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2008年7月25日 (金)

オリンピック・レジェンド①

こんばんにゃ~night 北の猫男爵ですcat

さて、いよいよ北京五輪開幕まであと14日となりましたsign03もう間もなく今夏最大の祭典が幕を開けるわけなんですが、そんな五輪気分をさらに高めてupいくために、開幕までに全three回に渡り「オリンピック・レジェント」という題名で、僕の心に強く残っている3人の伝説のアスリートについてご紹介していきたいと思いますhappy02

その第one回目である今日お話するのは、“ブロンズコレクター”と呼ばれた、ジャマイカの女子陸上短距離選手「マリーン・オッティ」です。

僕が彼女のことを鮮烈に記憶しているのが、1984年のロサンゼルス五輪です。長い足、そして鍛えられた筋力、こんな凄い女子選手がいるんだ・・・それが僕の第一印象でしたeye。その時の結果は、素晴らしい走りにも関わらず、100m、200mともあと一歩届かず銅メダルでした。

実は彼女は既にこの大会の4年前の、1980年モスクワ五輪でも200mで銅メダルを獲得しており、この頃から既に「ブロンズコレクター」という称号はつき始めたのかもしれませんflair

そしてその後も、1992年バルセロナ五輪200mで銅メダルに終わり、彼女が金メダルを取るのは無理ではないのか・・・という世間の目が向けられるようになったのです。五輪ではいつも優勝候補に挙げられながら、どうしても3位にしかなれない・・・それは彼女自身が一番悔しい思いをしてきたはずですcrying

そして迎えた1996年アトランタ五輪、彼女は既に36歳という年齢になっていました。自身5度目の五輪、彼女の中でもこの五輪に賭ける思いは相当強かったはずです。そして彼女は自分の精一杯の力を出して走りきりましたrun

結果、100m、200mでついに銀メダルに輝きましたshine。金メダルには届くことはできませんでしたが、彼女がブロンズコレクターの呪縛から解放された瞬間でした。僕は今でもあの時の彼女の笑顔happy02を忘れることができません。僕が見てきた彼女の笑顔の中で、一番幸せそうな顔をしていましたhappy01

彼女は2002年にはジャマイカからスロベニアに国籍を移し、2004年のアテネ五輪にはスロベニア代表として出場しました。彼女は40歳以上の100mの世界記録と、67回の10秒台という記録を持っています。

今、彼女は48歳になりました。かつての全盛期のような走りはもうできませんが、彼女は今も現役アスリートとして走り続けていますrun。残念ながら今回の北京五輪には出場できないようですが、その彼女の走りの中には長年追い求めたshine金メダルshineという夢が今もまだどこかに眠っているのではないでしょうかsign03

マリーン・オッティ、彼女のモットーは「生涯現役」だそうです。彼女らしいといえば彼女らしいモットーです。彼女には走り続ける事で多くの人に何かを伝えたという気持ちがあると僕は思っていますdelicious。そのしなやかに走りをまたどこかで目にする事を僕は楽しみにしていますgood

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

<今日の誕生日:7月25日>birthday KONTA(48歳)、ジャガー横田(47歳)、高島礼子(44歳)

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