« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月30日 (土)

ベースボール・マニア~伝統のB編~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日で4月も終わり明日から5月のスタートです

今月の12日に開幕したプロ野球も2週間が経ち、良いスタートを切れたチーム、スタートにつまづいたチームなど、徐々に成績にも差が出て着ました。皆さんにも、それぞれ応援しているチームがあると思いますが、シーズンは長丁場ですまだこれから幾つもの熱戦が繰り広げられていきますので、どうかシーズンが終わる最後まで応援していきましょうね

さてそんな今日は、僕の大好きなプロ野球の歴史を振り返る意味を込めて、毎月月イチでお送りしている「ベースボール・マニア」第4回をお送りしたいと思います

ある1つの球団にスポットをあてて、その球団の歴史や好きだったスター選手の思い出話をして、僕なりに選んだその球団のベストメンバーを発表するというこの企画、今日ご紹介するのは

「阪急ブレーブス」、現「オリックス・バファローズ」です

ベースボール・マニア伝統のB編

日本プロ野球の歴史で、巨人、阪神、中日に次いで4番目に誕生したのが「阪急ブレーブス」(現在はオリックス・バファローズ)です

1936年に発足した当時は「阪急軍」という球団名でしたが、その後「阪急ベアーズ」、「阪急ブレーブス」と球団名が変わりました。僕が子供の頃は、「阪急ブレーブス」というチーム名でしたが、個性的なスター選手が数多くいて、パリーグの中では結構好きな球団でした

ベースボール・マニア伝統のB編

1988年に「阪急ブレーブス」から球団譲渡という形で「オリックス・ブレーブス」へと球団名が変わり、その後は「オリックス・ブルーウェーブ」へと球団名を変えていき、2004年には「近鉄バファローズ」を吸収合併する形で、「オリックス・バファローズ」という現在のチーム名に至ります

現在の本拠地は「京セラドーム大阪」で、阪急ブレーブス時代は「西宮球場」、オリックス・ブルーウェーブ時代は「グリーンスタジアム神戸」でした

リーグ優勝は12回、日本一は4回という非常に輝かしい成績を残しています。中でも1975年~1977年にかけては3年連続で日本一に輝き、1970年代は阪急黄金時代とも言われています。その影には名将上田監督の存在があったことを付け加えておきます

1980年代に入ると、1970年代の黄金時代のメンバーが徐々に引退していき、一時期の強い阪急は姿を消してしまいました

そして1988年に、球団の経営悪化により球団を譲渡するという不本意な形で、「阪急」という名前はプロ野球から消滅してしまうことになりました

その後は、皆さんの記憶にも新しいと思いますが、イチローという日本球界最高の選手の登場で、オリックスとして日本一に輝くなどその強さを取り戻しましたが、ここ数年はBクラスでの戦いを強いられているのが現状です

そんな「阪急」や「オリックス」という球団の中で僕が好きだった選手を何人かご紹介しましょう

ベースボール・マニア伝統のB編

「サブマリン投法」で阪急の黄金時代を築いたエース山田久志です。小さい頃、みんなで野球をする時は、必ずこの山田の投げ方を真似する奴がいました。通算284勝は偉大な記録です

ベースボール・マニア伝統のB編

その足の速さから「世界の盗塁王」と呼ばれた福本豊です。彼も阪急の黄金時代を支えた選手の1人で、13年連続盗塁王という前人未到の大記録を樹立し、1983年には当時の盗塁世界記録を更新しました

ベースボール・マニア伝統のB編

こちらはそのダンディな顔立ちで人気の高かった蓑田浩二です。彼は僕の好きな選手の一人でしたね~走攻守3拍子揃った選手で、「3割30本30盗塁」を記録したことを今でも鮮明に憶えています。

ベースボール・マニア伝統のB編

続いては強烈なインパクトがあった外国人助っ人、ブーマー・ウェルズです。彼の活躍はいまだに印象深く、こんなに凄い外国人助っ人は見たことないと僕は当時大興奮しました。1984年にブーマーは「3冠王」に輝き、名実ともに阪急の顔となりました。

ベースボール・マニア伝統のB編

阪急の外国人でもうひとり忘れていけないのは、アニマル・レスリーです。「野獣」と呼ばれた彼のパフォーマンスは当時話題になりました。雄叫びや、味方の捕手を殴るパフォーマンスはファンを大いに楽しませてくれました。

ベースボール・マニア伝統のB編

オリックス・ブルーウェーブ時代のエースと言えば北海道は旭川出身の星野伸之です。彼の特徴は「超スローボール」を活かした緩急のつけたピッチングです。当時は、「ブルーサンダー打線」という心強い攻撃陣にも後押しされ、2ケタ勝利を何年も続けた絶対的エースでした

ベースボール・マニア伝統のB編

そして、オリックスを語る上で欠かせないのがこの2人の存在です。今では世界のスーパースターとなったイチローと、その恩師である仰木監督です。

この2人が出会うことがなかったら、今の日本野球界の発展はもしかするとなかったかもしれません・・・

イチローが大ブレークした1994年、僕は当時大学2年生でしたが、毎日彼の活躍をテレビのスポーツニュースで楽しみにしていた思い出があります。このイチローの登場で、オリックスのファン層は一気に広がり、推しも推されぬ人気球団となりました

この阪急(現オリックス)という球団には「永久欠番」というものは存在しませんが、イチローがつけていた「51」番だけは準永久欠番的な扱いになっており、彼がチームを去った後も10年間空き番となっています。

さて、それではそんな「阪急」、「オリックス」の僕が選ぶベストメンバーを発表したいと思います。

1番 ライト 51 イチロー

2番 レフト  7 福本豊

3番 D H 10 加藤英司

4番 ファースト 44 ブーマー

5番 サード  8 松永浩美

6番 センター 1 蓑田浩二

7番 セカンド 4 マルカーノ

8番 ショート 5 弓岡敬二郎

9番 キャッチャー 27 中嶋聡

先 発 17 山田久志

中継ぎ 11 佐藤義則

抑 え 50 アニマル

監督 30 上田利治

これが僕が選ぶベストオーダーです

阪急ブレーブス、オリックス・ブルーウェーブ、近鉄バファローズと、伝統の「B」を大切に守り抜くこの球団について、今日はご紹介させていただきました

いかがでしたか今日の「ベースボールマニア」は次回は果たしてどの球団をご紹介するのか、乞うご期待

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 池上さん(いけがみ)さん→宮王(みやおう)さん、「宮」と「王」で「宮王」さん、何か気品のあるお名前ですね。全国に「宮王さん」は10名程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月29日 (金)

強行遠足。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日から大型連休、いわゆる「ゴールデンウィーク」が始まりましたね。長く休みが取れた方の中には、今日から5月8日まで「10連休」などという方もいるのかもしれませんね

僕は通常であれば「暦通り」のお休みなのですが、仕事が忙しくて連休中でも何日かは仕事になりそうです

そんなゴールデンウィーク初日の今日は僕の仕事はお休みだったので、と2人である企画を計画し、そして実行しました

強行遠足。

その企画とは!!!

「強行遠足」です

「遠足」なんて超久しぶりですたぶん僕も妻も2人とも、高校生の時の「強行遠足」以来かもしれません。あの時も結構な距離を歩きましたが、今回僕と妻が歩く道のりは自宅から隣町までのおよそ11kmの道のりです

最初は往復することも考えましたが、ちょっとそれは体力的に難しいのではないかと判断し、片道だけの遠足にしました

方法としては、あらかじめ車を1台、隣町においておき、帰りはその車に乗って帰ってくるという方法です

4月29日午前11時、いよいよ「強行遠足」のスタートです

最初は自宅近郊の市街地を歩き、そして徐々に郊外へと歩いていきます。

途中、僕が通った中学校を通過していきましたが、3年間通った通学路は昔よりもキレイな道路に整備されていましたし、ちょうど体育館は改修工事が行われていました

中学校を卒業してから21年も経つわけですから、確かに色々と変わっていてもおかしくはありませんよね。そんな昔の思い出話を妻に話しながら歩いていると、これから向かう方向の空の“異変”に僕らは気付きました

強行遠足。

「雲行きが怪しい」とはまさにこのことですね。完全に真っ黒な雨雲が空を覆っています。僕と妻は雨が降らないことだけを祈り、歩みを進めました。

その直後、僕らの祈りは届かず、結局は雨が降ってきました。でもそれは数分のことで、すぐに雨はあがりました

強行遠足。

ご覧のようにすっかりもとの青空に戻りました。きっと「晴女」「夏男」のパワーで雨雲も吹き飛ばしてしまったんでしょうね

僕らが歩いているのは、国道38号線という非常に交通量の多い幹線道路です。乗用車はもちろん、トラックやバスなどの大型車も頻繁に行き交うので、通り過ぎるたびにその風圧が強烈に僕らを襲います

『水曜どうでしょう』で、カブに乗り旅を続けるミスター大泉洋が言っていることがよく分かりました。本当に風の圧力でふらつきそうになります

今日は非常に天気は良かったのですが、風が非常に強かったせいか、いくら歩いても汗がそんなに出てきません・・・これはちょっと想定外でした

この「強行遠足」はイベントとしての楽しみもありましたが、今日はジムが休みなのでの代わりの減量作戦も兼ねて汗をかくことが目的でもあったので、この展開には少し期待はずれでした

強行遠足。

でも、普段は車で通る道を妻と話しながら歩くのは凄く楽しい時間です。人間にとって最も大切な「歩く」ということを、今日は自分の身を持って体験できました

強行遠足。

1人ではできないことも2人いればできる。これがパートナーという存在の良いところですよね。妻のAゆも、とっても楽しそうに笑顔で歩き続けました

強行遠足。

「青い空」と「白い雲」、その下に連なる「山なみ」、そして目の前には「広大な畑」。

まるで絵葉書のように広がる十勝の壮大な風景こんな素敵な自然に囲まれて僕らは生活しているんだな~と改めて感動してしまいました

途中ほとんど休憩を取ることなく、僕と妻は歩き続けました。

強行遠足。

ゴールは隣町の公園なんですが、そのゴールの手前には最後の難関である長~い階段がありますこの階段を登りきれば間もなくゴールです

強行遠足。

階段を登りきると、そこには緑に囲まれた公園が待っていました。まだ少し時期は早かったですが、もう少しするとこのへんは満開の桜の中で、お花見をする人で溢れかえる場所です

強行遠足。

午後1時30分、スタートからちょうど2時間30分で、僕と妻は見事にゴールに到着しました

ゴール後は、公園で持参したサンドイッチを食べてから、用意してあった車で帰路へとつきました

約11kmの道のりを自分の足だけで走破した気持ちは、実に清々しいものでした。なかなか普段の生活で、長い時間を「歩く」ということがない中で、今日行った「強行遠足」は実に素晴らしく有意義な時間だったと思います

ただ、ブログを書いている今、僕の足は完全にパンパンです。明日の朝がもっと怖い猫男爵でした

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 小間海(こまかい)さん→池上(いけがみ)さん、結構よくあるお名前ですが、僕の会社で使っているコンピューターの管理会社の担当者に「池上さん」という方がいます。非常に話しやすく好感の持てる方です。全国に「池上さん」は4万6000人程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月28日 (木)

山あいの町の子供たちに・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日もいつものごとく、仕事を終えジムに行ってきました。今日のジムのメンバーは、リズミカルBVミスターリトル虎子サッカー部山ガールAゆ、そして猫男爵合計8名でした

ジムは明日から3日間はお休みなので、必然的に僕らのジム通いもお休みになります。何か別の方法で減量作戦に励むことにします

さて、僕の大好きな高校野球その高校野球の世界には、幾多の「名将」と呼ばれる監督が存在します。これは僕の持論ですが、「高校野球というスポーツは、監督の指導力で8割方勝負が決まる」と思っています

まだまだ未熟な高校生の潜在能力を生かすも生かさないも、それは監督の手腕にかかっていると思います。もちろん、桑田・清原のKKコンビや、松井、松坂などのような“超高校級”は例外ですが、ほとんどの高校でプレーする高校生にとっては、「いかに良い監督にめぐり会うか」で高校3年間の充実度が決まると、僕は勝手にそう思っています

そんな高校野球の世界で「名将」と呼ばれた監督の中に、「攻めダルマ」と呼ばれた監督がいます

「攻めダルマ」、この言葉を初めて聞いた方には、いったい何のことやらさっぱり分からない???と思いますのでご説明致します。

その監督はパワー野球に重点を置き、とにかくイケイケの豪快な攻撃野球で相手を次々とねじ伏せる野球に取り組みました。その攻めの姿勢から「攻めダルマ」と名付けられたのです。

「高校野球の本質を変えた」とまで言われた、その監督の名前は蔦文也監督です。知る人ぞ知る、池田高校野球部の元監督です

徳島県立池田高等学校、どこにでもある普通の県立高校のその名が全国に知れ渡るようになったのは、1974年のことでした。

この年の春の選抜大会に出場した蔦監督率いる池田高校は、わずか11人という部員数で見事に勝ち進み甲子園を沸かせました。結果は準優勝という快挙を成し遂げ「さわやかイレブン」と呼ばれ、日本中にフィーバーを起こしました

そして高校野球に「革命」が起きたと言われたのは1980年代に入ってからのことです。その仕掛け人が何を隠そう、蔦監督です。

彼は生徒に筋力トレーニングを積極的に取り組ませ、「芯を少々外して筋力があれば打球を遠くまで飛ばせる」という金属バットの特性を最大限に生かし「やまびこ打線」という強力な打線を作り上げました

「カキーン!」「カキーン!」と、とにかく池田高校の選手が打つ打球は、高い金属音を響かせます

山あいにある池田高校のグランドには、まるで“やまびこ”のようにその音が響き渡ることから「やまびこ打線」と呼ばれるようになったのですが、実際この頃の池田高校の生徒の打つ打球は、他の高校と比べると、ちょっと次元の違うものでした。当時僕は小学生でしたが、テレビで見たあの時の興奮を今だに覚えています。

そんな蔦監督の指導力もあり、池田高校は1982年夏の選手権で初優勝、1983年春の選抜でも優勝し、夏春連覇という偉業を達成しました。この頃の池田高校には、畠山(元南海・大洋)、水野(元巨人)、江上(元日本生命)といったスター選手もおり、まさに高校野球界は池田高校黄金時代を迎えていました

当時、蔦監督はこんなことを言っています。『ワシはバントとかコツコツ当てていく野球は嫌いなんじゃ。野球に理屈はいらん、思い切り、のびのび打ったらえんじゃ』

実に“らしい”言葉ですが、その裏には生徒の気持ちを一番に考えた彼の優しさがあるように僕には思えてしかたありません

その後、桑田、清原の「KKコンビ」を擁するPL学園の登場により、池田高校の強さは影を潜めていきましたが、高校野球界に長く語り継がれる人気校が池田高校でした

蔦監督は監督就任40年目に当たる1992年に監督業を勇退しましたが、監督して甲子園に春夏通算14回出場し、通算37勝、優勝3回、準優勝2回という素晴らしい成績を残しました

その功績を称えて池田町名誉町民第1号に選ばれた蔦監督、彼を語る上で欠かすことができないが「大の酒好き」だということです

豪快な野球を生み出す「強気」の源が“酒”なのかと僕は思っていましたが、実は彼はものすごく臆病な性格であったということを後に何かの本で知りました。その臆病さを隠すために“酒”の力を借りていたのかもしれません

そんな蔦監督も歳には勝てませんでした。1991年秋のある日、池田高校のグラウンドに、蔦監督の姿はありませんでした・・・

「目がかすみ、足が痛くてノックができない」それが「攻めダルマ」と言われた名将の監督引退の理由でした。当時67歳、きっと彼の体は限界を遥かに超えていたのだと思います

冒頭でも述べた僕の持論「高校野球は監督で決まる」。それを証明するかのように、蔦監督が勇退した翌年の出場を最後に、あの史上最強とまで言われた池田高校は約20年の間、一度も甲子園に出場していません。いかに蔦監督が名監督であったか、それが分かりますよね。

実は今日4月28日は、その蔦文也監督の10回目の命日です。

2001年4月28日、77歳で永眠された蔦監督の人生は、「大好きな野球」と「大好きな酒」に囲まれた幸せな人生であったと僕は信じています。

蔦監督が残した言葉にこんな言葉があります。

『山あいの町の子供たちに、一度でいいから大海を見せてやりたかったんじゃ』

この言葉は池田高校の監督に就任して20年目、ようやく初めて甲子園出場の切符を手にした時に彼が残した言葉です

この言葉は今も、池田高校の構内にある「石碑」にしっかりと刻まれています

蔦監督は自宅を合宿所に改造して野球部の生徒をあずかり、野球だけでなく人間としての教育を熱心に行っていました

ただ野球が強ければいいということではなく、「人間としていかに立派に生きるかが大切なこと」ということを、彼は365日いつも口にしていたそうです。それが蔦監督の人柄なんです

僕は昔テレビで、試合に負けた選手にこう話す蔦監督を見たことがあります。

『野球でエリートになった奴が、必ずしも人生のエリートというわけではない。だから、みんなには人生でもエリートになれるように頑張って欲しい。』

その言葉は、当時小学生だった僕の心に今でもしっかりと響いています

彼は野球の指導者としても素晴らしい人でしたが、きっと教育者としても優れた人だったのだと僕はそう思っています

20年間、池田高校が姿を見せることのない甲子園球場の名物といえば「蔦」です。その「蔦」はリニューアル工事の際にいったん取り除かれましたが、今はまた植栽されすくすくと育ち始めています。

