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2007年11月30日 (金)

僕の宝物 ~PART5~

僕の宝物〜PART<br />
 5〜

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は僕の宝物シリーズの中でも、一番大切なものと言ってもいいくらいの宝物!「巨人グッズ」をご紹介したいと思います。

僕は小さい頃から大の巨人ファンで、小さい頃の夢はもちろんプロ野球選手になって巨人のユニホームを着ることでした。まんざら今でもその夢は諦めてはいませんけどね(笑)今年のドラフトも少しドキドキしながら待っていたんですが・・・

まあその話はさておき、まずは一番上の写真はジャイアンツのマスコット「ジャビット君」です!とても愛くるしいマスコットキャラクターです☆

僕の宝物〜PART<br />
 5〜

このメガホンは、まだミスターこと長嶋終身名誉監督が監督だった2000年にジャイアンツが日本一になった時に、それを記念して作られた限定メガホンです!とてもレアな一品です。

僕の宝物〜PART<br />
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このメガホン2点セットは、現在いる巨人軍の選手の中でも僕が一番好きな高橋由伸のメガホンです。これは東京ドームで購入したお気に入りのメガホンです。

僕の宝物〜PART<br />
 5〜

続いては、今ではこんな姿を見ることができなくなった「KKコンビ」の“うちわ”です!僕は清原が巨人に来た時、泣きながら喜びました。西武に入団した当時の清原の涙は僕の中では消える事はありませんが、それは過去の事、桑田清原が同じユニホームで優勝を目指し、巨人の一員としてプレーする事が僕にとっては一番の喜びでした。今は、二人とも巨人のユニホームと決別しましたが、どこに行ってもこの二人は僕の心の中ではスーパースターです☆

僕の宝物〜PART<br />
 5〜

これはミニバットです。左は高橋由伸、右は懐かしきクロマティです!クロマティのバットは僕がまだ中学生の頃に、札幌円山球場で親に買ってもらったものです。非常に大切な宝物です。そして今となっては非常に希少なものです。

僕の宝物〜PART<br />
 5〜

続いてはレブリカTシャツ①高橋由伸です。こうやってみると、やっぱり僕はヨシノブが相当好きなんですね、ヨシノブグッズだらけです。今年の5月に甥っ子と一緒に東京ドームで巨人戦を観戦したときは、このTシャツを着て応援しました。

僕の宝物〜PART<br />
 5〜

レプリカTシャツ②二岡智宏です。彼の固い守備力と、独特の流し打ちが僕は大好きです。ミスター右中間と呼ばれる彼の打撃に来年も期待します!

僕の宝物〜PART<br />
 5〜

最後はこれも希少なものです。これは今年の5月2日に巨人軍が通算5000勝を達成したことを記念して作られた小封筒で、中には5円玉が入っています。これは、この日東京ドームに足を運んだ人にしか手に入らず、たまたまこの試合を観戦していた東京の甥っ子にこれを貰いました。本当にカワイイ甥っ子です。

今日ご紹介した巨人グッズはどれも僕の大切な宝物です。まだまだこれからも色々な巨人グッズを集めたいと思います。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

し(じ) J.J.レート(じぇーじぇーれーと。1990年代前半に活躍したフィンランド出身の元F1ドライバー。デビューは1989年のスペインGP。イギリスF3チャンピオンとしてデビューを飾った時は大きな期待があったが、予想外に活躍しないまま引退した。同郷のミカ・サロやハッキネンとはカート時代からのライバルだった。)

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2007年11月29日 (木)

ポール・ポジション!?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

「ポール・ポジション」この言葉を辞書で調べると、『モータースポーツにおける決勝レースの先頭の位置で、語源は競馬を見にいった観客がゼッケンが1番の馬の所に立っているポールを確認してスタート位置がわかったから。』と出ていました。

しかし、こんな風にこの言葉の意味を使った事は皆さんありませんか?例えば、汽車やバスなどの通学通勤で、いつも決まったお気に入りの席に座ったりする時に『今日もポール・ポジションに座れた!』みたいな。どうですか?

僕は昨日もサウナに行ってきたのですが、実は今そのサウナでし烈なポール・ポジション争いが繰り広げられているのです。まあ、“し烈”と言いましてもみんな仲の良い人たちばかりなので、譲り合いの気持ちをもって座っていますが(笑)

僕の行くサウナには、前列4席、後列4席、少し離れた所に2席の合わせて10席のシートとテーブルがあります。その中でも、常連組にはある程度それぞれお気に入りの席があります。

前列にはテレビとストーブに近い一番右側の席に山さん(理容関係の社長)、そしてその左隣りに倉本(鉄工所のバイト)、次に携帯PART2(美容師)、そして一番左側の席に腹さん改めウッズが座っています。

そして後列には、右側から猫男爵Hきカク(建設会社社長)、フルーツ牛乳の順で座ることが一番多いのです。

しかし、その座席に最近変化が起きつつあります!このサウナのリーダー的存在の山さんが座席を前列の一番右側から一つ左隣りの席に移動した事を発端に、押し出されるように倉本が後列のHきのお気に入りの席に座りだしたのです。

これに寄ってそれぞれのポール・ポジションが大きく揺れ動きました。倉本がHきの席に来た事により、僕も隣りが倉本では落ち着かないので後列の左から2番目のカクの席に移動し、Hきもそれに合わせてフルーツ牛乳の席へ、カクは後列の一番右側の僕がお気に入りの席へとそれぞれ移動したのです。

たぶん今これを読んでいる方にはさっぱり理解できないと思います。本来なら、これを図解で説明したいくらいです。(笑)暇な人は紙とペンを用意して書いてみて下さい。

『席なんてどこでも一緒じゃないの?』と思う方もいるとは思いますが、ところがどっこいサウナではこの座る席というのはかなりの重要度を占めています。座る椅子によって、寝心地の良い席、悪い席があり、リクライニングの倒れ方ひとつ取っても微妙な違いがあります。また、テレビ好きの僕にとってはテレビの見える角度もかなり重要な割合を占めます。

そして特にこの座席争いで一番頭を悩ませているのは実はHきです。僕は別に今の席でも落ち着くのですが、Hきは早く元の席に戻りたいようです。そのためには倉本が別の席に行くか、Hきが倉本よりも早くサウナに行ってその席に座るしか方法がないのですが、倉本は仕事が終わるのが早いらしく、いつも早い時間から来ているのでなかなか困難を極めています・・・Hきがポール・ポジションに座れる日はいつになるのか・・・

今日名前の出た人は常連組の人ばかりですが、僕の行くサウナには他にも、森末、本PART1、本PART2、赤ラーク、鍋焼き、羽田孜、マスター、偽ドクター、秋篠宮、江頭、ルービー野郎、極楽、大きい高橋克実、貴ノ浪、鳳凰の舞、ねずみ男、中曽根などなど・・・多くの人たちが利用しています。

これから寒い日が一層厳しくなってきますが、サウナでひと汗かき疲れを癒しに行きたいと思う猫男爵でした。僕もできることなら早くポール・ポジションに戻りたいな~

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

け(げ) 源五郎丸洋(げんごろうまるひろし。1980年代にプロ野球阪神タイガースに所属した元プロ野球選手。ポジションは投手。一軍で活躍することなく引退したが、その珍しい名前が印象的で多くの野球ファンの記憶に残っている。)

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2007年11月28日 (水)

我が家の最終兵器!

我が家の最終兵器!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、我が家には4匹の犬がいることは何度もご紹介したと思いますが、今日はその最後の1匹、“我が家の最終兵器”と呼ばれる「グン」という名前の犬をご紹介したいと思います。

我が家の最終兵器!

グンの年齢は確か8歳ぐらいで、オスです。名前の由来は、僕が勝手に付けたのですが、まだグンが幼い頃に僕が散歩に連れていった時に、ものすごい力でグングン歩いていくのでそこから付けたという実に安易なものです。でも、その力はものすごくて僕はグンに引っ張られて歩いていました。

また、グンは4匹の中で一番の大食漢で、早食い王でもあります。犬はご飯を食べるスピードというのは早いのが特徴ですが、その中でもこのグンのスピードは群を抜いています!“グン”だけに!(笑)

我が家の最終兵器!

そしてこの犬の特徴はよっぽどの事がない限り、吠えません。普通、北海道犬はほとんどの犬が吠えます。元来は狩猟犬でもありますし、番犬としても役に立つわけですから、あまり吠えないというのは非常に希少です。

でも、たま~に吠える時があるので、グンが吠えた時はきっと何か一大事だと思って駆けつけます。この前は、グンが吠えていたので見にいくと、ノラ猫がうろちょろしていただけでした(笑)

犬の世界にも「気は優しくて力持ち」がいるんだな~と思わせる犬、それがグンです。今日は我が家の最終兵器をご紹介しましたが、僕にとっては、このグンはもちろんのこと、キョウボウクラッシャーアライ、みんな大切な愛犬です。

これからもずっと仲良くしていきたいと思います。

さて、昨日は週に一度のミニバレーに行ってきました。昨日のメンバーはHこRょう君(3ヶ月ぶりの復帰です)、AゆNかAっけAっちゃん、そして猫男爵7名でした。

昨日は“コフ”ブームが大流行した一日でした。全日本男子のヤマコフに対抗して、HらコフAゆコフNかコフNおコフなどが幾度となく登場しました。

久しぶりに体験したRょう君蜂サーブはやはり強烈で、みんな何度となく刺されていました。Aっちゃんの突きも相変わらずの好調ぶりを発揮しており、みんなを苦しめていました。そして、Aっけが開発した手袋作戦!これは驚愕の裏技でした。体験したい方は、ぜひ来週体育館に来てください(笑)

昨日は少ない人数ながらも楽しい時間を過ごせて良かったです。また来週も楽しく汗を流したいと思います。若干、ふくらはぎのあたりが“コフ痛”になっている猫男爵でした。

ちなみにMVD恒例のクリスマス合宿が来月の15日(土曜日)にせまっています。そろそろ具体的な中身を相談したいので、来週ミニバレーに来れる方は頑張って来てください。宜しくお願い致します。

P.S. 隣のコートで遊んでいたグループの「だるまさんが転んだ」についつい勝手に参加しそうになった猫男爵でしたが、面白そうだったので今度みんなでやりたいな~

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

ね ネルソン・ピケ(ブラジル出身の元F1ドライバー。3度ワールドチャンピオンの栄冠に輝いた実績を持つ。デビューは1978年のドイツGPで通算23勝。)

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2007年11月27日 (火)

あなたの流行語大賞は?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、今年もこの季節がやってきました。そうです!流行語大賞です!

毎年12月上旬が流行語大賞発表の日になってますが、今年も残すところあと数日でその日が訪れます。僕はこの日をいつも楽しみに待ちわびています。

ところで皆さんは、昨年の大賞は何だったか憶えていますか?昨年2006年の大賞は「イナバウアー」「品格」です。ちなみに2005年「小泉劇場」「想定内(外)」2004年「チョー気持ちいい」でした。

何か少し前の事なのにとても懐かしく感じるのは僕だけでしょうか?

では今年2007年の大賞にはいったい何が輝くのか?今年はすでに60のノミネート作品が決定していますが、その中でも有力だと思われる言葉を僕なりにいくつかご紹介したいと思います。

①KY(空気が読めない)

②お友達内閣

③ナントカ還元水

④どげんかせんといかん

⑤オグシオ

⑥ハニカミ王子

⑦サミング

⑧そんなの関係ねぇ

⑨オッパッピー

⑩どんだけぇー

⑪別に・・・

⑫ネットカフェ難民

⑬カワユス(ギザカワユス)

⑭ハケン

⑮ルー語

この他にもたくさんあるのですが割愛させていただきます。

僕個人の流行語としては、今回ノミネートはされていませんが「鬼アツイ」「行ってきー(行ってらー)」「なんちって」「なぬっ!」などがあります(笑)

それはさておき、ズバリ!僕の予想では2007年大賞作品は「どんだけぇー」か、「そんなの関係ねぇ」or「オッパッピー」あたりが選ばれるのではないかと思います。

皆さんはどれが大賞に選ばれると思いますか?そして、皆さんの中での流行語みたいのがもしあれば教えてください。

今日はこれから週に一度のミニバレーに行ってきます。今日も楽しく汗を流してきたいと思います。今日の目標は、全日本男子バレーのヤマコフ205に対抗してネココフ170、もしくはゴッツに対抗してキャッツで、頑張ってみたいと思います(笑)

それでは、行ってき~♪

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

し 士郎正宗(しろうまさむね。日本を代表する漫画家の一人。ファンの間では「シロマサ」と呼ばれている。代表作には『アップルシード』、『攻殻機動隊』などがあり独特の世界観が描かれている。)

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2007年11月26日 (月)

すべらなかった!

すべらなかった!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

日付が変わったので昨日になりますが、昨日は久しぶりのロケがありました。昨日の仕事は『すべっちゃうかもしれない話~PART2~』です。これは本家の「すべらない話」を参考にして始まった企画で、今回が2回目の企画です。

今日も会場はAゆ宅をお借りして開催されました。

参加者はAゆNかのレギュラー陣に加え、NぶさんHこRえYみちゃん7名でした。観客としてWくYざんのちびっ子達も参加しました。

すべらなかった!

今日は、初参加の人にサイコロの目が味方をし、HこやNぶさん、RえやYみちゃんが見事にすべらない話を披露し爆笑を取っていました!

この企画に必要なのは、ネタ帳とサイコロの運、そしてほんの少しの緊張感です。僕は今日はスタジオの入りの時間がロケの1時間半ぐらい前だった為に、余計な緊張感で死にそうでした(笑)でもその反面、2回しか話す機会が無かったです(笑)ですから、用意したネタは山ほど残ってしまいました。これは次回に取っておきます。

すべらなかった!

収録終了後は、打ち上げを近くの居酒屋で開催しました。お酒も入り、とても楽しい宴になりました。やっぱりルービーは最高!!酔ったYみちゃんは面白かった(笑)ある意味、本日のMVPです。

すべらなかった!

打ち上げ終了後、僕は久しぶりにJRを利用して家路に着きました。久しぶりの汽車はとても懐かしく、高校時代の汽車通を思い出しました。

初めて札内駅から汽車に乗りました。久しぶりだけあって凄くドキドキして変な緊張感がありました(笑)

すべらなかった!

これは帯広駅の構内です。乗客は最終列車ということもあり10名程度でした。しばらくの間、汽車に揺られ家路に着きました。定刻通りに着くあたりが、さすがだなぁ~と関心しました。『たまに汽車もありだな!』と思いました。またJRを利用したい思います。

こうして、またしても僕は地タレの道を一歩ずつ歩んでいくのでありました・・・

今日は短時間でしたけど、皆さん楽しい時間をありがとうございました!また、一緒に遊びましょうね!

P.S. 今回、収録した『すべっちゃうかもしれない話~PART2~』は近日中にビデオ化する予定です。ぜひとも楽しみにしていて下さい。そして次回、PART3の参加者も随時募集しますので、今回参加できなかった方はぜひとも宜しくお願いします。

また、『MVDどうでしょう~カントリーサインの旅~』は絶賛レンタル中です。尚、『MVDどうでしょう~スイーツの旅~』は収録が少し遅れていますので、レンタル開始は2008年春頃を予定しています。どうぞお楽しみに!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

こ 小松久(こまつひさし。職業はギタリスト。グループサウンズの時代にはかなりの人気を得た。現在は何組かのユニットでライブ活動をしているが、かつてはTUBE、ZARDなどのディレクターも務めていた。)

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2007年11月25日 (日)

夜明けの流星たち(第17話)

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて11月も下旬になり、いよいよこれから本格的な冬に向かってきましたね。夜になるととても星がキレイですよね。月明かりが地面の雪に反射して、幻想的な世界を演出しています。

そんな冬の夜長にお送りするのは、連続ブログ小説のご存知“ヨアリュウ”です。今日は第17話をお送りしたいと思います。

いよいよ病気との闘いを決意した玲奈は、自分のためにもそして博人のためにも今できることを逃げずに挑むことにした。一方で博人は、野崎から玲奈を守ることで必死だった。そしてその二人の前についに予期もせぬ事が起きてしまう・・・それではお楽しみください。

『夜明けの流星たち』  脚本・演出:猫男爵

☆Story17☆ 『命がけの純情』

翌日、博人は会社のデスクで契約の書類を準備していた。

『よし、これで準備完了だ。あとは契約書にサインを貰うだけだ。!今日の14時にNSEに行く約束だったよな?』

『はい、そうです先輩!』

『ちょっと俺はこれからお昼食べに行ってくるから、直接NSEに行くことにするわ。書類は俺が持っていくから、ロビーで待ち合わせしよう。』

『はい、わかりました。』

稔にそう約束すると、博人は会社を出ていった。

同じ頃、玲奈真希と会話していた。

『そうなんだ。今日は博人さんとランチか・・・じゃあ仕方ないね、私はたまには社員食堂にでも行って食べてくるよ。』

『ごめんね真希、今度美味しいランチご馳走するね。』

『わかったよ、博人さんに宜しくね。』

玲奈も足早に会社を出た。

拓実は建設施工の始まった総合アミューズメントビルの建設予定地にいた。

『第2区画は、今月の下旬までの予定で進めてください。あと、発注確認は下請けの丸新産業の担当が全て引き受けますから、そこへ連絡して下さい。何か問題があればいつでも私の方に連絡して下さい。宜しくお願いします。』拓実は現場監督との打ち合わせをしていた。

