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2011年10月31日 (月)

“勇”情の証!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日で「10月」も終わり、明日からはいよいよ「11月」が始まります

今年も残すところ「60日」余りです。2011年もあと2ヶ月“年の瀬”が徐々に迫り、これからは足早に時が過ぎていきますが、この「2011年」を最後まで悔いの残らないように過ごしましょうね

さて「11月」ともなれば、いよいよウインタースポーツが全国各地で幕を開けていきます。そんな中でひと足先に「十勝」では、僕が毎年楽しみにしている社会人のアイスホッケーが開幕しています

ということは?今年もやってきましたあの“勇敢の男”がリンクに帰ってきました

MVDが誇る「アイスマン」Hこの登場です

“勇”情の証!

昨日は今シーズン初めて、Hこが出場するアイスホッケーの試合の応援に「帯広の森アイスアリーナ」Aゆと2人で行ってきました

実はこれまでの2試合も観戦に行く予定だったのですが、僕の仕事の関係などで調整がつかず、Hこにはトーナメントであるこの大会を『何とか勝ち進んでくれ!』とお願いしていたのです

その「お願い」を見事に果たすあたりは、さすがHこですまさに“友情の証”です

“勇”情の証!

昨日の試合は「準決勝」ということもあり、選手はみんな気合いが入っているかと思いきや、試合前の円陣では笑い声が(笑)そしてその笑いの中心にはHこがいました。さすがチームの雰囲気を作れる男です

まだ「10月」とはいえ、アリーナの中は真冬同然です。凍えるような寒さが身にしみますが、でもそんな「寒さ」を忘れさせてくれるような、熱い熱戦がいよいよ始まりました

“勇”情の証!

第1ピリオドから、試合を優勢に進めたのはHこのチームです。Hこを中心に相手ゴールに何度も攻め上がります

実は昨日は友人でもあるNぶさんの誕生日でした。その誕生日に、HこはNぶさんの歳の下1ケタにちなんで「8」点を入れると、試合前に宣言しました

「8点」・・・ちょっと無理な数字かもしれませんが、決して取れない点ではありません。僕はHこを信じ、そのプレーぶりを見守っていました

“勇”情の証!

1ピリを終え、試合はHこチームが「2対0」とリードです

“勇”情の証!

第2ピリオドに入ると、今度は相手チームが得点を重ねてきます。しかしHこチームも取られたら取り返し、1点を争う非常に楽しいシーソーゲームとなっていきました

昨日はHこチームも2セットを回せるだけの人数の余裕があり、Hこが“出ずっぱり”になることもありませんでした。Hこもなんだかんだいって36歳ですからね(笑)さすがに“出ずっぱり”では体がもちません。人数が多いということはありがたいことですね

2ピリはHこチームが2点、相手チームが3点を入れ、「4対3」の1点差でHこチームがリードして終えました。

見ていてハラハラする展開ですが、非常に見ごたえのある好ゲームです

“勇”情の証!

マネージャーのMきちゃんもベンチで熱い声援を送りながら頑張っていました。我らがMVDのヤングライオンシスターズの1人であるMきちゃんは、氷上では「勝利の女神」です

しかし・・・Hこは8点どころか、まだ1点も取れていません・・・『どうしたHこ・・・』

そんな中、いよいよ最終の第3ピリオドが始まりました

3ピリになり、いよいよ相手チームの猛攻が始まりました。同点に追いつかれると、すかさず追加点を入れられ、逆転を許してしまいます

『まずいぞ・・・嫌な流れだ・・・』と、そう思った矢先にこの男がやってくれました

“勇”情の証!

完全に写真がボケていてよく分からないと思いますが、Hこが鮮やかな同点ゴールを叩き込みました本日の1点目をようやく取りましたあと7点ガンバレ

しかしこの貴重なゴールシーンを、僕はスコアボードを撮影していて見逃してしまいました、横でAゆが何か騒いでいるな~と思ったら、既にHこがゴールをして喜んでいるところでした(笑)

ゴメンねHこ、見てなくて

同点のまま、しばし均衡が続き、僕とAゆの心臓はドキドキです

『頼むからあと1点、あと1点入れば決勝進出なんだから・・・そしてそれを決めるのは、お前だHこ!』

そんな劇的なシーンを期待して、僕らのボルテージはさらに上昇します

そして残り5分となったところで、Hこの絶妙なアシストから得点が入り、遂に「6対5」とリードを奪いました

“勇”情の証!

そして試合はこのまま終わり、「6対5」Hこチームが勝利しました

“勇”情の証!

Hこはもちろんのこと、チームのみんなも素晴らしいプレーの連続で、見ていて本当に楽しいナイスゲームでした

そして得点は「1点」しかあげれなかったけど、「勝利」という最高のプレゼントをNぶさんと、そして応援に来た僕とAゆに届けてくれたHこは、やっぱり“できる男”です

昨日は肩はハズれませんでしたが、股が裂けちゃいましたね。そして、本当は決勝点の6点目はHこが華麗に決めれるチャンスがあったのに、ちょっと見せ場を楽しみすぎて失敗しましたね

ベンチから、『バカ!バカ!バカ!』の声が飛んでいて、僕とAゆは大爆笑でしたけどね

氷上で華麗にそして楽しんでプレーするHこのプレースタイルは、いつ見ても見ごたえがありますし、応援のしがいがあります

3試合目にしてようやく応援に行く約束が果たせて本当に良かったです。そしてその試合で、見事に期待にこたえてくれるHこの姿は、まさに“勇”情の証です

次戦はいよいよ決勝戦です今から僕はその試合が待ち遠しくて仕方ありません。次回もHこの勇姿をこのブログでご紹介できることを願い、帯広の森アイスアリーナからお別れします

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 本忠(ほんちゅう)さん→太巻(うずまき)さん、「太巻」と書いて「うずまき」とお読みになるんですね。そういえば、京都の「太秦」の「太」ですもんね。そんな「太巻さん」は全国には110名程いるそうです。

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2011年10月30日 (日)

ベースボール・マニア~常勝レオ軍団~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

いよいよ昨日からプロ野球のCS(クライマックスシリーズ)が始まりましたね

日本シリーズ進出を争うこの戦い、セパ両リーグから果たしてどのチームが日本シリーズに勝ち上がってくるのでしょうか

僕の予想では「巨人対西武」になると思いますというか、そうなってほしいです。両チームとも好きな球団なので

そんな今日は、野球ファンにとってはお待ちかねの月イチ恒例のシリーズ企画「ベースボール・マニア」第10回をお送りします

これまで9ヶ月間に渡り、全9球団にスポットを当ててきましたが、今回は僕が読売巨人軍の次に好きな球団です

果たしてその球団とは

ベースボール・マニア

帽子に「獅子」のマークがポイントの「西武ライオンズ」です

「西武」といえば、1980年代~1990年代の僕が小中高生だった頃、「黄金時代」を築き、「常勝軍団」と呼ばれたチームです

その当時の選手はみんな現役を退き、現在は監督やコーチなどの指導者や解説者として活躍していますが、今思い出しても本当に「強い」という言葉しか当てはまらないほどの、群を抜いた強さでした

そんな「西武ライオンズ」の歴史は、さかのぼること今から62年前の1949年に「西武クリッパーズ」として発足したのが始まりです

その後、「西鉄ライオンズ」→「太平洋クラブライオンズ」→「クラウンライターライオンズ」を経て、1979年に「西武ライオンズ」というチーム名になりました。2008年からは、本拠地である埼玉の地名をつけて「埼玉西武ライオンズ」という球団名になりました

本拠地は埼玉県所沢市にある「西武ドーム」(旧西武所沢球場)です

リーグ優勝21回、日本一13回という輝かしい歴史と伝統を持つ、パリーグ随一の球団といっても過言ではないでしょう

まだ福岡に本拠地をおいていた「西鉄時代」には、三原監督の下、稲尾和久大下弘中西太豊田泰光などのスター選手を擁し、日本シリーズ3連覇を達成するなどの輝かしい成績を残しました。その豪快な野球に「野武士軍団」という呼び名が付けられたほどです

当時の大エースだった稲尾は、日本シリーズで3連敗の状況から4連投して、見事に4連勝をあげ、「神様、仏様、稲尾様」という言葉が今でも語り継がれています

稲尾はシーズンでも1961年には42勝という、現代のプロ野球では考えられない数字を叩き出しています。これはもちろん、今も日本記録として残っています

そんな「常勝西鉄」も1970年代に入ると、「黒い霧事件」などの影響で主力選手が退団や出場停止に追い込まれたり、1960年代に活躍した往年の選手達が現役を退き、「最下位」が定位置となっていきました

その後、「太平洋」や「クラウンライター」という球団を経たのち、国土計画の堤社長(当時)が球団を買い取り、1979年から「西武ライオンズ」という球団がスタートしました

1982年には広岡監督を迎え入れ、徹底した「管理野球」で1年目から19年ぶりのリーグ優勝を果たすと、日本シリーズでも中日を破り、24年ぶりに日本一を獲得しました

そしてこの広岡監督が築き上げた「常勝西武」の道を引き継ぎ、そしてより完全なチームに仕上げていったのが森監督でした

彼の下に数多くのスーパースターが育ち、1980年代~1990年代にかけてはほぼ“敵なし”の「常勝レオ軍団」を築き上げていきました

今日はその懐かしい“顔ぶれ”をご紹介していきたいと思います。きっと皆さんにとっても懐かしいスター選手たちが続々と登場すると思いますよ。僕自身も今既に、ワクワクしているくらいの凄いメンバーたちです

それでは早速ご覧ください

ベースボール・マニア

まずは「常勝レオ軍団」を語る上では絶対に欠かせない、チームリーダー石毛宏典です。背番号「7」は、いつ見ても頼れるリーダーでした。彼の牽引なくして西武の強さはありえませんでした

ベースボール・マニア

こちらは48歳の今もなお、現役投手として活躍を目指し頑張っている工藤公康です。西武の「黄金期」当時はまだ20代で、同じ年代の渡辺久信との名コンビで、ひょうきんなことをいつもやっていました。スポーツニュースなどでそれを見るのがいつも僕は楽しみでした

もちろん工藤の実力は折り紙つきで、特に「日本シリーズ」などでは大車輪の活躍を見せることが多く、「シリーズ男」などと呼ばれたこともありました

ベースボール・マニア

これは非常に“レア”な1枚ですよ

前列に球界のスーパースター清原和博、後列左に秋山幸二(現ソフトバンク監督)と、右に渡辺久信(現西武監督)という、凄い3ショットです今ではなかなか見ることのできない3ショットです

これだけでも当時の「西武ライオンズ」というチームが、いかに凄いチームだったかということがよく分かります

ベースボール・マニア

そんな「スター軍団」をまとめていたのは、捕手の伊東勤です。守りの要として投手陣を操り、そしてチームもまとめたその力は、後に西武の監督に就いた時にも見せてくれました

ベースボール・マニア

西武は素晴らしい助っ人外国人の宝庫でもありました。中でも僕が好きだったのが、「オリエンタル・エクスプレス」と呼ばれ、快速球で野球ファンをうならせた郭泰源です。彼のピッチングには子供ながらに強い憧れを抱きました

ベースボール・マニア

「西武史上最強助っ人外国人」と言っても過言ではないのがデストラーデです。つ彼の豪快かつしなやかなバッティングは、秋山、清原の「AK砲」を加え、他球団の脅威となりました

この他にも平野松沼兄弟渡辺智男潮崎石井などまだまだたくさんの名脇役たちも活躍をみせていました

そんな「常勝西武」の中で、僕が印象深い思い出として残っているシーンが2つあります

まず1つ目は秋山の「バク宙」(バック転宙返り)です

ベースボール・マニア

1986年日本シリーズ対「広島」戦で、本塁打を放った時に見せたあの「バク宙」には本当にビックリしましたし、格好良すぎで憧れちゃいました。翌日の小学校の体育館では、ほとんどの男子が秋山の真似をしようと、マットの上で「バク宙」の練習をしていました

そしてもう1つの思い出のシーンは清原の涙です

ベースボール・マニア

1987年日本シリーズ対「巨人」戦、あとアウト1つで巨人を倒し「日本一」という場面で、一塁を守っていた清原が突然号泣し始めたのです

憧れの「巨人」に裏切られ、入団する夢が叶わなかったその悔しさが込み上げてきて、思わず流した彼の涙には、日本中がもらい泣きしてしまいました。大の巨人ファンの僕も、この時だけは思わず涙してしまいました

まだまだ「西武」については話したいことが山のようにありますが、今日は時間の問題でこのへんにしておきます。僕が子供の頃の「西武」というチームは、本当に魅力がたくさん詰まった素晴らしいチームでした

その後の「西武」は1990年代中盤から後半になると、「黄金期」を支えた選手たちが移籍や引退でチームを去り、1990年代後半からは東尾監督の下で、松井稼頭央松坂大輔などの若い選手が活躍し、一時の輝きを取り戻しつつありました

しかし、2003年に「黄金期」の中で最後の選手である伊東勤が現役を引退し、「常勝レオ軍団」の灯火は徐々に消えていきました・・・

そんな「西武ライオンズ」のベストメンバーを僕なりに考えてみましたので、それをご紹介して今日はお別れしたいと思います

それでは早速メンバーを発表したいと思います

1番 ライト 松井稼頭央

2番 セカンド 辻 発彦

3番 センター 秋山幸二

4番 ファースト 清原和博

5番 DH デストラーデ

6番 レフト カブレラ

7番 サード 中村剛也

8番 ショート 石毛宏典

9番 キャッチャー 伊東勤

投手 先発 渡辺久信

    中継ぎ 松坂大輔

    抑え 工藤公康

監督 森祗晶

いや~凄いメンバーですね~

どうしても松井稼頭央は外せなくて、本当に守れそうなライトに入れちゃいました。1番から9番まで全く気の抜けない超強力打線です。特に3~7番は日本人と外国人の長距離砲がズラっと揃った、恐怖の打線となっています

さあ、いかがでしたか今日の「ベースボール・マニア」は、次回もどうぞお楽しみに

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 美保(みほ)さん→本忠(ほんちゅう)さん、僕の好きな寿司ネタ「本マグロ中トロ」略して「ホンチュウ」、字こそ違いますがそれと同じ「本忠さん」は全国には60名程いるそうです。

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2011年10月29日 (土)

ひろし君。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日10月29日は「おしぼりの日」です

10月の「10」は英語で「ten」、「ten」=「手」という強引な語呂合わせと、29日は「ふ(2)く(9)」の語呂合わせで、全部の意味を合わせると「手を拭く」の意味になり、「手を拭くもの」=「おしぼり」ということから、10月29日は「おしぼりの日」だそうです

多少、強引かもしれませんが、これは「全国おしぼり協同組合連合会」というところが2004年に制定したそうです

ひろし君。

飲食店などに行けば、必ず一番最初に出て来るのがこの「おしぼり」です

夏には「冷たいおしぼり」、冬には「温かいおしぼり」が、非常に気持ちの良い感覚にさせてくれます

そんな「おしぼり」ですが、僕の大学時代のクラスメイトで「おしぼり」が必需品の友人がいました

彼の名字は「舘」と言います。「舘ひろし」と同じ「舘」ですが、彼の名字は「たて」と読みます。そんな名字から、いつしか気がつけば彼には「ひろし君」というあだ名が付き、みんなにそう呼ばれていました

大学ではサークルの友人、ゼミの友人、そしてクラスの友人とそれぞれいましたが、クラスメイトに限れば僕が特に仲が良かったのは、ヤンマータケタムタムしんいちろうの4人でした

「ひろし君」は1浪していたので僕より歳は1つ上で、僕はすごく仲が良かったわけではありませんが、なぜか何度か「ひろし君」のアパートに遊びに行ったことがありました

「ひろし君」は中肉中背の“ずんぐりむっくり”な体型で、趣味は「麻雀」と「競馬」というギャンブラーでした

彼のお家に最初にお邪魔した時にまず“びっくり”したのは、その彼の外見からは全く想像できない、スタイリッシュな部屋の雰囲気でした

部屋には当時の学生にしては珍しくパソコンが置かれ、そのパソコンの画面を見ながら「株式」もやっていたみたいです

そんな「ひろし君」を見ていてもの凄く目に付いたのが、必ず「おしぼり」が手元にあるということです。ちょっとでも何かを触った後は、必ず手元においてある「おしぼり」で手を拭いていました。

さすがに授業中には手元に「おしぼり」は見ませんでしたが、きっと「ひろし君」は凄い神経質な性格だったと思います。彼に対する思い出は、まず真っ先に「おしぼり」が印象深く僕の記憶には残っています

今、「ひろし君」はどこで何をしているのかな・・・

きっとどこかで今日も「おしぼり」を片手にギャンブルに明け暮れているのかな

今日は「おしぼりの日」ということで、「おしぼり」にちなんだエピソードを1つご紹介させていただきました

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 毛海(けうみ)くん→美保(みほ)さん、「名字」というよりは女性の「名前」で多い「みほ」というお名前ですが、名字でも「美保さん」という方は存在します。そういえば、「美保純」という女優さんがいましたよね。そんな「美保さん」は全国には240名程いるそうです。

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2011年10月28日 (金)

旅先での景観。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今週は「晴れ」の天気が続き、非常に穏やかな一週間でしたね

今日で今週の仕事は終わり、土日は「お休み」という方もいることでしょう。ちなみに僕は明日も仕事です

天候が穏やかな反面、めっきり朝晩は寒さが際立ってきましたね。最低気温もひとケタは当たり前で、もうすぐすると「霜」や「初雪」の話題が押し寄せてきそうな感じです

そんな秋深し10月の終盤ですが、先週僕は「阿寒方面」と「紋別方面」に仕事で出張してきました。同じ「秋」でも、その場所によって微妙に風景が違うものです

紅葉の彩りも場所によって微妙に違いますし、街の風景を眺めてみても趣がそれぞれあり、非常に新鮮な気持ちになります

北海道は広いもので、車を何時間も走らせても、街から街へとどこまでも果てしなく行けます

僕は仕事やプライベートで、道内のほとんどの主要都市へは行ったことがありますが、その街にそれぞれ良い所がたくさんあり、『ずっとここにいたいな~』と帰るのが嫌になることもたまにあります