その「蔦」が甲子園球場の外壁を覆う頃、またあの強かった「やまびこ打線」が甲子園に帰ってくるのではないかと僕は期待しています。きっと天国で見守っている蔦監督も、それを望んでいるのではないかな~と思います

池田高校の生徒が甲子園で活躍する姿を、大好きな「酒」を飲みながら、穏やかな表情で見つめている蔦監督の顔が僕には浮かんできます

今日は僕の大好きな高校野球の、名監督であった蔦文也さんという一人の人物のお話をさせてもらいました。これが僕にできる、蔦監督への供養だと思っています

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 黒子(くろこ)さん→小間海(こまかい)さん、「小さい間の海」と書いて「こまかい」さんです。これまた珍しいお名前ですね。全国に「小間海さん」は20名程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月27日 (水)

帰ってこさせられます♪

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日も仕事から帰り、ジムに行ってきました。今日のジムのメンバーは、リズミカルミスター指導員もどき麻原夫人山ガールAゆ、そして猫男爵合計7名でした

今日はリズミカルと初めて会話を交わしましたが、凄く優しいオジさんで好感の持てるめっちゃ良い人でした。Aゆいわく、『あんなに優しい目をしている人に久しぶりに会った』というくらいに素敵な優しいオジさんでした

ちなみに今日、Aゆは高校生以来ぶりに身長を計測しましたが、当時より1cm縮んでいました

明日もジムに通い、減量作戦頑張ります

さて話は変わりますが、皆さんは鞍馬猫郎という人物を憶えていらっしゃいますか?すぐにピンと来た方は、かなりの「北の猫男爵HYRER日記」フリークです

彼がこのブログに登場したのは2009年7月のことです。ご存知、堂本剛演じるドラマ『33分探偵』のパロディー作品として約1ヶ月間、彼はこのブログをもたせてくれました

その日のブログを読み初めてから読み終えるまでにかかるであろう時間と、僕の誕生日になぞって、「8分4秒探偵」と名付けられたその“妄想ドラマ”は当時、全4話ご紹介しました

話「天才料理人殺人事件」

話「美人バレエダンサー殺人事件」

話「長髪住職殺人事件」

話「花火職人殺人事件」

どれもこれも楽しい物語でした。あまりの楽しさに自分で言うのもお恥ずかしい限りですが、たまにその時のブログを読み返しているくらいです

まだご覧になっていない方はぜひ、当時の僕のブログをさかのぼって見てみてくださいね

なぜ今日このようなお話をするかと申しますと、本物の「33分探偵」が続編として「帰ってこさせられた33分探偵」を放送されたように、何と「8分4秒探偵」も「帰ってこさせられた8分4秒探偵」として、このブログで復活することが決定したからです

約2年間の空白を経て、遂にあの迷探偵、鞍馬猫郎がこのブログに帰ってこさせられます

現在、“妄想ロケ”が既にクランクインしており、順調に撮影が行われております。ただし僕の妄想の中で(笑)

今回も前作のように、あるいは本物の「33分探偵」のように、ゆる~いストーリーになっていることは前もってお伝えしておきます。しかし、そのゆるさの中に人間の素晴らしさや感動も、もしかしたらあるかもしれません。たぶん(笑)

それでは今日は、その「帰ってこさせられた8分4秒探偵」を少しだけ先取りしてご紹介したいと思います

まずはキャストのご紹介からです。

鞍馬猫郎:猫男爵

武藤リカコ:水川あさみ

大田原警部:高橋克実

茂木刑事:戸次重幸

情報屋:小島よしお

以上が毎回登場するお馴染みのメインキャストです

このメンバーに加えて、毎回ゲストの俳優、女優陣が数人登場しますので、ぜひ楽しみにしていてください

ちなみに、今日は特別に皆さんに第1話の登場人物のヒントを鞍馬猫郎からプレゼントしてくれるそうなので、早速聞いてみましょう

記者:それではまず猫郎さんにお聞きします。今回のドラマに対する意気込みを教えてください。

猫郎:まあ、いつも通りにボチボチやるだけですね。それがこのドラマらしいですから。

記者:今日は特別に第1話の登場人物についてのヒントを教えていただけるそうですが。

猫郎:そうですね、少しだけですけどね。

記者:では、早速教えていただけますか?

猫郎:なるほろ、いいですよ。今回の第1話の登場人物はですね、最近はあまりテレビで見る機会は減りましたが、昔はよくテレビに出演して、なんやかんやしていた人ですね。

記者:ちょっとすいません・・・その「なんやかんや」って何ですか?そこが分からないとヒントにはならないんじゃないですか?

猫郎:・・・・

記者:何とか言ってくださいよ、猫郎さん!

猫郎:・・・・

記者:おい!何とか言えよ!

帰ってこさせられます♪

猫郎:なんやかんやは・・・なんやかんやです!

さあ「8分4秒探偵」ファンの方、またもこの決めゼリフが帰ってきますよ。そして、皆さんの前に鞍馬猫郎が帰ってきます。いえ、正確には帰ってこさせられます(笑)

「帰ってこさせられた8分4秒探偵」6月からスタートの予定です。今は僕の妄想の中で撮影が順調に進んでいます。きっと皆さんに楽しんでいただける作品になると思いますので、もうしばらくお待ちくださいね

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 佐(たすく)さん→黒子(くろこ)さん、これも珍しい名字のひとつですよね。「黒子」と言えば、テレビや舞台などで見る「黒子」を思い出しますが、全国に「黒子さん」は1600名程いるそうです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月26日 (火)

2回目もパス!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日の夕方、「虹」を見ました

2回目もパス!

通り雨が降ったあと、何気なく空を見上げると、キレイな七色の「虹」が大きなアーチを描いていました

「虹」を見ると何だか穏やかな気持ちになります。「虹」は僕が好きな空の顔のひとつです。「虹」を見るのは年に何回かですが、本当にいつ見ても良いものです

さて、今日も僕は仕事を終えると、すぐにジャージに着替えてと2人でジムに向かいました

今日のジムのメンバーは、リズミカルBVミスター少女A、エドはるみ改め麻原夫人指導員もどきバーベルマニアAゆ、そして猫男爵合計9名でした

2回目もパス!

ジムに通い始めて2週間以上が経ち、すっかり僕と妻も常連メンバーの仲間入りです。2週間経つと常連達とも、すっかり顔なじみになりました

BVという少し年輩のおばあちゃんは、なぜか僕に話しかけてきます。「エアロバイク」では、たくさんバイクが空いているにも関わらず必ず僕の隣りに来ます・・・妻いわく、『狙われているよ』だそうです(笑)

だいたいの年輩の女性の方にとっては、僕が氷川きよしに見えるそうですから、それも理由のひとつなのかもしれません(笑)

リズミカルの愛車は「青い軽トラ」であるということも分かりましたし、麻原夫人は本を読むのが好きな女性だということも分かりました

ただ、「ランニングマシン」を使用する際の場所を争うバトルが徐々に激化してきましたというのも、本来5台ある「ランニングマシン」のうち2台が故障中で、実際使えるのは3台なんです

この3台で空いた順から利用するのですが、常連の中には「ランニングマシン」だけを使用しにくる人もいるので、そのタイミングを逃すと30分近くは空かない状況が続きます・・・

なので、「だいたいこの人は何時頃に来るから、このタイミングでランニングマシンで走っておかないと・・・」という、頭脳戦略も必要になってくるというわけです

このように色々なことが分かり始めてきて、運動のリズムも自分なりにつかみ、毎日ジムに行くのが今非常に楽しみです

明日もジムに行き、快適な汗をたっぷりと流してこようと思います

そして、今日は気になる第2回計量検査の日です。現在行っている減量作戦の成果は果たして数字として現れるのか自分が設定した体重をパスしていなければ、ちょっとブルーになりそうですが、その注目の結果はいかに

2回目もパス!

本日の体重は66.0kgでした

目標として設定していた66.5kgを見事にクリアし、計量検査は2回目もパスしました

ただ、昨日は65.6まで落としたのに、なぜか0.4kgも戻っていたのはちょっとショックでした・・・

これでスタート時からは3.9kg、1週間前と比べると1.2kgの減量に成功しました。1週間後の第3回計量検査の設定体重は66.0kgです。今のペースでいけば、何とかクリアできそうですが、ここからがなかなか体重が落ちそうで落ちないという、僕の中では「壁ゾーン」と呼んでいるエリアです。ここを何とか乗り越えて、最終目標である僕のベスト体重63.0kgまで頑張ろうと思います

大好きな「お肉」や「脂っこいもの」を今は全く口にせず、ただひたすら目標達成のために頑張っています。1人では心が折れそうな減量も、妻と一緒に頑張っているので僕は頑張れます

あともう少しすれば、少し“シュッ”とした僕の姿をお見せできるかな「脱メタボ」を宣言している猫男爵でした

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 豊田方(ぶたかた)さん→佐(たすく)さん、僕は初めて知ったのですが、「佐」これ一文字で「たすく」と読むんですね。全国に「佐」さんは30名程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月25日 (月)

追い続けた夢~後編~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日も仕事を終えて、と2人でジムに行ってきた猫男爵です

今日のジムのメンバーは、リズミカルBVミスター指導員もどき山ガールAゆ、そして猫男爵合計7名でした

明日も「健康」と「減量」のために汗を流してきます

さて今日は、一昨日行われた「3時間耐久カートレース」の模様を昨日に引き続きお送りします

「優勝」という2文字だけを目指し、コースへ飛び出した我が「TEAM RCP with S」のマシンは果たして栄光のチェッカーフラッグを受けることができたのかそれでは早速、その「後編」をお楽しみください

追い続けた夢〜後編〜

レースがスタートして30分程が経過し、Hきは何かを取り戻そうと必死に激走を続けますその“何か”とは・・・

それでは時間を巻き戻してご説明いたしましょう

スタート直後、Hきは兄弟チームのルイージと猛烈なバトルを繰り広げます。兄弟チームですので、もちろんクリーンで危険性のないバトルを繰り広げていました。走っているHきはもちろんのこと、見ているチームのみんなも、その熱い走りに期待が膨らみ思わず笑みがこぼれます

しかし3周目を過ぎた時、Hきのマシンだけがホームストレートに戻ってきません・・・

『あれ?どうした?まさか・・・』

その、“まさか”が現実になっていました・・・Hきはスピンしてしまい、他のチームから大きく出遅れて僕らの前に姿を現したのです

でも残された時間はたっぷりとあります。ここは慌てず、とにかく前を追いかけるだけです

1stドライバーとしてのプライドをかけて、Hきは必死に前を追いかけます。その集中力は素晴らしいものがあり、見事なラップタイムを連発します。同じクラスのマシンをまずは1台パスして、クラス3位まで順位をあげました

燃料を満タンでスタートしたので、体力の持つ限りHきは全力でコースを疾走しました。そのおかげで、一時離されていた上位との差は徐々に縮まっていきます

追い続けた夢〜後編〜

Hきは約50分間の激走を終えてピットに戻ってきました。そして続いて、Hでき君がコースへと飛び出していきました

Hでき君はコースへ出て行くと、正確なラップを刻み、相変わらずの安定した走りを見せてくれます。そして兄弟チームでもあり、同じクラスのライバルでもある「マリオ&ルイージ」のマシンにこの辺から異変が見られるようになりました

Hでき君はその隙をついて順位を1つあげ、クラス2位のポジションにとうとう躍り出ました残るは1チームです

しかしその相手チームには、とてつもなく速いドライバーが1人います奴が走っている間は、その差を詰めるのは至難の業です・・・

でも僕らには「チームワーク」という武器があります『何としてもレースが終わる時には、あいつを抜いてやる!』その気持ちは、みんな同じでした。

Hでき君が粘りの走りを見せてピットに戻ってきたところで、ちょうど1時間30分が経過し、レースはいよいよ残り半分の1時間30分の戦いになりました

追い続けた夢〜後編〜

ちょうどその頃、兄弟チームの「マリオ&ルイージ」は苦戦していました。しかし、Tや君の必死のピット作業が続き、何とかレースに復帰していきました

その後、我がチームはHきが53秒台という素晴らしいラップタイムを刻み、トップのチームと壮絶なバトルを繰り広げ、そして3rdドライバーのTや君にバトンを渡します。Tや君も必死にマシンを操り、いよいよ残り時間は1時間を切りました

ここで我がチームは思い切った戦略に出ますトップのチームはあと2回ピットに入ってくると想定し、我がチームはドライバーチェンジを残り1回にして、最後のピット作業で燃料を十分に補給して、残りの約40分近くをHでき君に託すこれが、トップに立つための作戦でした

追い続けた夢〜後編〜

僕らの追い続けた夢を乗せ、Hでき君がピットから出て行きました。全ては彼の腕に託されたのです頑張れ!Hでき君

追い続けた夢〜後編〜

サインボードの数字を動かす僕の手にも思わず力が入ってしまいます

そして、Hでき君がコースインして数周したところでサーキットの女神が僕らに微笑みかけました

何とトップを走っていたチームにマシントラブルが発生し、緊急ピットインしたのです

追い続けた夢〜後編〜

長引く相手チームのピット作業を尻目に、Hでき君は周回を重ね、そして遂にトップの座を奪ったのです

『よーし!このまま、このまま行けば優勝だ!いけるぞ!』

チーム内は一気に盛り上がります

しかし相手チームも迅速なピット作業で素早くコースに復帰し、猛烈に我がチームを追走してきました

残り10分、残り5分、ゴールまでの時間が少なくなるにつれ、僕らの心臓の鼓動もどんどんと早くなってきます

『大丈夫、大丈夫だ、いける、いけるぞ!』

僕は自分に言い聞かせるように、その高鳴りを抑えます

そして午後3時、遂にその時は訪れました

追い続けた夢〜後編〜

結成6年目、歓喜の優勝の瞬間です!

Hでき君が手を叩き、喜びながら戻ってきました。遂に悲願の優勝の瞬間です

これまで繰り返れた失敗、運にも見放されたトラブルの連続、そんな苦難の連続は無駄では無かった。そのことがやっと証明されたのです

ゴールの瞬間、チームのみんなは手を叩きその喜びを表現しました本当に嬉しかったです。

追い続けた夢〜後編〜

最後までマシンもよく頑張ってくれました。多少、泥だらけにはなりましたが、こいつが頑張ってくれたおかげで、僕達も素晴らしい感動を味わうことができたわけです本当にありがとう

追い続けた夢〜後編〜

遂に我がチームは、表彰台の1番高いところに立ちました。テッペンの立つHきとHでき君の笑顔を僕は生涯忘れることはないでしょう

僕らが追い続けた夢は、遂に現実のものとなりました。これは僕達にとって最高の財産です

チームのみんなで成し遂げた「夢」、監督として一言言えることは、『僕はこんなに素敵な仲間にめぐり会えて本当に幸せだ』ということです

そして「夢」は「現実」となりましたが、これで全てが終わったわけではないということです。僕らはまた次の「夢」に向かって歩きだします

その夢の続きとは・・・

ぜひサーキットに足を運んで、その“夢の続き”が何なのかを皆さんの目で確かめてみてください。僕らの“走り”にその答えはあります!皆さんがその夢の続きの目撃者です。

2011年4月24日<3時間耐久カートレース>

「TEAM RCP withS」 周回数186周、クラス順位1位、総合順位2位。

僕らの夢はまだ終わらない・・・

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 六十部(ろくじゅうぶ)さん→豊田方(ぶたかた)さん、僕は初めて聞く名字ですが、「豊田方」と書いて「ぶたかた」と読むそうです。全国に「豊田方さん」は20名程いるそうです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年4月24日 (日)

追い続けた夢~前編~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は4月20日のブログでもご紹介した通り、僕が監督を務めるカートチームのレースのために、更別にある「十勝インターナショナルスピードウエイ」に行ってきました

ブログでもお話したように、今回の我がチームの目標は「優勝して表彰台のテッペンに立つこと」のみです

2006年のチーム結成以来、追い続けた夢が遂に叶ったのかはたまた夢は夢のまま終わってしまったのか・・・その運命の結果は!!!

