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2007年10月20日 (土)

闘魂列伝 ~第三世代~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、プロレスファンの方ご無沙汰してました。今日はお待ちかね「闘魂列伝」です。今回は「第三世代」のお話です。どうぞ楽しんでください。

新日本プロレスのマットは、「闘魂三銃士」が席巻していた1990年代半ばから1990年代後半に差し掛かりました。「時代」は流れ、闘魂三銃士の武藤と橋本は新日本を脱退し他団体へ移籍します。唯一残った蝶野も「nwo」などのアウトロー軍団を結成し、新日本プロレス本体とは確執を持ち始めました。

そんな頃に、新日本の中核となるべく活躍したのがいわゆる「第三世代」です。その中心となったのが中西学永田裕志天山広吉小島聡の4人です。

中西学と永田裕志は常に正規軍として新日本のマットを守ってきた二人です。この二人の共通点はともにアマチュアレスリング出身ということです。

中西は1992年のバルセロナ五輪に出場した選手です。同年に新日本プロレスの門を叩きデビューを果たしました。彼の魅力は何と言ってもその恵まれた体格を活かした野性味溢れるパワースタイルです。ニックネームは「野人」「和製ヘラクレス」です。

得意技の「アルゼンチンバックブリーカー」はどんなレスラーでもかなりのエネルギーを吸い捕らえる技です。この他にも「ヘラクレスカッター」「野人ハンマー」などの力技や、タッグの時に使う「ワシントン条約」「京都議定書」という変わった名前の技をもつのも特色のひとつです。中西は色々な新技の開発が好きみたいです。

この中西のライバルとして正規軍に君臨するのが永田です。彼もアマチュアレスリングではかなりの実績の持ち主で、1992年の全日本選手権優勝後に新日本の門を叩きました。前述の中西とは同期になります。この年は、この他にも石澤常光(ケンドー・カシン)大谷晋二郎、さらには全日本の秋山準などが同期で、黄金世代とも言われています。

永田はその巧みな寝技や関節技を活かし、IWGPヘビー級のタイトルを10度も防衛し「ミスターIWGP」とも称されています。その対応力は新日本一だとも言われています。確かに派手さはないが実力では永田が一番だと僕も思います。

彼の得意技は何と言っても「ナガタロック」です。これは永田の関節技の呼び名ですが、「ナガタロックⅠ~Ⅳ」まであります。どれも微妙にかける技の種類が違います。さらには「サンダーデスドライバー」「サンダーデスキック」などの「サンダーデスシリーズ」という技もあります。いずれにしてもプロレス通にとっては彼の実力は折り紙つきです。

そして、この二人に負けず劣らず新日本のマットで活躍したのが「天コジ」と言われる、天山広吉と小島聡です。

天山は1993年のヤングライオン杯を制し海外修行に旅立ち、1995年に凱旋帰国しました。その後は蝶野が率いる「nwo」に加入しヒールとして活躍を見せます。その後、小島とともに「天コジ」という名タッグコンビを結成し、IWGPタッグ王者にも君臨しました。

常に「蝶野の子分」や「NO.2」などの呼称が付きまとった天山も独り立ちし、シングルでも王者に輝くなど、新日本のマットを十分に席巻する実力者になりました。彼の得意技は「モンゴリアンチョップ」「ムーンサルトプレス」「マウンテンボム」「TTD」などです。

見かけはコワモテで、コメントや態度でも悪態をたたきますが、実は新日本一の好青年で正確は温厚でとても優しい人なんです。『人は見た目ではない』という言葉は彼にぴったりの言葉です。

その天山とライバルでもあり名コンビを長らく組んだのが小島です。小島は天山の1年あとのヤングライオン杯を制し、海外修行→凱旋帰国という天山とまったく同じ道を歩みました。天山の親分が蝶野ならば、小島の親分は武藤です。武藤に誘われ「nwo JAPAN」に加入し、武藤が新日本を離脱すると同じく小島も武藤の跡を追っていきました。

そして武藤が化身と化す「ザ・グレート・ムタ」を真似て小島も「ザ・グレート・コスケ」として化身を見せることもあります。彼のトレードマークはオレンジを基調としたコスチュームです。また、ファンサービスの良さに関してはプロレス界NO.1と言われています。

彼の得意技には「小島式ウエスタン・ラリアット」というのがありますが、この技は何とあのスタン・ハンセンから直接指導を仰いだというから驚きです。その他にも「コジコジカッター」「コジMAXホールド」「コジMAXドライバー」などのオリジナルの技を持っていますが、僕が一番好きなのもは「いっちゃうぞエルボー」です。この技は『いっちゃうぞ!バカヤロー!』の叫びと共にトップロープに上がってダイビングエルボードロップをくらわす技ですが、会場の盛り上がりがMAXに達する技なので大好きです。

こうして、1990年代後半~2000年代にかけて新日本のマットを支え続けた「第三世代」もそれぞれがそれぞれの道へと進みながらも、今もプロレス界の人気を大きく支えています。彼らの存在は無くてはならないとても重要な役割だったと僕は思っています。

そして「時」は流れ、世代交代の時期へと徐々に差し掛かっていきます。新日本のマットでは「新闘魂三銃士」と言われる「新世代」の台頭が目立つようになり、彼らを中心に興行も動くようになっていきます。次回は、いよいよ「闘魂列伝」の最終回!新日本プロレスの未来を支える「新世代」についてお話してみたいと思います。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

う 潮哲也(うしおてつや。テレビや映画などで活躍する俳優。フジテレビ系列の「スーパー競馬」の初代総合司会を務めていた。)

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