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2012年3月27日 (火)

「野球力は人間力。」

こんばんにゃ~night 北の猫男爵ですcat

3月も終わりに近づき、新年度と入れ替わる「年度末」というこの時期、色々な事で慌ただく過ごしている方もいるのではないでしょうかpaper

僕の仕事もこの時期は何かと忙しい時期なので、いつも以上に慌ただしく仕事をしていますsweat01

それでも、仕事中でもどうしても気になるのは、現在、「阪神甲子園球場」で行われている選抜高校野球大会ですshine

気になるチームや、気になる選手が出る試合は、毎日録画しておき、仕事から帰ってきてから、寝る間も惜しんでチェックしていますhappy02

昨日も気になる試合があったので、録画したものを夜遅くまで観ていたtvのですが、実は昨日の場合は、気になるチームでも、気になる選手でもなく、気になる“監督”がいたのですsign03

それは第3試合に登場した、山口県の早鞆高校の監督ですpaper

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高校野球ファンの方であれば、この顔にすぐにピンと来ると思いますflair

彼は大越基監督、元プロ野球選手でもあり、高校時代はこの甲子園を沸かせた夏の選手権大会の準優勝投手ですshine

大会前からある意味で、選手よりも注目を集めていた彼の姿を久しぶりに見て、僕は凄く嬉しかったですhappy02

彼が仙台育英高校のエースとして活躍していたのは、今から23年前の1989年の事ですpaper

僕は当時中学3年生で野球部baseballに所属していたので、もちろん高校野球は練習の合間をぬってほぼ毎日見ていましたtv

当時、高校野球界には元木大介というshineスーパースターshineがいて、「彼を打ち取ること」が全国の高校のエースたちの目標でもありましたpaper

1989年春の選抜大会の準々決勝で、大越のいる仙台育英高校は、元木のいる上宮高校と対戦しました。真っ向勝負の大越は、元木に本塁打を浴び、試合も負けてしまい、彼の中で「打倒元木、打倒上宮」という大きな目標が立てられました。

この選抜大会で元木率いる上宮高校は準優勝し、「元木大介」という名前がさらに全国区になった大会でもありましたup

そして夏の選手権大会、神様のいたずらか、再び準々決勝で大越と元木は相対することになりましたbaseball

誰しもが「上宮有利」と見る中で、大越は持ち前の気合い溢れる投球で、元木を中心とする上宮打線を抑えこみ、「10対2」という大差で見事に勝利し、選抜の借りを返しましたscissors

当時、元木の大ファンであった僕は、今でもこの日の試合の事を忘れた事がありませんbearing。正直、この時は大越のことが憎たらしくて仕方ありませんでしたangry

彼に罪はないのですが、スターであった元木を破ったこと、さらにはそのふてぶてしい顔から、甲子園の“悪童”と呼ばれたこともありました。

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上の写真が、当時の大越基選手ですpaper

結局、この大会で決勝まで駒を進めた大越は、決勝戦で吉岡雄二率いる帝京高校に延長戦の末に敗れ、深紅の大優勝旗が「白河の関」を越える事はありませんでしたbearing

それでも、右肘を痛めながらも最後まで力投を続けた大越の根性ある投球に、僕は胸をうたれた事を今でも憶えていますconfident

「元木の夢を打ち砕いた」ということで、最初はあまり良いイメージを持っていなかった僕ですが、徐々に彼の事を好きになっていきました。その1つに彼がプロ野球を選択せずに、僕の好きな「早稲田大学」に進学したという事もありました。

彼は大学入学後、1年生から神宮のマウンドで活躍をしたのですが、大学野球に馴染む事ができず、結局は大学を中退し、そしてのちにプロの世界に進む事になりましたup

1992年のドラフト会議で福岡ダイエーホークスから1位指名を受け、プロの世界に飛び込んだ彼ですが、プロでは芽が出る事なく、途中から野手に転向したのち、2003年に現役を引退しましたconfident

その後、彼の姿を見る機会もなくなり、僕の中でも彼の事は記憶の中での存在になっていました。

しかし今回の早鞆高校の選抜出場に伴い、彼がその高校で監督をしているという事を知り、僕は大会前から彼の姿を久しぶりに見れる事を楽しみにしていましたhappy01

元プロ野球選手が高校野球の監督をするという事は、そんなにまだ事例としてはありません。監督になるには、教員免許取得後2年間は教師として勤務し、それからその高校の監督をする事ができるという規定になっているそうですpaper

プロ野球引退後、大学に入学して教員免許を取得し、2007年に早鞆高校に赴任した大越は、2009年から早鞆高校野球部監督に就任しました。

早鞆高校は全国的にも名の通った強豪校でもなければ、県内でも力のある学校でも決してありません。あの演歌歌手の山本譲二さんが早鞆高校の選手として甲子園に出場し、1960年代に合わせて3度甲子園の土は踏んでいるものの、近年は低迷を続けていた高校です。

その高校を、就任してわずか3年で甲子園に導くのですから、それは大越監督の指導力の賜物といっても過言ではないでしょうpaper

昨日の試合の対戦相手は、今大会でも優勝候補の1つにあげられている強豪智弁学園高校でした。智弁学園相手に先制した早鞆高校でしたが、自力にまさる智弁学園に惜しくも「2対5」で惜敗しましたbearing

試合後、大越監督は23年ぶりに戻ってきた甲子園球場でインタビューに答えていましたkaraoke

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「選手が力を出し切ってくれました。負けたけど、自分は凄く満足です。」そう話す大越監督の目にはうっすらと、“うれし涙”が浮かんでいましたweep

彼のモットーとする言葉に「野球力は人間力」という言葉があるそうです。この教えの基礎となっているのは、彼が高校球児だった時の仙台育英の恩師である竹田監督の言葉だそうですpaper

「野球がうまい選手でも人間力がなければ、活躍できないのが高校野球。」この竹田監督の教えが、今の大越基という1人の監督を作り上げているのかもしれません。

昨日の試合中、通常であれば監督は上着を着たままベンチに座っているのですが、彼は上着も着ず、ベンチに座る事なく、立ったまま選手に指示を送り続けました。

不調のエースに代わり先発させた堀田投手には、「何かあったら俺を見れ!」とアドバイスし、選手の不安な気持ちを打ち消しましたconfident

まさに「野球力は人間力」です。

きっと彼のもとで、高校野球に一番必要な「人間形成」というものを学んでいる選手達は、この敗戦を糧に、今年の夏、ひとまわり大きく成長して甲子園に帰ってきてくれる事でしょうgood

まだまだ戦いは始まったばかりです、大越監督の監督人生はこれからが本番ですsign03

僕は熱い思いを込めて彼にエールを送り、そしてこれからも早鞆高校と大越基監督を応援していきますscissors

頑張れ、早鞆高校!頑張れ、大越基!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

<今日の誕生花> 3月27日

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「猩猩袴」(しょうじょうばかま)

花言葉は「希望」です。

「猩猩袴」はユリ科の多年草で、山地の斜面や湿地に多く自生します。葉は細長く全縁で、早春に花を咲かせます。観賞用に栽培されており、花の赤さを大酒飲みの「猩々」に、綺麗に並んだ葉を「袴」に例えて「猩猩袴」と命名されたそうです。

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