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2011年6月28日 (火)

ベースボール・マニア~親分が愛した球団~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

まだ時間は午後9時だというのに、睡魔が襲ってきています・・・というのも、今朝は3時半起きで「朝野球」に行ってきたからです

僕自身、今シーズン3試合目の朝野球ですが、何年経っても朝3時半起きは体にこたえますね。仕事中は体がダルいし、夜になるといつもよりも早く眠気が襲ってきます。

でもそんな辛い想いをしても、大好きな野球で朝から体を動かすのではとても清々しくて気持ちの良いものです。ましてや試合に勝ったり、ヒットを打つことができれば、1日がとてもHAPPYな1日にになります

さて、まず今日の試合結果は「9対4」で見事に勝利しました。これでリーグ戦の成績は3勝2敗です

今日のメンバーはTゆき、Fながさん、Sお、Yすけ、Gちゃん、Kぼさん、Kげん、Kとうさん、Mかわ君、Kた、Dちゃん、Nんちゃん、そして猫男爵の合計13名でした

今日の相手は10年来のライバルチームで、主将のTゆきいわく、このチームとの対戦が「天王山」だそうです

そんな「天王山」の大事な試合に、僕は今シーズン3度目の先発をしました。今日は6回を投げ4失点の完投勝利で今シーズン2勝1敗という成績になりました

打つ方では、第1打席は一塁フライ、第2打席は三振、そして第3打席は右中間を真っ二つに破る当たりで、ランニングホームランを狙いホームまで激走しましたが、以前のように足は思うように動かず、本塁でタッチアウトとなり、記録は三塁打でした。それでも3打数1安打2打点なら、まあ良しとしましょう

早起きと仕事中の体のダルさは辛いですが、あの「もう少しでホームラン」という当たりの感触は今日一日手に残っていました。次の戦いもこの調子で頑張ります

さて、野球の話題になりましたが、プロ野球も「交流戦」が終わり、いよいよ「リーグ戦」が再開されました。そこで今日はすっかりお馴染みになった月イチ恒例の企画、「ベースボールマニア」第6弾をお送りしたいと思います

日本のプロ野球球団にスポットをあて、その球団の歴史を振り返るとともに、僕が選ぶベストオーダーを発表するという企画ですが、今回ご紹介する気になるその球団とは

ベースボール・マニア

昔懐かし「オレンジ色の帽子」がトレードマークの「北海道日本ハムファイターズ」です

今ではすっかり我々北海道民の球団となった「日本ハムファイターズ」ですが、北海道に本拠地を移転する前は、皆さんもよくご存知の通り、東京に本拠地を置く球団でした

1945年11月6日に日本で6番目の球団として発足したこの球団は、「セネタース」というチーム名でスタートしました

その後、「東急フライヤーズ」→「急映フライヤーズ」→もう一度「東急フライヤーズ」→「東映フライヤーズ」→「日拓ホームフライヤーズ」というチーム名を経て、1974年に「日本ハムファイターズ」になり、2004年からは本拠地移転に伴い「北海道日本ハムファイターズ」となり、今に至ります

長い球団の歴史の中で、リーグ優勝に輝いたのは5度あります。中でもここ5年間で3度リーグ優勝を果たしている(2006年、2007年、2009年)という点では、北海道移転が“吉”と出ている証拠ではないでしょうか

日本一に輝いたのは1962年と2006年の2回ですが、非常に安定した成績を残すのが昔からファイターズという球団の特徴といってもいいでしょう

僕が知っている「ファイターズ」は1980年代頃からチームです。日本ハムのベンチには、ドカっと「親分」こと故大沢啓二監督が座り、何か微妙な判定があるとすぐにグランドに吹っ飛んでいった記憶があります

非常に個性豊かで、かつ人間味溢れる「名将」、そして「野球人」でした。大沢監督は野球が大好きで、そしてファイターズを心から愛していた方だと僕は思っています。ちなみに親分が監督として付けていた背番号「86」は準永久欠番として、いまだに誰もこの番号を付ける人はいません。

