優作さんに捧ぐ。
こんばんにゃ~
北の猫男爵です![]()
今から22年前の今日1989年11月6日、日本は偉大な俳優を1人亡くしました・・・
40歳という若さでこの世を去った彼の死に、日本中が驚き、そして悲しみ、涙したのがあの日でした。
こんなことを言ってはいけないのかもしれませんが、もしも彼が今生きていたら、どんな芝居を彼は見せてくれたのでしょうか?そして日本の映画界
は今とは違う世界になっていたのでしょうか?
少なくとも言えることは、世界が見る
日本人の役者の見方は変わっていたのではないかと思われます![]()
それは、彼が世界でも認められた「ムービースター」だったからです
その彼の名は・・・

松田優作、知る人ぞ知る、日本を代表する役者です![]()
僕は1974年生まれの37歳です
。僕が「松田優作」の姿をテレビ
で見たのは、刑事ドラマ『太陽にほえろ』の再放送でした![]()
“ジーパン”という呼び名で親しまれた柴田純役を演じた彼の演技は、凄くインパクトが強くて、子供ながらにも憧れた思い出があります![]()
殉職シーンで血に染まった自分の手を見ながら、『なんじゃコリャ!俺、まだ死にたくないよ・・・』という名台詞は、後に彼の「代名詞」ともなり、今もなお多くの人により語り継がれています。
身長185cmの大柄な体格と抜群の運動神経を活かしたアクションシーンは、「スタントマン無し」だったことも有名な話で、アクションスターとして彼は大きく花を開きました![]()
その後もドラマ『探偵物語』の工藤俊作役で彼は一世を風靡し、映画『野獣死すべし』や『家族ゲーム』などでは、演技派俳優の地位を不動のものにし、彼はトップスターの道を登りつめました![]()
そんな彼はその活躍の舞台を世界に向けるために、『ブラック・レイン』という映画に出演し、遂にハリウッドデビューを飾りました![]()
奇しくもその作品が彼の“遺作”となってしまったのですが、彼のその演技力には世界も称賛していたのは事実です![]()

台詞を言わないシーンでも、表情や動きだけで人をひきつける魅力があるのも彼の才能でした![]()
彼は出演した映画の中で、特に僕が印象に残っているのが『蘇る金狼』でのラストシーンです![]()
脇腹を刺された彼が飛行機
に乗り、機内でスチュワーデスに語りかける最後の言葉。
『木星には何時に着くんだ・・・』
この台詞が幼い頃の僕の心に強く残り、学校
で教室の椅子
に座りながら、独特の低いトーンで彼の真似をしながら、『木星には何時に着くんだ・・・』という台詞を真似して遊んでいたことを思い出します![]()
日本には数多くの“名俳優”と呼ばれる方がこれまで存在してきましたが、その中でも僕は「松田優作」という男が一番の役者だと常々思っています![]()
理由はいたってシンプルです。彼の出ている作品の、彼の台詞、彼の仕草、その全てを一瞬たりとも見逃したくないからです
。それだけ彼に魅力があるからです![]()
今もしも彼が生きていれば、62歳です。
「きっと若い頃とはまた違う、味のある深みのある芝居を彼はしてくれたんだろうな~」と、彼の命日に感慨深げに思ってしまいました![]()
僕自身も彼がこの世を去った年齢に徐々に近づいてきました。僕は彼が何を考え、どんな思いで過ごしていたかは分かりませんが、でも少なくとも、1人の「人間」として「人生」については同じように思えるような年齢になったと思っています![]()
今日は彼の命日に、大好きだった彼と同じ格好をして祈りを捧げます![]()

優作さんに捧ぐ、『あたなは今も、僕の中でスーパーヒーローです
』
今もなお、俳優や映画関係者の中で彼を慕い続けている人が数多くいるそうです。没後22年という月日が経っても、「松田優作」という男の存在は決して色褪せることなく、生き続けていることに、改めて彼の偉大さを感じます![]()
彼が生前、兄貴として慕い公私共に一番の仲だったと言われていた、俳優原田芳雄さんは今年天国へと旅立ちました。
きっと今頃、向こうで酒
を酌み交わしながら、芝居の話を熱く語り合っていることでしょう![]()
今日は松田優作さんが亡くなった命日にちなんで、彼のついて少しだけお話させていただきました![]()
それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!
<今日の名字しりとり> 鍋師(なべし)さん→七味(しちみ)さん、薬味には欠かせない「七味」も、お名前として存在するんですね。そんな「七味さん」は全国には10名程いるそうです。
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