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2008年7月31日 (木)

オリンピック・レジェンド②

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です

さて今日で7月も終わりです。いつも思いますが、本当に1ヶ月なんてあっという間ですよね。この間、7月になったと思ったのに、もう明日からは8月なんですから・・・この勢いだと夏はすぐに通り過ぎていっちゃいそうですね

でも、ちょっと待ってください秋になる前に、今夏最大の祭典がある事を忘れてはいけませんそうです、いよいよあと1週間後に迫った北京五輪ですまだまだ先の事と思っていたら、気がつけばあと1週間ですよ僕はもう、今から心臓がバクバクと高鳴ってきました

そんな今日は、僕の記憶に残っている伝説の五輪選手をご紹介する「オリンピック・レジェンド」の第弾をお送りしたいと思います。

今日登場する選手の名は、エジプトの柔道家モハメド・ラシュワンという人物です。

皆さんの中には名前を聞いただけで、『あっ、ラシュワン知ってる!』と声をあげる方もいる事でしょう。僕は彼の事は一生忘れる事はないでしょう

彼の名が有名になったのは、1984年のロサンゼルス五輪に出場した時の事です。その時の彼の成績は惜しくも銀メダルでした。しかし、その「銀メダル」には「金メダル以上の価値」があると僕は今でも思っています

彼の事を語る上で欠かせないのが、日本が生んだ史上最強の柔道家山下康裕選手です。1984年のロサンゼルス五輪の男子無差別級は、戦前から「世界の山下」の金メダルで決まり誰しもがそう確信している大会でした。

しかし山下は2回戦で勝利したものの、その試合で右足を負傷してしまったのです。その後、足をかばいながらもなんとか勝ち進み、そして迎えた決勝の相手がこのラシュワンだったのです

畳の上を足を引きずりながら決勝の舞台に立った山下に対し、試合が開始されてからラシュワンは負傷している山下の右足を決して攻めませんでした。普通であれば相手の弱点を攻めるのが定石。勝つためにはそれも作戦のひとつです。

ただ、ラシュワンが選択したのは、フェアプレーの精神でした「正々堂々と戦う、それで負ければ仕方がない。」彼の心にはその精神が宿っていたのです

結果、山下はラシュワンを押さえ込み、一本勝ちで金メダルを獲得しました。僕は当時小学4年生で、この瞬間を家族旅行中に車の中でラジオで聞いた事を今でもよく憶えています。

姉が音楽を聞きたいと言い、僕は柔道が聞きたいと言い、結局父親の一言で柔道を聞く事になったのですが、あの実況を聞けて良かったと思っています。実況の人『ラシュワンは右足を攻めない、攻めません!』と言ったあの言葉が僕の耳に今もこだましています。

そして、その日のスポーツニュースで山下の金メダルの事を放送していたのですが、その表彰式であるシーンを僕は目にしました。山下が表彰台の真ん中にあがろうとした時に、隣りのいたラシュワンが足を痛めて思うように足があがらない山下に手を差し伸べたのです実に美しい姿でしたこれが、真のスポーツマンの姿なんだと僕は強く心に感じました

彼の存在は、この五輪前には全く知りませんでしたし、五輪の後も彼を見る事は一度もありません。でも、僕の記憶に鮮明に彼の存在がインプットされているのは、このロサンゼルス五輪で見た、彼のフェアプレー精神があるからです

「スポーツ」というのものは勝負にこだわる事ももちろん大切な事なんですが、それ以上に正々堂々、そしてお互い気持ちよくプレーする事が一番大切な事なんではないでしょうか

今日は僕の記憶に鮮明に残っている、モハメド・ラシュワンという一人の心優しき柔道家のお話をさせていただきました

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

<今日の誕生日:7月31日> 中山秀征(41歳)、愛内里菜(28歳)、栗原恵(24歳)

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