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2011年10月30日 (日)

ベースボール・マニア~常勝レオ軍団~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

いよいよ昨日からプロ野球のCS(クライマックスシリーズ)が始まりましたね

日本シリーズ進出を争うこの戦い、セパ両リーグから果たしてどのチームが日本シリーズに勝ち上がってくるのでしょうか

僕の予想では「巨人対西武」になると思いますというか、そうなってほしいです。両チームとも好きな球団なので

そんな今日は、野球ファンにとってはお待ちかねの月イチ恒例のシリーズ企画「ベースボール・マニア」第10回をお送りします

これまで9ヶ月間に渡り、全9球団にスポットを当ててきましたが、今回は僕が読売巨人軍の次に好きな球団です

果たしてその球団とは

ベースボール・マニア

帽子に「獅子」のマークがポイントの「西武ライオンズ」です

「西武」といえば、1980年代~1990年代の僕が小中高生だった頃、「黄金時代」を築き、「常勝軍団」と呼ばれたチームです

その当時の選手はみんな現役を退き、現在は監督やコーチなどの指導者や解説者として活躍していますが、今思い出しても本当に「強い」という言葉しか当てはまらないほどの、群を抜いた強さでした

そんな「西武ライオンズ」の歴史は、さかのぼること今から62年前の1949年に「西武クリッパーズ」として発足したのが始まりです

その後、「西鉄ライオンズ」→「太平洋クラブライオンズ」→「クラウンライターライオンズ」を経て、1979年に「西武ライオンズ」というチーム名になりました。2008年からは、本拠地である埼玉の地名をつけて「埼玉西武ライオンズ」という球団名になりました

本拠地は埼玉県所沢市にある「西武ドーム」(旧西武所沢球場)です

リーグ優勝21回、日本一13回という輝かしい歴史と伝統を持つ、パリーグ随一の球団といっても過言ではないでしょう

まだ福岡に本拠地をおいていた「西鉄時代」には、三原監督の下、稲尾和久大下弘中西太豊田泰光などのスター選手を擁し、日本シリーズ3連覇を達成するなどの輝かしい成績を残しました。その豪快な野球に「野武士軍団」という呼び名が付けられたほどです

当時の大エースだった稲尾は、日本シリーズで3連敗の状況から4連投して、見事に4連勝をあげ、「神様、仏様、稲尾様」という言葉が今でも語り継がれています

稲尾はシーズンでも1961年には42勝という、現代のプロ野球では考えられない数字を叩き出しています。これはもちろん、今も日本記録として残っています

そんな「常勝西鉄」も1970年代に入ると、「黒い霧事件」などの影響で主力選手が退団や出場停止に追い込まれたり、1960年代に活躍した往年の選手達が現役を退き、「最下位」が定位置となっていきました

その後、「太平洋」や「クラウンライター」という球団を経たのち、国土計画の堤社長(当時)が球団を買い取り、1979年から「西武ライオンズ」という球団がスタートしました

1982年には広岡監督を迎え入れ、徹底した「管理野球」で1年目から19年ぶりのリーグ優勝を果たすと、日本シリーズでも中日を破り、24年ぶりに日本一を獲得しました

そしてこの広岡監督が築き上げた「常勝西武」の道を引き継ぎ、そしてより完全なチームに仕上げていったのが森監督でした

彼の下に数多くのスーパースターが育ち、1980年代~1990年代にかけてはほぼ“敵なし”の「常勝レオ軍団」を築き上げていきました

今日はその懐かしい“顔ぶれ”をご紹介していきたいと思います。きっと皆さんにとっても懐かしいスター選手たちが続々と登場すると思いますよ。僕自身も今既に、ワクワクしているくらいの凄いメンバーたちです

それでは早速ご覧ください

ベースボール・マニア

まずは「常勝レオ軍団」を語る上では絶対に欠かせない、チームリーダー石毛宏典です。背番号「7」は、いつ見ても頼れるリーダーでした。彼の牽引なくして西武の強さはありえませんでした

ベースボール・マニア

こちらは48歳の今もなお、現役投手として活躍を目指し頑張っている工藤公康です。西武の「黄金期」当時はまだ20代で、同じ年代の渡辺久信との名コンビで、ひょうきんなことをいつもやっていました。スポーツニュースなどでそれを見るのがいつも僕は楽しみでした