今日と明日は、我らがRCPレーシングのその「夢物語」を「前編」と「後編」に分けて、2夜連続でお送りしたいと思いますので、どうぞ最後まで楽しんでくださいね

追い続けた夢〜前編〜

今朝まで降り続いた雨は嘘のようにあがり、心配していた悪天候も回避でき、晴れ渡った青空の下、僕らのマシン「70」番は、いよいよサーキットを駆け抜けることになりました

それではまずは、我がチームの一員をご紹介致しましょう

チームの1stドライバーを務めるのはHきです。我がチームの“エース”という立場ですが、何かとトラブルメーカーです。しかし、そのドライビングテクニックはチーム随一であると僕は評価しています。「2時間半の男」という異名を持つ彼は、その過去の失敗を取り返してくれると信じています

2ndドライバーを務めるのはHでき君です。技術、精神力、体力、まさに三拍子揃った優秀なドライバーです。Hきに代わり、1stドライバーの座にいつ就いてもおかしくないドライバーです。そろそろその時期は近いのかもしれません

メカニック兼3rdドライバーを務めるのはTや君です。彼がいなければ、今まで我がチームは存続してこれませんでしたし、これからも存続できません。彼が見事にマシンを整備、修理してくれるおかげで、ドライバーが安心かつ安全に走ることができます

記録員を務めるのはSだ君です。彼も我がチームには絶対欠かすことのできない“縁の下の力持ち”です。彼が計測してくれるタイムのおかげで、ドライバーやメカニックが迅速に行動に移すことができます。スタートからゴールまで、彼は常に時計と“にらめっこ”しています

そして、恐縮ながら監督を務めさせていただくのが僕猫男爵です。僕の仕事はドライバーにタイムや情報を伝達すること、そしてドライバーがレースに集中して走れるように、そのサポートをすることです

この5人が心を1つにして結束することで、「RCPレーシング」というものが初めて成立するのです

今日は寒さや時期的なこともあり、僕らの応援席には誰もいませんでしたが、来ることのできなかったみんなの熱い声援は僕らにはしっかりと届いていました。その想いを胸にチーム一丸となってレースに挑みました

追い続けた夢〜前編〜

今回から我がチームには「スポンサー」がつきました。「タウン歯科」さんが僕らのレース活動を支援していただけます。本当にありがとうございました。

追い続けた夢〜前編〜

チーム名も「RCP withS」に変更したので、ステッカーも新調しました

追い続けた夢〜前編〜

他のチームのマシンには「がんばろう日本」の文字も見受けられました

追い続けた夢〜前編〜

午前9時、練習走行(フリー走行)が開始されました。今回の参加チームは全部で12チームです。まだ路面が雨の影響で濡れている中、レインタイヤ(雨用タイヤ)、スリックタイヤ(通常タイヤ)の2つのタイヤ選択に頭を悩まされます

我がチームはとりあえず、路面が乾くまでレインタイヤで様子を見ながらのフリー走行です

レース直前のマシン調整がうまくいったのか、過去に無い程、マシンの調子は絶好調です。今までとは全然違うそのスピード感に『今回は行けるんじゃない!』とチームのテンションは上昇します

しかし、そんな矢先にまたあの男がやってくれました・・・

追い続けた夢〜前編〜

そうです、Hきです・・・

タイヤをスリックタイヤに変えて、いよいよレース本番に合わせたフリー走行をしている最中、スピンしてコースアウトしてしまいました。その結果、マシンに故障はありませんでしたが、マシンは泥だらけになってしまいました

原因はバックストレートの路面が、雨の影響で「川」のような状態になっていることですが、それにしても何かしらやらかしてくれる男ですHきはまあ、それも彼の愛嬌の1つなんですがね
追い続けた夢〜前編〜

そんなこんなで、2時間というフリー走行の時間もあっという間に過ぎ、メカニックのTや君によるマシンの最終チェックが行われました

午前11時15分、オフィシャルによるドライバーズミーティングが行われ、あとはレース開始の時間を待つだけとなりました

追い続けた夢〜前編〜

正午、いよいよ各マシンがコースに出て行き、「3時間耐久レース」のスタートが迫ってきました

今回も我がチームのスタートを務めるのはHきです。普段通りの実力を発揮すれば、何の問題もないのですが、いかんせん先程のこともあり、若干の不安が頭をよぎります。しかしそこは長年の信頼関係です彼は必ずやってくれる男だと僕は信じています

まずは接触などなく、スタートで良いポジションにつけることが一番大切なことです

『とにかく無事にスタートしてくれよ~』

ちなみに隣りのスターティンググリッドには、兄弟チームの「マリオ&ルイージ」が仲良く並びました。今回はマリオが参戦できず、ルイージが1人での参戦となりました。兄弟チームなのでこちらのレース展開も気になります

追い続けた夢〜前編〜

僕ら「TEAM RCP with S」の夢を乗せ、Hきが操るマシンはいよいよスタートし、1コーナへと飛び込んでいきました

果たして僕らの追い続けた夢は叶うのか

この続きは、明日のブログをお楽しみください

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 千尋(ちひろ)さん→六十部(ろくじゅうぶ)さん→こちらも非常に希少なお名前ですね。会社にもしも六十部さんがいたら、『おい六十部くん、この書類を六十部コピーしてくれるかな。』的な会話もあるんですかね。全国に「六十部さん」は30人程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月23日 (土)

アクロバティックな技!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は朝からずっーと雨の一日でした。雨の日は外が暗いせいか、何となく気分がのりませんよね。今晩から明朝にかけては、かなりの雨量になりそうなので、夜間の車の運転などには十分に注意してくださいね

さて、今月発表された「FIFAランキング」で日本が何と13位になりました。これは2005年にランキングの基準が改正された時以来、6年ぶりのことです。この勢いで10位以内を目指して欲しいですね

サッカーの話題になりましたが、僕が子供の頃見ていた大好きなアニメに「キャプテン翼」というアニメがあります。サッカー少年団に入り、サッカーをしていた僕にとってこの「キャプテン翼」は、絶対に欠かすことのできないアニメの1つでした

初めて「週間少年ジャンプ」で見てからすっかり虜になり、その後は単行本を買い、テレビで放送されると毎週欠かさず見ていました

「キャプテン翼」の魅力の1つは、現実では到底不可能なアクロバティックな技の数々にあります

翼くんの「オーバーヘッドキック」は上空5mぐらいの高さから蹴られていますし、若島津のゴールポストを利用して行う「三角跳び」は、何度も実際に試してみましたが無理でした

そして、立花兄弟による「スカイラブハリケーン」これはサッカー少年団の中でも話題になり、『あの技、やってみたくない?』と、みんなで真似をして挑戦してみましたが、結果的には成功するどころかケガ人が出たりして、練習中はもちろんのこと、休み時間の遊びの時間でさえも、学校全体で「スカイラブハリケーン禁止令」が出てしまいました

それほど危険な技でしたが、小学生にとってはそれを実現することが夢だったんだと、今になってそう思います

そんな数多くある「キャプテン翼」のアクロバティックな技の中で、1つだけ現実の世界で成功してる技が実はあります

それは翼くんのチームメイトの巨漢DF高杉くんがする「ネオローリングスロー」という技です。どんな技かと申しますと、スローイングの際に両手でボールを持ったまま、前方倒立回転跳びをしながらボールを投げるという技です

これは現実の世界では「ハンドスプリングスロー」と呼ばれ、僕が中学生ぐらいの頃、テレビで実際にこれをする選手を見た事があります

確か僕が見たのは高校生だったと思いますが、見事に成功していましたし、かなり遠くまでボールが届くので、ゴール付近での「ロングスロー」の代わりに使われていました

その頃僕は中学生でしたが、幼なじみで運動神経抜群のサッカー部のMさるが、その「ハンドスプリングスロー」に挑戦するということで、野球部の練習を一時中断して、サッカー部のグランドに行き、それを見届けた思い出があります

その時、Mさるは何度か失敗したあとに見事に成功しました。超格好良かったですが、試合で実際にそれを使ったら、審判から注意されたそうです

当時は一時かなりのブームになり、結構流行していた記憶がありますが、今ではほとんど見ることがなくなりました。スローイングとしての正確性が欠けることや、それよりも何よりもルール上で「ファールスロー」として扱われることになり、誰もする人がいなくなりました

先日、この「ハンドスプリングスロー」の事を思い出して凄く気になったので、インターネットで検索して色々な動画を見ましたが、前転に失敗して転倒する人や、目の前にいる相手選手の顔面にボールが直撃するなど、正確性に欠けるという点はかなりありました

ちなみに僕らはサッカー少年団の時、試合中に立花兄弟の「トライアングルシュート」をしようとゴールポストに登ろうとしたMきが、審判に怒られたという苦い思いでもあります。

小学生にとっては「キャプテン翼」の世界は、夢の世界でもあり、憧れの世界でもありました。ちょっとでもあのアクロバティックな技をできないか、練習の時はいつもそんなことを考えていたような気がします

僕は本当は野球が大好きでしたが、野球少年団が無かったのでサッカー少年団に入っていましたが、そういう意味ではサッカー少年団の5年間で経験した楽しい思い出は、いくつになっても僕の貴重な財産です

今度いつか、同級生のMさるに会った時に、もう1度「ハンドスプリングスロー」をやってもらうことにします。30代半ばのオッサンになったけど、Mさるの運動神経ならまだできるはずです

皆さんの中には「ハンドスプリングスロー」を昔やったことがあるよ!とか、友達でやっていた奴を知っているよ!という方はいらっしゃいますか?もしいらっしゃれば、その時の思い出などを思い出してみるのも楽しいかもしれませんよ

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 菊池(きくち)さん→千尋(ちひろ)さん、一般的には「名字」というよりも「名前」の方で使われていますが、意外にも名字で「千尋」さんという方もいるんですね。もし名前が「千尋」さんという人が、「千尋」さんという名字の人と結婚したら、「千尋千尋」さんになってしまいますね。「千尋さん」は全国に300人程いるそうです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月22日 (金)

何かしらのエステ?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日はもの凄い肌寒い一日でしたね

『おいおい、もう春が来たはずなのに、なんだよこの寒さは・・・』と、思わず突っ込みたくなるような寒さでした

そんな寒さを吹き飛ばそうと、今宵は週に一度のミニバレーに行ってきました

メンバーが集まるまでの間、最初に来ていたメンバーで色々と話をして時間を潰しましたが、その中で面白かった話が「子犬手当て」です

ことの始まりは、Tっかの飼っている犬の写真から始まったのですが、それから僕のブログによく登場する「半袖少年」の話になり、その「半袖少年」が町長にでもなれば、きっと犬が好きだから『一家に一匹犬を飼いなさい』的な条例を作るのではないか?という話になり、じゃあ「子供手当て」ならぬ「子犬手当て」がもらえるはずだなどと話がどんどんと発展していきました

そんな楽しい会話のできる今日のMVDのメンバーはFいさんHこAゆAっけTっかMきちゃん、そして猫男爵合計7名でした

今日は「ミニバレー」と「男爵ボール」を織り交ぜながらの楽しいひとときでした。男爵ボールでは、7名を3チーム(3名、2名、2名)に分けてのDリーグ(男爵ボールリーグ)を開催いたしました

非常に中身の濃い充実したリーグ戦でした。ただ、体育館の中は外と同様に思いのほか寒く、約1名(Hこ)を除いてはみんなそんなに汗をかいていませんでしたけどね

そんな白熱した戦いの最中、ミニバレーの“ボールが裂ける”というハプニングが起きました。真横にパックリ裂けてしまい、急遽違うボールで行うことにしたのですが、空気を入れたボールをHこが思いっきりバウンドさせた瞬間、またしてもザックリと裂けてしまいました・・・

1日に2個のボールが裂けてしまい、他の手持ちのボールも穴が開いていたりして、すぐに空気が抜けるので試合続行は不可能となり、今日は22時を待たずして急遽終了となりました

これは長いMVDの歴史でも初めての出来事です

少し早めにみんなで記念撮影をすることになったのですが、先程の裂けたボールがここで思いのほか活躍することに

何らかのエステ?

2人ばかり、変な人がいますよね?きっと彼らは何かしらのエステから抜け出して来た人か、あるいは美容院でパーマをあてている途中にミニバレーがしたくなって、ここへ来た人だと思います

どちらにしても、最高傑作です(笑)

記念撮影のあとは、時間が余ったので色々と談話で楽しい時間を過ごしました

実は20日がTっか、そして21日がHこの誕生日でした。2人とも、おめでとうございます

Tっかは気がつけば何と○○歳になりました超驚きですそう考えると改めて自分も歳を取ったんだな~ということを自覚しました

そしてHこは36歳になりました。これで真の“三郎”(36サブロウ)です(笑)

何歳になっても「誕生日」という日は特別な日です。本当に2人とも、おめでとうございました

それともうひとつ、今日はとっても嬉しいことがありました。ミニバレーの最中に、TっかとMきちゃんが僕に言った一言!これには僕も嬉しさを抑えることができませんでした

その言葉とは

『猫さんって、反町隆史に似てますね。』

うわっーーーーきたっーーーーーー!!!!!僕にとっての最上級の褒め言葉をいただき、超感動です

でも実は、これはマジな話なんですが、過去にも何度か確かに『反町隆史に似ている』と、言われてことがあります。きっと僕が反町のことを好き過ぎて、仕草とか喋り方とかを自然と真似するようになったから、そういうところが似ているのかもしれません

いずれにしても今日は気持ちよく快眠できそうですTっか、Mきちゃん、ありがとう

さて、次回のミニバレーは4月30日(土曜日)です。来週末から、いよいよ「ゴールデンウィーク」に突入しますが、時間のある方はぜひ体育館へ足を運んでみてください。MVDのみんなで楽しいひとときを過ごしましょうね

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 綿引(わたびき)さん→菊池(きくち)さん、『そういうとこやで、キクチ!』で有名なキクチさんですが、キクチさんにも漢字によって2種類あります。「菊池」さんは、全国で17万人、「菊地」さんは19万人程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月21日 (木)

W杯への道~シュート8~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日はすっかりお馴染みになった恒例企画「W杯への道」第8回をお送りしたと思います

これまでに全7ヵ国をご紹介してきましたが、果たして今日ご紹介するのはいったいどの国なのでしょうか

それでは早速、こちらもすっかりお馴染みになった「地球儀」の写真の方にいってみますね

W杯への道〜シュート8〜

今回、地球儀で示されているのは

ヨーロッパのやや中央に位置する国「オランダ」です。遂にこの国をご紹介する時が来ましたオランダは僕の好きなチームの1つでして、今日は僕もやや興奮気味です

W杯への道〜シュート8〜

サッカーオランダ代表のユニホームは昔から「オレンジ」を基調としています。それゆえに「オレンジ軍団」とも呼ばれています

オランダのサッカーを語る上で絶対に欠かすことがきない人物が、ヨハン・クライフです。彼の登場がオランダのサッカーを、いえ世界のサッカーを大きく変えたと言っても過言ではありません

彼を中心に出場した1974年のドイツW杯では、フィルードをポジションではなく「スペースで動く」というトータルフットボールという、新たなスタイルを確立しました

ポジションを固定せず、あくまでも選手がスペースを活かし、流動的に動きながら全員で攻めて全員で守る、これがクライフを中心としたオランダのサッカースタイルでした。これは当時のサッカー界にとっては衝撃的な革命でした。そして、結果この大会でオランダは見事に準優勝に輝きました

そして、そのクライフの教え子でもあるスター選手たちが代表に名を連ねた1980年代後半~1990年代前半のオランダ代表は、僕が最も好きだったオランダ代表チームです

トップにファン・バステン、中盤にはフリットライカールトがいて、守備にはクーマン、まさに「スーパースター軍団」それが当時のオランダ代表でした

1990年イタリアW杯を前にした1988年の欧州選手権では、このメンバーの活躍で見事に初優勝を飾り、いよいよ念願のW杯制覇に向けてイタリア大会に挑みました

僕は当時高校1年生で、同じクラスの友達でオランダ代表が好きだった、サッカー部に所属していたTけと一緒にオランダ代表の試合の翌日は熱く語った思い出があります。ちなみにTけとは「BUCK-TICK」(バクチク)が好きなことでも趣味が合ったので、よく「BUCK-TICK」の話もしていました

しかし、優勝候補に挙げられ下馬評の高かったオランダは、決勝トーナメント1回戦で西ドイツに敗れ、まさかのベスト16止まりという結果に終わりました・・・

その後、オランダ代表は1998年フランスW杯で「4位」という成績を残しましたが、この時もベルカンプセードルフダーヴィッツコクーデ・ブール兄弟などのスター選手を擁し、優勝候補に挙げられていただけに、僕にすれば決して満足のいかない結果でした

前評判は高く、いつも「優勝候補」に挙げれるのに、どうしてもW杯では結果を残せない・・・そんな印象がすっかり根付いてしまった「オランダ」ですが、昨年の2010年南アフリカW杯では、皆さんも記憶に新しいと思いますが、決勝で惜しくもスペインに敗れたとはいえ、見事に「準優勝」に輝きました

しかし、ここまで数多くのスター選手を輩出し、そして戦術にも丈けたこのチームは、いまだにW杯を手にはしていません。それじたい不思議な話なのですが、スターが多い分、まとまりにくいというのがオランダ代表の特徴なのかもしれませんね。

それと余談ですが、サッカー通の中でよく言われているのが、「オランダ」はグループリーグでは「死のグループ」に入ってしまうことが多いということです

オランダ代表のW杯出場回数は9回、最高成績は準優勝(1974年、1978年、2010年)で、現在のFIFAランキングは2位です

それでは今回もいつものように、僕が選ぶオランダ代表ベストイレブンを発表したいと思いますが、正直今回は相当頭を悩ませました・・・スター選手が多い「オランダ」だけに、僕の好きな選手が多すぎます。本当に11人を選ぶのに苦悩しました

今回も※は既に現役を引退した選手、( )内は現在所属しているクラブチーム、引退した選手は最後に所属したクラブチームです。

GK  ファン・デル・サール(マンチェスターU)40歳

DF ※クーマン(フェイエノールト)48歳

   ※フランク・デ・ブール(アル・シャマル)40歳

   ※コクー(アル・ジャジーラ)40歳

   ※スタム(アヤックス)38歳

MF ※フリット(チェルシー)48歳

   ※ライカールト(アヤックス)48歳

    セードルフ(ACミラン)34歳

FW ※ファン・バステン(ACミラン)46歳

   ※ベルカンプ(アーセナル)41歳

   ※クライファート(リール)34歳

システムは4-3-3で、主将はクーマンです

いや~今回は本当に悩みました。ベスト11には漏れましたが、この他にもダーヴイッツ、スナイデル、ファン・デル・ファールト、ファン・ニステルローイ、ファン・ペルシ、ロッペンなど、好きな現役のスター選手が数多くいましたので、本当に苦悩しました

さあいかがでしたか今回の「W杯への道」は、きっとオランダ好きの方も数多くいると思いますので、「なんでこの選手が入っていないんだ!」とお思いの方もいると思いますが、皆さんは皆さんのベスト11を選出してみてくださいね

