馬のやり方を教えてくれよ。』上田はターフの方を見て、微笑みながらそう言った。
『授業料は高いぞ。』怜雄も上田と目は合わさずそう答えた。
『金取るのかよ!』上田は笑いながら怜雄の方を見た。
そして上田はすぐに怜雄に話し出した。
『今度、俺も自分の店を出す事にしたんだ。従業員3人の小さな店だけど、客が喜んで帰ってもらえる店にするよ。これでようやく同じリングに上がれた、これからが本当の勝負だぞ怜雄!』そう語る上田の目は凄く優しい目をしていた。
数日後、怜雄は「janus」でいつものように店を開いていた。
怜雄は一通の絵葉書を見ていた。それは健太郎がイタリアから送ってきたものだった。しかし、店内にはいつも聞こえる茜の明るい元気の良い声は無かった・・・
『健太郎さん元気そうだな、イタリア人に囲まれて楽しそうだ。この雰囲気に髭は本当に似合うな。』怜雄は健太郎から送られてきた絵葉書を見ながら、独り言を言っていた。
その時、店の扉が開き、怜雄の友人の望月龍平が入ってきた。
『よっ、怜雄。』龍平はいつもの感じで店に入ってきた。
『おう、龍平か。』怜雄はそんな龍平に返事をした。
『茜ちゃんの事は聞いたぜ、まあお前はこの店がなきゃ、お前じゃないからな。』龍平はいつもと同じようにふるまった。
『なんだよ、それ。』怜雄も同じように龍平に対した。
『お前が落ち込んでるんじゃないかと思って顔出したけど、大丈夫そうだな。また来るよ、俺も貧乏暇なしとやらで、結構忙しいからさ、またな。』龍平はそう言い残し、店を出て行った。
『龍平のやつ・・・』怜雄には龍平の気持ちが痛い程わかっていた。
少しの静寂が怜雄を包んだ。そして怜雄が微笑み浮かべた時、店のドアが開いた
『遅れてすみません、もうお客さん来てますか!』その明るく元気な声の主は茜だった。
『まだ来てないけど、遅刻だぞ。早く準備して、茜ちゃん。』怜雄は微笑みながら言った。
『はい、急いで用意します。』そう言う茜の顔にも笑顔が溢れていた。
実は、怜雄が勇三郎に頼んだ最後のお願いというのは、茜を以前と同じようにこの店で雇わせて欲しいという事だった。
そして再び、店の扉が開き、入ってきたのは藤堂弥生だった。
『いらっしゃいませ、藤堂弥生様ですね、お待ちしておりました。』怜雄は藤堂にそう話しかけた。
『今日は宜しくね。』藤堂は笑顔で怜雄の顔を見つめた。
『どうぞ、こちらへ。』怜雄はその藤堂をいつもと同じように椅子へと案内した。
怜雄の姉のすみれが出版社で藤堂と話をして、藤堂の取材の条件を受けた時に提示した条件というのは、藤堂に怜雄の店に行き、髪を切ってきて欲しいという事だった。姉として、そして一人の人間として、すみれは藤堂にそれをお願いしたのだった。
『今日はどのように致しますか。』怜雄は藤堂に尋ねた。
『そうね、あたなにお任せするわ。』藤堂はそう答えた。
『かしこまりました。それでは、切っていきますね。』
ハサミを持つ、怜雄の顔には優しい笑みが溢れていた。それは、大澤怜雄という1人の人間が、自ら未来を作ったその結果が生んだ、最高の笑顔だった。
~END~
さあいかがでしたか、連続ブログ小説『アフタースタイル』。全10話に渡り、約3ヶ月間お送りしてきたこの連続ブログ小説でしたが、楽しんで読んでいただけたでしょうか
素人の僕が作った作品ですので、至らぬ点は数多くあったと思います。それでも何とか作品らしいものには出来上がったと自分では思っています。
またいつの日か、こういう作品をご紹介できるような機会があれば、連続ブログ小説の第3弾もあるかもしれません。その日まで、小説家「猫男爵」の登場をどうか楽しみに待っていてくださいね
3ヶ月間、本当にありがとうございました
<今日の誕生花> 3月26日
「春蘭」(しゅんらん)
花言葉は「気品、清純」です。
「春蘭」はラン科の多年草で、山地の乾燥した斜面に多く自生しています。早春に淡い黄緑色で紅紫色の斑のある花を咲かせます。観賞用として古くから栽培されており、品種が多いのが特徴です。中国ではウメ、タケ、キクとともに画題の「四君子」の1つとしてあげられています。
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