そこへ、上司の古屋がやってきた。

『順調にいっているみたいだな。いよいよだな、いよいよ来春にはここにお前の手掛けた城が建つんだな。』古屋は思い深げに話した。

『はい、最初はこのプロジェクトを任された時は正直、俺はどうしたらいいか迷いました。でも部長の一言で目が醒めたんです。俺は今まで自分に自信が持てませんでした。でも、それは自信が持てなかったんじゃなくて、はなっから自信を持とうとしなかったんです。その事に部長が気づかせてくれました。本当に俺は部長みたいな上司の下で働けて良かったです。ありがとうございます!』拓実は思いの丈を古屋にぶつけた。

『何を言っているんだ桜木!もう終わったような話をしやがって。まだこれからが本当の意味での勝負なんだぞ!最後まで気を抜くなよ。』

『はい、わかりました。任せて下さい。』

古屋は嬉しかった。自分の目が節穴でなかったことに、そして拓実の心に自信という一番大切なものが芽生えたことに喜びを感じていたからだ。

そして拓実の顔もまた自信と希望で満ち溢れていた。

その頃、ある場所では警視庁の松田が張り込みをしていた。そこへ警察無線が入った。

『こちら警視庁204、警視庁204、野崎を発見!現在、青山3丁目を西へ徒歩で移動中、どうぞ。』

『こちら松田だ。そのままマル追してくれ、絶対に野崎に気づかれるな。もし何か起こしても俺が現着するまでワッパは掛けるな!わかったな。』

『204、了解。』

松田は唇をぐっと噛み締めると、すぐさま車に乗り込んだ。

南青山の駅前では、玲奈が博人が来るのを待っていた。

『ちょっと早く来すぎたかな。あっ、この場所懐かしい・・・そういえば初めて博人とデートした時もここで待ち合わせしたんだ・・・あの時も、少し早く着きすぎて博人が来るのをドキドキして待っていたっけ・・・』

そんな事を思い出しているうちに、玲奈の瞳からは涙が一粒零れ落ちた。

『だめだ・・・博人の顔を見たら泣いちゃいそう・・・ちゃんと病気のこと話せるかな・・・』

玲奈が母親である真知子に入院する前に一つだけお願いした事。それは、入院して病魔と闘う前に自分の口で博人にその事を全て打ち明けるという事だった。

松田はまだ車の中だった。そこへまた警察無線が入った。

『こちら204、こちら204、どうぞ。』

『松田だ、どうした?』

『野崎は現在、青山1丁目付近を通過、今のところ目立った動きはありません。どうぞ。』

『了解、引き続きマル追続けろ!絶対にあいつは尻尾を出すはずだ。』

松田は空になった煙草の箱を握りつぶし、その表情はさらに険しくなった。

博人を待つ玲奈は時計を見ていた。

『もう来る頃かな博人、なるべく笑顔でいなきゃ!』

そして、その玲奈の背後に一人の男が近づいてきた。玲奈は思わず振り返った!

『ごめん、遅くなっちゃって。』

それは笑いながら走ってきた博人だった。

『もう、何分待たせるのよ博人。』

少しふくれた顔を作り博人を笑わせる、それが玲奈にできる精一杯の演技だった。

『そういえば、一番最初に玲奈と待ち合わせしたのもここだったな・・・』博人もその事を憶えていた。

『そうだよ、ここは私達の思い出の場所だよね。』

『じゃ、ランチ食べに行こう玲奈!凄い美味しいお店なんだって?今日行くところは。』

そう楽しげに話す博人を見ながら、玲奈は病気の事を話すタイミングを伺っていた。

『あのね博人、実は・・・』

『うん?どうした?』

博人の笑顔を見た玲奈は思わず話すことができなかった。『ううん・・・後で、ランチの後でいい・・・』

『・・・そう?わかったよ。』博人は玲奈の顔を見て少し心配になっていた。

その次の瞬間、二人の前に野崎が現れた!

『いやっー!!』玲奈は絶叫した。

『お前か、野崎って野郎は!何しにきた!』博人が玲奈の前に立ちふさがりそう言った。

『誰だお前?最近いつも玲奈といちゃいちゃしているみたいだけどよ!お前、邪魔なんだよ。俺と玲奈の仲を邪魔するんじゃねーよ!消えろ。』野崎は薄笑いを浮かべながら少し低いトーンの声で話した。

『玲奈に指一本でも触れてみろ、許さねーぞ!』

『おもしろいじゃねーか!やってみろよ。』

そして二人は玲奈の前で格闘を始めた。

『ウッ!』

『オアッ!』

二人の殴り合いがエスカレートするにつれ、野次馬も集まりだした。

『誰か・・・誰か助けて!』玲奈の絶叫がこだました。そして次の瞬間・・・

『グサッ!』

『ウッ・・・』

博人が腹部を手で押さえながらひざまづいた。そして、押さえた手のひらには赤い血が・・・

野崎は持っていたナイフで博人の腹部を刺したのだった。

『キャアッー!!』玲奈の悲鳴が響き渡った。

しかし、博人はひるまなかった。その赤く染まった手で野崎の胸ぐらを掴みこう言った。『いいか、刺したきゃいくらでも俺の体を刺せ!でもな、俺は死なないからな!お前が何度玲奈の前に現れようが俺は玲奈を守る!玲奈には指一本触れさせない!いいか、どんな事があってもだ!!』

その命をかけた魂からの叫びに野崎は思わず後ずさりした。

そこへ、到着した松田が駆け寄ってきた。

『野崎!ついに尻尾だしたな!おい和田、時間取れ!』

『はい、12時27分です。』

『よし、野崎龍太、12時27分、銃刀法違反並びに殺人未遂の現行犯で緊急逮捕する。これより署に連行する!』

松田は自分の手で野崎を逮捕した事に満足感を感じていた。

『よし、連れて行け!あとは署でじっくり取り調べしてやる。』そう言うと松田はすぐに博人のものに駆け寄った。

『おい、大丈夫か!今、すぐに救急車来るからな。』

『松田さん、俺なら大丈夫です。ちょっとかすっただけですから・・・』そう言うと博人は立ち上がり、野崎のもとに歩み寄った。

『おい、野崎!』

野崎は思わず振り返った。

『いいか、もう二度と玲奈の前に現れるなよ!わかったか!約束しろ!』

野崎の鋭い眼光を遥かにしのぐ、博人の厳しい眼光に思わず野崎はたじろいだ。

『わ、わ、わかったよ・・・約束するよ。もう二度と玲奈には会わないよ・・・』野崎は少しビクビクしながらそう答えた。

『博人君、あとは俺たちに任せろ。もう二度とあいつを自由にはさせないよ、安心しろ。』松田は博人に優しく声をかけた。

『はい。』博人は少し安堵の表情を浮かべた。

そしてすぐに玲奈のもとに駆け寄ろうとしたその時、博人の目に入ってきたのは、さっきまで悲鳴をあげていた玲奈が路上に倒れ込んでいる姿であった。しかも鼻から出血しながら・・・

『玲奈!どうした!玲奈!』博人は玲奈を抱きかかえ叫んだ。

ちょうどそこへ、松田が先ほど呼んだ救急車が到着した。辺りは騒然となっていた。

『玲奈!!』博人は玲奈の名前を叫び続けることしかできなかった。自分の傷の事など忘れて。

救急隊員により、玲奈を博人は救急車に乗せられた。そしてすぐに救急車は動き出した。

救急車の中では玲奈と博人の応急処置が行われていた。

『俺は大丈夫ですから、玲奈を助けてやってください!』

博人は出会った日と同じように玲奈の手を握りしめていた。ただ、あの日と違うのは、玲奈の白い細い手は博人の血で赤く染まっているということだった。

すると、玲奈が必死に小声で呟いた。『博人、ごめんね・・・』

『何言っているんだよ玲奈!もう安心しろ、あいつは二度と玲奈の前には現れないからな。』

『ありがとう博人・・・聖北総合病・・・』そう言うと玲奈は気を失った。

『玲奈!玲奈!しっかりしろ!聖北総合病院だな!わかった。聖北総合病院に行って下さい!お願いします!』

博人が自分の身を呈して守った玲奈の命、しかしその命は病魔という博人にとっては予想しなかった敵により奪われかけていた。その真実をまだ博人は知らないまま、二人が出会ったあの日と同じように、二人を乗せた救急車は無情にも運命の旅路の果てへと進んでいた。そこへ待ち受けているのは、終着駅なのか、それとも・・・ To be continue

自分の命を張ってでも野崎から玲奈を守った博人でしたが、悲しくも玲奈は病魔の力にはどうすることもできなかった。この先、二人に未来はあるのでしょうか・・・感動のクライマックに向けて、いよいよドラマは動き始めました。次回、第18話も乞うご期待!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

き キャロライン洋子(きゃろらいんようこ。元女性タレント。子役からドラマ・舞台等で活躍した後に、CMやクイズ番組にも出演していた。後に活動の場をアメリカに移すが程なくして活動を停止した。)

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本人映像!?

本人映像!?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日はカー用品を購入しにカー用品店に行ってきました。いつも思うことなんですが、カー用品店に行くと、ついつい余計なものまで欲しくなり買ってしまうんですよね・・・

本人映像!?

今日はヘッドライトが切れたのでそれを購入したのと、解氷スプレー(北海道らしいですよね)、それに小物の車内アクセサリーなどなど・・・合計すると1万円くらいになっちゃいました(泣)

本人映像!?

その後は、友人Hきと久々にカラオケへ!

ものまね四天王の仲間である僕とHきは、たいていカラオケに行くとそこはもうモノマネの練習の場に変わります(笑)

今日は本人映像をうまく利用して、モノマネの練習に励みました。

本人映像!?

Hきの十八番と言っても過言ではない、松山千春(髪がまだある頃)です。

本人映像!?

続いてHきが挑戦したのは、淡谷先生(淡谷のり子)です。野口五郎ばりにモノマネしてました(笑)

Hきの今日のメニューは他に、森進一前川清などのいつものレパートリーに加え、秋川雅史伊藤由奈などの新作にも果敢にチャレンジしてました。

そして僕、猫男爵も小林旭長渕剛福山雅治などのいつものレパートリーを練習した後に、ムーディー勝山もんたよしのりなどの新作の練習に励みました。非常に収穫のある2時間でした。まだまだ貪欲にいろんなモノマネに挑戦してみたいと思います!

本人映像!?

そして、本人映像の中で素晴らしい映像を発見してしまいました!僕らの永遠のアイドル“森高千里”です!久しぶりにみた森高はやっぱ超カワイイ!江口っちゃんだから、まあ僕らも身を引いてやりましたが、いつになっても僕とHきの中では嫁にしたい女第1位です(笑)

本人映像!?

カラオケで盛り上がった後は、いつも行くそば屋さんに。今日僕が注文したのは「鴨南そばと天丼のセット」です。とても美味しかったです。

その後、整備士の友達がいる某自動車会社に行き、小一時間くらい話し込んできました。

本人映像!?

そして昨日に続き2日間連続でサウナへ!今日のメンバーは、僕とHきの他に、ちょうど帰るところだった偽ドクターと、僕らより少し早くに来ていた倉本(鉄工所バイト)、そして9時過ぎに遅れて登場したカク(建設会社の社長)でした。

今日は爆睡とまではいきませんでしたが、ゆっくりとくつろぐことができました。これで疲れも一気に取れました。

本人映像!?

最後の締めは、迷った結果「コーヒー牛乳」で締めました。

今日も一日、有意義な一日でした。明日も楽しい一日でありますように!おやすみなさい☆☆☆

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

な ナンシー関(なんしーせき。職業は女性コラムニスト。芸能人を批評するコラムと、その挿絵として使われた消しゴム版画で多くに知られた。松本人志や高田文夫なども彼女のファンの一人だったが、2002年に41歳の若さでこの世を去った。)

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2007年11月23日 (金)

樹木も人と同じ

樹木も人と同じ

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、僕の憧れのひとつに“植木職人”というのがあります。本気で造園業を志した時期もありました。

樹木って自分で手入れしてみると意外と楽しいものですよ。枝の伸び方ひとつをとってもその年によって全然違いますし、害虫や病気で枯れてしまう事もあるので、そうならないように管理するのも責任重大です。

僕は、植木剪定の講習会に何度か参加した程度で、資格を持っているわけでもないので、剪定の仕方は「我流」です。ですから、人にお見せできる程の腕前ではないのですが、今日は自宅の庭の剪定風景をご紹介したいと思います。

まずは一番上の写真ですが、これは常緑針葉樹のイチイという木です。北海道では通称オンコといいます。剪定の時期はその木にもよりますが、初夏に1回、秋に1回程度(年に1回でもかまいません)が理想だと言われてます。

我が家にもオンコは数本ありますが、毎年剪定するのが僕の楽しみのひとつです。

樹木も人と同じ

これは(アンズ)の木です。今年はそんなに実がなりませんでした。果樹の剪定は通常今時期の11月~12月に行うか、春先2月頃に行うのがベストです。この剪定をすることで、冬期間の養分の蓄え方が決まり、春には芽が出て、そして実がたくさんなるのです。ですから、剪定は非常に大切なんです。

樹木も人と同じ

脚立などを使っても届かない高い枝を切る時に登場するのがこいつ、「高枝切りバサミ」です。この道具があるおかげで、手の届かない高い所の枝を切る事ができます。

樹木も人と同じ

秋に色鮮やかに紅葉していたモミジの木も、すっかり冬バージョンに衣替えです。枝を切り、すっきりしたモミジはまた来年の秋に、僕の目を色鮮やかに楽しませてくれることでしょう。

樹木も人と同じ

切った枝を集めることも大切な仕事のひとつです。この枝はもう少し短く切り、ゴミ袋に入れてゴミに日に出すことにします。

樹木も人と同じ

そんな様々な樹木のたちの中で、唯一まだ青々とした葉がついている木があります。グミの木です。まったく寒さ知らずというか、季節感がないというか、珍しい木ですね。

樹木も人と同じ

休憩中に、作ってみました。小っさい「雪だるま」です。もうこんな季節なんですね・・・冬だ・・・

樹木も人と同じ

最後は男爵村の冬の光景です。今回降った雪は根雪になりそうな気配です。それでも、東北地方で降っている大雪に比べたら、この程度の雪なら恵まれていますよね。

今日は天気も良かったので、朝から庭の剪定作業でひと汗かきました。人間は髪が伸びたり、お洒落をするときは美容室に行きますよね。それと同様に樹木たちも伸びた枝を切ってほしいだろうし、格好がいい方が嬉しいと思います。だから、僕は樹木たちの枝をキレイに切ってあげることが僕の役目だと思ってやっています。樹木も人と同じなんです・・・

さて、今日はとても疲れたので、1週間ぶりにこれからサウナにでも行ってこようと思います。今日のサウナはいつも以上に気持ち良さそうだ!それじゃ、行ってき~♪

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

う 宇治川麗菜(うじがわれいな。東京都出身の19歳の女性タレント。特技はキックボクシング。)

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2007年11月22日 (木)

恋人が帰ってきました

恋人が帰ってきた

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日11月22日は語呂合わせで「いい夫婦の日」です。夫婦円満これが何よりですよね!そんな記念すべき日に恋人が帰ってきました!とはいっても別に僕の恋人じゃないですよ(笑)僕に恋人はいませんから・・・(泣)

そうです、北海道民ならず日本中の人から愛されている恋人、「白い恋人」です。

今年の夏に発覚した、石屋製菓による「白い恋人」の賞味期限改ざん問題がもたらした影響は大きく、全商品の自主回収を行い、本社工場は操業を停止するまでに至りました。消費者の信用を裏切ったわけですから当然と言えば当然なのですが、やはり一道民の感情としては、長年に渡って北海道の代名詞としてその名を誇ってきた「白い恋人」が店頭から消えていくのは寂しい限りでした・・・

そんな「白い恋人」が保健所からの了承を得て、本日から店頭に並び、約3ヶ月ぶりに販売が再開されました。本当に涙が出るくらい嬉しいです。ニュースでもやってましたが、多くの人がこの復活を待ちわびており、早速大量に買い求めているお客さんもいました。中には、横浜からわざわざ買いに来たという人もいました。本当に道民としてはその気持ちが嬉しくて仕方ありません。

しかし、これで問題が全て解決されたわけではありません。総額10億円と呼ばれるお金をかけて、徹底した衛生管理システムに改善した石屋製菓のこれからするべき事は山積みです。二度と同じ過ちを繰り返さないようにする徹底した管理体制と、そして何よりも失った信頼の回復が最優先課題です。

どんな事でもそうですが、“信用”というものは一度失うとそれを取り戻す事は並大抵の事ではありません。本当に死に物狂いで取りくまないといけません。それをもう一度腹に据えて、北海道最大ブランドの真の復活を遂げてほしいと思います!

「白い恋人」の誕生には、当時の社長があるの日に偶然聞いた『白い恋人たちが降ってきたよ』という何気ない一言が商品名の由来であるというエピソードがあります。あの日の新鮮な気持ちに帰り、北の大地に舞う粉雪のような淡いそしてどこか暖かい商品に、もう一度復活することを僕は心から祈念します!

石屋製菓と「白い恋人」の本当の戦いはこれからです!

『約束します。』その言葉を僕は信じます!

