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2011年12月17日 (土)

ベースボール・マニア~東京音頭とともに~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

12月も半ばからいよいよ後半に差し掛かり、今年も残りわずかとなってきましたね。今日も非常に気温の低い一日でしたが、皆さん楽しい週末をお過ごしでしょうか

僕の大好きなプロ野球は現在シーズンオフで、選手の契約更改や移籍の話題がニュースとなっていますが、今年も日本のプロ野球の中でも一線級の選手達のメジャー挑戦が続々と報道されています

僕個人的には、できれば日本に残ってプロ野球を盛り上げて欲しい気持ちもありますが、こればかりは選手個人の考えや夢というものもありますので、頭ごなしに否定することはできません

今年も既に国外FAでソフトバンクの和田川崎、楽天の岩隈、ポスティングシステムで日本ハムのダルビッシュ、西武の中島と、いずれも日本を代表する選手がメジャーへの扉をこじ開けようとしています

まだ正式に入団が決まっていない人もいますので、今後どうなるかは分かりませんが、日本の野球のレベルは高いということをぜひ証明してもらいたいところです

そしてもう1人、今年メジャーへ挑戦する男がいますそれはヤクルトの青木宣親です。彼は「イチローの後継者」として、さらには日本を代表する「安打製造機」としてプロ野球で活躍してきた選手です

彼は十分メジャーでも通用すると僕は思っていますので、ぜひイチローのように「首位打者」を狙って頑張って欲しいと思います

そこで今日は、今年の初めからシリーズ企画としてお送りしてきた『ベースボール・マニア』の最終回として、青木が所属するヤクルトスワローズにスポットを当てていきたいと思いますので、どうぞ最後まで飽きずにご覧ください

ベースボール・マニア

現在、東京ヤクルトスワローズと呼ばれるこの球団の発足は1950年1月のことでした。この帽子は非常に懐かしいですよね

発足当時の球団名は「国鉄スワローズ」でした。当時は金田正一という、後に400勝を達成した日本プロ野球最高の投手を擁していましたが、成績は常に下位に低迷していました

その後、産経新聞とフジテレビなどが親会社となり「サンケイスワローズ」に球団名を改称し、「サンケイアトムズ」→「アトムズ」を経て、ヤクルトが単独で経営権を持ったことにより、1970年から「ヤクルトアトムズ」、そして1974年からは「ヤクルトスワローズ」へと球団名を変えていきました

そして2006年からは、地域密着型を目指し「東京」という地名をつけ「東京ヤクルトスワローズ」という現在の球団名に至ります。

明治神宮野球場を本拠地とする「ヤクルト」は、日本一に過去5度輝いており、リーグ優勝が6度ですから、リーグ優勝すれば日本一になる確率も非常に高い球団ともいえます

1990年代以前は成績は常に下位に位置していたヤクルトですが、野村克也監督が就任すると「ID野球」と呼ばれたその野球で、徐々にAクラスに定着するようになりました。そして影でそれを支えたのが古田敦也という名捕手でもありました

昔からヤクルトの応援スタイルは、ビニール傘を振りながら「東京音頭」を歌うのが特徴で、まだ幼かった僕は雨も降っていないのに傘をさしていることに、最初はその意味が分かりませんでした

今になってもその応援スタイルは変わらず、東京音頭とともにヤクルトはその歴史を歩んできたともいえるでしょう

僕が子供の頃から知っている「ヤクルト」はそんなに強いチームではありませんでしたが、個性豊かな選手が多い球団だったと思います

ベースボール・マニア

北海道が生んだ小さなヒーロー若松勉。彼は小さい体でグランドを走りまわり左右に安打を打ち分けるその姿には、幼いながらにも僕は憧れを感じました

ベースボール・マニア

『月に向かって打て』の名文句が印象的な打者、大杉勝男。彼はセ・パ両リーグで活躍したホームランバッターでした

ベースボール・マニア

個性でいえば断トツに印象深いのが、元祖「メガネをかけた捕手」八重樫幸雄です。彼の独特な打撃フォームは、野球好きであればみんな一度はモノマネをしたはずです。ちなみに僕は大人になってからも、友人Sんでぃの結婚式の余興の時に、彼のモノマネをしました

ベースボール・マニア

1980年代のヤクルトのエースは、今期まで横浜ベイスターズの監督を務めていた尾花高夫です

ベースボール・マニア

元祖「アイドル」といえば荒木大輔です。彼は早稲田実業で「甲子園のアイドル」として、大注目を浴びながらヤクルトに入団しましたが、思ったような成績を残すことなく、現役を引退してしまいました

ベースボール・マニア

1980年代後半~1990年代にかけて活躍した「ブンブン丸」こと池山隆寛、彼は僕の大好きな選手の1人でした。その証拠に、僕は中学時代は彼と同じショートのポジションを守っていました

ベースボール・マニア

池山同様に、当時の関根監督のもとで伸び伸びとプレーしていたのが広沢克己です。池山と2人で「イケトラ」コンビと呼ばれ、ホームランを量産していた頃が懐かしいです

ベースボール・マニア

僕の中では日本プロ野球史上最強の助っ人外国人がボブ・ホーナーです。来日してすぐの試合での1試合3本塁打は今でも僕の記憶の中に衝撃的に残っています

このように、「ヤクルト」は非常に個性的なスター選手が数多くいた球団でしたが、そんな「ヤクルト」の僕が選ぶベストメンバーを最後に発表したいと思います

1番 センター 青木宣親

2番 セカンド 宮本慎也

3番 レフト 若松勉

4番 サード ボブ・ホーナー

5番 ファースト 大杉勝男

6番 DH ロベルト・ペタジーニ

7番 ライト 広沢克己

8番 ショート 池山隆寛

9番 キャッチャー 古田敦也

先発 伊藤智仁

中継ぎ 五十嵐亮太

抑え 高津臣吾

監督 野村克也

どうですか、この豪華なメンバー攻撃陣は1~3番の小技に加え、その後はどこからでも点を取れる超強力打線。投手陣もこの3人にリレーされたら、そう簡単には打てそうにありませんよね。決して敵にはしたくないメンバーたちです。

さあ、いかがでしたか今回の『ベースボールマニア』は。これで今年の1月からスタートしたこのシリーズ企画は今回を持ちまして終了といたします。全12球団、どの球団にも「歴史」と「伝統」があり、その球団を応援するファンにとっても非常に思い入れがあると思います

「野球」は本当に奥が深いスポーツで僕は大好きです。これからもプロ野球を愛する1人のファンとして、熱い声援を送り続けていこうと思います

皆さんも、今からでも決して遅くありませんので、ぜひプロ野球の素晴らしさをぜひ堪能してみてくださいね

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 千歳(ちとせ)さん→蝉(せみ)さん、夏になればやかましい程に鳴き続けるあの「蝉」と同じ、「蝉さん」というお名前も世の中には存在するようです。そんな「蝉さん」は全国に80名程いるそうです。

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