次回はどこの国になるのか、乞うご期待

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 柳沢(やなぎさわ)さん→綿引(わたびき)さん、「わたひき」とも読みますが、俳優で綿引勝彦さんという方がいますよね。全国に「綿引さん」は8700人程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月20日 (水)

時は来た!それだけだ。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日はビックなニュースが飛び込んできましたね~

まずひとつは小雪と松ケンこと松山ケンイチの結婚です。交際は順調にいっていたので、こうなることも不思議ではありませんでしたが、やっぱり実際に「結婚」という2文字を目にするとビックリしますね

そしてもうひとつ、こちらは本当に超ビックリでしたが、長澤まさみとEXILEのAKIRAの交際発覚です実はこの2人は静岡県の磐田市出身の同郷で、親同士が知り合いの幼なじみだそうです

それだけに、距離が縮まるのに時間はかからなかったのかもしれませんが、かたや人気若手女優、かたや人気グループのメンバーということで“ビックカップル”の誕生ですね

EXILEでは既にリーダーのHIROと女優の上戸彩の交際が発覚しており、EXILEのメンバーと人気女優のカップル誕生は果たしてどこまで続くのか期待が膨らみますね

そんな幸せなニュースでもちきりの1日でしたが、僕は今日も仕事を終えると、と2人でジムにトレーニングに行ってきました

今日のジムのメンバーは、リズミカルミスター少女A山ガールAゆ、そして猫男爵合計6名でした。今日はいつもより少し少なめのメンバーでしたが、今日も僕と妻はたっぷりとトレーニングで汗を流しました

「地道な毎日の積み重ねがきっと良い結果につながる」と、そう信じています

“信じる”といえば、僕には、いえ僕達のチームには信じることを実現させる時がまもなく訪れようとしています

僕が監督を務めるカートレーシングチーム「RCPレーシング」が参加する耐久レース大会が、いよいよ今度の日曜日の4月24日に迫ってきました

今回もいつものように、更別にある十勝インターナショナルスピードウエイで開催されるこの大会には、既に全道各地から強豪チームが続々とエントリーをしています

「3時間」という時間を、いかに速く、いかに多く、周回を重ねることができるかということを競うわけですが、我がチームは2006年のチーム結成以来、試行錯誤を重ね何度も表彰台の一番高いところを目指し、大会に挑んできました

時は来た!それだけだ。

過去の最高順位はクラス別で2位が最高順位です。3位も何度か経験していますが、どうしても表彰台のテッペンまであと少し手が届きません

ドライバー、メカニック、記録員、そして監督と、チームワークだけはどこのチームにもひけを取らないと自負しています。ただ、僕らには“何か”が足りないんです・・・

きっとその“何か”を見つけるまで優勝はおあずけだと、神様が言っているのかもしれません。でも今回の大会で、その“何か”を僕は見つけられるような気がしています

そして、今回から我がチームにはスポンサーがつきました。チーム名も「TEAM RCR with S」と一新しています。そのスポンサーのためにも、今回は必ず表彰台のテッペンに立たなければなりません

あいにく天気予報では週末は雨の予報です・・・

思い出すのはちょうど1年前の大会です。その日も雨が降り注ぐ中、我がチームは見事に完走し3位になりました。

今回もその時と同じように雨の中での戦いになりそうですが、あの時の教訓を活かして今度はテッペンに立てるように頑張ろうと思っています

レースをするのは昨年の秋の大会(10月)以来ですが、ドライバーはもちろんのこと、メカニック、スタッフ全員今まで以上に気合いが入っています。昨秋は4位という悔しい結果だっただけに、今回こそはチーム全員で必ずテッペンを取りにいきます

チームのみんなが信じていること、それは表彰台のテッペンに立つこと遂にその信じていることを実現する日がきました

あえて今日は、亡くなった元プロレスラーの橋本真也さんのお言葉をお借りして、こう叫びたいと思います

『時は来た!それだけだ。』

プロレスファンであれば、誰もが知っているこの言葉を今日はあえて引用させていただきました

皆さんももしご都合がつけば、4月24日(日)はぜひサーキットへ足を運んでみてください。一度、我がチームの“熱い走り”を生で見ていただけるとこれ幸いです。チームスタッフ一同、心よりお待ちしております

レースのスタート時間は午後0時30分、レース終了は午後3時30分を予定しています。尚、午前9時からは練習走行を行っていますので、練習からご覧になることも可能です。入場料は1名1000円かかります。当日は雨天が予想されますので、雨具や防寒着をご用意の上、お越し下さい

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 越後屋(えちごや)さん→柳沢(やなぎさわ)さん、柳沢慎吾さん、あるいはサッカーの柳沢選手などで知られている名字ですが、全国には「柳沢さん」は5万6000人程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月19日 (火)

第1回計量結果!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は昨日までの暖かさとはうって変わり、若干「冬」に逆戻りしたような寒さの一日でした。「春」は温暖の差が激しい季節でもありますから、皆さん体調管理には十分気をつけてくださいね

そんな今日はいつものように仕事を終えると、と一緒にと「ジム」にトレーニングに行ってきました

今日のメンバーは、リズミカル、そば屋改めミスター山ガールエドはるみ指導員もどきAゆ、そして猫男爵合計7名でした

ジムに通い始めて1週間が過ぎ、これで僕と妻も常連の仲間入りになったかな(笑)1週間通い続けて分かったことは、ジムに来ているメンバーは、だいたいいつも同じメンバーだということです

僕がいつも行くサウナでもそうですが、こういうところはある程度、常連のメンバーが固定するものです。きっと僕とAゆも、他の常連仲間たちに何かしらのニックネームをつけられているのかもしれません

さて、実は今日は減量作戦の途中経過を計測する第1回計量検査の日でした

一応、1週間おきに自分の「目標体重」を設定しているので、その節目として計量検査をすることにしていますそれをすることで「緊張感」も出ますし、自分のどこかにある“甘え”というものから脱却するのが狙いです

僕は「ジム」から帰り、急いでシャワーを浴び、緊張しながら体重計の前に立ちました

どうか・・・計量をパスできますように・・・気分は試合前のボクサーです

そしてそんな中、体重計が示したその数字は

第1回目の計量結果!

67.2kgです

やりました見事に目標をクリアし、計量はパスしました

僕の第1回計量検査日の設定した目標体重は「67.5kg」、見事にその壁をクリアしました

第1回目の計量結果!

4月10日からスタートした本格的な減量作戦は、スタート時は69.9kgありました。それが69.2→69.2→68.8→68.5→68.2→68.1→67.5→67.2と順調に減り続けています。こうも順調に減ると気持ちの良いものですね

でも僕は知っています。体重は最初の数kgまではある程度は減りやすいことを・・・問題はここからなんです

ここからは食事制限や運動をしても、今までのように思うようには減っていかないのが現実的な世界です。でも、だからといって“弱気”になっては何の意味もないので、とにかく地道に少しずつ頑張って減らしていこうと思います

5月のGW明けに開幕する「朝野球」までにはベスト体重に戻して、ユニホームもちゃんと着れるようにしなければ、大変なことになってしまいますので

次の第2回計量検査は1週間後の4月26日です。一応僕は、2回目の目標体重を「66.5kg」に設定しています。今日現在は67.2kgですから、1週間以内にあと0.7kgを落とせばいいのですが、その0.7kgがきっと大変だと思います

でも、『やると決めたらとことんやる!』それが僕のポリシーでもあります。このポリシーは鬼塚英吉と全く同じポリシーです。(詳しくは反町隆史主演のドラマ『GTO』をご覧になってください

今日はその僕の“心の師匠”である反町隆史の主演ドラマもスタートしました。ソリーは僕よりも1歳上の37歳ですが、今も昔と変わらない体型をキープしています。僕もあんな感じの格好良い「アラフォー」に少しでも近づけるように、まだまだ頑張りますよ~

全ては自分の「健康」に繋がる道です。今僕は、20代の頃には全く気にもしなかった「健康」というものに重点を置いて生活しています。それだけ歳を取った証拠なのかもしれませんが、それは人間が人間らしく生きている本当の姿なのかもしれませんね。そんな風に思えるようになった36歳の猫男爵でした

それぞれ個人差はあると思いますが「健康」に対する思い、皆さんも少しだけ自分の体に話しかけてみてください

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 今家(いまいえ)さん→越後屋(えちごや)さん、「越後屋、そちも悪やのう。」の越後屋さんですが、全国に「越後屋さん」は590名程いるそうです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月18日 (月)

そこは持っとかないと!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は月曜日、今日から新しい1週間がスタートしました。心も体もリフレッシュして、仕事に勉強に頑張っていきましょう

そんな今日も、僕は仕事を終えるといつものようにと2人でジムへと向かいました

今日のジムのメンバーは、リズミカルBVそば屋現場主任エドはるみ指導員もどき山ガールAゆ、そして猫男爵合計9名でした

今日も約1時間半、たっぷりと汗を流すことができました。汗を流すということは、体は疲れますが心は爽快で、非常に気持ちのよいものですね

ジムに通い始めてちょうど1週間が経過しましたが、今のところ減量作戦は順調に進んでいます。1週間で2.4kgの減量に成功しました。最終目標まではあと4.5kg落とさないといけませんが、この調子で引き続き頑張っていこうと思います

そんなここ最近の生活の中で、ちょっとハマっているのがこの食べ物です

そこは持っとかないと!

皆さんよくご存知の「カロリーメイト」です。この食品はあくまでも、不足しているカロリーを補う食品で、減量を助ける食品ではないことは分かってはいるのですが、食事をある程度抑えているので、この「カロリーメイト」で少しでもビタミンや、ミネラル、タンパク質などを補給しようとうのが狙いです

とは言っても、毎日食しているわけではなく、何日かに1回、量も少しだけ食しています

そこは持っとかないと!

中でも一番僕が気に入っているのが、この「メープル味」です。口に入れると、「メープル」の味わいがゆっくりと口の中に広がり、何とも言えない美味しさに包まれます。僕はこの種類が一番好きです

「カロリーメイト」と言えば、昔から「チーズ味」が定番だったと思います。1983年に大塚製薬が発売を始めた当初は、その「チーズ味」と「フルーツ味」の2種類しかありませんでした

僕が初めて「カロリーメイト」を口にしたのは中学生の頃でした。本当は小学生の頃から、食べたかったのですが、小学生のおこづかいではちょっと買うのをためらうような価格だった印象が小学生の僕にはありました。

もちろん遠足の時の「300円以内のオヤツ」の時も買えるわけもなく、いつも『カロリーメイト食べたいな~』と思っていたことを思い出します

中学生になると僕も少し“ズル賢さ”を身に付け、当時「部活」で野球部に所属した僕は、『部活で凄く疲れるし、練習前とかもお腹減るからカロリーメイト食べたいな~』と親にねだり、よく買ってもらって食べていた記憶があります

ちなみに「カロリーメイト」と同様に、この頃の僕の中でマイブームだったのが「ファイブミニ」です。あれも量は少ないけど美味しかったなぁ~

さて、話が少し横道にそれましたが、「ポカリスエッ」トと同様に大塚製薬の“2大ヒット商品”となった「カロリーメイト」にはその後、続々と違う種類が登場しました

チョコレート味、ポテト味、そしてメープル味。僕はいまだに飲んだことがないのですが、「缶のカロリーメイト」には、ココア味、コーヒー味、カフェオレ味、コーンスープ味と4種類あります。

発売当初からあった「缶のミルク味」は現在は無くなったようです・・・この缶シリーズも近いうちに一度飲んでみたいと思っています

そこは持っとかないと!

今日は初めて「ポテト味」を食べてみようと思い、ジムの帰りに買ってきました

この「ポテト味」は、2009年に発売された「メープル味」よりも2年前の2007年に発売された味です。いったいどんな味になっているか、凄く楽しみにしながら早速食してみることにしました

そこは持っとかないと!

見た目は普通の「カロリーメイト」ですが、袋から開けた瞬間にポテトのほのかな匂いがしてきました

そこは持っとかないと!

パクっと、ひと口食べてみましたが、まあ普通のポテト味でした。めっちゃ美味しいというわけでもなく、マズいというわけでもない、普通です

やっぱり僕の中では位「メープル」、位は「チーズ」という順位は不動です

凄くお手軽にいつでもどこでも食することができ、簡単に栄養を補給することができる「カロリーメイト」ですから、いつでもどこに行っても常に持っているようにしたいですね

じゃないと、黄色い服を着たイエローマンこと荒川良々くんに『そこは持っとかないと!』と言われちゃいますからね(笑)

初めて「カロリーメイト」を食べて以来、食べる機会は頻繁にありましたが、ここまで常時、家に「カロリーメイト」があることは初めてです。今ならイエローマンが僕の目の前に現れても、『そこは持っとかないと!』と言われる心配はないかもしれません

今僕の中では、中学生以来再び「カロリーメイト」がマイブームになっています

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 美麗(びれい)さん→今家(いまいえ)さん、「今家さん」という名字も珍しいお名前ですね。『今家、おまえ今、家?』みたいな友人からの会話もありそうですね。全国に「今家さん」は150人程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月17日 (日)

臭イイ話。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は非常に風の強い一日でしたね。ブログを更新している今現在も、窓の外では強烈な風の音がしています。十勝管内の観測点によっては、4月の記録を更新するような瞬間最大風速を記録したようです

今日は日曜日で仕事が休みなので、実家にある「男爵村」へ行き作業をしてこようと思いましたが、この強風のためにやむを得ず中止に致しました

今年は雪解けも早く、例年に比べると気温も高い日が続いているので、「男爵村」のオープンも少し早くなりそうな感じです。今年も「男爵村」での作物の生育状況は、常時ご紹介していければと考えておりますので、どうぞ楽しみにしていてくださいね

さて、この時期になるといつも気になるのが、ちょっと離れたところにある農家さんの畑から臭ってくるある“臭い”です

春先になるといつも畑の肥料として、家畜の糞尿を蒔くその“臭い”です。風が無い日であればそれが臭ってくることもないのですが、風がちょっとで吹こうものなら、風向きによっては息をするのも大変なくらいの臭いが漂ってきます

こればっかりは文句が言えないので仕方ありませんが、できれば風は吹かないでほしいといつも願っています

実はこの経験は今始まったことではなく、高校生の時、僕もも通っていた高校のすぐ側に家畜を飼っている農家さんがあり、風向きによってはもろに教室にその“臭い”が入ってくるために、うかつに窓を開けることができなかったことを思い出します

「臭い話」ついでに、もうひとつ「臭い話」をしますが、これはちょっと先程の話よりもさらに臭い話で、今風に言うところの「臭イイ話」かもしれません

皆さんは「バキュームカー」って最近見かけなくなったと思いませんか?僕が子供の頃、僕の地元はまだ水洗トイレ化が行き届いていなかったので、「バキュームカー」をたびたび見かけましたし、自分の家にも「バキュームカー」が来ていたこともありました

その時、バキュームカーから漏れるあの“臭い”に思わず鼻をつまんだ思い出が今でも頭をよぎりますが、実はそのバキュームカーに関するとんでもない事件というか事故が発生したというニュースを仕入れましたので、今日はそれをお話したいと思います

あらかじめ言っておきますが、もしもお食事中の方がいらっしゃいましたら、お食事が終わってからこのブログを読んでいただくことをオススメします

今年2月のある日、東京都大田区京浜島の首都高速道路で事件は起きました

首都高速道路湾岸線を走行中のバキュームカーが、トンネル付近で突然出火したのです

幸いにも出火から約40分後に無事に鎮火し、首都高という交通量の多い道路にも関わらず、運転手の男性にもケガはなく、また巻き込まれた車もなかったそうです

現場にかけつけた警視庁高速道路交通警察隊の話では、現場は片側3車線の見通しのよい直線道路で、バキュームカーの右前輪がパンクした後に、突然火が出たということで、パンクが何らかの出火の原因になったと考えられています

しかし、バキュームカーが炎上ということは、バキュームカーが運んでいる排泄物が道路に散乱・・・なんてことも考えられますよね。炎上したら、当然煙も出ますし、排泄物が気体となって風に運ばれ、辺りは猛烈な臭いに襲われてしまったりしたのではないでしょうか・・・

現場を見たわけではないので何とも言えませんが、炎上の仕方によってはかなり壮絶な現場の状況だったのではないでしょうか

最近、ほとんど見ることのなくなった「バキュームカー」に関するお話を今日はさせていただきましたが、現在も「バキュームカー」を使用している地域はもちろん、昔はそういった大変な仕事をしてくれる人がいたからこそ、僕達が安心して生活できたいたのですから、本当に頭が下がります

臭いは臭くても、その「ニオイ」の元を考えれば、それは僕ら人間が生きているということの証なんですからね。今日は「臭イイ話」ということで、お話させていただきました

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 野火(のび)さん→美麗(びれい)さん、非常に美しく気品のあるお名前ですよね。こういう名字もあるんだと思うと、本当に日本は広いな~と改めて思います。「美麗さん」は全国に40名程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月16日 (土)

灰橙色(グレンジ)♪

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は久しぶりに雨の一日でした。ずっと暖かい日が続き、畑などは乾ききっていたので、農家の方にとってはちょうど良い「恵の雨」と言ったところだったのではないでしょうか

そんな今日は週に一度のミニバレーの日でした

灰橙色(グレンジ)

今日のメンバーは、SんでぃHこNおRえ、そして猫男爵大人5名と、WくYざんNこちゃんの子供3名でした

今日は5名ということで「2対2」に分かれて、交代で「男爵ボール」を行いました。今日のような人がいない時に重宝するのが「男爵ボール」なんです

しかし、「2対2」の男爵はやっぱり何度やってもハードです。足が動きましぇ~ん・・・

今日は汗をかくほどまでの戦いではありませんでしたが、確実に膝がアレになりそうな戦いでした

記念撮影では前列と後列で親子2組による「キン肉バスター」揃い踏みです

灰橙色(グレンジ)

今日の体育館は20時頃までは、「フットサル」や「バトミント」をしている人でまあまあ混んでいましたが、20時を過ぎると一気にみんな帰っていき、僕らは広いメインアリーナを貸し切り状態で使わせていただきました

休憩を挟みながらのミニバレーでしたので、休憩中は子供達が広いアリーナを自由自在に走り回り、楽しそうに汗をかいていました

WくもYざんもNこちゃんも、みんな有望なMVDの「Jr.ユース」メンバーです

灰橙色(グレンジ)

大好きな“三郎”とたわむれるNこちゃんの後姿です。三郎は今日はオレンジ(上)とグレー(下)のジャージと、オレンジのシューズを履いてきました

三郎いわく、それは「グレンジ」だそうです

グレー+オレンジ=グレンジ

おもしろいじゃないですか僕は結構好きですよ。漢字にするとたぶん、「灰橙色」となるのかな?

