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2011年5月31日 (火)

晴れ女と夏男~後編~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は、先日と妻Aゆで行ってきた「日帰り旅行」の様子を昨日の「前編」に引き続きご紹介したいと思いますので、どうぞ最後までお楽しみください

2011年5月29日(日曜日)、またもAゆに内緒で僕が計画した旅行。今回はゴールデンウィークにAゆをどこにも連れていってあげられなかったこと、そして「結婚1周年」を記念してどこか旅行に行きたかったことを念頭に、極秘で僕がこの旅行計画を作り上げました

そんな僕からAゆへのプレゼント旅行ですが、自宅をスタートした時は降り注ぐ大粒の雨『頼むから止んでくれないかな・・・』と祈る想いでした。

道中では雨に当たるのですが、なぜか目的地に着くと雨が止むという現象が立て続けに起き、「晴れ女」と呼ばれているAゆと、「夏男」と呼ばれている僕の力の凄さを改めて痛感しました

さあ、それでは昨日の「前編」の続き、「後編」のスタートです

午後2時30分、少し遅めの昼食を食べ終えた僕とAゆは、北見市内の「江戸そば丸吉」というそば屋さんを出発し、次なる目的地に向かいました

後半戦の車中では、「ミスチル」の音楽がドライブを演出してくれました

午後からは天気も良くなり、午前中に見えていた雨雲はすっかり姿を消し、気がつけば青空が僕らを優しく包んでくれるようになりました

さすがだね晴れ女、そして夏男

北見市を出発して約1時間で、次の目的地に到着です

晴れ女と夏男〜後編〜

僕らが着いたのは、大空町にある「東藻琴芝桜公園」です。一面に広がる鮮やかな色彩に思わずAゆの笑みも満開に咲き誇ります

晴れ女と夏男〜後編〜

写真でこれだけ鮮やかな「芝桜」なんですから、生で見るともっと素晴らしいですよ。右も左も、前も後ろも、見渡す限り360度、芝桜のジュータンが広がり、しばらくは思わず見とれてしまいました

僕達が着いた頃には風もなく、青空も広がり、観光には最適のコンディションでした。売店にも美味しいものがたくさん並んでいたので、少しだけつまんじゃいました

この「芝桜公園」は数日間だけ、夜のライトアップも実施しているみたいですが、今年はその期間はもう終了してしまったようです

機会があればぜひ夜のライトアップもいつか見に来たいと思いました。きっと凄いキレイでロマンチックな雰囲気だと思います

時計を見ると、針は既に午後4時を廻っていました素敵な景色に見とれて、思わず時間が過ぎることを忘れてしまい、こんな時間になってしまいました

僕らは慌てて次の目的地に向かうことにしましたまだまだ旅は続きます

「東藻琴」を出発し、険しい山道を越えると徐々にあの独特に“臭い”が漂ってきました。そうです!勘の鋭い方であれば、だいたい分かりましたね

日暮れが迫る午後5時、僕とAゆが到着したのは

晴れ女と夏男〜後編〜

弟子屈町にある「硫黄山」です

午後5時ということもあり、観光客は数える程しかいなかったので、僕らはほぼ貸し切り状態で「硫黄山」を満喫しました

晴れ女と夏男〜後編〜

立ち上る硫黄の噴煙を見ていると、『地球は生きているんだな~』ということを実感しました

晴れ女と夏男〜後編〜

「硫黄山」に来たら、これを食べずに帰るわけにはいきません硫黄山名物「温泉たまご」です。久しぶりに食べましたが、本当に何度食べても旨いこれなら何個でもイケそうですが、今は減量中なので1個だけにしておきました

晴れ女と夏男〜後編〜

そしてこれも「硫黄山」の売店名物「ソフトクリーム」です。減量中とはいえ、今日は特別にソフトクリーム解禁です。せっかくの楽しい旅行ですから、楽しまなきゃ(笑)

すっかり「硫黄山」を満喫した僕らは、いよいよ今回の日帰り旅行の最後の目的地に向かうことにしました

晴れ女と夏男〜後編〜

しかし、最後の最後で僕らの前に立ちふさがったのが、強烈な「霧」の攻撃です。前を走る車を見失うほどの視界の悪さ、まるで「夜のヒットスタジオ」で誰かがドライアイスを使った後のような光景が辺りに広がります

道も山道で急カーブの連続になり、自然と首が右から左、左から右に傾きます。Aゆいわく、「自然に橋幸夫のモノマネができる」そうです。早速その自然の摂理にゆだねて、僕とAゆで「いたこのいたろう~♪」の大合唱が車内では聞こえてきました(笑)

そんな盛り上がりをみせる中、ようやく最後の目的地に到着です

最後の目的地は霧で有名な「摩周湖」です

この霧の中で「摩周湖」の姿が見えることなど、ほぼ絶望的だと思われましたが、何と摩周湖の駐車場に僕らが着くと、奇跡的に霧が晴れました

既に時間は午後6時に近い時間・・・僕らは急いで車を降り展望台へ

そして僕とAゆの目に飛びこんできたのは、キレイなキレイな「摩周湖」の風景です。まわりに他の観光客の姿はなく、この大パノラマは僕達2人だけのものです晴れ女と夏男〜後編〜

これを「奇跡」と呼ばず何というでしょう写真ではちょっと分かりづらいかもしれませんが、僕らの後ろに綺麗な「摩周湖」が広がっています

2人だけでこの絶景を堪能していると、観光バスが到着して、たくさんの観光客が展望台へと流れ込んできました。

すると何と、つい数秒前まで晴れていた「摩周湖」が、みるみるうちにまた霧に包まれていくではありませんか

バスガイドさんが観光客に向けて、『急いで写真を写してください。霧に隠れて見えなくなりますから!』と大声をあげる姿を目にして、改めて僕らはこの奇跡を実感しました

僕らが見ていた数分間だけ「摩周湖」は僕らに姿を見せてくれたんです。何という「奇跡」でしょう・・・

いえ、これはもはや「奇跡」ではないのですこれは本当に「晴れ女」と「夏男」の力なのかもしれません。やっぱり僕らは間違いなく何か持ってます。自画自賛で誠に恐縮ですが、この日に関しては、そんなことだらけの一日だったので、思わずそう思わずにはいられませんでした

午後6時過ぎ、「摩周湖」の奇跡の余韻を感じながら、僕らは帰路と向かい出発することにしました

帰り道はすっかり暗くなりましたが、車中での盛り上がりは絶えることなく、約3時間かけて無事に自宅に到着しました

晴れ女と夏男〜後編〜

午後9時、スタートから約15時間、この日1日で走った距離数は645km。この距離は「東京~大阪間」の距離数をさらにまだ越える程の距離です

まだまだ行きたいところもたくさんあり、1日では足りないくらいでしたが、非常に楽しく充実感で溢れる日帰り旅行でした

妻の喜ぶ「笑顔」が見れて、夫として僕は凄く嬉しい気持ちになりました

僕が妻に送った「1日旅行」というプレゼントは、妻の「笑顔」という最高のプレゼントでお返しされました。本当に楽しく幸せな1日でした

またいつか、僕の「極秘旅行作戦」で妻をビックリさせるつもりですが、きっとその時僕はまたこう言うでしょう

『その1日を、俺にくれないか?』とね(笑)

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 来亀(らいかめ)さん→珍(めずらし)さん、「珍」の一文字で「めずらし」さんとお読みします。「珍」だけに珍しいお名前ですね。全国に「珍さん」は全国に10名程いるそうです。

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2011年5月30日 (月)

晴れ女と夏男~前編~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

5月もいよいよ明日で終わり、明後日からは6月のスタートです。しかし6月になるというのに、今日も非常に寒い一日でしたね。今週はあまり天気予報も良くないみたいで、あまり青空は期待できない1週間になりそうです

5月は全体を通して天気には恵まれた気候でしたが、果たして6月はいったいどうなることでしょう

仕事的には「5月」という月は、僕にとっては非常に忙しい月でした。5月前半のゴールデンウィークも休み返上で仕事に追われていました

そんなこともあり、とどこかに遊びに行く事もできずに終わり、非常に申し訳なく思っています

そこで僕は『よし!今度の日曜日にどこかに連れていこう!』と、ある計画を練りました

実は妻に内緒で「結婚1周年記念」として、どこか旅行には行きたいとは僕自身も思っていたので

そして数日前、僕の口から出たのはいつも何かサプライズ的なことをする時には必ず出る決めゼリフです

『今度の日曜日、その1日を俺にくれないか?』

自分で言うのも何ですが、キザすぎる(笑)

そんなこんなで昨日、僕は妻Aゆ「日帰り旅行」に行ってきました。これは僕から妻へのささやかなプレゼントです

その旅行の模様の「前編」と「後編」に分け、今日は「前編」の方をご紹介したいと思いますので、しばしの間、楽しんでくださいね

もちろん今回もAゆには、どこに行くかは事前には全く教えず、何も知らないAゆはただ僕の車の助手席に座り、どこに連れていかれるのかもしらずに言われるがままにするだけでしたまさに『水曜どうでしょう』の大泉洋状態です(笑)

晴れ女と夏男〜前編〜

2011年5月29日(日曜日)午前6時 猫男爵宅駐車場でのスタート前の2人の表情です。この時は、まだAゆはどこに行くかは全く知りません

自宅を出発して、僕は車を北へと走らせました。実は今回僕が計画した旅行先は、道東の「網走・北見方面」です。ちょっと距離があるので、朝早くに出発しました

車中ではいつも同様に楽しい会話が弾み、久しぶりのデートに心も弾みます。あいにく天気は雨で、そこが唯一、完璧ではありませんでしたが、楽しい空間があれば雨なんて関係ありませんからね

車の中に響く歌声は「嵐」のCDです。「嵐」を聴きながらのドライブは最高ですすると、いきなり目の前に「大野」という看板が見え、その直後には鹿に遭遇しました。鹿といえば「バンビ」、「バンビ」といえばドラマ『バンビーノ』で“バンビ”と呼ばれていた「嵐」のマツジュン、これも嵐つながりです。外の天気はまるで「嵐」ですし、『今日はまさに「嵐デー」だね』、そんなトークで盛り上がる中、車は北へ北へと進んでいきました

スタートから1時間程経過したところで、ようやく僕はAゆに今回の旅行の行程表を見せました。この時点でようやくAゆは、自分がこれからどこに行くかを知りました

しかし、乗り物系には必ず「小事件」がつきものの僕猫男爵が、早速その必要のないパワーを発揮してしまいます

芽登から置戸へ抜ける途中の山道で、急にお腹に腹痛が・・・と同時に便意が・・・

『まずい、急にきたぞ・・・』そんな言葉を僕が漏らす中、下を漏らすわけにはいきません

しかし見渡す限り山道なので、トイレがある場所まではしばらく車を走らなければなりません。いつ見つかるか分からないトイレの場所まで、果たしてそこまで持つのか?

不安と押し寄せる便意の波の中、僕は最悪の行動も覚悟しなかればなりませんでした。いわゆる「野○ソ」という奴です(笑)

しかし、そんな山道で「野○ソ」をしている最中に、熊や鹿にでも襲われたらどうする?そんな恐怖感も頭をよぎり、僕は何度となく押し寄せる便意と戦いながら、何とか無事に置戸のコンビニまでたどり着き、見事にこの苦難を乗り切りました本当に良かったです

そんな「小事件」を満喫しながら車を走らせること約3時間、最初の目的地に近づくにつれ、まるで僕らの到着を待っていたかのごとく、先程まで僕らの視界を遮っていた雨は止みました

これは「晴れ女」と呼ばれているAゆの力なのか?それとも「夏男」と呼ばれている僕の力なのか?

「晴れ女」と「夏男」この2人が揃えば、雨なんか吹っ飛ばしてしまうんです。自分で言うのも何ですが『僕らは何か持ってます!』

午前9時、まずは最初の目的地に到着しました。

晴れ女と夏男〜前編〜

見事な色鮮やかな花びらが咲き誇る、上湧別町の「チューリップ公園」です

チューリップの花はちょうど今が見ごろで一番良い時期でした。午前9時とはいえ、園内は溢れるほどの観光客でいっぱいでした。

晴れ女と夏男〜前編〜

Aゆは綺麗なチューリップの花園に超感動していました。外は少し風もあり寒かったですが、そんな寒さも忘れるくらいに感動的な光景でした

朝早かったせいかお腹が空いていたので、売店で僕は「骨付きフランク」を購入して食べちゃいました。Aゆは「甘酒」で少し冷えた体を温めました

旅先での楽しみのひとつに、この「売店」というものがあるんですよね。ここでは様々な誘惑が僕を惑わせます。どれもこれも美味しそうなものばかりで、選ぶだけでもひと苦労です

本当はゆっくりとチューリップを見ていきたかったのですが、僕らにはまだまだ目的地がたくさん待っているので、午前9時45分に上湧別チューリップ公園を後にして、次なる目的に向かいました

オホーツク海に面している「サロマ湖」を眺めながら車を走らせていると、1台の車が僕の後方から勢いよく追い越していきました

車のナンバープレートは「広島」ナンバーでした。「遠路遥々、広島から来たんだ~」と思いながら僕はAゆに、『広島から来たじゃけん。』とか『北海道の道路は走りやすいじゃけん。』などと勝手に“なんちゃって広島弁”を使いAゆを笑わせていました。その後も、しばらく僕は言葉の語尾に「じゃけん」をつけてトークをしていました。これが俗にいう「広島じゃけん事件」です

話は少し横道にそれますが、オホーツク海沿岸には非常に珍しい地名が多かったような気がします。例えば「芭露」、これで「ばろ」と読みます。「岐阜」という地名もありました。北海道なのに「岐阜」です。同じ北海道に住みながらも、聞いたことのない地名を目にすると、「北海道は広いな~」と改めて感じました

そんなこんなで、上湧別を出てから約1時間で僕らは次なる目的に到着しました。ちょうど目的地に着く頃には、また降り出していた雨が止みだし、「晴れ女」と「夏男」のパワーを見事に発揮です

晴れ女と夏男〜前編〜

僕らが着いたのは、網走市の北に位置する「能取岬」です

周囲31kmの「能取湖」を抱え、オホーツク海に突き出しているこの岬は、冬期間は流氷観察ポイントとしても人気の高いスポットです。またアザラシの群棲地としても知られています

夏の岬もまた、「緑」で溢れていて素敵でした。見渡せば目の前はオホーツク海です非常に昨日は良い感じの波が押し寄せていて、『板を持ってこれば良かったな・・・』と、思わず僕のサーファー魂が騒いだとか、騒がなかったとか(笑)

岬の駐車場には道内各地の車のナンバープレートが見受けられ、写真を撮りに訪れている人もいました。できれば今度は冬にも来てみたい場所でした

午前11時過ぎ、僕らは「能取岬」を出発して網走市内へと向かいました。次に僕らが向かった場所は

晴れ女と夏男〜前編〜

網走市の天都山山頂にある「オホーツク流氷館」です

晴れ女と夏男〜前編〜

この館内にはオホーツク海に生息する生き物たちが飼育展示されています。この写真の生き物は「フウセンウオ」というもので、お腹の下に吸盤がある非常に珍しい生き物です。

この他にも“流氷の天使”として有名な「クリオネ」なども飼育展示されていました。

この「オホーツク流氷館」では-18℃の世界を体験できる部屋があります。早速僕とAゆも体験してみることに

晴れ女と夏男〜前編〜

部屋の中に入った瞬間に訪れたのは刺さるような強烈な冷えた空気でした。Aゆが見ているのは本物の「流氷」です。部屋の長さはそんなにありませんが、数十秒いただけでも本当に凍死しそうなくらいの極寒でした

晴れ女と夏男〜前編〜

ちなみに「タオル実験」を係員に促されてやってみましたが、濡れたタオルが部屋を出て来る時にはカチカチに固まっていました

この他にも網走の四季を紹介する12分間の「ハイビジョンシアター」も鑑賞して、展望台やお土産屋さんにも立ち寄り、「オホーツク流氷館」を非常に満喫できました

「流氷館」を出ると既に時間は午後0時45分でした。お腹も空いてきたので、僕らはここで昼食を食べに行く事にしました

今回は事前に調べた「美味しいそば屋さん」で昼食を食べることに決めていたので、そのために僕らは北見市へと向かうことにしました

網走市から北見市まで車で約1時間、ようやくたどり着いたのは北見市内西部にある「江戸そば丸吉」という、お蕎麦屋さんです

外観も非常に綺麗ですし、もちろん店内に入っても落ち着いた雰囲気の綺麗なお店でした

晴れ女と夏男〜前編〜

Aゆが頼んだのは「みぞれそば」です。僕が頼んだのは、このお店の名物「かも南そば」です。名物だけあって凄く美味しかったです

「天ぎょうざ」というものも、どうしても気になったので注文しました。餃子を天ぷらで揚げたものなんですが、めっちゃ美味しかったです。北見に来たら、またこのお店にはぜひ寄りたいと思います

こうしてお腹をいっぱいにして僕らが、お店を出たのは午後2時30分頃のことでした

まだ旅は続くのですが今日はここまでです。この続きは「後編」をお楽しみに

「旅」というのものは普段の日常の生活では感じることのできない、素敵な「思い出」がたくさんできます。人からしてみれば、ほんの些細な何でもないことでも、当人にしてみれば、その場所や会話の1つ1つが、大切な大切な「思い出」の1つなんです

これは何年、何十年と経っても、変わる事のない素晴らしい財産です。これだから「旅」って素敵なんですよね~

そして旅には「天気」も大事です。天候によっては、その楽しさも半減してしまいますからね。そういう意味では「晴れ女」「夏男」の持っているパワーは、我ながら凄いと思いました

それでは今日はこのへんにして、また「後編」でお会いしましょう

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 八重桜(やえざくら)さん→来亀(らいかめ)さん、「来る亀」と書いて「らいかめ」さん、何か縁起の良さそうなお名前ですが、全国に「来亀さん」は10名程いるそうです。

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2011年5月29日 (日)

ベースボール・マニア~ナニワの緑軍団~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は僕の大好きなプロ野球のある特定球団にスポットをあてて、その「歴史」と「思い出」を振り返りながらお話するという、恒例企画「ベースボール・マニア」第5弾をお送り致します

5月も終盤に差し掛かり、プロ野球は交流戦が今行われています。ここ数年、この交流戦が開催されるようになり、日本のプロ野球にも盛り上がりが格段と増えたような気がします

そんな中、現在パリーグで首位を走っている球団が今日ご紹介する球団です。その球団とは

ベースボール・マニア〜ナニワ〜

皆さんもこの「帽子」に懐かしさを感じたことがあるのではないでしょうか。現在は「福岡ソフトバンクホークス」という球団名ですが、以前は「南海ホークス」として長らく親しまれたこの球団を今日はご紹介したいと思います

「南海ホークス」は1938年3月に「南海軍」として発足したのが球団の歴史の始まりです。その後、「近畿日本軍」→「グレートリング」を経て、1947年に「南海ホークス」が誕生しました

「南海ホークス」は約40年間に渡り本拠地を「大阪」に置き、多くのファンに愛される球団でした。しかしその一方で、関西ではどうしても「阪神」という絶大な人気を誇る球団の影に隠れてしまう時期が続いていたのも現実でした

そんな「南海ホークス」は1988年に球団売却が決まり、「福岡ダイエーホークス」として生まれ変わり、本拠地も「大阪」から「福岡」へと移転しました。

その後は2004年に再び球団が売却され、現在の「福岡ソフトバンクホークス」という球団名に至っています。

ベースボール・マニア〜ナニワ〜

これは「福岡ダイエーホークス」時代のヘルメットです。チームの象徴である「鷹」をイメージしたこのヘルメットは、当時は凄く画期的なもので今でも鮮明に憶えています。「ガッチャマン」みたいでしたよね

現在の「福岡ソフトバンクホークス」の本拠地は福岡Yahoo!JAPANドームです。九州で唯一のプロ野球球団として、地域に根付いた人気球団の1つでもあるのと同時に、「南海ホークス」時代を知る古くからファンも非常に多い球団です

あの漫画「ドカベン」や「あぶさん」の作者水島新司さんも、「南海ホークス」時代からこの球団の大ファンの1人であることは有名ですよね

「ホークス」は過去に日本一には4度輝いたことがあります。リーグ優勝は16回も経験しており、パリーグでは一時代を築いた実力と人気を兼ね揃えた球団です

特に鶴岡監督が就任していた1950年代~1960年代は、僕自身はまだ生まれていないのでその強さはよく知りませんが、15年間で9度リーグ優勝を果たすなど、まさに「黄金時代」そのもので、日本シリーズでは巨人と日本一をかけて名勝負を繰り広げていたそうです