でも、なんだかんだいって「十勝」が一番住みやすいですし、好きですけどね

今日は先週の出張の際に映した、旅先での景観を少しではありますがご紹介したいと思います

まずは「阿寒湖温泉」からの風景です

旅先の景観。

ホテルの部屋から見えた「阿寒湖」です。そしてその奥にあるのは「雄阿寒岳」です。湖を優雅に進む「遊覧船」が、徐々に水面を動かしている姿を見ていると、まるで絵葉書かと錯覚してしまうほどです

「阿寒湖」には何度も観光で訪れていますが、何度行ってもその素晴らしい景観に見とれてしまいます。また機会があれば、今度はプライベートで「阿寒湖」観光を楽しみたいと思います

それから数日後、今度はオホーツク海に面する「紋別市」へ出張で出かけることになりました

家を出発する前に部屋から手を振るが、僕の後方を指差したので後ろを振り返ってみると

旅先の景観。

そこにいたのは一匹の猫でした

このへんではあまり見ない顔の猫で、一時僕とのにらみ合いが繰り広げられるかと思いましたが、早く出発しなければならない僕にそんな時間の余裕はありませんでした

旅先の景観。

結局この猫は、最後までこちらをガン見していました。なかなか度胸の良い猫でした

さてそんな猫の話はさておき、僕は車を飛ばし約3時間30分で「紋別市」に到着しました

会議が終わり、ホテルの部屋から旅先の景観を写真におさめました

旅先の景観。

夕闇迫る紋別の港の風景です。奥に見えるのがオホーツク海です港町らしい何とも情緒あふれる風景です

旅先の景観。

同じくホテルの部屋から映した夜の紋別の港です

つい数時間前とは違い、完全に暗闇に包まれた光景は何かロマンチックな夜景でした

旅先の景観。

最後は朝の紋別の港です

この日の天気は曇りでしたので、キレイな朝陽は拝めませんでしたが、3つの違う風景を見れて何だか幸せ感が満載の旅でした

ホテルを出発し最後はせっかくなので港の水産店により、新鮮な「魚介類」をお土産に買い、家路へと着きました

日常の生活とはまた違う、旅先での景観には心が癒されることが多いです。北海道にはたくさんの観光名所がありますし、たくさんの美味しい名産品があります

改めて僕は北海道に生まれ育ち、そして今も暮らしていることに感謝しています北海道は世界で一番素敵なところです

また今度、出張やプライベートなどで道内の街を巡り歩いた際には、旅先での景観を写真におさめたいと思った猫男爵でした

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 則武(のりたけ)さん→毛海(けうみ)さん、「毛の海」と書いて「けうみ」さんです。毛だらけの海、想像すると怖いですね。そんな「毛海さん」は全国には40名程いるそうです。

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2011年10月27日 (木)

Can you speak English?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

ちょうど1週間前のことです。僕はいとこのYみちゃんに会いに、Aゆと2人で帯広市内にある叔母の家に行ってきました

いとこのYみちゃんは僕よりも10歳ぐらい年上で、僕は昔から「Yみ姉ちゃん」と呼んでいます

そのYみ姉ちゃんと会うのは実に6年ぶりのことです。6年前、Yみ姉ちゃんの父親、つまり僕にとっては叔父が亡くなり、その葬儀の際に会って以来の再会でした。

実はYみ姉ちゃんは、20代前半の頃にアメリカ人男性と国際結婚をして、それからアメリカに在住してかれこれ25年ぐらいになります。子供は娘さんが2人います

そんなYみ姉ちゃんは今回、父親の「7回忌法要」のために日本に家族とともに帰国してきました

僕は久しぶりにYみ姉ちゃんに会えるとあって、心を弾ませて会いにいきました

Yみ姉ちゃん一家が滞在している叔母の家に着き家に入ると、久しぶりにYみ姉ちゃんに再会しました

『久しぶりだね~元気だった?』

そんな会話が交わされる中、後方からアメリカ人の旦那さんが登場してきました

凄い親しみやすい方で、すぐに僕とAゆの手を握り、満面の“スマイル”で話しかけてきてくれました

その仕草の1つ1つがとてもナチャラルで、さすが日本人とは違うな~と僕は感心しました

さらに今度は2人の娘さんともご対面です

2人とも完全な金髪のアメリカ人で、“モノホン”の外国人女性を目の前にして僕はちょっと緊張してしまいました

長女の方は、モデルさんのような抜群のスタイル、かやた次女の方も目がクリクリしていて可愛い顔立ちでした

2人とも、まるで『ビバリーヒルズ青春白書』に出ていてもおかしくないような感じの女の子でした

確か僕は、長女の方には小さい頃に会っているはずなんです。そのことをYみ姉ちゃんに聞いてみたら、まだその長女が3歳ぐらいの時に僕は会っていることが判明しました。その時、僕は中学生だったみたいです

そしてYみ姉ちゃんの旦那さんにもその時僕は会っているので、「僕のことを憶えているのか」聞いてみようと試みましたが、いかんせん英語が喋れない僕は、何て言えばいいのかさっぱり分からなくて、結局はYみ姉ちゃんに聞いてもらいました

すると、旦那さんは『憶えているよ!』と笑顔で答えてくれて、何だかちょっと僕は嬉しい気持ちになりました

その後も「日本語」と「英語」が交錯する中、色々な会話をYみ姉ちゃんとはしましたが、旦那さんとは結局、自力では会話をすることができませんでした・・・

「こんな時、英語をペラペラ喋れたらな~」と何度も心の中で思いましたが、今さら悔やんでも仕方ありません。もっと若い頃にちゃんと英語を学ぶべきだったと、後悔しています

これでも一応僕は大学を出ているのですが、それにも関わらず「英語」は僕は大の苦手で、高校時代には「赤点」を取ったこともあります

当時の高校の英語教師が、“ヤ○ザ”みたいな人で、名前も「ヤクワ」という何とも紛らわしい奴だったんですが、とにかく言葉使いも態度も“5L”ぐらいのデカい奴で、そいつの試験はすごく難しいんです

確か僕が「赤点」を取った時の試験も、赤点じゃなかった人(40点以上の人)がクラスの中で4~5人ぐらいしかいなかったと思います。

そんなこともあり、僕はその頃から「英語」が大嫌いでした。大学でも何とか「英語」の単位を取得できたのですが、文法的なことは何とかなりますが、英会話となるとさっぱりなんです

今回のことでも分かりましたが、やっぱり少しは「英会話」ができないと恥ずかしいですね

また次にYみ姉ちゃん一家に再会した時に、ビシっと自力で会話ができるようにするためにも、英会話教室にでも通おうかな~と地味に考えています

皆さんは英語は話せますか?

Can you speak English?

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 荻野(おぎの)さん→則武(のりたけ)さん、ご存知「とんねるずの憲さん」と字こそは違いますが、それと同じ名字の「則武さん」は、全国には2500名程いるそうです。

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2011年10月26日 (水)

名物おじさんを偲んで。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は風が強く、非常に肌寒さを感じる一日でした

そして今日は週の真ん中「水曜日」です。水曜日といえば、そうです週に一度のミニバレーの日です

僕自身、久しぶりのミニバレーとあって、テンションを高めながら体育館にと2人で向かいました

体育館に到着すると、まだMVDのメンバーは誰も来ていなかったので、ロビーで椅子に座っていました

すると、こちらに1人の男性が近づいて来るではありませんか

『誰だ?』と思ってよ~く見ると、それはK君でした

『K君、久しぶりだね!』と声をかけたところ、K君はミニバレーに来たわけではなく、趣味でやっている「合気道」をしに来たようでした

そして驚くことに、K君はAゆが結婚してから会っていなかったんです。K君に『そういえば、お二人は結婚したんですよね。』と言われて、そのことに気がつきました。K君がミニバレーに来ていた頃は、僕とAゆはまだ友人でしたからね

そんな会話をしながらK君が去ったあと、僕はAゆと2人で十勝の情報誌「旬」を見ていました。するとそこに載っていた貴重な情報に、2人で思わずガッツポーズをしてしまいました

何と帯広市内で「レバ刺し」が食べれる居酒屋を発見したのです。あまり人が殺到しても困るので、ここではあえて名前を出しませんが、「レバ刺し」が大好きな僕ら2人にとっては凄く大事な情報でした

今年起きた「生肉による食中毒事件」以来、ほとんどのお店で「ユッケ」や「レバ刺し」の提供をとりやめているために、なかなか「レバ刺し」を食べることができません

これまで数多くの「焼肉屋さん」に行っても、ありつくことのできなかった「レバ刺し」です、『必ずその居酒屋には近々行こうね!』と、Aゆと約束を交わしました

そんな話をしているところに、ニヤニヤしながらHこが登場しました。先日見た、僕の夢の中の悪いHこを演じながら登場するあたりは、さすがHこです

3人は集まったのですが、それ以上なかなか人が来ない・・・そんな状況下でHこから衝撃的な話を僕らは聞いてしまいました

Hこが『訃報です・・・』とうつむきながら言うのです『どうした?』と聞くと、あまりにも衝撃的な事実がHこの口から発せられました

何と、僕らが毎年「クリパー」で利用している某小学校跡地の施設の管理人のおじさんが、1週間程前に亡くなったのです・・・

『えっ!まじで・・・』

僕とAゆはしばらく言葉が出ませんでした。あまりにも突然するぎ「訃報」に言葉を失ってしまいました

今年も「クリパー」を12月に開催予定している僕らMVDメンバーにとっては、長年お世話になっていたおじさんの死は、あまりにもショッキングでした

とても話し好きで、僕らの顔を見ると嬉しそうに話しかけてくるおじさんの姿は、今でも鮮明に僕の目にも焼きついています

1年に1度しか会わないのに、なぜか凄く親近感がある方でした。子供も凄く可愛がる方で、小さい子供をまるで自分の孫のように本当に可愛がってくれていました。

今でも僕が忘れられないのが、僕はその施設に泊まる時はだいたい通称「保健室」と呼ばれる、職員室の片隅にカーテンで仕切られたベッドの上で夜眠りに就くのですが、一番最初にそこに泊まった年の朝だったと思いますが、朝方おじさんが職員室に入ってきて、保健室で眠る僕のところにきて、『寒くないかい?これ使いな。』と言って、1枚の毛布を渡してくれたことを思い出します

そんなおじさんにもう今年は会えないのかと思うと、凄く悲しく切なくなってきました

今日はHこAゆの3人しか集まらなかったので、ミニバレーは中止にして、3人で居酒屋に行って食事をすることを急遽決定しました

名物おじさんを偲んで。

名物おじさんを偲んで、今日は3人でおじさんの思い出話をしました

それが、おじさんに対する一番の供養だと思ったので・・・

名物おじさんを偲んで。

今日行ったのお店は「音更ホルモン」で有名な「千年の宴」です。名物の「ホルモン」を何種類も食べ、僕ら3人は色々な話で夜遅くまで話に花を咲かせました

今週のミニバレーは残念ながら中止になりましたが、また来週みんなで楽しく汗を流しましょう

外はだいぶ寒くなってきましたが、MVDのミニバレーは熱いぞー!というところを見せ付けてやりましょう

気温がだいぶ下がり寒い日がこれから続きますが、皆さんも体調管理には十分に気をつけてくださいね

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 塩(しお)さん→荻野(おぎの)さん、全日本男子バレーの元主将として活躍した荻野選手などで有名な「荻野さん」というお名前ですが、全国に「荻野さん」は5万3000人程いるそうです。

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2011年10月25日 (火)

今年のイチオシ!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今年もまたこの季節がやってきました

いよいよ運命の「プロ野球ドラフト会議」が、明後日10月27日に開催されます

高校3年生の時、授業を受けながら僕は『ドラフトで巨人から指名されないかな・・・』と思っていました。担任の先生が授業中に教室に来て、『おい、○○!巨人から指名されたから、すぐに校長室に来い!』と言わないかな・・・と頭の中で妄想していました

大学4年生の時、実家にいる『もしかしたら、巨人から指名されるかもしれないから、取材陣が家に来たりするから美容室に行っといてよ!』と、言っていました

社会人になり、ようやくその「妄想癖」はおさまりつつありますが、それでも心のどこかでは「まだ可能性があるのではないか・・・」と思っている自分がいます

既に年齢は37歳、しかも朝野球に年に数試合でる程度の素人中の素人の僕が、そもそも「ドラフト」にかかるわけなんてないんです

それでも憧れの巨人に入団する事をいまだに夢見る37歳のおっさんに、今年も「現実の厳しさ」が立ちふさがるのでしょうかその答えは2日後にハッキリします

さて、そんな僕のことは置いておき、今年も数多くの優れた人材がプロ野球界に入ってきそうです

昨年のドラフトは「近年まれにみる豊作の年」と言われ、斉藤佑樹(日本ハム)を筆頭に、大石(西武)、沢村(巨人)など、いわゆる「マー君世代」が続々と指名されました。シーズンに入っても、彼らは素晴らしい結果を出し、「豊作の年」と呼ばれるに相応しい活躍を見せました

そして今年のドラフトも昨年同様に、即戦力が期待される人材がたくさんいるといわれています

中でも注目なのが、「大学ビッグ3」と呼ばれる3人の大学生投手です

まず1人目は、東海大学の菅野智之投手です。彼は何を隠そう、巨人の原監督の甥っ子です

最速157kmを誇る本格派右腕は、プロの世界でも十分通用するとの好評価を受けています。原監督の甥っ子ということもあり、本人も巨人に入団したい気持ちがあるために、巨人の単独指名は必至と言われています

彼の魅力は速球派でありながら、コントロールも抜群に良いというところです。カットボール、スライダー、フォークボールなどの変化球も多彩で、僕も彼の試合をテレビで見たことがありますが、プロ1年目から「15勝」は狙える逸材だと思います

続いてはご紹介するのは、東洋大学の藤岡貴裕投手です

彼は「戦国・東都」と呼ばれる東都大学リーグで、通算26勝をあげた大学NO・1左腕です。しなやかかつ豪快なフォームから投げ下ろされる直球は威力抜群で、打者の手元で伸びる感覚があり、打者にとっては見た目以上のスピード感を感じるそうです

完投能力もあり「スタミナ」抜群の逸材は、プロのOBたちからも「江夏を彷彿させる選手だ」と絶賛されています。非常に楽しみな投手の1人です。

「大学ビッグ3」最後の1人は、明治大学の野村祐輔投手です

野球ファンであればご存知だと思いますが、彼は広陵高校(広島県)のエースとして、2007年夏の選手権大会で準優勝投手に輝いています

彼は先に述べた菅野や藤岡とは正反対の“かわすタイプ”の投手です。タイプとしては、斉藤佑樹に似たタイプです。

彼の持ち味は球の“キレ”とマウンド度胸です。幾多の修羅場をかいくくでってきた経験値が彼の武器でもありますし、総合的に見ると「菅野や藤岡よりも野村が一番」と言うスカウトもいます

以上、この3人が今年注目を集めている「大学ビック3」と呼ばれる3人です

実は彼らと同年代に当たる現在プロで活躍する選手には、中田翔(日本ハム)、由規(ヤクルト)、唐川(ロッテ)のいわゆる高校時代に「ビッグ3」と呼ばれ、プロに入団した3選手がいます

彼らはプロ4年目の今シーズン、それぞれチームの中心選手として、これまでのシーズンの中で一番の活躍をみせました。彼ら3人と今年指名が予想される「大学ビッグ3」を含めたこの世代は、もしかすると、「松坂世代」や「マー君世代」を超えた「最強世代」になる可能性も大です

この他にも、変則投法が売りの近畿大学の中後悠平投手、制球力が自慢の日本体育大学の辻孟彦投手、打者では慶応大学の伊藤隼太外野手、高校生ながらプロでも「即戦力」の呼び声高い、高校通算71本塁打の東海大甲府高校の高橋周平内野手などが上位指名されそうです

彼らの「運命」を決める「ドラフト会議」は、27日午後5時から東京都内のホテルで開かれます

いったいどの球団にどの選手が指名され、そしてプロの道を進むのか今から僕は楽しみで仕方ありません

もちろんその中に「猫男爵」の名前があれば最高なんですが、それは99%あり得ない話なので忘れてください

ちなみに僕の今年のイチオシは「大学ビッグ3」の中の1人、藤岡貴裕投手です

彼はおそらくここ20年の中では間違いなく、日本プロ野球を代表するNO・1左腕になる逸材だと確信しています

皆さんも、明後日の夕方は「ドラフト会議」にどうぞ注目してくださいTBS系列で午後4時53分より放送されますので

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 根回(ねまわし)さん→塩(しお)さん、調味料のようなお名前ですが、意外や意外に全国に「塩さん」は何と1100人もいるそうです。

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2011年10月24日 (月)

あなたの勝ちです!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

秋深し今日この頃ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕は先週から仕事が超多忙で、さらに出張なども重なり、結構な疲労感に包まれております。でも、なぜか心地よい疲労感です

そんな僕ですが、先日の出張で宿泊したホテルの部屋で眠りに就いている時に“印象に残る夢”を見ました

僕がいる場所は眼下に海が広がる、ちょっとリゾートチックな高級ホテルのような場所でした

たぶんその夢を見た時に僕が泊まっていたのが、オホーツク海が部屋から見える紋別市のホテルだったからではないかと僕は推測します

高級リゾートホテルのようなその部屋にいたのは、友人Hこでした。見慣れた“うすら髭”を生やしたその顔に、僕はなぜか安堵感を感じていました

その部屋には、僕の古くからの友達であったり、知っている人であったり、そうかと思えば芸能人もいたり、全然知らない人もいたりと、部屋が広いせいなのか、とにかく無数の人で溢れかえっていました

広いせいなのか、とてもホテルの一室とは思えないほど、その部屋の中はまるで「豪遊ランド」でした

僕が覚えている限りでその部屋にいたのは、幼なじみのOいしSやま、なぜかトータルテンボスの藤田、サッカー選手のロベルト・カルロス、そしてHこの息子のYざんでした

まだ他にもいたとは思いますが、いっぱいい過ぎで思い出せません。ちなみにトータルテンボスの藤田は盛んに『ハンパねぇー!』と連呼していました(笑)

部屋の中では音楽を聞く者、カジノのようにルーレットを楽しむもの、さらにはめっちゃくちゃ狭いプールの中ではYざんが豪快にクロールで泳いでいました

Hこはとにかく誰にでも笑顔で話しかけていましたが、なぜか僕には声をかけてくれずに遠巻きから様子を見ている感じでした

すると、窓の外から「僕を呼ぶ声」がしたので僕は窓を開けて下を見てみました。すると、駐車場に無数の「観光バス」が駐車してあったのですが、その中に1台の赤い高級スポーツカーが見えました

そして、その車のすぐ側にいたのは僕の大学の先輩のFながさんでした。Fながさんは、なぜか学ランを着ていて、僕に『今からそっち行くから!』と叫んでいました。

また場面は変わり、僕は先程の部屋で「麻雀」をやっていました。一緒に麻雀をしているメンバーは全然知らない人ばかりで、僕はなぜだか急に不安になり、Hこを呼びました

Hこは僕の側に来たのですが、いっこうに口を開きません

僕はHこに『そういえばRえは?どっか行ったの?』と尋ねました。するとHこは、ニヤリと“うすら笑い”を浮かべ、ある方向を指差しました

その方向には、先程までの高級ホテルとはかけ離れた、ボロボロの「押し入れ」が見えました。僕はゆっくりと近づいていき、その「押し入れ」の戸を少しずつ開けました

するとそこには女性らしき人の足が見え、そして血痕のようなものが目えたのです

『うわっ!!まさか、これRえ?そして、これは血?』と思って振り返ると、Hこは僕の目の前にいました

『うわっーー!』と思わず絶叫したあと、僕はHこに『ゴメン、Aゆが家で待っているから帰るわ・・・』と言いました

するとHこは、またニヤリとうすら笑いを浮かべ、また「押し入れ」の方を指差しました

そしてHこが僕に『○○さん、あなたの勝ちです。』と言ったところで、僕は眠りから目を覚ましました

目を覚まして辺りを見て、現実の世界だと理解した時、何だかホッとしたと同時にHこの“うすら笑い”がしばらく頭から離れませんでした

例えるなら悪党、黒幕、真犯人、そんな言葉がピッタリの悪人顔でした

でも本物のHこはこれとは正反対の素晴らしい人物であることを、付け加えておきます

「夢」とは本当に不思議なものですね。この「夢」から僕が今何を考えているのかとかがきっと分かるのでしょうね。「夢占い」や「夢判断」に詳しい方は、ぜひ教えてください

果たして僕はこの「夢」の中で、何に勝利したのでしょう?