「グレンジ」・・・何となく男性4人組バンドとかにありそうな名前ですが、もしかするとこの「グレンジ」は、今年か来年あたりの流行色になるかもしれませんよ

「グレー」と「オレンジ」の配色って意外と合いますよね?そういう意味では、三郎は時代の最先端を行く男なのかもしれません

皆さんも憶えておいてくださいね。「グレー」と「オレンジ」の2色を組み合わせると「グレンジ」です

来週のミニバレーは4月22日(金曜日)です。気温もどんどんと上がっていき、一層「春」らしくなってきましたが、MVDのみなさん!夜は体育館でみんなで楽しくミニバレーをして汗を流しましょう

短い時間ですが、みんなで笑いながら運動をするだけでも、凄く幸せな時間を過ごせると思いますよ

それではまた来週、体育館でお会いしましょう

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 美濃(みの)さん→野火(のび)さん、字こそは違いますが、ドラえもんの「のび太」と同じ名字が存在しました。全国に野火(のび)さんは10名程いるそうです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月15日 (金)

しゃがれた声。

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

僕の好きな“娯楽”のひとつに「カラオケ」というものがあります。数年前には、妻のAゆと友人Nかと3人で「19時間耐久カラオケ」を達成したほどのカラオケ好きです

でも、長時間「カラオケ」を歌い続けていると、だいたい喉がヤラれてしゃがれた声になってしまいます。俗に言う「ハスキーボイス」っていうやつです。でもそれは時間が経てばまた元の声に戻りますけどね。

実は僕は結構、「ハスキーボイス」の声の方に魅力を感じる方なんです。どうして好きなのかは自分でもよく分かりませんが、何か引き付けられる魅力があるんですね

例えば芸能人で言えば、石原さとみ木下優樹菜鈴木紗理奈などの声が好きです。そして、最近特に気になるのが北乃きいです

ちょっと前までは、そんなに「ハスキー」ではなかったはずですが、ドラマや他のテレビ番組でその声を聞くと、猛烈に「ハスキーボイス」になっています。なぜそうなったのかはよく分かりませんが、かなり気になるのと同時に、かなり好きな声です

そもそも「ハスキーボイスの語源は何ぞや?」という疑問がわきます。

そこで調べてみると、「ハスキーボイス」の「ハスキー」は“トウモロコシの皮”という意味の「husk」から来ているそうです

医学的見解でいえば、ハスキーボイスになり易いのは、声門閉鎖が全辺に渡って均一で弱く、呼気が多い時だそうです。さらに、ある程度の声帯伸展があるほうがハスキーになりやすいそうで、基本的にハスキーボイスは高い声を出す人に多いのが特徴だそうです

世界的に見ると、日本人にはハスキーボイスが少ないそうです。この理由には、言語的な発生の習慣というものがあります。日本人は声門閉鎖に頼って、最小限の息で喋る人が多く、ゆえに「ハスキー」になりにくいそうです

何か医学的な話は、難しくて僕もなかなか理解できない部分がありますが、結論から言うと、「日本人はハスキーボイスにはなりにくく、なおかつ低い声を出す人はなりにくい」ということです

「ハスキーボイス」とはまた違いますが、風邪などを引いた時にも一時的に“しゃがれ声”になる時がありますよね。風邪が治れば声も治るとは分かっていても、「もし自分がこのまま声が治らなかったらどうしよう・・・」と不安な衝動にかられることもたまにありますよね

その他にも喫煙や飲酒による“しゃがれ声”もありますが、これも「ハスキーボイス」とはまた違いますが、これが長期的になると「一生声が治らない」ということもあるそうですから、気をつけなければいけませんね

僕の趣味のひとつでもある「ものまね」このジャンルでは、特に「ハスキーボイス」の方は重宝されます。例えば森進一もんたよしのりなどは、よく「ものまね」されていますよね。僕もカラオケの終盤で、声が枯れてきたら「もんたよしのり」はよく多用します

ちなみに僕の友人Hきは、声が枯れる枯れないに関係なく、「森進一のものまね」が得意です

そしてここ数年、よく「ものまね」されるハスキーボイスの人が平泉成です。似てる似てないに関係なく、平泉成の「ものまね」ができる人は日本にはかなりの数がいると思います。それぐらい彼の「ものまね度数」は高いと思います

その他にも僕なりに「ハスキーボイス」だと思う有名人の名前を挙げますと、GLAYのTERUや、バービーボイズの杏子中村あゆみ柳沢慎吾スピードワゴン・小沢スリムクラブ・真栄田などが挙げられます

スリムの真栄田はちょっと“別格”というか、「ハスキー」とはまた別のジャンルのような気もしますが、非常に特徴的な声ですよね

こうして考えると、今までに名前が挙がった有名人は僕は全員好きな人たちです。やっぱり、「ハスキーボイス」の声質が基本的に好きなんだと、自分でも改めて認識しました

それにしても、北乃きいがどうしてハスキーになったのか気になります・・・

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 根上(ねがみ)さん→美濃(みの)さん、僕の通っていた小学校のすぐ近くに、「美濃」さんという床屋さんがありました。僕は一度もそこで髪を切ったことはありませんでしたが、何となく懐かしく思います。全国に「美濃」さんは4600人程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月14日 (木)

“M”の極み!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

4月も半ばに差し掛かり、建物の陰などで陽が当たらず残っていた残雪たちも、ほとんど姿を消し、完全に「春」の到来を感じる今日この頃ですが、皆さんどうお過ごしでしょうか

庭先でも草木や花たちが徐々にその芽を出し、これから訪れる「夏」に向かって動き出そうとしています

我が家のまわりでも、早くも「蛾」が飛んでいるのを発見しましたそれを見たは目の色を変えて、走りながら逃げまわって「蛾」を避けていました。夏にほぼ毎日見る光景を早くも見ることになろうとは、これからの「夏」が怖ろしいですね

さて、そんな今日も仕事から帰ると、すぐにジャージに着替えて妻と2人でジムへと向かいました

今日で5日目となった「ジム通い」、筋肉たちが徐々に悲鳴をあげつつありますが、この壁を乗り越えなければ先は見えません「辛いことも楽しいことのうち」と思い頑張ることにします

ジムに向かう途中の車内では「減量作戦に成功して目標の体重に到達したら何が一番食べたい?」という話になりました

は迷わず『サーティーワンのアイスクリーム!』と言い、Aゆ『焼き鳥とビール!』でした。食べる物のチョイスは、完全に女子高生(僕)とオッサン(妻)の感覚です(笑)

ジムの駐車場に到着し、気合いを入れてジムに向かう途中、Aゆが『今日は何Kg痩せれるかな~』と言ったのに対し、僕は『今日は誰が来ているかな?』と、この時点でジムに来る“目的”に違いが見られました

もちろん僕も“痩せるため”に来ているのですが、どうも常連達の姿が気になるのです

そんな気になる今日のメンバーは、リズミカルエドはるみ現場主任小さいサモハン指導員もどきみどりマン山ガールAゆ、そして猫男爵合計9名でした

今日はBVがお休みでした。きっと毎日来ているから疲れがたまったのかな・・・もともと膝が悪そうだったし・・・

今日は僕は「エアロバイク」に重点をおきトレーニングしました

段階を踏んで負荷を上げていく方法をとり、軽め(5分)→重め(3分)→激重い(2分)というローテーションを1セットとして、計5セット、時間にして50分間をかけて、汗を流しました

中でもセットの最後の2分間の「激重いコース」は地獄のような2分間でした・・・足の筋肉が裂けるかと思うくらいの負荷がかかり、思わず嗚咽をもらしたくなっちゃいました

でもこの苦痛が超気持ち良いんですよね~。なぜなら僕は、自分を痛めつけるのが好きな、俗に言う“Mっ子”だからです

“M”の極み!

ご覧下さい、この苦悶の表情をあっ、ブレててよく見えませんね(笑)

でも今日の「エアロバイク」トレーニングは、本当にしんどかったです。必死に漕いでいる最中、僕は心の中で「競輪学校」の生徒になった気持ちで汗を流しました。もちろん競輪学校の練習はこんなものは比べ物にならないほどハードですけどね

50分間、無心で漕ぎ続けた結果、大量の汗が体中から沸き出てきました辛かったけど、これだけ汗をかくことができたのですから、やったかいがありました

「辛いぐらいがちょうどいい」、まさに“M”の極み!が今日の「エアロバイク」でした

そのおかげか、「エアロバイク」が終わった後に走った「ランニングマシン」は凄く楽に感じられました

今日も約1時間30分、ジムで心地よい汗をかくことができて本当に充実した一日でした

そして家に帰り、ウキウキ気分で体重計に乗ってみると、何と体重は昨日と同じでした・・・えっ?なんで?早くも壁にブチ当たり系?

まだ体の中で脂肪が燃焼していないので、明日の朝になれば確実に体重は減っていると、そう自分に言い聞かせて、これから布団に入ることにします

目標体重の「63kg」まであと5.5kgの道のりはまだまだ続きます

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 埋金(うめがね)さん→根上(ねがみ)さん、「ねがみ」さんと言えば、ペギー葉山さんの旦那さんの「根上淳」さんを思い浮かべます。ちなみに根上淳さんは2005年に他界されました。全国に「根上」さんは2400人程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月13日 (水)

インド人もビックリ!!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日も仕事から帰り、すぐにジャージに着替えでと2人でジムに行ってきた猫男爵です

今日で「ジム通い」日目となり、すっかりジムでの運動のリズムも掴んできました。と、同時に徐々に体のあちこちが悲鳴をあげはじめてきています。なので、自分の体と相談しながら、決して無理はせずにやっていこうと思っています

今日はエアロバイクを30分、ランニングマシンを20分、他に筋トレを少々というメニューをこなしてきました。だいぶ代謝が良くなってきたのか、汗もジワジワと出て来るようになり、減量作戦は順調に進んでいます。今のところ、4日間で1.4kg減りました。この調子で頑張ろうと思います

ちなみに今日のジムのメンバーは、リズミカルBVエドはるみみどりマン山ガール指導員もどきAゆ、そして猫男爵合計8名でした

リズミカルは、昨日の混み具合を察知してか、今日は早めの時間に来て、早めの時間に帰っていきました

さて、話はガラっと変わりますが、先日「サイババが危篤!」という報道があったことを皆さんご存知ですか?サイババと言えば、1990年代に世界中に衝撃を与えた人物ですが、今年で85歳になるそうです。

さすがのサイババも歳には勝てないか・・・と、何日か前に思っていたら、何と奇跡の回復をしたそうです。さすがサイババですね

実は、そんなサイババもたぶんビックリするようなニュースを、先日僕は目にしました。それはまさに、インド人もビックリ!!です

インド北東部にあるミゾラムという街に住む、ジオナ・チャナさんという66歳の方が今日のお話の主役です

一見、普通のお爺ちゃんのように見えるチャナさんには、世界が驚愕するような秘密が隠されていたのですそれは何かと申しますと

実はチャナさんには、39人の妻がおり、その妻との間に94人の子供、そして33人の孫までがいるというのです

一夫多妻制のない日本人にはちょっと見当もつかない話ですが、第1夫人~第39夫人までいるということですよねこれにはビックリ!を超えて、言葉が出てきません(笑)

そしてさらに驚くのは、妻と子供さらには孫を含めた総勢166名に、自分を合わせた計167名が“ひとつ屋根の下”に暮らしているというからビックリ仰天です

もはやこれは「家族」というよりは、何と言ったらいいですかね~町内会?部落?小さな街?とにかく「家族」と言えるような人数でないことは確かです

この167名が暮らすのは4階建ての建物で、1日に消費するコメの量は何と90kg!ジャガイモは60kg!だそうです

いったいこの家の家計はどうなっているのでしょう・・・まあ、人数が多ければそれだけ収入も多いのかもしれませんが、それにしても想像の範囲を大きく超えた話です。

チャナさんの話によると「1年のうちに10人と結婚したこともある」そうです。17歳の時に3歳年上の女性と結婚したのが最初の結婚で、その後は続々と妻をもらい、現在に至っているそうです

自分の子供とはいえ、94人も子供がいたら、誰が誰だか分からないんじゃないですかね?僕なら、学校や会社みたいに服とかにネームプレートのようなものを付けていないと頭が混乱しそうです

妻たちはチャナさん用の寝室近くにある共同部屋で寝起きし、子供と孫は建物内にある100部屋を使用しているそうです

ただ、キッチンは1ヶ所のみだそうです167名分の料理を1ヶ所で作るなんて無理でしょう・・・ちなみに料理は39人の妻が交代で行っているそうですが、たぶん作る量からして、学校給食を作るような感じなのでしょうね

お風呂とかはどうなっているのかな・・・順番待ちしている間に、朝とかになっちゃいそうだし、最後に入る頃にはお風呂の水は汚くないですか?

考えれば考えるほど、次元が違いすぎで混乱してしまいます。本当に世界は広いですね。世界には僕らの「生活」や「文化」の尺度では計ることのできないような、ビックリするような世界がたくさんあるということです

今日はインド人もビックリするような、インドの大家族についてお話させていただきましたが、ちなみにチャナさんはまだまだ今後も妻を迎える予定があるそうで、さらに大家族が増殖しそうな気配です。どこまでも凄い人です、チャナさんという方は

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 六斉堂(ろくさいどう)さん→埋金(うめがね)さん、うわっーこの名字は凄いな~埋蔵金の匂いがプンプンしそうな名字ですよね。全国に「埋金さん」は310名程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月12日 (火)

お疲れさん、アツ!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

先週末から行き始めたジム通いも、今日で3日目となりました。今日も仕事から帰るとすぐにジャージに着替え、と2人でジムへと向かいました。今日も非常に心地よい汗をかき、減量作戦続行中です

ちなみにジムの今日のメンバーは、リズミカルBV(Big Voice)、山ガール若者A若者BヒゲゴジラエドはるみみどりマンAゆ、そして猫男爵合計10名でした

明日もジムで楽しく汗をかいてきま~す

さて先日、「サッカーの三浦選手が引退」というニュースが流れました。皆さん一瞬ドキっとしたのではないでしょうか・・・中には『えっ?カズ引退なの!』とお思いの方もいたのかもしれません

しかし、引退したのは「三浦」は「三浦」でも、もう一人の三浦選手です

お疲れさん、アツ!

