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2010年10月29日 (金)

翼を失くしたチーム。

こんばんにゃ~night 北の猫男爵ですcat

今から12年前のちょうど今日1998年10月29日、Jリーグsoccerに加盟していた1つのチームが消滅することが発表されました・・・

皆さんは「横浜フリューゲルス」というチームをご存知ですか?

『懐かしいな~』と思った方、初めてこの名前を聞いた方、色々と反応はあると思いますが、この1998年シーズンまで間違いなくこの「横浜フリューゲルス」というチームは存在していましたconfident

僕が当時のJリーグsoccerの中でヴェルディ川崎の次に好きだったチームが、何を隠そうこの横浜フリューゲルスです。1993年にJリーグが誕生する以前は、全日空airplaneが母体となったクラブチームで、そのためにフリューゲルス誕生以降もユニホームにはスポンサーである「ANA」の名前が入っていましたshine

ホームタウンは神奈川県横浜市、ホームスタジアムは三ツ沢公園競技場でした。これは当時の同じJリーグチーム「横浜マリノス」と同一であっために、両チームの対戦は「横浜ダービー」と呼ばれ、非常に人気のあるカードでしたup

この横浜フリューゲルスをJリーグ誕生当時率いていたのは、後に日本代表監督も務めた加茂周監督です。1993年のJリーグ元年、フリューゲルスはリーグ7位という成績でしたが、その年の天皇杯では見事に優勝に輝いていますcrown

この頃活躍して選手をご紹介しますと、2008年北京五輪代表チームの指揮を執り現在は湘南ベルマーレの監督を務めてる反町康司、フランスW杯大会で日本の中盤を支えた山口素弘、日本代表のFWとしても活躍していた前田治、そして当時は高卒ルーキーとしてプレーしていた前園真聖、外国人では元ブラジル代表のエドゥーやパラグアイ人のアマリージャなどのそうそうたる面々が名を連ねていましたscissors

1995年シーズンになると、加茂監督が日本代表監督就任のために退団します。それと同時に選手の“世代交代”も行ったため、成績は低迷し13位という結果に終わってしまいますdown

しかしこの時の「世代交代」で起用された若手が、後の日本代表の中心を担った楢崎正剛(現名古屋グランパス)であったり、三浦淳宏(現横浜FC)というスター選手でしたshine

また同時期に入団した選手には高校サッカーで活躍した、原田武男(国見)や服部浩紀(前橋商業)、久保山由清(静岡学園)などのタレントが勢揃いしていましたsoccer。そういうメンバーに僕も強く魅力を感じていたのかもしれませんpaper。後に1997年には室蘭大谷で活躍した僕と同じ年の佐藤尽や、1998年には今の日本代表を支える遠藤保仁(現ガンバ大阪)なども入団しましたshine

そしてもうひとつ、このフリューゲルスには非常に個性的な外国人がいたのが印象的ですdelicious

先述のエドゥーのFKsoccerは今でも僕の記憶に鮮明に残っていますflair。ゴールまで30mや40mはある距離から「悪魔の左足」と言われるそのキックで、豪快にゴールを決めるシーンは今も伝説になっていますし、モネールというアルゼンチン人は、プレーというよりもゴールした後などにチームメイトとお尻を擦り合わせるダンス?のようなパフォーマンスが有名になり、人気のあった選手ですhappy01

この他にもサンパイオという現役バリバリのブラジル代表選手もいましたし、ロドリゴアンデルソンバウベルデニウソンなど、とにかくブラジル代表経験者がゾロゾロとこのチームにはやってきました。今のJリーグでは考えられないほど、この頃のJリーグはお金dollarもありましたし、盛り上がりもあったということですねup

そして迎えた運命の1998年10月29日、フリューゲルスは出資会社の経営不振により、同じ横浜のチーム「横浜マリノス」に吸収合併されるという形で、消滅が決定してしまったのです・・・weep