Hこが最後に言った言葉、「あなたの勝ちです!」とは・・・

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 持金(もちかね)さん→根回(ねまわし)さん、これも希少なお名前ですが、きっと会社とかでも色々な面で“根回し”が上手なんでしょうね。そんな「根回さん」は全国には10名程いるそうです。

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2011年10月23日 (日)

何モルか~?って聞いてるんだよな~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は先程、仕事の出張から帰ってきました

せっかくの土日なのに出張とは・・・精神的にも体力的にも非常に疲れました

毎年そうなんですが10月は何かと忙しくて、出張や会議などが連続してしまいます。この1週間で2度の出張があり、体力をかなり消耗しているので、今日はこの後ゆっくりと睡眠をとりたいと思います

さて話は変わりますが、今日は僕の高校時代化学の先生のお話をしたいと思います

その先生の名前はKだま先生と言います。まあ僕にしては珍しく、その先生には特にあだ名を付けずに、僕らは「Kだま」と呼んでいました

彼の特徴は、喋るときに息を吸い込みながら喋るという特徴的な喋り方です。そのせいか、彼のモノマネは僕の得意分野で、卒業してからおよそ20年近くなる今でも、Hきは時々彼のモノマネをします

Kだまが教えてくれた「化学」の授業で印象的だったのが、「モル」という物質量の単位の授業です

なぜ今日、唐突に高校時代の先生のお話をするかと申しますと、この「モル」と関わりがあります

実は今日10月23日は「モルの日」なんです

「モル」(mol)とは、SK基本単位という7つある国際基本単位の1つで、物質量を示す単位です

1モルに含まれる要素粒子の数は「約6.02×10の23乗=アボガドロ定数」の粒子からなる物質の物質量と定義されていることから、この数字を「6:02 10/23」(10月23日6時02分)に当てはめ、主として北米の化学者だちが「モル」を記念する日として祝っているそうです

何だか話しが難しすぎて僕自身もついていけませんが、日本ではそんなに馴染みのない記念日であることは間違いありません

そんなことで、今日が「モルの日」だということを僕は偶然知ったので『よし、今日はKだまの話をしよう!』と、思いいたったわけです

20年も経てば、「モル」という物質量の単位のことなど、すっかりチンプンカンプンです。正直、今その時の試験問題をしたら、全く解答できないと思います

Kだま先生は、当時で多分50歳前後だったと思うので、今ご健在であれば70歳前後だと思います

背丈は170cmぐらいで痩せ型、頭の方は少し寂しかったですが、とにかく息を吸い込みながら話すのが特徴でした温厚な先生でしたので、怒られた記憶などは一切ありません。

僕は1年時の僅か1年間だけの関わりでしたが、「化学」の授業にはさほど記憶がないにも関わらず、この「モル」という単位と、Kだま先生の顔だけは今もなお鮮明に記憶しています

Kだまは時折、黒板にこの「モル」の計算式を書き、生徒に答えさせました

Kだまは生徒に『この問題の答えは?』と問いただし、答えが分からず困り果てていると、『何モルか~って?聞いてるんだよな~』と、決まって息を吸い込みながら“決まり文句”を言います

彼は今どこで何をしているのなかな~。何だか急に懐かしくあの当時のことが思い出されてきました

昔って、先生にもそれぞれ個性があり、あだ名などが付くのは当たり前で、生徒が先生のモノマネをするのも定番でしたよね

まあ、当の本人はモノマネされていることなど知らないと思いますがね

今日は16歳の高校時代のことを、僕の記憶の回路を辿りながら思い出してみました。それも今日は「モルの日」ということを知ったおかげです

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 近友(ちかとも)さん→持金(もちかね)さん、『今持っている持金はこれで全部です。あとは私の名前も持金ですけどね。』的な会話がなされるのは、あるとしたらカツアゲされている時かな・・・そんな「持金さん」は全国に10名程いるそうです。

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2011年10月22日 (土)

鉄人の引退式。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は皆さんに大事なお話が・・・

実は今日は「鉄人の引退式」の日です・・・・

皆さん勘違いしないでくださいよ。僕は「鉄人」ではありませんからね、「鉄人」を目指している人ですからね

今、もしかしたら今日でこの「HYPER日記」終わっちゃうの?と思った方は、見事に僕の策略にハマった方です(笑)

さてさて、今日10月22日は僕にとっては忘れられない思い出の日です

それはこのブログを毎日更新している中で、決して1日たりとも忘れた事のない、目標にしているあの人の特別な日だからです

あれは今から24年前の1987年の今日のことです。当時中学1年生だった野球少年の僕の目には、彼の「引退セレモニー」の姿が鮮明に焼きついています

その人物とは

鉄人の引退式。

1970~80年代の広島東洋カープを支えた衣笠祥雄です。人はいつしか彼のことを「鉄人」と呼びました

彼がプロ野球の世界に飛び込んできたのは1965年のことです。入団当初は、高校時代から守っていた「捕手」として登録されていましたが、すぐに「内野手」へと転向し、そのコンバートが後に花を咲かせることになりました

鉄人の引退式。

当時の背番号は「3」ではなく「28」を付けていました。実はこの「28」という背番号を付けていたことから、あの有名なアニメ「鉄人28号」から取って、彼の愛称が「鉄人」となったのです

試合を休まずに連続出場をしていらから「鉄人」と呼ばれるようになったわけではなく、その以前から彼は「鉄人」だったのです。無論、体が頑丈でケガをせずに連続出場を続けるようになってから、その「鉄人」という愛称が慣れ親しまれたことは事実です

僕が子供の頃、テレビで見ていた「鉄人衣笠」は本当に体が頑丈でした。その1つとしてこんなエピソードがありますそれは巨人戦での出来事でした。

僕が大好きな投手の1人である巨人の西本という投手が投げたボールが、衣笠に当たり、衣笠は左肩甲骨を骨折する重傷を負ってしまったのです

しかしそんな重傷を負った衣笠は、翌日も代打で試合に出場し、豪快なフルスイングで三球三振に終わったものの、ボールを恐れないその勇気に球場のファンから大きな拍手と声援が送られたのです

その時の「鉄人」の残したコメントがまたカッコイイんです彼は試合後にこう言っています。

『1球目はファンのために、2球目は自分のために、そして3球目は西本君のためにスイングしました。』

彼らしい人を思いやる言葉です。自分に大ケガを負わせた相手を気遣う、本当に紳士的な気持ちが凄く現れていますね。これは彼にしかできないことかもしれません

彼は「死球」(デットボール)を受けると、必ず投げた投手に対し、左手で「いいよ、大丈夫だよ、気にするなと気遣いを見せながら1塁へと走っていきます。彼のその姿勢には、僕は子供ながらにいつも感動していました

そんな「鉄人」は1970年10月19日から連続試合出場という記録を残し、最終的には引退試合となった1987年10月22日まで「2215試合連続出場」という、前人未到の大記録を達成しました

その「2215」という数字は、常々僕がこのブログ上で話題にしているので、皆さんもすっかり覚えてしまったと思いますが、本当に凄い数字なんです

どんなにスーパースターでも、どんなに体が丈夫な選手でも、この彼の領域に達した日本人はいないのですから。あの金本でも、彼の記録に到達する前に体が悲鳴をあげてしまったのですから・・・

鉄人の引退式。

彼が球界を去って24年になりました

以前はTBSの野球解説などでよく見かけていましたが、最近は地上波放送がほとんどなくなったために、彼の姿をテレビで見る機会が激減してしまいました

僕的には広島をとことん愛した彼ですから、ぜひ広島の監督をして欲しいのですが、なかなかそうはいかないみたいですね

何事もそうですが、「継続」する力というものは本当に凄いものがあります。これは決して自分のことを賛美しているわけではないですが、1つ1つの積み重ねが最後には大きなものとなって、その努力が報われるということなんですよね

衣笠祥雄がユニホームを脱いだ日、言うなれば「鉄人の引退式」、今でもその日の彼の姿はしっかりと僕の目に焼きついています

とても勇ましく、そして紳士な姿、その中に「引退」する何か寂しさを秘めた、そんな彼の「背中」を僕は一生忘れることはないでしょう

もしかすると、その「背中」を僕が胸に刻んだ時から、このブログで「2215」超えを目指すことは、「運命」として決まっていたのかもしれませんね

僕の「鉄人への挑戦」は、まだまだこれからも続きます

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 都市(といち)さん→近友(ちかとも)さん、あの有名な女芸人の「友近」さんの名字を逆にしたお名前の「近友」さんは、全国には60名程いるそうです。

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2011年10月21日 (金)

NECO’S キッチン♪⑮

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

ここ数日、暖かい日が続いていますね。これも「冬」を前にした束の間の暖かさかもしれませんね

今日は「雪虫」が飛んでいるのを見ましたし、もう少しすると「タイヤ交換」などの声が聞こえてきます、そうなるといよいよ「冬」の足音はもすぐそこです。冬が来る前に、家の回りの冬支度、そろそろ取りかかりましょう

さて、そんな今日はすっかりお馴染みになったシリーズ企画『NECO’S キッチン』第15回をお送りします

僕の毎朝の日課、それは日本テレビ系列『ZIP』のコーナーで、俳優の速水もこみちさんが料理を作る『MOCO’S キッチン』を見てから、仕事に行くというのが日課です

その大好きなコーナーを真似てスタートした、この『NECO’S キッチン』ですが、早いもので今日で15回目となりました

この調子でどんどんと簡単レシピをご紹介していき、いずれは「レシピ本」を発行するという夢が僕の中では膨らんでいます

さて余談はここまでにして、さあ今回は果たしてどんな料理をご紹介してくれるのでしょうか!早速見てみましょう

<NECO’S キッチン>~第15回~

猫男爵:皆さんこんばんは、猫男爵です。さあ、今日はどんなメールが来ているのでしょうか。

猫男爵:今日ご紹介するリクエストは、ペンネーム「丼ものマニア」さんからです

丼ものマニア:はじめまして猫さん、僕は30歳の独身男性です。一人暮らしをしていますが、料理を作るのは意外と好きです。仕事が力仕事なために、仕事から帰った後はボリュームのある「丼もの」が思わず食べたくなります。何かスタミナのつく、「丼もの」レシピをぜひ教えてください

猫男爵:なるほど、一人暮らしの「丼もの」ですね。それならお任せあれです僕も昔、一人暮らしの頃は、よく「丼もの」を作ってましたからじゃ、今日はアレでいくとしますか

<材料> マグロ、牛肉、長いも、白米、山わさび、砂糖、醤油、酒、海苔、卵黄、以上です

NECO’Sキッチン⑮

まずは「マグロ」を細かくサイコロ大に切り分けておきます

NECO’Sキッチン⑮

「牛肉はカレーやシチュー用の肉を使用し、それをさらに細かくこちらもサイコロ大に切り分けます

NECO’Sキッチン⑮

「長いも」を適量擦りおろし、「山わさび」も擦りおろします。「山わさび」はできるだけ食べる直前の方がいいかもしれません

NECO’Sキッチン⑮

フライパンに「砂糖」「醤油」「酒」を少々入れて、そこへ先程切っておいた「牛肉」を入れて絡めます

「牛肉」の色が変わり、味が染み込んだらフライパンから取り分けておきます

NECO’Sキッチン⑮

器に「白米」を盛り、その上にすりおろした「長いも」、その上に「マグロ」を盛り、「山わさび」をてんこ盛りします。そして上から「海苔」を散らします

NECO’Sキッチン⑮

お好みで「醤油」をかけて、最後に「卵黄」を乗せれば、お魚とお肉が見事に融合した、「鮪と牛肉の月見トロロ丼」の完成です

今日はこれで決まり

「丼ものマニア」さんも、ぜひ挑戦してみてくださいね

さあいかがでしたか今日の『NECO’S キッチン』は、楽しんでいただけましたか。また次回の『NECO’S キッチン』をどうぞお楽しみに

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 宮本(みやもと)さん→都市(といち)さん、都市(とし)と書いて「といち」さんとお読みなります。そんな「都市さん」は全国には110名程いるそうです。

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2011年10月20日 (木)

朝型?それとも夜型?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は人間の「眠り」について少し考えてみたいと思います

人間にとって「眠る」ということは、日常生活の中で決して欠かすことのできないことの1つです。もちろん、眠りに就く時間、睡眠している時間、眠りから覚める時間、それは異なります

人間の「眠り」は千差万別で、それぞれ個人差がありますが、大きくわけて2つの種類があると言われています

1つは早寝早起きが得意な「朝型」、そしてもう1つが夜が強い「夜型」です。

この2つの対照的な型ですが、これには仕事の関係などで生活のリズムがどうしても「朝型」や「夜型」になるケースもあると思いますが、生まれつきの「体質」や「遺伝的」なものもあると考えられます

僕はあえてどちらかを選べと言われれば、自分は「夜型」だと思います。

決して朝が苦手というわけではないのですが、夜遅くまで起きているほうが好きです。休みの前日などは、ついつい夜更かしをしてしまいます

でも歳を重ねるにつれ、若い頃に比べると早く寝るようになりましたし、そうなれば必然的に朝起きるのも早くなりつつあります。徐々に僕の体も「夜型」から「朝型」に変化しつつあるのかもしれません

では、「朝型」と「夜型」どちらが健康に良いのかと申しますと、その結論は医学的には出ていないそうです

「朝型」は寝つきの良い人が多いのに比べ、「夜型」は入眠時間が不安定で寝つきが悪い傾向があるようです。ほぼ同じ時間睡眠はとっているのに睡眠不足を感じる人も、目覚めた時に不快感を感じる人も、「夜型」に多く見られるのもこれが要因のようです

また、ある調査資料によると「夜型」は「朝型」に比べ、「外向的な一方で神経質で不安を感じることも多い」という性格傾向があるそうです

「夜型」は一見すると気ままに生活しているように見られがちですが、社会では「早寝早起きが良い」と考える傾向があり、学校や会社が始まる時間も「午前9時前後」が圧倒的なため、「夜型」の人は睡眠不足になりやすく、生活にも不自由さを感じることが多いそうです

しかしこれは逆の立場でも言えることで、「朝型」の人が深夜の仕事に就いた場合は、辛さを感じることになります

「朝型」は早寝早起きの生活を得意とするために、夜更かしや不規則な生活リズムは苦手で、入眠時間が遅くなっても朝はつもの時間に目が覚めるそうです。そのために、休みの日も睡眠時間を確保できないという悪循環となるそうです

生活時間帯の急激な変化に対して「夜型」は適応しやすいのに対し、「朝型」は適応しにくいという短所があげられます

健康維持という面では、「朝型」は生活が変わればすぐに体調不良が表に出るために、生活改善をしやすいですが、「夜型」は不調が現れにくいために、慢性化したり、大きな障害になるまで気がつかないという危険性が高いともいえるそうです

このように「朝型」と「夜型」はどちらにも一長一短があるようですが、いずれにしても自分の体は自分で一番良く知ること、そして自分の体に合った生活習慣をすることが一番大切なのではないでしょうか

ちなみにこれはあくまでも参考ですが、「朝型」は平均で23時38分に就寝し、6時55分に起床します。対して「夜型」は平均で25時08分に就寝し、8時12分に起床します

皆さんは「朝型」?それとも「夜型」?どちらですか?