彼の名前は三浦淳宏、Jリーグだけでなく日本代表としても活躍した名選手です

僕と彼は同じ1974年生まれの同い年です。誕生日も非常に近く、僕が誕生する11日前に「アツ」はこの世に生を受けました

すみません、僕は彼が高校時代(国見高校)から好きなサッカー選手の1人なので、いつも彼のことを「アツ」と呼んでいます

僕がアツを初めて見たのは高校3年生の選手権大会です。テレビで見るアツは、華麗なテクニックを披露し、僕の心を一瞬にして虜にしました

『こいつ俺と同い年なのに、めちゃくちゃ凄い選手だな~』それが僕の印象でした

“超高校級の逸材”と言われたアツは、高校3年間で2度の選手権優勝という栄光の後、一時は大学へ進学しますが、中退してJリーグの横浜フリューゲルスに入団しました

この時のフリューゲルスは僕の大好きなチームだったので、高校時代のアツを応援していた僕はさらにアツのことを応援するようになりました

高校時代の“丸刈り”とはうってかわり、「茶髪」に「ピアス」というイケイケの風貌に変貌したアツに、さらに僕は憧れを持つようになり、できることなら友達になりたいとも思ったくらいでした

アツはもともとは攻撃的な中盤の選手としてプレイしていましたが、Jリーグ入団後はチーム事情などによりサイドハーフやディフェンスも務めるようになっていきました。「任されたポジションはどこでもこなせる」その器用さが彼の長所でもありました

そんなアツの魅力が最大限に活かされるようになったのが「FK」です。今でこそ、世界でも数多く蹴れる人がいる「無回転FK」ですが、アツはこの蹴り方を世界中でメジャーになる前から取り入れており、試合でも数多くのゴールを決めています

それを表すデーターとして、Jリーグでの「通算直接FKゴールランキング」でアツはトップの15得点をあげています。中村俊輔や遠藤保仁などのFKの名手を抑えて、アツは一番FKを決めているのです

アツは横浜フリューゲルス→横浜F・マリノス→東京ヴェルディ→ヴィッセル神戸→横浜FCと5つのチームを渡り歩いてきました。どのチームでもアツの人気は高く、常にチームのリーダーとしてチームを牽引してきました。そのリーダーシップには、チームメイトもそしてサポーターも厚い信頼を置いていました

僕には忘れられないアツの姿が「3つ」あります

ますつ目は、アツが最初に入団した「横浜フリューゲルス」が合併されることになり、最後の試合として迎えた「天皇杯」で見事に優勝を決めた後に流したアツの大粒の涙です・・・

あの涙には本当に僕も涙をこらえることができませんでした。あの日、僕はアツと同じように大泣きしました

それからつ目は、アツが「ヴィッセル神戸」に所属していた2005年、チームはアツ自身がケガで出場できない時期もあり、結果は最下位に終わり、J2への降格が決またったのです

この頃、日本代表で活躍していたアツは、翌年に控えたドイツW杯の代表選出のためにも「他のJ1クラブへ移籍するのではないか」と見られていました。しかし、アツはどの選手よりも早く「チームに残留する」ことを宣言したのです

『チームを見捨てて移籍することは、男として絶対にできなかった・・・』このアツの言葉に僕は猛烈に胸を打たれました

そして最後のつ目は、2006年W杯のアジア最終予選の代表合宿中のできごとです。当時のアツは代表に召集はされるものの、練習でもほとんど控え組みで、試合にはほとんど出場する事はありませんでした。それでもアツは決して腐らずに裏方としてチームを支えていました。

そんな中で向かえた最終予選で、なかなか結果が出せないチーム状況の中、選手間ミーティングでアツはみんなに思いの丈をぶつけたのです

『みんな、本当にW杯に行きたいのか!俺は年齢的にも最後だし、出たい!』

このアツの思いが、選手の気持ちを奮い立たせ見事に日本はW杯出場の切符を手にしたのです。結果的にアツはW杯本大会では代表には選ばれず、「W杯出場」という夢は夢で終わってしまいましたが、のちに選手の間ではこの時の出来事を“アブダビの夜”と呼ばれています

この3つのエピソードからも分かるように、三浦淳宏という人間は、サッカー選手としてだけでなく、ひとりの人間として「責任感」と「情熱」に満ちた、素晴らしい男なんです。そこが、僕が彼に惚れ込んだ1つの要因なのかもしれません

Jリーグ通算432試合出場65得点、日本代表通算25試合出場1得点、これが彼がプロ17年間で残した数字ですが、この数字以上に“三浦淳宏”というサッカー選手の偉大さを僕は強く感じます

アツには「指導者になる」という次なる目標があるそうです。きっと責任感と信頼感の強いアツのことですから、素晴らしい指導者になると僕はそう思っています

いつかアツがJリーグのクラブ、さらには日本代表の監督して活躍することを僕は心から祈っています

日本サッカー界からまたひとり名選手がスパイクを脱ぐことになりました。皆さんも、三浦淳宏という素晴らしいサッカー選手がいたことを、いつまでも忘れないでくださいね

お疲れさん、アツ!そして、ありがとう

お疲れさん、アツ!

今日のジムでのトレーニングの際、アツが「ヴィッセル神戸」や「横浜FC」で付けていた、背番号「17」を、僕も今日は付けて汗を流しました

同じ36歳、違う世界に住む2人ですが、僕はアツと同じ時代に生まれたことを嬉しく思います

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 勝呂(すぐろ)さん→六斉堂(ろくさいどう)さん、何か有名な書店のようなお名前ですが、全国に「六斉堂さん」は10名程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月11日 (月)

もっこり審判!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

いよいよ明日、震災の影響で延期されていたプロ野球の開幕戦が行われます。この状況下での開幕とあって、選手にとっては特別な思いがあると思いますが、彼らはプロのスポーツ選手です。彼らが今やるべきことは、彼らが一番よく分かっていると思います

きっと「野球」というスポーツがもたらす力は、被災者への「勇気」となり、日本の復興への「希望」になると僕は信じています

さて、僕が子供の頃から大好きな「野球」の話が出ましたので、今日はちょっとした思い出話をしたいと思います

僕は小さい頃から「プロ野球選手」になるのが夢でしたが、残念なことに僕の住んでいる街には少年野球のチームがありませんでした・・・

僕は仕方なくサッカー少年団に入り、その一方で子供会のソフトボールチームにも所属していました

子供会のソフトボールは年に2~3回、地域主催の大会があり、その大会に向けて夏休みなどは早朝からよく練習したものです

そんなソフトボールには、ひとつの思い出があります。あれは確か小学4年生の時のソフトボール大会の事だったと思います

僕らは子供会のソフトボール大会に出場していたのですが、ある試合で主審を務めている審判を見て、みんなは猛烈に驚きました

その審判の「股間」が猛烈に大きく膨れ上がっているのです

僕らは当初、きっと主審をしているのでバッターが打ったファールボールが股間を直撃して腫れちゃったんだ・・・と解釈していました。

ところがその翌年、5年生になった僕らはソフトボール大会で、その審判と再会を果たしました

そして僕らの目に飛び込んできたのは、あの時と同じくらいに大きく膨れ上がった審判の股間でした

その時、僕らは審判の股間がファールボールで腫れたものではないことをようやく理解しました。そしてその瞬間から、その審判には“もっこり審判”というあだ名が命名されました

いかにも小学生が喜びそうなネタですよね。当時、僕らはとにかく、その“もっこり審判”の股間が気になって気になって、試合に集中できないほどでした

その「大きさ」たるや、何と説明していいのか分かりませんが、とにかく人並み外れていました。まさに規格外です(笑)

本格的な審判ではないので、審判らしいスタイルというよりは、ジャージやピチっとしたスラックスなどを履いているのですが、股間に「蜂の巣」があるくらいの大きさです

そんなものを見せられた小学生がどうなるか想像してみてください。もう大変でしたよ~とにかく気になって(笑)

6年生として迎えた最後の大会でも、当然のごとく“もっこり審判”に僕らは再会しました。本来は緊張感で溢れる開会式も、審判たちが整列している列に目を向けるたびに、僕達は肩を震わせながら笑いをこらえるのに必死でした

僕は選手宣誓の大役を務めることになっていたので、宣誓をする時に笑いをこらえるのに必死で、どんな言葉で選手宣誓をしたかあまり憶えていません

そんな“もっこり審判”は僕ら同級生の中では懐かしき思い出のひとつです

あれから20年以上の歳月が経ち、僕の記憶の中で“もっこり審判”の思い出は遥か遠くの存在になっていました。

しかし今日、僕は職場で仕事をしていると1人の来客が訪れました。そして、その顔をひと目見て、僕の中で眠っていた記憶がすぐに甦りました

何と、その人物はあの“もっこり審判”だったのです!さすがに歳は取りましたが、顔の面影は昔のままでした

『うわーーーもっこり審判だ!!!』僕は心の中で猛烈に絶叫していました。そして、すぐにでも同級生たちにこのことを教えたい気持ちでいっぱいになりました

“もっこり審判”は用事が済むとすぐに帰っていきましたが、20数年ぶりの再会に僕はひとりテンションが高ぶっていました

ただ、肝心の「股間」を確認する作業を忘れてしまいました・・・

まあ、36歳の良い大人が60歳近い男性の股間を凝視するのもどうかと思いますし、それはそれで良かったとは思っています

“もっこり審判”は幼き僕らの大切な思い出として、心の奥にしっかりとしまっておくことにします

今日はちょっとお下品な話になりましたが、小学生の頃の思い出話として、ある人物のお話をさせていただきました

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 鶯(うぐいす)さん→勝呂(すぐろ)さん、「勝呂」と言えば昔巨人で活躍した内野手「勝呂」を思い出します。今はどこかでコーチしているのかな?全国に「勝呂さん」は3300人程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月10日 (日)

最強イケメン決定戦~BATTLE4~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日4月10日は「統一地方選挙」の投票日ということで、全国的に「知事選挙」や「議会議員選挙」の投票が行われました。僕も今日はと2人で投票所へ行き、1票を投じてきました。

震災の影響で投票が延期された地域もありますが、こんな時だからこそ日本をしっかりと復興し再建してくれることを信じて1票を入れてきました

さて、そんな今日は先月から僕の頭の中で勝手に始まった企画「最強イケメン決定戦」をお送りします

「BATTLE1」からご覧の方は既にご存知だとは思いますが、一応この大会の趣旨を簡単に説明させていただきます

この企画は僕の“ジャニーズ好き”が生んだ企画で、僕が選んだジャニーズのメンバー総勢84名の中から「最強のイケメン」を1人選ぼうという企画です

もちろん、その選考基準は僕の“好み”というものだけの、僕の勝手な「ひとり遊び企画」です。なので、何かと皆さんのご納得のいかないこともあるかと思いますが、そのへんはご了承ください

前回の「BATTLE3」では1次予選と2次予選が無事に終了し、決勝トーナメント1回戦の組み合わせを発表したところで終わりましたが、いよいよ今日は決勝トーナメントの模様をお伝えし、大会もクライマックスを迎えます

今日の「BATTLE4」はこの企画の最終回です。いったい「最強イケメン」の称号を手に入れるのは誰になるのでしょう超楽しみです

それではそろそろ、決勝トーナメントが行われる会場「スーパーキャットアリーナ」にマイクを向けてみましょう。会場で司会を務める、おりーも政夫さん、宜しくお願い致します

はい、こちらはおりーも政夫です。こちらは、あと数時間で「最強イケメン」が決定するというこでもの凄い熱気です。そろそろ決勝トーナメントが始まるようですので、ステージの方にカメラを移します

それでは決勝トーナメントをスタートしたいと思いますが、まずはルールを説明したいと思います

決勝トーナメントで採用されるのはトータルポイントシステム、略して「TPS」です。「TPS」では、ヴィジアル度(顔)、メンタル度(性格)、フィジカル度(運動)、ヴォイス度(歌)、キャラ度(人気)の5つのジャンルで、それぞれ得点(10点満点)をつけていき、その合計得点で勝ち負けを決めるという戦いです

その得点の付け方は、あくまでも僕の勝手な判断で付けさせていただきます。ただし、1回戦、準々決勝、準決勝と徐々にその得点の付け方は“辛口”にさせていただきます。組み合わせは1回戦終了後、準々決勝終了後にその都度、抽選会を行います

さあ、それでは早速「決勝トーナメント1回戦」のバトルの模様をお伝え致します

<最強イケメン決定戦・決勝トーナメント1回戦>

第1試合 ×森田剛(V6)35-40岡田准一(V6)○

第2試合 ×香取慎吾(SMAP)36-41松本潤(嵐)○

第3試合 ○滝沢秀明(タッキ&翼)44-40松岡昌宏(TOKIO)×

第4試合 ○長瀬智也(TOKIO)45-42赤西仁×

第5試合 ×生田斗真40-45山下智久(NEWS)○

第6試合 ×堂本剛(KinKi Kids)43-45木村拓哉(SMAP)○

第7試合 ○山口達也(TOKIO)42-39八乙女光(HSJ)×

第8試合 ○今井翼(タッキー&翼)39-38中居正広(SMAP)×

これで準々決勝に勝ち残った8名が決定しました

それではその準々決勝の組み合わせです。

<準々決勝>

第1試合 山下智久-滝沢秀明

第2試合 今井翼-岡田准一

第3試合 松本潤-長瀬智也

第4試合 山口達也-木村拓哉

もうここまで来ると、全てが「決勝戦」のようなものです。どの試合も甲乙つけがたい好勝負ばかりですが、どちらかに勝ちをつけなくては・・・

さて、それでは早速ですがその熱戦の結果の発表です

<最強イケメン決定戦・準々決勝>

第1試合 ×山下智久(NEWS)43-44滝沢秀明(タッキー&翼)○

第2試合 ×今井翼(タッキー&翼)37-40岡田准一(V6)○

第3試合 ×松本潤(嵐)41-43長瀬智也(TOKIO)○

第4試合 ×山口達也(TOKIO)40-43木村拓哉(SMAP)○

山Pとタッキーの試合は一番悩みましたね・・・どちらを選ぶか非常に難しかったです。第3試合も僅差でしたが、今度やったらマツジュンが勝ってもおかしくはない戦いです

さあ、それでは次の「準決勝」の組み合わせとその結果の発表です

<最強イケメン決定戦・準決勝>

第1試合 ×木村拓哉(SMAP)40-41長瀬智也(TOKIO)○

第2試合 ○滝沢秀明(タッキー&翼)42-39岡田准一(V6)×

遂に決勝に進む2名が決まりましたが、準決勝の残った4名は誰が優勝してもおかしくない、「ジャニーズの中のジャニーズ」と言っても過言ではありません

さあ!遂にこの瞬間が訪れました!まもなく「最強イケメン」が決定します!それでは結果発表といきましょう

<最強イケメン決定戦・決勝戦>

最強イケメンの栄冠は

長瀬智也(TOKIO)41-40滝沢秀明(タッキー&翼)×

優勝はTOKIOの長瀬智也に決まりました!!おめでとうございます

僕は長瀬が好きだということは自分でもよく分かっていましたが、こうやって改めて「最強イケメン決定戦」をやってみて、改めて長瀬が好きだということがよく分かりました

タッキーも優勝に匹敵する活躍でした。本来なら優勝してもおかしくはない、キムタクやマツジュンが、いずれも長瀬に負けたというところからいっても、この大会では長瀬の活躍が抜きに出ていました

「最強イケメン」の称号が長瀬智也に決まったところで、スーパーキャットアリーナからお別れしますが、またいつの日か僕の勝手な判断で、この企画があるかもしれません。その日があることを祈り、全4週に渡ったこの企画を終了したいと思います

4週に渡り、僕の勝手な「ひとり遊び」にお付き合いいただいたことを心から御礼申し上げます

ちなみに優勝した長瀬には、「副賞」として僕との妄想旅行券が贈呈されました。いつの日か、このブログ上で「猫男爵&長瀬の妄想の旅」という企画がスタートする日を皆さんも楽しみにしていてくださいね

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 相撲(すもう)さん→鶯(うぐいす)さん、非常に珍しい名字ですが、僕の大学のクラスメイトに「鶯」さんという方がいました。全国に「鶯さん」は20名程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 9日 (土)

W杯への道~シュート7~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

4月に入り、暖かい日が続きいていますね。本州の方では桜が満開で見頃となっているようですが、早く僕の住んでいる北海道でも満開の桜を見たいものです

さて、そんな今日はサッカーファンの方にとっては必見の恒例企画「W杯への道」第7回をお送りします

世界各国の代表チームにスポットをあて、僕なりに選んだその国の「ベストイレブン」を発表するというこの企画、これまでご紹介してきた国は「コロンビア」「スウェーデン」「フランス」「ナイジェリア」「ポルトガル」「イタリア」です

そして今回ご紹介する、気になるその国とは

W杯への道〜シュート7〜

日本の隣国であり、宿命のライバルでも「韓国」です

「アジアの虎」とも呼ばれる「韓国」は、サッカーにおいては常に日本の一歩先を行き、W杯出場も日本が初出場した時よりも遥かに早い1954年に初出場を果たしています

日本に近いということもあり、日本で「Jリーグ」がスタートしてからは、数多くの選手がJリーグのクラブで活躍しています

W杯への道〜シュート7〜

代表チームのユニホームは「赤」を貴重としたデザインで、W杯出場回数は7回、最高成績は2002年の日韓大会の4位です。現在のFIFAランキングは29位です

「韓国」がW杯で初勝利を挙げたのは、日本と同じ2002年日韓大会です。この大会ではオランダ人監督ヒディングの指揮のもと、ポルトガル、イタリア、スペインといった強豪国を次々に撃破し、アジア勢として初の準決勝へと駒を進め、見事に4位に輝きました

アジアでは常に日本の良きライバルであり、数々の名勝負を繰り広げてきました。僕の中で印象深いゲームは、1994年アメリカW杯アジア最終予選での戦い(1993年・ドーハ)です

試合は激しい攻防の応酬で、いつも以上にエキサイティングなゲームでしたが、最後は我らがキング・カズが決勝ゴールを決め「1対0」で勝利しました。あのゲームは今でも僕の脳裏に鮮烈に焼きついています

ライバルとして長きに渡り「切磋琢磨」してきた「韓国」、今日はその代表チームのベストメンバーを僕なりに選んでみましたので、早速発表してみます

きっと皆さんにとっても懐かしい名前があると思いますのよ

いつもと同様に、※は既に現役を引退した選手、( )内は現在の所属チームで、引退した選手は最後に所属したチームです。

GK  イ・ウンジェ(水原三星)37歳

DF ※ホン・ミョンボ(LAギャラクシー)42歳

    ※キム・テヨン(全南ドラゴンズ)40歳

     イ・ヨンピョ(アル・ヒラル)33歳

MF ※ユ・サンチョル(蔚山現代)39歳

     キム・ナミル(FCトム・トムスク)33歳

     パク・チソン(マンチェスターU)30歳

     キム・ドゥヒョン(水原三星)28歳

     イ・チョンヨン(ボルトン)22歳

FW ※チェ・ヨンス(FCソウル)37歳

     アン・ジョンファン(大連実徳)35歳

システムは3-5-2で、主将はホン・ミョンボです

日本でもお馴染みの、ホン・ミョンボユ・サンチョルチェ・ヨンスなど、懐かしい顔ぶれが並んでいるこのチームは、「韓国」らしく非常にタフで強そうなチームですね

さあ、いかがでしたか今回の「W杯への道」。次回はいったいどこの国になるのか、お楽しみに

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 今洲(います)さん→相撲(すもう)さん、本当にこんな名字が存在するとは・・・きっと「相撲さん」は相撲が好きであってほしいです。全国に「相撲さん」は90人程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 8日 (金)

レンジの女王♪

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は週に一度のミニバレーの日でした。待ちに待った週に一度の楽しみとあって、ウキウキ気分で体育館に向かいましたが、今日はなぜだか凄い混み具合でコートが取れず、ロビーでコートが空くのを待つことになりました

曜日を変更してからは、わりとスムーズにコートは取れていたのですが、やっぱり「春」になってみんな体を動かし始めたのでしょうかね

コートが空くまでの間、MVDのメンバーで色々と談話していました。例えば、Aっけのパーマの話や、あるいはAっけのパーマの話や、さらにはAっけのパーマの話を(笑)

そんなにガッツリ、パーマをかけたわけではありませんが凄く似合っていましたよ。そしてある角度から見ると、髪型がNかに“くりそつ”なことをAゆが発見しました

「発見」と言えば、こんなモノを発見しました

レンジの女王♪

これは・・・

子供用の靴ですが、なぜゆえに椅子の上にポツンとあるの?「妄想族」な僕には色々な妄想がかきたてられました

そして「靴」と言えば

レンジの女王♪

HこのNEWシューズです超カッコイイじゃないですか~

よっ!ミスターオレンジ!

