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2007年10月26日 (金)

インディーズを探せ!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて今日は音楽の話を少ししたいと思います。

一言で「音楽」と言っても様々なジャンルが存在すると思います。ポップス、ニューミュージック、ロック、演歌、ラップ、クラシックなどなど、そのジャンルの多さと幅広さには知らない事もたくさんあります。

その中で僕が昔からよく注目していたのが、俗にヴィジアル系ロックと言われるジャンルです。僕らの世代と言えば、何と言っても伝説のバンド「B0ФWY」の名前を挙げずにはいられません。彼らのその音楽性やスター性には今でも多くの感銘を受けているのも確かです。このバンドを超えるバンドは未来永劫に出現しないと、はっきりと断言してもいいでしょう!それくらい凄いバンドでした「BOФWY」は。

そして、その「BOФWY」の伝説を継承しようと彼らの解散後は数々のバンドが世に出てきました。(のちにX JAPAN)、LUNA SEACOLORBUCK-TICKZI:KILLなどです。彼らの出現は日本の経済がバブルだった事もあり、日本の音楽シーンを大きく変動させました。

そんな中で、僕が19歳の頃から注目し始めたのがいわゆる「インディーズ」と言われる、メジャーデビューする前のカテゴリーです。なぜここに注目し始めたのかと言うと、それは一つのバンドとの出会いがきっかけです。

あれは僕が大学1年生の秋です。当時まだ19歳だった僕はよくCDショップや大型レコード店に足を運んでいました。そこで「インディーズ・コーナー」というひとつのコーナーを目にしたのです。そこにはまったく目にしたことの無いバンドばかりが名を連ねており、当然周りの客は足など止めるはずもなく、僕も少しだけ見て素通りするつもりでした。しかし、何かに吸い込まれるように一つのバンドのCDが目に入りました。そのバンドは「黒夢」というバンドでした。

当時の多くのバンド名は普通、英語表示の横文字が特色でしたが、その中で「黒夢」という漢字のバンドはひときわ異彩を放ってました。その印象があまりにも強かったのか、僕はその後しばらく「黒夢」の事がもの凄く気になり始めました。

それから数ヶ月後、音楽雑誌で偶然にもその「黒夢」の特集を目にしたのです。ページにすると1ページのうちの1/4ぐらいのスペースでしか取り上げられていないわずかな情報でしたが、僕にとってはとても貴重な情報でした。読めば、間もなくメジャーデビューするというのです。僕はその瞬間に決めました。『このバンドのファンになろうと!』まだ音楽を聴いた事もないのに何か引き付けられる魅力が「黒夢」にはあったのです。

それからというもの、友人たちに『黒夢知ってる?今度メジャーデビューするんだぜ!』と話はするものの、『何それ?誰?何者?』と知っている人など全くいなく、僕はとても寂しい思いをしました。でも僕は『絶対あいつらはビッグになる。』と友人たちに言い続けました。

そしてCD発売当日、僕はその日のうちにもちろんCDを購入。特典のポスターもGETしました。初めて見る「黒夢の姿」、そして初めて聴く「黒夢の音楽」、僕の選択は間違っていませんでした。その音楽性、そしてそのヴィジアル、すべてが僕が求めていたものでした。買ったその日から何度も何度も聴きまくりました。

「黒夢」は3人からなるバンドです。ボーカルの清春はビブラートを効かせた繊細な声に、ファルセットやシャウトを効果的に取り入れる歌い方で僕を虜にさせました。その後ろではギターのと、ベースの人時が黒夢の「命」となる音源を奏でており、その3人の絶妙なバランスはまさに最高の組み合わせでした。

ちなみに、この「黒夢」は名古屋などの中京圏を中心にインディーズ活動していたバンドで、同じ頃の同士には「L’Arc~en~Ciel」がいます。

僕は黒夢のアルバムは全て持っています。(全8作品)その中でも、デビューアルバムの『迷える百合達』と3作目の『feminism』、それに7作目の『CORKSCREW』は超お気に入りです。シングルで好きな曲は『優しい悲劇』『Miss MOONLIGHT』『SEE YOU』『少年』『MARIA』などです。

デビューから数年経つ頃には、彼らの人気は絶大なものになり、以前『黒夢なんて知らねえよ』と言って僕をバカにしていた友人たちも、僕の事を尊敬の目で見てくれるようになりました。僕は鼻高々でした(笑)

黒夢は途中、ギターの臣が脱退し、清春と人時の二人で活動を続け、音楽もデビュー当時とは若干変わってはきましたが、常にシングルはオリコン上位につけるほどの人気バンドとなりました。

彼らの魅力のひとつに、『バンドのあるべき姿はライブだ!』というスタイルがあります。年間230日というライブ活動をした年もありました。よって、他のバンドがテレビ出演するのとは反対に、彼らはテレビには殆ど姿を現さずライブ活動を積極的に行いました。結局、「黒夢」は1999年に解散となってしまったわけですが、解散する前にライブを見に行けなかったことが唯一の僕の心残りです・・・

当時、清春はある雑誌のインタビューでこう言ってました。『売れる事を目的とする歌はあまり好きではない。カラオケであんまり俺らの歌を歌ってほしくない。歌いたいやつらはライブに来い!』この言葉は清春らしい不器用な言い方ですが、彼が言いたいのは『本当に黒夢を知るには、まずライブに来てみなよ。』という意味が込められているのです。ですから大の黒夢ファンの僕は当時はほとんどカラオケで彼らの歌を歌いませんでした。それが清春に対する礼儀だからです。

こうして僕の20代には「黒夢」という一つの全く無名のインディーズバンドとの素晴らしい出会いがあり、その運命的な出会いに僕は今でも感謝しています。今はその黒夢の音楽を生で聴くことはできませんが、時々CDでその音楽を聞くととても懐かしい気持ちになります。「音楽」って本当に素晴らしいですね!人が生きていく上でとても大切なアイテムだと僕は思います。

ちなみに、この「黒夢」以降、僕はインディーズバンドに凝り始め、無名のバンドに注目するようになりました。そしてそこからビッグになったバンドには『PENICILLIN』、『La’cryma Christi』、『FANATIC◇CRISIS』、『PIERROT』、『Diren grey』などがあります。今ではそんな「インディーズ探し」をすることもなくなりましたが、僕にとっては当時はとても楽しい時代でした。

今日は「インディーズ」の音楽について、僕の経験をふまえて話させていただきました。皆さんの中にも、『こんなインディーズバンドが好きだよ(もしくは好きだったよ)』なんて言う事があれば、もし良ければ教えてください。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

の 能勢一幸(のせかずゆき。数々のクイズ番組に出場し、優勝するなどの実績を持ついわゆる「クイズ王」。第15回アメリカ横断ウルトラクイズのチャンピオン。現職の埼玉県職員でもある。)

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