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 君(きみ)さん→宮本(みやもと)さん、今日は久しぶりに結構多い人口がいるお名前をチョイスしました。「宮本さん」は全国には24万人程いるそうです。

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2011年10月19日 (水)

栄冠は君に輝く~10回裏~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

2011年のプロ野球もいよいよ大詰めを迎え、エキサイティングな熱戦が続いています

そんな今年のプロ野球の中で、ひときわ活躍が際立っているのが、東北楽天イーグルスのエースナンバー「18」を背負う、“マー君”こと田中将大です

「最多勝」「最優秀防御率」「最高勝率」の投手部門3冠を確実にしているその右腕は現在、日本最高峰の投手といっても過言ではないと思います

そして今日はその“マー君”が、そのスター性を大いに発揮した高校時代に時を巻き戻してみたいと思います。7月からスタートしたシリーズ企画が、今日はいよいよ最終回を迎えます

2000年代半ば、高校野球界を席巻し、北の大地に夢と感動を与えてくれた駒大苫小牧高校の「栄光と挫折」を振り返る「栄冠は君に輝く」、今日はその第10回をお送りします

今から5年前の夏、日本中の目は阪神甲子園球場に釘付けとなっていました

2006年8月20日に行われた第88回全国高等学校野球選手権決勝戦、「駒大苫小牧VS早稲田実業」の試合は、駒苫のエース田中、そして早実のエース斉藤、両投手の壮絶な投げ合いの末に決着はつかず、延長15回引き分け再試合となりました

実に37年ぶりの決勝戦再試合に、ファンは大きな声援と拍手を送りました。そんな大歓声がこだました甲子園球場は、翌日再び熱い熱戦に包まれました

2006年8月21日 決勝戦再試合 対「早稲田実業」

先攻は駒大苫小牧、マウンドには前日の試合を1人で15回投げ抜いた早稲田実業の斉藤君の姿がありました。その斉藤君の前に初回、駒苫は3者凡退に抑えられました

何となく嫌な空気が漂う中、この日も駒大苫小牧の先発を任されたのは、エースのマー君ではなく、2年生の菊地君でした

しかし、この大舞台は菊地君にはあまりも大きな重圧でした・・・先頭打者を四球で出すと、その後も制球を乱し、2死1、3塁からヒットを打たれ先制点を与えてしまいます

僕もそうでしたが、見ている道民にとっては本当に菊地君がかわいそうで仕方ありませんでした・・・

『早くマー君に代えてあげて!』それはおそらく、球場で応援するファンもそしてテレビの前で固唾を呑んでいたファンも、みんなが思っていた事ではなかったでしょうか

そして香田監督も、ここで早々に決断をしました

栄冠は君に輝く〜10回裏〜

マウンドに駒大苫小牧の背番号「1」が小走りに向かうと、球場内は大きな盛り上がりをみせました。高校野球界のスター、田中将大の登場です

結局、菊地君は打者5人、2アウトしか取れずに交代しましたが、彼にとってはこの甲子園で経験したことは大きな財産になったはずです

マウンドに上がったはマー君はこの後のピンチをしのぎ、初回は相手の攻撃を1点だけに抑えたのですが、続く2回に1点を奪われ、序盤は「0対2」と早稲田実業がリードして進みます

栄冠は君に輝く〜10回裏〜

駒苫打線も必死に点を返そうとするのですが、この日の斉藤君は前日にあれだけ投げたとは思えない程、球にもキレがあり、4回途中までノーヒットに抑えられます・・・

『まずいぞ、ちょっと今日の斉藤は打てないぞ・・・』そんなことを僕は頭の中で思いました

栄冠は君に輝く〜10回裏〜

マー君も3回以降は立ち直り、味方打線の援護を待ち、全力投球で相手打線を封じ込めます

栄冠は君に輝く〜10回裏〜

ピンチになれば、駒苫ナインはみんなでマウンドに集まり、「人差し指」を天に指すお馴染みのポーズで気持ちを集中させます。これが「3年連続」で決勝戦に駒を進めるチームの、精神力と底力の源です

そんな駒大苫小牧に反撃の“のろし”が上がったのは6回表です。これまで完全に抑え込まれていた斉藤君に対し、1番の三谷君が打った打球は

栄冠は君に輝く〜10回裏〜

見事にスタンドへと飛び込む本塁打となりました。これで「1対2」と1点差に詰め寄りました。この一撃には、見ている僕も思わずガッツポーズを取りました

『よし!いけるぞ!追いつけるぞ!』

しかしそんな思いも束の間、6回裏と7回裏にマー君がそれぞれ1点ずつを失い、「1対4」とリードを広げられます・・・ここまでなのか駒苫・・・3連覇は無理なのか・・・

とうとう試合は9回表を迎えてしまいました。ここで「アウト3つ」を取られた瞬間、駒大苫小牧の夢は儚くも消えてしまう

『頑張れ、最後まで諦めるな!』僕はテレビに向かい、手を合わせ必死に祈りました

そして、その願いは通じました

栄冠は君に輝く〜10回裏〜

9回表、先頭の三木君がヒットで出ると、続く3番中沢君がセンターバックスクリーンへ飛び込む2点本塁打を放ちました

大歓声が甲子園球場を包み、9回とはいえ試合の“流れ”は完全に駒大苫小牧に傾いてきました

しかし早実の斉藤君は非常に冷静でした。自分のリズムでしっかりと投げ、雰囲気にのまれることなく、後続の2人を討ち取り、9回2死までたどり着いたのです。

駒大苫小牧にとっては「絶対絶命」、あと1人アウトになれば試合が終わってしまいますそしてこの状況下でバッターボックスに向かったのは、マー君でした

甲子園の神様は、最後の最後でこんな演出をするとは

決勝戦の9回表、2死ランナーなし、バッター田中将大、ピッチャー斉藤佑樹、球場もテレビの前も、一球一球固唾を呑んで見守りました

そして・・・

栄冠は君に輝く〜10回裏〜

斉藤君が渾身の力を込めて投じた直球に対し、マー君はフルスイングでこたえましたその結果は、空振り三振・・・

この瞬間に2日間24回に渡る決勝戦は決着し、「4対3」で早稲田実業が駒大苫小牧を破り「初優勝」を決めました

我が北海道代表の駒大苫小牧の史上2校目の「夏3連覇」は夢と消えてしまいました・・・

試合が終了した瞬間、僕の感情にはもちろん「悔しい気持ち」や「残念な気持ち」で溢れかえっていましたが、でもそれ以上に「選手に対する感謝の気持ち」でいっぱいでした

ここまで高校野球に夢中にさせてくれて、北海道だけでなく日本中に熱い感動を与えてくれた駒大苫小牧の選手には、本当に御礼を言いたい気持ちでした

それも3年間に渡り、多くの「感動」と「勇気」を僕らに与えてくれたことにも本当に感謝しています

栄冠は君に輝く〜10回裏〜

閉会式では、2年連続で北海道に持ち帰った「深紅の大優勝旗」は、主将の本間君の手には渡りませんでした。でも、「準優勝の盾」を手にする本間君の姿は何か誇らしげに僕には見えました

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閉会式の後、記念撮影で並んで写った「マー君」と「ハンカチ王子」、甲子園をそして高校野球界を盛り上げた2人のエースは、この後それぞれ「プロ」と「進学」という、お互い違う道を進みましたが、今では日本プロ野球を支える立派な選手になったことは、あえてここで言うまでもありません

最後の打者となったマー君は、試合後も涙を見せずに淡々とインタビューにもこたえていました

『悔いはありません』そうはっきりと応えるマー君の姿を見て、この選手は間違いなく将来の日本のプロ野球を背負って立つ存在になると僕は確信しました

この翌年、駒大苫小牧高校は5年連続の甲子園出場を果たし、4年連続の決勝戦進出を目指し、そして昨年持ち帰ることのできなかった「深紅の優勝旗」を奪還するために、試合に挑みましたが、初戦で広陵高校に破れ、姿を消すことになりました・・・

それ以降、駒大苫小牧は甲子園の土を踏んでいません。この輝かしい戦績は、かつての「栄光」になりつつある今、僕は駒大苫小牧の復活を心待ちにしています

現在、駒大苫小牧高校の監督を務めているのは、2004年に初優勝した当時の主将佐々木孝介君です。「香田イズム」を一番理解していた彼が、今必死に駒大苫小牧の野球を復活させるために、もがき苦しみながら戦っています

きっといつかその「努力」は花を咲かせると僕は信じています

甲子園球場では決勝戦の後の閉会式が終わると、首からメダルを下げた両校の選手がグランドを一周します

その時に流れる歌は、大会歌の「栄冠は君に輝く」です。陽が西に傾き、秋の到来を感じさせる「とんぼ」が飛び交う中を、選手達はこの歌に合わせて行進します

「あ~あ、栄冠は君に輝く♪」

目を瞑ればあの歌とともに、3年続けてグランドを行進する駒大苫小牧の選手の顔が思い出されます

2004年「歓喜の初優勝」

2005年「重圧に勝った連覇」

2006年「挫折からの準優勝」

それぞれ色々な想いを抱き、そして勝ち取った「栄冠」と「名誉」です

7月から全10回に渡りお送りしてきた、この「栄冠は君に輝く」というシリーズ企画でしたが、今回で最終回とさせていただきます

長きに渡りお付き合いいただき、誠にありがとうございました。こうやって振り返ってみると、高校野球の素晴らしさを改めて強く感じました

皆さんの中に、まだ高校野球を観戦した事がない方がいましたら、ぜひ機会があればご覧になってください

青空に飛び交う白球と声援、そこには偽りのない感動のドラマがあります

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 山木(やまき)さん→君(きみ)さん、これも非常に希少なお名前ですね、「君さん」という男の子がいたら「君君(きみくん)」と呼ばなきゃならないですもね。そんな「君さん」は全国には140名程いるそうです。

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2011年10月18日 (火)

間違い電話の向こう側・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

僕が大人になる前の子供の頃、まだ日本には「携帯電話」という文化が普及しておらず、一般的には各家庭にある「固定電話」を使うのが基本でした

時が流れ、現代社会では「携帯電話」というものが完全に普及し、「携帯電話」を持たない人は“希少”と呼ばれるような時代に変化しました

そんな変貌を遂げた電話の世界の中で、先日ふと思うことがありました。それが「間違い電話」です

昔の「間違い電話」は、各家庭にある「固定電話」にかかってくるために、だいたいの場合は市街局番が同じ地域で、しかも番号が1番違いであったり、あるいは番号が逆のケースといった、単純な「間違い」から起こることが主であったと考えられます

例えば、電話番号が「99-1234」であれば、「99-1235」にかけたり、「99-1243」にかけたりすると、「間違い電話」になるということです

しかしそれが「携帯電話」となれば、番号を間違えても、その相手が同じ地域に住んでいる人とは限りません。つまり、日本のどこにいるか分からない相手に、「間違い電話」をかけてしまうということになります

「携帯電話」のシステムからいえば、お互いに番号交換をしている相手であれば、必ず携帯電話の電話帳に登録されているので、登録している番号を押すだけで相手の「携帯電話」にかかるわけですから、「間違い電話」じたいがそんなに考えられませえん

でもそれが登録をしていない場合には、“11ケタ”もある電話番号を見ながら電話をかけるわけですから、当然間違えることもあるわけです

間違い電話に多い初歩的なミスとして多いのが、例えば携帯電話番号の頭にある「090」と「080」を間違えてかける場合などです

僕は仕事上、会社から携帯電話に電話をすることが頻繁にあります。そこでたまに、番号を見間違えたり、番号を押し間違いしたりして、ミスをしてしまうこともあります

間違えてかけてしまった電話に出た相手には、ご迷惑をかけてしまって大変申し訳ないと思っています

でも考えてみると、その「間違い電話」の相手って、どこの誰なんでしょうね?

もちろん、一般の方がほとんどだとは思いますが、もしかしたらもの凄い有名な方や、芸能人などの携帯電話にかかってしまう可能性も、全く無いとは言い切れませんよね?

そこには固定電話の時にはない、秘めたる可能性があるのではないでしょうか

大都市圏であれば、もしかすると固定電話でもそういう可能性はあるかもしれませんが、僕が住んでいる北海道の十勝では、まず固定電話で間違い電話をして芸能人にかかるということは考えられません

そういう意味では、携帯電話は間違い電話で有名人に繋がる可能性があるというわけです

もちろん、登録していない「知らない番号」に出ることを拒絶する人はたくさんいるので、電話に出ないで終わることもあるかもしれません。ことさら有名人であれば、むやみやたらに「知らない番号」には出ないはずです

でも万が一、偶然にも電話に出た相手が超有名な方であったとすると、それは超ラッキーなことかもしれません

ただし、相手が自分の名前を名乗ったりすることは多分ないと思うので、結局「間違い電話」をかけても、その人が有名人だったかは分からないんですけどね

「間違い電話」をかけたこちら側から、『あなたは誰ですか?』などと聞くわけにはいきませんしね

何か、間違い電話の向こう側を自分の頭の中で色々と考えていると、そんなどうでも良いこと妄想してしまいました

でもこれだけは守らなきゃ。「間違い電話」は故意には絶対にしないことです

かかった相手にもご迷惑をかけますからね。あくまでも「間違い電話」は、かけるつもりは無かったけど間違えてかけてしまった場合のみに許されることですからね

携帯電話が本格的に普及してから10年以上になりますが、もしかしたらその10年ぐらいの間に、僕も1人ぐらいは間違い電話で有名人と会話したことがあるのかもしれません

その答えは永遠に迷宮ですが、そう思うと何だか色々と妄想が膨らんだ猫男爵でした

ちなみに以前、僕の携帯電話に「間違い電話」で留守電が10分以上入っていた経験があります。母親らしき人物が、自分の娘の携帯電話にかけたつもりでいたんでしょうね、僕の携帯電話の留守電に延々と家族のことを赤裸々に話していました

皆さんも「間違い電話」にはくれぐれも気をつけましょう僕も気をつけます

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 龍宮(たつみや)さん→山木(やまき)さん、このお名前は僕の住む北海道に多いそうです。確か「ヤマキ」というホームセンターもありましたね。そんな「山木さん」は全国には9900人程いるそうです。

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2011年10月17日 (月)

独古(どっこ)は、どこ?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今から1ヶ月ぐらい前でしょうか、ワイドショーでリポーターとして活躍していた奥山英志さんが、「4月頃から行方不明になっている」というニュースを目にしました

『そういえば最近見なくなったなぁ~』とは思っていましたが、そんなことになっているとは思いもしませんでした

奥山さんの自宅マンションの部屋の中は、お風呂の水は張ったまま、洗濯物も干したままという、“生活感”を残したままの状態での「失踪」に、関係者たちの間では一様に「何らかの事件に巻き込まれたのではないか?」と心配する声もあがっていました

その後も、目撃情報などが出てきたりしていることからも、「生きていること」は間違いないようですが、なぜ彼が「失踪」したのか、そして今どこで何をしているのか?謎は深まるばかりです

「行方不明」とはニュアンスが全く違いますが、「指名手配これも“人探し”という点では同じです

「失踪者」ももちろん早く見つかって欲しいですが、「指名手配犯」は犯罪を犯した悪人ですので、被害にあった方々の事を思うと、早急に見つけて欲しい気持ちが強いです

そんな「指名手配犯」の中に、僕が小学生の頃から気になっていた人物がいます

僕の実家と小学校の間には「交番」があります。僕は小学校からの帰り道、必ずその「交番」の前を通って帰宅していました。

そして必ずその「交番」の前で目にしたのが、「指名手配犯」の顔写真です。その写真には「独古勇」という名前が書かれていました。子供でも読めるような気配りなのか、漢字の横に「どっこいさむ」という“ふりがな”も書いてありました

「どっこ」という珍しい名前が小学生の僕には凄いインパクトがあり、あれから30年以上経った今でもその名前を忘れることはありません

でも、最近の「指名手配犯」の顔写真の中に彼の名前は見かけません。『僕が知らない間に、きっと独古は捕まったんだそんなことを思うと、無性にそのことを調べてたくなり調べてみました

言うなれば、独古(どっこ)は、どこ?です

独古勇は、1981年に埼玉県大宮市で起こした「強盗殺人容疑」で全国に「指名手配」されました。その後、逃走を続け、その手がかりはいっこうに無かったようです・・・

しかし

1996年10月、当時45歳だった独古勇は「東京都内の病院で死亡していたことが判明した」という記事を発見しました

その記事によると、都内の病院で「肝硬変」で死亡した男性の残っていた「指紋」や身体特徴が、独古勇と一致したそうです

僕が小学生の頃から「指名手配」されていた独古勇は、事件から15年後に病死という最後を遂げていたのです

そんな事とはつゆ知らず、「独古は今でもどこかで、のうのうと生き延びているのか」と僕は思っていました。

丸15年ということは、「殺人罪の時効」が成立したと思われがちですが、実は彼には共犯者がいて、その「共犯者の刑が確定するまで」は時効は停止するのです。つまり、独古が死んだ時点では、まだ時効は成立していなかったのです。

そのことを独古が知っていたかどうかは分かりませんが、いずれにしてももう、「独古はどこ?」などと思わなくてすむことだけは確かです

僕が子供の頃から記憶している「独古勇」という指名手配犯のような存在は、現代の子供達にとっては、今あちらこちらでよく見かける「おい!小池!」という指名手配犯になるのでしょうかね

小池が早く逮捕されることを祈ります。

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 喜多(きた)さん→龍宮(たつみや)さん、「龍宮城」をイメージしてしまうようなお名前ですが、全国には「龍宮さん」は40名程いるそうです。

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2011年10月16日 (日)

ハタヨウコ?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は仕事の都合で、職場の人を車で送り迎えしなければならなかったので、「休日出勤」してきました

60代のおばさん3人を会社の車に乗せて車を走らせていると、色々な世間話が次から次へと後部座席で飛び交っていました。

まるで自分がタクシーの運転手にでもなった気分で僕は、話の邪魔をしないように、おばさん達の話を聞きながら時には会話に入ってみたりと、気を遣いながら運転していました

60代といえば自分の母親と同じような年代です、向こうも僕の事を自分の子供のように可愛がってくれます

それにしても、おばさん達は「どうしてこんなに話す話題があるんだろう?」と思うくらいに、本当に話が尽きません。そんなことを思いながら運転していると、ちょっと気になる話題がありました

話の内容はと言いますと、3人の中のある1人のおばさん、ここではおばさんAとしましょう、そのおばさんAの近所のお宅の話でした。

その近所のお宅の娘さんが、このたび「デキちゃった結婚」をするという話でした。昨今の時代、「デキちゃった結婚」はさほど不思議ではない時代です。それはそのおばさん達も理解していました

しかし問題なのは、その結婚する相手の男性が妻子持ちの方だったということです。もちろん、日本では“重婚”は認められていないので、その男性は奥さんと離婚して、その娘さんと結婚することになったそうなんですが、2人の子供達は父親である、娘さんの結婚相手が引き取ることになったそうです

何とも複雑なお話ですが、皆さんにうまく伝わっているでしょうか?

