古き良き時代。

こんにちにゃ~
北の猫男爵です![]()
早速ですが、上の写真
は我が愛する巨人軍の坂本勇人選手ですが、何かがおかしいですよね?
野球
好きの方ならすぐにわかりますよね
。ユニーホームが普段のものとは違いますよね。このユニホーム、昭和初期の頃を知っているオールドファンの方には非常に懐かしいのではないでしょうか![]()
実はこのユニーホームは、巨人軍創立75周年を記念して作られた復刻版ユニホームなんです![]()

1936年(昭和11年)のアメリカ遠征時に使用されたこのユニホームには、当時の巨人軍を支えていた幾多の名選手が袖を通していたんです![]()
グレーを基調に、胸には「TOKYO GIANTS」の文字、カツコイイですよね
。僕は結構お気に入りです
。もちろん僕は当時のこのユニホームで活躍する巨人の選手のことは知りませんが、よくテレビ
などの昔の映像でアメリカの選手と対決している巨人軍の選手の映像を目にすることはあります。しかし、映像は白黒なのでこういうデザインだったとうことに今回初めて知りました![]()
その当時の選手の中でも一番有名なのが、あの伝説の豪速球投手沢村栄治です。彼の事は野球人であれば誰しもが知っているほどの名の通った選手です。その彼の代名詞とも言える速球
は、現代のスピードガンがもしあれば160kmは軽く越えていたはずだと言われるほどの素晴らしいものだったそうです![]()
アメリカ遠征では、当時のメジャーリーグ選抜の中軸であるベーブ・ルース、ルー・ゲーリック、ジミー・フォックスを全て三振にしとめる大活躍をしたそうです。
沢村はプロ野球史上初のノーヒットノーラン、プロ野球初代MVPと数多くの記録も達成し彼の未来は輝かしい希望に満ち溢れていました
。がしかし・・・戦争が彼の全てを奪ったのです・・・![]()
2度の徴兵により負傷
を追って帰還した彼は再びマウンドにあがりましたが、戦争で痛めた傷は大きく、以前のような活躍はできず1944年に解雇されてしまいました・・・
そして1944年12月、3度目の徴兵中に27歳の若さで戦死し、二度と彼の投球を見る事ができなくなってしまいました![]()
通算63勝22敗、防御率1.74、これが彼が残した成績です。巨人軍は彼の功績をたたえて彼の背番号「14」を永久欠番としました。これは日本プロ野球史上初の永久欠番です。
彼の死んだ30年後にこの世に生を受けた僕ですら、彼の名前を聞けばすぐにわかる、そんな選手が沢村栄治なんです
。今でも「沢村賞」というその年の優れた投手にだけに与えられる賞があります。投手であれば、他のどんなタイトルよりもこの「沢村賞」を一度でいいから獲ってみたいと思うのは、彼のその偉大さからきているのではないかと思います![]()

この復刻版ユニホームは、明後日の7日(火)~9日(木)に東京ドームで行われる対横浜3連戦限定で着用されますが、この3日間だけは当時の古き良き時代の巨人軍を想像しながら応援したいと思います![]()
今の選手たちもきっと、伝統あるこのユニホームに袖を通し、多くの名選手が活躍したこのユニホームに恥じないプレーをする事と思います。きっと、球場のどこかで沢村栄治も懐かしそうに試合を観ているかもしれませんね![]()
静岡県の草薙球場
の前には、沢村栄治の銅像が建立されています。いつの日か僕はこの銅像を見に行きたいと思っています
。きっとその前で目を瞑れば、沢村栄治が一球入魂していた、当時の古き良き時代の日本プロ野球の姿が僕の目にも映るかもしれませんね・・・
それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)
<今日のMIP> 冷蔵庫(サウナの常連仲間です。昨日、フットサルのあとにサウナに行き会いました。たいていは日曜日しかこないはずの冷蔵庫が土曜日にいたのは珍しいことです。)
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