「白い恋人」は僕の、そしてみんなの恋人だから・・・

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

り 林威助(りんうぇいつぅ。プロ野球阪神タイガースに所属する台湾出身の外野手。中国国籍であるが、高校・大学と日本でプレーしていたため日本人登録選手扱いになっている。今年はレギュラー争いをするまでに成長した。背番号は31。)

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2007年11月21日 (水)

闘魂列伝 ~新時代~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日も一日寒かったですね~特に朝晩の冷え込みが厳しくなってきました。そして道路状況も最悪・・・大きな主要道路はアスファストが出て走りやすいのですが、ちょっと日陰の小道に入ると、ツルツル路面です・・・スケートリンクの上を車で走っているような感覚です。今日はあちこちで交通事故が多発したようです、皆さんも運転には気をつけてくださいね。特に冬道というのは自分が気をつけていても、相手がいきなり衝突してくる事がありますからね。

そんな車の運転ですが、今僕は車の中で毎日のようにBUCK-TICKを聞いています(笑)リバイバルです(笑) ルー大柴が見事にリバイバルしたように、今僕の中ではBUCK-TICKが超リバイバルです!皆さんの中でも何かリバイバルってありますか?

さて、今日の話題はプロレスです!プロレスファンの方、ご無沙汰してました。今日はいよいよ闘魂列伝の最終回「新時代」をお送りいたします。

時代は21世紀に入り、闘魂三銃士や第三世代が活躍する時代から若手の時代へと変貌をとげていきました。その象徴とも言われるのが「新闘魂三銃士」と言われる、棚橋弘至中邑真輔柴田勝頼の3選手です。

その中でも一番スター性があり、さらに実力もあった棚橋が新日本の門を叩いたのは1999年です。天才と言われたその才能はすぐに開花し、2002年頃には若手の一番手としてメインを張る程のレベルまでに達しました。

しかし、彼に悲劇が・・・当時交際中だった女性タレントに別れ話のもつれからナイフで背中を刺されるという事件が起きました。僕も新聞で「棚橋刺される!」のニュースを目にしてビックリした事を思い出します。一時は選手生命も危ぶまれるほどの重傷でした。これも、イケメンレスラーの宿命と言ってしまえばそれまでなんですが・・・

奇跡の生還を遂げた棚橋は復帰するとすぐに、吉江豊とIWGPタッグ王座、永田裕志とGHCタッグ王座をつづけざまに獲得し見事に新日本プロレスのスターダムを駆け上がっていきました。

「飛龍伝承」というニックネームからもわかるように、棚橋のリングスタイルは藤波辰己に影響されるところが多く、得意技もドラゴンスープレックスやドラゴンスリーパーなどの藤波の技があります。それに加え、フライング・スリング・ブレイド、フライング・フォーアームなどの空中技も得意技としてあげられます。

そしてその棚橋と対比するように注目を集めたのが中邑です。彼の特徴は何と言っても打撃、関節技を主体としたファイトスタイル。その地味な技のためか、棚橋のような華麗な技を求めるプロレスファンにとってはあまり人気がありません。スター性という面では棚橋に比べ、あまりにも落ちてしまうのが少し残念です・・・

先輩でもある永田からは『レスラーに必要な「キレ、パワー、怒り」が全て欠けている』と酷評されたこともあります。

中邑はなかなか目立った活躍ができぬまま、会社への反抗ともいえる言動が会社批判ととられ、2006年に無期限の海外遠征に放りだされてしまいます。そしてその半年後に帰国を果たしますが、蝶野の元でヒールスタイルへと路線変更するに至っています。僕的にはいまいちぱっとしないレスラーです。

ちなみにこの二人と共に「新闘魂三銃士」として騒がれた柴田は、二人のような活躍ができす2005年に退団したために「新闘魂三銃士」も同時に消滅しました。

こうした状況の中、新日本プロレスは大きな転換期を迎えたました。2006年の契約更新時期に退団する選手が続出したのです。この背景には経営事情の悪化が選手の年俸に反映されたことがあり、選手とリングアナも含め10数人が退団し、さらに木村スカウト部長や元社長でもある藤波などの新日本を支えてきたそうそうたる面々が他団体へ流れていったのです・・・

このため現在は、所属選手中心の興行から、短期契約選手や他団体の外部レスラーの参戦が占める割合が高くなってきているのが現状です。

新日本プロレスを昔から愛してきた僕のようなプロレスファンにとっては、本当に切なく悲しいお話です・・・まさに今、新日本は危機的な状況といっても過言ではないでしょう。

まずこの危機的状況を回避するには、ピンチをチャンスに変えること。若手にとっては大きなチャンスですし、今残っている蝶野や天山を中心とした現場の中堅・ベテラン勢はまずはリングでその結果を残し、一人でも多くの観客のハートを掴むプロレスを見せなければならないと思います。そういう姿を、決してプロレスファンは見逃しませんから!頑張ってほしいです!

プロレスは悪く言えば、金稼ぎの興行と言われることがあります。観衆を沸かせてナンボという見方もされます。しかし、その根底あるのはプロレスはスポーツだという事です。汗を流し必死に練習に励み、それをリングの上で精一杯出し切る。それこそがプロレスの美学ではないでしょうか・・・そんな姿を見た観衆は、そんな選手の必死さに魅了され虜になる・・・それがプロレスです!それがスポーツです!そういうところにフロントなり現場が目を向ければ、新日本にも明るい未来が開けてくるのではないでしょうか?そんな風に僕は思います。

今後の新日本プロレスの復活を心から祈念します!

8回に渡りお送りしてきた、この「闘魂列伝」も今回で最終回です。長らく見ていただいたプロレスファンの方には心より感謝致します。またどこかでプロレス、特に新日本プロレスについて熱くお話できる事もあるかと思います。その時はぜひまたお付き合いをお願い致します。

そして、「ジャニーズ」、「新日本プロレス」と続いたこのシリーズものの第3弾も現在企画中です。そのシリーズが始まった際には楽しんでいただければ幸いに思います。

それでは、最後は新日本プロレスらしくその創設者であるあの方のセリフで締めたいと思います!皆さんご唱和ください!いいですか~! 

1!2!3!ニャー!!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

す 砂原良徳(すなはらよしのり。北海道札幌市出身のミュージシャン。1990年代に人気を誇ったテクノバンドの電気グルーヴの元メンバー。)

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2007年11月20日 (火)

ガリレオへの挑戦状!

ガリレオへの挑戦状!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

この写真は、今年の夏に僕が自宅の前で撮影に成功した“火の玉”です!

猫男爵:『どうですか?天才湯川先生(福山雅治)は、この写真をどう思いますか?』

湯川先生:『実におもしろい、そして実に興味深い写真だ・・・』

猫男爵:『“火の玉”、別名「人魂」。これは死んだ人の魂が浮遊しているものだと、昔から定説になっていますが、この科学の発達した時代に実際にそんなものが存在すると、湯川先生なら思いますか?』

湯川先生:『う~ん・・・さっぱり解らない・・・しかし、結果にはすべて原因がある!それが科学だ。』

猫男爵:『では、この“火の玉”をどう説明するのですか?』

湯川先生『・・・・・』

fch+ch-3Lch×(326+A㎡-P6)×NHV㎡-V÷(dy-oh)・・・・・

湯川先生:『謎は解けたよ猫男爵君。』

猫男爵:『何ですって!』

ガリレオへの挑戦状!

湯川先生:『この物体は科学の世界で証明できるものだ。可燃性のものが明らかに燃えている物体だ。その証拠に、物体の場所に寄って温度差がある。これは物質が可燃している状態にしか起きない現象だ。どうだね?猫男爵君。』

猫男爵:『・・・・・』

湯川先生:『ついでにもう一つ付け加えておこう。おそらくこれは花火か何かだろう。夏に撮ったと言っていたし・・・それに1枚目と2枚目の写真では写した人の立ち位置が全く逆になっている。実際に火の玉を見た時にそんな余裕があるだろうか・・・この写真は計画的にかつ慎重に撮影されたものだ。まあ、科学的な根拠は全くないので、あくまでも論理的なものだがね。』

猫男爵:『さすが天才と呼ばれる人ですね。その通り、これは“火の玉”に見える花火です。ちょうど、東京から姪っ子が来ていた時に、おもしろそうだから買って遊んだんですよ。そして記念に写真におさめておいたんです。でも、まさか湯川先生のような方がテレビに出てくるなんて思わなかったので、この写真を大事にとっておいて良かったです。きっとこれを撮った時から、まだ知らぬ湯川先生に挑戦する事はすでに決まっていたんでしょうね・・・』

湯川先生:『実に夢のある話だね猫男爵君。そうであってほしいものだ・・・今回の君の挑戦は科学的に解決できた。しかし、世の中には科学で証明できないもののほうが多いのかもしれない・・・またいつでも挑戦したまえ(笑)』

猫男爵:『わかりました。ありがとうございます。』

と言った感じで、今日は『天才湯川教授VS猫男爵』の夢の対決でした。

月9のドラマ『ガリレオ』に登場する福山雅治演じる湯川先生は、クールで頭の切れる天才教授ですよね。でも、どことなく人間味があり人の気持ちがよく解る人です。実際は科学では証明することのできない人間の心に一番興味があるのかもしれないですよね。

昨日も『ガリレオ』見ましたけど、柴崎コウ超カワイイですよね。ごめんなさい余談でしたね(笑)

さて、今日はついに僕の住む十勝地方でも本格的な初雪が降りました。この雪のせいで今日は仕事が残業になり、週に一度のミニバレーにも行けませんでした・・・せっかく楽しみしていたのに。来週はミニバレーに行ってたくさん楽しみたいと思います。本家のバレーのゴリゴッツ、さらにはヤマコフ205にも負けないように(笑)

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

え エリック・コマス(1990年代前半に活躍したフランス出身の元F1レーサー。デビュー当時は「プロストの後継者」と言われたが目だった活躍はできなかった。)

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2007年11月19日 (月)

夜明けの流星たち(第16話)

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、今日は連続ブログ小説第16話をお送りしたいと思います。

この夏にスタートしたこの小説も、今日の第16話を入れていよいよ残すところあと5話です。

博人が必死に守ろうとする玲奈には白血病という大きな病があり、博人はその事実をまだ知らない。そんな中、玲奈は野崎という過去に暴力を受けた男に再会する・・・一方で博人は刑事の松田から野崎の過去の話を聞かされ、玲奈を守ることを誓うとともに野崎に対する怒りを感じていた。それでは続きをどうぞお楽しみください。

『夜明けの流星たち』  脚本・演出:猫男爵

☆Story16☆ 『決断』

博人玲奈、そして彩香を乗せたタクシーが玲奈の家の前で止まった。その音に気づいて家から真知子が飛び出してきた。

『玲奈!大丈夫!』

『大丈夫よお母さん、もう大丈夫だから。』

『怖かったでしょ?あの男、絶対に許さないわ!』真知子は怒りを抑えきれなかった。

『お母さん、博人が私を守ってくれるんだから大丈夫よ。それに、今日は彩香さんが私を助けてくれたの。』そう言うと玲奈は彩香を紹介した。

『あなたが彩香さんね。本当に今日はありがとうございました。何て御礼を言えばいいのか・・・』

『御礼だなんて・・・私はたまたま通り掛かっただけで。』

『これじゃ、私が博人に最初に助けられた時と同じだね。』玲奈はそんな冗談を言って明るく振舞った。

『そんな冗談が言えるなら大丈夫ね、少し安心したわ。』真知子も安堵の表情を浮かべた。

『玲奈、あなたはこんなに守ってくれる人たちがいて本当に幸せね。その事だけは絶対に忘れちゃだめだよ、わかった?』

『うん。』玲奈は素直に真知子の助言を聞き入れた。

『玲奈、いいかどんな些細な事でもいいから何かあったら、ちゃんとお母さんか俺に話すんだぞ。絶対に守ってあげるからな。』

『ありがとう博人・・・』博人の優しい気持ちに玲奈は思わず涙が零れ落ちそうになった。

玲奈を送り届けた博人と彩香は、玲奈の少し落ち着いた顔を見届けると、家路に向かい歩き始めていた。

『そんな過去があったんだね玲奈ちゃんには・・・辛かったよねきっと・・・』彩香がうつむきながら呟いた。

『でも、これはいずれにしても乗り越えていかなければならない壁だから。』博人の目は真剣だった。

『そうね、それに博人がいれば必ず玲奈ちゃんも乗り越えていけるよ。』彩香は自分の中で博人に対する思いをかき消そうと必死だった。

『きっとあいつは野崎は、また玲奈の前に現れるはずだ。もう二度とあいつを玲奈に近づかせないためにも、その時がチャンスなんだ・・・』博人はいつになく怖い顔をしていた。

『博人、大丈夫?あんまり無茶はしないでよ・・・』

『わかってるって。』

そう答える博人を見ながら彩香は不安な気持ちでいっぱいだった。

それから数日間、博人は仕事も早めに切り上げて、帰宅する際には玲奈と一緒に帰っていた。そのかいがあってか、野崎が姿を現すことは無かった。

『博人、心配してくれるのは嬉しいけど、大丈夫なの?今、大事な契約の仕事があるんでしょ・・・そっちは大丈夫なの?』

『大丈夫だよ、仕事はちゃんとやっているから。玲奈はそんなこと心配しなくていいよ。』博人は笑顔で玲奈にそう言った。

『それならいいんだけど・・・』玲奈は少し浮かれない表情だった。

その時、博人の携帯が鳴った。

『もしもし、あっ松田さんですか。はい、今のところ何も起きてませんが・・・野崎の情報は何か入りましたか?』

『こっちは全く手掛かりなしだ・・・ここ数日、あいつの行きそうな所をくまなく当たってはいるんだが、全部空振りだ・・・だが、絶対にあいつは動いてくる!何かを企んでいるはずだ。だから、君の細心の注意を払っていてくれ。どんな小さな事でもいいから何かあったら直ぐに連絡をしてくれ。』

『はい、わかりました。』博人は玲奈を守ることで頭がいっぱいだった。

玲奈はそんな博人の顔を見て少し心配になっていた。自分の病気の事を忘れるくらいに。

「ピッチハウス」では拓実と彩香が二人でカウンターに腰を掛けていた。

『そうか、玲奈ちゃんにそんな過去があったとはな・・・でも、博人の気持ちもわかるよ。そんな危険な男を大切な彼女に近づけたくない気持ち、それは当たり前だし、守らなければっていう正義感、それも当然だよな・・・』拓実はしみじみとそう語った。

『それもそうなんだけど、私が心配なのは博人が無茶な事をしないかなって事なの。今の博人は何か普段の博人とは違うような気がして。』彩香は拓実にそう言った。

『彩香・・・博人のこと諦めきれないのか?』

『・・・・・』彩香は少し黙り込んで、そして話しだした。

『ううん・・・大丈夫だよ!あれはもう終わったこと、私と拓実だけの秘密でしょ?博人には玲奈ちゃんっていう大切な人がいるんだから、もうその話は終わり!わかった拓実!』

『うん・・・』拓実はそんな痛々しい彩香を見るのが辛かった。

玲奈が家に帰ると、真知子が待っていた。そしてその顔には少し元気が無かった。

『どうかしたのお母さん?』

玲奈の呼びかけに対し真知子は口を開いた。

『玲奈、すぐに入院の準備をして!ついさっき、病院から連絡があったの・・・検査の結果が出て、あんまり状況は良くないいって・・・あなたの体は少しでも早く治療に入らなければならない状態だって。玲奈、最後まで諦めちゃだめよ!生きるのよ!わかった!』真知子は涙ながらに玲奈に叫んだ。

『お母さん・・・』玲奈も言葉に詰まった。

『わかった。私、頑張るから!できる事をしないで諦めるよりも、今自分のできる事を精一杯やらなきゃ!だって、博人が私の事を守ってくれているんだもん。今度は私が自分で自分の体と闘う番だよ!』

『玲奈・・・』真知子はその玲奈の心のこもった言葉に思わず涙が溢れてきた。

『お母さん、入院は明日の夕方でもいいかな・・・その前に一つだけお願いがあるの・・・』t玲奈は真剣な表情でそう言った。

ついにその時が来てしまった・・・玲奈は目の前にある大きな壁と今必死に闘おうとしていた。その暗黒の心の中には、博人というたった一つの希望の光りがあり、それだけが今の玲奈の気持ちをコントロールしていたのだ・・・    To be continue

さあ、いかがでしたか第16話。玲奈を必死に守ろうとする博人、そしてついに病魔との闘いの時が訪れ、博人のためにも強い気持ちで闘うことを「決断」した玲奈。お互いがお互いの事を一番に考え、そして未来を信じている姿が都会の夜空にはどんな風に映し出されていたのでしょう・・・次回第17話で事態は急展開を見せます!乞うご期待!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

め 目黒萌絵(めぐろもえ。2006年トリノ五輪日本女子カーリング代表選手。生まれ育った南富良野町で小学3年生からカーリングを始め、4年生の時に釧路から転向してきた同じく日本代表の寺田桜子を誘い、カーリングチーム「空知こざくら」を結成して以降、数々の大会で結果を残し、現在に至る。現在は弘前大学に在学中。)

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2007年11月18日 (日)

どうなるの日本代表監督?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

一昨日の金曜日、あまりにも衝撃的なニュースが日本中をかけめぐりました。

『サッカー日本代表オシム監督、脳梗塞で緊急入院!』

この一報を耳にした僕はしばらく呆然としてしまいました。オシム監督は2010年南アフリカで開催されるW杯に標準を合わせ、昨年のドイツW杯終了後に監督に就任し、『考えて走るサッカー』という今までの日本には無かったサッカースタイルを着々と確立させようとしていただけにショックで仕方ありません・・・

おそらく一番ショックを受けているのはご家族の方はもちろん、オシムに直接指導を受けてきた多くの選手達だと思いますが、日本中のサッカーファンもそのショックの大きさは隠せないと思います。