1969年には野村克也捕手が選手兼任で監督に就任して話題になりました。その後は「南海ホークス」はしばらく低迷時期が続き、1978年~1997年まで連続Bクラス最長記録という不名誉な日本プロ野球記録を樹立しました

しかし皮肉な事に、昔「ホークス」の天敵でもあった巨人のスーパースター王貞治が「ダイエーホークス」の監督に就任してからは、小久保、松中、井口、城島、杉内、和田といった若手スター選手を擁し、何度も優勝争いを演じるようになりました

現在は秋山幸二監督がチームを率いて「ソフトバンクホークス」を人気と実力を兼ね揃えたチームへと導いています。

では、そんな「ホークス」の昔懐かしい選手達を、僕が子供の頃に好きだった選手を中心にご紹介してみましょう

ベースボール・マニア〜ナニワ〜

この2ショットは素敵です2人とも甲子園で大活躍したスター選手です

左側は池田高校で優勝投手にもなった畠山準、そして右側は“ドカベン”の愛称で親しまれた香川伸行です2人とも非常に初々しいですね

ベースボール・マニア〜ナニワ〜

こちらは、「不惑」という言葉を“流行語”にもさせた門田博光です。彼も僕が小学生の頃によく打撃フォームを真似した選手の1人です。彼は南海最後の年に、40歳にして本塁打王と打点王の2冠王に輝き、MVPも獲得しました

ベースボール・マニア〜ナニワ〜

1980年代の南海を支えたエース山内孝徳です。彼の口髭は今でも印象的です。当時の南海にはもう1人山内和宏というエース級の投手もいましたが、2人とも兄弟でも親戚でもありませんでした

ベースボール・マニア〜ナニワ〜

その“キャラ”が印象的なのが、“カズ山本”こと山本和範です。彼も長きに渡り、低迷期の南海を支えた選手の1人です

ベースボール・マニア〜ナニワ〜

「南海ホークス」を知る最後のプロ野球選手だった大道典良です。彼は入団当初は中軸を打つほどのホームランバッターでしたが、晩年はバットを短く持ち、コツコツと当てていくというスタイルを確立しました

ベースボール・マニア〜ナニワ〜

「ダイエーホークス」時代の印象的な外国人選手たち、まずはこの眼鏡が特徴のアップショーです。先程ご紹介したガッチャマンのようなヘルメットをかぶっていますね

ベースボール・マニア〜ナニワ〜

もう1人の外国人選手はバナザードです。彼は温厚なアップショーとは反対に、非常に血の気が荒く、度々乱闘を起こしていました

このように僕が知る「南海ホークス」には、非常に個性的な選手が多かったという印象がありますが、今日はその中から僕が選ぶベストオーダーをご紹介したいと思います

それでは早速、その発表です

1番 センター 佐々木誠

2番 ショート 川崎宗則

3番 ファースト 松中信彦

4番 D H 門田博光

5番 サード 小久保裕紀

6番 キャッチャー 城島健司

7番 ライト 岸川勝也

8番 セカンド バナザード

9番 レフト 村松有人

投手 先発 山内孝徳

    中継ぎ 杉内俊哉

    抑え 藤本修二

監督 鶴岡一人

これが僕が選んだ「ホークス」のベスメンバーです

さあ、いかがでしたか今日の「ベースボール・マニア」は。今回は大阪時代にはチームカラーの緑でスタンドを一色に染めた球団、ナニワの緑軍団「南海ホークス」の「歴史」と「思い出」について振り返ってみました

次回はどこの球団にスポットがあたるのか、どうぞお楽しみに

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 佐渡谷(さどや)さん→八重桜(やえざくら)さん、この季節にぴったりのお名前ですが、全国に「八重桜さん」は30名程いるそうです。

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2011年5月28日 (土)

待望のA代表デビュー!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日はサッカーのお話です

“時の流れ”というのは実に早いもので、あの南アフリカW杯からもうすぐ1年が経とうとしています

その間にも世界のサッカー界は確実に動いています。新たな戦力が台頭し、新たな戦術スタイルが生み出され、その波に少しでも乗り遅れるとすぐに世界から取り残されるというのが、今の現実的なサッカー界の実情です

ブラジルではロナウジーニョカカが代表から漏れ、既に新たな世代が台頭してきています。現在のサッカー界のヒーローである、C.ロナウドメッシでさえも、少しでも気を抜けば数年後には“代表漏れ”ということもあり得るのが、サッカーという世界の厳しさなのかもしれません

もちろんそれは日本にとっても同じ話です。日本には数年前まで中田英寿という“核”になる存在がいました。強烈なリーダーシップでチームを牽引し、時にチーム内でも衝突することも度々ありましたが、何といっても彼の存在は過去の代表の中でも抜きに出る存在でした

そんな彼が代表をそしてピッチを去ってから5年が経ちます・・・日本代表のメンバーも、その時から比べるとガラっと一新し、ドイツW杯組で今も代表にいるのは遠藤保仁ぐらいです。

思い切った「世代交代」をして挑んだ昨年の南アフリカW杯、そして今年1月のアジア杯、それぞれ苦戦を強いられる中で、それなりの結果と成果をあげました。ただ、いまだに中田のようなリーダーは育っていません。本田圭佑が一番近い存在なのかもしれませんが・・・

本来であれば今年は、そんな日本代表のさらなる躍進が期待できる南米選手権(コパ・アメリカ)への招待参加が決まっていました。しかし、様々な事情から今回の参加は見送られました。そのことについては特に触れませんが、そんな日本代表を率いるザッケローニ監督の視線には「2014年ブラジル杯」というものがあります

もちろん選手たちもそれは同じことで、今年の秋にはいよいよW杯のアジア予選がスタートします。もう2014年へ向けた戦いはすぐそこにあるのです

そんな日本代表が強化試合として挑む「キリンカップ」(6月1日、6月7日)が目前に迫った昨日、日本代表のメンバー25人が発表されました

4ヶ月前のアジア杯優勝メンバーが中心の人選ですが、その中に僕がというよりも日本のサッカーファンが注目する1人の若武者が選出されました

その若武者の名前は

宇佐美貴史(うさみたかし)、G大阪所属の19歳で、昨年のJリーグベストヤングプレーヤーです

彼の名前はもちろんご存知の方もたくさんいらっしゃると思いますが、彼がA代表に選ばれることは僕の念願でもありました

古くからこの「HYPER日記」をご覧になっている方であれば記憶にあるかと思いますが、実は今から4年前のブログで僕は彼のことをご紹介しています(詳しくは2007年12月19日のブログ「JAPANブルーの救世主」を参照)

確か当時彼はまだ15歳だったと思いますが、既にG大阪ユースで活躍しており、その活躍する映像を偶然にも見た僕が、必ずしや近い将来日本を背負っていく選手になると断言した選手です

その選手が待望のA代表デビューを果たすのですから、僕の喜びはひとしおです

宇佐美はこれまでにも各世代の日本代表として「日の丸」を背負ってきた選手で、来年の北京五輪出場に挑む「U-23代表」にも、中心選手として選出されています

今回はその「U-23代表」を飛び越え、遂に「A代表」に召集されたわけです

彼の持ち味は何と言っても、切れ味鋭い高速ドリブルからのシュートです。その精度と決定力は、今までにない日本代表の武器になるはずです

今回の代表選出についてザックはこうコメントしています。『非常に良い選手だが、まだ代表で活躍するレベルではない。一度直接見たかったので代表に呼んだ。』

彼のその巧みなテクニックと天性のスター性で、ぜひザックを唸らしてほしいところです

これはあくまでも僕の中での感想ですが、彼の技術は若い頃の小野伸二以上、スターとしての素質も中田英寿以上、あとはもう少しフィジカルの強さと、思いっきりの良さが出れば、2014年には確実に「日本の10番」を背負えると確信しています

これは余談ですが、実は彼は先月、1歳年上のキャスターを務める女性と婚約中であることを発表しており、年内には19歳という若さで結婚するそうです。まさに今一番“乗りに乗っている男”なのではないでしょうか

まずは今度の「キリンカップ」で良いプレーを見せてA代表に定着し、そして秋のW杯アジア予選のメンバーに選ばれることが大事なことです

6月1日のペルー戦、7日のチェコ戦で、「USAMI」と書かれたJAPANのユニホームがピッチを駆け回る姿が今から待ち遠しい猫男爵です

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 植草(うえくさ)さん→佐渡谷(さどや)さん、僕の小学生の時の同級生に「佐渡谷」という友達がいました。彼は途中で転校してしまったのですが、いつも学校帰りに一緒にTOM★CATの「ふられ気分でロックンロール」を歌っていた記憶があります。全国に「佐渡谷さん」は320名程いるそうです。

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2011年5月27日 (金)

左側を狙え!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は週に一度のミニバレーの日でした。僕は先週はお休みしたので、2週間ぶりのミニバレーでした

左側を狙え!

今日のメンバーはFいさんAっけTっかMきちゃん、そして猫男爵の合計5名でした。今日は久しぶりに体育館の「サブアリーナ」でミニバレーを行いました

「サブアリーナ」は「メインアリーナ」に比べて狭い場所なので、運動する人で溢れかっていると非常に蒸し暑さが増します。夏場などはまさに蒸し風呂状態です。今日もそんなにハードな動きはしていないのに結構な暑さでした

今日は人数も少ないということもあり、いつものミニバレーとはちょっと違ったミニバレーをやってみようと、Fいさんと僕で知恵を絞り、色々と思案しました

まず最初に思いついたのが、「テニスと同じルールでミニバレーをやったらどうなるか?」という遊びです

要はワンバウンドでもノーバウンドでも1回で相手コートに返せばいいのですが、実際にこのゲームをやってみると、これが想像以上につまらない・・・何かが足りないというか、何となくやっている感が出るゲームでした

次に考えたのが、「利き腕じゃないほうの手だけしか使えないというルールのミニバレー」ですしかし、『よし、これで1回やってみよう!』と思った矢先に問題発生です

何とAっけが『左腕が痛い』と言うのです・・・

Aっけの利き腕は右腕、ということは「利き腕じゃないほうしか使えないミニバレー」では左腕を使わなければいけませんが、痛いのでは無理です

そこで男子のFいさんと僕だけそのルールを採用し、他の女子3人は通常通りのルールで行いました

しっかし、「偶然」というか「奇跡」というか、凄いタイミングでAっけは『左腕が痛い』と言ったもんです(笑)彼女はやはり何か持ってる女です(笑)

左腕の痛みの原因は神経痛?(笑)永遠の34歳も年齢には勝てないのか・・・おっとこれ以上は、Aっけに怒られるので程ほどに(笑)

今日は「2対3」に分かれて連続で数試合を行いました。そんな中、僕は基本的にAっけが相手チームになった時は、Aっけの左腕を狙いました。僕の中での今日の合言葉は「Aっけの左側を狙え!」でした

これもリハビリの一環です僕のせめてもの優しさです

試合の途中、Aっけは「流れ星」を眺めるようにボールを追いかけている場面がありました。きっと左腕の痛みが取れるように願っていたのではないでしょうか

とにかく今日はAっけデーでした間違いなく今日のMVPはAっけです!早く左腕が良くなって、いつものAっけのプレーを期待しています。ただ今日見てる限りは、そんなに左腕痛そうでなかったけど

来週のミニバレーは6月4日(土曜日)です。気がつけばもう6月ですか早いものでね~来週はもっともっとたくさんのMVDメンバーが集まってくれることを願っています

話は変わりますが、昨日のブログの最後にお話した「安道名津」を、今朝早速食しました

左側を狙え!

美味しかったです!ただ、かなり甘いです・・・このスイーツ王子が「甘い」というのですから、相当なものですよ。味は良いのですが、量はそんなにいけないかもしれませんね。もの凄い重量感でしたから

既に食べた方もいると思いますが、まだ食べてない方で興味のある方はぜひ一度食してみてください。味は美味しいですから

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 鬼防(きぼう)さん→植草(うえくさ)さん、僕の好きな高校野球の実況アナウンサーに、ABC毎日放送の植草アナという方がいました。そんな「植草さん」は全国に4900人程いるそうです。

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2011年5月26日 (木)

お帰りなさい。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は暑かったですね~気温もグングンと上昇し、25℃近くまで上がりました。もう夏はすぐそこですね

この暑さに、夏男が半袖にならないわけにはいきません。今日は一日中、半袖で仕事をしました。しかしこの暑さは一時的なもので、明日からは17~18℃ぐらいに気温も下がり、週末は天気も崩れるようです。早く本格的な夏の陽ざしが待ち遠しい猫男爵です

そんな今日は、僕にとっては凄く嬉しい出来事がありました

5月8日に帯広市内の駐車場でぶつけられた僕の愛車が、やっと修理を終えて僕のもとに戻ってきました

お帰りなさい。

18日ぶりの愛車とのご対面に、思わずウルウルきそうでした。愛車との“再会”を果たした僕が最初に発した言葉は「お帰りなさい。」のひとことでした。本当に心の底から出た言葉がそれでした。

10年間、365日ほぼ一緒にいるとそれくらいの愛着が沸いてきちゃうんです。修理したおかげで、ピカピカに輝いて戻ってきましたが、きっとぶつかった時は痛かっただろうな・・・そう思うと、またウルウルしてきちゃいました

これからも僕の良きパートナーとして、大事に大事に愛車を可愛がっていこうと思います

そんな嬉しさで溢れかえる中、今日も仕事を終えるとと一緒にジムに行ってきました

今日のメンバーはリズミカルBV親方麻原夫人Aゆ猫男爵の合計6名でした。今日はいつもより人もいなく、ややこじんまりしたジム内でした

今日も結構な運動で汗を流しました。体重が以前よりも軽くなったので、調子こいてランニングマシンのスピードをいつもよりも速くしたのですが、思いのほか呼吸器官系がそれについていけず、途中で肺が痛くなってきたので、無理をせず10分程で強制終了しました

何事も急激にしてはダメだということですね。徐々に自分の体と相談して運動することが大切だということが良く分かりました。以後、気をつけます

ジムから帰ってきて、今日も体重計に乗ってみましたすると

お帰りなさい。

遂に「夢の62kg台」突入です

僕の記憶が正しければ、62kg台は20歳前後の時以来の数字ですこれには本当にビックリしました

そして、驚きはこれだけでは済みません

お帰りなさい。

体年齢が何と33才!実年齢よりも3才も若くなっちゃいました。減量作戦をする前は40才に近いほうだったのに、これほどまでに変われるものなんですね。本当にビックリです

この結果に甘んじることなく、明日からも減量作戦は継続しますが、今日はまたしても“ご褒美”という意味も若干こめて、某コンビニで見つけたあるものを購入してきました

お帰りなさい。

ドラマ『JIN-仁-』の中で、当時の江戸時代という歴史の中で大沢たかおが演じる南方仁が考案した「安道名津」(あんどうなつ)という、現代版ドーナツです

ドラマを妻と一緒に見ていて『あれ、美味しそうだね~』と言っていたものが実際に販売されて、そして自分の手元に来るとは

いくら減量中とはいえ、こんな美味しいものをスイーツ王子として、食べずに見逃すわけにはいきませんよっ!スイーツ王子!

というわけで早速その味を・・・といきたいところですが、今日は食べません。もう夜も遅いですし、せっかく減った体重が戻っては意味がないので

この「安道名津」は明日の朝、朝食と一緒に食することにしました

もう今から明日の朝に早くならないかと待ち遠しい猫男爵です

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 五木(いつき)さん→鬼防(きぼう)さん、「希望」さんという方がいないか調べてみましたが、「希望さん」という名字はいませんでした。しかし、その代わりに「鬼を防ぐ」と書いて「きぼう」さんという名字に出会いました。こちらも凄い希少な名前ですよね。全国に「鬼防さん」は60名程いるそうです。

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2011年5月25日 (水)

僕が選んだ「武道」!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

僕が中学生の時、男子の中でこんな話になりました。

『もしも武道をするなら、何をしたい?』

「柔道」、「剣道」、「空手」などと答える男子が大半でしたが、ともう1人だけIっけという奴だけは他の人とは少し違う答えでした

僕が選んだ武道は・・・「テコンドー」でした

まだその頃は、「テコンドー」というものじたいがそんなに知られていなかったので、男子の中には「テコンドー」というものがいったい何なのか分からない人もいました。

Iっけが「テコンドー」を選んだ理由は分かりませんが、僕がなぜ「テコンドー」を選んだかと申しますと、当時たまたま見ていたテレビで韓国で盛んに行われていた「テコンドー」を取り上げた番組を見たことがきっかけです

それを見た瞬間に何か僕の体の中で衝撃が走ったような、そんな思いを今でもよく憶えています。何か凄くカッコよく僕の目には映ったのです

そんな「テコンドー」は現在では最も競技人口の多い格闘技に発展しました。この競技が誕生したのは韓国ですが、今では日本やアジア諸国はもちろんのこと欧米諸国でも数多くの人が取り組んでいます

僕が選んだ「武道」!

競技として行う大会では、このように結構強烈な「蹴り」や「拳」が飛び交う、非常にエキサイティングなスポーツです

「テコンドー」は漢字で「跆拳道」と書きます。「跆」は踏む、跳ぶ、蹴るなどの足技、「拳」は突く、叩く、受けるなどの手技、「道」は武道を意味するそうです。

スポーツとしては五輪種目にもなっていますし、様々な国際大会も開催されていますが、実はそれ以外にも護身術エクササイズとしても取り組む人が多いことが、この武道の人気の要因の1つだと言われています

「テコンドー」のことは、名前だけで具体的には何も知らなかった中学生の頃の僕は、休み時間などに廊下などで、よく「テコンドー」をして遊んでいました。まあ正確には「テコンドーごっこ」でしたけどね

僕とIっけが“火付け役”となり、一時僕の学校では「テコンドーブーム」が起きました。でもそれはほんの一瞬のことで、すぐにそのブームは沈静化しました。理由は簡単です誰も本当の「テコンドー」を知らなかったからです

僕も結局は熱が冷め、「テコンドー」のことなど頭の中からすっかり消えていまいました・・・

そうして幾年も歳月が過ぎ、僕が26歳になった2000年、僕はテレビで昔見た事のある武道を目にすることになりました

そうです「テコンドー」です

2000年シドニー五輪で正式種目として採用された「テコンドー」の競技の模様が放送されていたのです

僕が選んだ「武道」!

僕の中で、忘れかけていたあの中学生の時の記憶が一気に蘇りました。僕は夢中になり、その時の「テコンドー」競技に見入りました

今でこそ、それほど夢中になることはありませんが、もしも中学生の頃に「テコンドー」にちゃんと向き合っていて、その時に競技種目として五輪などで採用されていれば、もしかしたら僕は「テコンドー」の道に進んでいたのかもしれない・・・そう思うと何とも言えない感覚になります。

日本の「空手」のように、韓国の国技である「テコンドー」には他の国の人々には分からない独特の「文化や伝統」のようなものがあります。その領域は、「テコンドー」を志した者にしか分からない何かがあるのかもしれませんが、僕にとっては「テコンドー」という存在は思春期の頃に憧れた「武道」であったことに間違いはありません

ちなみにこれは全くの余談ですが、僕は中学生の時に『沖縄に凄いテコンドーが強い中学生がいて、そいつに勝てば世界大会に出れる!』という架空の世界を描いていました。そしてその世界大会で優勝すれば、『チャン・リーケンというテコンドーの師匠の弟子になれる!』という妄想世界を膨らませていました。この頃から“妄想族”だったんです

大学生に入学した僕は、冗談でサークルの先輩に『俺、テコンドーやっていたんですよ。』と言ったところ真剣に取られて、しばらくの間は先輩達も僕を危険な奴だと思っていたという逸話があります

今日は中学生の頃の、とりとめのない友達同士の会話の中で、僕が選んだ「武道」である「テコンドー」について少しだけお話させていただきました

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 馬酔(ますい)さん→五木(いつき)さん、「五木ひろしさん」で有名な「いつきさん」ですが、全国では150名程いるそうです。

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2011年5月24日 (火)

刈っても、刈っても…

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は昨日に比べれば少しは暖かい一日でしたが、それでも平年に比べると少し肌寒い一日だったのではないでしょうか。今日僕は仕事で一日、外にいたので午前中の空気の冷たさを肌で感じました

今日は仕事で、刈払機の講習兼実技訓練作業をしました

季節が「春」から徐々に「夏」に移り変わると、良く目に付くのが伸びてきた雑草です。

住宅の屋敷周り、道路の路肩、公園や公共施設など、ありとあらゆるところで雑草は勢いよく伸びてきます

そんな伸びた厄介者たちを一網打尽にするのが、この機械です

刈っても、刈っても…

皆さんご存知の「刈払機」です

この時期になると、よくこの機械のエンジン音を耳にすると思いますが、伸びた雑草退治のひとつの手段として、この刈払機は全国津々浦々で重宝されています

製作しているメーカーだけでも日本では数え切れない程あり、その種類や型も様々です。一応、今日受けた講習で使用したものは、北海道ではよく流通している一般的なタイプの刈払機です

この刈払機で伸びた草たちをやっつけるのですが、それは一時的なもので、数週間後には草たちはまたすぐに伸びてきます

刈っても、刈っても、草の奴は強くたくましく、そして憎たらしいほどの勢いで伸びてくるのです

その年の気候などにより草の伸び方が違うので一概には言えませんが、僕の今までの経験上では、年に3回、だいたい6月初旬、7月下旬、9月上旬ぐらいの時期で草を刈れば、だいたい適度かと思います

もちろん、少しでも草が伸びているのが嫌な人や、庭先にある芝などの場合には、1週間や2週間に1度ぐらいの間隔で刈ることが必要となります

刈っても、刈っても…

刈払機を使った草の刈り方にも何通りかあります!今日は一般的な2通りのものをご紹介しましょう

写真に写っているのが、ナイロンコード(別名テングス)という紐状のものを使用して刈る刈り方です。刈払機のヘッドにナイロンコード用の器具を取り付け、ヘッドが回転することによりその反動で紐に切断力を与え、草を叩き刈るという方法です

もう1つは、鋸刃(別名チップソー)という先端部に合金チップが埋め込まれた、鋸のようにギザギザが円盤型の周囲に付いている金属製のものを取り付けて刈る方法です

人身的な意味での安全性ではナイロンコードの方が優れていますが、小石の飛散などによる物損事故が起きやすいのがナイロンコードです

鋸刃ではどうしても草の根元からキレイに刈れないので、刈った後の見栄えが良いのもナイロンコードです。ただし、ナイロンコードは刈った草が鋸刃に比べ勢い良く周囲に飛散するので、後片付けも大変です。

一般的にはこの2通りの方法で草を刈るケースが大半ですが、草の状況や刈る場所の条件などにより、刈り方を使い分けるのが得策かと思います

刈っても、刈っても…

刈払機は実に奥の深いもので、そのエンジン部分をバラして整備してみると、その仕組みの繊細さがよく分かります。部品ひとつが壊れただけだけでも、故障の原因になり、最終的には動かなくなってしまいます。

今年もこれから暑い夏が訪れると思いますが、暑い夏に熱いエンジンの音を響かせて、この刈払機は全国で活躍することでしょう

この世に「草」がある限り、刈払機は来る日も来る日も、草退治に大いに励むことでしょう

さて話は変わりますが、今日はただ今「減量作戦」実行中の僕の第6回計量日でした

今日の第6回目の設定体重は「63.5kg」でしたが、気になる今日の僕の体重は

刈っても、刈っても…

何と設定値を0.4kgもクリアする「63.1kg」でした

これで残すは1週間後の最後の計量日のみです

ここまでスタートしてから44日間で、6.8kgの減量に成功はしていますが、最後の最後まで油断はできません

残り1週間で最終目標の「63.0kg」を達成できるように、気を引き締めていこうと思います。数字的には現在からあと「0.1kg」だけ痩せればクリアできますが、ここからの「0.1kg」を落とすのが非常に大変だと思います

最後の1週間は、試合1週間前のボクサーのように、食べる物や運動方法にはいつも以上に繊細に気を遣っていこうと考えています

1週間後の最終結果で、良い報告ができるとことを祈っています

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 仲間(なかま)さん→馬酔(ますい)さん、「ますい」さんは他にも色々な漢字がありましたが、「馬に酔う」と書いて「ますい」さんと読むお名前を選択しました。名前だけだとかなり馬が好きに思えますね。「馬酔さん」は全国に40名程いるそうです。

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2011年5月23日 (月)

左右対称。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は非常に寒い一日でしたね。最高気温も昨日から比べると10℃近くも下がり、夜などは吐いた息が白くなる程の寒さでした

5月も末になるというのに、この寒さにはうんざりですね。同じ北海道の紋別市では雪が降ったそうです。桜の上に積もった雪とは、何か風変わりな光景ですよね

本当にここ数年の気候は全く先が読めません・・・温暖の差が激しいので、皆さんも体調管理には十分に気をつけてくださいね

さて、今日は仕事を終えて帰宅すると、久しぶりにと一緒にジムにトレーニングへと行ってきました。仕事が忙しかったりして、なかなか毎日行くことは難しく、減量作戦実行中の僕にとっては今日は貴重な一日です

今日のジムのメンバーはリズミカルBV指導員もどき山ガールESSE(エッセ)悪ガキカルテット(4人)、Aゆ、そして猫男爵の合計11名でした

今日はジムに入った瞬間に悪ガキカルテット(4人)がジムの中でたむろっていました。初めてジムで男子中学生に遭遇しました。

それからもう1人、今日は新顔をご紹介します。それはESSE(エッセ)という女性で、名前の由来は「愛読書は“ESSE”です」というような感じの人だったので、そう命名しました(笑)

今日もランニングマシンとエアロバイクで汗を流す予定でしたが、ランニングの途中に股関節に違和感を感じたので、無理はせずに軽めのメニューに切り替えました

たぶん、久しぶりの運動だったことと、気温が寒かったので体がまだほぐれていないうちに体を動かしたことが原因かと思います・・・

まだまだ僕の「減量作戦」は継続するので、自分の体と相談しながら、無理のない範囲でジムでのトレーニングには励みたいと思います

ジムでエアロバイクを漕いでいる最中に思ったことがあります

これは僕が子供の頃からずっと思っていたことなんですが、僕の体にはホクロがいくつかあるのですが、そのホクロのほとんどが左右対称なんです

左右対称。

例えばこの写真のように、手の甲にあるホクロは見事に右手と左手のほぼ同じ位置にあります。まさに左右対称です

左右対称。

この写真では分かりづらいかもしれませんが、にはいくつかの左右対称のホクロがありますし、太腿にも同じように左右対称のホクロが存在します

これはきっと生まれる前から染色体で決まっているのでしょうか・・・

皆さんはどうですか?ご自分の体に「左右対称のホクロ」は存在しますか?

この疑問は子供の頃から僕は何となく思っていたことなんですが、とても不思議です

今日はふと、そんなことを思った猫男爵でした

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 椎名(しいな)さん→仲間(なかま)さん、女優の仲間由紀恵さんや、『ビーバップハイスクール』の仲間トオルなどで有名な「仲間さん」は沖縄県に非常に多いお名前で、全国では7100人程いるそうです。

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2011年5月22日 (日)

小さな逆襲!

こんにちにゃ~ 北の猫男爵です

今日はまず、しばらく姿を消していたスイーツ王子の久々の登場からです

現在、減量作戦実行中の僕ですが、先日のブログでもご紹介したように、順調な減量ご褒美にちょっとだけ「お寿司」を食べに行ったことはお話したと思いますが、その“おまけ”にもう1つ「ケーキ」を買いました

小さな逆襲!

そのケーキとは「苺のティラミス」です

どうですか美味しそうですよね

この商品は帯広市内の「Aさひや」で購入したものですが、昨日の朝に美味しくいただきました。僕の場合、朝からでも甘いものはイケちゃうんです(笑)何ってたってスイーツ王子ですからよっ!スイーツ王子!

「ティラミス」は僕の大好物の1つなんですが、今回食べたこの「苺のティラミス」は、ひと口食べた瞬間に思わず笑みがこぼれちゃいました。この「苺ティラミス」は虜になるかもしれません

今は減量作戦中なので、いつもいつも食べるわけにはいきませんが、作戦終了後にはまた食したい逸品でしたので、皆さんにもご紹介させていただきました

さて、そんな昨日は仕事がお休みだったので、久しぶりに「麻雀」を楽しんできました

小さな逆襲!

今回もいつもと同様に「セカンドハウス」という雀荘へ集合です

ここへ向かう途中に僕はあろうことか、黒ワーゲンを見てしまいました・・・『よりによって今日見なくてもいいじゃないか・・・』既に僕の心は折れそうになりました。この時から暗雲は立ち込めていたのかもしれません・・・

午後1時開始ということで、僕は開始5分程前に到着しました

『少し遅れたかな、みんな待っているよな・・・』と急ぎ足で店内に入っていきましたが、何と僕が一番乗り

やや遅れてSしが来て、それからしばらくして予定よりも15分以上遅れで、YっちHきが余裕をかまして登場しました

僕はすっかり忘れていました、この連中はいつも時間通りに集まったことがないことを。だいたいいつも、予定開始時間よりも30分は遅れてスタートするのが慣例なんです

小さな逆襲!

そんなこんなで今日もいつもの麻雀仲間4人で集まり、長時間に渡る「麻雀大会」のスタートです

ちなみに今年1月に開催した前回大会を振り返ってみますと、結果は優勝がYっち、位に猫男爵、位にSし、位がHきで、3人がプラスだったので、Hきの1人負けという惨い結果でした

あれから4ヶ月後、今回はどういう戦いになるのか非常に楽しみです

戦いは序盤戦から前回の汚名を返上しようとHきが得点を稼ぎます。ただ、点数の上がり下がりが激しいのがHきの特徴で、昨日も勝っては負け、勝っては負けを繰り返し、なかなか波に乗れません。

僕は前半戦の4ゲームのうちで2ゲームでトップを取り、序盤で優位に立ちました。一番の強敵であるYっちが、流れを掴まないうちに差を広げておきたいところです。

驚異的なツモを見せるSしも、いつもよりはその“引き”の良さが影を潜めていたので、僕が優勝に一番近いという展開が前半戦の様子でした

いつもなら序盤戦はどうしても“流れ”を探るので、場が静かなんですが、昨日は高い手であがるケースが多く、場が非常に荒れた場でした

僕ら4人はもう何年も一緒に麻雀をしているので、それぞれの手の内や性格や癖などはよく分かっているので、なかなか思うようにはアガれませんし、アガらせません

麻雀は「知能の格闘技」と言われるように非常に頭脳を使います。自分の戦術はもちろんですが、相手が何をしようとしているのか、そして相手はどんな心理でいるのか、そうやって内面にある心理を探りながらも、勝負に勝っていくという、非常に難しいゲームです

ゲーム開始から5時間余りが経過し、夕食時になったので僕らは夕食を注文することにしました。

現在減量中の僕にとってはこの時間帯は苦痛です・・・食べたくてもあまりカロリーの高いものは控えたいところです。

『今日ぐらいはいいんじゃないの!』僕の中で悪魔がそう呟きましたが、先日「お寿司」を食べたし、朝はケーキも食べたし・・・『ダメだ、今日は我慢しなきゃダメだよ!』そんな天使の声に僕は従うことにしました

小さな逆襲!

その結果僕がオーダーしたのは、「海藻サラダ」と「レバ刺し」です

前にもご紹介したように、この雀荘の1階は焼肉屋さんで、しかもめっちゃ美味しい焼肉屋さんなんです。なので、お肉料理は何を頼んでも絶品なんです。久しぶりに「レバ刺し」を美味しくいただきました

本当は「ユッケ」を食べたかったのですが、このお店でも「ユッケ」だけは自粛中でした・・・どこの焼肉店に行ってもしばらくは「ユッケ」は食べれないようです・・・そして僕がいつもここで食べる「豚丼」も今日だけは封印です

残念だね、豚丼先生・・・

ちなみに他の3人がオーダーしたのは、Yっちが「焼きそば」、Hきが「豚丼(大盛り)」、Sしは「Yびかん特製弁当(特盛り)」です

Sしが食べたものは、まだここで誰も食べたことがないメニューだったのでみんな興味津々でしたが、仕出屋さんとかで出る大きい御膳になった弁当のさらに大きいヴァージョンのようなものでした。しかも「特盛り」を頼んだせいか、大きさが学校の教室にある机ぐらいのビックサイズになっていて、みんなその大きさにビックリしました

小さな逆襲!

夕食後、ゲームは再開され、いよいよ後半戦がスタートしました

すると後半開始早々、お腹がはち切れそうなくらいにエネルギーを満タンにしたSしの猛反撃が始まりました

次から次へとアガっていき、得点を稼ぎます。そして、前半戦の勢いがなくなっていたHきまでもがその勢いに便乗し徐々に反撃に転じます

その一方で、前回の1位と2位のYっちと僕は流れを掴めません

そしてあっという間に時は過ぎ、午後11時に10時間に及ぶ戦いは終了しました

気になる今回の結果は!!!

優勝は何とHき(+24)でした位にSし(+20)、位にYっち(-18)、そして最下位は残念なことに僕猫男爵(-26)でした

今回は結果的に点数が平たく、そんなに大きな差はありませんでしたが、毎回最下位に甘んじていたHきの小さな逆襲が見れた一日でした

残念なことに僕は最後まで波に乗り切れずに最下位に終わってしまいました。これも黒ワーゲン効果なのかな・・・

いずれにしても、みんなでバカを言い合いながら、長時間に渡り非常に楽しい時間を過ごす事ができて良かったです

また次の開催の時には、「優勝」を目指して頑張ろうと思います

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 保志(ほし)さん→椎名(しいな)さん、こちらのお名前は結構お聞きするお名前ですよね。芸能人にも「椎名さん」は結構いますし、僕の小学校の同級生にもいました。「椎名さん」は全国で2万6000人程いるそうです。

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2011年5月21日 (土)

W杯への道~シュート10~

こんにちにゃ~ 北の猫男爵です

今日は昨日までの天気とはうって変わり、あまり優れないお天気ですね。こういう日は気持ちまで何かすっきりしないものですが、今日も一日元気出していきましょう

そんな今日はサッカーファンの方にとっては、お待ちかねの恒例企画「W杯への道」第10回をお送りします

今回で既に10ヶ国目に突入したこの企画ですが、過去にご紹介した「イタリア」や「オランダ」、前回の「イングランド」に続いて、今回も欧州をそして世界を代表するサッカー大国をご紹介します

その気になる欧州の国とは

W杯への道〜シュート10<br />
 〜

欧州大陸のほぼ中央に位置する国「ドイツ」です

ドイツ代表はご存知の通り、1990年のドイツ統一以前は「西ドイツ」と「東ドイツ」に分かれていましたが、サッカーにおいては「西ドイツ」がその強さを誇示しており、ほとんどの国際舞台では「西ドイツ」が活躍していました

今回ご紹介する「ドイツ代表」の選手や歴史も旧西ドイツの選手が主であることをまずはご了承ください

W杯への道〜シュート10<br />
 〜

「ドイツ代表」のユニホームは「白」と「黒」を基調としたもので、ドイツ国旗の色は特にチームカラーとはしていません。現在のFIFAランキングは4位です

W杯には17回出場して3度の優勝と、準優勝も4度経験しており、欧州選手権でも10回出場してこちらも3度優勝しています

「ドイツ代表」の凄さは、その“安定した強さ”というものにあります。それを証明するのがW杯での成績です。W杯における「ベスト8以上進出」は2010年南アフリカ大会で15大会連続という記録を達成しました

この記録がいかに凄いかと申しますと、ドイツに次ぐ2番目の「連続ベスト8以上」は「ブラジル」などの5大会連続です。この数字でも分かるように、ドイツの安定感は群を抜いているのです

僕が子供の頃の「ドイツ代表」といえば、印象的なのが1986年メキシコ大会と1990年イタリア大会の代表チームです。いずれも「西ドイツ代表」ではありましたが、どちらの大会も僕の好きなマラドーナ率いる「アルゼンチン代表」と決勝戦を戦いました

その「西ドイツ代表」の中心的な存在だったのが、ルンメニゲマテウスフェラーというスター選手たちでした

ドイツのサッカー選手とえいば、1970年代に活躍した「皇帝」ベッケンバウアーや、「爆撃機」ゲルトミュラーの名前が挙がると思いますが、僕は彼らをリアルタイムで見たことがないので、今回のベストレイブンにも選出していませんが、本当のドイツファンにとっては絶対に欠かすことのできないビックネームですよね

「ドイツ代表」のサッカーの代名詞としてよく「ゲルマン魂」という言葉が使われますが、最後まで絶対に諦めずにピッチを走り、そしてボールを追いかける、ドイツの選手のその泥臭いプレーは、まさにその言葉がぴったりだと思います。その「ゲルマン魂」が伝統として引き継がれていることが、安定した結果を残す要因なのかもしれませんね

1990年代後半から2000年代は世代交代がなかなかうまくいかず、苦戦するドイツ代表の姿がありましたが、現在はメルテザッカーシュヴァインシュタイガーエジルトーマス・ミュラーラームなどの若手が代表に名を連ね、非常に若いチームに生まれ変わりました

僕的には大好きなアルゼンチン代表が、2006年ドイツ大会、2010年南アフリカ大会と、続けて準々決勝でこのドイツ代表に敗れているので、非常に悔しい思いをしているところです

それでは今日も、僕が選ぶベストイレブンの発表していきたいと思います

今回もいつも同様に、※は既に引退した選手、( )内は現在所属しているクラブチーム名で、引退した選手は最後に所属したクラブチーム名です。

それでは、僕が選ぶ「ドイツ代表ベストイレブン」です

GK ※カーン(バイエルン・ミュンヘン)41歳

DF ※ブリーゲル(サンプドリア)55歳

   ※ブレーメ(1.FCカイザー)50歳

   ※コーラー(ドルトムント)45歳

MF ※フェラー(バイヤー・レバークーゼン)51歳

   ※マテウス(メトロスターズ)50歳

   ※ヘスラー(ザルツブルグ)44歳

     バラック(バイヤー・レバークーゼン)34歳

     シュヴァインシュタイガー(バイエルン・ミュンヘン)26歳

FW ※ルンメニゲ(セルヴェットFC)55歳

   ※クリンスマン(トッテナム)46歳

以上が僕が選んだベストイレブンです。システムは3-5-2、主将はマテウスです

さあ、いかがでしたか今回の「W杯への道」は。次回は果たしてどの国になるのか、乞うご期待!

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 享保(きょうほ)さん→保志(ほし)さん、元横綱北勝海の本名がこの「保志」さんでした。全国に「保志さん」は770名程いるそうです。

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2011年5月20日 (金)

5皿限定!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

4月からスタートした「減量作戦」も、はや1ヶ月半が経過し、ここまでは約6~7kgの減量に成功し、ある程度の成果をあげることができました

もちろん、まだまだ自分の「健康」のためにもこの「減量作戦」は継続していくわけですが、今日はここまで一生懸命に、そして“ストイック”に頑張ってきた自分へのご褒美の想いをこめて、一緒に頑張っているAゆと2人で、あるところへ食事に行ってきました

そのある場所とは

僕とAゆの大好物である「お寿司」が食べれる、2人の御用達の某回転寿司店です

「お寿司」を食べるのは本当に超久しぶりです。自分に対する「アメとムチ」ではないですが、普段の減量に対する“厳しさ”に対し、たまには自分に対する“甘さ”も必要だと思います

今日はそんな気持ちで、大好きな「お寿司」を食べることにしました

ただし、ただお腹いっぱいに食べるのではなく、今後の「減量作戦」に影響の出ない最低限のラインで食べることを僕とAゆの中でルールを決めました

そのルールとは、「1人5皿限定!」というルールです

「5皿」ですから、1人が食べる「お寿司」は10貫ということになります。なぜ10貫という数なのか?それには理由があります。

僕とAゆが「何かダイエット中でもお寿司を食べて楽しむ方法がないか」と思い、色々と情報を調べてみたところ、「お寿司」はそのネタによってもカロリーの差がありますが、10貫ぐらいが適量だそうです

もちろん一番良いのは食べずに我慢することなんですが、どうしても今日は食べたいので、この情報を頼りに実行することにしたというわけです

そんな僕とAゆは心を弾ませ、午後6時過ぎに某回転寿司店に到着しました

5皿限定!

まず僕らが最初に食したのは、「お寿司」ではなく「海藻サラダ」です

「海藻類」や「キノコ類」や「野菜」などに多く含まれている食物繊維は、炭水化物が体脂肪になるのを妨げてくれる働きがあるとされており、食事の前半に食べると、その効果が出るということから、まずは「海藻サラダ」を食べることにました

こんなことは「減量」を始める以前の僕には考えられないことでした。自分で言うのも何ですが人は変われるものなんですね

尚、この「海藻サラダ」は特別ルールとして、1皿にはカウントされません(笑)

さあ準備は整い、いよいよここからが本番のスタートです僕らが楽しみにしていた「お寿司劇場」の幕開けです

まず僕とAゆが1皿目に選択したそのネタは

5皿限定!

①「本マグロ中トロ」

僕とAゆの大好きなネタの1つです。このお店の「本中」(ほんちゅう)は、お口に入れた瞬間にすぐに溶けてしまうような食感で、抜群に美味しいんです。いつもこのお店に来た時は真っ先に「本中」を食べます

「本中」の旨みがまだ口の中に広がっている中、次の2皿目に僕とAゆはまた同じネタを注文しました

5皿限定!

②「牛トロ」

これも僕ら2人の大好きなネタです。この「牛トロ」がこれまた抜群に美味しいんですワサビとの相性も素晴らしいですし、何度食べても飽きないし、「牛トロ」の旨みがこの小さな軍艦の中に見事に凝縮されています

さあ続いては3皿目なんですが、ここで僕とAゆの選択は初めて分かれました。「5皿限定」となると、大好きなネタが多い中で選択肢を絞るのが非常に難しいんですよね~でも、僕らが決めたルールは5皿・・・そのルールを守らなきゃ

5皿限定!

③「炙りえんがわ」

僕が選択した3皿目です。「本中」以上に、お口の中から一瞬にして消えてしまう、そのとろけるような食感には、本当に無意識に笑みがこぼれてしまいます

5皿限定!

③「炙りさば」

こちらはAゆが選択した3皿目です。これも絶品中の絶品なんですよね~。「炙り系」は魅力のあるネタが目白押しなので、どれもこれも甲乙つけがたいものばかりです。

そうこうしているうちに、僕らに残されたのはあと「2皿」になってしまいました。「5皿」なんてあっという間です。ここからが非常に何を頼むか頭を悩ませるところです。

そんな中で選択した4皿目も、またしても僕とAゆは違うものを選択しました

5皿限定!

④「しまあじ」

これは僕が選択した4皿目です。普段お寿司屋さんに行くと、白身系は基本的に「はまち」ぐらいしか頼まない僕ですが、今日はなぜか「しまあじ」を急に食べたくなりました。そそして結果は大正解でしためっちゃ美味しかったです。

5皿限定!

④「かんぱち」

Aゆが選択した4皿目です。Aゆも僕と同じく4皿目は白身系を選択しました。こちらも凄く美味しかったそうです

さあ、気がつけば残りあと1皿です・・・

不思議なことに、普段は10皿以上は軽く食べる僕ですが、徐々にお腹がいっぱいになってきました。きっと減量しているおかげで、胃が小さくなってきたのだと思います

さあさあ、今日の「お寿司」のフィナーレを飾る最後の5皿目の選択です2人とも何を頼もうか非常に頭を悩ませた結果、同じもネタを選択しましたそのネタとは

5皿限定!

⑤「ボタン海老」

プリップリッで、海老の甘味がお口の中に溢れました~最後に相応しい見事な美味しさでした

こうして、今日は「5皿限定」で、楽しくそして美味しく「お寿司」を食べる事ができました。お腹いっぱいにたらふく「お寿司」を食べるのも幸せですが、こうやって好きなものだけを数を決めて味わう方法も、とても幸せなことに気がつかさせられました

今日は「減量作戦」の傍ら、ちょっとしたご褒美として、大好物の「お寿司」を食べれて凄く幸せな一日でしたシースー万歳!

明日からはまたストイックな生活が始まります。頑張ります。

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 歌屋敷(うたやしき)さん→享保(きょうほ)さん、江戸時代の元号にも使われている「享保」というお名前ですが、全国に「享保さん」は200名程いるそうです。

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2011年5月19日 (木)

七人のボクサー!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

皆さんは「ボクシング」に興味をお持ちですか?僕は実際に「ボクシング」をした経験はありませんが、小さい頃からテレビでボクシング中継を見ることは大好きで、今でも時間があれば欠かさず見ています

なぜそんなお話をするかと申しますと、実は今日5月19日「ボクシングの日」なんです。1952年に世界フライ級で白井義男が世界タイトルマッチに挑み、そして見事に勝利し、日本人で初めて世界王者になったことを記念して、日本ボクシング協会が制定した記念日です

現在日本のジムに所属する世界王者は6名います。そしてその6名を含め、過去に「世界王者」になったことのある日本のジムに所属した選手は66名います

1952年の白井義男以来、約60年間でこれほどの世界王者が誕生した裏には、日本ボクシング協会を中心とした関係者の、努力の積み重ねの結果が生んだものと言えるのではないでしょうか

おそらく「年代」によって自分の“ヒーロー”だったボクサーは違うと思います。少し年輩の方であればファイティング原田、40代や50代の方でれば輪島功一ガッツ石松具志堅用高、そして僕ら30代にとっては辰吉丈一郎というヒーローが存在していました

僕の中では辰吉はちょっと別格のヒーローなので、今日ここではあえて触れませんが、今日は「ボクシングの日」ということにちなんで、僕が心に残っているボクサー(世界王者限定)を7名選ばさせていただきました題して「七人のボクサー」です

七人のボクサー!

まずは僕が選んだ心に残る「七人のボクサー」のお名前を一気にご紹介しましょう

六車卓也(WBA世界バンタム級・防衛回数0)

レパード玉熊(WBA世界フライ級・防衛回数1)

鬼塚勝也(WBA世界スーパーフライ級・防衛回数5)

平仲明信(WBAスーパーライト級・防衛回数0)

薬師寺保栄(WBC世界バンタム級・防衛回数4)

畑山隆則(WBA世界スーパーフェザー級・防衛回数1、WBA世界ライト級・防衛回数2)

佐藤修(WBA世界スーパーバンタム級・防衛回数0)

いずれも素晴らしい「名ファイター」ばかりですが、今日はこの中から3名にスポットをあてて、僕の思い出と一緒にお話したいと思います

まず人目はレパード玉熊です

彼の姿をテレビ中継で見ていたのは僕が高校生の頃です。彼は左利きのフィイターで、僕の印象では手足が凄く長いボクサーで、非常に頭脳派のボクサーだった思い出があります。何が凄いというわけではないのですが、サウスポー独特のリズムから繰り出される左ストーレートが凄く僕の中で印象的なボクサーでした

以前僕のが日産の「レパード」という車に乗っていたこともあり、「レパード玉熊」というリングネームにも何か愛着がわいていたことを今でも憶えています

彼は青森県出身で、後に同じ同郷で世界王者になった畑山隆則がボクシングに興味をもつきっかけになったという存在でした

レパード玉熊はデビューから7年目、31戦目にしての「世界王者」という遅咲きの努力家でした

続いての人目のボクサーは鬼塚勝也です

彼も僕が10代後半の頃に活躍した選手で、その甘いルックスに女性ファンが多かった選手です

当時僕は辰吉に夢中でしたので、鬼塚にはさほど興味は無かったのですが、世界王者になってから5度に渡り防衛を繰り返すうちに、彼のボクシングにも興味を持つようになってきました。

タレントの片岡鶴太郎さんがセコンドを務めているとうことで話題にもなりましたが、世界タイトルマッチで勝利しベルトを獲得した試合では、微妙な判定での勝利に「疑惑の判定」と物議になったこともありました。その後も「鬼塚=微妙な判定勝ち」というものがついて廻ることになりました

ボクサーにしては珍しい「長髪」がトレードマークで、同世代の辰吉とピューマ渡久地と鬼塚の3人合わせて「平成の三羽烏」と称され、1990年代前半の日本ボクシング界を支えたボクサーです

僕が一番印象深いのが、鬼塚が現役最後の試合となった試合です。対戦相手は確か韓国の選手だったと思いますが、最後は鬼塚がボコボコに打ちのめされるのですが、鬼塚は絶対にダウンすることなくそのパンチを耐えていた姿を思い出します。

結局はレフュリーストップになったのですが、最後に見せた鬼塚の「男の意地」を僕は感じた試合でした。この敗戦が鬼塚のプロ25試合での戦いでの唯一の敗戦です。

実は鬼塚は「世界王者」になった頃から、既に右目が「網膜はく離」になっており、それを表明することにより「引退」しなければならなくなるので、それを隠して戦ってたという逸話があるほど、ボクシングに対する思いが人一倍熱く、貪欲な執念と強靭な精神力が武器のストイックなファイターが鬼塚勝也というボクサーでした

最後の人目は平仲明信です

彼も僕が高校生の頃に活躍していたボクサーで、トレードマークは“ヒゲ”でした。世界王者を数多く輩出している沖縄県出身の彼のボクシングは、見ていても凄い躍動感のある選手でした。

彼が他のボクサーと違ったのは、地元沖縄のボクシングジムに所属しながら世界王者になったという点です。交渉なども自ら外国語を交えて行ったということで、本当に意味での努力のファイターです

彼の試合で印象的なのが、挑戦者として挑んだ世界タイトルマッチです。この試合で彼は1ラウンドから猛烈なパンチを繰り出し、何と「1ラウンドKO勝ち」をおさめたのですあっという間の出来事に僕は喜ぶ暇がないほどの強烈な試合でした。

そのおかげで放送時間が余り、何度もVTRを流したり、その後には過去の名勝負などの映像が流れていた記憶があります

彼の姿は現在、ボクシングの試合の解説者として見ることができますが、彼の顔を見るたびにあの試合の怒涛のパンチの連打を思い出します

レパード玉熊、鬼塚勝也、平仲明信、今日は「ボクシングの日」ということで、この3人について僕の思い出を交えながらお話させていただきました

皆さんの中での心に残る思い出のボクサーは誰ですか?

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 名鏡(めいきょう)さん→歌屋敷(うたやしき)さん、何か歌の催しものが開催されていそうなお名前です。全国に「歌屋敷さん」は20名程いるそうです。

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2011年5月18日 (水)

電気屋の兄ちゃん。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は非常に暖かい一日でしたね。帯広では最高気温が23℃近くまで上昇し、一気に「春」から「夏」へと季節を移しそうな、そんな勢いです。この暖かさは何日か続きそうなので、夏を待ちきれない僕にとっては心が弾んできます

そんなポカポカ陽気の中で5月も半ばを過ぎ、もうすぐ小中学校などではあの行事がやってきますそうです「運動会」の季節です

年に1度のこのイベントは、生徒はもちろんその家族にとっても楽しみなイベントのひとつですよね

そんな運動会の花形と言えば「リレー競争」が挙げられると思います。足が速い人にとっては運動会は“見せ場”ですし、少し走るのが苦手な人にとってはできれば避けたい行事が運動会なのかもしれません

そこで今日は「運動会」をテーマにはしますが、自分の話をするのではなく、僕の実家の近くにある電気屋の兄ちゃんのお話をさせていただきたいと思います

僕は学生の頃は足の速さだけには自信があり、小中高の全ての学年において毎年必ずリレー選手には選ばれ、アンカーを務めることも度々ありました。手前味噌で恐縮ですが、本当に結構足は速かったんです

以前にもブログでお話したことがあると思いますが、僕のも足は速く、その血を受け継いだのかと思います。

しかし今日お話する「電気屋の兄ちゃん」、彼は僕が実際に自分の目で見た中でズバ抜けて1番足が速い人なんです

電気屋の兄ちゃんは、僕の実家のすぐ近所に昔から住んでいるとはいえ、僕とは歳が8歳ぐらい離れているので、小さい頃に遊んだりしたという思い出はありませんが、僕が今でも鮮明に憶えている光景があります

それは僕の地元の街で年に1度行われる「町内会対抗運動会」での出来事です

僕の実家と電気屋さんは同じ町内会なので、この運動会の時は同じチームとして参加していました。もちろん電気屋の兄ちゃんや僕もチームの一員として参加していました

あれは確か僕が中学生の頃だったと思います。当時20歳ぐらいだった電気屋の兄ちゃんも一緒に運動会に参加していました

運動会は終盤にさしかかり、「年代別リレー」という競技が行われました

この競技は「10代」「20代」「30代」「40代」「50代以上」というように、年代別に男女各10名を各町内会から選抜して、その足の速さを競うという競技です

走る順番は各町内会で決めて良いことになっているので、色々な作戦が考えられます

この時、僕は10代(男)の代表で選ばれ、電気屋の兄ちゃんは20代(男)の代表で選出されていました。僕の町内会はこの電気屋の兄ちゃんをアンカーに起き、それまでリードされてても“一発逆転”を狙う作戦を取りました

実は普通の選手はグランドを半周走りバトンを渡すのに対し、アンカーだけはグランドを1周するというルールになっていたため、アンカーには1番足の速い選手を配置したほうが得であることは明白なんです

もちろん他の町内会もアンカーには、足の速い若い人を揃えていましたが、僕には絶対的な自信がありました。なぜなら、電気屋の兄ちゃんの足の速さは別格だからです

そんな様々な思惑の中、リレー競技はスタートしました

僕は一番若いということで、第1走者を務めました。勢い良く飛び出した僕はトップを快走し、先頭で第2走者にバトンを渡しました

しかしその後、僕の町内会は徐々に順位を落とし、アンカーを前にして最下位に転落してしまいました・・・

その差はグランド半周ぐらい離れていました。『いくら何でもこの距離では無理かも・・・』と僕が諦めを感じる中、いよいよバトンはアンカーの電気屋の兄ちゃんに渡されました

すると、会場の雰囲気は一瞬にして変わりましたもの凄いスピードで電気屋の兄ちゃんは前を走る人を抜いていくのです

その“速さ”といったら異次元の世界です。当然、他の町内会のアンカーもそれなりに足には自信のある人ばかりなのですが、ちょっとスピードが違い過ぎます

どんどんと加速していく電気屋の兄ちゃんは、あっという間に3番手、そして2番手へと上がっていき、残すはトップを走る1人だけとなりました

しかし残された距離はあと少し・・・『これは抜けないかな・・・』と思った瞬間さらに電気屋の兄ちゃんはギアを入れ替え、何とゴールテープを切る寸前でトップを抜き去り、1位で見事にゴールしたのです

会場は割れんばかりの拍手と大歓声で、電気屋の兄ちゃんは超ヒーローでした

みんなのもとに戻ってきた電気屋の兄ちゃんは『いや~今までの人生の中で一番本気で走ったわ。』と笑って話しました

僕の記憶の中で、この時の電気屋の兄ちゃんの走る姿は今でも鮮明に憶えていますし、一生あの速さを超えるスピードで走る「一般人」はいないと確信しています

僕は電気屋の兄ちゃんに『100mを最高何秒で走るの?』と聞いたことがありますが、電気屋の兄ちゃんいわく『計ったことがないから、分からない。』というのです

確かに電気屋の兄ちゃんは、中高生の頃は地元でも“札付きのワル”として有名で、当時校内暴力が大流行していた時代の学生だったので、荒れに荒れていたそうです

聞いた話によると、中学校の校舎の中をバイクで乗り回したり、窓ガラスにイスを投げて割ってみたりと、スクールウォーズのオープニングの世界をリアルでやっていたような話を聞いたことがあります

そんな生徒ですから、真剣に100m走などするわけもなく、足が速くても計測などしたことはなかったのかもしれません

そんな電気屋の兄ちゃんも今では40歳を超え、3児の優しいパパです。時々、会う事もありますが、茶髪で日焼けした“世良公則風”の風貌で、優しく僕に言葉を交わしてくれます

もしも電気屋の兄ちゃんが真剣に短距離で「五輪」とか目指していたら、もしかしたら本当に「五輪」に出れたのではないかと今でも僕は思っています。

これは当時の僕が自分の目で見た中での推測ですが、たぶん電気屋の兄ちゃんが本気で走れば100mは「10秒台半ば」で走れていたと思います

今となってはどうすることもできませんが、もしも「タイムマシン」が存在するなら、僕はもう一度あの時の電気屋の兄ちゃんの走りを見に戻ってみたいです

今日はまもなく近づく「運動会シーズン」にちなみ、足がとてつもなく速かった近所の電気屋の兄ちゃんのお話をさせていただきました

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 物集女(もずめ)さん→名鏡(めいきょう)さん、「名のある鏡」と書いて「めいきょう」さん、こちらも何か趣のあるお名前ですね。全国に「名鏡さん」は110名程いるそうです。

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2011年5月17日 (火)

唸(うな) らない右足・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は実に2シーズンぶりに、フットサルの試合に参加してきた猫男爵です

ちょうど2年前の今頃、友人Hこに誘われてフットサルのチームのメンバーに入れさせていただき、シーズン序盤は何試合か試合に出場しましたが、その後はケガや日程などが合わなかったこともあり、しばらくフットサルからは離れていました

その後チームはサッカー経験者が続々と加入し、チームカラーが一変してしまい、初心者同然の僕の出る幕はなくなり、徐々に試合に参加することもなくなっていきました

しかし今回、当初の楽しむことを目的でやるメンバーの呼びかけで、遊びレベルのチームを合わせて合同でゲームができることになり、僕も『それならば、ぜひ行きます!』ということなり、2シーズンぶりの復帰戦となったわけです

唸(うな)<br />
 らない右足…

夕陽が沈み、満月が姿を現す中、某フットサル用の屋外競技場で午後7時過ぎに4チームによるリーグ戦が行われました

僕の所属しているチームは、人数が結構いるのでチームを2つに分けて2チーム出場しています。

外は5月中旬とはいえ、夜ですから非常に小寒かったですが、動いているうちにすぐに体は温まりました。でも、観戦に来てくれた妻のAゆにはとても寒い思いをさせてしまいました。確かに見ている人にとっては寒い気温でした

試合は久しぶりのボールタッチと、ピッチでの動きに戸惑いを覚えながらの“さぐりさぐり”のプレーでした

でも以前よりは何となく体の動きが“キレ”ているように自分では感じました。年齢は増えているはずなのに、どうして?と思いましたが、きっと毎日通っているジムでのトレーニングの成果なのかな~と思いました

唸(うな)<br />
 らない右足…

僕のチームはGKを固定せずに、ある程度の時間が来たらみんなでローテーションで交代しながら務めました。上の写真は真剣にボールを見つめる僕のキーパー姿です

GKは「恐怖感」というものもありますが、フィールドプレーヤーに比べると、体を休める時間があるので、ちょっとラッキーです

前後半各7分間、ピッチの中を走り回っていると、本当にしんどいんです・・・間もなく37歳の体にはさすがにこたえます・・・

第1試合が終わり、すぐに水分を取りにベンチに帰りましたが、途中どこかで自分の肺を1つ落としてきたのじゃないかと錯覚するくらいに、呼吸が苦しかったです

そのことを観戦していたAゆに『いや~俺の肺どっかで見なかった?1個、試合中に落としちゃったみたいでさ・・・』と冗談交じりに話していると、その横を通った小学生に笑われました(笑)小学生にとってはややウケです

唸(うな)<br />
 らない右足…

試合も熱戦が繰り広げられました

僕も懸命に攻めに守りにピッチを走り回りますが、なかなかうまくいきません・・・

上の写真で華麗にボールをコントロールしているのはHこです。さすが元サッカー部だけあり、足下の技術や、全体を見る視野の広さは、素晴らしいものがあります

結局第2試合も僕の右足は炸裂することなく、影を潜めたまま試合終了のホイッスルです。いったいいつになれば僕の右足は唸りをあげてゴールネットを揺らすのでしょう?・・・

最後の第試合は僕が所属しているチーム同士の対決でした。言うなれば「紅白戦」のようなものです。

唸(うな)<br />
 らない右足…

このチームにはMVDで一緒にミニバレーをしているMきちゃんもいます。そしてこの試合、Mきちゃんが見事にGOALを決めました。そしてその時のGKが何と僕です・・・あれはMきちゃんのシュートが素晴らしかったナイスゴールです

唸(うな)<br />
 らない右足…

こうなると僕も“ガチ”で点を取りたくなってきちゃいました何としても入れなければ・・・

3試合で計42分もプレーしてるのですから、せめて1点だけでも・・・唸りをあげてくれ俺の右足

しかし、打てども打てども僕のシュートはゴールネットを揺らせません・・・

それをあざ笑うかのごとく、サッカー場のすぐ近くにあるレストランからは、めっちゃ美味しそうなお肉の匂いが

ただでさえ、「減量中」で空腹の僕にそれは本当に辛い香りでした・・・

唸(うな)<br />
 らない右足…

そして結局、僕の右足は最後まで不発に終わり、第3試合も試合終了のホイッスルが吹かれました・・・

残念無念です。僕の唸らない右足・・・いつか爆発することを祈り、僕はピッチを後にしました

今日は久しぶりにフットサルで汗をかくことができ、非常に充実した時間を過ごすことができました。体力的には厳しいものもありましたが、久しぶりにチームメイトにも再会できましたし、フットサルという競技の素晴らしさをまた改めて肌で感じることができました

また機会があればぜひ参加してみたいと思います。そして寒い中、最後まで応援してくれて写真を撮ってくれたにも感謝しています

ちなみに家に帰ってから、僕の左足には疲労感から痛みが出てきました。普段使っていない筋肉を使ったので、若干筋肉が悲鳴をあげているようです

そして今日は減量作戦の成果を計る、第5回計量検査日です

フットサルから帰り、シャワーを浴びて早速体重計に乗りました

その結果は・・・

唸(うな)<br />
 らない右足…

何と「63.5kg」でした今回の設定した体重が「64.0kg」なので、何とかパスできました

これで減量作戦開始からトータルすると、「6.4kg」の減量に成功したことになります。最終目標の「63.0kg」までは残り「0.5kg」まで来ました。正直、ここまで減量できるとは思っていなかっただけに凄く嬉しいです

唸(うな)<br />
 らない右足…

さらに嬉しいことに、体重計の測定年齢では「34才」を示してくれています。実年齢よりも2歳も若いとうことは嬉しい話です。

唸(うな)<br />
 らない右足…

次の計量日は1週間後で、設定体重は「63.5kg」です。つまり、今現在と同じ体重をキープすればパスすることはできますが、それに甘えずもっともっと減量できるように頑張ります。あくまでも気持ちはストイックにいきます

ちょっと足がアレなので、今日はこのへんでブログを終わりにしたいと思います

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 友(とも)さん→物集女(もずめ)さん、「物を集める女」と書いて「もずめ」さんとお読みします。何かコレクター的な感じのするお名前ですが、全国に「物集女」さんは20名程いるそうです。

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2011年5月16日 (月)

久しぶりの仲間達!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は久しぶりにジムにトレーニングに行ってきました。実は僕がジムに行くのは5月2日以来、実に2週間ぶりのことです

ジムに行くことをサボっていたわけでなく、連休や土日祭日などでジムがお休みだったことと、仕事が忙しくて行く時間が正直ありませんでした・・・

ようやく今日は行くことができたのですが、久しぶりのトレーニングは非常に楽しく汗をかくことができました

久しぶりの仲間達!

体力が余っているのか、エアロバイクを漕ぐ僕の足のスピードもおのずと速くなってしまいました(笑)

そんな今日のジムのメンバーはリズミカルBVバーベルマン麻原夫人指導員もどき少女AAゆ、そして猫男爵合計8名でした

休み明けの月曜日ということもあり、今日は結構混んでいました。2週間ぶりに会うジム仲間の顔は、何かとても懐かしいというか、心が落ち着く顔たちでした。いつからか僕の中では、毎日顔を合わすメンバーに“友情”というと大げさですが、仲間としての“愛着”がわいてきたようです

今日もジムに向かう途中の車内でAゆに『今日は誰々来てるかな?しばらく行かないうちに、新しいメンバーとか増えていたりして。』などと、僕は仲間達のことが気になって仕方ありませんでした。

ジムの駐車場に着くと、ちょうどBVと一緒になりました『おばんでした。』そうやってBVと挨拶を交わしながら中に入っていきましたが、今日のBVの声のボリュームはいつもに増してデカかった

そして機関銃のようなトークとにかく怒涛のごとく言葉を次から次へと繰り出すのです。あの声の大きさはまさに「Big Voice」というネーミングにピッタリです。しかも今日は「ウーハー」のように僕とAゆの耳に響いてきました。まあ、それがBVの愛嬌なのでOKですけどね

僕らがジムに入った時には既にバーベルマンがいました。バーベルマンはいつものように、バーベルのコーナーで、ひたすらバーベルで腕力をきたえていました。そんな中、僕とAゆはもの凄い光景を目にしました

バーベルマンはバーベルを持ちながら、両足を広げその腕を足下に降ろしたり上げたりそれはあの小島よしおの「そんなの関係ねぇー」を連想させる動きでした(笑)。さすがバーベルマン、やることが凄い

次にジムに登場したのは麻原夫人です。麻原夫人はいつものように真っ直ぐにランニングマシンへと向かっていきました。麻原夫人はいつも、マシーンのスピードを遅くしてウォーキングで汗を流しています。そして読書しながらマシンを使いこなすという技を持っています

その次に登場したのは指導員もどきです。彼女も主にウォーキングで汗を流します。とにかくいつも「指導員」のようなシャツを着ています。いつも同じシャツなので、もしかしたら何着も同じシャツを持っているのかと推測します

続いて登場したのはリズミカルです。このジムのリーダー的存在のリズミカルは、青い軽トラに乗る50代後半~60代ぐらいの方です。非常に優しく穏やかな人です。今日はなぜかジーンズでトレーニングしていました。いつもは必ず短パンのトレーニングウェアなのですが今日はどうしたのでしょう・・・

最後に登場したのは少女Aです。たぶん中学生だと思われる少女Aは、このジム仲間の中で最年少です。いつもランニングマシンで一番走りこんでいますさすが若いだけあります。もしかしたら、我らMVDがいつも秋に出場している「駅伝大会」のライバルなのかもしれません

今日はこのメンバーが一緒にジムで汗を流した仲間達でしたが、まだ何人かの常連仲間もいるのでそれはまた次の機会にご紹介したいと思いますね

今日はジムで久しぶりに仲間達の顔を見れて良かったです。汗をかくことも大切ですが、人との交流ということも大切なことですからね

まだまだ僕の「減量作戦」は進行中です。これからもジムで汗を流す日々は続きますので、またその模様は随時ブログでご紹介したいと思います

ジムを出た後、僕とAゆはスーパーで買い物をして帰りました。スーパーを出て車に乗ろうとした際に、車の近くにAゆの天敵である「蛾」がいたらしく、Aゆは突如奇声を発し、変な動きを見せました。その動きは、先日もご紹介したあの「Aゆダンス」に近いものでした。こんなところでも「Aゆダンス」が見れるなんて僕は大爆笑でした

今日も一日、楽しい一日を過ごすことができました明日も一日また頑張ります。

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 柳本(やなぎもと)さん→友(とも)さん、今日のブログが「仲間達」を題材にした内容でしたが、友達の「友」まさにその一文字で「とも」さんと読むお名前の方が全国にはいらっしゃいます。全国に「友さん」は330名程いるそうです。

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2011年5月15日 (日)

国立が光り輝いた夜。

こんにちにゃ~ 北の猫男爵です

今日は晴天に恵まれた一日です。この「青空」と満開の「桜」のもとで「お花見」を楽しむ人の姿を見かけました。確かに今日は、絶好のお花見日和ですね

さて、今から18年前の今日1993年5月15日、この日に歴史的な出来事があったことを皆さんは憶えていらっしゃるでしょうか?

日本初のプロサッカーリーグ「Jリーグ」が開幕したのが、何を隠そう18年前の今日なんです

当時僕は、大学1年生の18歳でした。「Jリーグ」の開幕を心待ちにしていたその18歳の胸の高鳴りは、もの凄いものだったことを今でもしっかりと記憶しています

1980年代後半から進められてきた「Jリーグ発足」が、遂に現実のものとなったこの日、僕は夜に行われる開幕戦「ヴェルディ川崎VS横浜マリノス」の試合をテレビ観戦するために、数日前から心の準備を整えていました

この頃の日本サッカー界は、「Jリーグ」の前身である実業団チームによる「日本サッカーリーグ」(JSL)が行われており、その中心的な存在がヴェルディ川崎の前身である「読売クラブ」、そして横浜マリノスの前身である「日産自動車」という2チームでした

日本代表選手を多く抱えるこの2チームによるゲームは、まさに「Jリーグ」の開幕戦にふさわしい対決といっても過言ではありませんでした

この2チームの他に、「ジェフユナイテッド市原」、「鹿島アントラーズ」、「浦和レッドダイヤモンズ」、「横浜フリューゲルス」、「清水エスパルス」、「名古屋グランパスエイト」、「ガンバ大阪」、「サンフレッチェ広島」を加えた計10チームにより、「Jリーグ」は開幕を迎えたのです

いよいよ夜になり、僕はその歴史的瞬間を目に焼き付けようと、テレビの前に陣取りました。

そんな中「開幕セレモニー」が始まりました。「Jリーグ」発足に向けて尽力を注いだ川渕チェアマンの「開会宣言」、そしてTUBEの前田亘輝さんの「国歌斉唱」が行われ、国立競技場は過去に例のないような熱気に包まれ、期待と夢で溢れた観衆の興奮は最高潮に高まってきました

観衆はフェイスペインティングをしたり、手首にミサンガをつけてチアホーンを鳴らしたりと、思い思いにその歴史的瞬間が訪れるのを待ちわびていました。

そしていよいよ、カメラのフラッシュで光り輝く国立競技場のピッチに選手が入場してきました

国立が光り輝いた夜。

真っ先に僕の目に飛び込んできたのは、僕の憧れのスーパースター三浦知良選手です。当時26歳だったカズは、推しも推されぬ日本代表の「エース」であり、無論Jリーグのトップスター選手です。国民は当然、彼のプレーや言動に一喜一憂していました。

そんなカズが登場した瞬間、僕は衝撃を受けました

『カズの髪型が違う!パーマかけてる!これは・・・??』

今までの雰囲気とはちょっと違うカズのその容姿に一瞬とまどいを感じましたが、すぐに僕は我にかえり、カズをそして大好きなヴェルディ川崎を応援しました

国立が光り輝いた夜。

1993年5月15日午後7時30分、国立競技場でキックオフのホイッスルが鳴り響きました歴史的な開幕の瞬間です

国立競技場は、ヴェルディのと、マリノスのトリコロールの旗で包まれ、おびただしい程のフラッシュの光りが輝いていました

当時の日本サッカー史上最多の観衆が見守る中、選手はこの瞬間を待ちわびたかのように、ピッチを縦横無尽に走り回ります。そのひとつひとつのプレーに歓声があがり、国立競技場全体がその熱気で高揚していくのが、テレビを見ている僕にも凄く伝わりました

そんな中で行われたゲームは実に中身の濃いゲームで見ていても非常に楽しかったです

ヴェルディにはカズの他にも、ラモス、北沢、柱谷、武田、加藤久、都並、ペレイラというそうそうたるメンバーが名を連ねていました。一方のマリノスの方も、木村和司、水沼、松永、井原、野田、勝矢、ディアス、ビスコンティなど、こちらも素晴らしいメンバーでした

そして、歴史的なゴールとなるJリーグ1号のゴールを決めたのは、ヴェルディ川崎のマイヤーでした。今でもこの瞬間を僕は鮮明に憶えています。テレビの前でガッツポーズを繰り返した思い出があります

その後、マリノスが同点に追いつき、さらには逆転ゴールを決め、結局「2対1」というスコアで記念すべきJリーグの開幕戦は横浜マリノスが勝利をおさめました

応援していたヴェルディが負けたとはいえ、僕は充実感でいっぱいでした

『Jリーグって楽しい!こんな素晴らしいサッカーの試合がこれからはいつも観れるんだ!』そんな嬉しい気持ちでいっぱいでした

その後「Jリーグ」は社会現象にもなり、しばらくは日本中が「Jリーグ」一色に染まったことは皆さんの記憶にもあると思います。

今年「Jリーグ」は18年目の開幕を迎えました。今ではあの時のような熱気は若干影を潜めてはいますが、「Jリーグ」は地域密着型のスポーツとして立派に成長を遂げています

選手とサポーターが一緒になり手を取り合い、チームをそして地域を盛り上げていくそれはスポーツにとってはとても重要で大切なことであり、スポーツ本来の持つ意味でもあると思います

1993年当時にプレーしていた選手で今も現役で活躍する選手は、カズを含めて数えるくらいしかいなくなりました。それとは逆に、その頃のスター選手の活躍に憧れてサッカーを始めた子供たちが今の「Jリーグ」を支える多くの選手たちです

それだけ年月が経過したということですが、「Jリーグ」というスポーツ文化にも歴史が刻まれてきたという証拠なんだと改めて思わされます

発足当時は10チームだったJリーグ加盟クラブも、今では日本国内の28都道府県に本拠地を置く、J1(18チーム)J2(20チーム)の38のクラブが加盟しています

国立が光り輝いた夜。

この写真のサッカーボールは、あの「国立が光り輝いた夜」に使用された公式試合球です。このボールは今、Jリーグ事務局のチェアマン室のガラスケースの中で大切に保存されているそうです。

この輝かしい歴史をいつまでも忘れずに、僕らの次の世代、そのまた次の世代へと、しっかりと伝承していき、「Jリーグ」という素晴らしいスポーツ文化を存続していって欲しいと僕は願っています

今日は今から18年前の僕の胸の高鳴りを思い出しながら、あの日の出来事を振り返らさせていただきました

「Jリーグは今日ここに大きな夢の実現に向かって、その第一歩を踏み出します!」18年前に発した川渕チェアマンの開会宣言が今も僕の耳にこだましています

猫男爵18歳、キング・カズ26歳の、歴史的な一日の出来事でした

それでは今日はこのへんで。がんばろう日本!

<今日の名字しりとり> 煙草屋(たばこや)さん→柳本(やなぎもと)さん、今日はサッカーのお話でしたので、僕の好きなサイドバックの選手で「柳本」という選手がいましたので「柳本さん」にしました。全国に「柳本さん」は1万1000人程いるそうです。

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2011年5月14日 (土)

Aゆダンス。

こんにちにゃ~ 北の猫男爵です

昨日は週に1度のミニバレーの日でした。久しぶりにミニバレーに行けるということで、Aゆも心を弾ませ体育館へ向かいました

その前にちょっと用事があったので、帯広市内にある「ジョイフルAK」に行ったのですが、そこで珍らしい光景を目にしました

Aゆダンス。

駐車場を堂々と歩く、カモのコンビです。最初は、お店のペットショップか何かから脱走したのかと思いましたが、上空を飛ぶ群れたちを見て、きっとこのカモたちは天然モノのカモなのかもと思いました。“かも”だけに(笑)

さて、話をミニバレーに方に戻しまして、昨日のMVDのメンバーをご紹介します

Aゆダンス。

昨日のメンバーはHこHたちゃんAゆRえMきちゃん、そして猫男爵の大人6名と、WくYざんの子供2名でしたNかも少しだけ遊びにきてくれました

昨日は「3対3」の男爵ボール、しかもコートを縦も横も広めに外のラインを使った、通称「SSD」(外外男爵ボール)を行いました

昨日はいつもに増して接戦の連続で、なかなか勝負のつかない試合ばかりそんな白熱した展開の中、色々な「技」や「呼び名」が誕生した日でした

まずは「MVDの若大将」ことHたちゃんに新たな技、「Hた包み」「Hたネット」が誕生しました。Hたちゃんと言えば、必殺技「Hたの」という素晴らしいオリジナルな技がありますが、この新たな2つの技が加わったことにより、3つのオリジナルな技が誕生したことになります。いずれは「技のデパート」などとHたちゃんは呼ばれる日がきそうです。

人の呼び名を考えさせれば日本で3本の指に入るHこがつけた、Mきちゃんの呼び名が「せってぃー」です。この名前も来週辺りからは定着しそうです。Mきちゃんを呼ぶ時は、せってぃでもOKです(本人の了解は得てませんけどね)

そして、昨日誕生した技の中で一番盛り上がったのが、Aゆのオリジナルの技というか踊り、「Aゆダンス」です

「カズダンスの変形」のようなこのダンスは、その動きのおもしろさに特徴があります。このダンスは、「カズダンス」のように喜びを表現する踊りではなく、Aゆがプレーで失敗した時に見せたダンスというかステップです(笑)

まるで“地団駄”を踏むかのようなその動きは、すぐにみんなに大ウケしました。そして「Aゆダンス」が誕生したというわけです

言葉ではこれ以上説明できないので、「Aゆダンス」を見たいMVDの方は、ぜひ体育館まで足を運んでくださいね

来週のミニバレーは5月21日(土曜日)です。たくさんのメンバーが来ることを期待しています。外も徐々に暖かくなり、体を動かす機会も増えてきます。みんなで楽しく汗を流して、充実した時間を過ごしましょう

大型連休中の間もほぼ働きっぱなしだった僕ですが、今週末はようやく家でのんびり過ごせそうです

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 三又(みまた)さん→煙草屋(たばこや)さん、煙草の販売店でなくとも「煙草屋」さん何ていうこともあるんですね。全国に「煙草屋」さんというお名前の方は10名程いるそうです。

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2011年5月13日 (金)

W杯への道~シュート9~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日はすっかりお馴染みになった恒例企画「W杯への道」第9回をお送りします

世界中のサッカー大国にスポットをあて、その国の代表「ベストイレブン」を僕の好みでセレクトするこの企画は、気がつけば今回で9ヵ国目となりました

前回の「オランダ」は非常に魅力的なチームでしたが、今回もそれに負けず劣らず非常に熟成されたスーパースター軍団になっております

さて、その気になる今回の国はいったいどこかと申しますと

W杯への道〜シュート9〜

ヨーロッパのみならず、世界を代表するサッカー王国「イングランド」です

「サッカー発祥の地」である「イングランド」に、今日はじっくりとせまっていきたいと思います

W杯への道〜シュート9〜

現在の「イングランド代表」のユニホームは、上下とも「白」を貴重としたものとなっております。現在のFIFAランキングは6位です

1872年11月30日、スコットランドのパーティックで行われた「イングランド代表VSスコットランド代表」の試合が世界最初の国際試合とされています。ここから、“サッカー”というスポーツの歴史が始まったのです

イングランド代表の愛称は「スリーライオンズ」と言います。これはイングランドサッカー協会のエンブレムに描かれている「3頭の獅子」が由来とされています。

そんなサッカーの母国である「イングランド」は、強豪国という扱いをいつも常に受けながらも、世界的な国際大会では思うような成績を残せていないのが実情です

W杯には13回出場し、欧州選手権にも7回出場していますが、優勝したのは1966年の自国開催のW杯の1度だけです。W杯の優勝経験がありながらも、欧州選手権に優勝していない欧州の国はイングランドだけという、あまり良いとは言えないデーターもあります

「数多くのスター選手を輩出しながらも大舞台では弱い」というのが、イングランドの特徴です。でも僕は「イングラン」ドのサッカースタイルは非常に好きです

僕の中で印象的な「イングランド代表」といえば、1990年W杯イタリア大会のチームです。当時のチームにはリネカーガスコインという攻撃的なスター選手が揃っており、僕は「アルゼンチン」や「オランダ」とともに「イングランド」も優勝候補の一角に挙げていました。結果は位という成績でしたが、非常に魅力的なチームでした

その他にも1998年W杯フランス大会のチームも好きでした。結果的には決勝トーナメント1回戦で「アルゼンチン」にPK負けを喫したのですが、このチームには後に代表を長く支えたオーウェンベッカムなどの若手スター選手がいて、凄く輝いているチームでした。このアルゼンチン戦での若きベッカムの退場処分は今でも鮮明に憶えています。

その4年後の2002年日韓W杯で、日本中が「ベッカムフィーバー」に包まれたことは言うまでもありませんが、イングランドはこの大会でも優勝候補に挙げられながら、ベスト8止まりという結果に終わりました

人気もあり、そして力もあるのに、どうしても国際大会では思うような成績を残せないというイングランドの特徴的がここでもあらわになっています

プレミアリーグの試合を見る限り、どうしてこの国が世界トップの座に立てないのか不思議で仕方ないのですが、個性的なスターが多い分、なかなかチームとしてそれが活ききれていないのかもしれませんね

それではそのイングランド代表のベストイレブンを発表してみたいと思います

今回もいつも同様に、※は既に引退した選手、そして( )内は現在所属しているクラブチーム名、既に引退した選手は最後に所属したクラブ名を載せてありますのでご理解ください。

GK ※シルトン(レイトン・オリエント)61歳

DF ※ピアース(マンチェスター・シティ)48歳

   ※ネヴィル(マンチェスター・ユナイテッド)36歳

     ファーディナンド(マンチェスター・ユナイテッド)32歳

     テリー(チェルシー)30歳

MF   ベッカム(LAギャラクシー)36歳

     ランパード(チェルシー)32歳

     ジェラード(リヴァプール)30歳

FW ※リネカー(名古屋グランパスエイト)50歳

     オーウェン(マンチェスター・ユナイテッド)31歳

     ルーニー(マンチェスター・ユナイテッド)25歳 

以上が僕が選ぶイングランド代表のベストイレブンです。どうですか、この豪華なメンバーは特に3トップの破壊力は他の国と比べても1、2を争うものがあります

システムは4-3-3、主将はベッカムです

さあ、いかがでしたか今回の「W杯への道」は。イングランドファンは結構いると思いますので、皆さんも自分でベストイレブンを選んで楽しんでみるのも楽しいかもしれませんね

次回の「W杯の道」は果たしてどこの国にスポットがあたるのか、乞うご期待です

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 角(すみ)さん→三又(みまた)さん、「三又」さんといえば「三又又三」を思い出します。全国に「三又さん」は590名程いるそうです。

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2011年5月12日 (木)

今日だけは・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は暖かい一日でしたね~。でも明日はグッと気温が下がり、天気も雨になるみたいです。温度差が非常に激しいので、皆さん体調管理には十分に気をつけてくださいね

さて、今日は僕のの誕生日でした。誕生日祝いに、父、、そして妻Aゆとの4人で焼肉を食べに行きました

今日だけは…

「ダイエット作戦」を実行中の僕らですが、今日だけはそのことを忘れて、美味しく「焼肉」をいただくことにしました

記憶を色々と探ってみると、何と「焼肉」を食べるのは今年の1月以来、実に4ヶ月ぶりだということが分かりました

大好物の「焼肉」を4ヶ月も絶っていたわけですから、「ダイエット」というものは本当に辛抱と我慢の連続だということが分かります

あらかじめ予約していた焼肉店に入店し、早速注文をしていると・・・メニュー表の中で一際目立つ「提供自粛」の文字・・・

それは僕とAゆの大好物「ユッケ」のところでした。今、世間を騒がせている「焼肉チェーン店食中毒死問題」の影響で、この焼肉店でも「ユッケ」は自粛していました

「ユッケ」が食べれるかどうか僕とAゆは不安でしたが、その不安は的中してしまいました

時期が時期なので仕方ないといえばそれまでですが、少しでも早く、きちんとした形で「ユッケ」が僕らの口に入ることができる日を心待ちにしています。焼肉店に行き、「ユッケ」や「レバ刺し」を食べることは、僕とAゆにとっては欠かすことのできない楽しみのひとつなので

というわけで、今日は「ユッケ」なしでしたが、他の色々なお肉をたくさん食べました。気がつけばあっという間にお腹は満腹になりました

久しぶりに「生ビール」を口にしたAゆは、『美味し~い!!』と何度も何度も連呼していました

今日だけは「ダイエット」とは休戦です。その分、また明日から気を引き締めて頑張れば良いのですから

今日だけは…

オマケで、今日は特別にスイーツも解禁です

よっ!お帰りっ!スイーツ王子!

甘いものもこの数ヶ月、全く絶っていただけに、僕のテンションは急上昇です今日だけは美味しくスイーツも食べちゃいました

つい先程、体重を計測したところ、食事に行く前に「64.2kg」だった体重は「65.6kg」になっていました・・・

まあこれは仕方のないことなので、割り切って明日からまた頑張ります。たまに、こういう日も必要です

明日5月13日(金曜日)は週に1度のミニバレーの日です。久しぶりに、ミニバレーで楽しく汗を流したいと思いますので、ぜひMVDの皆さんも体育館に足を運んでくださいね

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 恵美酒(えみす)さん→角(すみ)さん、この名字で思い出すのは元巨人の角三男さんです。巨人のストッパーとして活躍していた頃を思い出します。全国に「角さん」は2万5000人程いるそうです。

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2011年5月11日 (水)

ミスター・ダンディ。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

昨日今日と天気が続き、桜の花びらもキレイに咲き誇り、ようやく「春」らしくなってきましたね。明日もポカポカ陽気は続くみたいなので、過ごしやすい一日になることを期待します

さて先日、ゴルフ界に訃報がありました・・・

スペイン出身の男子プロゴルファーのセベ・バレステロスさんが54歳という若さでこの世を去りました。まずは、生前の活躍を偲び、心よりご冥福を祈らせていただきます

皆さんは彼のことをご存知しょうか?僕は小さい頃から、がよくテレビでゴルフ中継を見ていたので、知らず知らずのうちにゴルフ選手の名前を憶えるようになりました

もちろん、セベ・バレステロスという偉大なプレーヤーの名前も知っています。僕が小さい頃に活躍していた選手といえば、日本人でいえば青木功中島常幸倉本昌弘、外国人でいえばトム・ワトソングレグ・ノーマンジャック・ニクラウスなどでした

そんな幾多の名選手たちの中でも、一際印象深かったのが彼、セベ・バレステロスです

ゴルフでは「PAR5」のところを2打でカップインすることを「アルバトロス」といいます。「バレステロス」と「アルバトロス」、何か言葉が似通っていることから、僕は幼き頃に父に「アルバトロス」ということの意味と、「バレステロス」という選手のことを教わりました

バレステロスのその甘い端整な顔立ちは、幼いながらも『草刈正雄に似ているな~』と思ったことを今でも記憶しています

ミスター・ダンディ。

この“ダンディ”な容姿と優れたゴルフのテクニックには、日本人にもファンが多かったと聞いています

確かに僕の記憶では、アイアンでの寄せや、グリーン周りでの小技などが凄く上手だったという印象があります

彼のゴルフにおける戦績は、世界4大メジャー大会ではマスターズで2度、全英オープンで3度の優勝を飾り、欧州や米国さらには日本のツアーを含めると、通算80勝以上をあげています

今でこそタイガー・ウッズや、日本では石川遼のように若くしてトッププレーヤーとして活躍する選手がいますが、1970年代に10代でトッププレーヤーとして活躍していたのはバレステロスが先駆けなのかもしれません

彼はわずか16歳でプロデビューし、19歳の時に欧州ツアーの賞金王に輝いています。まさに元祖「天才」と呼ばれる存在でした。

そんな彼も1990年代になると腰痛に悩まされ、しだいに自分本来のプレーをすることができなくなり、試合に出場する機会も徐々に減り、2007年に現役引退を発表しました。

その後、脳腫瘍が見つかり、4度もの手術を受けていましたが、治療のかいなく2011年5月7日に天国へと旅立っていきました・・・

彼の若き頃のプレーする姿を思い出すと、懐かしさを感じるとともに、あの彼のゴルフはもう過去の映像でしか見ることができないのか・・・という悲しさに包まれます

今現在、日本で活躍するプロゴルファーの中にも、バレステロスに憧れてゴルフを始めた方もたくさんいると思います。そういう意味では、ゴルフ界は大きな存在を1人失ってしまったのかもしれません・・・

今日は1人の偉大なプロゴルファーの死を悼み、僕の記憶の中で今もしっかりと焼き付いている彼の姿を思い出しながら、お話させていただきました

僕の中では彼は「ミスター・ダンディ」という言葉が一番相応しいような、素敵なプロゴルファーでした

セベ・バレステロスさん、本当に素晴らしいプレーの数々をありがとうございましたそして本当にお疲れ様でした。天国で安らかにお眠りください。

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 両替(りょうがえ)さん→恵美酒(えみす)さん、何かお酒の種類にありそうなお名前です。「恵美酒さん」は全国に30名程いるそうです。

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2011年5月10日 (火)

「J」から「F」へ!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

まず今日は「減量作戦」の第回目の計量検査の報告からです

早速その結果を発表したいと思います

5月10日現在の僕の体重は・・・

「J」から「F」へ!

64.0kgでした

何とか第4回目の計量も無事にパスできました。今回の計量の設定体重は「64.5kg」でしたが、それよりも「0.5kg」も余裕を持っての計量パスでした

「J」から「F」へ!

「減量作戦」をスタートしてちょうど1ヶ月が経過したわけですが、スタートから比べると「5.9kg」の減量に成功しました

最終目標が「63.0kg」ですから、残りあと「1.0kg」のところまで来ました。好きな食べ物を食べずに我慢し、辛いジムでの運動で汗を流し、頑張ってきた成果が“数字”として現れると本当に嬉しい気持ちになります

この調子で、明日からも油断せずに頑張っていこうと思います

さて、そんな今日はビッグなニュースというか、「驚いたけど嬉しい」というニュースが飛び込んできました

何と、僕が憧れるあの「キング・カズフットサルに参戦する」というニュースです

『えっ!カズがフットサルに転向するの?』それが僕の第一声でしたが、記事をよく見てみると、本業のサッカーJリーグの今季日程終了後の今冬に、“兼業”で日本フットサルリーグ「Fリーグ」に参戦するということでした

まだこれは正式に決定したことではなく、あくまでもまだ「打診」を受けたという段階だそうですが、以前にも打診を受けた際はカズ本人は前向きだったということですから、これは現実味のある話のようです

以前に打診を受けた時は、FリーグとJリーグとの間、あるいは所属クラブとの間で、規約や細かい条項などの取り決めが整備されていなかったという経緯もあったようですが、現在はJリーグに籍を置く選手が、Fリーグでプレーできる新ルール(Jリーグ選手枠)というのが設けられており、なおかつJリーガーに限っては、通常の登録時期に限らず、いつでも登録可能ということもあり、カズがフットサルの世界に登場するのに障害はありません

そして気になるのはどのチームでプレーするのか?という点ですが、嬉しいことに名前が挙がっているのが、我が北海道にある「エスポラーダ北海道」というチームです

「エスポラーダ北海道」は2008年に創設したチームで、2009年より「Fリーグ」に参入しています。所属選手は全て北海道出身の道産子で構成されており、地域に根付いたチームです

そこにJリーグの、いえ日本サッカー界のスーパースターが加入するわけですから、こりゃ大変なことです

日本にサッカーというスポーツの人気を根付かせて、そして「W杯」という大きな舞台への道標を日本中に示し、そして今もなお現役選手として絶大な人気を誇るカズが、今度は「フットサル」という新境地に挑みます

44歳にしてなお、「挑戦」を続ける彼の姿勢にはいつも胸が躍らされます。本当に彼こそが真のスーパースターです

フットサル連盟会長の大仁邦弥氏はカズのFリーグ参入に関して『カズにはぜひJリーグのオフの期間中はFリーグでプレーしてもらいたい。同じサッカーファミリーとして、カズの元気をフットサルにも分けて欲しい。カズは日本で一番、影響力のある選手なので、観客が増えて、日本中にフットサルを知ってもらい、低迷を続けるフットサル人気の浮上のきっかけになってほしい。』とコメントを寄せています。

僕も一昨年から「フットサル」というスポーツの世界に足を踏み入れましたが、確かに競技人口はまだまだ少ないかもしれません。でも、特に僕らの住む北海道などでは冬の間、外で運動することができないので、年中を通して屋内でできる「フットサル」は魅力のあるスポーツであることに間違いはありません

「基本的なルール」や「ピッチの広さ」、あるいは「使うボール」や「試合時間」など、サッカーとは異なる点は多々ありますが、そこはキングのことですからすぐに適応できると思います

「エスポラーダ」にカズが加入すれば、おのずと本拠地である「きたえーる」(札幌市)に足を運ぶ人も増えるでしょうし、北海道全体でもフットサル人口が徐々に増えていくと思います。もちろん僕自身も「きたえーる」に足を運ぶつもりでいます

「J」から「F」へ!

この光り輝く背番号「11」が冬の間は、北の大地「札幌市」で見れるのかと思うと、今からワクワク感でいっぱいです

「J」から「F」へ、日本の至宝「キング・カズ」が今年は冬の間も躍動しそうですね

「J」から「F」へ!

一昨年にフットサルデビューした僕も、このニュースを知り、思わずシューズを磨きなおしてしまいました。ただ僕はカズとは違い、徐々に運動機能が低下しつつある一般的な「アラフォー」ですから、無理は禁物です(笑)

今日は何だかとても楽しみなニュースを目にして、心が弾んだ猫男爵でした

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 手倉森(てぐらもり)さん→両替(りょうがえ)さん、これもまた非常に希少なお名前です。「両替さん」は全国に10名程いるそうです。

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2011年5月 9日 (月)

LOVE(ラブ) 注入♪

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

昨日の駐車場での「ぶつけられ事件」のおかげで、代車生活1日目の猫男爵です

乗りなれた愛車のいない生活はとっとも寂しいですが、今整備工場でTや君が一生懸命に治してくれているので、一日も早い帰りを待つことにします

では早く治るように祈りのダンスを

「ドドスコスコスコ、ドドスコスコスコ、ドドスコスコスコ、LOVE(ラブ)注入

皆さんお馴染みの、楽しんごのギャグを使ってしまいました。しかし、楽しんごは以前よりは勢いが無くなってきたと思いませんか?

確かに昨年末から今年の初めぐらいまでは、テレビで見ない日が1日も無いくらいに大活躍していましたが、だんだんとその勢いにも陰りが見えてきたと思うのは僕だけでしょうか・・・

過去にもたくさんいた、いわゆる「一発屋」というお笑い芸人のように、楽しんごはならないとは思いますが、今後の楽しんごの活躍というか“扱い”が凄く気になります

「お笑い界」とは厳しい世界です。ちょっと前まで活躍していた芸人たちが、あっという間にテレビから姿を消すのですから。例えば「ジョイマン」とか「キングオブコメディ」とか、他には「どきどきキャンプ」や「ザ・パンチ」や「ものいい」などなど、数えたらキリがありません

僕的には初めて楽しんごを見た時は、あまり受け入れられませんでしたが、見る機会が多くなり、彼が経験してきた過去の話や、裏の素顔を知るにつれ、凄く好きな芸人になってきました。ですから、彼には「息の長い芸人さん」になってほしいと思っています

彼の発する好きなフレーズに『やっちんちん!』という言葉があります。この言葉はもそしてAゆも好きな言葉で、我が家では日常で何かミスをした時などによく多用しています

そして楽しんごの代名詞である『LOVE(ラブ)注入は、楽しんごがブレークする前に組んでいた「Mint姉妹」というお笑いコンビの相方だった、すぎはら美里が使っていたギャグです

そんな楽しんごが使う「LOVE(ラブ)注入」ですが、その「ラブ(LOVE)注入」を思わせる“岩”が今、ちょっとした観光名所になっているそうです

どんな「岩」かと申しますと

LOVE(ラブ)<br />
 注入♪

これが「LOVE(ラブ)注入♪」の岩です

この「岩」が存在するのは、島根県隠岐諸島の中ノ島の海岸だそうです。この「岩」をカップルで見ると幸せになれると、島民や観光客らの間で話題騒然になっているそうです

これも「楽しんご効果」なんでしょうかね(笑)

自然の力でできた「偶然の産物」とはいえ、キレイな「ハートの形」がくり抜かれていますね

実はこの岩は地元では「屏風岩」と呼ばれる岩で、高さは約35m、幅は約50m程あるそうです。「この場所で女神がお産をした」という神話もあるそうです

そんな由緒ある場所だけに、今世界中で話題のパワースポットの1つとして、この岩も人気急上昇中だそうです。ここを訪れる若者たちは、親しみをこめて「ハート岩」と呼んでいるそうで、まさにこの岩の力で「LOVE(ラブ)注入♪」といったところです

僕もいつか機会があれば、この岩を間近で見てみたい気がしますので、ぜひ行ってみたい場所のひとつですね

自然の力がもたらす不思議な景観は、人類が知らないだけで、まだまだたくさん存在しているのだと今日改めて感じました

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 石立(いしだて)さん→手倉森(てぐらもり)さん、Jリーグ・ベガルタ仙台の監督を務めるのは手倉森誠監督です。「手倉森さん」という名字は青森県に非常に存在しますが、全国では430名程がいるそうです。

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2011年5月 8日 (日)

踏んだり蹴ったり・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は夜中に降った雨もあがり、風が少し強かったものの晴天の一日でした。この天気の中、桜の木の下「お花見」なんていう方もいたのではないでしょうか

いよいよこれからは本格的に暖かくなってきますので、僕の大好きな「外焼き」の季節到来です。青空のもとで炭をおこして、みんなで焼肉を食べる、こんなに楽しく幸せな時間はありません。今は減量中ですが「減量作戦」がひと段落したら、一日も早く「外焼き」をしたいと思っています

そんな今日、僕はと一緒に出かけてきました。その行き先と目的は、一級整備士の友人Tや君のところで車を診てもらうためです

実は最近、僕の愛車が何か調子が悪く、エンジンがうまくかからなかったりする兆候がありました。電話でのTや君の診断では「燃料ポンプ」の故障が原因と思われ、早めの修理が必要と判断されました。

僕が今の愛車を購入したのが2001年6月のことです。あと少しで、ちょうど丸10年が経つわけです

に乗らない日が一日もないような生活環境の中で、10年間も一緒にいればおのずと“愛着”も沸いてきます。その愛着度は半端なものではありません

本当に僕にとっては大切な大切な「相棒」なんです。その相棒の調子が悪いのですから心配になって当然です。走行距離数も、まもなく「22万km」に到達します

「何万kmになるまで」と決めているわけではありませんが、僕はこの車を乗れなくなるまで乗ろうとは思っています。一応目標は「30万km」です。『ちゃんと整備をしていれば、30万kmはいけない距離じゃないよ。』と、Tや君からも太鼓判をもらっています

そんな大切な愛車の異変を放っておくわけにはいかないので、今日は車の名医Tや君に診察してもらい、そして治療してもらうことにしました

しかし、そこへ向かう道中に既に事件は起きてしまいました。ガソリンを給油するために通り道のガソリンスタンドに立ち寄り、給油を終えてスタンドを出ようとしましたが、エンジンがかからなくなり、その場で立往生してしまったのです・・・

『何でだよ・・・もう少しで診てもらうのに、もうちょっとなのに・・・頑張れ、頑張れ・・・』

僕は愛車にそう話しかけました

すると何とかエンジンはかかり、スタンドを出て再びTや君のもとへ向かい走り出すことができました。まだ少し時間があるので、市内で昼食を食べることにしました

外食を食べに行くのは「減量作戦」をスタートさせる前以来なので、実に約1ヶ月ぶりのことです。久しぶりの外食に僕もAゆも心をはずませながら、とある食事店に着きました

愛車を駐車場に停めてお店に入り、注文してまもなくすると、1人の男性が慌てて店内に入ってきました。

その男性は『この中に○○番のお車の方はいらっしゃいませんか?』と言うのです。

『それ、俺の車のナンバーじゃん!』と僕は思い、すぐに『はい、僕ですけど何か?』と言いました。

するとその男性の口から出てきた言葉は

『すみません、ちょっと擦っちゃって・・・来ていただけますか?』と言うのです。

『まじかよ・・・』と思いながらも、僕は店の外の駐車場へ

そして僕の愛車のところに駆け寄ってみると、左前のライトが割れ、バンパーが結構な感じで凹んで傷ついているではありませんか

『どこが擦っただ!完全にぶつかってるじゃん!』と思いながらも、謝るその男性にまずは警察を呼ぶように促しました。

まあ、幸いにもその男性がその食事店のすぐ隣りにあるところで働いている人だったので、“当て逃げ”はされませんでしたが、ただ駐車場に停めていただけなのに愛車が傷つけられるのは、何とも腹の立つことでした

結局僕はTや君に連絡をとり、ぶつけられた事と破損の状況を説明し、すぐに代車の手配をしてもらいました。本来なら、ぶつけた相手の保険会社が代車の手配をするのですが、何と「保険会社が今日は日曜日で連絡がつかない」と言うのです

僕が入っている保険会社は365日24時間連絡は取れます。それが普通のような気もしますが、そんな保険会社の対応にも少し腹が立ちました

そんなこんなで30分以上時間がかかったでしょうか・・・ようやく相手との話は終わり、食事店で既に注文をしていた僕らはお店の配慮で作るのを少し待ってもらっていたので、すぐに店内に戻りました

久しぶりの外食でテンションが上昇するはずなのに、出てきたものを前にしてもテンションは上がることはありませんでした・・・

踏んだり蹴ったり…

でも味は超美味しかったです。僕は「ミニ親子丼」と「小うどん」を頼みましたが、どちらも本当にマジで美味しかったです

踏んだり蹴ったり…

あんなことさえなければ、もっともっと楽しい食事だったのに・・・と思いながら僕は箸をすすめました。

食事を終え僕はすぐにTや君のもとに向かいました。修理には2週間程かかるそうです・・・

2週間も愛車と離れ離れになるのは辛いですが、キレイに治してもらいまた愛車と一緒の時間を過ごすのを待つことにします

愛車をTや君にあずけて、僕は代車に乗りAゆと2人家路に着きました

何だか今日は踏んだり蹴ったりの一日でした

「人の振り見て我が振り直せ」じゃないですが、僕も駐車場などでは他の車にぶつけないように気をつけようと今日改めて思いました

皆さんもお車を運転する際は、駐車場などでも細心の注意を払ってくださいね。誰にとっても、自分が乗っている車は大切な宝物ですし、傷つけたくない気持ちはお互い同じですからね

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 番井(ばんい)さん→石立(いしだて)さん、『おい、チー坊』のセリフや、「わかめラーメン」のCMでお馴染みだった故石立鉄男さんで有名なお名前ですね。全国に「石立さん」は560名程いるそうです。

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2011年5月 7日 (土)

思い出いっぱいの「懐アニ」たち!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

毎年楽しみにしている「ゴールンデンウィーク」もあっという間に終わり、僕にとっては今年は仕事に追われた連休となりました。天気も不安定な日が多かっただけに、行楽に出かけた方は大変だったのではないでしょうか

そんな今日は週に一度の楽しみにしているミニバレーの日でしたが、残念ながら僕は仕事の関係でお通夜に行ってきたので、今日はミニバレーをお休みしました

今日は何人集まったかな・・・また「男爵ボール」ということも十分ありえそうですね。来週のミニバレーは5月13日(金曜日)です。みんなでたくさん汗を流しましょう

さて、いつの時代も「子供のハートを鷲掴みにするもの」と言えば、皆さんは何を連想しますか?

