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2010年12月 5日 (日)

消えゆく昭和野球・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

小さい頃から野球が大好きだったは、いつもテレビの前でプロ野球中継にかじりき、夢中になっていたものです。ですから、僕が小学生~中学生ぐらいに活躍していたプロ野球選手の名前はほとんど今でも憶えています

なので僕と同年代ぐらの野球に詳しい人と、野球談義に花が咲こうものなら延々と話がつきません

そんな僕の愛するプロ野球も、最近は選手のメジャーリーグ移籍志向などによる「スター不在」などにより、ファン離れが進み、テレビでの野球中継も見る機会が激減しています

僕らがテレビを見てプロ野球に興味を持ったように、今の子供達にもそれと同じ条件を整えさせてあげたいのが僕の心情です。そのためには何とかして、テレビ中継の数を増やすしかないのですが、なかなかそうは簡単にはいかないのが現実のようです・・・

そんな状況の中、今年の野球界もオフシーズンに突入し、「FA」や「トレード」などにより移籍市場が賑わいをみせています。その中で、静かにユニホームを脱いだ2人の野球選手がいます。

1人は大道典嘉選手、そしてもう1人は堀幸一選手です。2人とも41歳という年齢には勝てず、ここ数年は良い成績を残せずに現役を引退することになりました

大道といえば以前もこのブログで話題にしたことがあるように、「南海最後の選手」です。そして同様に堀も実は「オリオンズ最後の選手」なんです

堀が所属していたのは「千葉ロッテマリーンズ」でしたが、1992年に「川崎」から「千葉」に本拠地を移転して「マリーンズ」になる前は、「ロッテオリオンズ」というチームでして、その時代から在籍していた現役選手は堀が最後の1人だったのです

これで、“昭和”という時代を駆け抜けた「南海ホークス」、「ロッテオリオンズ」を知る現役選手は“ゼロ”になってしまったのです・・・

それだけ“時代が変わった”と言えばそれまでですが、昔の野球を懐かしく思う僕にとってはとても寂しいニュースでした

僕が14歳の1988年に2人はそれぞれプロの道へと足を踏み入れ、それぞれ南海(のちにダイエー)、ロッテで活躍していました。僕の記憶では、大道は南海(ダイエー)で中軸を打ちながらも渋い活躍をする選手。一方の堀は、攻守と巧打で常にロッテを引っ張るチームリーダー的存在でした。ともに派手さはありませんが「いぶし銀」という言葉がピッタリ似合う選手でした

この2人の引退により、昭和に創設された球団で今は現存しない球団に籍を置いていたことのある選手は、阪急ブレーブスにいた中島聡(現・日本ハム)、大洋ホエールズにいた三浦大輔(現・横浜)、谷繁元信(現・中日)、石井琢郎(現・広島)、斉藤隆(現・ブレーブス)の5人だけになってしまいました。

さらに調べてみると「昭和時代」、つまり「平成」になる前の1989年以前にプレーしていて今もなお現役の選手は、工藤公康(元西武)、山本昌(現・中日)、木田優夫(現・日本ハム)、山崎武司(現・楽天)、中島聡(現・日本ハム)の5人だけでした

彼らも年齢的には既に40歳を超えている人ばかりです。現役を退く時期はそんなに遠くはないはずです。彼ら全員が“引退”を口にした瞬間こそが、まさに昭和の野球の終焉とも言えます・・・

時代が「昭和」から「平成」に変わっても、日本プロ野球そのものは日本プロ野球であることに変わりはありません。ただ、僕が大好きだった「昭和の野球」の存在は確実に今消えようとしています

近所の子供達が空地や公園でこぞって野球をしていた、あの平和で無邪気な光景それはまさに「昭和野球の象徴」でした。そんな子供達の姿は残念ながら今はほとんど見ることはありません・・・

消えゆく昭和野球に今僕は、胸いっぱいの寂しさを感じるとともに、そんな懐かしき思い出をも超えるような、平成のプロ野球の活性化を願わずにはいられません

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

<今日の連想ものとり> お茶→和菓子(お茶に合うのはやっぱり和菓子が一番です!)

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