2日経った今日も状況は変わらず依然と小康状態ということですから、少しでも状態が良い方向に向かってくれることを願わずにはいられません。

しかし、残酷な事に時というものは決して待ってはくれません・・・来年の2月からはW杯アジア3次予選がスタートします。今の現状であれば、たとえオシム監督の状況が回復に向かったとしても監督を続行できるまでのことは、おそらく残念ながら望めないでしょう・・・

そうなると監督代行なり新監督を選出しなければならないと思います。日本サッカー協会でも当然そのような不測の事態に対する考えはあるとは思いますが、今日は僕個人の独自の理論で監督候補を選出してみたいと思います。

まずは①外国人監督の招へい案

サッカー日本代表は1990年代前半から外国人監督の招へいを推進してきました。オフトから始まり、ファルカン、その後は加茂、岡田と日本人を挟んだ後にトルシエ→ジーコ→オシムと。

それぞれ独自のサッカースタイルを展開する外国人監督の考えに対応できたのは、日本人選手の器用さがあっての事だと僕は思います。そして今回も、もし外国人監督を招へいするのなら、まず名前が挙がるのが川渕キャプテンの「永遠の恋人」であるベンゲルでしょう。しかし、ベンゲルは現在イングランド・アーセナルの監督を務めており、彼の就任は99%ありえません。

そこで、候補に急浮上するのが現在浦和レッズの監督を務めているオジェックです。先日のアジアCLで見事にレッズをチャンピオンチームにまで昇り詰めさせたその手腕には、協会からの評価もかなりのものがあります。しかし、彼も現在のレッズ監督という立場上からも難しいと考えられるでしょう。

そこで僕が考える奥の手は元名古屋グランパスにも在籍していた、元ユーゴスラビア代表のストイコビッチです。彼はユーゴスラビア代表時代はオシム監督の教え子であり、オシムの考えには一番の理解があるし、もし今の日本代表のサッカースタイルを継承するなら、すんなりと溶け込めることでしょう。彼は来季J1名古屋の監督に就任するという噂もあり、その動向には注目が集まっていますが、外国人監督を招へいするなら僕なら彼を選びますね。

次に②実績のある日本人監督案

この考えの場合、今のオシムのサッカースタイルを一度ゼロに戻さなければならないというデメリットもありますが、少し応用の効く監督であれば今のスタイルを残しつつも新しい独自のサッカーと融合させるという方法も可能なはずです。それが良い結果を残すかどうかは実際やってみないと何ともいえないと思いますが・・・

そこで名前が挙がるのが、西野監督(現在ガンバ大阪の監督)です。彼はアトランタ五輪の監督を務めたり、Jリーグでも監督経験が豊富で実績も十分ですし、あらゆる世代の選手に理解があるという点では、僕は最適任者ではないかと思います。

さらにもう一人名前が挙がっているのが岡田元代表監督です。皆さんご存知フランスW杯で指揮をとった監督です。彼は、その時も予選中に加茂監督の更迭の後をついで監督を任されたという経験があり、今回のような代役的なことには慣れており適任であるとの声もあがっています。でも、僕は彼が個人的には大嫌いなので(僕の大好きなキングを代表から外した奴だから)あまり賛同はできません。

いずれにしても、今までの外国人監督の手腕ぶりで日本サッカーは世界に通用するまでに力を向上させてきたことは間違いのないことなのですが、日本のサッカーは日本人の監督で世界に通用するサッカーを魅せてこそ、真の「JAPAN」だと思います。ぜひとも、今回は日本人監督が選らばれてほしいところです。

そしてもうひとつ別な考えでいけば③熱血リーダー的な監督案

この案は、日本サッカーの為に献身的にそして熱血的に代表選手を引っ張っていける監督を選任するという僕の持論です。

この案に該当する人物は二人です。一人は現在J2に東京ヴェルディの監督を務めるラモス瑠偉、そして元日本代表の中心選手だった木村和司です。

この二人のサッカーに対する情熱、特に日本代表に対する情熱というものは半端なものじゃありません。その熱い指導力が今の選手には無い熱いハートというものに火をつければ、また違う日本のサッカーがもしかしたら見れるかもしれません。現代のサッカーには当然、世界でも通用する技術や戦略が必要なわけですが、その前にサッカーに対する姿勢や情熱、そういう精神的なものの鍛錬にはこの二人の力は絶対に必要ではないかと思います。今でなくても将来的には、この二人が監督に就くことを僕は強く願います。

そして最後にもうひとつ付け加えて④あっと驚く仰天サプライズ案

今の若い日本代表選手をひとつにまとめて引っ張っていくには、やはりカリスマ的なリーダーとしての要素が必要だという案です。

ここで真っ先に僕が名前を挙げたいのが、ご存知日本サッカーのスーパースター「キング・カズ」こと三浦知良です。彼はまだ現役の選手ですが、何だったらプロ野球の古田のように選手兼監督もありでしょう!今の現役選手の多くが子供の頃に、カズの事を見てサッカーを始めたわけですから、彼が監督になればその信頼度は抜群と言えるでしょう!

そしてもう一人カリスマと言えば・・・そう彼です!旅人です!中田英寿。昨年のW杯後の突然の引退劇からはや1年半、彼のサッカーに対する哲学や理論は世界的にみてもトップレベルにあるし、リーダーとしてチームを鼓舞することは現役時代から折り紙つきです。嫌われ役に徹底するということも経験した現役時代さながらに、監督になっても選手に厳しい姿勢で指導できるという面も強みではないでしょか・・・

だたこの二人は現状では100%監督になれません。監督として必要なライセンスも所持していませんので、この話はあくまで架空のお話です(笑)でも将来はこの二人も指導者として日本サッカーの未来に力をかしてほしいと僕は願っています。

とにかく今は、オシム監督の容体が何事もなく回復に向かってくれることを願いつつ、来るべき2010年南アフリカW杯出場に向けて、日本代表が集中してサッカーに取り組める環境を作ること。そのためには監督をどうするかという事に、まず協会は早期にそしてかつ慎重に取り組んでいただきたいと思う猫男爵でした。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

つ 九十九一(つくもはじめ。『お笑いスター誕生』に出場しそこから人気に火がつき、現在もお笑いや俳優として活躍している。)

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2007年11月17日 (土)

海の大動脈

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

皆さんは「スエズ運河」をご存知ですか?

スエズ運河とは、アジアとアフリカの境界、紅海と地中海を結ぶところに位置し、アジアとヨーロッパを結び海の近道です。

エジプト領内に属し、その全長は167km、幅は約200m、深さは19mという想像をはるかにしのぐ大運河です!現在、年間1万4千隻もの船が行き来する、まさに海の大動脈といえるでしょう。

この運河の建設が開始されたのは1859年、そして10年の歳月をかけてようやく開通したのが今から138年もの前の今日、1869年11月17日なんです。以来、アジアとヨーロッパに大きな影響を与えたこの運河も、戦略的価値から政治に利用され1967年の第3次中東戦争以来封鎖され、戦争終了後の1975年にようやくその封鎖が解かれたのです。

僕はもちろんこの運河を直に見た事はありません。でも、以前「スエズ運河の特集」(確かNHK)をやっているのを偶然付けたテレビで目にして、思わず最後まで見てしまった経験があります。

この運河の特徴は幅が狭いので追い越しができません。そのため数隻の船でコンボイという船団を編成し、1列に並んで通航するのです。実におもしろい光景です。行儀よく並んでいく光景はまるで「アリさんの行進」のようでした。

そして167kmという長さゆえに、運河を運航するだけで約12時間を要します。加えて入航するまでの準備やすれ違いの待機時間などを含めると、一日がかりの大仕事になるのです。

運河沿いには一定間隔で通航船のスケジュールをチャックする信号所が整備されてます。船が信号所の前を通過するたびに、その船の計画通過時刻を表示し、パイロットへダイヤ維持状況を知らせてくれるのです。言ってみればこの運河の司令塔のようなものです。

船からの見晴らしは周囲に山や高い建物がないため、ほぼ360度地平線まで見渡せます。都市開発が進んでいないシナイ半島側は一面砂漠に覆われた世界です。それに対し逆側のアフリカ側はに恵まれており、近代都市が続いているのが特徴です。いずれにしても船からの眺めは最高です。

余談ですが、このスエズ運河を泳いで横断する場合にも通行料がかかるそうです。そんなバカなやつはいないだろう?とお思いでしょうが、実は実際に泳いで横断した人も過去にはいたそうです(笑)チャレンジャーだな~

今日はスエズ運河の開通記念日ということで運河の話をさせていただきましたが、僕的にはもし海外旅行に行く際には、このスエズ運河もぜひ一度足を運んでみたい場所のひとつです。

皆さんももし機会があれば観光してみてください。労働で行く場合は、運河の中での船舶事故だけには気をつけてくださいね!そこに仕事で行く人って一体何の仕事している人だ?・・・どんだけぇー!!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

た 高橋国光(たかはしくにみつ。日本を代表する元レーシングドライバー。2輪、4輪合わせて489のレースに参戦し通算71勝をあげるなど、日本のモータースポーツ界の「生きる伝説」といってもいい存在。あのドリキン(ドリフト・キング)こと土屋圭市でさえも師と仰ぐ存在である。)

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2007年11月16日 (金)

カ・イ・キ・ン

カ・イ・キ・ン

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

いや~今年もこの季節がきました!昨日11月15日、ついに今年の“ボジョレー・ヌーボ”解禁されました。僕も今日、早速買ってきて美味しくいただいております。

「ボジョレー・ヌーボ」あまりにも有名なワインですから皆さんご承知だとは思いますが、このワインはフランスのブルゴーニュ地方南部のボジョレーで生産される赤ワインのその年の11月に出荷される新酒のことであります。

ボジョレー・ヌーボは、それぞれの国の現地時間で11月の第3木曜日の午前0時に一般への販売が解禁されるのです。つまり今年のその第3木曜日が昨日11月15日でした。

カ・イ・キ・ン

僕は普段そんなにワインは好んで飲みませんが、決して嫌いなわけではありません。ワインはついつい量が進むので、すぐにになっちゃいます(笑)

カ・イ・キ・ン

今日のつまみはこれです!「タラとチーズ」です。ワインにぴったりの美味です。

カ・イ・キ・ン

やばい・・・すぐに一本空いちゃった・・・

美味しいからグイグイです!(笑)

ここに泥3号登場?まあ、この程度では酔っ払わないですけどね(笑)

『おい!もう空だぞぉー!!酒持って来い!』って言ってもひとり・・・ひとり・・・ひとり(泣)ってこんなセリフが昔、『ねるとん紅鯨団』でありましたよね?(古っ!)

いや~酔えないな~どうしよう?テキーラなら30分後にくるんだけどな・・・天使が(笑)

というか独り言が多すぎ蓮ですね(笑) お後が宜しいようで。

P.S. 猫男爵は決して泥ってません。わりとしらふですのでお間違えなく(笑)

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

あ 青山草太(あおやまそうた。2001年にモデルから転向した俳優。ミュージカル『テニスの王子様』や、テレビ『ウルトラマンマックス』や映画『デスノート』にも出演している若手注目株の一人。)

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2007年11月15日 (木)

熱き女の戦い!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

先ほど、無事に札幌から帰ってきました。今回の出張はハプニング的な事も特になく、平穏な一日でした。「課題発表」の方も緊張はしましたが、何とか無事に終えることができ、ほっとしてます。札幌は銀世界とまではいかないまでも、が舞っていました。今年初めての雪を見てきました。

さて、2007年も間もなく終わりを告げ2008年を迎えるわけですが、2008年には4年に1度のスポーツの祭典「オリンピック」中国・北京で開催されます。早いもので、ついこの前アテネ五輪で、北島康介2つの金メダル奪取!ヤワラちゃん「谷でも金!」、そして男子体操団体復活の金メダル!と日本中が沸いて、もう4年が経とうとしているんですね。

そんな今回の北京五輪でも当然、多くの日本選手の活躍が期待されます。お家芸の柔道、水泳、体操はもちろんの事、女子レスリングや陸上の室伏、そして北京が最後になる野球やソフトボールなどなど、楽しみな競技が盛りだくさんです。スポーツ好きな僕にとっては、眠れない毎日が続きそうです。(織田裕二ばりの応援しちゃいます(笑))

その中でも僕が一番注目している競技が女子マラソンです。女子マラソンが正式に五輪に採用されたのは1984年のロサンゼルス五輪からで、当時の日本女子選手はまだ発展途上の段階でした。

それが1990年代に入ると、1992年のバルセロナ、1996年のアトランタと続けて有森裕子がメダルを獲得し、一躍トップ選手の仲間入りを果たしたのです。

そして、今でも僕の記憶にも鮮明に残っている2000年のシドニー五輪のQちゃん(高橋尚子)金メダル!僕はこの瞬間をテレビで見ながら涙した事を思い出します。日本の女子選手がマラソンで金メダル!実に快挙でした。

それ以降の日本女子マラソンの層の厚さは世界一とも言われ、前回の2004年アテネ五輪ではそのQちゃんさえも選考からもれるというほどでした。その層の厚さを象徴するように、野口みずきが見事に金メダルを獲得し、日本女子マラソンは2連覇を達成しました。そして来年の北京には3連覇がかかっているのです。

そんな北京五輪に向けて、これからし烈な代表争いが繰り広げられるわけなんですが、その代表枠をめぐる戦いは想像をはるかに超えたものと言っても過言ではないでしょう。スポーツに精通していると自負する僕でさえも、『代表に選ばれるのは誰ですか?』と問われても即答できないでしょう・・・

マラソンの代表枠は3つあります。しかし、すでに先の大阪世界陸上で銅メダルを獲得した土佐礼子(三井住友海上)は内定済みで、実質残り2つの代表枠を東京(11月)、大阪(1月)、名古屋(3月)の3つの大会の成績で争うことになります。3大会で選らばれるのは2人・・・つまり、3つの大会にそれぞれ優勝した日本人選手がいたとしても、その中から一人は落選するという非常に厳しい現実が待ち構えているのです。

本来であれば、『一つの大会で一発勝負して1~3位までの選手を代表にする』という形が遺恨の残らない一番わかりやすい決め方だとは思いますが、現状の選考方法ではそうはいかないのが実情のようです。この代表選考方法というのは毎回問題視されている永遠のテーマなのですが、それについては日本陸連の方針もある事なので文句は言えませんが、改善が必要である事には間違いないと思ってます。

話を戻しますが、今度の日曜日(18日)にまずその一つ目の大会である東京国際女子マラソンが開催されます。何と言っても今回の目玉は、アテネの金メダリストでもあり現在の日本記録保持者である野口みずき(シスメックス)と、元日本記録保持者であり現在の1万メートルの日本記録保持者である渋井陽子(三井住友海上)の直接対決です!

僕もこの初対決には注目しており、今から楽しみにしています。同学年の2人は現在、野口が29歳、渋井が28歳、年齢的にも一番油が乗っている時期だけに、この大会の結果がそのまま北京でも期待できる2人だと僕は思います。

野口は独特のストライド走法、対して渋井はやや前傾姿勢のピッチ走法と対照的な2人ですが、お互いにここ数年は満足な走りができていないのがやや不安とし残るところです。しかし、それは数々の修羅場をくぐってきた2人だけに影響はないと考えております。

今回2人が走る東京のコースは最後の最後で心臓破りの坂と呼ばれる強烈な登り坂が待ち構えており、この坂にはあのQちゃんでさえも足が止まってしまったほどです・・・ともにスピード力を持つ2人がお互いに記録を意識した走りをするのか、それとも勝負にこだわったレース展開に運ぶのか、いずれにしてもこの2人の走りから目を離せれません。

そして残る大阪名古屋の大会には、復活を狙う高橋尚子(ファイテン)や坂本直子(天満屋)、原裕美子(京セラ)、弘山晴美(資生堂)など、多くの実力者が参戦する見込みです。本当に誰が選ばれるのか全く検討がつきません・・・

そして僕が注目する選手がもう一人います。それはトラックの女王福士加代子(ワコール)という選手です。陸上競技に詳しい方であればこの選手の名前を知らない人はいません。知名度で言えば群を抜いています。先の大阪世界陸上でも1万メートルで10位に入っています。その彼女がいよいよマラソンデビューを果たすのです!一体、どんな走りを見せてくれるのか、僕は今から楽しみで仕方がありません。彼女のひょうきんな発言や言動も、今までの日本人には無い魅力のひとつでもあります。今まで彼女の名前を知らなかった人はぜひこの“福士加代子”という名前をよく覚えておいてください。

このように日本女子マラソンの代表争いは、超の上にさらに超がつくほどのハイレベルな戦いであると言えるでしょう。一体、来年の北京のスタート地点に立っているのは誰になるのか、そして日本女子マラソン3連覇はなるのか、今からもうワクワクしてたまりません!

あくまでも僕の予想ですが、北京五輪代表3人をあげるのなら、すでに内定している土佐に加え、渋井福士を選びたいと思います。しかし、他の選手が選ばれても同等の活躍をすることは間違いありません。個人的にはQちゃん(高橋尚子)にも復活をしてほしいですが、現実的には少し難しい感があります・・・

いずれにしても、ここ数ヶ月はこの熱き女の戦いから目が離せません!今まで興味の無かった方も、これを機に女子マラソンに注目してみてはいかがですか?

