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2011年8月26日 (金)

伝説の目撃者~こけちゃいました~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

さあ~いよいよ注目の「世界陸上テグ大会」の開幕が明日に、というかあと数時間後に迫ってきました

明日は早朝から「女子マラソン」が行われ、大会の幕が開けます

今日はその開幕前夜ということで、先日から数回に渡りお送りしている世界陸上の特集「伝説の目撃者」の最終回をお送りします

題名で既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、今日お話するアスリートは、日本が誇る長距離選手のひとり、谷口浩美です

僕が初めて彼を見たのは、1988年に北京で行われた「北京国際マラソン」です。優勝した児玉泰介の走りも見事な走りでしたが、それに次ぐ2位でゴールした彼の走りも非常に印象的でした。この時出した彼の記録は、当時世界歴代7位という素晴らしい記録でした

首を斜めに傾げながら少し苦しそうに走るその姿は、彼が所属する旭化成の宗兄弟を彷彿させる走りでした

男子にしては珍しい独特の“ピッチ走法”は、山に強い彼の“経験”が生んだ走りなのかもしれません

僕はリアルタイムでは見ていませんが、彼は日本体育大学に在籍していた時、2年次から4年次まで3年続けて箱根駅伝で「6区」を走り、いずれも区間賞を獲得しています

箱根駅伝に詳しい方であれば「6区」がどういう区間かお分かりだと思いますが、「6区」とはいわゆる山下りの区間です。前日に箱根の山をの昇りきったところから、今度は一気に下るのが「6区」です

あまりの急勾配に、途中で足がついてけずに痙攣を起こす選手が時には出るほどの過酷なコースが「6区」なんです

彼は学生時代「山下りのスペシャリスト」と呼ばれ、その名をはせていました。そしてその「6区」で培った強靭な足腰は、社会人になっても大きく活かされました

彼は陸上長距離界の名門「旭化成」に入社し、その実力をいかんなく発揮するために、ひたすら努力を積み重ねていました

その才能はすぐに開花し、初マラソンとなった1985年の「別府大分毎日マラソン」で見事に初マラソン初優勝を果たし、将来の日本の長距離界を背負うスターとして大きな脚光を浴びることになりました

その後も彼は走るたびに良い成績を残し、1991年の東京で開催された「世界陸上」で初めて世界の大舞台に立つことになりました

この時彼は31歳、マラソン戦績は13戦6勝(2位も3回)という実に素晴らしい実績をひきさげての出場でした

この時の走りは今でも鮮明に憶えています。トップ集団の中で谷口は好位置にしっかりとつけ、チャンスをうかがい、最後の登り坂あたりから抜け出し、見事に1番最初に競技場に姿を現したのです

あの時の感動は、本当にグっとくるものがありました。1980年代、日本には瀬古宗兄弟中山などの素晴らしい選手がいながらも、「五輪」や「世界陸上」の舞台ではなかなか金メダルを獲得できませんでした。その日本男子長距離界に、輝かしい歴史が生まれる瞬間がそこにはあったのです

彼はにこやかなスマイルでゴールテープを切りました

あの瞬間に世界陸上日本男子初のマラソン金メダルが誕生しました。ちなみに、今現在も世界陸上男子マラソンに出場した選手で、金メダルを獲得したのは谷口浩美ただひとりだけです

そしてその翌年、世界チャンピオンという「肩書き」を背負った彼は、バルセロナ五輪に出場しました。もちろん、レース前の予想では彼は優勝候補の筆頭にあげられていました

しかし、レース途中の給水の際に、後続の選手に靴の踵を踏まれ、靴が脱げて転倒するという大きなアクシデントに見舞われてしまったのです

彼はそれでも決してレースを諦めず結局8位でゴールしました

「あの転倒がなければ・・・」日本人の多くがそう思う中、彼がレース直後のインタビューで答えた言葉は

『こけちゃいました(笑)』

悔しい表情ひとつ見せず、爽やかに苦笑いを浮かべる彼の姿には、逆にウルっときた思い出があります

本当は凄く悔いの残るレースだったはずなのに、自分のできることを精一杯やり遂げたという、そのスポーツマンらしさは、本当に見ている側に感動を与えてくれました

彼が“できた”人間なのは、靴を踏んだ選手のことも大会関係者のことも一切中傷することもなく、決して言い訳をしなかったということからもよく分かります

結局彼は、4年後のアトランタ五輪に出場したものの19位という成績に終わり、バルセロナのリベンジはできませんでしたが、彼が一生懸命に最後まで諦めずに前だけを見て走る姿は、今でも僕の心にしっかりと焼き付いています

同じ日本人として、僕は彼のマラソンにかける想い、そしてマラソンに取り組むその姿勢に、心から「敬意」を表すとともに「誇り」にも思います

アトランタ五輪の翌年に彼は現役を引退し、指導者の道へと進んでいきました。今も彼は指導者として全国各地で「走ることの素晴らしさ」を伝えています

その小さな努力がいつか花を開き、日本人がマラソンで世界一になる日が訪れることを僕も楽しみに待ちわびています

谷口浩美が世界陸上東京大会で見せた走りを、僕はテレビを通じながらではありますが確かに目撃しました。それはまさに「伝説の目撃者」でした

今回でこのシリーズは終焉を迎えますが、全4回に渡り僕が印象に残る陸上選手4名を、僅かですが僕の思い出とともにご紹介してきました。これで明日から開幕する「世界陸上テグ大会」を見る“きっかけ”になっていただければ、幸いかと存じます

明日から9日間、韓国のテグでは世界中のアスリートたちの熱い戦いが繰り広げれます。世界が注目する中で、多くの日本人選手が活躍することを願い、そして多くの感動と偉大な記録がそこで誕生することを期待し、この企画を終わりにしたいと思います

言葉だけではこの情熱は伝わりにくいかもしれませんが、今僕は織田裕二なみに、世界陸上へのテンションが上昇しています

地球に生まれて良かったーーー!!!

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 銀輪(ぎんわ)さん→渡司(わたし)さん、これも希少なお名前ですが、「わたし」さんという方が自分のことを言うと、「わたしはわたしです。」となっちゃうんでしょうね。英語では「I am I」となるのかな?そんな「渡司さん」は全国に80名程いるそうです。

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