そして問題はまだまだあります

その娘さんも現在妊娠中なので仕事を辞めて、とりあえずその結婚相手とその子供2人と4人で暮らすことになったみたいんなんですが、まだ自分の子供も産んでいないのに、妊娠中にも関わらず幼い子供2人を育てなければならないという状況下に置かれたわけです

さらにその娘さんは、車の免許を取りに行っている最中だったようですが、仮免許まではいったものの、なかなか本試験に合格せず、既に8回も落ちているそうです・・・なので車も当然運転できません。十勝で車無しの生活は結構厳しいものがあります。

自分の娘のことでもない、ただの近所のお宅の娘さんのお話を、まあよくもこんなに詳しくも知っているな~と僕は本当に感心しながら聞いていましたが、次の瞬間おばさんAが発した言葉に、僕は一瞬首を傾げてしまいました

おばさんAいわく、『その娘さんの結婚する相手は、顔がハタヨウコに似ているんだって!』と言うのです

「ハタヨウコ???」

女みたいな名前だな、その男?うん?待てよ・・・まさか・・・

おばさんAの隣りにいたおばさんBが、『誰?そのハタヨウコって?』と聞いたのに対して、おばさんAが答えた言葉を聞いて全てが解決しました

『ほれ、いるしょ!漫才やる人で、ギターもっている人。』そう言うおばさんAに対して、『あ~あ、あの人ね。』と、おばさんBも、そしておばさんCも納得していましたが、僕は心の中で『それはハタヨウク(波田陽区)だよ!』と呟いていました

たった「1文字」違うだけで誰のことだかさっぱり分からなくなっちゃいますね

それにしても、車に乗ってから降りるまで、本当に休みなしに話を続ける“おばさんパワー”には感服していまいます

それと、そのおばさんAの近所の娘さん、大丈夫かな・・・ちゃんとこれからその男性とうまくやっていけるのかな・・・親御さんは大反対しているということも、最後におばさんAが付け加えていました。

彼女が自分で選んだ人生なので、人がとやかく言うことではありませんがね。

僕がもしもタクシーの運転手なら、今日のおばさん3人組は「割り増し」で料金取りたくなるような、そんな数十分間のできごとでした

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 一寸木(ちょっき)さん→喜多(きた)さん、僕の中学校の理科の先生に「喜多さん」という教師がいました。あだ名は「キタロー」でした。そんな「喜多さん」は全国には2万8000人程いるそうです。

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2011年10月15日 (土)

行っておけば良かった・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

『行っておけば良かった・・・』

皆さんはあとになって、こんなことを思った経験はありませんか?

「いつか行こう!」と心の中で思ってはいたけれども、行けずにいるうちに、その目的の場所が失くなったり、閉鎖したり・・・

結局そこには、『行っておけば良かった・・・』という後悔の念だけが残ることになるような、そんな体験はありませんか?

実は今、僕はその思いをまざまざと痛感しています

東京都足立区にある民家を利用して作られた通称「尾崎ハウス」、これは知る人ぞ知るあの尾崎豊さんが、今から19年前に死ぬ直前に倒れていた場所です。その「尾崎ハウス」がこのたび、取り壊されることになりました

1992年4月25日、あまりにも突然であまりにも衝撃的なニュースでした

「10代のカリスマ」として若者から支持を得ていた尾崎豊さんの死・・・「信者」の1人であった当時17歳の僕にとってもそれは衝撃を越えて、悲劇でした・・・

心の中に何か大きな穴が開いた・・・そんな感情が暫く続きました。彼が残してくれた「音楽」をただ聴くことしかできない日々、でもそのメロディーや言葉が、彼の「心の叫び」として僕を何度となく勇気づけてくれました

彼はこの世を去ったけれども、彼の音楽は今でも生き続けているという事実、それは19年経った今でも存在します

そんな尾崎豊さんのファンたちの“交流の場”として「尾崎ハウス」は存在していました。そして、この民家を提供してくれていたのは小峰さんという方です

尾崎さんの死後、尾崎さんが死の直前に倒れていた小峰さんの家の前にはファンが毎日訪れていました。そんな中、毎晩泣いている1人の女の子を小峰さんが『いつまでも外にいないで中に入りなさい』と、招き入れたのが「尾崎ハウス」の始まりでした

彼の善意がなかれば、この「尾崎ハウス」というものは存在しなかったわけですが、この「尾崎ハウス」を訪れた人々には、様々な人間模様があったそうです。

ここで知り合ったファン同士が結婚したこともあったそうで、その縁から小峰さんは2人の結婚式にも出たことがあるそうです

その他にも、拘置所を出たばかりの男性、離婚直前の夫婦、いじめに悩む中高生、人間関係につまづいたサラリーマン、さまざまな「悩み」や「苦しみ」を抱えた人が、尾崎さんのCDや書籍、ポスターなどで溢れる「尾崎ハウス」を訪れ、自分の思いをノートにつづっていったそうです

時には小峰さんが、「尾崎ハウス」の前に立ち尽くす少年や少女の悩みを聞くこともあったそうです。

そんな小峰さんの人柄なのか、ここを訪れた多くの人が自分の結婚式に小峰さんを招待したり、子供を連れてここに遊びにきたりと、今でも交流を持っているそうです

「尾崎ハウス」の部屋の広さは「六畳間」と決して広くはありません。でもこの「六畳間」には19年間のファンのたくさんの「思い」と、そしてそのファンをずっと見守ってきた小峰さんの「思い」がぎっしりと詰まっていたのだと思います

尾崎さんが自分の家の前で倒れていた時、当時53歳だった小峰さんは、気がつけば72歳という年齢になっていました。

『19年余り、尾崎さんのファンと家族同然に付き合ってきました。十分やったと思います。私もそろそろ卒業させてください。』と、「尾崎ハウス」の解体を前にして小峰さんは微笑んでいたそうです

「尾崎ハウス」の解体は、老朽化と小峰さんが二世帯住宅に建て直すことが理由ですが、「有名人が自分の家の前で倒れていた」というそんな状況下で、その場所をファンのために開放するということは、なかなかできることではありません。「これも何かの縁」そう思う気持ち、それはなかなか真似のできることではありません

そんな小峰さんだからこそ、ここを訪れる多くのファンの方と交流もできたのでしょうね

「尾崎ハウス」が無くなっても、小峰さんにとっても、そして尾崎ファンにとっても、この場所は忘れることのできない大切な場所であることに変わりはないと思います。そしてきっと、そのことを天国にいる尾崎さんも優しく見守っていることでしょう

僕自身は北海道に住んでいるために、なかなか東京に行く機会というものがありません。『東京に行った際にはいつか「尾崎ハウス」に行ってみたい。』と思ってはいましたが、結局行けずに終わってしまいました・・・

今となっては後悔の念だけが残りますが、「尾崎ハウス」じたいは無くなりましたが、いつかこの場所には足を運んでみたいとは思っています

皆さんも、今行ってみたいと思う場所がもしもあれば、『行っておけば良かった・・・』とならないように、思いきって足を運んでみてはいかがですか。僕もこれからはそうしようと思っています

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 回り道(まわりみち)さん→一寸木(ちょっき)さん、これもなかなか読めないお名前ですが、「一寸木」と書いて「ちょっき」さんとお読みになります。てっきり希少なお名前だな~と思いきや、実は全国には「一寸木さん」は960名程もいるそうです。

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2011年10月14日 (金)

NECO’S キッチン♪⑭

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

「秋」も深まり、僕が住む十勝地方では畑での農作業が急ピッチで行われています

「ジャガイモ」の収穫は例年に比べて遅れていますが、その他の「豆類」や「ビート」などの作物の収穫作業も順調に進んでいます。もう少しすれば「牛蒡」や「長芋」などの収穫作業も本格化し、「冬」を前にいよいよ最後のラストスパートです

農家さんの畑とは比べるのも失礼なお話ですが、我が「男爵村」では既に全ての作物の収穫作業が終了し、あとは来年に向けての「秋耕し」と「整地作業」を終えれば、今年度の閉村となります

そんな今日は、その「男爵村」で収穫した「野菜たち」を使って、あのシリーズ企画をお送りしたいと思います

「料理は想像から生まれる娯楽」この歌い文句を掲げて、僕がオリジナルのレシピを考えながら料理を作る、『NECO’S キッチン』第14弾を今日はお送りします

すっかり恒例になってきたこの企画、皆さんに楽しんでいただけているのかどうかは分かりませんが、料理を作っている僕自身は非常に楽しくやらさせていただいております

僕が“師”と仰ぐ速水もこみちさんは、『MOCO’S キッチン』のレシピ本を先月末に発売していますが、いずれ僕も料理レシピが「100品」ぐらいに達成したあかつきには、『NECO’S キッチン』のレシピ本を出版しようかな~と勝手に思っています

その日が来ることを願い、今日も僕は包丁を手に持ち、料理に挑んでみたいと思います

<NECO’S キッチン>~第14回~

さて、今日はいったいどんなメールが来ているのでしょうか

猫男爵:今日ご紹介するメールは、ペンネーム「肉男子」さんからのリクエストです

肉男子さん:はじめまして猫男爵さん、いつも楽しく見ています。僕は某電気メーカーで働く25歳の男子です。大好物は「お肉」です。そのせいか、最近少し体型が太り気味になってきました。「お肉」ばかりでなく「野菜」も少しは食べなきゃとは思っています。そんな僕にも簡単に作れる、野菜をたっぷり使った美味しい「サラダ」レシピをぜひ教えてください

猫男爵:なるほど、「野菜」を取らなきゃというのは非常に良い心がけですね。僕は25歳の頃にはそんなことを考えずに、ひたすら「お肉」ばかり食べてましたからね。さて、そんな「お肉」が大好きな「肉男子」さんのために、今日は野菜をたくさん使ったサラダを作っちゃいますね

<材料> じゃがいも(レッドムーン)、レタス、キャベツ、人参、枝豆、玉ねぎ、オリーブオイル、塩、黒胡椒、パルメザンチーズ、マヨネーズ、以上です

NECO’Sキッチン♪⑭

今回使う食材には、「男爵村」で収穫した「野菜」をふんだんに使います。まずは「じゃがいも」(レッドムーン)の皮を剥き、ピーラーで削いで沸騰したお湯の中に入れます。この時、「人参」を千切りしたものも一緒に茹でます

NECO’Sキッチン♪⑭

茹でた「じゃがいも」と「人参」は水で洗い、水分をよく切っておきます

NECO’Sキッチン♪⑭

次に「レタス」をボールに入れます。この時、「レタス」は手でちぎるのがポイントです。手でちぎることで旨味が増します

NECO’Sキッチン♪⑭

続いて「キャベツ」を細かくみじん切りに、「玉ねぎ」を薄切りに切ります

NECO’Sキッチン♪⑭

次に、煮立ったお湯に「塩」を少々入れて、これも男爵村産の「枝豆」入れてを茹でます

NECO’Sキッチン♪⑭

「枝豆」を茹でている間に、ボールの中に先程切っておいた、「レタス」「玉ねぎ」「キャベツ」、さらに「人参」と「じゃかいも」の薄切りを入れて、「オリーブオイル」と一緒に混ぜ合わせます

NECO’Sキッチン♪⑭

混ぜた野菜の中に、最後は茹でた「枝豆」を入れてもう一度よく混ぜます

NECO’Sキッチン♪⑭

混ぜた野菜をお皿に盛り、「パルメザンチーズ」「マヨネーズ」「黒胡椒」をかければ、猫男爵特製「村のヘルシーサラダ」の完成です

NECO’Sキッチン♪⑭

野菜不足を補うには、こんな感じの「サラダ」もありではないでしょうか

今日はこれで決まり

「肉男子」さん、ぜひこのサラダに挑戦してみてください

さあ、いかがでしたか今日の『NECO’S キッチン』は楽しんでいただけましたか。また次回の『NECO’S キッチン』をどうぞお楽しみに

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 次郎島(じろうじま)さん→回り道(まわりみち)さん、嘘のようですが本当に「回り道さん」というお名前が存在するようです。全国には「回り道さん」は20名程いるそうです。

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2011年10月13日 (木)

逆に親の顔が見てみたい!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

早いもので「10月」も半ばに差し掛かりました。辺りの木々たちは徐々に色彩を鮮やかにしてきましたし、日に日に陽が沈む時間が早くなり、季節の経過をつい早く感じてしまいます

これからは少しずつ気温も低くなっていきますので、皆さんも体調管理には十分に気をつけてくださいね

さて話は変わりますが、僕は先日ちょっと気になるというか、心が暖かくなるような嬉しい光景を目の当たりにしました

あれは数日前のことでした。僕は仕事で、とある現場へ向かうために車を運転していました

大きな道路から少し脇道に入ったところで、「一時停止」の標識の交差点のところにきたので、「一時停止」をして左右を確認しました

すると、右側に小学低学年ぐらいの小さな男の子の姿が見えました。ちょうど下校の時間帯だったので、おそらく家に向かっている最中だったのでしょう。

少し大きめの「黒いランドセル」を背負ったその男の子は、僕の方を見ていました

僕は『いいよ、渡りなさい。』と、車の前を先に渡るように手で合図をしました

するとその男の子は、渡る前にまず僕に深々と頭を下げました。そして小走りで道路を渡っていきました

『何て可愛い男の子なんだ。』と僕は思い、思わず顔が緩みました

これで終わるのがまあ普通なのかもしれませんが、何とこの男の子は違いました

道路を渡り終えたその男の子は、くるっと回れ右をして僕の方をちゃんと見て、そしてまたもう一度僕に深々と頭を下げたのです。その“お辞儀”の角度が素晴らしいんです。とても子供とは思えない、礼儀正しいお辞儀の仕方なんです

これには僕も凄く嬉しい気持ちになりましたし、この男の子は親の「しつけ」がちゃんと行き届いている子供なんだな~と感心してしまいました

よく、行儀の悪い子や悪さをする子を見たら「親の顔が見てみたい」と言いますが、この素晴らしい行儀正しい男の子の姿を見て僕は、「逆に親の顔が見てみたい!」と思いました

親の教えを守る「子供」も素晴らしいですが、そういう礼儀やマナーをしっかりと教えることのできる「親」も実に素晴らしいと思います

当たり前のことなんですが、最近はその当たり前が当たり前でなくなってきている時代です。そんな時代に何か凄く嬉しい気持ちになった、そんな一日でした

今でも、あの時の小さな男の子のつぶらな瞳を思い出すと、ぐっときてしまいます

季節はだんだんと「冬」へと近づいていく「晩秋」に差し掛かります。空気が一段と寒くなっていく中に、何か心が暖かくなるような、そんな出来事でした

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 旦那寺(だんなじ)さん→次郎島(じろうじま)さん、「次郎さん」という方が多くいた島に住む方々が、きっと「ご先祖さん」なんでしょうかね。そんな「次郎島さん」は、全国には10名程いるそうです。

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2011年10月12日 (水)

満潮の漁港で・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は週の真ん中「水曜日」ということでミニバレーの日でしたが、情けないことに僕は先日の「駅伝大会」の後から左膝に痛みが走り、今日もまだその痛みが消えないため、ミニバレーの方はお休みさせていただきました

「練習不足」というものが、いかに37歳の老体には応えるかということがよく分かりました。少しでも早く膝を治して戦列に復帰したいと思います

さて、先日のことですが、ジャニーズファンにとっては大きなニュースが日本中を駆け巡りましたね

『山下智久と錦戸亮がNEWSを脱退!』

山ピーは「ソロ活動」に専念、亮ちゃんは「関ジャニ∞」に専念ということで、NEWSを離れることになったわけですが、NEWSでも「看板」の2人が抜けたことで、この先のNEWSがいったいどうなるのか気になるところです。残った4人のメンバーでの「新生NEWS」には、今まで以上に頑張って欲しいですね

そんなことがあったからなのかどうかは分かりませんが、先日僕の夢の中「ジャニーズ」のメンバーが登場してきました

その人物とはKAT-TUNに所属する亀梨中丸です

僕は亀梨が運転する車の助手席に乗り、後部座席には中丸が座っていました

僕ら3人が向かおうとしていたのは、どこかの漁港です。「海釣り」をすることが目的で、3人はとてもハイテンションになっていました

すると、全く見た事もない港町に僕らの車は到着しました。しかし「満潮」の時間だったために、海水が堤防を越えて港町の方まで押し寄せてきていました

『これヤバイんじゃない?』と中丸が注意をする中、亀梨は車を冷静に有料駐車場に止めて、3人で歩いて港町を探索していました

すると、海沿いの「食堂」みたいなところに漁師の方が大勢集まっており、僕らにこう言うのです

『今日は釣りはできないぞ、その代わりに厨房で魚をさばいてみろよ!』

『釣りはできないことは分かるとしても、何で俺たちが魚をさばかなきゃならないんだよ・・・』と僕が思う中、亀梨と中丸は素直にその指示に従い厨房へと向かいました

僕も嫌々ですが、後をついていき厨房へ・・・

すると20~30人程の料理人らしき人が、白い割烹着を身にまとい、みんなひたすら魚をさばいているではありませんか

気がつくと、僕の目の前にいる亀梨と中丸も、白い割烹着を着て、頭にはタオルを巻き、上手に魚をさばいているではありませんか

僕も自分が割烹着を着ていることに気づき、慌てて目の前にある包丁を持って魚をさばいてみることにしました

すると何と、これがスイスイと上手にさばけるではありませんか

そして「白身魚」と思われるその魚をさばきながら“つまみ食い”してみると、これが旨いのなんのもう僕の手は止まらず、何度も何度もパクついていました

すると漁師の1人が来て、『食べてばかりいないでちゃんとさばけよ!』と、僕は怒鳴られてしまいました。僕は『釣りにきたのに、何でこんなことしているのかな・・・』と思いましたが、後ろにいる亀梨と中丸はプロ並みの腕前で、次々と魚をさばいていきます

僕の耳元で亀梨が、『俺と中丸は、元は板前だったからな。』と呟いたところで僕は目を覚ましました

いったいなんだっただあの夢は?と今でも思っていますが、「夢」とは本当に不思議なものです。でも何かどこかに意味があるのも「夢」なんでしょうね。もしかしたら、僕はいつかどこかで「魚」をさばくことになるのかな(笑)

今日は満潮の漁港で、KAT-TUNの2人と魚をさばくことを体験するという、何とも摩訶不思議な夢を見たというお話でした

今日はいったいどんな夢を見れるのかな

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 祝多(いわいだ)さん→旦那寺(だんなじ)さん、檀家さんがみんな旦那さんのお寺?そんなわけはありませんよね。そんなことを思わず連想してしまうような、希少なお名前の「旦那寺さん」は、全国には20名程いるそうです。

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2011年10月11日 (火)

勝って兜の緒を締めよ!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は、昨日の「駅伝大会」の疲労感が残る一日でした。いかに日常のトレーニングが大切かということをまざまざと感じています

そんな今日の夜、先程まで僕はテレビの前に釘付けになっていました

今日行われたサッカー日本代表の試合、それは2014W杯ブラジル大会アジア地区3次予選、対タジキスタン戦です

大阪長居スタジアムで行われた、その熱戦の模様を今日も振り返ってみたいと思います

アジア3次予選としては3試合目となる日本代表ですが、相手はシリアの失格により急遽3次予選に出場してきたタジキスタンという国です。FIFAランクでは、日本の15位に対し、タジキスタンは124位ということで、ランクだけだとその差は歴然としています

これまでの対戦成績はなく、非常に未知数のチームだけに、用心にこしたことはありません

勝って兜の緒を締めよ!