そこにはきっと素晴らしいドラマが待っているはずですよ。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

み 水都あくあ(みずとあくあ。1997年に『桜の花咲く願いごと』でデビューした漫画家。)

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2007年11月14日 (水)

鍋っちゃ王!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

いよいよ11月も半ばに差し掛かり、日に日に寒さが増してきましたね。そんな寒空の中、昨日は週に一度のミニバレーに行ってきました。

昨日のメンバーは、SんでぃFいさんHこNぶさんAゆAっけYみちゃん、そして猫男爵の合計8名でした。前半の時間はまだ人も集まってなかったこともあり、岩石つじあやのが加わった新生メーテル軍団と交流戦を少し行いました。

昨日は8名ということもあり、いつもよりは少し寂しい感がありましたが、それでも楽しく汗を流しました。これからは汗を流した後は、外がとても寒いので温度差が激しくなります。風邪をひかないように気をつけたいと思います。また、来週もミニバレーで楽しく汗を流したいと思います。

さて、話は変わり寒い季節になるとどうしてもそそられるのが“鍋料理”です。「家族や友人と一つの鍋をつついて楽しく会話をする」、冬にしかできない至福の時間です。

鍋と言いましてもその種類は様々です。伝統的な和風の鍋から、アジアンテイストが盛り込まれた鍋、その具材も魚介類から肉類、そして野菜と各種多様です。

そもそも鍋料理の歴史の始まりは明治時代に入ってからと言われており、「家族団らん」のように日本の食文化を象徴する代名詞となっています。鍋は料理の枠を越えて、日本人にとっては“文化”であるといっても過言ではないでしょう。

そんな鍋料理の中で僕が好きな鍋ベスト5は以下の通りです。

第5位 石狩鍋

第4位 鴨鍋

第3位 ちゃんこ鍋

第2位 もつ鍋

第1位 キムチ鍋

何といってもキムチ鍋が大好きですね!寒い日には、体の芯まで暖まるのでついつい箸が進みます。ついでにビールも(笑) 鴨鍋(鶏肉系の鍋)とかにはポン酢醤油ダレが僕は最高に好きです。考えただけでも今、ヨダレが出てきました(笑)

いや~やっぱり鍋っていいすっよね~ 今度、キムチ鍋でも早速作ろうっと!

明日は札幌に日帰りで会議に行ってきます。100人くらいの前で「課題発表」をしなければならないので、ちょっと今から緊張気味で心臓がドキドキしています。さっき天気予報を見たら札幌は明日はのようです・・・今年初めての雪を見てくる事にしますね。でも、雪で汽車がSTOP!・・・なんていうハプニングはいりませんけどね(笑) 小競り合いとかも、もう勘弁です・・・どうか無事に帰宅できますように・・・

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

と(ど) ドン川上(どんかわかみ。北海道札幌市出身のタレント。「打撃の神様」の異名を持つ、元巨人軍の選手・監督であった川上哲治のモノマネをするタレントである。同様に長嶋茂雄のマネをするプリティ長嶋とコンビを組み活躍していた時期もあったが、現在は故郷北海道を拠点にDONという名前で活躍している。)

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2007年11月13日 (火)

びっくり仰天!「雲の世界」

雲の七不思議!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日のお話は「雲」のお話です。ときどき何気なく空を見上げると、いろんな雲が空にはありますよね?季節によって様々な顔を見せてくれたり、雲の流れが速い日、遅い日、雲が色々なものの形に見えたりなど、見ていて飽きないのが雲です。僕もそんな雲をたまに見上げる事があります。とても楽しいですよ。

今日はそんな雲の世界をいくつかご紹介したいと思います。

まず一番上の写真ですが、これは「雲への列車」という名の列車から見える風景です。旅好きには最高の景色だと思います。

この列車が走るのは、地球の裏側アルゼンチンの北部に位置するサルタという街です。この街から標高4,200メートルに架かるポルボリジャ鉄橋まで進んでいくこの列車は、いわゆる観光列車で往復438kmの道のりを約14時間かけて走ります。

この列車の魅力は何と言っても道中の風景です。荒涼とした大地や鮮やかな色合いが印象的な渓谷など、窓からの景色は圧巻です!まさに世界の車窓からといった感じです。

列車内には売店や食堂もあり、長時間の旅で乗客が飽きないように音楽の演奏やクイズ、抽選会などのイベントも設けられているそうです。

ちなみに4,200メートルという高地まで登るために高山病になる人も多いそうです。一応、車内には酸素も備え付けられてはいるようですが、酸素が薄くなってきたあたりではあまりはしゃいで動きまわらないように注意しなければなりませんね。

実はこの列車は2年前から技術的な問題を理由に運転を休止していたのですが、今年の10月から運転を再開したそうなんです!とはいっても今は試運転の段階で、本格的な通常運転は2008年3月の予定らしいです。現地では以前からかなり人気が高く、予約なしでは乗ることができないという事ですから、多くの人がその運転の再開を待ちわびていることでしょう。旅人に憧れる僕としても、時間さえあれば、ぜひ行ってみたい雲を楽しむ列車の旅です。

雲の七不思議!

さて、次の雲の世界は写真でもわかるように「雲の上を歩くことができる世界」です。

ここは、南米ボリビアにある「ウユニ塩湖」です。この湖の標高は何と3,760メートル!つまり富士山の頂上付近に湖があると考えてみてください。凄くないですか?

そしてある一定の季節になると水面に氷が張り、上空にある雲が水面に鏡のように写り、その上を歩いていると、まるで本当の雲の上を歩いているような気分になれるのです。

ここはボリビア観光の最大の目玉ともいわれており、多くの観光客がくるそうです。おそらく、実際に行った人でないとその絶景は伝わらないのでしょうね・・・ぜひここも行ってみたい雲の世界です。

そして最後の一枚の写真をご紹介したいのですが、これは本当にヤバイですよ!見る前に心を落ち着かせて集中して見てください!信じられない光景が広がってます!

その写真がこれです!

雲の七不思議!

何と、雲が人の手の形になってます!まるで太陽を包むようにふたつの手の形がはっきりと見えます!これは偶然そう見えるのか?それても神のいたずらなのか?何かを暗示しているのか?色々な見解ができると思います・・・

この写真は僕の友達の友達の友達が、沖縄に行った時に見た雲を写真におさめたもので、僕はつい先日この写真を友達から入手したのですが、何とも不思議で不思議で仕方がありません!正直、初めて見た瞬間の衝撃は凄いものがありました。写真でこれだけ衝撃を受けたのも久々です。

「雲」には不思議な何がかあるのかもしれませんね。皆さんも、ときどき空を見上げて雲を見てみてはいかがですか?もしかしたら、すごい雲を発見できるかもしれませんよ!僕も今一度、雲の世界に注目しようと思ってます。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

き 稀勢の里(きせのさと。鳴戸部屋所属の現役力士。得意技は突き押し、左四つ。最高位は小結。)

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2007年11月12日 (月)

初めての体験!

初めての体験!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日も日付が変わって早々の夜中の更新になっております。

日付が変わったので昨日の事になりますが、僕は友人Hこ宅での「餅つき」に参加してきました。この企画は前々からHこからあがっていた企画で、とても楽しみにしていた企画です。Hこ自前の、杵と臼で餅つきを体験してきました。

参加者は、Hこ家(HこRえWくYざん)、Sんでぃ家(SんでぃNおNこちゃん)、Fい家(FいさんYみちゃんCのちゃんRかちゃん)、泥一族(猫男爵AゆNかNぶさん)です。

実は僕は「餅つき」は生まれて初めての体験でドキドキものでした。まずは餅つき経験者(ロープー)のFいさんや、Hこの華麗な餅つきが披露されました。

初めての体験!

しかし、餅つきというものは見た目以上に難しいものでした。なかなか予想した餅の姿にはなりませんでした。僕もつかせてもらいましたが、コツがいるというか力任せだけではどうにもこうにもいかず、とても難しいものでした。

初めての体験!

こんな感じでトルコ風アイスになってしまいました(笑)でも、餅っぽいですよね~

しかし問題なのはこの後の、餅を食べれる大きさに丸める作業です。一応、手に粉をつけて餅が手に粘らないようにはしたのですが、上手に餅を丸めていく女性陣やFいさん(ロープー)を尻目に、僕とSんでぃはどう見ても餅で遊んでいるかのごとく、手に餅がへばりついて作業になりません(笑)

右手に付いた餅を左手に移せば、今度は左についた餅が離れないので右手に移す・・・その繰り返しです。エンドレスです・・・どうにもこうにもならなくなり、結局自分の手の平で餅に直にきな粉納豆などの具材を乗せて食べることに(笑)まあ、それはそれで美味しかったです。あとでキレイに出きあがった、あんこ入りの餅も食べましたがとても美味しかったです。

ただ、水かきのように手にへばりついた餅を取るのはひと苦労で、時間が経つと木工用ボンドのような状態になり、僕とSんでぃは二人でお湯で丹念に餅を取る作業に暮れていました。

初めての体験!

そして餅つきもひと段落したところで、Rえからのリクエストで「家族対抗寿司ジャン大会」が開催されました。これは以前、このブログで紹介した「僕の宝物」の中のひとつ「寿司ジャン」を使用し行われました。

初めての体験!

目の前に“寿司”は山ほどあるのに、寿司ジャンであがらなければ食べれないという、まさに天国と地獄の世界です(笑)

Hこ家、Sんでぃ家、Fい家、泥家の対抗戦で行われたこの戦い、結果は泥家の圧勝!美味しく寿司を堪能させていただきました。それでも、皆さんにとても楽しんでいただけたようなので僕も満足でした。ちなみに言い出しっぺのRえは、なかなかあがることができす、寿司を食べるまでにかなり時間がかかってました。まあ、言い出しっぺというのは、あながちこういう展開になるもんです(笑)

初めての体験!

そして宴もたけなわになったところで、昨日11月11日が2歳の誕生日のYざんと、11月8日が誕生日のYみちゃんのお祝いに、誕生日ケーキをみんなでいただきました。Yざんはとても無邪気な笑顔でロウソクの火を見事に消してくれました。『二人とも誕生日おめでとう!』です。

こうして、みんなで楽しい一日を過ごすことができました。本当に楽しい時間をありがとうございました。Hこ家には、いつもお邪魔ばかりしてすいません。いつも楽しいひと時をありがとうございます。また遊びに行きますね(笑)

また、昨日一日楽しい時間を過ごした皆さんお疲れさまでした!また色んな企画で楽しみましょうね。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日にマニアック有名人しりとり)

や ヤポンスキー(ワタナベエンターテイメント所属のお笑いコンビ。主にスケッチブックを使用たコントや漫才を披露する。ネタの最後に『いい加減にホワイト(しろ)』と言って終わらせる。)

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2007年11月11日 (日)

冬がはじまるよ

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は11月11日です。「1」並びの何か縁起の良い日ですね。今日は何か良い事がありますように!そんな願いもこめて、今日は日付が変わってすぐの更新です☆

どうも先日の夢以来、柴咲コウが気になって仕方ありません(笑)柴咲コウがCMに出ていると思わず反応して見てしまいます。今までそんなに気になる存在ではなかったのに、なぜか無性に気になります。夢の力って本当に偉大ですよね。まあ、しばらくしたらこの「柴咲現象」もおさまると思いますが。

ちなみに、ばあちゃんが夢の中で僕にくれた「80万円」もいまだに謎のままです・・・

さて、そんな夢が気にかかる今日この頃ですが、今日は月イチ恒例のポエムの日です。

今日ご紹介する2作品は、まもなく訪れるという季節にぴったりの“心温まるバラード”での2曲です。もし、ベストアルバムを作れば間違いなくこの2作品はその中に入ることでしょう。

それではご紹介します。

『ユキムシ』

忙しい日々に追われ また今年もこの季節がきたね

君は少しだけ僕に寄り添い 僕は君の歩幅を気にしている

僕のコートの左ポケットは 君の細い手の指定席

いつでも僕たちをつなぐ魔法の場所

笑った時のエクボが大好きだから 今日もまた二人で月を見上げよう

明日になればユキムシに会えるかな

時の流れに惑わされ 粉雪舞い散る季節がきたね

君がいない11月の北風は 僕の心の傷に冷たく凍みるよ

僕の車の助手席は 君が一番安らげる場所なのに

今では見えない君の残像が浮かぶ場所

疲れて眠る君の寝顔が大好きだから 言い訳できないようにキスをしよう

明日になればユキムシに会えるかな

本当は君とこの季節を過ごしたかったんだ でも僕は君を引き止めることができなかった

本当はユキムシなんて嫌いなんだ でもユキムシがもう一度君を連れてきてくれる

そんな気がするから だからユキムシに会いたいんだ

『歩いていこう・・・』

いつもと同じ笑顔で君は僕に手をふり 「オヤスミ」って言いながら扉は閉まる

少しだけ寂しいけど何だか穏やかで 日付が変わる頃に僕はひとり車を飛ばす

まだ幼さ残る君だから ときどき僕を困らせるけど

たぶんそれは二人をつなぐ 愛のカタチだと思うんだ

だからこれからも時を重ねよう 同じ道を歩んでいこうよ

ひとりでは不安な道でも 君となら歩いていけるよ

今そこに迎えにいくから ふたりで歩いていこう

会えない時には僕は君にメールをする 「アイシテル」の一言を言えないまま

疲れて眠りにつく君が何だか愛おしくて 君が起きる頃に「オハヨウ」を送信する

恋に不器用な僕だから ときどき君を困らせるけど

たぶんそれは二人をつなぐ 愛のシルシだと思うんだ

だからこれからも心を重ねよう 同じ未来を進んでいこうよ

ひとりでは見えない未来でも 僕となら描いていけるよ

今そこに迎えにいくから ふたりで歩いていこう

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

え 江越哲也(えごしてつや。日本を代表するDJのひとり。第1回全日本DJコンテストで見事に優勝し、アメリカでのDJ会議に出席し、帰国後はDJとなる。現在は故郷の熊本放送でDJを務めている。)

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2007年11月10日 (土)

夜明けの流星たち(第15話)

こんにちにゃ~ 北の猫男爵です。

今朝は冷えましたね~今年一番の冷え込みだったようです。暖房が恋しい季節になってきました・・・

さてそんな寒さが身に凍みる今日は、ビール片手に“つまみ”とそして“小説”なんぞいかがですか?そうです皆さんご存知の“ヨアリュウ”です。

それでは今日は連続ブログ小説第15話をお送りしたいと思います。

ついに玲奈の前に野崎龍太が現れた。玲奈の心に今もなお、深く残る心の傷を今、野崎はまた呼び起こそうとしている。そんな事ともしらずに博人は警視庁で松田と話していた。そしてそこにもまた新たな真実が明らかとなる・・・それでは第15話をお楽しみください。

『夜明けの流星たち』  脚本・演出:猫男爵

☆Story15☆ 『守るべき愛』

玲奈は身動きひとつできず、その場に立ち尽くしていた。

野崎は一歩ずつ玲奈のもとに歩み寄ってきた。

『俺はずっと、玲奈に謝りたかったんだ・・・3年前のあの日、玲奈が俺の前から消えたあの日から・・・』野崎はかすれた声で話しながら歩み寄ってきた。

『こないで・・・お願いだから、こないで・・・』玲奈は震えながら小声で叫んだ。

『どうしてそんな事言うんだよ玲奈?また。前みたいに一緒にいよう。』野崎は優しく微笑みながら言った。

『やめて・・・やめてぇ!』玲奈はこらえ切れなくなり大声で叫んだ。

ちょうどその近くを通りかかっていたのは彩香だった。

『何、今の悲鳴?あれ、玲奈ちゃんじゃない?大変!』

その異変に気づいた彩香は玲奈のもとへ走り出した。

『大丈夫、玲奈ちゃん!』

玲奈は震えながら今にも泣き出しそうだった。

『彩香さん・・・助けて・・・』玲奈は振り絞るような小声でそう呟いた。

『あんた!玲奈ちゃんに何したのよ!誰よあんた!』彩香は玲奈の前に立ちすくむ野崎にそう言った。

『俺はただ・・・』

『誰か警察呼んで!警察!』彩香は大声で叫んだ。

『また会いにくるよ玲奈。』野崎はそれだけ言い残して小走りに去っていった。

『大丈夫だからね玲奈ちゃん!』彩香は玲奈を包み込むように守りながら抱きしめていた。

しかし、玲奈は雨に濡れた子犬のように小刻みに震えることを押さえきれなかった。

警視庁では松田博人に過去を話し出していた。

さんが殺されたって、どういうことですか?』博人が松田に尋ねた。

松田は吸っていた煙草を灰皿に押し付け、消しながら口を開いた。

『あれは今から8年前、俺の妹が大学の卒業を間近にした1月の寒い夜の事だった。妹は昔から憧れていた広告会社への就職も決まって、そのお祝いに友達みんなで食事をして、その帰り道を家路に向かっていた。その時、ちょっと薄暗い小道に入ったところで、あいつに、野崎に強姦されたんだ・・・』松田は思わず拳を強く握りしめた。

『俺はちょうどその日は非番で、家で妹の帰りを待っていた。妹が服を引きちぎられボロボロになって家に帰ってきた時、俺は自分の目を疑った。何で俺の妹がこんな事に・・・ってな。その後、事件の事を思い出したくない妹は頑なに被害届を出すのを拒んだ。でも、被害届が出ない限り犯人を捕まえることすらできない。俺は嫌がる妹に無理矢理、被害届を出させた。そして、犯人を突き止め、あの野崎を逮捕した。でも、事件はそれで終わりではなかったんだ・・・』

博人は松田の真剣な顔を見ながらその話に聞き入っていた。

『俺は犯人を捕まえる事に夢中で肝心な事に気づいてなかった。一番大切な妹の心の痛みに・・・結局、裁判になれば嫌でも妹はあの男の前に出ていかなければならない。嫌でも思い出したくもない光景を思い出す事になる・・・そんな事に俺は気づいてやれなかった。そして妹は、裁判の2日前にビルから飛び降りて自殺したよ・・・俺が殺したも同然だ・・・俺は妹の心の叫びに気づいてやれなかった事を泣きながら悔やんだよ。いくら泣いたって妹は帰ってこないのにな。そして、俺は妹の人生を滅茶苦茶にしたあいつを一生許さないと心に誓ったんだ。』