こうして色々と話に花が咲いている中、Aっけが家で料理を作る時はレンジを多用するという話になりました。とにかく「レンジひとつあれば何でもできる」というのです。確かにレンジはどんどんとその用途が多様化しており、レンジを使った料理法も今は結構ありますよね

そう考えれば「レンジがあれば何でもできる」と言われれば、あながち間違いではないかもしれません

そしてこの瞬間から、Aっけは「レンジの女王」と呼ばれることになりました。「永遠の34歳」は「レンジの女王」という称号を手に入れましたよっ!レンジの女王!

そんなこんなで盛り上がっていると、ようやくコートが空き、僕らはミニバレーをすることができました

レンジの女王♪

今日のメンバーはHこAゆAっけTっかMきちゃん、そして猫男爵合計6名でした

今日は6名ということで、最初から「男爵ボール」オンリーでした

非常にハードな時間でしたが、体育館の中が非常に寒かったせいか、汗がなかなか出てきません・・・ただ一人Hこを除いては(笑)

それでも今日は広いコートを存分に使い、「男爵ボール」で凄く楽しい有意義な時間を過ごすことができました

みんなで楽しくミニバレーをしているだけで凄く幸せな気分になり、僕は思わず記念撮影の時に大きな大きな涙の粒が目から零れてしまいました

来週のミニバレーは4月16日(土)です

徐々に外も暖かくなり体も動きたくなる時期です。MVDの皆さん、ぜひとも体育館に足を運んで、みんなで楽しい時間を過ごしましょう

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 大(だい)さん→今洲(います)さん、『いますさんはここにいま~す。』なんつって(笑)。全国に今洲さんは20人程いるそうです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月 7日 (木)

ジムデビュー♪

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日は仕事から帰ると、すぐにジャージに着替えて、と2人であるところへ向かいました

その、気になる“あるところ”とは

ジムデビュー♪

で10分ぐらいのところにある、地元の「トレーニングジム」です。以前からこの施設には来たい来たいとは思ってはいたのですが、思うだけでなかなか行動に移すことができませんでした

しかし季節も「春」になり、そろそろ体を動かして体重を絞らないといけないので、妻と2人で今日からしばらく「ジム通い」することにしました

念願のジムデビューを果たした僕のトレーニングの様子を今日はご紹介します

ジムデビュー♪

まずは「エアロバイク」です。家にいてはなかなかできないトレーニングなので、非常に効果的な運動です

今日は初日ということもあり、体を慣らすことを最優先に、少し軽めに30分間漕ぎつづけました。それでも結構イイ汗が、ジワッーと体から吹き出てきました

ジムデビュー♪

30分間で消費したカロリーは「115Kcal」でした。ちょうどコーラ1本分ぐらいです。まあ、今日は初日なのでこのぐらいで良しとしましょう

ジムデビュー♪

続いては「ランニングマシン」です

これは皆さんよくご存知のトレーニング方法だと思います。この機器ひとつで、ランニングやウォーキングをすることができるので、年齢を問わず重宝するトレーニング機器です

今日は初日なので、最初はウォーキングから入り、徐々にスピードをあげていき、途中からランニングに切り替えて、こちらも約30分間たっぷりと汗を流しました

ジムデビュー♪

実は僕はこの「ランニングマシン」には苦い思い出がありまして、まだ20歳ぐらいの頃に札幌の結構大きなジムに行った時に、まだ若かったせいか、調子こいてもの凄いスピードで走ってトレーニングしていたら、足が付いていけなくなり、慌てて止めようとしたのですが、もうテンパってしまってどうすることもできずに、膝から転んでしまいベルトコンベアーみたいな奴に巻かれるようにして、外に投げ飛ばされたのです

膝から血は出るわ、周りの人はみんな苦笑しているわで、めっちゃ恥ずかしい思いをした経験があります。それ以来、どうしてもこの機器を使う時は慎重になってしまうのです

今日も凄く神経を使いながら、慎重に操作しました(笑)

ジムデビュー♪

程よく汗をかいたところで、今度は「筋肉」を少しイジメてみることにしました

ジムデビュー♪

まずは「胸筋」と「腹筋」からイジメようと思いましたが、このトレーニングが結構しんどい。ご覧のように、僕の“全力さ”が伝わってきますでしょう

ジムデビュー♪

続いては「腕筋」と「胸筋」を鍛えます。基本的に筋肉のない僕の体なので、重さに耐え切れずに腕が“もげそう”になってしまいました

筋トレは無理は禁物です。自分の体にあったトレーニング方法で、徐々に「筋肉」をつけていかなければ。なので今日はこのへんで勘弁してやりました(笑)

こうして約1時間30分程のジムでのトレーニングは終了しました。短い時間とはいえ、非常に心地よい汗をかきました

5月からはいよいよ、僕の大好きな朝野球が開幕します。シーズンインまで1ヶ月を切ったこともあり、大至急体を動ける体に戻さなければなりません

36歳の体にムチを打って、これからジムで基礎体力作りに励もうと思います

とりあえずこれから1ヶ月間で、体重を3~4kg落とすのが今の僕の目標です。なので、今日もジムから帰宅したあとは、水分以外は何も取っていません

「春」が到来し、すぐに「夏」がやってきます。何かと外で運動や様々な活動をする機会が増えてきます。皆さんもまずは急に運動をするのではなく、基礎体力をつけるのにジムに通うのも1つの方法かもしれませんよ

ちなみに僕はジムである程度体力がついた後は、プールに通うことも考えております。

明日の朝、筋肉痛でちゃんと布団から起き上がれるかが今一番不安な猫男爵でした

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 駒田(こまだ)さん→大(だい)さん、「大」というのも非常に珍しい名字ですよね。全国に「大」さんは230名程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 6日 (水)

☆Anniversary☆

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

今日4月6日は妻Aゆにとっては、とってもとってもとっても大切な記念日です。そうです、今日は僕達2人の「結婚記念日」です

今からちょうど1年前、僕達は人生で最良のパートナーになり、今まで別々に歩んできていた道を、今度は一緒に手を取り合い歩きはじめました

あれから1年という歳月が過ぎました。本当にあっという間の1年でしたが、毎日が本当にHAPPYで楽しい毎日で、いつも我が家には笑顔が絶えない1年でした

それはこれからも変わる事のないことです。いつも僕の側には世界一素敵な“笑顔”という花が咲いています。その“笑顔”がある限り、僕の幸せは揺るぎのないものです

僕は今日という日を忘れずに、これからも10年、20年、30年と、毎年Aゆと2人でこの日をお祝いしていきたいと思います

さて、ちょっとおのろけに近いお話でのスタートになった今日のブログですが、今日は「Anniversary」を祝って、2人でディナーを楽しんできましたので、その模様を超速報でお伝えしようと思います

今日2人でディナーを食べたところは、我が家から車で20分程のところにある、某町の「RッパーPーター」というイタリアンレストランです。ここには、2人の大親友であるOいちゃんNかとも良く行くところで、とにかく最高に美味しいお店です

☆Anniversary<br />
 ☆

まずは今日という日を祝って乾杯です

☆Anniversary<br />
 ☆

非常に店内の雰囲気も良くて、僕もAゆもお気に入りのお店です

今日は平日ということもあり、僕らの他にお客さんはいなかったので、貸し切り気分で僕達2人だけの楽しいディナーの世界を楽しむことができました

それでは早速、今日僕達2人が食べたお料理をご紹介してきましょう

まずは<前菜>からです。

☆Anniversary<br />
 ☆

Aゆがオーダーしたのは「前菜の盛り合わせ」です。色々な「野菜」に加え、「豆」や「鶏肉」、「ハム」などがうまく融合したこの前菜は絶妙なハーモニーを奏でていました

☆Anniversary<br />
 ☆

僕がオーダーしたのは「モッツアレッラチーズオーブン焼き」です。ちょっと前菜から攻めた感がありますが、こんがりと焼かれたパンの上のモッツアレッラチーズがこれまた最高の美味しかったです

続いては<パスタ料理>からです。

☆Anniversary<br />
 ☆

Aゆがオーダーしたのは「生ハムとパルメザンのスパゲティ」です。これは食したAゆは『人生の中で一番美味しいパスタだった!』と絶賛していました。僕も食べましたが、マジで飛び上がるくらい美味しかったです

☆Anniversary<br />
 ☆

そんな僕がオーダーしたのは「カラスミのスパゲティ」です。僕はこのパスタが「人生の中で一番美味しいパスタ」だと思っています。口に入れた瞬間に広がる何とも言えない旨みは、一瞬言葉を失うほどの絶品です

そしてこのお店のスパゲティの魅力はその量です。多くもなく、少なくもなく、お客の立場から言わせると完璧な量配分です。それが美味しくいただける理由のひとつでもあります。

続いてはいよいよ<メイン料理>です。

☆Anniversary<br />
 ☆

Aゆがオーダーしたのは「本日の魚料理」です。このお店のディナーに来たら、Aゆが必ず頼むのがこの「魚料理」です。今日は「真鯛」が出てきましたが、少しこんがりと焼かれた皮と、柔らかい身が見事に旨い演出をしていました。ソースには「白いバルサミコ酢」を使用しており、今まで味わったことのない美味しさを作り出していました

☆Anniversary<br />
 ☆

僕がオーダーしたのは「牛フィレ肉のソテー ブラックペッパーとクリームのソース」です。お肉大好きの僕にとっては“至福のひととき”でしたが、お肉はもちろんのこと、そのまわりで本来であれば脇役にまわっているはずの野菜たちが実に美味しかったです。1つ1つの野菜が強く自分を主張をしているのですが、決して他の味わいのバランスを崩さないという、見事なコンビネーションの逸品でした

最後の締めは<デザート>です。

☆Anniversary<br />
 ☆

今日オーダーしたのは「カタロニア風プリン」「キャラメルのアイスクリーム」「パンナコッタ」「ヨーグルトのシャーベット」の4品です

2人で美味しくいただきましたが、どれもこれも甲乙つけがたい美味さでした

こうして、僕達2人にとっての記念すべき1日は、素敵な時間のもと、素敵な料理に囲まれ、素敵な笑顔とともに過ぎていきました

お店を出て家路に着くまでの車内からは、満天に広がる星空が見えました。まるで僕達の記念日をお祝いしてくれるかのように、凄くキレイなキレイな星空でした

今日は僕とAゆにとって、とても素敵な「Anniversary」でした

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 根子(ねこ)さん→駒田(こまだ)さん、「こまだ」という名字といえば、元巨人軍で満塁男と呼ばれえていた駒田選手を思い出します。全国に「駒田」さんは9400人程いるそうです。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011年4月 5日 (火)

桜色に染まるドラマたち♪

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

4月がスタートして数日が過ぎました。まもなく、この時期は小、中、高、そして大学と、全国の学校「入学式」が行われるシーズンですね僕の住んでいる北海道では、満開の桜の中の「入学式」とはいきませんが、本州の方では場所によっては満開の桜の中での「入学式」という姿もよく見かけられます

今年は例年に比べると若干、開花が遅れているようですが、キレイな桜の花びらが見れるといいですね

そこで今日は、そんな「春」という季節にピッタリな桜色に染まるドラマたちをご紹介したいと思います

4月からスタートする新ドラマは、今クールも魅力あるドラマたちが盛りだくさんです

それでは早速、気になる「春ドラ」の幾つかをご紹介しますので、しばしの間は頭をドラマの世界に切り替えてくださいね

『四つ葉神社ウラ稼業 失恋保険~告らせ屋~』 4月7日(木)23:58~スタート <日本テレビ系列>

出演:城田優、福田沙紀、古田新太他

失恋した時に、掛け金の10倍の保険金がもらえる掛け捨て保険「失恋保険」という、不思議な保険がテーマのドラマです。保険加入者が課せられる条件はただひとつ「指定された日時に告白すること」。恋愛成就を保障する失恋保険の調査員が、加入者の恋愛を成就させようと奔走するこの物語ですが、城田優と福田沙紀といえば『SPEC』をついつい思い出してしまいますが、ここに古田新太が加わり、さらにドラマが面白くなりそうです

『リバウンド』 4月13日(水)22:00~スタート <日本テレビ系列>

出演:相武紗季、速水もこみち、栗山千明、勝地涼、伊藤かずえ、石塚英彦、若村真由美他

現在は45kgだが、昔は83kgも体重があった相武紗季演じる元おデブな女性が、人生に降りかかる試練を乗り越え、成長していくラブストーリーです。相武紗季と速水もこみちは『レガッタ』『絶対彼氏』と共演作が多く、その息ピッタリな演技にも興味深々です

『BOSS』 4月14日(木)22:00~スタート <フジテレビ系列>

出演:天海祐希、竹野内豊、戸田恵梨香、玉山鉄二、温水洋一、溝端淳平、ケンドーコバヤシ他

前作で人気を博した“最強の女ボス”と問題刑事達が帰ってきました。申し分の無いキャストと、ハラハラドキドキの物語の展開には僕も前作以上に大きな期待を寄せています。最近のドラマ業界では作品数が多い「刑事もの」ですが、その中でもトップレベルの「刑事もの」ドラマがこの『BOSS』だと思います。僕的には今クールの中ではイチオシのドラマです。前作を見逃した方も、どうかぜひ今作をご覧になってください。必ず満足されると思います

『犬を飼うということ~スカイと我が家の180日~』 4月15日(金)23:15~スタート <テレビ朝日系列>

出演:錦戸亮、水川あさみ、田口淳之介、杉本哲太、泉谷しげる他

錦戸亮の初主演ドラマは2児の父親役です。東京スカイツリーのふもとに暮らす崩壊寸前の家族が、1匹の犬を飼い始めたことから少しずつ再生していく姿を描いた、家族で泣けるホームドラマです。ペットのスカイツリーという名前の犬(ポメラニアン)の可愛い姿からも目が離せません。ちなみに、錦戸亮と水川あさみはドラマでの共演が多く、『ラストフレンズ』『オルトロスの犬』に次いで3作目になります

『JIN-仁-』 4月17日(日)21:00~スタート<TBS系列>

出演:大沢たかお、綾瀬はるか、中谷美紀、佐藤隆太、小出恵介、桐谷健太、小日向文世、内野聖陽他

大ヒット作だった前作の続編としてスタートする第2弾は、前作から2年後が舞台です。現代から幕末の江戸時代にタイムスリップした大沢演じる医師が、激しさを増す歴史の渦で生きていくその姿を描いた人間ドラマは、前作を凌ぐ作品となるのか非常に期待が高まります。前回同様にまたしばらくは、僕の口癖が『しぇーんしぇ』という言葉になりそうです

『グッドライフ~ありがとう、パパ。さよなら~』 4月19日(火)22:00~スタート<フジテレビ系列>

出演:反町隆史、井川遥、榮倉奈々、伊原剛志、鹿賀丈史他

いよいよ僕の大好きな“ソリー”が3年ぶりに連ドラの主演として帰ってきました。今回“ソリー”が演じる役は、白血病という難病を抱えた息子を献身的に看病する父親役です。この作品は、韓国のベストセラー小説『カシコギ』を原作として、舞台設定を日本に置き換えドラマ化した作品です。哀しい運命を描いたヒューマンドラマに、最近めっきり涙腺が弱くなった僕は毎週泣くこと間違いなしだと思います

『アスコーマーチ』 4月24日(日)23:00~スタート<テレビ朝日系列>

出演:武井咲、松坂桃李、剛力彩芽、永山絢斗、白石美帆、菊川怜、勝村政信他

僕の今イチオシの女優武井咲のドラマ初主演作は、アキヤマ香の漫画をドラマ化した作品です。志望した女子高の受験に失敗し、生徒のほとんどが“男子”という工業高校に進学する事になった主人公が、その環境に戸惑いながらも自分の居場所を見つけて、成長していく姿を描いた作品です。同級生役には、『GOLD』で兄役を演じた松坂桃李や、『大切なことはすべて君が教えてくれた』で親友役を演じた剛力彩芽、さらには俳優の瑛太の実弟である永山絢斗など、そうそうたる面々が名を連ねます

さあ、いかがでしたでしょうか今日は今クールで僕が注目するドラマを幾つかご紹介させていただきましたが、この他のドラマも非常に興味深いドラマばかりなのでぜひ見てみてくださいね

今年の春の夜長は、ドラマを見ながら楽しい“ひととき”を過ごしてみてはいかがでしょうか。きっとドラマも“回”を重ねるごとに、外の桜の木々も徐々にキレイな桜が咲くことでしょう

まもなく始まる「2011年春の新ドラマ」は、桜色に染まるドラマたちばかりです。どうぞ、お楽しみに

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 若米(わかよね)さん→根子(ねこ)さん、「猫」という名字はさすがにいないようですが、「根子」と書いて「ねこ」さんと読む方はいるそうです。全国に「根子」さんは750名程いるそうです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月 4日 (月)

あなた、もしかして・・・国芳?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

新たな東京のシンボル「東京スカイツリー」の高さが遂に先日、目標の634mに達したというニュースが報道されていました

僕は北海道に住んでいるので、その姿を生で見ることはできませんが、昨年の1月にと東京旅行に行った際に、建設中の「東京スカイツリー」を見学してきました。その時、下から見上げた時『本当に高いな~』と実感したことを憶えています

その「東京スカイツリー」は今年の12月に竣工予定、来年2012年3月に開業を予定しています。いつかまた、その天高くそびえる「スカイツリー」を見に行き、今度は実際に中に入って展望台で東京を上から見渡してみたいと思っています

国芳よ、どこにおる!