今日の先発メンバーはご覧のメンバーですシステムは慣れている「4-2-3-1」です

そして注目は1トップにハーフナーを初先発してきたことです。しばらく代表にいなかったタイプの「大型FW」に、僕は大きな期待を寄せています

日本生まれで日本育ちのハーフナーには“大和魂”という熱いものがありますから

ケガで不在の本田のポジションには中村憲剛が入り、同じくケガで離脱中の右サイドの内田のところには駒野が入りました

勝って兜の緒を締めよ!

この大切なゲーム、国歌斉唱は植村花菜さんです。この歌声で、「トイレの神様」ならぬ「ピッチの神様」が微笑んでくれるのでしょうか

解説陣は今日も、セルジオ越後松木大先生というお馴染みの“迷コンビ”とあって、試合前から大いに盛り上がっていました

そしていよいよキックオフのホイッスルが鳴り響きました

試合開始からゲームを支配したのは日本でした。守りを固めるタジキスタン相手に、日本は序盤から怒涛の攻撃を見せます

そして、ゲームが動いたのは前半11分です。

勝って兜の緒を締めよ!

僕が期待を寄せていたハーフナーが、その“高さ”を活かして代表初ゴールをあげました

勝って兜の緒を締めよ!

『よっしゃ!!いいぞ~ハーフナー!!』

今日も僕のテンションは上がりそうです

このハーフナーの得点が着火点となり、日本はさらに攻撃に厚みを増していきます

勝って兜の緒を締めよ!

前半19分に岡崎がゴール右の角度から見事にゴールを決めます

さらに、前半35分にはDFの駒野が地をはうようなミドルシュートを放ち、3点目を奪います

勝って兜の緒を締めよ!

そして、ここ最近「不振」に陥っていた日本の「10番」香川にも前半41分にゴールが生まれました。久しぶりに香川の嬉しそうな表情を見ることができました

日本はボランチの遠藤を起点として、流れるようなパス回しから相手DWを翻弄し、圧倒的な試合展開を披露してくれました

ただ、決定機は得点の数以上にあり、もっと点数は取れていたはずです。結局、日本は「4対0」という大差で前半を折り返します

後半に入っても日本の攻撃は衰えることはなく、後半開始早々の後半2分にまたしてもハーフナーが、得意のヘディングで今日2点目となるゴールを決めます

勝って兜の緒を締めよ!

後半11分には中村憲剛が豪快にゴールネットを揺らし、6点目をあげます

勝って兜の緒を締めよ!

もうこうなると、相手GKがかわいそうにも思えてきます

日本の選手が放つシュートの“あめあられ”を受けるGKは、本当に気の毒でした。でも、このGKはかなり良いキーパーだったと思います。ファインセーブも何度もありましたし、もう少し強いチームだったらもっと活躍できると思います。ちなみにこの日、日本が放ったシュートの数は39本でした

その後も日本は攻撃の手を緩めず、後半23分に香川、後半29分に岡崎がそれぞれ今日2点目となるゴールを決め、これで「8対0」

W杯予選でこれだけ得点差が開くゲームも珍しいです。相手が弱いのか、それとも日本が強いのか、それはどちらも正解なのかもしれませんが、少なくとも今日の試合は次の試合の前には忘れたほうがいいでしょう

勝って兜の緒を締めよ!

「8対0」、スコアだけ見れば圧勝ですが、この試合は世界と戦う上では参考にはなりません。少し辛口の言い方でいえば、「15点」ぐらいは取れた試合でした

「勝って兜の緒を締めよ」という諺が日本には古くからあります

来月に行われる次の第4戦と第5戦は「アウエー」での戦いです。アウエーでのゲームでは何が起こるか分かりませんそれがW杯予選ともなれば、なおさらです。今日の勝ちのことは忘れて試合に挑んで欲しいところです。

それにしても今日は本当に見ていても気持ちの良いというか、ひやひやするシーンが全くない、安心して見ていられる試合でした

これでまた少し、ブラジルへの道が切り開けてきました。3年後、ザックJAPANがブラジルの地で活躍している姿を信じ、また次の戦いも熱い声援を送る猫男爵が、今日も自宅のテレビ前からお伝えしました

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 茶井(ちゃい)さん→祝多(いわいだ)さん、「祝いが多い」と書いて「いわいだ」さんとお読みになるお名前ですが、何か凄く良いお名前ですね。全国に「祝多さん」は10名程いるそうです。

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2011年10月10日 (月)

勝利の美酒は『どぶろく』で!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は「三連休」最後の一日でしたが、皆さんどうお過ごしでしたか?

今日の夕方から雨が降り出しものの、この「三連休」は非常に天候に恵まれた「三連休」ではなかったでしょうか

今日は「体育の日」ということで、全国各地でスポーツにちなんだ様々なイベントが行われました

そんな中、僕らMVDメンバーは、すっかりお馴染みになった「駅伝大会」に参加してきました

思い返せば、この「駅伝大会」に初参加したのは今から6年前の2005年秋のことでした。当時は初参加ということで、この駅伝の“コツ”を掴めず惨敗に終わった記憶があります

この「駅伝大会」は“速さ”を競う大会ではなく、自分達が設定した申告タイムに“より近いタイム”でゴールすることを目的とした大会です

もちろん時計や時間の分かるものの所持は禁止、伴走車や関係者から時間を教えてもらうことも当然禁止です。全てはタスキを繋ぐ5人の“勘”に頼るしかないのです

初参加から6年の歳月が経つ中で、雨天とインフルエンザ流行により2度の大会中止ということも経験しましたが、その中で前々回(2008年)、前回(2010年)と現在大会2連覇中の僕らMVDです

「楽しむこと」を目的にしているとはいえ、おのずと大会3連覇というものが頭をちらつきます

優勝するにはまずは「チーム名」というものが非常に重要です。いかにインパクトを残し、そして笑いを誘うかそれがポイントです

そこで、今年の「チーム名」として選ばれたのは

『どぶろくを抱いた夜』です(笑)

チーム名の由来は話すと時間がかかるので端折りますが、とてもチーム名とは思えないこのインパクトがポイントです

果たして我がチームのヒロインでもあるAっけは、走り終わった夜「どぶろく」を抱いて寝れるのかその結果はいかに

たぶん、イメージとしてはこんな感じで「どぶろく」を抱いて寝るのかな?

勝利の美酒は『どぶろく』で!

良い顔してますね~新司アニキ(笑)

このギターを「どぶろく」に変えれば、まさに「どぶろくを抱いた夜」です(笑)

さてさて、話を「駅伝大会」の方に戻しますが、今日は本来エントリーしていたYみちゃんが子供さんの風邪の影響で出場できず、急遽エントリーをSっさに変更する事になりました

大会2日前に、参加を快く承諾してくれたSっさには本当に感謝です

ということで今回のメンバーをご紹介しますと、1区はHこ、2区は猫男爵、3区はSっさ、4区はFいさん、5区はAっけというオーダーです

勝利の美酒は『どぶろく』で!

1区を務めるはHこです。実はHことAっけと僕はこれで5大会連続の出場で、今回は記念表彰も受けました

勝利の美酒は『どぶろく』で!

午前8時30分、秋晴れの空の下、スッキリしない不発なピストルの合図のもとにスタートが切られました(笑)

1区は緩やかなダラダラとした昇りが続く2.5kmですHこは力走を見せながら、17チーム中10番手ぐらいで、続く2区へとタスキをつなぎました

2区を走ったのは僕、猫男爵です。今日は前半を抑えて、後半に体力を温存するという作戦に出ましたが、結局は温存した体力は最後まで出し切れず、2.4kmの中でペースはいっこうに上げれませんでした(笑)

そんな僕からタスキを受けたのは、3区を走るSっさです。実はSっさは、今朝は寝坊をして開会式ギリギリに会場に到着するという、ちょっとしたハプニングがありました。まだ寝起きで体が起きていないにも関わらず、Sっさは初参加の未体験のコースを2.6km、ただひたすら前を見ながら走りきりました

そしてSっさからFいさんへとタスキが渡り、この駅伝で「花の4区」と呼ばれる4区2.0kmの道のりに、Fいさんが走り出していきました。次から次へと現れる強烈な「登り坂」は、思わず目を覆いたくなるような傾斜です。過去に僕も2度走りましたが、本気でしんどかったです。その「花の4区」をエースFいさんは快調に走り切り、Aっけへとタスキをつなぎました

さあ、いよいよ最終5区アンカーを務めるのは、紅一点出場のAっけです。5人中女性が1人というのは実は今大会が初めてです。今回5区を走ることで1区~5区の全ての区間を制覇するAっけは、僕らの予想に反して、軽快な走りを見せました。下り坂の5区2.2kmを走ったAっけいわく、『今までの中で一番気持ち良く走れた。』そうです

勝利の美酒は『どぶろく』で!

Aっけが手を挙げ笑顔でゴールしました

『よっ!山下りのスペシャリスト!』早くもやくもそんな声が響く中、みんなでAっけのゴールを出迎えました

みんなケガなく無事にゴールできて何よりです

そして気になる順位はと申しますと

勝利の美酒は『どぶろく』で!

僕らの申告タイムは「66分30秒」でしたが、ゴールタイムは「63分54秒」・・・誤差は「2分36秒」というこで、第3位という結果に終わりました

大会3連覇は夢と消えました・・・自分の走りを知る事の難しさを改めて感じました

今回のタイムじたいは過去の大会の中でも、チーム新記録のタイムでした。この結果をふまえて、また来年は挑戦者の気持ちでこの大会に挑みたいと思います

勝利の美酒は『どぶろく』で!

表彰式では「銅メダル」をいただき、みんなの元にはまたメダルが1つ増えました。毎年毎年、Hこのこの姿を写真におさめることができるのは嬉しいことです

勝利の美酒は『どぶろく』で!

HことAっけ同様に、5大会連続出場記念のメダルをいただいた僕は、2つのメダルを首からさげ、疲れた表情も見せずに元気ハツラツです。完全に顔が“いっけい”になってますけどね(笑)

大会終了後は、打ち上げを「ウエスタン」で行い、NぶさんNかRほなも合流し、みんなで笑いながら疲れを癒しました

今年は勝利の美酒は『どぶろく』でとはいきませんでしたが、来年は勝利の美酒を「どぶろく」であげたいところです

ブログを更新している今も、僕の体はあちこちが大変なことになっています。押し寄せる筋肉たちの悲鳴が今も聞こえます。きっと明日になれば、もっとひどいことになっていることでしょう・・・怖ろしや~

今日一緒に走ったメンバーのみんな、そして応援にかけつけてくれたAゆ、本当にお疲れ様でした。そして今回参加できなかったMVDメンバーの方も、ぜひ来年は一緒に走りましょう

また来年、この舞台でみんなで楽しく笑顔で走ることができることを祈り、年に一度の「体育の日」のイベントを無事に終えたことをここに報告致します

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 宇賀地(うがち)さん→茶井(ちゃい)さん、十勝人であれば皆さんご存知の、「Chai」という生活応援雑誌と同じお名前の「茶井さん」ですが、全国には「茶井さん」は50名程いるそうです。

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2011年10月 9日 (日)

思い出の「51位」。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

いよいよ、恒例になった「駅伝大会」のスタートが明日に迫ってきました。今夜もまた緊張感とワクワク感から、きっと僕は眠れない夜を過ごすことになることでしょう

そんな「大会前夜」ということで、今日は僕が学生の頃の「マラソン大会に関わるエピソードを1つお話したいと思います

あれは僕が高校に入学しておよそ1ヶ月、1年生の春に開催された「校内マラソン大会」での出来事です

高校に入学して早々、体育の授業はもっぱら「マラソン」でした。なぜかというと、5月上旬にある「マラソン大会」の練習のためでした

僕は幼い頃から「走ること」は嫌いではなかったので、授業でのマラソンは特に苦ではありませんでした。もちろん全力で走ることはありませんでしたが、仲の良い友達と並走しながら汗を流していました

僕の母校である帯広北高校は、その当時はまだ辺りは畑で囲まれた場所で、すぐ近くに養豚場があったことから、豚の何ともいえない“香り”がいつも校舎に漂ってきており、風のある日はみんな『臭っ!』と連呼していました

体育の授業でのマラソンの練習コースも、その養豚場の周辺を走るので、とても辛かった思い出があります

いよいよ大会当日が訪れました僕は小中学校を通じて「マラソン大会」では常に上位を走っていたので、ある程度の自信があり、緊張感というよりは、自分のレベルがどの程度通用するのかというワクワク感の方が大きかったです

そしてそのスタート前、僕は仲の良かったMとしという友人とある“賭け”をしました

その賭けの内容とは『マラソン大会で、もしも僕が50位以内に入ったら、Mとしが僕に昼飯をおごってくれる。そして50位以内に入れなかったら、僕がMとしに昼飯をおごる。』という内容でした

「50位」と言っても、当時の北高の生徒数は1学年で約350名、単純に半分が男子としても175名です。それが3学年あるわけですから、175×3=525名の男子がいるということです

その中の「50位」ですから、かなりハードルは厳しいものです。しかも「北高」と言えば、野球部やサッカー部を始め、管内でも有数のスポーツに力を入れている学校なために、部活動に所属する人も大多数を占めています

その中で「50位以内」に入るのは容易でないことは、僕ももちろん分かってはいました。でもまだこの当時の僕は、運動に関しては自信があったんでしょうね『50位どころか、20位ぐらいはいけるだろう』と内心思っていました。

そして緊張感の中、運命のスタートは切られました

スタートの合図のピストルの音と同時に、僕は今まで感じたことのないスピード感を肌で感じましたもの凄い勢いで、多くの人が走り抜けていくではありませんか

『えっ!この速さじゃ最後までもたないだろう!』そう思う僕の心をよそに、運動部に所属している人たちはグングンと加速していきました

僕も最初のうちは少し無理をして先頭集団にくらいついていこうとしましたが、とてもついていけるような次元のものではありませんでした

僕はすぐにペースを自分のペースに戻し、無理をせずに体力を温存しながらの後半勝負に気持ちを切り替えることにしました

確か当時の「マラソン大会」の距離は男子は10kmか15kmぐらいだったと思います。それだけの長丁場ですので、無理は禁物です。目指すは50位以内ですから

途中、僕は1つ学年が上の1人の2年生と並走していました。ジャージの色からすぐに2年生と分かりましたが、見た事もない誰だか知らないその2年生の背中にピッタリとつき、結構な距離を走りました

結果的にこの「並走」が僕に大きな力を与えてくれました。その2年生の走るスピードとリズムが僕にちょうど良く、とても気持ちよく走ることができました

その2年生は背後にくっつかれるのが嫌だったのか、何度か僕に前に行くことを促すような仕草をしましたが、僕はあえてそれを無視し、彼の背後について並走しました

そしてゴールまで残り僅かとなったところで、その2年生の前に出て、少し早めのラストスパートをかけました

その2年生にしてみれば、『ちくしょう、この1年め!』と思ったと思いますが、僕にとってはそんなことは関係ありませんでした。とにかく1つでも上の順位を目指さなければ・・・

そして黄色い歓声が聞こえる学校のグランドに僕は帰ってきました。既に数多くの生徒がゴールしており、僕は自分がいったい何位ぐらいなのか全く分かりませんでした。

そして残っている力をふりしぼり、僕は全力で走り切りゴールしました

ゴールして係りの生徒から「順位」が書かれた紙切れをもらいました。そして、そこには・・・「51位」と書かれていました

『えっ?51位・・・嘘だろ、そんな・・・』

現実とはこんなに残酷なものでしょうか・・・「50位以内」を目指していた者に対して「51位」って・・・

どこかであと1人を抜いていれば・・・僕は悔やんでも悔やみきれませんでした

僕はゴールしたあと、Mとしがゴールしてくるのを待っていました。しばらしくて、Mとしも無事にゴールしました

『どうだった?何位だった?』と僕に近寄ってくるMとしに対し、僕は順位が書かれた紙切れを見せました。

『51位!えっ、マジで!』と言ったMとしは爆笑していました

『あと1つじゃん、一番悔しいパターンでしょ。』その時のMとしの、にやけた嬉しそうな顔が今でも思い出されます

結局、その日の昼飯は友達数人で「Gルマン亭」というところに行き、Mとしに僕は昼飯をご馳走しました

僕にとっては忘れられない、思い出の「51位」というお話しでした

皆さんも学生の頃の「マラソン大会」で、何か思い出になるようなことが1つや2つあったと思いますが、今考えるととても懐かしい思い出ですよね

明日はそんな「思い出」を胸に、駅伝大会を走りたいと思います。あれから21年、37歳になった老体にムチをうってね(笑)

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 雀堂(すずめどう)さん→宇賀地(うがち)さん、今日のブログが「マラソン」のお話でしたが、駒澤大学の一員として「箱根駅伝」で活躍した選手に「宇賀地さん」という方がいました。現在は卒業してコニカミノルタで活躍しています。そんな「宇賀地さん」は全国には90名程いるそうです。

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2011年10月 8日 (土)

期待の作品がズラリ!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

早いもので今年も残り3ヶ月、僕の大好きな「テレビドラマ」の方も、7~9月期のドラマが終わり、まもなくすると新ドラマが続々とスタートします

ということで、今日はすっかり恒例になった「新ドラマ」のご紹介をさせていただきます。いつものように、僕なりに期待をしているドラマを幾つかピックアップして、簡単ではありますがドラマの内容をご紹介したいと思います

と、その前にこちらも恒例ですが、前クールの僕の好きだったドラマランキングBSETをまずは発表したいと思います

前クールはいつものクールに比べると、ちょっと期待はずれの作品が多かったような気がしますが、その中でも僕が好きだった作品を3つ挙げます

第3位『ブルドクター』(日本テレビ系列)

第2位『ドン★キホーテ』(日本テレビ系列)

第1位『絶対零度~特殊犯罪潜入捜査~』(フジテレビ系列)

上戸彩主演の『絶対零度』は、前シリーズ同様に非常に楽しめるドラマでした。あるか分かりませんが、3rdシーズンももしあれば見たいと思えるような作品でした

さて、それでは今度はまもなくスタートする10月~12月期の、「秋」から「冬」へと季節を股にかける数多くの「新ドラマ」たちの中で、僕が注目をしているドラマを幾つかご紹介したいと思います

今クールは各ドラマで主演を務める俳優・女優陣に、結構な“ビックネーム”が多いだけに、僕的には期待の作品がズラリです

それでは早速、その作品たちのほんのさわりをご紹介します

①『家政婦のミタ』 10月12日(水)22:00スタート<日本テレビ系列>

出演:松嶋菜々子、長谷川博己、相武紗季、平泉成、白川由美他

今や日本のトップクラスの女優となった松嶋菜々子が、2000年の『やまとなでしこ』以来11年ぶりに単独主演を務めるこの作品は、無表情でミステリアスな家政婦役を松嶋が演じるという非常に興味深い作品です。

家政婦として派遣された家庭で、そこにある人間模様に対して、家政婦の三田(松嶋)が想像もできない行動で問題を解決していくというこの作品は、僕的にはとても楽しみな作品です。

この日本テレビ水曜10時枠では『リバウンド』『ブルドクター』と、ここ2作品かなり面白い作品が続いているので、そのへんからも期待度は高いです

②『蜜の味~A Taste Of Honey~』 10月13日(木)22:00スタート<フジテレビ系列>

出演:榮倉奈々菅野美穂、ARATA、溝端淳平、升毅、佐野史郎他

初めての“運命的”な恋に落ちた情熱的な女性・直子(榮倉)と、大病院の院長の娘として生まれ、美貌と知性を兼ね備えた女性・彩(菅野)が、1人の男性・雅人(ARATA)を取り合いバトルするという、濃厚でドロっとした抜き差しならない大人のラブストーリーです

③『南極大陸』 10月16日(日)21:00スタート<TBS系列>

出演:木村拓哉、綾瀬はるか、堺雅人、山本裕典、吉沢悠、岡田義徳、寺島進、緒形直人、香川照之、柴田恭兵他

「キムタク神話」の復活をかけて、木村拓哉が挑む壮大なスケールのドラマです。開局60周年記念の集大成としてTBSもかなりの気合いを入れた作品で、構想から3年、半年間をかけて撮影が行われたということからも、気合いが伝わってきます。

キムタクはもちろんのこと、共演の綾瀬はるかを始め、そうそうたる豪華な俳優陣が脇を固めているところにも大きな魅力を感じます

内容はと申しますと、戦後から10年を過ぎた昭和30年代に日本人としてのプライドを取り戻すために、接近不可能と言われた「南極大陸」に命懸けで挑んだ若き地質学者(木村)と、彼と運命を共にした仲間と樺太犬たちの愛と絆の物語です

僕の中ではもちろん今クールでイチオシの作品です。この作品の原案は北村泰一の『南極越冬隊タロジロの真実』です。

④『私が恋愛できない理由』 10月17日(月)21:00スタート<フジテレビ系列>

出演:香里奈、吉高由里子、大島優子、田中圭、中尾明慶、勝村政信、萩原聖人、稲森いずみ他

20~30代の独身女性の半数以上が恋人がいないという「恋愛超氷河期」と言われる現代で、幸せな恋愛に巡り会うことが困難な、恋愛できない女性たちが直面する様々な悩みを本音でぶつけ合い、不器用ながらも幸せを模索するという、「月9史上」最も異色な等身大ラブストリーです

⑤『謎解きはディナーのあとで』 10月18日(火)21:00スタート<フジテレビ系列>

出演:櫻井翔北川景子、椎名桔平他

有能で「毒舌」の執事・影山(櫻井)と、その執事が仕える大富豪の令嬢で新米刑事の麗子(北川)が協力し合い、遭遇した様々な難事件を推理しながら解決していくという、ユーモア溢れるエンターテイメントミステリーです。この作品の原作は2011年本屋大賞を受賞した作品です

⑥『11人もいる!』 10月21日(金)23:15スタート<テレビ朝日系列>

出演:神木隆之介、田辺誠一、光浦靖子、加藤清史郎、広末涼子他

コメディを真骨頂とする宮藤官九郎が、「大家族」をテーマにしたホームドラマを手掛けた作品です。舞台となるのは、父と母そして8人の個性豊かな子供の10人の貧乏家族。そこに末っ子にだけに見える謎の11人目が加わり、奇想天外な「家族劇」が描かれていくという作品です

以上6作品が僕が注目している作品ですが、この他にも今クールは面白そうな作品が目白押しです。皆さんはいったいどのドラマを楽しみにしていますか

2011年最後のクールは、期待の作品がズラリです

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 三須(みす)さん→雀堂(すずめどう)さん、何か「本屋さん」か「骨董品屋さん」のようなイメージをかもし出すようなお名前ですが、全国に「雀堂さん」は70名程いるそうです。

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2011年10月 7日 (金)

重圧からの解放。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

10月に入り、日本のプロ野球ではパリーグで「ソフトバンク」がリーグ連覇を達成し、セリーグも優勝争いがいよいよ大詰めに差し掛かってきました

一方、海の向こうのメジャーリーグでは既にレギュラーシーズンが終わり、現在はワールドチャンピオンを目指す「ポストシーズン」がスタートしています

しかし今年のメジャーリーグは、日本ではいまいち盛り上がりに欠けているような気がします。それはなぜか?それは日本人選手の活躍が、例年に比べると少なかったからではないでしょうか

今年のメジャーリーグは、日本のプロ野球同様に「投高打低」と言われています。今年、メジャーリーグの投手の間で流行したのが「カットボール」と呼ばれる球種です。微妙に打者のバットの芯をはずすその球種には多くの打者が手こずりました

そしてそれは、あの「天才」と呼ばれる日本人選手にも苦境のシーズンを体験させました・・・

重圧からの解放。

イチロー、メジャーリーグを代表する「安打製造機」も今年は極度の不振に陥り、2001年のメジャーデビュー以来続けてきた「シーズン200本安打」にも今年は手が届かず、200安打の連続記録は10年でSTOPしてしまいました

打率の方も「3割」を大幅に切る.272に終わり、日本プロ野球在籍時にオリックスで1994年から記録していた「3割」達成も、日米通算17年連続でSTOPしてしまいました

イチローにとっては、レギュラーとして活躍しだした1994年以降で、数字上では一番悪い成績のシーズンとなってしまいました

メディアや巷では、まもなく38歳の誕生日を迎えるイチローに対し、「年齢からくる体力の衰え」、打者にとって最も重要な「動体視力の衰え」を論じる人もいます。

スポーツ選手にとっては、「年齢」という壁は誰しもが超えることのできない壁でもあります。ただ、イチローに関してはその「年齢」という壁が関係のない話だと、僕はこれまで思ってきました

しかしイチローもやっぱり「人の子」です、どこか目に見えない部分で何かがズレはじめてきているのかもしれません

それはイチロー本人にしか分からないことかもしれませんが、僕はまだまだここで終わるようなイチローではないと信じています。きっと彼なら、この一年の苦い経験を来年活かしてくれるはずです

重圧からの解放。

シーズンの終わりを告げる、最後の試合を終えたイチローの表情はなぜか清々しく見えました。そして彼は笑顔でひと言、こう語りました。

『なぜか晴れやかです。でも、正直しんどかった・・・』

言葉少ない彼の表情からは、ずっと背負ってきた重圧からの解放を感じることができたような気がします

『記録は気にしないと言えば嘘になる』と、以前イチローは話していたことがあります。「結果は後から付いてくるもの」とよく言いますが、「結果」が求められるのがスターでもあり、数字が悪ければ批判されるのがスターです。

その「重圧」と10年以上も戦ってきた彼の「精神力」には、改めて感服します

そもそも世界を代表する投手が存在するメジャーリーグで、200安打を達成することじたいがもの凄いことなんです。今シーズン、イチローが打った「184安打」という数字にしても、それだけで十分凄いことなんです

メジャーの長い歴史の中で、11年連続で180安打以上を記録した選手は3人しかいないんです。その中の1人がイチローというわけですから、これだけをとっても偉大な記録なんです

「イチロー限界説」というのは、そもそも根底が違う問題で、まだまだイチローが偉大な選手であることに変わりはないと僕は思います

「打つ」だけでなく、「走力」、「守備力」はまだまだメジャーの中でもトップクラスです。今年の安打数減には、「内野安打」が減ったという数値が現れていますが、これにはイチローの内野安打対策として「各チームの内野手が守備位置を前にした」という裏付けがあります

それが「内野安打」の減少に繋がっており、イチローの「脚力が落ちた」ということは全くもってありません。その証拠に今シーズンのイチローの盗塁数は「40個」でした。この数字は、ここ数年と比べても遜色のない数字です。37歳で「40個」の盗塁を記録するのですから、とうてい脚力が低下したとは思えません

重圧からの解放。

試合後、スタンドのファンに対するイチローの顔は、まるで野球が大好きな「少年」のような顔に戻っていました。重圧から解放されたイチローが、来シーズンどんなプレーをするのか、僕は今から待ち遠しくて仕方ありません

これからが、イチローが本当に大好きな野球を楽しみながら向き合える時間なのではないでしょうか。僕はイチローの「少年」のようなその顔をみて、ふとそう思いました

僕はイチローの大ファンというわけではないのですが、イチローにはまだまだもっと頑張って、少しでも長くプレーして欲しいです。40歳になっても、45歳になっても、グランドの上を走り回る「天才」の姿がそこにあることを僕は祈っています

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 八耳(はつみみ)さん→三須(みす)さん、「三須さん」というお名前の女性がいてまだ独身だとしたら、「ミス、ミス」となるのでしょうね。そんな「三須さん」は全国には3600名程いるそうです。

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2011年10月 6日 (木)

NECO’S キッチン♪⑬

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

「秋」真っ盛りの今日この頃ですが、皆さんどうお過ごしでしょうか

「秋」といえば「食欲の秋」テレビなどでも「旬の食材」を使った色々な美味しい食べ物がご紹介されるのが、この「秋」という季節の特徴でもありますよね

も「料理番組」や「グルメ番組」を見るのは大好きなので、ついつい夢中になってテレビの画面に映し出される料理を凝視してしまっています

さて、今日も何か料理の番組がやってないかテレビを付けてみようっと

おっ!今日はあの番組が放送しているようです。皆さんもご一緒に見てみます?そうです、すっかりお馴染みになった『NECO’S キッチン』です

僕猫男爵が、自らレシピを考えて料理に挑戦するという企画ですが、果たして今日はどんな料理が登場するのでしょう早速、見てみましょう

「料理は想像から生まれる娯楽」です

<NECO’S キッチン>~第13回~

さてさて、今日も『NECO’S キッチン』を楽しくお送りしてきたいと思います。今日はどんなメールが来ているのかな?早速、見てみましょう

猫男爵:今日ご紹介するのは、ペンネーム「冬のその他」さんからのリクエストです

冬のその他:私はペ・ヨンジュンが大好きな45歳の主婦です。季節は「秋」ですが、私の住む北海道では「冬」の足音がすぐそこまで来ています。ひと足先に、心も体も温まる料理を食べたいのですが、何かオススメなものがあればぜひ教えてください

猫男爵:なるほど、北海道の方なんですね。僕も同じ「道産子」なので、「冬」が近づいてきたその気持ちはよ~く分かります。それにしても「冬のその他」というペンネームには、不覚にもウケちゃいました

猫男爵:では、「冬のその他」さんのリクエストにお応えして、今日は「冬」にピッタリの心も体も芯から温めるあの料理でいっちゃいますか

<材料>   大根、糸こんにゃく、ちくわ、がんもどき、うずらの卵、白菜、長ねぎ、豆腐、鰹節、昆布、醤油、コンソメ、鶏手羽、白胡麻、和辛子、以上です

食材を見ただけで、何を作るかはだいたいの見当がつきましたよね

まずは「だし汁」を作ります。鍋に「水」を入れ「昆布」と一緒に煮立てます

少し煮立ってきたら、「鰹節」と「鶏手羽」を入れて、「醤油」と「コンソメ」で味を調えてから、じっくり弱火で30分程煮込みます

NECO’Sキッチン♪⑬

その間に、別の鍋で輪切りにした「大根」を「鰹節」と一緒に煮ます

煮立った「だし汁」は「昆布」と「鰹節」と「鶏手羽」を除き、「汁」だけをこしておきます

NECO’Sキッチン♪⑬

こした「だし汁」の中に、先程煮ておいた「大根」を入れ、さらに「糸こんにゃく」を加えて、ひと煮立ちさせます

NECO’Sキッチン♪⑬

「大根」に味が少ししみてきたところで、「がんもどき」「ちくわ」「うずらの卵」などの具材を入れていきます

NECO’Sキッチン♪⑬

全体に味がしみわたってきたら「白菜」「長ねぎ」を入れて、一番最後に「豆腐」を入れて、弱火でもうひと煮立ちさせます

NECO’Sキッチン♪⑬

煮立った具材を器に盛れば、「NECO風おでん」の完成です

今日はこれで決まり

「おでん」の季節にはまだ少し早いですが、ひと足先に「冬の風物詩」で楽しむのも良いかもしれません。冬のその他さん、ぜひ試してみてください

さあ、今回の『NECO’S キッチン』はいかがでしたか?次回もどうぞお楽しみに

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 吉野屋(よしのや)さん→八耳(やつみみ)さん、「耳」が「八つ」で「やつみみ」さんです。全国には「八耳さん」は10名程いるそうです。

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2011年10月 5日 (水)

アラフォー三銃士!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は週の真ん中「水曜日」というわけで週に一度のミニバレーの日でした

アラフォー三銃士!

今日のメンバーはFいさんHこ、そして猫男爵と、3人の年齢をたすと「111歳」という、アラフォー三銃士3名だけでした

先週の土曜日の時とはうってかわり、いつもお馴染みの男子3人でした

今日は体育館じたいも非常に混んでおり、コートが取れないこともありましたが、3人ではミニバレーにはならないので今日のミニバレーは中止にすることにしました

そこで今日は方向性を変えて、3人で体育館の2階にあるランニングロード的な?ところで走ることにしました

というのも、毎年恒例になっている「駅伝大会」が来週の月曜日、すなわち5日後に迫ってきたからです

せっかく体育館に来たのですから、少しでも体を慣らしておかないと(笑)普段は「走る」ことなどないアラフォーたちには、ぶっつけ本番は危険すぎますからね

ちなみに「駅伝大会」での今年のチーム名はと言いますと

それはまだ内緒です、当日までのお楽しみです

チーム名のことはさておき、僕個人的に不安なのは「任された区間をちゃんと走れるか?」ということです

今日、約20分程走りましたが、僕はもう既に足がパンパンですし、明日の朝になればもっとひどいことになっていると思います。ちゃんと朝起きれるかが今から超不安です

体育館の2階を走っていると、数多くの人たちがランニングしていることが分かりました。「スポーツの秋」だからなのか、それとも「体育の日」が近いのでみんな様々な大会に出るためなのか、それは定かではありませんが、年輩の方から子供まで結構な数の人が汗を流していました

そんな中でMVDのアラフォー三銃士は、程よく汗をかき、程よい疲労感を味わい、「駅伝大会」前の足慣らしをすることができました

今年で「駅伝大会」には5回目の出場となる我らがMVDチームですが、過去2大会は何と優勝という素晴らしき成績を残しています

一応説明しておきますが、この大会は「速さ」を争う大会ではなく、自分達が設定し予め申告したタイムに「より近いタイム」でゴールできるかということを競う大会です

いかに自分達の「走力」を理解しているかというところが、勝負の決め手といっても過言ではありません

今大会のメンバーは、昨年の優勝時と同じメンバー(FいさんHこAっけYみちゃん猫男爵)です

今回も“無欲”で挑みますが、もしかすると「夢の3連覇」もあるかもしれません。でも、表向きは“無欲”です

5日後の僕らが無事にケガなく走りきることを祈り、そして皆さんに良い報告をできるように頑張って走ろうと思いますので、もしMVDメンバーの方で応援に来れそうな方は、僕かHこに連絡をくださいぜひぜひお待ちしております

来週水曜日のミニバレーにも、都合のつく方はぜひ来てくださいね。みんなで楽しく汗を流しましょう

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 役所(やくしょ)さん→吉野屋(よしのや)さん、あの「牛丼」で有名な「吉野家」とは字こそ違いますが、まさに「よしのや」さんです。この御宅で食べる「牛丼」は何か美味しそうですね。そんな「吉野屋さん」は全国に10名程いるそうです。

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2011年10月 4日 (火)

お気に入りの1枚♪

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

僕はこの前、ふと思う事がありました

そういえば最近、「CD」って買わないな・・・

よ~く考えてみると、いつからなのかは定かではありませんが、以前に比べて「CD」を買う機会が激減しています

若い頃は好きなアーティストや、気になるアーティストの「CD」をよく買って聴いていました。それが最近では、ほとんど買うことがありません

1990年代後半から徐々に、「インターネット」や「携帯電話」の普及が進み、そこでの音楽配信が可能になったことによる影響が、「CD」の売上減少の要因とも思われます。そしてその「CD」の売上減少は、テレビの音楽番組の数の減少にも相通ずるものがあります

