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2009年11月16日 (月)

運命の扉が開かれた日・・・

こんばんにゃ~night 北の猫男爵ですcat

1997年11月16日、今から12年前の今日のことだconfident

日本人の多くが歓喜の渦typhoonに包まれ、その夜は日本中が大騒ぎとなったsign03。日本ではこの出来事を「ジョホールバルの歓喜」と呼ぶ。

そう、サッカー日本代表soccerが初めてW杯のチケットを手に入れた記念すべき日だshine

北海道の大地に生まれ育った僕は当時23歳だった。日本がW杯に行く日を幼い頃から夢見ていた僕は、この日も神に祈る気持ちで一人、自宅のテレビtvの前に座っていた。どうしてもよぎってしまう、4年前の「ドーハの悲劇」の悪夢sad。その残像を振り払うように僕はジョホールバルの地にいる日本代表の選手に声援を送り続けたsign03

勝てばW杯出場up、負ければW杯出場は夢と消えるdown、そんな「天国」と「地獄が」背中合わせのこの試合は、前半39分に中田英寿のスルーパスを受けた中山雅史の先制ゴールで全てが始まったsoccer

思い返せばこのアジア最終予選は苦戦の連続であった・・・bearing

初戦のウズベキスタン戦こそ、キング・カズの4ゴールという活躍で大勝したものの、続くUAE戦は引き分け。韓国をホームに迎えた試合は1対2でまさかの敗戦を喫してしまったのだdespair

挽回を狙った次のカザフスタン戦も引き分けに終わり、この試合後には加茂監督が更迭され、岡田コーチ(現日本代表監督)が監督に就任した。

そんな監督交代劇にも関わらず、次のウズベキスタン戦、さらにはホームのUAE戦も引き分けに終わり、ファンの怒りは限界を超えていたangry。日本のサポーターは暴動を起こし、選手達に物を投げたり詰め寄るシーンも見られた。我らがキング・カズはそのファンの行動に対し、怒りを抑えることができず『文句あるなら来いよ!』と大声をあげたほどだ・・・一番歯がゆかったのは選手達自身であったはずだ・・・

いよいよあとがなくなった日本は、宿敵である韓国の敵地に乗り込み見事に勝利をおさめるup。そして、最終戦であるカザフスタン戦も、出場停止で出れないキング・カズに代わり代表に召集されたゴン・中山の活躍などで大勝し、B組2位を確定させて何とかアジア第3代表決定戦への切符を手に入れたのだpaper

4年前の“悲劇”を過去の出来事にするためにも、そして日本サッカーの未来への道を切り開くためにも、どうしても勝たなかればならない試合、それがこのアジア第3代表決定戦である対イラン戦でだったのだconfident

前半を1対0とリードして終えた日本であるが、後半に入るとイランの反撃を受け、後半開始25秒に同点にされ、さらには後半14分に逆転ゴールを許し、ついに1対2とリードされる展開となってしまったbearing

この時点で、日本人の多くには諦めと絶望がよぎったことであろう。しかし、僕は信じていた日本は必ず勝つsign03と、そうでなければいけないと・・・

そんなピッチで更なる悪夢のような瞬間が僕の目に飛び込んできたeye・・・あのキング・カズが交代を告げられたのだsign03『えっ?俺?』カズが自分の交代を信じられないという仕草を見せた。それはテレビの前に座る僕も同じだったeye『岡田バカか!カズをさげてどうするんだよ!』そんな罵倒する声が思わずもれてしまったangry

しかし現実にこの数試合、カズは調子を落としいてdown得点にも絡めていなかったのも事実ではあった。それでもこの大事な試合で、エースを交代させるということが僕にもカズ自身にも信じられない光景であったことは間違いなかった。

岡田監督はカズと同時に中山もさげ、呂比須を投入した。この交代が功を奏し、後半31分に中田のクロスを城が合わせ、見事にゴールへと突き刺したsoccer。テレビ中継の実況も『城が決めた!』と大興奮したup。僕もこの時ばかりは大絶叫した!『いいぞ城!』と。

そして試合は90分間で決着を見ず、2対2の同点のままゴールデンゴール方式の延長戦に突入したsoccer

ゴールデンゴール方式とは、どちらかがゴールを決めた段階で試合が終了するというシステムである。勝利の女神は、あと数分で日本とイランのどちらに傾くかは既にこの時もう決まっていたのだpaper

日本は延長戦から北沢に代えて野人・岡野を投入した。最終予選を通じて1度も出場する機会の無かった岡野が、この大事な場面でまさに日本のジョーカーとして登場したのだsign03

長い髪をなびかせゴール前にもの凄いスピードで飛び出す岡野に、中田は何度もスルーパスを出したのだが、岡野は決定的なチャンスをことごとく外した。僕もテレビの前で思わず『何やってんだよ岡野!』と興奮気味に力拳を握りしめたrock

そして延長後半13分、遂に運命の瞬間は訪れたsign03

ゴール前に中田がドリブルで持ち込みそのままシュートを放ったsoccer。相手GKが弾いた瞬間、その目の前に走りこんでいたのは、岡野だった!!

岡野はこのボールを冷静にスライディングしながらゴールに押し込んだsign03この瞬間に日本の悲願のW杯初出場が決まったのだhappy02

この瞬間の事を僕はいまだに鮮明に憶えている。グランドを走り回る選手達と同様に、僕も頭の中が真っ白になるくらいの嬉しさで溢れていたhappy01。僕は日本サッカー界の運命の扉doorが開かれた瞬間を目の当たりにしていたのだconfident

そしてその時、遠く離れたジョホールバルとは違う、もうひとつの運命の扉doorも開かれたのだshine

歓喜の瞬間に慕っている中、僕の携帯電話が鳴り響いたmobilephone。電話に出ると、それは友人Nかの声だった。『やったね!日本勝ったね!』同じ喜びを分かち合おうNかが電話をくれたのだhappy01。嬉しい電話であったnoteそしてNかが誰かに電話を代わると言った。次の瞬間、電話の向こうから聞こえてきたのは、どこか聞いた事のあるような懐かしい声だったconfident

その声の主はAゆだった。Aゆとは高校1年生の時に同じクラスだったので、もちろん話したりしたことはあったが、そんなに仲良しというわけではなかった。

『私、Aゆだけど分かる?』

『うん、分かるよ。久しぶりだね。』

『良かったね、日本がW杯行けて。』

そんな、とりとめのない会話が数分間交わされた。おそらく高校1年生以来、約6年ぶりぐらいの会話だったconfident。この時、僕自身の運命の扉も開かれたのだdoor

実は、それからも僕がAゆと会う機会は数回だけで、特に仲良く遊ぶこともなかった。しかし、2002年に開催された日韓大会の年に、僕とAゆは再会することになるconfident。「W杯」が僕に運命を導いてくれていたのかもしれない・・・heart04

1997年11月16日、日本がW杯初出場を決めた夜night、僕はそんな運命の扉が開かれたことにも気づかず、歓喜の雄叫びをあげながら、ひとり自宅のお風呂でビールbeer掛けをして勝利の美酒に酔いしれていたのだ・・・happy02

これが運命の扉が開かれた日の出来事である。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

<今日のMIP> 岡野雅行(今日というよりは12年前の今日のMIPなのだが、彼のゴールが全ての運命を切り開いてくれたのだから、やっぱり彼が今日のMIPにふさわしいでしょう。)

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