時代を象徴する「玩具」などもそのひとつですが、僕的にはやっぱり「アニメ」を挙げたくなります。僕自身も子供の頃は色々なアニメを見て育ちました。今でも懐かしく思う作品が山のようにありますし、大人になった今でももう一度見たいという衝動にかられます

「アニメ」にはその長い歴史の中で、何度か“ブーム”というものが訪れてきました。例えば、テレビというものが一般家庭に普及し始め、「アニメ」というものが放送されるようになった、いわゆる第1次アニメブームです。この頃の代表的なアニメが『鉄腕アトム』や『鉄人28号』です。年代でいえば1960年代がこれにあたります

そして次に訪れたのが、1970年代後半~1980年代中盤に至る第2次アニメブームです。この時代はちょうど僕ら第2次ベビーブーム世代の子供が小学生になった頃で、『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』といった大ヒット作品がその中心でした

さらに、1990年代後半にやってきたのが第3次アニメブームです。この中心的存在のアニメが『新世紀エヴァンゲリオン』や『ポケットモンスター』などです

このように、「アニメ」の世界には何年かおきに“ブーム”という現象が起きるのが特徴ともいえますが、実は1990年代後半の第3次アニメブーム以降はアニメ人気に衰退の兆候が見られるそうなんです・・・

この要因としては、「少子化」という大きな障害が妨げとなっており、それに伴い子供向けアニメの需要減少につながり、さらには視聴率低下にもつながっていると考えられます。

もちろん、子供じだいの「アニメ離れ」ということも問題視されています。低年齢からの塾通いなどもその原因のひとつで、僕らが子供の時のようにアニメに夢中になった時代とは少し様子が違うみたいです。何だかちょっと切ないというか悲しい現実です・・・

今日はそんな僕らが幼少の頃に夢中になった時代を思い出し、思い出いっぱいの「懐アニ」たち、つまり「懐かしいアニメ」たちにスポットをあてて、それぞれの年代別で僕なりにランキングを付けてみましたので、この場で発表してみたいと思います

「年齢」や「性別」によってきっと個人差はあると思いますが、あくまでも僕の好きな「アニメ」をチョイスさせていただきましたのでご了解くださいね。きっと皆さんにとっても「懐かしい!」と思うようなアニメがずらっと並ぶと思いますので、皆さんの中でのランキングと照らし合わせながら、楽しんでいただければ幸いです

それでは早速、ランキングの方にいってみますね。懐かしいアニメ、略して「懐アニ」ランキングです

ちなみに、昔から放送されていても現在も放送中のアニメは対象外としています。あくまでの放送はもうしていない「懐かしいアニメ」ということにしています

まず最初は「再放送編」です。これは僕が生まれる1974年よりも以前に放送されたアニメ番組や、まだ僕が物心付く前に放送されていたアニメ番組で、僕自身がそのほとんどを再放送で見たアニメのランキングです

<再放送編>

第5位 『ハクション大魔王』(1969年放送開始)

第4位 『バビル2世』(1973年放送開始)

第3位 『タイガーマスク』(1969年放送開始)

第2位 『巨人の星』(1968年放送開始)

第1位 『ルパン三世』(1971年放送開始)

僕が好きだった「再放送アニメ」では、やっぱり『ルパン三世』が一番ですね!ルパンは間違いなく幼き僕のヒーローでした。2位の『巨人の星』は、小さい頃から大の野球好きだった僕にはたまらないアニメでした。この他にも5位までには選ばれませんでしたが、『妖怪人間ベム』、『ムーミン』、『ふしぎなメルモ』、『ど根性ガエル』、『魔女っ子メグちゃん』なども好きなアニメでした

続いては「幼少期編」です。これは僕が少し物心がつき、保育所に通い始めた頃の時代のアニメたちの中から選ばさせていただきました

<幼少期編>

第5位 『ヤッターマン』(1977年放送開始)

第4位 『科学忍者隊ガッチャマン』(1978年放送開始)

第3位 『銀河鉄道999』(1978年放送開始)

第2位 『機動戦士ガンダム』(1979年放送開始)

第1位 『ドカベン』(1976年放送開始)

『機動戦士ガンダム』は最高に夢中になったアニメでしたが、僕の中でそれを超える作品が『ドカベン』でした。このアニメのおかけで、僕は完全に野球少年への道を突き進むことになりました

ちなみに1番好きなキャラは弁慶高校の義経という投手です。あとは土佐丸高校の犬飼三兄弟も好きなキャラでした。『あ~やばいな~』ちょっと今話しただけで僕のアドレナリンがかなり分泌されてきました。今度機会があれば「ドカベン特集」をくんじゃおうっと

ちなみに5位までには選ばれなかったのですが、『宇宙戦艦ヤマト』、『ガンバの冒険』、『一休さん』、『サイボーグ009』なども好きなアニメでした

続いては「小学生編」です。これは僕が1番アニメに夢中になった時期といっても過言ではない時代のアニメたちです。「週刊少年ジャンプ」を読み始めたのもこの頃で、「週ジャン」に連載されているアニメがどんどんとテレビで放送されるようになり、凄く楽しかった思い出があります

<小学生編>

第5位 『Dr.スランプ アラレちゃん』(1981年放送開始)

第4位 『タッチ』(1985年放送開始)

第3位 『キン肉マン』(1982年放送開始)

第2位 『北斗の拳』(1984年放送開始)

第1位 『キャプテン翼』(1982年放送開始)

この小学生編のランキングは一番頭を悩ませました・・・1~3位の作品はどれが1位になってもおかしくないほどの大接戦でした。でもやっぱり『キャプテン翼』が1番かな~と自分なりに選択しました。『北斗の拳』も『キン肉マン』も超大好きで、「週ジャン」の連載も毎週楽しみでした。ちなみに『キャプテン翼』で一番好きなキャラは三杉淳、『北斗の拳』ではケンシロウの実兄ヒョウが好きでした

こちらも5位までには選ばれませんでしたが、『うる星やつら』、『キャッツ・アイ』、『プロゴルファー猿』、『ハイスクール!奇面組』などが好きなアニメでした

最後は「中学生~大学生編」です。ここからは、そんなにアニメじたいに関心を持つ年齢ではなくなってきましたが、それでも夢中になったアニメは結構ありました

<中学生~大学生編>

第5位 『幽☆遊☆白書』(1992年放送開始)

第4位 『らんま1/2』(1989年放送開始)

第3位 『シティーハンター』(1987年放送開始)

第2位 『行け!稲中卓球部』(1995年放送開始)

第1位 『ドラゴンボール』(1986年放送開始)

ここは断トツで『ドラゴンボール』が1位です。ちょうどリアルタイムで見ていたのは中学生の頃でしたが、このアニメは毎週見るのが超楽しみでしたと、同時になかなか進めない展開にもどかしさも感じながら見ていたのを憶えています。2位の『行け!稲中卓球部』は僕が21歳の頃に放送されていましたが、いつも深夜に超おもしろくて夢中になって見ていました

以上が4つの年代別に挙げた僕の好きな「懐アニ」ランキングでしたが、いかがでしたか?皆さんのランキングとは少し違うところもあったとは思いますが、皆さんも自分独自で「懐アニ」ランキングを作ってみると楽しいかもしれませんよ

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 鳥羽(とば)さん→番井(ばんい)さん、Aゆの知り合いに「ばんい」くんという人がいました。漢字は同じなのか分かりませんが、珍しいお名前なので憶え恵ています。全国に「番井」さんは220名程いるそうです。

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2011年5月 6日 (金)

道で見つけたもの。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は先日と行った「強行遠足」の際に、写した写真を幾つかご紹介したいと思います

およそ11kmの道のりの間には、色々なものを目にしました。普段は車で移動する機会が多い生活環境の中で、歩いてみて始めて気付く風景がたくさんありましたし、道には色々なものが落ちているということもよく分かりました

中には『何でこんなものがここに落ちているの?』と思うような驚くべきものも多々ありました

それでは早速、写真をご紹介します

道で見つけたもの。

スタートしてしばらくすると僕らの目に飛び込んできたのは「フキノトウ」です。これを見ると『春が来たな~』と思います。この日は、ゴールするまでに「フキノトウ」はあちらこちらにたくさんありました。

道で見つけたもの。

これは「ススキ」の穂です。風になびく「ススキ」は、まるで僕らに『こんにちは』と挨拶をしてくれているみたいでした。「ススキ」といえば秋に見られがちですが、実は1年を通してある多年草です。

道で見つけたもの。

途中で見つけた小さな川です。まさに「小川」という表現がピッタリのこの川のせせらぎを、歩みを止めて聞いていると凄く心が癒されました。小さい頃は、よくこういう「小川」で魚を釣ったり、陽が暮れるまでビショビショになりながら川遊びをしていたものです。何だかとても懐かしさを感じました

道で見つけたもの。

なぜか道端で「パチンコ玉」を発見しました。しかも1個でなく何個も。何でこんなところにあるんでしょうね、不思議です。「パチンコ玉」だけなく、「ライター」や何らかの「ネジ」なども落ちていました。車の部品だとしたら、ちょっと怖いんですけど・・・

道で見つけたもの。

もっと衝撃なのがこれです何と「エロDVD」です(笑)

最初は裏面が上になっていたので『何だろうこのCDみたいな奴?』と近づいて行きひっくり返してみると、これでした(笑)。その瞬間、ブログの“ネタ”になることが僕の頭の中で即決しました(笑)

本当に不思議ですよね、何でこれが道端に落ちているのか?車から誰かが投げ捨てたのか、それともチャリに乗っていた人が偶然落としていったのか?でも、DVDがパッケージに入っていないことを考えると、故意に捨てたものでしょうね

道で見つけたもの。

こちらはおもしろい風景だったので写真におさめました。農家によくある「農機具」なんですが、何だか「ウルトラクイズ」とかで上島竜兵や出川哲郎が飛ばされる発射台みたいですよね(笑)あそこから人が飛び出すと思うと結構怖いですけどね

道で見つけたもの。

これは「白樺並木」の道路です。年輪を重ねた白樺の樹木たちが、幾年もの歳月を雨にも風にも負けずに強くたくましく育っています。近くで白樺の木をじっくり見ることなど、あまりなかったのでとても良い経験でした

道で見つけたもの。

草原で戯れる「牛」たちを、現地のレポーターが紹介している感じです。まさに北海道の大地を象徴する風景ですね。

さあ、いかがでしたか?今日は先日の「強行遠足」の際に、道で見つけたものを幾つかご紹介させていただきました

道で見つけたもの。

妻と2人で行った「強行遠足」ですが、歩いた時間の長さだけ、そこで見つけたものがたくさんありました。それは例えば「珍しい物」であったり、「のどかな風景」であったり

でも僕らが見つけた一番大切なもの、それは何かをやりとげたという「達成感」と、それを2人で助け合ったという「一体感」というものだったのではないかと、そう思っています

また機会があれば、色々なところを歩いてみたいと思う猫男爵でした

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 段垣内(だんがいと)さん→鳥羽(とば)さん、これは結構よくあるお名前ですね。「鳥羽」さんといえば、「鳥羽一郎」を真っ先に連想してしまう僕です。全国に「鳥羽」さんは1万2000人程いるそうです。

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2011年5月 5日 (木)

豊作への祈り。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は5月5日「子供の日」でした。とても天気が良く、連休中で一番過ごしやすい一日だったのではないでしょうか

そんな今日僕は、実家の裏にある「男爵村」へ行き、汗を流してきました

「男爵村」にある千島桜の蕾も徐々に膨らんできたので、あと1週間もすればキレイな花たちが咲き誇ることでしょう

豊作への祈り。

テレビ番組「ザ鉄腕DASH!」に影響され、僕の提案で2006年にスタートした「男爵村」も今年で開村6年目となりました

僕が子供の頃に一度、家庭菜園として使っていた土地を、十数年ぶりに「開墾」することから始めた「男爵村」は、僕にとっては全てが「未知の世界」であり、「不安」と「希望」が入り混じった夢の場所でした

1年目は思うように作物が育たず、2年目3年目と色々と経験を積む中で、野菜作りの「コツ」や「楽しさ」を少しずつ理解できるようになってきました

家庭菜園といえども、その管理は大変です。上手に作物を育てるには、きちんとした畑の管理が大切です。もちろん僕は普段は仕事をしているので、日曜祭日や仕事が休みの日を利用して作業することしかできません。当然、家族の協力なくして「村」の存続はありませんが、秋の収穫の時が僕の心をいつもワクワクさせてくれます

あの収穫の時の感激があるからこそ、家庭菜園を頑張ってできるんですよね。今年もその感激を味わうために、そして豊作を祈り、「男爵村」をオープンしようと思います

豊作への祈り。

今年は昨年まで村長だった愛犬「キョウボウ」の姿が村にはありません・・・

このブログ内でもお話しましたが、「キョウボウ」は昨年の6月にこの世を去りました。5年間に渡り、「男爵村」を支えたくれた大切な愛犬がいなくなったのは、凄く辛く悲しい出来事でした

その「キョウボウ」亡き後は、暫定的に「アライ」が村長を務めていましたが、「アライ」も高齢犬ということもあり、6年目のオープンを迎える今年から、村長に「クラッシャー」が就任しました

「クラッシャー」は「アライ」の子供でもあり、まだ年齢的も若いので適任です。今日は就任式を行い、「クラッシャー」に男爵村6年目の開村宣言をしてもらいました。

豊作への祈り。

『ただ今より、男爵村をオープン致します!』

血気盛んな「クラッシャー」の見事な開村宣言でした。今年1年、「男爵村」の豊作を祈ります!

豊作への祈り。

さて、今年もこの「相棒」が大活躍です。畑を耕すには、こいつがいないと始まりません「N-210」です

毎年言っていますが、自称「北日本一耕運機の似合う男」であるはずの僕には、依然とCMのオファーは来ません・・・

豊作への祈り。

昨年の秋は、雪が降る前に「秋耕し」が出来なかった分、今年はいつもよりも入念に3度に渡り畑を耕しました

荒地だったこの畑も6年目ということで、だいぶ土壌が畑らしい土壌になってきました。今年は昨年の耕地面積に比べて少しだけ面積を拡張したので、また何か新しい野菜作りに挑戦できそうです

畑を耕していると何度となく「ミミズ」や「微生物」に遭遇しました。「ミミズ」がいるということは、だいぶ良い土壌になってきた証です。これは秋の収穫祭が期待できそうです

豊作への祈り。

「男爵村」のメインは何と言っても「芋」です。農家さんから直接いただいている「種芋」を使用しているので、畑の管理さえ間違えなければ立派な「芋」が育つはずです

豊作への祈り。

「種芋」を畝に均等の幅で植え付けていきます。「男爵村」では「種芋」の間隔は人間の足の大きさ1足分を目安にしているので25~30cmぐらいおきに、「種芋」を植え付けていきます

豊作への祈り。

今年も植え付けした「芋」の種類は3種類です。

「キタアカリ」、「レッドムーン」、「トヨシロ」の3種類をほぼ同じ数だけ植え付けしたので、秋の収穫の時にたくさんの実りがあることを祈ります

自分の畑で作った「芋」を使って食べる料理は最高に美味しいですからね。あと、僕の大好物「ポテトチップス」作りも今から超楽しみです

豊作への祈り。

ちなみに今年の「男爵村」の作物配置図(予定)は、こんな感じです

5年ぶりに「トウモロコシ」作りに挑戦する予定です。「トウモロコシ」は少量だけ作っても育ちにくいので、この「男爵村」の面積では少し狭いので、うまく育たない可能性もありますが、何とか豊作になることを祈り、チャレンジしてみます

「アスパラ」は植え付けして3年を経過したので、そろそろ“モノ”になることを願っています

「枝豆」も楽しみのひとつです。自家製の「枝豆」をつまみにビールを飲めれば最高です

その他には「キャベツ」「トマト」、そして僕は絶対に食しませんが「キュウリ」などにも挑戦してみようかと計画しています

6年目を迎えた「男爵村」も春の息吹とともに、いよいよ本格的に活動を開始しました。今年1年、天候に恵まれることを願い、そして秋には素晴らしい実りになることを祈り、本日の「男爵村」での作業を終えた猫男爵でした

毎年恒例ですが、この「男爵村」の模様は随時このブログ内でご紹介していきますので、どうぞお楽しみに

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 津井田(ついだ)さん→段垣内(だんがいと)さん、これまた全く僕には読めないお名前でした。「だんかきうち」か「だんがきない」か、もしくは元バレー選手の「中垣内」に当てはめて「だんがいち」と予想しましたが、「だんがいと」とは読めませんでした。その「段垣内」さんは全国に10名程いるそうです。

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2011年5月 4日 (水)

消える「白と緑」の勝負服・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は何と「雪」が舞う一日でしたね。5月の雪、何年かおきにあることはあるのですが、それにしても『今、何月?』と思わず叫びたくなるような天気でした

今日は帯広で桜の開花宣言がされたばかりなのに、これでは「花見」ならぬ「雪見」になってしまいますね

気温も低いので、峠などでは積雪になっていると思いますので、遠出をする方は十分注意してお車を運転してくださいね

さて、3日前の5月1日に京都競馬場では、JRA主催の重勝レース(GⅠ)「第143回天皇賞・春」(4歳上オープン、芝3200m)が行われました

全18頭が出走したこのレースを制したのは、7番人気のヒルノダムール(牡4歳)という馬でした。このヒルノダムールの父は、2002年の「天皇賞・春」を勝利したマンハッタンカフェです。これで父子2代に渡り「天皇賞」を制覇したことになります

しかし、この「天皇賞」を父子3代に渡り制覇した馬たちがいることを皆さんご存知でしょうか。競馬ファンであれば、僕がわざわざここで言うまでもなくご存知であると思いますが、ご存知でない方もいると思いますのでお話しさせていただきます

メジロアサマ(1970年天皇賞・秋)→メジロティターン(1982年天皇賞・秋)→メジロマックインーン(1991年、1992年天皇賞・春)、これが父子3代に渡り「天皇賞」を制した馬たちです