少しの間をおいて博人が松田に尋ねた。『それで、野崎はどうなったんですか?』

松田は少し目を潤ませながら再び話し始めた。『結局あいつは、刑務所へ行ったが刑務所内での態度が良かった事が認められ、刑期も短縮され、たった2年で出てきたよ。それから、あいつの事はことあるごとに注意して見ているわけさ。案の定、あいつはその後もまた傷害で刑務所に行ったがな。その時の交際相手が、昨日お邪魔した鈴木玲奈さんというわけさ。だから俺は、もう妹と同じような被害者はどんな事があっても出してはいけないって思っているんだ。だから、あいつをのうのうとこの世界にのさばらしておくわけにはいかないんだ。』松田はもう一度拳を強く握りながら話した。

『そんな事があったんですね・・・』博人もその話を聞いてぽつりと呟いた。

そこへ松田の部下の和田が駆け寄ってきた。

『主任!野崎が現れました!現場はすぐ近くです!』

『何!わかった今すぐ行く!』松田の目は尖った鋭い目に変わった。

『じゃ、急ぐのでまた。』そう言うと松田は走っていった。

すると、博人の携帯が鳴った。

『もしもし、彩香か、どうした?えっ!何だって!』博人は興奮しながら彩香の話を聞くと、一目散で松田の後を追った。

『松田さん!』

拓実はちょうどその頃、涼子のアパートを訪れていた。

『ゴメンね涼子ちゃん、家まで来ちゃってさ。純平のやつがさ、今日はどうしても抜けれない用事があるから、代わりに俺に涼子ちゃんの側にいてやってくれって言うからさ。』拓実は少し緊張しながら涼子に話した。

『もう、別に大丈夫なのに。純平ったら、桜木君にまで迷惑かけちゃって、どうしようもない弟ね。』涼子は笑いながらそう言った。

実は涼子は事故の後しばらく毎月17日、つまり震災のあった17日になると急に恐怖心にかられ、誰かが側にいないとならないほどの精神状態に陥ったのである。そして今日はその17日。最近は、17日になっても最近はその恐怖心に脅える事は無くなってはいたのだが、それでも純平は気を遣い拓実を涼子のもとに呼んだのであった。

『もう以前に比べたらだいぶ恐怖心とかも無くなったの。それよりも、昔の事を思い出したいっていうか、昔の自分を知りたいなあって最近少しずつ思うようになってきてね。前はそんな事、全然思わなかったのに・・・不思議ね。』涼子はそう笑顔で拓実に話しかけた。

『きっと、良い思い出がたくさんあったのかもしれないよ、涼子ちゃんの過去には・・・』拓実は迷いと戦っていた。自分で真実を打ち明けるのが今なのか、それとも涼子本人の記憶が蘇る事を待つべきなのか。

『そうだといいんだけどね。』涼子は少しうつむきながら返事をした。

『ねえ涼子ちゃん、何か焦げ臭くない?』拓実が涼子に尋ねた。

『あっ!ガス付けっ放しだ!あ~あ、またドジしちゃった。』

涼子と一緒にキッチンへ走っていった拓実は涼子のその愛くるしい顔を見ていると、いたたまれない気持ちでいっぱいだった。

玲奈と彩香は野崎が立ち去った後、その場に二人で警察が来るのを待っていた。そこへ松田の乗ったパトカーが到着した。そしてそこには博人も一緒に同乗していた。

『大丈夫か玲奈!』博人が玲奈のもとに駆け寄ってきた。

『博人!私、私、怖い・・・』玲奈は恐怖に脅えていた。

『大丈夫だ!俺がついているから、もう大丈夫だ。』博人は震える玲奈をしっかりと抱き寄せた。

それを間近で見ている彩香は、もう博人の心は自分から遠く離れたところに行ってしまった事を痛感していた。

『博人、何で警察にいたの?』彩香が尋ねた。

『うん・・・それは後で話すよ。それより今は玲奈のそばにいてあげなきゃ。』博人はそう呟いた。

『川嶋さん、とりあえずここではあれですから、鈴木さんが落ち着くまで署で休んで行ってください。野崎の事も少しお聞きしたいですから。そちらの女性の方もご一緒に宜しいですか?』松田はそう言うと、博人と玲奈、そして彩香も連れて警察に連れていく事にした。

繁華街の地下にある薄暗いバーのカウンターで野崎は酒を飲んでいた。

『ちくしょー!俺は何のために出てきたと思ってるんだ。あいつのために、玲奈のために・・・』野崎の目はさらに鋭さを増していた。

警視庁では、玲奈も落ち着きを取り戻し、真知子に電話をする博人の姿があった。

『それで、玲奈は?大丈夫なんですね!』電話口で少し取り乱す真知子がいた。

『大丈夫です。今はもうだいぶ落ち着きましたから、これから僕が家までタクシーで送り届けますから、待っててください。大丈夫ですから。』博人がそう真知子をなだめさせ電話を切った。

『お母さん大丈夫そう?』彩香が聞いた。

『だいぶ興奮していたけど、送っていくって言ったから大丈夫だと思う。』博人はそう返答した。

『博人、ありがとう。博人の顔見たら安心した。もう大丈夫だから。』玲奈は落ち着いた声で博人に話した。

『そっか、良かった。でも今日は俺がちゃんと家まで送るから、安心しな玲奈。』博人は笑顔で返した。

『川嶋さん、ちょっといいかな?』

『はい・・・』

松田に呼ばれて博人は別室に行った。

『川嶋さん、あいつはまた必ず彼女に会いにきます。私達もマークはしますが、もし何か会ったらすぐに連絡ください。次に接触する時は、必ずあいつはボロを出しますよ。』

『玲奈におとりになれっていう事ですか?』博人は少し興奮気味に言った。

『違います。誰もそんな事は言ってません。あいつが頼れるのは彼女しかいないんです。だから、あいつは彼女に必ず助けを求めてくるっていう事です。別に彼女を傷付けたりする事はないはずです。私達だって、彼女に会っただけでは野崎を逮捕する事などできません。問題はその後のあいつの行動なんです。それを私達も狙っているんです。』松田は冷静な口調で答えた。

『わかりました。とにかく俺はあいつから玲奈を守って見せます!玲奈には指一本触れさせません。失礼します。』博人は強張った厳しい表情で松田に背を向けた。

その頃、聖北総合病院では二階堂が昨日の玲奈の検査結果を見ながら、眉間にしわを寄せていた。

『ダメだ・・・急がないと・・・』そう呟くとすぐに受話器を取った。

『二階堂だ、すぐに婦長と内科の三島君を呼んでくれ!大至急だ!』

二階堂の目は真剣な険しいまなざしだった。

玲奈の前に現れた野崎の存在が今、二人の脅威になったということは紛れもない事実であり、そして博人はその野崎と松田の間に秘められた過去を知ってしまった。今、博人と玲奈の運命は大切な分岐点にきていた。そして、玲奈の病魔ももう間もなくその脅威を見せつけようとした・・・   To be continue

いかがでしたか第15話は?玲奈を必死に守ろうとする博人の愛情が伝わってきますよね。しかし、そんな愛情でも守れない病魔という大きな存在が今、現実に玲奈の体に襲い掛かってくることになるとは二人ともまだ気づいてはいませんでした。次回第16話も乞うご期待!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

う 浦壁多恵(うらかべたえ。ミュージュカルや舞台で活躍する女優であり歌手でもある。以前、富士フィルムのCM『写るんです』にも出ていたこともある。ニックネームは「かべちゃん」。)

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2007年11月 9日 (金)

僕の宝物 ~PART4~

僕の宝物〜PART4〜

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

いや~ついにこの日が来ましたね・・・昨日僕が住んでいる十勝でも初雪が観測されました。気温もここ数日で一気に下がり、最低気温が氷点下を記録するようになりました。いよいよに突入間近です!

さて、今日はとても懐かしい僕の宝物のいくつかをご紹介したいと思います。

すばり!その宝物とは「テレホンカード」、通称「テレカ」です。携帯電話の普及で公衆電話自体が世の中から姿を消して、今では時代の残物となったこのテレカですが、当時はとても重要なもののひとつでした。

その種類たるや膨大なものがあり、実用性のあるものから、保存用の記念テレカなどもたくさん出回りました。僕も一時、テレカ収集に凝っていました。

そして先日、部屋の奥のほうから「テレカブック」なるものを引っ張りだしてきました。久しぶりに見たテレカ達はどれも懐かしいものばかりで、当時の時代を物語るものばかりでした。今日はその一部をご紹介します。

まず冒頭の一番上の写真のテレカは、僕が中学生くらいの時に人気者になった「ロンロンちゃん」という白い猫です。腕の力だけで、二本の平行棒を渡りきるという荒技を見せてくれました。

僕の宝物〜PART4〜

次も動物ものですが、上野動物園の人気者「トントン」です。当時は、このトントンをはじめホアンホアンなどのジャイアントパンダがブームになりましたよね。とても可愛かったです。

僕の宝物〜PART4〜

次は、ミスターこと長嶋茂雄の息子「長嶋一茂」のテレカです。これは、彼が当時立教大学からヤクルトに入団した頃の貴重なテレカです。彼が神宮球場で初ホームランを、巨人のガリクソンという投手からバックスクリーンに打ったシーンは今でも鮮明に憶えています。前から思っていたのですが、きっと僕とSMAPの中居君が友達になったら、毎日寝ないで野球の話で盛り上がれると思うんですよね!かなりマニアックな話でも、中居君なら絶対話が合うはずです。

SMAPの中居君、もしこのブログを見ていたらコメントしてください。お友達になってください!

僕の宝物〜PART4〜

続いては、十勝人にとっては懐かしい顔です。そうです、広尾町出身の元横綱北勝海が大関に昇進した時の記念テレカです。当時、千代の富士という大横綱の一番弟子と言われた北勝海ですが、横綱まで昇りつめて九重部屋の一時代を築き上げました。

僕の宝物〜PART4〜

さあ、これも懐かしいですね。ロックバンド「BUCK-TICK」です。先日のマニアック有名人しりとりでご紹介した「今井寿」は右から2番目の赤い髪の人です。当時は彼らの音楽を毎日のように聞いてました。アルバム「狂った太陽」や「悪の華」、そして「TABOO」などは大好きなアルバムでした。

僕の宝物〜PART4〜

これも実に懐かしい二人です。当時、人気絶頂のアイドル「Wink」です。若いですね~二人とも・・・ちなみに僕は「翔子派」でした。当時は、女子は「光GENJI」、男子は「Wink」が学校での話題の中心でした(笑) よーく見ると、このテレカ使用済みですね。使った記憶は無いんだけど、使ったんですね(笑)

僕の宝物〜PART4〜

最後のテレカはこれも時代を物語ってます。タカとユウジでお茶の間の視線を独占したあの刑事ドラマ「あぶない刑事」のテレカです。中学生だった僕は、よく休み時間に柴田恭兵のマネをして『Heyタカ、ウェイカッ!』と言いながら、拳銃を持つフリをして独特の低い姿勢で走るマネをよくしてました。そして舘ひろしのマネをして『ユウジ!』と言うのも流行っていました。

いや~こうして見ると、ちょうど今から20年前くらいのことですが、昨日のようにとても懐かしく思えます。やっぱり宝物って大切にとっておくものですね。今日、改めてそう思いました。皆さんの家にも、きっとテレカがどこかに眠っているんではないでしょうか・・・

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

と 轟二郎(とどろきじろう。本名は三浦康一といい、1980年代に放送されていた『びっくり日本新記録』という番組ではチャレンジボーイとして様々なことに挑戦していた。のちにその地位を確立する「リアクション芸人」のさきがけと言っても過言ではない。)

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2007年11月 8日 (木)

不思議な夢世界

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

昨日はご心配をおかけしました。11月病もなんとかおさまってきました。ちょっと疲労がたまっていたんだと思います。今年はインフルエンザが例年に比べて早めの流行になっているみたいですから、皆さん気をつけてくださいね。

そんな昨日の夜、正確には今朝になるのかな・・・僕はを見ました。夢というのは、たいてい出てくる人も色々ですし、その内容も不思議なものが多いですよね?昨日僕が見た夢も何とも言えない不思議な夢でした。それを今日は紹介したいと思います。

<登場人物>

猫男爵

柴咲コウ

高島礼子

謎の男

僕はなぜか柴咲コウとラブラブで二人で手をつないで街の中をいちゃいちゃしながら歩いていました。(柴咲コウはめちゃくちゃ可愛かったです!)

しかし、僕と柴咲コウは私服を着た警察官で、デートをしながらも勤務中という設定でした。なぜか右腕には「警察」とかかれた腕章をつけてました。これじゃ、私服警官の意味がありません・・・まあ、これが夢の世界というものなんですけどね(笑)

僕たち二人はあるスクランブル交差点に来ました。そして横断歩道を挟んで、それぞれ別々のところでパトロールをしていました。すると、柴咲コウ側の道路の信号待ちの車同士が喧嘩を始めたのです。柴咲コウが仲裁に入りましたが、なかなか喧嘩をやめそうにないので僕も応援に行こうとしましたが、僕側の道路でも若者同士の小競り合いが始まりました。でも僕は柴咲コウのことが心配で道路を渡ろうとしました。

すると僕の右斜め後ろから誰かが近づき、僕の脇腹をナイフのようなものでひと突きしたのです!僕の脇腹からは大量の血が出てきましたが、不思議なことに痛くはありません。僕は振り返りその男の顔を見ましたが、まったく見た事のない謎の男でした。痛みのない僕はそんな謎の男をほっておいて柴咲コウのもとに向かおうとしました。

すると場面は変わり、知らない田舎町の一軒家の前に僕と柴咲コウは来ていました。また二人はラブラブな感じで、本当に間近でみる柴咲コウは顔も小さくて可愛かったです。(ちなみに現実の世界の僕は柴咲コウのファンでもなんでもないです。特に好きなわけではありません。)

そして、二人でその家の軒下にある変な物体を見つけたのです。その物体は大きさでいうと半径50センチくらいのもので、黄色っぽい色をしたものでした。二人で『これ何だろう?』と言っていると、家の玄関から女優の高島礼子が出てきました。

高島礼子は僕らに『ここは私の実家なの。その物体は宇宙人の抜け殻よ。』と意味不明の事を言いました。

やがて僕と柴咲コウは家の中へと案内されました。そして高島礼子が『今日必ずまた宇宙人が脱皮しにくるわ。だからあなたたち泊まっていきなさい。』と言うのです。

僕たちはその家に泊まることになったのですが、案内された寝室らしきところが何とお風呂場です。浴槽にお湯は入ってない状態で、しかも若干黒いカビのようなものがある浴槽です。そして僕たちの寝床というのは何とその浴槽の中、その狭い空の浴槽の中に僕と柴咲コウは身を寄せながらなんとか入り、宇宙人が来るまで寝ることにしました。そこで目が覚めました・・・

いかがですか?何とも不思議な夢ですよね?これは何かを暗示しているのでしょうか・・・

皆さんもきっと不思議な夢を見たことは多々あることでしょう。夢そのものが、普通は不思議なストーリーになっているのかもしれませんが、あまりにも強烈な夢ってしばらく頭の中から離れませんよね?今日の僕がそれです。

皆さんももし、変わった夢を最近見たよ!っていうのがあれば教えてください。

さあ、今日はどんな夢を見るのかな・・・楽しみ半分、不安半分の猫男爵でした。それにしても柴咲コウは可愛かった!しつこいですね(笑)

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

え 遠藤あど(えんどうあど。日本を代表する女性ダンサーで、ミュージカルや舞台などで活躍する一方で、振り付けも担当している。)

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2007年11月 7日 (水)

11月病?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

ごめんなさい。体調がすぐれません・・・

風邪をひいたわけではないと思いますが、ちょっと体調不良で頭が回転しないので今日のブログはいつもと内容を変更してお送りします。

インフルエンザ?ノロウィルス?O157?いや、まてよ、下痢はしてないしな・・・違うな。高山病?いや、まてよ、山に登ってないしな・・・

今日は仕事で嫌な事もあったけど、基本的に僕は仕事から帰ってきたら気持ちの切り替えができる方なのでそれも違うと思うし・・・

わかった!さてはこれが噂の「11月病」ってやつだな!って、そんな病気があるのでしょうか?「5月病」なら聞いたことあるけど。

まあ、いずれにしても今日は暖かくして早めに寝ることにします。たぶん、疲れとか睡眠不足とかからきてるんだと思います。歳のことはあまり言いたくないけど、やっぱ33歳か俺・・・

まずい、もうこんな時間だ!早く寝よう。

今日はこんなブログで誠に申し訳ありませんでした。明日からはまたいつものブログに戻りたいと思いますから!待っててくださいね。

今日は「HYPER日記」始まって以来の、中身のうす~いブログでした(笑)

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

よ 横山知枝(よこやまちえ。『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』の物まねコーナーでWinkのさっちんのそっくりさんとして優勝して芸能界入りした。その後、『やまだかつてないWink』として実際に歌手デビューを果たす。)

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魔法の薬!

魔法の薬!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて皆さん、早速ですがこの写真、一体何なのかわかりますか?実はこれはカボチャなんです!別に人がスモールライトで小さくなったわけではないですよ(笑)カボチャがでかいんです!

見ての通り、大人の男性が数人がかりでやっと運べるほどの巨大なカボチャですが、どうしてこんなに大きくなってしまったのでしょうか?

実はこれは意図的に巨大化させたものなんです。広島県にある(株)万田発酵という会社が開発し販売している『万田31号』という商品がこの巨大カボチャの秘密です。

『万田31号』という商品は、長年のバイオ研究で開発された活性酵素なんです。簡単に説明しますと、植物が本来持っている生命力を引き出す商品で、農薬ではありません。黒砂糖をベースに数十種類の原材料に、発酵・熟成を繰り返し3年以上もの時間をかけて作られているそうです。苦労して開発したことがよくわかりますね。

それでは、この『万田31号』を使用すれば何でも巨大化するかというと、そうではないようです。基本的には、味の向上、栄養分の増加などが主な目的なので、ある程度の野菜や植物にしか効果がないそうです。もちろん、人間にかけてもウルトラマンのように巨大化することは無いことを付け加えておきます(笑)

それにしてもこういうものを開発できる人間の頭脳というのは本当に凄いものですよね。改めてそう思いました。

さて、今日は週に一度のミニバレーの日でした。今日のメンバーはSんでぃFいさんHこ、そして久しぶりに華のある男の復帰です!HたちゃんNぶさんAゆNかSっとAっちゃん、そして初参加のYみちゃん、そして猫男爵の合計11名でした。

YみちゃんはAゆとNかの友人で高校の同級生です。僕も同じ高校なんですが、あまり面識はないので初対面みたいなものです。メンバーが増えるということは良いことですね。皆さんもお友達でミニバレーやってみたいという方がいれば、どうぞお気軽に誘ってみてください。みんなで楽しく汗を流しましょう!

いや~それにしても久々復帰のHたちゃんの動きはキレてました!きっと専用練習場で日夜特訓していたんでしょう・・・ただでさえ良いスパイクが今日はさらに磨きがかかっていました。得意技の「Hたの」もあまり見れなかったし・・・得意技と言えば、今日はSっとが「STS」を命名以降初参加して、そして早速キレのあるSTSを披露してくれました。また来週もよろしく頼みます!

来週もたくさんのメンバーでミニバレーができることを楽しみにまた一週間仕事頑張ります!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

し 篠原一豊(しのはらかずとよ。元立教大学野球部監督で現在は社会人野球本田技研の監督を務めている。高校野球の解説者としても有名である。)

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2007年11月 5日 (月)

天国へ届け・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日11月5日は僕にとって凄く特別な日です。というのも、僕の大好きなばあちゃんの命日だからです。今朝も仕事に行く前に、仏壇の前でばあちゃんに『行ってきます』と一言声をかけてから出掛けました。

実は今日、にばあちゃんが出てきました。あまり僕の夢にはばあちゃんが出てくる事は無いのですが、夢の中でばあちゃんは言葉を発するわけでもなく、ただ笑ってこっちを見ていました。そして一つの茶封筒を僕に差し出してくれました。僕が中身を見ると何と80万円が入っていたのです。どうやってそれが80万円とわかったかは夢の話なのでよくわかりませんが、僕の夢の記憶ではいつの間にか80万円でした。一体、この夢は何を暗示しているのでしょう・・・普段は夢に出てこないばあちゃんが、命日である今日だけ僕の夢に出てきたという事も凄く気になってしょうがありません・・・

というわけで、今日は僕の大好きなばあちゃんの命日なので、ばあちゃんのお話をしたいと思います。

僕の両親は僕が小さい頃から共働きだったため、いつも僕の面倒をみてくれていたのは同居していた祖父母でした。祖父は僕が5歳の時に他界したので、あまり僕の中では記憶がないのですが、祖母の事は今でも忘れる事のできない記憶として僕の心の中で生き続けています。

まだ僕がガキの頃、悪さをして親に怒られ時、姉とケンカをして泣かされた時、いつも僕をかばってくれたのはばあちゃんでした。『お前は良い子だよ、泣くな、泣くな、ばあちゃんがいるからね。』と言っていつも僕を胸の中でなだめてくれたばあちゃんのあの温もりが、今でも懐かしく感じます。

ばあちゃんはいつも僕の味方で、はその事に凄く腹が立っていたらしく、大人になってからその事をよく言われました。でも、ばあちゃんはそんな姉の事もちゃんと考えていて、僕のいないところで姉に『おまえは6つも年上なんだから、お姉ちゃんなんだから、しっかりと弟を守ってやらないといけないんだよ。そのためには、弟と一緒に甘えていたらダメでしょ?でも、何かあったら何でもばあちゃんに話してごらん。ばあちゃんはいつでも味方だからね。』と話していたそうです。本当に僕にとっても姉にとっても凄く優しいばあちゃんでした。

ばあちゃんは、僕が学校から帰ってくる頃になるといつも「おやつ」を作って待っててくれました。ドーナツホットケーキ、どれも凄く美味しくて学校から僕は一目散で帰ってきました。冬になると、ストーブの上で焼き芋を焼いてくれていました。アツアツの焼き芋をホクホクしながら食べると、ばあちゃんはいつも『美味しいか?』と言いながら微笑んでくれました。

疲れて眠る僕にタオルケットをかけてくれたり、耳掃除をしてくれたり、数え切れないほどの思い出が僕の脳裏に溢れてきます。僕にとっては小さい頃の思い出は、両親よりもばあちゃんが中心でした。

そんなばあちゃんも歳のせいか、家の中で転倒し打ち所が悪く、足を骨折してしまったのが僕が小学5年生の頃です。この日の事は今でもよく憶えています。僕が学校から帰ってくると、家に近所のばあちゃんのお友達が来ていたのですが、ばあちゃんの様子がおかしいのです。横になって起き上がれないのです・・・僕が『ばあちゃん!どうしたの?大丈夫?』と聞くと、『家の中でつまづいて転んだんだ。』と言うのです。起き上がれなくて痛がっているところにちょうどお友達が家に来たそうなんですが、僕にはどうする事もできなくて、ばあちゃんも『少し横になっていれば大丈夫だから。』と言うので、両親が仕事から帰ってくるまで待っている事にしました。そして、高校生だった姉が帰宅し、その後両親も帰宅し、あまりにも痛がっているばあちゃんを病院へ連れて行きました。結果は、骨折で即入院でした・・・僕は何もしてあげれなかった事が凄く情けなかったです・・・きっとばあちゃんは痛かっただろうに、僕が救急車でもすぐ呼べば少しでも早く病院へ行けたのにと・・・

その後、ばあちゃんは数ヶ月の入院を終え自宅に戻ってきました。しかし、歳をとってからの骨折は大変で、以前のように自分で歩くような生活ができなくなりました。松葉杖や人の手を借りての歩行になってしまったのです。僕は少しでもそんなばあちゃんの役に立ちたくて、友達と遊ぶのもやめて学校から真っ直ぐに帰ってきて、ばあちゃんの身の回りの世話をしてあげました。母も仕事を辞めて家にいるようにはなりましたが、僕はばあちゃんの事が凄く心配で、いつもばあちゃんのそばにいました。

でも、その大好きなばあちゃんも病魔には勝てず、その1年後、僕が小学6年生の時に“癌”でこの世を去りました・・・

亡くなる前の日、僕は病床のばあちゃんと話をしました。『ばあちゃん、また焼き芋焼いてね。』と僕が言うと、小さな声で『うん、わかったよ。だから、勉強と運動を一生懸命頑張るんだよ。』と笑いながら答えてくれました。その時僕は、母からばあちゃんがそう長くない事を知らされており、これがもしかしたら最後の会話になるかもしれないと思いながら毎日病院に通っていました。きっと、ばあちゃんも自分の命が残りわずかな事に気づいていたはずなのに、悲しい顔ひとつ見せず、いつも微笑みながら僕に話しかけてくれました。それを今、思うと本当に切なくて今も涙がまた出てきました。

ばあちゃんが息を引き取り、お通夜、そして葬儀が行われる中、不思議なことに僕の目からは涙が一粒も出てきませんでした。姉に『おまえ、悲しくないの?ばあちゃんはもういないんだよ!死んだんだよ!話したくてももう話せないんだよ!』と強い口調で言われたことを今でも鮮明に憶えています。今、思えば僕にはその現実を現実として受け止められなかったのだと思います。『ばあちゃんは、またいつか戻ってくる、だから別に大丈夫。』そんな気持ちが心のどこかにあったのかもしれません。

でも、火葬場で最後の別れが来た時、僕の心のダムが決壊しました・・・棺が火の付いた中に入っていく時に、もの凄い勢いで、とめどなく涙が溢れてきて僕は号泣しました。僕が生きてきた人生の中で、一番涙が溢れた瞬間でした・・・「生あるもの死は必ず訪れる」といいますが、この瞬間だけは本当にもう嫌です・・・思い出しただけで悲しくなります。

僕の大好きなばあちゃんは、きっと今も天国で僕の事を優しく見守ってくれていると僕は思っています。だから、今は悲しくはありません。だって、見えないだけでいつも僕のそばにはばあちゃんがいてくれるから。ばあちゃんは今も生き続けています。だから僕にとっては「大好きだったばあちゃん」ではなく「大好きなばあちゃん」なんです。過去形ではなく現在形なんです。

今日で、ばあちゃんが亡くなって21年です。思えばあっという間の21年です。あの時、12歳だった僕も今では33歳の大人になりました。でも、いつになっても僕の心の中ではばあちゃんに対する思いは12歳の子供のままです。小さい頃に、ばあちゃんから教わった大切な事は山ほどあります。人に対する優しさや思いやりというのもその一つです。それを今の僕がしっかりできているかどうかはわかりませんが、少なくとも僕はばあちゃんの孫として生まれてきて本当に良かったと思ってます。だからこそ今もう一度、天国にいるそして僕のすぐそばにいるばあちゃんに一言御礼が言いたいです。『ありがとう、ばあちゃん』と・・・

今日は僕のばあちゃんとの思い出を長々とお話させていただきました。昨今の世の中、子供が親を殺したり、孫が祖父母を殺したりと、考えられない世の中になってしまってますが、皆さんも祖父母に対する感謝の気持ちをぜひ大切にしてくださいね。自分にも言えることですが、何歳になってもそういう気持ちを忘れたくないですね。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

い 今井寿(いまいひさし。ロックバンドBUCK-TICKのギタリストで、日本を代表するギタリストの一人でもある。ギタリストにしては珍しいレフティー(左利き)ギターである。BUCK-TICKの曲のほとんどは彼が作曲を手掛けている。ちなみに実家は「今井商店」というタバコ屋さんである。)

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2007年11月 4日 (日)

夜明けの流星たち(第14話)

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は2年前に亡くなった叔父さんの法事に行ってきました。僕が小さい頃にいつも遊んでくれた叔父さんも、病気には勝てずこの世をさってもう2年が経ちました。今日、お寺で親戚の叔父さんや叔母さんにも会いましたが、みんなそれなりの歳になり、年月の早さにまた寂しさを感じました。僕が小さい頃、おもちゃを買ってくれたり、肩車をしてくれたりした懐かしい思い出が頭の中をかけめぐり、あの時に戻りたい・・・と思わず涙があふれてきました(泣) 

今、僕にできる事は『叔父さんから貰ったたくさんの思い出を胸に、日々を一生懸命に“生きる”ということなんだ』と今日改めて胸に誓いました。

さて、そんなちょっと懐かしく少し重みのある話から始まった今日のブログですが、今日は連続ブログ小説第14話をお送りしたいと思います。物語もいよいよ中盤から後半に差し掛かり、ここからは重要な展開が次々と訪れます。果たして、博人と玲奈には幸福が待っているのでしょうか・・・それでは続きをどうぞ。

『夜明けの流星たち』  脚本・演出:猫男爵

☆Story14☆ 『動きだした影』

涼子のアパートでは涼子と弟の純平が夕食を食べていた。

『あれ?姉ちゃん、その赤い薔薇どうしたの?誰かからのプレゼント?』純平は赤い薔薇をみながら話した。

『今日お店に桜木君が来て、この赤い薔薇が好きだから買ったんだけど、あげる相手がいないからって私にくれたんだ。何か凄くキレイだよね。』涼子はニコニコしながら薔薇を見た。

『へえ、赤い薔薇ね。赤?もしかして拓実さん・・・』

『うん?どうかした純平?』

『いや、別に・・・』

『そう?ならいいけど。』涼子は不思議そうな顔をした。

博人玲奈の過去を知らされ、玲奈に対する感情が強くなる一方で不安を感じながら重い足取りで家へと辿り着いた。ちょうど、隣では美里が店を閉めるところだった。

『あら博人君、今日も残業だったの?毎日遅くまで大変ね。』美里が笑顔で話しかけてきた。

『美里さん、少し寄ってもいいですか?』

『ええ、いいわよ。』美里は元気のない博人の顔を見ながら答えた。

『今、何か用意するわね。ビールでいい?』

『いえ、お茶にしてください。』

『うん、わかった・・・』美里は落ち込む博人を見て何かあったに違いないと思った。

『それで、どうしたの?何があったの?』美里はお茶を博人の前に置くと尋ねた。

『えっ?』博人は少し驚いた顔を見せた。

『博人君の顔見ればわかるよ。何かあったんでしょ?』

『ええ・・・実は・・・』博人は玲奈の事を洗い浚い全て美里に話した。

『そんな過去があったんだね・・・それで、博人君はどうしたいの?』

『どうしたいって・・・玲奈を守りたいっていうか、幸せにしたいです。』博人が小声で呟いた。

『玲奈ちゃんが今の博人君の顔を見たらどう思うかな。ますます不安になっちゃうだろうね。』美里は少しがっかりしたような口調で言った。

『えっ?』博人は思いもよらない言葉に思わず反応した。

『そんな顔を玲奈ちゃんの前でも見せるの?それで幸せにできるの?』美里は優しく語りかけた。

『・・・・・・』博人は美里に返す言葉がなかった。

『まあ、そんな過去の話を聞かされて元気が出ないのもわかるけどさ、きっと玲奈ちゃんはもっともっと辛い思いをしてきたと思うよ。ずっと男の人を信じられなくて、脅えながら生活するって本当に辛かったと思うよ。そして、やっと信じられる人にめぐり逢えたのに、その信じられる人がそんな顔をしていたら、玲奈ちゃんはまた男の人を信じられなくなるよ・・・それでいいの?』

『・・・・・』博人はうつむいたままだった。

『博人君なら玲奈ちゃんをしっかり守ってあげられる。私はそう思う。だから、博人君がしっかりしなきゃだめだよ!わかった?』

美里の強い励ましに博人は顔を上げた。『はい、玲奈を守ってあげられるのは俺しかいないから!』

『そうだよ、頑張れ博人君!』

『はい、ありがとうございます。』

博人は美里から勇気をもらい、玲奈を支えていく事を心の中で強く誓った。

翌日、英会話学校では彩香が午前の授業を終えるところだった。

『はい、じゃ今日の授業はここまで。えっと、次の授業までにこの課題をやってきて下さい。それではこれで終わりにします。』そう生徒に挨拶して教室を出ると、椅子に座って待つ涼子がいた。

『あれ、涼子さん!』

『こんにちは彩香さん。』

『どうしたの?』

『ちょっとこの近くに配達があったので寄ってみたの。お邪魔でした?』涼子は申し訳なさそうに彩香に言った。

『大丈夫よ、今ちょうど授業終わったところだし、今日は午前中しか授業入ってないから今日はこれで終わりなの。』彩香は笑顔で答えた。

『良かった!ねえ彩香さん、一緒にランチ行きませんか?』涼子が笑顔でそう言った。

『いいね!行きましょう!』彩香も快く返事をした。

拓実聖北総合病院にいた。

『桜木さん、桜木拓実さん。第2検査室へどうぞ。』

『はい。』

看護師の呼びかけに拓実は検査室へと入っていった。

『では、まずこちらの記入欄に記入して少しお待ち下さい。その後に検査に移らさせていただきますから。』

『はい、わかりました。』拓実の目は真剣なまなざしだった。

博人は仕事先からの帰り道だった。今日一日は玲奈の事が気になって仕事どころではなかった。しかし、美里の言葉を思い出しながら自分の気持ちを整理していた。ちょうどその時、道路の向こう側で写真を見せながら聞き込みをしている松田の姿が博人の目に入った。

『あの刑事は昨日の・・・でも、3年も前の事件の犯人を何でそんなに追っているんだ?』博人はその松田の行動に少しだけ疑問を感じていた。

涼子と彩香は近くのお店ランチを取っていた。

『彩香さん、お昼はいつもどうしてるの?』

『たまにお弁当作って食べたりしてるけど、だいたいはコンビニで済ましているかな。ほら、あそこの英会話学校ってあんまり若い人いないでしょう?オヤジ達とお昼一緒に食べてもね。』

『それもそうね。』

二人は笑いながら話した。

『ほら、私ずっと地元にいたでしょ。だから東京に出てきても知り合いはほとんどいないし、博人か拓実での誘わないと飲みにも行けないの。』彩香が寂しそうに言った。

『彩香さん、そんな事言わないで、私で良ければ今度誘ってよ!』涼子は明るく彩香に言った。

『いいの?』

『いいに決まってるじゃない!』

『わかった。じゃ今度飲みに行こうね涼子さん!』

二人はとても楽しそうだった。

『ねえ涼子さん、最近どうなの記憶の方は?』彩香がそれとなく涼子に聞いた。

『何か最近ね、前には感じた事のない感覚がふと出る瞬間があるの。例えば、この人どっかで見た事あるかも・・・とか、この曲初めて聴くけど前にも聴いたことあるような・・・とか、昨日お店に桜木君が来て赤い薔薇を買って私にくれたんだよね。それを家に飾ってあるんだけど、それを見ていると何だかとても懐かしい感じがして凄い心が穏やかになるの。はっきり自分でもわからないんだけど、少しずつ何かが変わってるような気がして・・・』