もちろんフリューゲルスを愛するファンの猛抗議もありましたが結論は覆るはずもなく、チームは「横浜F・マリノス」という名前で、フリューゲルスの「F」を残す形で新たな船出を迎えることになったのです。ちなみに、現在J2で我らがキング・カズも所属している「横浜FC」は、フリューゲルスの存続を願うサポーターの熱意により設立されたチームであることを付け加えておきますpaper

そんなチーム消滅問題のさなか、チームは「負ければその時点でチーム消滅」となる最後の大会「天皇杯」で、神がかり的な力で見事に決勝まで勝ち上がり、1999年1月1日の元旦決戦を迎えましたsoccer

決勝の相手は「清水エスパルス」でしたが、見事にこの試合に勝利し“有終の美”を飾ったのですcrown。この試合を僕はテレビtvにかぶりついて観ていましたが、最後の方は選手も泣きそうになっていましたし、それを見ていて僕も思わず涙が溢れてきたことを今でも憶えていますcrying

この日をもって「横浜フリューゲルス」というチーム完全に消滅し、所属しいた選手も他のチームにそれぞれ移籍を余儀なくされました。選手にとってもファンにとっても、この1998年10月28日から1999年1月1日までの出来事は一生忘れることができませんbearing

それでは今日は、特別に僕が選ぶ「横浜フリューゲルスのベスト11soccer」を発表しますshine

GK 楢崎正剛

DF 佐藤尽、原田武男、モネール

MF サンパイオ、山口素弘、エドゥー、三浦淳宏、永井秀樹

FW 前園真聖、久保山由清

以上が僕が選んだ「夢のフリューゲルスメンバー」ですhappy02

今日は長々と、12年前に惜しまれつつも消滅してしまったひとつのJリーグチームについてお話させていただきましたconfident

実は「フリューゲル」という言葉はドイツ語で「翼」という意味なんです。スポンサーであったのが全日空ということもあって、飛行機airplaneの「翼」から連想して付けたチーム名なのかもしれませんが、残念なことに最後はその「翼」を失くしてしまうことになってしまいましたbearing

でもきっと、僕を含めた多くのファンの心と記憶の中には、今もその大きな翼で羽ばたくフリューゲルスのサッカーsoccerがしっかりと焼きついていますsign03

横浜フリューゲルスは永遠に生き続けます!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

<今日の連想ものとり> 原辰徳→目薬(僕が小学生の頃、「若大将」という呼び名でプロ野球界のスターだった原辰徳が、当時出演していたCMの中で一番印象的なのが「目薬」のCMです。確か『原辰徳は目が命!』のようなことを言っていたはずです。)

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コメント

初めまして。偶然「楢崎正剛」の名を発見して立ち寄らせて頂きました。

そっかー、“昨日”がその日だったんですねぇ。月末の仕事で自分の誕生日も忘れていたくらいだから、もう10年以上も前のことなんて…と言いつつ、今でもそれこそ昨日のことのように思い出されるんですが(苦笑)。

私はJリーグ当初からフリューゲルス一筋だったので、あの日以来、サッカー(ていうかJリーグ)に対する接し方が変わったように思います。
あまり深く立ち入らない、好きなチームは作らない方がいい、みたいな自己防衛本能が働くというか。
好きになってしまうと辛い思いしか残らないような気がして(恋愛話みたいだ・爆)。

でも、北の猫男爵様のように正しく記憶して下さる方がまだ存在していること、とても嬉しく思いました。
いい記事を本当にありがとうございましたcatface

投稿: kit | 2010年10月30日 (土) 11時51分

kitさん
初めましてpaper
コメントありがとうございますhappy01
フリューゲルスファンsoccerの方に読んでもらえて本当に良かったですhappy02
本気で好きになると失った後が辛いこと・・・恋愛と共通するというのも何だか分からなくもありませんconfident
でもいつの日か、kitさんに他の好きなチームsoccerができることを僕は祈っていますよshine
辛い「思い出」は忘れることはないと思いますが、それ以上に何かに「夢中」になれることは大切なことだと思いますからbell
また何かあれば、立ち寄ってくださいね。お待ちしていますhappy01
ありがとうございましたpaper

投稿: 猫男爵 | 2010年10月30日 (土) 18時44分

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