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2011年4月12日 (火)

お疲れさん、アツ!

こんばんにゃ~night 北の猫男爵ですcat

先週末から行き始めたジム通いも、今日で3日目となりましたhappy01。今日も仕事から帰るとすぐにジャージに着替え、と2人でジムへと向かいましたgood。今日も非常に心地よい汗をかきsweat01、減量作戦続行中ですscissors

ちなみにジムの今日のメンバーは、リズミカルBV(Big Voice)、山ガール若者A若者BヒゲゴジラエドはるみみどりマンAゆ、そして猫男爵合計10名でしたscissors

明日もジムで楽しく汗をかいてきま~すcoldsweats01

さて先日、「サッカーの三浦選手が引退」というニュースが流れましたtv。皆さん一瞬ドキっsign03としたのではないでしょうか・・・中には『えっ?カズ引退なの!』とお思いの方もいたのかもしれませんcoldsweats01

しかし、引退したのは「三浦」は「三浦」でも、もう一人の三浦選手ですsoccer

お疲れさん、アツ!

彼の名前は三浦淳宏、Jリーグだけでなく日本代表としても活躍した名選手ですshine

僕と彼は同じ1974年生まれの同い年です。誕生日も非常に近く、僕が誕生する11日前に「アツ」はこの世に生を受けましたconfident

すみません、僕は彼が高校時代(国見高校)から好きなサッカー選手の1人なので、いつも彼のことを「アツ」と呼んでいますgood

僕がアツを初めて見たのは高校3年生の選手権大会soccerです。テレビtvで見るアツは、華麗なテクニックを披露し、僕の心を一瞬にして虜にしましたnote

『こいつ俺と同い年なのに、めちゃくちゃ凄い選手だな~』それが僕の印象でしたconfident

“超高校級の逸材”と言われたアツは、高校3年間で2度の選手権優勝crowncrownという栄光の後、一時は大学schoolへ進学しますが、中退してJリーグの横浜フリューゲルスに入団しましたsoccer

この時のフリューゲルスは僕の大好きなチームだったので、高校時代のアツを応援していた僕はさらにアツのことを応援するようになりましたhappy02

高校時代の“丸刈り”とはうってかわり、「茶髪」に「ピアス」というイケイケの風貌に変貌したアツに、さらに僕は憧れを持つようになり、できることなら友達になりたいとも思ったくらいでしたdelicious

アツはもともとは攻撃的な中盤の選手としてプレイしていましたが、Jリーグ入団後はチーム事情などによりサイドハーフやディフェンスも務めるようになっていきました。「任されたポジションはどこでもこなせる」その器用さが彼の長所でもありましたgood

そんなアツの魅力が最大限に活かされるようになったのが「FK」ですsoccer。今でこそ、世界でも数多く蹴れる人がいる「無回転FK」ですが、アツはこの蹴り方を世界中でメジャーになる前から取り入れており、試合でも数多くのゴールを決めていますup

それを表すデーターとして、Jリーグでの「通算直接FKsoccerゴールランキング」でアツはトップの15得点をあげていますshine。中村俊輔や遠藤保仁などのFKの名手を抑えて、アツは一番FKを決めているのですgood

アツは横浜フリューゲルス→横浜F・マリノス→東京ヴェルディ→ヴィッセル神戸→横浜FCと5つのチームを渡り歩いてきました。どのチームでもアツの人気は高く、常にチームのリーダーとしてチームを牽引してきました。そのリーダーシップには、チームメイトもそしてサポーターも厚い信頼を置いていましたpaper

僕には忘れられないアツの姿が「3つ」ありますconfident

ますoneつ目は、アツが最初に入団した「横浜フリューゲルス」が合併されることになり、最後の試合として迎えた「天皇杯」で見事に優勝を決めた後に流したアツの大粒の涙ですweep・・・

あの涙には本当に僕も涙をこらえることができませんでしたbearing。あの日、僕はアツと同じように大泣きしましたcrying

それからtwoつ目は、アツが「ヴィッセル神戸」に所属していた2005年、チームはアツ自身がケガhospitalで出場できない時期もあり、結果は最下位に終わり、J2への降格downが決またったのですsad

この頃、日本代表soccerで活躍していたアツは、翌年に控えたドイツW杯の代表選出のためにも「他のJ1クラブへ移籍するのではないか」と見られていました。しかし、アツはどの選手よりも早く「チームに残留する」ことを宣言したのですsign03

『チームを見捨てて移籍することは、男として絶対にできなかった・・・』このアツの言葉に僕は猛烈に胸を打たれましたweep

そして最後のthreeつ目は、2006年W杯のアジア最終予選の代表合宿中のできごとです。当時のアツは代表に召集はされるものの、練習でもほとんど控え組みで、試合にはほとんど出場する事はありませんでした。それでもアツは決して腐らずに裏方としてチームを支えていました。

そんな中で向かえた最終予選で、なかなか結果が出せないチーム状況の中、選手間ミーティングでアツはみんなに思いの丈をぶつけたのですsign03

『みんな、本当にW杯に行きたいのか!俺は年齢的にも最後だし、出たい!』

このアツの思いが、選手の気持ちを奮い立たせup見事に日本はW杯出場の切符を手にしたのですgood。結果的にアツはW杯本大会では代表には選ばれず、「W杯出場」という夢は夢で終わってしまいましたが、のちに選手の間ではこの時の出来事を“アブダビの夜”と呼ばれていますpaper

この3つのエピソードからも分かるように、三浦淳宏という人間は、サッカー選手としてだけでなく、ひとりの人間として「責任感」と「情熱」に満ちた、素晴らしい男なんですshine。そこが、僕が彼に惚れ込んだ1つの要因なのかもしれませんconfident

Jリーグ通算soccer432試合出場65得点、日本代表soccer通算25試合出場1得点、これが彼がプロ17年間で残した数字ですが、この数字以上に“三浦淳宏”というサッカー選手の偉大さを僕は強く感じますconfident

アツには「指導者になる」という次なる目標があるそうです。きっと責任感と信頼感の強いアツのことですから、素晴らしい指導者になると僕はそう思っていますhappy01

いつかアツがJリーグのクラブ、さらには日本代表の監督して活躍することを僕は心から祈っていますwink

日本サッカー界からまたひとり名選手がスパイクを脱ぐことになりました。皆さんも、三浦淳宏という素晴らしいサッカー選手がいたことを、いつまでも忘れないでくださいねconfident

お疲れさん、アツ!そして、ありがとうconfident

お疲れさん、アツ!

今日のジムでのトレーニングの際、アツが「ヴィッセル神戸」や「横浜FC」で付けていた、背番号「17」を、僕も今日は付けて汗を流しましたsweat01

同じ36歳、違う世界に住む2人ですが、僕はアツと同じ時代に生まれたことを嬉しく思いますconfident

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 勝呂(すぐろ)さん→六斉堂(ろくさいどう)さん、何か有名な書店のようなお名前ですが、全国に「六斉堂さん」は10名程いるそうです。

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