もちろん工藤の実力は折り紙つきで、特に「日本シリーズ」などでは大車輪の活躍を見せることが多く、「シリーズ男」などと呼ばれたこともありました

ベースボール・マニア

これは非常に“レア”な1枚ですよ

前列に球界のスーパースター清原和博、後列左に秋山幸二(現ソフトバンク監督)と、右に渡辺久信(現西武監督)という、凄い3ショットです今ではなかなか見ることのできない3ショットです

これだけでも当時の「西武ライオンズ」というチームが、いかに凄いチームだったかということがよく分かります

ベースボール・マニア

そんな「スター軍団」をまとめていたのは、捕手の伊東勤です。守りの要として投手陣を操り、そしてチームもまとめたその力は、後に西武の監督に就いた時にも見せてくれました

ベースボール・マニア

西武は素晴らしい助っ人外国人の宝庫でもありました。中でも僕が好きだったのが、「オリエンタル・エクスプレス」と呼ばれ、快速球で野球ファンをうならせた郭泰源です。彼のピッチングには子供ながらに強い憧れを抱きました

ベースボール・マニア

「西武史上最強助っ人外国人」と言っても過言ではないのがデストラーデです。つ彼の豪快かつしなやかなバッティングは、秋山、清原の「AK砲」を加え、他球団の脅威となりました

この他にも平野松沼兄弟渡辺智男潮崎石井などまだまだたくさんの名脇役たちも活躍をみせていました

そんな「常勝西武」の中で、僕が印象深い思い出として残っているシーンが2つあります

まず1つ目は秋山の「バク宙」(バック転宙返り)です

ベースボール・マニア

1986年日本シリーズ対「広島」戦で、本塁打を放った時に見せたあの「バク宙」には本当にビックリしましたし、格好良すぎで憧れちゃいました。翌日の小学校の体育館では、ほとんどの男子が秋山の真似をしようと、マットの上で「バク宙」の練習をしていました

そしてもう1つの思い出のシーンは清原の涙です

ベースボール・マニア

1987年日本シリーズ対「巨人」戦、あとアウト1つで巨人を倒し「日本一」という場面で、一塁を守っていた清原が突然号泣し始めたのです

憧れの「巨人」に裏切られ、入団する夢が叶わなかったその悔しさが込み上げてきて、思わず流した彼の涙には、日本中がもらい泣きしてしまいました。大の巨人ファンの僕も、この時だけは思わず涙してしまいました

まだまだ「西武」については話したいことが山のようにありますが、今日は時間の問題でこのへんにしておきます。僕が子供の頃の「西武」というチームは、本当に魅力がたくさん詰まった素晴らしいチームでした

その後の「西武」は1990年代中盤から後半になると、「黄金期」を支えた選手たちが移籍や引退でチームを去り、1990年代後半からは東尾監督の下で、松井稼頭央松坂大輔などの若い選手が活躍し、一時の輝きを取り戻しつつありました

しかし、2003年に「黄金期」の中で最後の選手である伊東勤が現役を引退し、「常勝レオ軍団」の灯火は徐々に消えていきました・・・

そんな「西武ライオンズ」のベストメンバーを僕なりに考えてみましたので、それをご紹介して今日はお別れしたいと思います

それでは早速メンバーを発表したいと思います

1番 ライト 松井稼頭央

2番 セカンド 辻 発彦

3番 センター 秋山幸二

4番 ファースト 清原和博

5番 DH デストラーデ

6番 レフト カブレラ

7番 サード 中村剛也

8番 ショート 石毛宏典

9番 キャッチャー 伊東勤

投手 先発 渡辺久信

    中継ぎ 松坂大輔

    抑え 工藤公康

監督 森祗晶

いや~凄いメンバーですね~

どうしても松井稼頭央は外せなくて、本当に守れそうなライトに入れちゃいました。1番から9番まで全く気の抜けない超強力打線です。特に3~7番は日本人と外国人の長距離砲がズラっと揃った、恐怖の打線となっています

さあ、いかがでしたか今日の「ベースボール・マニア」は、次回もどうぞお楽しみに

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 美保(みほ)さん→本忠(ほんちゅう)さん、僕の好きな寿司ネタ「本マグロ中トロ」略して「ホンチュウ」、字こそ違いますがそれと同じ「本忠さん」は全国には60名程いるそうです。

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