今回のJRAのCMでもこのことには触れていたので、ご存知の方はいたとは思いますが、この父子3代制覇というものは、なかなかできることではない“快挙”なんです

しかし、その3代に渡る名馬を育てた「名門」と言われる生産牧場が、このたび解散して馬主業からも撤退するという衝撃的なニュースが日本中をかけめぐりました

その牧場の名前はご存知「メジロ牧場」です。

北海道の洞爺湖町にある「メジロ牧場」は日本でも屈指の牧場であり、史上初の牝馬三冠馬「メジロラモーヌ」をはじめ、先に述べた「メジロマックイーン」や「メジロドーベル」など数多くの名馬を生産している牧場でした

しかしここ数年は成績不振からの経営悪化で、これ以上の事業継続は困難という牧場の判断が下されました。ぎりぎりまで悩んだあげくの苦渋の決断に、何とも言えない気持ちでいっぱいですが、勝負の世界の厳しさというものを改めて強く感じさせられました。

1980年代~1990年代にかけて、名声と繁栄を遂げていた「メジロ牧場」でさえも、ひとつ歯車が狂えばこういう結果になってしまうということなんですね・・・

僕が「メジロ牧場」産駒の馬で一番印象に残っているの馬は「メジロライアン」です。同じ「メジロ牧場」のスーパーホース「メジロマックイーン」の影で、なかなか陽の目を見ることはできませんでしたが、5歳の時に出走した「宝塚記念」では、その「メジロマックイーン」を破り、見事にGⅠ初勝利を挙げました

その「メジロライアン」のレースの中で僕が一番印象に残っているレースは、1990年の「有馬記念」です。このレースは既に“引退”が決まっていた名馬「オグリキャップ」との壮絶な最後の直線での戦いとなりましたが、結局「オグリキャップ」には届かず2着に終わりました・・・

このレースの解説の故大川慶次郎さんがテレビ放送にも関わらず、『ライアン!ライアン!』と叫んでいたことが今でも忘れられません

そんな「メジロライアン」は引退後も種牡馬として、「メジロドーベル」や「メジロブライト」などの名馬を輩出しています

この「メジロライアン」を代表するように、多くのファンに愛され親しまれた「メジロ」の名前は、間もなく競馬界から姿を消すことになります。日本の競馬界を支え、そして大きな功績の足跡を残した「メジロ牧場」の歴史に今、ピリオドが打たれます・・・

何かひとつの時代が終焉を迎えるようで、僕はとても今寂しい気持ちです。一時のような人気がなくなりつつある競馬界に、「メジロ」のような個性的な存在が消えることは悔やんでも悔やみきれません。毎年減収が続いている日本の競馬界、この先いったいどうなるのでしょう

「メジロボサツ」、「メジロアサマ」、「メジロムサシ」、「メジロティターン」、「メジロデュレン」、「メジロラモーヌ」、「メジロマックイーン」、「メジロライアン」、「メジロパーマー」、「メジロドーベル」、「メジロブライト」、「メジロベイリー」、以上12頭が「メジロ牧場」が輩出したGⅠ勝利馬です

GⅠ通算32勝という輝かしい実績を残し、「メジロ」の歴史は幕を降ろすわけですが、この数多くの栄光の中でただひとつ手にすることができなかったのが、競馬関係者にとって最も欲しい勲章ともいえる「東京優駿」いわゆる「日本ダービー」の称号です。このレースに「メジロ」の馬が1度も勝利する事ができなかったことが唯一の心残りだと、北野社長は会見でコメントしていました

「メジロ牧場」産駒の勝負服の柄は「白、緑一本線、緑袖縦縞」です

消える「白と緑」の勝負服は、多くの競馬ファンと競馬関係者にたくさんの思い出を残し、ターフから姿を消していきます

ありがとう、メジロ牧場!たくさんの思い出を本当にありがとう!

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 茂り松(しげりまつ)さん→津井田(ついだ)さん、読み方を変えれば「ついた」とも読めますよね。昨年あたりから話題の「ツイッター」の当て字にもなりそうです。そんな「津井田」さんといお名前の方は全国に80名程いるそうです。

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2011年5月 3日 (火)

モキュメンタリー!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は風が少し強かったものの、久しぶりに太陽が戻ってきましたね。連休ということで、お出掛けした方もいたのではないでしょうか。しかし、明日はまたも天気予報では雨となっています・・・なかなか天気が落ち着かない今年のゴールデンウィークですね

さて、4月12日からスタートした減量作戦も今日で3週間目となり、第回目の計量検査を今日行いました

今回の目標数値は「65.5kg」を設定していましたが、64.9kgということで今回も何とかパスしました

これでスタートからちょうど5.0kgの減量に成功です。最終目標は自分のベスト体重である「63.0kg」なのであと1.9kgで僕の減量作戦は完了しますが、ここからが一番の正念場なので頑張っていこうと思います

モキュメンタリー!

ちなみにちょうど1週間後の第4回計量検査の目標体重は「64.5kg」なので、あと0.4kgの減量が必要となっています

さて話は変わりますが、はよく「TSUTAYA」に行き、レンタルDVDを借りて映画鑑賞を楽しむのが趣味のひとつです。時間がある時は、1日に3~4作品を続けて観ることもあります

そんな僕らが今ハマっているのが、「モキュメンタリー」というジャンルの作品です。「モキュメンタリー」というジャンルはあまり世間的には浸透されていないと思いますが、簡単にいえば架空の人物や団体、あるいは虚構の事件や出来事に基づいて作られるドキュメンタリー風の表現手法です。

もともと僕自身はこのジャンルにはさほど興味がなかったというか、こういうジャンルがあることすらよく知りませんでした。しかし、妻のAゆに薦められて『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』を一緒に鑑賞した時に、すっかり「モキュメンタリー」というジャンルの虜になってしまいました

『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』もそうですが、登場人物がホームビデオカメラを持ちながら撮影したその映像じたいが作品となっているという作り方が僕的には結構好きです

観ていてドキドキしますし、“フィクション”だと分かっていても、ビデオ映像なのでもの凄いリアリティーがあり、思わず目を伏せたくなるようなシーンや、あまりの恐怖に妻と2人でしがみつきながら見るような作品もあります

そして今回も、モキュメンタリー作品を2つ借りてきて早速鑑賞しました

モキュメンタリー!

まず最初に見た映画は『REC』(レック)という作品です

この映画は2007年にスペインで製作された映画で、R-15指定になっています。

消防士を密着取材するために、消防士に同行してある建物に入ったテレビ局のレポーターカメラマンが、思わぬ出来事に遭遇するというストーリーになっていますが、その内容が実にエグい

その建物内では未知の感染症が蔓延しており、人に次々に感染していき、そして人間が凶暴化していくという内容です。あまりの恐怖に僕は思わず少しチビっちゃいそうになりました・・・

感染拡大を防ぐために人々はその建物内に隔離されるのですが、最後は強烈な結末が待っていました・・・

ぜひこの作品は皆さんにも観ていただきたいオススメの作品です。ただし、怖いのが苦手な人や、心臓の弱い人は遠慮したほうが宜しいかもしれません

モキュメンタリー!

続いて僕らが鑑賞した作品は『クローバーフィールード』という作品です

この作品は2008年に公開された作品で、日本でも興行初登場で1位を獲得し、最終的に興行収入12億円を記録した映画なので、皆さんの中にも観たことがある方はいるかと思います

このモキュメンタリー作品も、ホームビデオを使った主観的映像作品で、そのカメラ目線を通じて恐怖感や不安感というものをかき立てられる作品です

この作品は『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』や『REC』とは少し違い、巨大怪獣がニューヨークの街中を襲うという設定になっていますが、恐怖感のリアリティーは他の作品にひけを取りません

ちなみに僕と妻は、家で映画を観る時は必ず部屋を暗くして雰囲気を出してから鑑賞するのですが、先程ご紹介した『REC』があまりにも怖すぎたので、この作品を見る時は明るい時間帯に見ました

以上2作品が最近観た「モキュメンタリー」作品です。皆さんももし機会があれば観てみてくださいね

そしてもう1作品、僕らが以前からどうしても観たかった作品をやっと観ることがきでたのでご紹介しますその作品とは

モキュメンタリー!

『板尾創路の脱獄王』です

実はこの作品、半年前からずっと『観たい観たい』と、いつもAゆと2人で言っていたのですが、TSUTAYAに行くと必ず「レンタル中」になっており、先日『今日もダメだろうな~』と半ば諦め気味に見に行ったら、誰も借りておらず遂に借りることができました

半年間待った作品だけに、僕と妻も楽しみにしながら鑑賞しました。主演は板尾創路ですが監督も板尾創路です。これは板尾の映画デビュー作品なんです

内容は板尾“らしい”作りとなっていますが凄く面白い作品でした。最後は「そういう終わり方ね~」と、思わされる内容になっていますので、こちらもぜひ機会があればご覧になってみてください

今日はこれから邦画の作品『MAKOTO』を妻と2人で観ようと思います。いったいどんな映画なのか今から超楽しみです

皆さんが最近観た映画などで、もしも「オススメの作品」などあれば、ぜひ教えてください

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 夏至(げし)さん→茂り松(しげりまつ)さん、こちらも僕は初めて聞くお名前ですが、名字に「漢字」の他に「ひらかな」が混ざっているのは珍しいですよね。全国に「茂り松」さんは10名程いるそうです。

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2011年5月 2日 (月)

俺が交代するの?何で?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日はゴールデンウィークの「中休み」の5月2日でした。連休と連休の間で、今日はお仕事だったという方も多かったのではないでしょうか。

僕も今日は仕事でしたが、明日も明後日も仕事に行かなければならないので、ゆっくり体を休める時間はない今年の連休です

今日も仕事を終え帰宅すると、すぐにジャージに着替えて、と2人でジムに行ってきました。ジムは土日・祭日は営業していないので、今日は4日ぶりのジムでした

そんな日程の影響なのか、今日のジムは僕らが通い出してから一番の混み具合でした。今日のジムのメンバーは、リズミカルミスター麻原夫人、バーベルマニア改めバーベルマンポチ夫少女Aサッカー部色褪せシャツ指導員もどきAゆ、そして猫男爵合計11名でした

新顔の「ポチ夫」は、体型が少しポッチャリの20代の男性で、腰にポーチが付いているような柄のTシャツを着ていたので、「ポッチャリ」と「ポーチ」から「ポチ夫」と名付けました

「バーベルマン」は何となくドーベルマンみたいで語呂が良いので、「バーベルマニア」から「バーベルマン」に改名しました(笑)

ちなみに「ミスター」は散髪したせいか、後姿はちょっと本物のミスター(鈴井さん)に似てなくなってしまいました

どんどんとこれからも楽しい仲間達が増えることを期待します

さて、今日は久しぶりに「夢の世界」のお話です。今朝僕が見た夢がちょっと「印象に残る夢」だったので今日はそれをお話したいと思います

夢の中で僕はフットサルの試合に出場していました

最初はGKを務めていたのですが、試合は「0対1」で僕のチームはリードを許していました。

GKでは結構スーパーセーブを連発して活躍していたのですが、後半開始から僕はFWとしてプレーすることになりました

後半開始早々、ファーストタッチで僕に見事なパスが来て、僕はノーマークで相手ゴールにボールを運び、見事に同点ゴールを決めました

そのドリブルとシュートの感覚は凄くリアルで、今でも僕の足にその感触が残っている感じです

点を決めた僕はなぜか、点を取ったのは当たり前のような少し気取った仕草をして、『何かあったの?点を入れて当然だよ。』とみんなに言っていました

そしてその後のプレー再開後、またしても僕にボールが廻ってきました。僕はゴール前で、あのジダンが得意とする“マルセイユ・ルーレット”で見事に2人のDFを交わし、またしてもゴールネットを揺らしたのです

これには僕も嬉しさを隠せず、観客に向かってポーズをとって喜びを表現しました。観衆はみんな『すごーい!!カッコイイーー!!』を連発し、僕は凄い爽快な気分でした

でもすぐに「失敗した・・・カズダンスをやれば良かった」と思ったのです

『あっでももう1点取ればハットトリック出し、そこでカズダンスやればカッコイイかも!』と僕はすっかりもう1点取れる気持ちになっていました

そんな有頂天気分の時に、僕に声をかえる1人の人物がいました。その人物とは、大学からの友人で今もミニバレーなどで交流のあるSんでぃです

Sんでぃが僕にかけた言葉とは・・・

『○○君(僕の愛称)は交代!Hたちゃんと交代して。』でした

すぐに僕はSんでぃに言い返しました。

『俺が交代するの?何で?何で俺?2点入れてるんだよ!もう1点入れればハットトリックで、そのあとカズダンス踊るんだから!』

しかしSんでぃの答えは変わらず、頑なに僕を交代させようとしました。いつの間に、このチームにSんでぃがいたのか分かりませんが、僕は納得のいかないままベンチに下がりました

するとそこにまたもSんでぃが来て『○○君、審判やって!』と審判用の笛を僕に手渡すのです

『交代するだけでなく、何で俺が審判なの?』と思いながらも、Sんでぃの言う通り僕は審判を務めました

しかしなぜか笛がかすれてちゃんとホイッスルが吹けません・・・選手からも『審判!ちゃんとやれよ!』とブーブーと文句を言われます

『何でだよ、何で俺が審判なんだよ・・・俺、審判なんかしたことないし、それに俺は2点入れてるヒーローなんだぞ!』と思いながらも嫌々審判を続けました

すると見かねた副審が僕に歩み寄ってきました。よく見るとそれは温水洋一でした。温水洋一は僕に『大丈夫だよ、こうやって吹くんだ。』と優しく色々と笛の吹き方を教えてくれました

そうこうしているうちに試合は終わり、僕の2ゴールで「2対1」で勝っていたのに、終わってみれば「2対3」で逆転負けしていました。僕はガックリ肩を落としていました

すると僕のチームメイトや応援していた観衆はみんなで「焼肉」を食べにいくことになりました

僕ももちろん「焼肉」を食べに行こうと思ったのですが、またしてもSんでぃが登場し、『○○君はこの後、スケート大会あるからそっち行って!』と僕に言うのです

確かにこの後、スケート大会に僕は出る予定だったのですが、僕の他にもスケート大会にに出る人はたくさんいたはずなので僕はこう言いました。

『Sんちゃん!他にもスケート大会出る奴いっぱいいるしょ!』

するとSんでぃは『いいの、みんなこれから焼肉食べに行くから、○○君だけスケート大会行ってきて!』と僕に言うのです。

「何だよ・・・俺だってみんなと焼肉食べたいよ・・・」と思ったところで目が覚めました

実に何とも言えない目覚めでしたが、でも夢の中で決めた2ゴールは凄く爽快で気持ち良かったです

夢の中のSんでぃは、現実の世界のSんでぃとは180度違うSんでぃでした。現実の世界のSんでぃは、凄く「いい人」なんです。僕は彼とはかれこれ18年近くの付き合いになりますが、本当に気の許せる素晴らしい友人です

今日は僕の夢の中で起きた出来事をお話させていただきました

皆さんは最近、印象深い夢を見ましたか?もしあれば、ぜひ教えてくださいね

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 打上(うちあげ)さん→夏至(げし)さん、これもまた非常に希少なお名前ですね。夏の始まりを告げる「夏至さん」は全国に30名程いるそうです。

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2011年5月 1日 (日)

15年目の始動!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日から5月のスタートです「ゴールデンウィーク」の真っ只中ということもあり、家族や恋人と“お出掛け”という方もいたのではないでしょうか

しかし、今日は朝からあいにくの雨模様の一日でしたね。どうも今年の連休は天気が優れません・・・3日からの連休後半は少し天気が回復する予報ですので、それに期待したいところですね

僕も今日は、本来であれば趣味でやっている朝野球の練習に行く予定でしたが、雨のために中止になりました

15年目の始動!

前日に「スパイク」や「バット」を用意し、グローブにもグリスを塗りしっかり手入れし、準備万端の態勢で今日の練習に行くつもりでしたが、非常に残念な結果でした

僕が所属する朝野球のチームは今年で結成15年目に突入します。結成当時からのメンバーの一人である僕にとっても、15年目の始動です

一昨年(2009年)はシーズン途中にケガで戦列を離れて故障が完治しないままシーズン終え、昨年(2010年)はプライベートや仕事が忙しくてほとんど試合に出場できないままシーズンを終えてしまいました

よって、本格的にシーズンを迎えるのは2008年シーズン以来“3年ぶり”の戦列復帰となります。その間に、チームには若い選手が加入したりして、僕も復帰したからといって即レギュラーとはいかないような状況です・・・

結成当時から一緒にプレーするメンバーも数えるくらいしか残っておらず、改めて自分が歳を重ねていることを痛感しています

今年で僕は37歳になりますが、朝野球の大会にはどんどんと若いチームが登場してきます。中には僕らのようにチームの主力が「アラフォー」のようなチームもいますが、それは2割程度で、ほとんどが20代を中心したチーム構成です。

僕らは基本的に「楽しみながら勝つ」ことをモットーとしているので、楽しく野球ができればそれでOKなんです。でもやっぱりいつも負けていては、モチベーションは上がらないので、そのへんのバランスが微妙に難しいんですよね

そのためにはチームをまとめるリーダーが必要となるのですが、実は今年からキャプテンがチームに帰ってきます

仕事の事情で札幌に転勤していたキャプテンのTゆきが、4年ぶりに戻ってきてくれることは本当に心強いです

結成当時から「二人三脚」で僕とチームを引っ張ってきたTゆきが、チームに戻ってくるまで何とかチームを存続していようと僕なりにこの4年間頑張ってきましたが、これで少しは肩の荷が下りました

今年はTゆきの他にも、数人の古いメンバーも復帰を予定しており、昔の仲間とまた一緒に野球が出来る喜びで今僕はいっぱいです。早く野球がしたくたくてうずうずしています

15年目の始動!

しかし、そんな僕にも不安要素が2つ程あります。

1つは、体重が増えたことによりユニホームが着れるのか・・・という不安です。そのためにも先日から減量作戦に取り組んでいたわけですが、昨日ユニホームを実際に来て見ることにしました

すると減量作戦のかいあって、ユニホームはすんなり着れました。妻いわく『前よりもお腹出てないよ!』と言われました。これで取りあえずはひと安心して、朝野球に参加できそうです

2つ目は、およそ2シーズンの間、実戦から離れているという不安要素です。野球というスポーツは、例え朝野球レベルと言えども実戦から離れていると、感覚を取り戻すまでに時間を要します。これは別に野球に限らず他のスポーツにも言えることだと思いますが。そのためには本当は今日の練習は凄く大切だったのですが、雨が憎たらしいです

今年の僕の目標は、もう一度マウンドに立ってチームのみんなから信頼され「エース」と呼ばれる存在になることです

僕のチームには30代前半の右投手と、20代半ばの左投手がいます。この2人の壁は非常に高いのですが、何とか頑張って僕なりに最後に“もうひと花”咲かせてみたいとは思っています

とにかく大好きな野球をできる喜び、それを一番に感じながらも、「いかに楽しく、いかに悔いなく」プレーするか、それが今年の最大目標です

今日中止になった練習は後日また改めて行う予定ですが、球場や予定の調整がつかなかれば、最悪ぶっつけ本番で開幕を迎えることも想定しなければなりません

それはそれでやむを得ませんが、「今年1年間とにかくケガなく、みんなで楽しく野球ができれば」とそんな風に思っています

我がチームは毎年その1年間のキャッチフレーズを考えます。まあ、ほとんどが僕とTゆきの2人で考えるのですが、Tゆきがいなかったここ数年は僕も満足に参加できなかったこともあり、キャッチフレースは設けていませんでした。今年はまた2人でこれからキャッチフレーズを考えようと思っています

ちなみに過去には「全国制覇」(2000年)、「雑草魂」(2001年)、「フラット3」(2002年)、「ホームラン打ったらメロン」(2003年)、「バッター!社会の窓開いてるよ」(2004年)などがありました。

今年はどんなキャッチフレーズになるのか、もし決まったらこのブログでご紹介しますね

先月開幕したプロ野球に続き、いよいよ2011年の朝野球シーズンが間もなく開幕します。試合の予定や結果については、このブログを通じて随時ご紹介しますので、もしも興味のある方は、宜しければ応援に来てみてくださいね

ただ、朝がめちゃくちゃ早い(午前5時試合開始)のと、僕がいかんせん“プレッシャーに弱い男”だということはご理解の上、お越しくださいね

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 宮王(みやおう)さん→打上(うちあげ)さん、今日は野球の話だったからというわけではないですが、野球は基本的に「打ち上げ」ずに「転がす」のが基本とされています。全国に「打上さん」は110人程いるそうですが、何かイベントあった時の打ち上げは好きそうなお名前ですね。

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