僕自身は音楽を聴くことは大好きですが、若い頃に比べると聴く時間は減ったと思います。普段聴く音楽とかも、最新のものよりは自分が昔から持っている「CD」などを聴く機会のほうが多いかもしれません

そんな僕が今、かなり“お気に入り”の「CD」が1枚あります

その「CD」がこれです

お気に入りの1枚♪

Superfly『Mind Travel』という「CD」です

実はこの「CD」は、大学の先輩でもあり良き友人でもあるFながさんからプレゼントされたものです

ちょっとした勝負に勝利した僕が、Fながさんからに「CDを買ってもらえる権利」を獲得し、僕は迷わずこの1枚を選択したというわけです

そんな余談はさておき、越智志帆がボーカルを務めるソロユニットがSuperflyなわけですが、僕はデビューした時から彼女の歌声が大好きでした

それは僕の妻Aゆも同じで、友達だった頃から「Superfly」の話題で盛り上がった記憶があります

お気に入りの1枚♪

何か彼女には引き付けられる魅力があるんですよね。抜群の歌唱力はもとより、パワフルな声量は、聴いていて清々しい気持ちになるというか、癒されるというか

この『Mind Travel』の中には、僕の好きな曲が幾つか入っています

例えば10曲目の『Wildflower』は、天海祐希と反町隆史が共演したドラマ『GOLD』の主題歌として使われた楽曲で、この曲は何度聴いてもまた聴きたくなる楽曲です

4曲目の『タマシイレボリューション』は、昨年のW杯開催時には何度も耳にした印象的な楽曲です。これを聴くと、あの時の日本代表の活躍が昨日のように甦ります

14曲目の『Ah』も個人的には好きな楽曲です。この楽曲のテーマが「ため息」ということで、歌詞は一切なく、声のみの楽曲ですが、このアルバムの発売後に13枚目のシングル『あぁ』として、歌詞入りのヴァージョンとして発売されています。実際にこの曲も聴きましたが、歌詞が入った方もイイ感じでした

そんな、数あるこのアルバムの楽曲の中で僕が一番好きなのが、5曲目の『Eyes On Me』という楽曲です。この曲は彼女の11枚目のシングルで、確かPSPか何かのゲームのテーマソングだったと思いますが、聴いているだけでジーンときてしまうような、心に響くものがある楽曲だと僕は思います

こんな感じで、この『Mind Travel』は、Superflyがこれまでに出した3枚のCDの中でも、僕は1番好きなアルバムです

かなり気に入っているので、このCDが僕の元に届いてからほぼ毎日何度も聴きまくっています

お気に入りの1枚♪

歌詞カードではSupeflyが大きな旅行カバンを手にしている姿があります。きっとこのカバンの中には、たくさんの彼女の歌への「情熱」と「想い」がぎっしりと詰め込まれているんでしょうね

今日は今僕が超ハマっているCD、お気に入りの1枚をご紹介させていただきました

「音楽」はいつの時代も、人の心を癒す「魔法の奏で」です

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 前屋(まえや)さん→役所(やくしょ)さん、俳優の「役所広司」さんは昔公務員だったことから「役所」という芸名になったということを、僕はつい最近知りました。そんな「役所広司」さんと同じお名前の「役所さん」は、全国には20名程いるそうです。

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2011年10月 3日 (月)

デビューから3年連続で!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

1年ぶりに、この日が待ったやってきました

実は今日僕は年に1度の「人間ドック」に行ってきました

毎年訪れる、僕にとってのこの「一大イベント」前夜は、なぜか緊張してなかなか眠りに就けません・・・昨日もいつもに比べて寝付きの悪い僕でした

朝5時30分に起床、着替えを済ませ準備をして、車を走らせて朝7時に受付を済ませました

検診センターの椅子に座りながら検診が始まるのを待っていると、僕の前の椅子に向き合わせで座っていた男性に、僕は思わず目がいきました

『あの男、どこかで見た事あるな・・・』と思ったら、お笑いコンビのスピードワゴンの小沢にそっくりな顔でした。しかも、態度とか仕草が本物以上に何かふてぶてしくて、ちょっと鼻につく奴でした

『何かイラっとするやつだな・・・』と思っていた矢先に、その小沢似の奴の隣りに、知り合いらしき男性がもう1人来て座りました。

すると、その顔にもどこか見覚えが何とその男はこちらもお笑いコンビのハライチの岩井にそっくりではありませんか

「スピードワゴン」と「ハライチ」という2つのお笑いコンビの“かたわれ”が揃っている状況を目の前にして、僕は『おいおい!何だよ、このコンビは!2人とも似すぎだし。』と心の中で思っていました

そして彼らのことを『ハラワゴン』と心の中で勝手に呼ぶことに決めました

岩井似の奴は人の良さそうな人でしたが、小沢似の奴が何かこちらをチラチラ見ながら牽制しているような顔に見えたので、『何だよハラワゴンの小沢、こっち見るなや!』と僕は心の中で呟いていました

そんなことをしていると、僕の隣りに座っていたおじさんが僕に話しかけてきました。

『あの・・・もしかして去年、前の番号だった人じゃありませんか?』

そう話かけてきたそのおじさんの顔を見て、僕は思いだしました『そうだ!この人は去年、俺の次の番号だった人だ!』

『あっ、1年ぶりですね。また会いましたね。』そう応えた僕は、しばしそのおじさんとにこやかに会話を交わしました

その後、よ~く辺りを見渡すと、初めて見る顔じゃない人が数人いました。その方たちも昨年、同じ日にドックを受けていた人たちでした。

僕はこの3年間、ドックを必ず10月の第1月曜日に受けていますが、僕と同じように受けている人もきっと何人もいるんでしょうね

1年目の時は全てが初めての体験なので、何も分からずとにかくキョロキョロするばかりという状況でしたが、3年目ともなると色々とそういう余裕も出て来るものですね

35歳でドックデビューして今回で3回目になるので、手続きや段取りには慣れたのですが、どうしても「バリウム検査」には手こずります。あのプチプチするやつを飲んで、ゲップを我慢するのにはいつもひと苦労です

今年は昨年以上に日常生活から体調管理には気をつけて、野菜多めの食事をとり、ジムに通うなどして運動の方にも気をつかっていたので、良い数値が出るのでは?と期待感をよせながら検診しました

体重は昨年の検診時が「66.0kg」だったのに対し、今年は「62.7kg」と、減量作戦をしたかいがあり「3.3kg」の減でした。体重が減っていることで保健師さんにも褒められました

全体的に「中性脂肪」や「血糖値」や「肝機能」などの数値はほとんど下がっており、保健師さんにも『よく努力していますね』と褒めてもらえました。これもが体に気をつかった料理を考えて作ってくれているおかげです感謝しています。

ただ、軒並み下がっている数値の中で、唯一上がっている数値がありました。それは、やっぱり「悪玉コレステロール」でした

数値は平均値を大きく上回る数値となっており、なぜかこれだけは改善できていませんでした・・・

そしてこれで、デビューから3年連続で再検査となってしまいました・・・

「デビューから3年連続」というと何か良い響きに聞こえますが、こればっかりは「不名誉」というか「不健康」な結果ですよね

保健師さんの話によると、僕の「悪玉コレステロール」の数値は、もしかすると「食事」や「運動」の問題ではなく、「体質」や「遺伝的」なものからきているものではないか・・・ということでした。

だとすれば、改善する方法はもやは「内服薬」しかないのかもしれません

近いうちに病院で再検査してからの診断となりますが、少しでも数値が落ちるようにしないと、歳をとってから「脳卒中」や「動脈硬化」、あるいは「心筋梗塞」などに繋がりかねないので、今からしっかりとした「予防」と「対策」が必要です

自分の体は自分で守るしかありません。そして大切な家族に悲しい想いをさせないためにも、自分の体は自分で管理しなければなりません

何だかんだいって、気がつけば僕も37歳です。今以上にこれから体のあちこちに異常がでてきても不思議ではない年齢です

食生活や運動も含めて、あらゆることに365日いつも気を配り、「健康」を最優先して生活していきたいと思います

皆さんも自分の体を知ること、そして労わること、そこに少し目を向けてみることも大事かと思います。それはもちろん自分のためでもありますし、家族のためでもありますからね

若い頃とは違い、見えないだけで体の内部は確実に年老いていますからね

そんな事を散々話して上で何ですが・・・

今日は先程、これを食べちゃいました

デビューから3年連続で!

僕の大好きなスイーツですよっ!スイーツ王子!

しかも「MVDどうでしょうで散々お世話になった「菓子の家」のケーキです。本別から帯広に移転して初めてお店に行って買ってきました

さっきまで話していたことと「矛盾」するみたいですが、今日だけはこれまで食べたい物も食べずに我慢してきた、自分への「ご褒美」ということでご勘弁を

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 西波照間(にしはてるま)さん→前屋(まえや)さん、特にこのお名前を選んだ理由はないのですが、何となく頭に浮かびました。そんな「前屋さん」は全国に330名程いるそうです。

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2011年10月 2日 (日)

イメージチェンジ!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

10月がスタートして「秋真っ盛り」になるかと思いきや、『秋を通り越して、もう冬なんじゃないの?』と思うほどの寒い毎日ですね。この寒さは、北日本上空にある12月上旬並みの寒波の影響ですが、そろそろ着る物も「冬物」を出して「衣替え」をする時期かもしれませんね

そんな今日は、ちょっと季節外れかもしれませんが、「アイスクリーム」の話題です

「アイクリーム」といえば暑い夏に食べるのが一番美味しいのかもしれませんが、冬だって美味しく食べれますよね

僕は季節に関係なく一年中、アイスクリームは食べる派です。コンビニとかに行くと、ついつい「アイスクリーム」のコーナーの前で足を止めてしまいます

そんな「アイスクリーム」の中でも、昔から僕が大好きなものがこれです

イメージチェンジ!

『ガリガリ君』です中でも僕は定番の「ソーダ味」が一番好きです。先日も思わず、買ってきて食べちゃいました

イメージチェンジ!

いつ食べても変わらぬ味に僕は大満足でした

実はこの『ガリガリ君』は今年、発売から30周年という節目の年を迎えました。1981年に販売を開始したということですから、僕が7歳の時から『ガリガリ君』はあるということですね

“かき氷風”の独特のアイスキャンディーが、口の中で涼しさをジワっ~と広げてくれる『ガリガリ君』は、アイスの中でも人気商品のひとつですが、実はこの『ガリガリ君』がイメージチェンジしました

それがこれです

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何と、『ガリガリ君』がカップアイスになりました

既にご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、この新商品は『ガリガリ君ソーダミルクプレミアム』と言います

この商品が、先月の13日から「期間限定」で発売されるという情報を耳にした僕は、それ以降お店のアイスコーナーをチェックし、数日後に購入して早速食べてみました

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カップの蓋を開けると、中身はこんな感じです。内側に「バニラアイス」、外側にソーダ味の「かき氷」というバランスです

中のバニラは、30種類以上のミルクやバニラを試食・開発して末にたどり着いた、乳脂肪分14%の「プレミアムバニラ」となっているそうで、「バニラ」と「かき氷」という2つの食感と風味を味わえます

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完全にイメージチェンジされた『ガリガリ君』ですが、食べてみると味はもちろん以前と変わらない『ガリガリ君』の味です。中のバニラと一緒に食べてもいいですし、かき氷のところだけ食べてもいいですし、それはお好みです

でも僕個人的な感想としては、「カップ」よりも今までの「棒アイス」の方が好きかな。まあ、もちろんこの商品は「期間限定」のものですし、今までの『ガリガリ君』は通常に販売されているので、今だけはこの「期間限定」の方をせっかくですから食べてみたほうがいいかと思います

小さい頃から慣れ親しんだ『ガリガリ君』、子供の頃は「当たり棒」を持ってよくお店に行き、また『ガリガリ君』をもらって食べたものです

今日はそんな僕の大好きな『ガリガリ君』が、イメージチェンジをしたというお話をさせていただきました。皆さんももし宜しければ、ぜひ食べてみてはいかがですか

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 水魚谷(すいぎょたに)さん→西波照間(にしはてるま)さん、これだけで「名字」と「名前」が一緒になったようなお名前ですね。思わず「青山テルマ」を連想してしまう、そんな「西波照間さん」は全国に40名程いるそうです。

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2011年10月 1日 (土)

MVDに活気戻る!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は先日「告知」したように、急遽決まったMVDミニバレーの日でした

『いったいどれくらいのメンバーが集まるのかな・・・』と思いながら、仕事を終えた僕はすぐに帰宅してジャージに着替え、車をかっ飛ばしました

途中、何度か“マッポ”のトラップに遭遇しましたが、それをかいくぐり、そして体育館に足を運んだを待ち構えていたのはAい君Aいちゃんでした

MVDの初期メンバーとして、ともに楽しい時間を共有した2人がわざわざ遠路遥々来てくれのだから、盛り上がらないわけがありません

MVDに活気戻る!

そんな今日のメンバーはSんでぃHこHたちゃんAい君AゆRえNおTっかAいちゃんMさ、そしてHこの知人で今日初参戦してくれた、OさむさんKなさんのご夫婦、そして僕猫男爵の合計13名

さらには子供たちもたくさん遊びにきてくれましたWくYざんYとらNこちゃんNのちゃんCあちゃんSご君Sずかちゃん、子供だけでも何と8名です

大人と子供合わせると21名これは過去のMVDミニバレーの中でも新記録ではないでしょうか

今日は久しぶりに会うメンバーが多すぎて、何から話せばいいか困るほどです

でもまず最初に今日初参戦のOさむさんKなさん、初対面でしたが本当に楽しくプレーさせていただきまして、ありがとうございました。Oさむさんのテクニックは見習うとこばかりでした。また機会があればぜひ、遊びにきてくださいね

そして何と言ってもエースSんでぃ相変わらず今日も“絶口調”でした。動いて疲れたのか、喋りすぎて疲れたのか、自分でもきっと分からなくなる程の“べしゃり”でした。もちろん、コートでのボールさばきはお手の物でしたけどね

久しぶりと言えばこの2人、Aい君Aいちゃん夫妻です。まもなく「三十路」を迎えるAい君、やや以前よりはキレがなくなってきたかな?あの高い打点の空中殺法はまだまだ衰えるのは早すぎるよ

それに比べAいちゃんは相変わらずの得意の「ブロック」を連発していました。いつ見ても、キレイでカッコイイ「ブロック」です

またこの2人には都合がつけば、ぜひ体育館に足を運んでいただきたいです。来るには少し距離が遠いので大変だとは思いますがお待ちしております

Mさも久しぶりにミニバレーに来てくれました。Cあちゃんはちょっと見ない間に、すっかり大きくなっていました。可愛いかったです。Mさ自身も久しぶりのミニバレーで悪戦苦闘していましたが、ちょっとの時間でしたが楽しんでいけたのではないでしょうか

RえNおも、実は結構久しぶりのミニバレーなんですよね。春先は来れる時間がまだあったと思うのですが、色々と忙しくなると大変ですね。今度は「水曜日」に曜日変更になったので、なかなか来るのは難しいと思いますが、土曜日開催の時などにはぜひぜひお待ちしております

Hたちゃんに週に2回も会うなんて何か凄く嬉しい気分です。数年前なら、ミニバレーで会って、家に遊びに行って会って、週末はロケで会って、週に何回も顔を合わせていた僕の良き「弟」のような存在です。やっぱりHたちゃんとトークをしている時が一番落ち着くな~

Tっかも平日は難しいかもしれないけど、土曜日開催などにはぜひ一緒楽しもうね。今日はIっくん(Sっさ)が来なかったので、「何ちゃってELT」は結成できなかったけど、次回に期待します

Hこについては、いつも会っているので特にコメントはありません・・・何て嘘だよ。今日もいつも同様にエンジン全開ちゃんで、コートを所狭しと走り回り、盛り上げてくれました

我が妻Aゆは、水曜日のミニバレーの筋肉痛が今日キタようです(笑)。なので今日のミニバレーの筋肉痛は来週の水曜日あたりにクルと思います。あと、レシーブの際の「マッケンローレシーブ」は非常に場を和ませますね~さすがです

久しぶりにこんなに大人数集まったので、ミニバレーの中身そっちのけで、ついついみんなの話をしてしまいました

さて、13名集まった今日のミニバレーこれだけの人数がいると、これを使わなきゃ

MVDに活気戻る!

チーム決めには、やっぱり「割り箸」です。昔はよくHでき君が持参してくれた「割り箸」でチーム決めをしたものです

こんなこともあろうかと、用意しておいて良かったです。この「割り箸」を使って3チームに分けて、熱い熱戦が繰り広げられました

普段は少ない人数なので、いつもは「男爵ボール」三昧の僕らですが、「4対4」の普通のミニバレーを久しぶりにプレーできて本当に楽しかったです。最初はコートが狭く感じて戸惑いましたが(僕だけかな?)徐々にその感を取り戻しました

今日はどのゲームもシーソーゲームの連続でした。手に汗握る戦い、若干プレーしながら『長いな・・・』と思うようなしんどい戦いもありましたが、非常に中身の濃い充実したおよそ2時間のミニバレーでした

本当に久しぶりにMVDに活気が戻りました!やっぱり人数が多いと楽しいですね

次回のミニバレーは10月5日(水曜日)ですが、時間のある方はぜひぜひ体育館へ足を運んでくださいね

そしてできれば1ヶ月か2ヶ月に1回くらいは、今日のようなたくさんの人が集まれるような日を設けれればとも思っていますので、またみんなで楽しい時間を過ごしましょう

ちなみに今日はHたちゃんにまた新しい技が完成しました「ハタスカシ」「ハタタタキ」です。皆さんも「オリジナルの技」が何かの偶然で完成するかもしれません。その時のネーミングはHこFいさん猫男爵にお任せあれ

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 長州(ながす)さん→水魚谷(すいぎょたに)さん、「水」「魚」「谷」という水に関するような漢字が1つになり「すいぎょたに」さんというお名前が完成されました。希少なお名前ですが、「水魚谷さん」は全国に20名程いるそうです。

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