そんな親分が愛した球団の、当時の個性溢れる名選手たちを僕の記憶の中でたどってみることにします

ベースボール・マニア

当時のパリーグを代表する「名二塁手」だった白井一幸です。日本ハムのコーチを経て、今は横浜ベイスターズの2軍監督を務めています。“いぶし銀”という言葉がピッタリの選手でした

ベースボール・マニア

続いては足のスペシャリスト島田誠です。その俊足を生かし、「盗塁王」に輝いた実績を持ちます。僕の思い出としては、当時の後楽園球場で雨の中で水しぶきをあげながら、一塁にヘッドスライディングしていた思い出があります

ベースボール・マニア

阪急の助っ人外国人、巨漢ブーマー(左)の隣りにいるヒゲを蓄えた選手はソレイタです。「サモアの怪人」と呼ばれた彼の活躍は1981年のリーグ優勝に大きく貢献しました。在籍した4年間で打った本塁打は155本と、当時の助っ人外国人では「史上最強」との呼び声も高かった選手です

ベースボール・マニア

同じ助っ人外国人でもこちらは“記録”ではなく“記憶”に残る選手、イースラーです「とんねるずの細かすぎて伝わらない選手権」で、360。モンキーズが真似をして、すっかり有名になりましたが、当時の小学生はみんなイースラーのモノマネをしていました。非常におもしろい打撃フォームをする選手でした

ベースボール・マニア

こちらは1980年代後半~1990年代中盤にかけて、アイドル顔負けの絶大な人気を誇った西崎幸広です

新人ながらエースとして君臨し、投手陣を数年間引っ張った日本ハムを代表する投手です。今でいえば、おそらく「ダルビッシュ」クラスです。同じ新人でライバルだった近鉄の阿波野との投げ合いは、プロ野球ファンにとってはたまらない対決でした

ベースボール・マニア

西崎と同じ年代に活躍したもう1人の人気投手が、松浦宏明です。彼もその「甘いマスク」で女性からの人気が高い選手でした。「最多勝」にも輝き、人気と実績を兼ねそろえた選手でした

ベースボール・マニア

長きに渡り「ファイターズ」を支えた「ミスターファイターズ」田中幸雄です。現在は日本ハムの打撃コーチを務めています。新人時代から「3拍子」揃ったスター選手で、見ているものをひきつける力を持っていた選手です

ベースボール・マニア

最後は僕が個人的に好きな選手だった中島輝士、通称「テルシー」です。当時、社会人野球から入団した彼は、1年目から即戦力として活躍し4番も務めました。パワフルでありながら、しなやかな打撃が僕はとても好きでした

こうやって少しだけですが、僕が小学生か中学生の頃に活躍した懐かしき選手を振り返ってみましたが、非常に個性溢れるスター選手がたくさんいたことがよくわかります

それでは、そんな「日本ハムファイターズ」の僕が選ぶベストメンバーを発表してみたいと思います

1番 センター 島田誠

2番 セカンド 白井一幸

3番 レフト 中島輝士

4番 ライト ソレイタ

5番 DH ウィンタース

6番 ファースト 柏原純一

7番 サード 田中幸雄

8番 キャッチャー 大宮龍男

9番 ショート 金子誠

投手 先発 ダルビッシュ有

    中継ぎ 西崎幸広

    抑え 岩本勉

監督はもちろん、親分こと大沢啓二さんです

今までご紹介してきた球団も素晴らしいメンバーでしたが、「日本ハム」もかなり良いメンバーですよ

ダルビッシュ、西崎、岩ちゃんの3本柱はそうそう打てませんよ~

そして、テルシー、ソレイタ、ウィンタースの中軸も超強力です白井や金子という脇役の存在も欠かせませんし、非常にバランスの取れたチームではないでしょうか

さあ、今回の「ベースボールマニア」はいかがでしたか?次回は果たしてどの球団にスポットがあたるのか、今から僕自身も非常に楽しみになってきました

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 三位(みい)さん→岩本(いわもと)さん、日本ハムにも岩本勉、通称「ガンちゃん」がいましたが、僕の野球チームにも「岩本」という名前のチームメイトがいます。ちなみに彼のあだ名も「ガンちゃん」です。「岩本さん」という方のおそらくほとんどが「ガンちゃん」というあだ名ではないでしょうか?ちなみに全国には「岩本さん」は12万人程いるそうです。

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