そう話している涼子の顔を見ながら彩香は涼子の記憶が戻りつつあるのを実感していた。

『きっと戻るよ記憶。その方が涼子さんにとってもきっと幸せだよ。』

『そうかな・・・でも、彩香さんは何でそんな風に思うの?』涼子は不思議そうに尋ねた。

『何となくよ。それに涼子さんの本当の笑顔を見たいし。』彩香は一瞬どきっとしたが、ごまかすように答えた。

『ありがとう彩香さん。』

『ねえ、その「さん」で呼ぶのお互いにやめない?』彩香が言った。

『えっ?』

『歳も同じなんだし、もう私たち友達でしょ?「さん」とかいらないよ。呼び捨てにしようよ!』

『そうする?』

『じゃ、これからはそうしようね涼子!』

『うん、わかったよ彩香!』

『何か照れるね。』

『そうだね。』

二人は笑いながらそう呼び合っていた。そして彩香はこれで少し涼子との距離を昔に戻せたような気がした。

仕事を終えた博人は、どうしても松田の行動が気にかかり警視庁の松田のもとを訪れていた。

『主任!川嶋さんという人が主任に会いにきてますが。』

『川嶋?誰だ・・・』そう首をかしげながら松田は待合室へ向かった。

待合室では博人が椅子に腰を掛けていた。

『お待たせしました松田ですが。君は昨日の・・・』松田は思い出したようにそう言った。

『忙しいところすみません。』

『どうしました?何か野崎の事でわかったことでも?』松田は真剣な表情で博人の顔を見つめていた。

『いえ、そういうわけではないんですが、刑事さんに聞きたいことがありまして。』博人もまた真剣な表情だった。

『何ですか?』

『刑事さんは何で3年も前の事件の犯人をそんなに必死になって追っているんですか?しかも、その人は逃亡しているわけでもないし、刑期を終えて出所しているっていうのに、以前に交際があったというだけでわざわざ出所した事を玲奈に教えてくれるなんて、普通じゃない何かがあるんじゃないかって思って・・・どうしても気なったもので。別に何でもなければいいんですが・・・』

その博人の質問に松田は無言だった。そして、煙草をポケットから取り出し、火をつけ、ひと呼吸おいて口を開いた。

『あいつに、野崎龍太に、俺の妹は殺されたんだ・・・』

『えっ?殺された?』松田の思わぬ答えに博人は息を飲んだ。

その頃、玲奈は仕事の帰りにスーパーで夕食の買い物をしていた。

『白菜と人参とバターね。あとはいいの?』玲奈は真知子と携帯電話で会話していた。

『じゃ、買い物終わったらすぐに帰るね。はい、じゃあね。』玲奈は携帯を切り、レジで会計を済ませ店を出た。

そして家路へと歩き出した。そこへ一つの人影が玲奈の前に近づきそして歩みを止めた。

玲奈はその歩を止めた人影の主の顔を見て思わず立ち止まった。と、同時に手に持っていた買い物袋が玲奈の手からすり落ちた。

『玲奈、久しぶりだな。』その人影の主は呟いた。その声は低くかすれた男の声だった。

『・・・・・・』玲奈は小刻みに震えて何も言えず、その場に立ち尽くすだけだった。

そう、その低い声の男の正体は、野崎龍太だった・・・

今、玲奈の前に訪れた悪夢の記憶。そしてまた一つ、松田の隠された過去が博人の前に舞い降りてきた。二人に訪れかけていた幸せのパズルが音をたてて、少しずつ壊れかけようとしている事を、都会の星空はただ冷たく見守るだけだった・・・  To be continue

いかがでしたか第14話。次回は松田に隠されたその謎が明らかに。そしてとうとう玲奈の前に姿を現した野崎。玲奈は一体どうなるのか・・・もちろん、こうしている間にも玲奈の体に宿る病魔はその力を強くする一方なのだが・・・次回第15話を乞うご期待!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

ひ(び) ビスコンティ(アルゼンチン出身のサッカー選手。アルゼンチンリーグ所属時は得点王にも輝き、アルゼンチン代表の10番を付けたこともある。1993~1996年まではJリーグ横浜マリノスに所属し、リーグ優勝に貢献した。)

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2007年11月 3日 (土)

いよいよ冬の準備

冬の準備

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は11月3日「文化の日」ですね。この時期になると、僕の住んでいる北海道では日中の気温もぐんと下がり、寒さが徐々に骨身に凍みる季節になってきます。

そしてそれと同時に冬への準備が少しずつ近づいてくるのもこの時期です。僕も今日は朝から夕方まで一日中、冬の準備のために作業をしていました。体を動かしているうちはそんなに感じませんが、少し休憩を取りじっとしているとすぐに寒くなってきました。秋の終わりを肌で実感しました。

我が家の「モミジ」も紅葉をまもなく終え葉が落ちて、また来年に向けて冬眠に入ります。

冬の準備

こちらは皆さんおなじみの男爵村です。今日は「ヤーコン」の収穫をしまして、その後畑を耕運機で耕して、来年の豊作を祈願しました。秋にこうやって一度、畑を耕しておくと、土壌の品質向上にもなりますし、来春にすぐに畑が活動できるようになります。今年一年、この畑で育った色々な作物を食べさせてもらいました。大地の恵みに本当に感謝です!

今日11月3日をもちまして、男爵村の2007年の営業を終了いたします。今年一年ありがとうございました。また来年のオープンをお楽しみに(笑)

冬の準備

こちらは果実園「梨」です。木の枝がしなるほどの大量の梨がなっています。今年は例年に比べると豊作でした。まだ、枝には約50個以上はなっているのですべての収穫が終わるのは来週頃になるかもしれません。

冬の準備

しかし、この梨はそんなに美味しくない・・・(笑)ひとつ食べればもう十分です。こうやって木箱に入れて置いておくと、たちが喜んで食べていきます。鳥たちにとっては嬉しい餌なのかもしれません。もう少し品質改良して美味しく食べれるように来年は努力してみます。

冬の準備

これは「山リンゴ」です。以前このブログでご紹介した頃は、まだ青々としていましたが、ようやく成熟したリンゴ色になりました。大きさはサクランボよりも少し大きいくらいなので、すごく食べやすいんですよ。味は意外とシャキシャキしてて美味しいです。ただ、これも数が多すぎて約200~300個はなってます。ですから、これも鳥たちに提供してます。

冬の準備

本日最後の仕事は、犬小屋の冬支度です。これから訪れる冬の寒さ対策に、犬小屋にビニールを貼る作業です。完成した暖かい犬小屋に、早速犬たちは喜んで入っていきました。これで来春まではホカホカ気分です。

こうして今日は一日、冬への準備に大忙しの猫男爵でした。まだまだ外仕事は残っているのでまた暇をみながらしなければなりませんが・・・

さあ、これから冷えた体を芯から暖めに今日はサウナに行ってきます。やっぱりこんな寒い日はサウナが一番!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

お おきゃんぴー(太田プロに所属していた女性お笑いコンビ。現在は解散しているが、当時出演していた番組には「オレたちひょうきん族」や「鶴ちゃんのプッツン5」がある。)

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2007年11月 2日 (金)

イケメン軍団の軌跡 ~解雇編~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、ジャニーズファンの方、お久しぶりです。すでに皆さんご承知の事と思いますが、先日ショックなニュースが日本中をかけめぐりました・・・

『元光GENJIの赤坂晃が覚せい剤取締法違反で逮捕!』の一報です。僕はこのニュースをたまたま仕事で訪れていた病院のロビーのテレビで見て、何とも言えない衝撃を受けました。ちょうどそこでテレビを見ていた僕と同世代であろう女性も、そのニュースを食い入るように見ており、話をしてみるとやはり若い頃は『光GENJIファン』だったらしく、とてもショックを受けてました。

最近のジャニーズ事務所には、イノッチの結婚マッチに子供誕生と明るい話題が続いていただけに残念で仕方ありません。

赤坂と言えば、光GENJIの中でも一番年下で、解散後は俳優としてドラマにも出演し、最近ではミュージュカルにも力を注ぎ活躍をしていた矢先だけに、『どうして?』という気持ちでいっぱいです。

プライベートな事で苦悩も多かったようですが、だからと言って超えてはいけない境界を超えたのは彼の弱さです。厳しい意見かもしれませんが、どんなに辛い事情があっても犯罪は犯罪です。その罪の重さをもう一度深く反省して、しっかりと自分を見つめ直してほしいと思います。そして、罪を償って社会に復帰した際には『もう二度と同じ過ちを繰り返さない』と、僕たちファンにしっかりと約束して欲しいと思います。

14歳で日本中の脚光を浴び、その後スターダムを駆け上がり、輝かしい栄光を手に入れたその代償はあまりにも大きかったのかもしれません。

赤坂はこの事件が起きるまではジャニーズ事務所に籍をおいていました。ジャニーズ事務所には、Jr.を含め多くの若い子供達が在籍しています。彼らの見本となるべき存在の彼がこんな事件を起こしてしまった今、その責任は非常に大きいものがあると思います。ジャニーズ事務所は即日に解雇を決定しましたが、この教訓を生かしてもう二度とこのような犯罪に手を染めないようにする教育も必要ではないかと個人的には思います。

しかし今回の事で人の弱さという面もよくわかりました。芸能人だって人の子です。心に傷を負うこと、辛さに耐え切れなくなること、それは当然のこととしてあるでしょう。だからこそ一人で悩んでほしくなかった・・・周りにもう少し相談にのってやれる人がいればこんな事にはならなかったのかもしれません。これは彼だけに言えることではありません、今何かに悩んでいる人がもしいれば、一人で考え込むことなどやめて誰かに相談してみてください。一人で悩むなんて何のメリットもありませんからね!

とにもかくにも、赤坂が立ち直ってくれること、そしてジャニーズの他のメンバーが今回の事で影響を受けることなくさらなる活躍をしてくれることを願わずにはいられません。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

き キーオ(1980年代後半~1990年代前半にかけて、プロ野球阪神タイガースで活躍した外国人投手。背番号は投手としては珍しい4番だった。)

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2007年11月 1日 (木)

沈黙の日曜日・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日から11月になりましたね。早いもので2007年も残すところあと2ヶ月となりました。皆さんにとって2007年はどんな1年でしたか?というか、まだ2ヶ月あります!もし、やり残した事があれば挑戦してみてはどうですか?まだ間に合います、時間は残っています。後で後悔しないように、ちょっとだけ勇気を出してみましょう!(俺も)

さて、皆さんは競馬はお好きですか?僕は凄く好きというわけではありませんが、大学生の頃や20代の頃はよく、競馬場に行ったり馬券を購入したりと楽しませてもらいました。しかし、ある1頭の馬との「別れ」以降、競馬とは少し距離をおくようになってしまいました・・・今日は今思い出しても辛く切なくなる、ある競走馬のお話をしたいと思います。

オグリキャップトウカイテイオーナリタブライアンメジロマックイーンディープインパクト、どの馬も日本人であれば誰しもが知っているであろう名馬ばかりです。皆さんもこれらの名馬の名前を一度は耳にした事はあると思います。

しかし、数多くある競走馬の中で僕が一番好きだった馬はこの中にはいません。僕が好きなその馬は、ゲートが開くと同時に猛烈なスピードで先頭に立ち、まるで疾風のごとく走る事を楽しみながら、誰もいない先頭を駆け抜け、そして最後までスピードが落ちることなく走り抜けるという、まさに最強の逃げ馬と称されたサイレンススズカという馬です。

父サンデーサイレンス、母ワキアの間に産まれたサイレンススズカは、デビュー当初はそんなに目立つ馬ではありませんでした。そしてそれは4歳になっても変わらず、この馬は表舞台に出てくることはないはずの馬でした。が、しかしそれは一人の天才騎手との出会いで一変しました。

そうです!知る人ぞ知る武豊です。初めてこの馬に騎乗した際のレース後に武は『もう一度だけこの馬に乗せてもらえないか!』と強く申し出たそうです。これがこの馬の運命を大きく左右した分岐点でした。

その後、歳が明けて5歳になったサイレンススズカは武という最強のコンビを手に入れ、連戦連勝を積み重ね、遂には宝塚記念(G1)を制覇し、名馬の仲間入りを果たすまで昇りつめていったのです。僕がこの馬に注目し始めたのもちょうどこの頃で、『何て強い馬なんだ!カッコよすぎるよ!』と思いながらいつもテレビの前でレースを見ていました。

そして迎えた5歳秋、陣営は天皇賞(秋)に焦点をしぼり、再びG1制覇に向けて動き出しました。そしてその前哨戦とも言われる毎日王冠、このレースには当時の3強と言われる名馬が集まりました。サイレンススズカに立ち向かおうと名乗りをあげたのが、エルコンドルパサーグラスワンダーという、競馬ファンであれば誰もがうなずく最強の外国産馬です。

しかし圧倒的な人気を誇示していたサイレンススズカはこの2頭を押しのけ1番人気に支持されました。そしてレースも人気に答える圧勝でした。僕はこのレースを今でも憶えていますが、本当にサイレンススズカの速さに感動を憶えました!あの2頭がまるで歯がたたないほどの逃げっぷりでした。

こうして5歳に入って無傷の6連勝という最高の形でサイレンススズカはいよいよ天皇賞(秋)の行われる東京・府中の東京競馬場にその勇姿を現したのです。

平成10年11月1日東京11レース1枠1番で1番人気という、まさにサイレンススズカの勝利を確信するかのような『1並び』でした。多くの競馬関係者も『サイレンススズカが負ける要素を探すほうが難しい・・・』と言うほどの状況でした。『いつものように普通に走って普通にゴールすれば、そこに勝利がある。』ただそれだけのことでした。あの光景を見るまでは・・・

僕はテレビの前でサイレンススズカの快走を見ようとスタンバイしてました。いよいよファンファーレが鳴り、そしてものすごい歓声の中、ゲートが開きました。按乗はいつものように武豊です。快調に飛ばし3コーナー手前では後続に10馬身という大差をつけた大逃げです。今までこんな差のついたレースは見たことがありませんでした。僕は『競馬史上最大の差をつけた歴史に残るレースになるんでないの?』と思いこのレースを見ていました。

しかし3コーナーを過ぎ、東京競馬場の名物「大ケヤキ」の辺りを過ぎたところで僕の目に映ったのは信じられない光景でした・・・突然、サイレンススズカが失速し走るのをやめたのです。武豊も心配そうに馬から降り、サイレンススズカをいたわっていました。場内はどよめきと悲鳴がしばらく鳴り止まず、レースの結果どころではなくなりました。

僕も気が動転して何をしていたかあまり記憶がありません。ただ無性に心臓だけがバクバクと音をたてていたのは憶えています。アナウンサーの『沈黙の日曜日・・・』という言葉だけが僕の耳に今でもコダマしています。

結局、診断は左前脚粉砕骨折により予後不良・・・つまり安楽死処分です・・・さっきまであんなに元気に走っていたあのサイレンススズカは天国へと旅立って行ったのです・・・僕はその日にくれました。夕食も喉を通りませんでした。競走馬というのは多くの人に夢を与えてくれる一方で、走れなくなった時点でそれは「死」を意味するのです・・・なんて残酷で悲しい運命なんでしょう。

レース後の武豊の落胆ぶりも相当なもので、あまりのショックでしばらく口を聞けなかったそうです。様々な名馬に乗っていた当時の武が『オグリキャップと並んで一番強い馬がサイレンススズカだよ。』とコメントしていることからも、どれだけこの馬に愛着があったのかわかります。

もしも、サイレンススズカが無事に余生を過ごし種牡馬となっていたら、一体どんな2世たちが活躍していたのだろう・・・そう考えただけでも、その希代のスピードの遺伝子が後世に受け継がれることなく終わったことも実に日本競馬界にとっての損失とも言えるでしょう。

実はこのサイレンススズカがこの世に生を受けたのは1994年5月1日、皆さんの中にもピンと来た方はいるとは思いますが、あのF1ドライバーアイルトン・セナがレース中に事故死した日なんです。何かを感じませんか?僕は『サイレンススズカはセナの生まれ変わり』だと今でも思っています。

セナもまた、スタートでいち早く飛び出し序盤から先頭をキープし勝利するというレース展開を得意とし「音速の貴公子」と呼ばれてました。まるでサイレンススズカのレースを見るようです。そしてサイレンススズカの最期もまたセナ同様にレース中による事故・・・これは運命という言葉ではすまされない何かがあるように思えてしかたありません・・・

サイレンススズカは今、生まれ故郷である北海道・平取町のお墓に眠っています。その短い一生を疾風のごとく駆け抜けた名馬は、天国でこれから活躍するであろう数々の馬たちのことをきっと優しく見守っていることでしょう・・・

9年前の11月1日「沈黙の日曜日」、それはサイレンススズカの死により彼の父親である名種牡馬サンデーサイレンスの意味が示された日でもあったのではないでしょうか。そしてこの日、僕をふくめ涙に暮れた多くの競馬ファンにとってはいつになっても忘れる事のできない一日であることに間違いはありません。僕個人としては、このサイレンススズカの死以降、競馬の見方が少し変わった事もここで付け加えておきます。

天国にいるサイレンススズカよ、天国でも疾風のごとく駆け抜けろ!僕はおまえの事を一生忘れない・・・

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

や 山川牧(やまかわまき。数多くの雑誌などで活躍するファッションモデル。14歳の時にJJ専属モデルになったのがデビューである。)

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