この絵にも、左端の方にちゃんと「スカイツリー」が描かれていますね。ちなみに「スカイツリー」の隣にある少し低いのが「東京タワー」であると推測します。画を描く方たちにとっても「スカイツリー」という存在は大きいものなんですね

といきたいところなんですが、実はこの絵は“ありえない絵”であることを皆さんご存知でしょうか

この絵は「浮世絵」というものなんですが、詳しい方であればすぐに解ると思います。この絵を描いたのは歌川国芳という方で、既にお亡くなりになられています。

それもそのはず、歌川国芳という方は江戸時代末期に活躍した浮世絵師で、1861年にこの世を去っています・・・

だとするならば、おかしいと思いませんか?そうです、皆さんもお気づきになりましたよね

どうして江戸時代の絵にスカイツリーが描かれているの?おまけに東京タワーまで絶対に江戸時代の人にこの2つの建造物の存在が分かるはずがありません

すいません、余りにも不可思議なことなので、思わず興奮してしまいました

ちょっとここは冷静になるために、歌川国芳という人物について色々と調べてみることにします

歌川国芳は、先程もご紹介したように江戸時代末期(1800年代)に活躍した浮世絵師でしたが、同じ時期に活躍した葛飾北斎や歌川広重に比べると、さほど知名度がある人物ではなかったそうです。

確かに前述の2人の名前は僕も聞いたことがありますが、この歌川国芳という名前は今回初めて知りました。

彼の作品は様々なジャンルに渡っていますが、どれも普通の浮世絵師が描く絵とは違い、異彩を放っているものばかりでした。それゆえに彼は「奇想の絵師」と世間では呼ばれていたそうです

国芳よ、どこにおる!

これは『相馬の古内裏』という作品ですが、実に独創的な作品ですよね

国芳よ、どこにおる!

これは『人がたまって人になる』という作品で、小さい人間が集まって、1人の人間の顔ができるという奇々怪々な絵になっています

しかしこれらの奇想な彼の絵は、幕末の人々には好感を持たれ、彼の作品を喝采する人は数多くいたそうです。そのせいか、多くの異色の画家たちが彼のもとに弟子入りをしたそうです。

国芳よ、どこにおる!

この絵は歌川国芳本人の『自画像』だそうです。自画像といっても後姿じゃ分からないっつーの(笑)。まあこれが、彼らしいといえば彼らしいんでしょうね。彼の絵には「遊び」というものが隠れている作品が多く、そこが多くの庶民に受け入れられた理由なのかもしれません

数多くの絵を描いた歌川国芳ですが、彼が描いた作品の現存数は少ないそうです。ですから、博物館などで大切に保管されている彼の作品は非常に貴重なものだそうです

国芳よ、どこにおる!

ここで話を戻しますが、なぜその国芳が描いた絵に「東京タワー」と「スカイツリー」という、当時には実存しないものが描かれているのか?という謎です

この作品は『東都三ツ股の図』というもので、1831年頃に描かれたものだそうです。今からちょうど180年も前に彼の目には、未来の世界にある2つの巨大な建造物が見えていたということなのでしょうか・・・

この絵に描かれているのは、隅田川に浮かぶシジミ取りの船と、手前には船底をいぶる2人の職人の姿が描かれています。専門家によると、絵の左奥は対岸の江戸・深川辺りで、もちろんこの当時にはあれほど高い建造物は存在していないということです

当時は「江戸城」より高い建物は建てることも禁止されており、当然あれほどの建造物が存在するわけがありません・・・

全く謎が謎を呼びますが実はこの他にも、彼が描いた『東都御厩川岸之図』という作品に描かれている傘には、「千八百六十一番」という数字が書かれていたそうです

皆さん何か気づきませんか?「1861」これは・・・国芳がこの世を去った西暦年です

彼は「自分が死ぬ年」を知っていたのでしょうか?

そして「未来の江戸に2つの大きな塔が建つこと」も知っていたのでしょうか?

ちょっと今、背中がゾクッゾクッしてしまいました・・・

僕の頭にはある考えがあります。もしかして、国芳は何らかのことで江戸時代から未来へ「タイムスリップ」したのではないか?と・・・

それなら説明がつきます未来へ「タイムスリップ」した時に「東京タワー」と「スカイツリー」を自分の目で見たこと。そして、自分が「1861年に死ぬこと」を何かの本などで知ったこと。

そして彼はまた江戸時代に時空を超えて戻り、未来でみた2つの塔を描き、そして自分の死ぬ年の西暦を傘に描いた。これが“真実”だとしたら凄いことを今、僕らは発見したということです

そして最後に僕はこう思っています。国芳は死んでいないのではないか・・・

死んだとされる1861年に彼は再び「タイムスリップ」を試み、再び未来へ来たのではないかと。彼が消えたことで「国芳は死んだ」ことになってはいますが、実は未来、つまりこの現代で彼は今も生きているのではないかと

だとすれば今、この絵のことが話題になっていることを彼はどこかでこっそり観ているのではないかと思います

もしかしたら、あなたの周りに江戸時代に活躍した浮世絵師歌川国芳はいるのかもしれませんよ、もしもあなたの周りで、ちょっと変わった独創的な絵を描く人を見つけたら、こう叫んでください

『あなた、もしかして・・・国芳?』と・・・

あっここにも1人、独創的な絵を描く人がいました。それは・・・

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 品川(しながわ)→若米(わかよね)さん、「若い米」と書いて「わかよね」さんと読みます。「わかべい」とか「わかまい」、あるいは「わかまい」などに読み間違えられるかもしれませんね。全国に「若米さん」は36名程いるそうです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月 3日 (日)

最強イケメン決定戦~BATTLE3~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

先月から僕の頭の中で勝手に開催されている、ジャニーズのメンバー総勢84名による「最強イケメン決定戦」も、お送りするのは今日で3回目になりました

前回は「2次予選」の組み合わせを発表したところで終わりましたが、今日はその「2次予選」の結果発表と、そしていよいよ始める「決勝トーナメント」の組み合わせを発表したいと思いますので、どうぞ最後までお楽しみください

皆さんのお好きなアイドルは、果たして決勝トーナメントに進出する16名の中に残っているのでしょうか

毎度のことで恐縮ですが、この大会の趣旨について一応ご説明させて頂きます。この「最強イケメン決定戦」は、僕が自分の頭の中で勝手に行っている「ひとり遊び」で、あくまでも僕個人の“好み”により順位や勝敗をつけていることをご了承ください

それでは早速、2次予選の結果発表です

<最強イケメン決定戦2次予選>

A~Fの各グループ上位2名は自動的に決勝トーナメントへ進出。各グループで3位になった計6名の中から4名が「敗者復活」として決勝トーナメントへ進出する。

[グループA]

1位 木村拓哉(SMAP)

2位 山口達也(TOKIO)

3位 中居正広(SMAP)

4位 本木雅弘(シブがき隊)

[グループB]

1位 長瀬智也(TOKIO)

2位 生田斗真

3位 香取慎吾(SMAP)

4位 錦戸 亮(NEWS&関ジャニ∞)

[グループC]

1位 松本 潤(嵐)

2位 赤西 仁

3位 岡田准一(V6)

4位 高木雄也(HSJ)

[グループD]

1位 山下智久(NEWS)

2位 今井 翼(タッキー&翼)

3位 八乙女光(HSJ)

4位 相葉雅紀(嵐)

[グループE]

1位 堂本 剛(KinKi Kids)

2位 森田 剛(V6)

3位 櫻井 翔(嵐)

4位 二宮和也(嵐)

[グループF]

1位 滝沢秀明(タッキー&翼)

2位 松岡昌宏(TOKIO)

3位 東山紀之(少年隊)

4位 諸星和己(光GENJI)

[敗者復活]

中居正広香取慎吾岡田准一八乙女光

以上16名が決勝トーナメントに進出です

そしてその決勝トーナメント1回戦の組み合わせ抽選会が、先程終わりましたので発表します

<決勝トーナメント1回戦>

第1試合 森田剛(V6)VS岡田准一(V6)

第2試合 香取慎吾(SMAP)VS松本潤(嵐)

第3試合 滝沢秀明(タッキー&翼)VS松岡昌宏(TOKIO)

第4試合 長瀬智也(TOKIO)VS赤西仁

第5試合 生田斗真VS山下智久(NEWS)

第6試合 堂本剛(KinKi Kids)VS木村拓哉(SMAP)

第7試合 山口達也(TOKIO)VS八乙女光(HSJ)

第8試合 今井翼(タッキー&翼)VS中居正広(SMAP)

さあさあ、いよいよ「ベスト16」の激突ともなると、イケメンの中のイケメンだらけですね~。僕的には1回戦屈指の好カードは第1試合の「森田剛VS岡田准一」のV6対決です!

次回の「BATTLE4」は、この企画の最終回です。決勝トーナメント1回戦、そして準々決勝、準決勝、決勝と、一気に戦いの模様をお送りする予定ですので、どうぞお楽しみに

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 三星(みつぼし)さん→品川(しながわ)さん、お笑いコンビ「品川庄司」の品川で有名な名字ですが、全国に品川さんは1万9000人程いるそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 2日 (土)

セザール!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

昨日から4月がスタートし、春の匂いが徐々にする今日この頃ですが、皆さんどうお過ごしでしょうか

あと1ヶ月もすれば、北海道にも桜前線が到来し、春色に染まることでしょう。まだ朝晩は寒さが身に凍みますので、風邪などひかぬよう十分気をつけてくださいね

さて、そんな今日は週に1度のミニバレーの日でした。春休み期間中ということもあり、体育館には数多くの子供の姿も見られましたが、それでもコートには空きがあったので今日も楽にコートを確保することができました

セザール!

今日のメンバーはFいさんAいくんHたちゃんNおYみちゃんAいちゃんTっか、そして猫男爵の合計8名と、CのちゃんRかちゃんYとらNのちゃんNこちゃんのチビッ子達も遊びに来てくれました

今日はAいくんとAいちゃんが遠方から駆けつけてくれたということで、いつも以上に熱い熱戦が繰り広げられました

人数も8人いましたので、「4対4」の普通のミニバレーを楽しむことができました。いつも「3対3」などに慣れているせいか、コートに4人いると違和感すら感じました。慣れって怖ろしいですね。でもすぐに楽しいプレーを満喫しました

突然ですがMVDの皆さん特に初期からのメンバーで、大会などに参加した経験のある方にご質問です

「セザール」この名前を聞いてピンと来ますか?もし来たのなら、あなたはかなりのMVD通です

実はこの「セザール」とは、あるミニバレーの大会(たぶん太陽杯?)に何チームかで出場した時の、ある1チームのチーム名です

その「セザール」のメンバーはAい君、Hたちゃん、Aいちゃん、Tっかで、今日はそのメンバーが久しぶりに勢揃いしたので、「セザール」の話で持ちきりでした

MVD創設期は、結構色々な大会に出ていたことを思い出します。大会に出るのもそうですが、「チーム名」を決めるのが凄く楽しみだったことを思い出します。僕が自分のチーム名で好きだったのが「パトラッシュ何だかとても眠いんだ。」です

これは僕自身が考えた「チーム名」なんですが、大会で主催者側がチーム名を呼ぶ時にひどく苦労していたことを思い出します

大会に出場した時は、したことのない審判を務め、怒られたり文句を言われたりした苦い経験も思い出しますし、ヒゲを生やした「辰吉」見たいな面白いオッサンと仲良くなったことも思い出します

今日は偶然にも、8名全員がその大会参加当時からのMVDメンバーでした。確かその頃、Yみちゃんはまだお腹にCのちゃんがいる時で、大会には参加できずRえMえちゃんと一緒に試合を観戦にきていた記憶があります

その時お腹の中にいたCのちゃんも、4月から小学生2年生になるのですから、改めて月日の早さに驚いてしまいます

当時は20代前半だった「セザール」のメンバーは何と今年みんな30歳になるんです!みんな三十路ですちょっとした衝撃です

特にAい君やHたちゃんは、言うなれば僕にとっては可愛い弟のような存在でした。でもその弟たちもすっかり大人になり、それぞれ家庭を持ち、今年30歳になるというのですから本当にビックリです

ちなみに写真の前列4人がチーム「セザール」のメンバーで、後列はチーム「30代」です

今日は最後の1試合に「セザール」を再結成して、「セザール」VS「チーム30代」の試合を行いました

あの頃から7~8年の歳月が過ぎたとはいえ、まだまだ「セザール」のメンバーには動きにはキレがありました。それに比べて「チーム30代」は、足に鉛がついているように動きが重く感じられました

きっとあと数年もすれば「セザール」のメンバーにも、この気持ちが分かるはずです

今日も週に1度のミニバレーを楽しむことができました。これもMVDの仲間がいてくれるおかげです。来週も体育館に足を運び、楽しいひとときを過ごしたいと思います

来週のミニバレーは4月8日(金曜日)ですので、ぜひMVDの皆さん体育館へ足を運んでくださいね

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 巨泉(こいずみ)さん→三星(みつぼし)さん、思わず「☆3つ!」とマチャアキばりに叫んでみたくなりますが、全国に「三星さん」は1600人程いるそうです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月 1日 (金)

夢への第一歩!

おはようにゃ~ 北の猫男爵です

今日から新年度、平成23年度のスタートです

心を新たにして、仕事にプライベートに頑張ろうと思う猫男爵です

今日は年度初めで仕事が忙しく、帰りも遅くなりそうなので、今日はいつもより少し早起きして、朝のうちにブログを更新しています

実は先日、こんなことがありました

ある日、僕の家に一通の手紙が届きました。見覚えのないその封筒に僕は最初、どこから届いたものか全然気づかず、首を捻るだけでした。

しかし数分後、その僕の“疑問”は“驚き”へと変わりました

何かを思い出したかのように、僕はすぐにその封筒の封を切り、中身を見ました

封筒の中には「審査の結果」と書かれた手紙が入っていました。実は今から半年ぐらい前に出した、某テレビ局主催の「素人小説大賞」というものに僕は作品を応募しており、その結果発表がその封筒だったのです。

今までこの話をしたことはありませんでしたが、僕はにも内緒でこっそりこの「素人小説大賞」というものに応募していたのです

この応募は、過去に他の小説大賞などを受賞した人や、小説家を職業とする人は応募できず、あくまでも素人でかつ受賞経験のない人が対象というわけです。なので僕は『もしかしたら僅かでも可能性があるのでは・・・』という思いで、応募したというわけです

でも、半年も前のことだったので既に審査は終わり、てっきり僕の作品は落選していたと思い込んでいました

そんな中で送られてきたこの結果発表に、僕はドキドキしながら封筒の中身を見ました

すると、そこに書かれていたのは何と!!!

『今回あなたの応募した作品は、準大賞に選ばれました』という、驚愕の文字でした

『じ、じゅ、じゅんたいしょう・・・・』

僕は思わず全身から力が抜けそうでした

まさか自分の作品が「準大賞」に選ばれるなんて!!!まじで!!!!

久しぶりに心臓が口から出そうになりました!!!

今でも僕もはの結果が信じられません。『本当に僕でいいの?』と今でも不思議に思っています。

でも何度見ても、その手紙には「準大賞」の文字が・・・

そして何と僕が応募した作品は、今回とは別にさらに半年後にもう一度行われる、同大賞の審査結果で選ばれた「大賞」「準大賞」の作品たちの中でさらに審査が行われ、その中で最優秀作品に選ばれれば、来年の正月にテレビドラマ化されるそうなんです

可能性は非常に低いですが、可能性がゼロではないので、これまたビックリです

もしも自分が書いた小説がテレビで放送されることになった時には、もう僕はどうしたらいんでしょう

まあ、おそらくそんなことにはならないとは思いますが、もしもテレビ放送が決まった時には必ず皆さんにご報告いたしますね。まずは、夢への第一歩を歩き出したような気がします

さあ、それでは皆さん、素敵な4月1日をお過ごしくださいね

皆さん、人を驚かすのはホドホドにね。あんまり過度な“嘘”はダメですよ。今日だけはOKですけどね

それでは今日はこのへんで。がんばろう、日本!

<今日の名字しりとり> 真利子(まりこ)さん→巨泉(こいずみ)さん、てっきり『なんつったってもう!』の大橋巨泉さんの名前で「きょせん」と読むのかと思いきや、「巨泉」と書いて「こいずみ」さんと読むそうです。全国に「巨泉さん」という名字の方は55人程いるそうです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »