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2007年9月21日 (金)

「天才」と呼ばれた「侍」・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

9月も後半に差し掛かり秋本番のはずですが・・・今日は実に暑かったですね!ここ十勝地方でも30℃を越えるところがあったわけですから、一気に夏に逆戻りですね。でも、これは一時的なものですぐに本来の秋模様に戻りそうです。

そんな今日この頃ですが、プロ野球の世界ではペナントレースも終盤戦を向かえ、セリーグもパリーグもいよいよ優勝争いがし烈を帯びてきました!一体今年はどのチームが日本一の栄冠を勝ち取るのでしょう?

そんな優勝争いから外れたセリーグの下位に甘んじる広島東洋カープにある一人の「侍」がいることを皆さんはご存知ですか?彼はかつて「天才」と呼ばれ、将来の日本プロ野球を背負っていく存在とまでも言われた男です。ベストナイン4回、ゴールデングラブ賞4回、オールスター出場6回など、輝かしい実績を持ちながらも、2度のアキレス腱手術などの大怪我により、いまだに一度もタイトルには手の届かない不運の男・・・そう彼の名は前田智徳「天才と呼ばれた侍」です。

1989年に熊本工業からドラフト4位で広島に入団した彼は、1年目から1軍に定着し2年目からはレギュラーを獲得するなど当時から注目の選手の一人でした。多くのマスコミからは「掛布2世」などと言われ、その打撃センスの高さが取り立たされていました。

僕が彼の存在に注目し始めたのもこの頃で、『何て鋭い打球を打つバッターなんだ!』と目を丸くしたことを憶えています。当時の解説者たちも口を揃えて『この選手は末恐ろしい・・・どんな選手になるか計り知れない。』とコメントしていたほどです。

当時の1990年代半ばの広島といえば、江藤(現西武)、金本(現阪神)、野村(引退)、緒方(現役)など、若手の生きのいい選手が数多くいたので、お互いに切磋琢磨して非常におもしろいチームでした。しかし、それに比例することなく成績はなかなか上がっていかないのが現状でした。しかし当時の前田選手は走・攻・守、三拍子揃ったプレーヤーで、僕の中ではメジャーで通用する選手は、秋山(当時西武)か前田しかいないと思っていたほどです。

彼は若い頃から、とにかく寡黙で無口な男、そして「練習の虫」と言われたほどに努力を怠らない、まさに「侍」という言葉がぴったりの選手でした。その前田選手は今月9月1日に、「2000本安打」を見事に達成したのです。

野球に詳しくない人にはあまりピンとこないかもしれませんが、プロ野球選手の誰しもが目標にするのが、投手は「200勝」、打者はこの「2000本安打」なのです。この記録をクリアすると「名球会」というプロ野球最高峰の会に入会する権利を得るわけです。

その大記録を達成した前田選手はその日、大勢の観衆の見守る広島市民球場でスピーチをしました。『色々な事があったけど、ここまでよく頑張ってきたと思います。今日という日は一生忘れません。』そう言うと、照れくさそうに長男と次男から花束を受け取りました。そして、日頃は活躍しても決して多くを語らない彼が、声を震わせ封じ込めてきた熱き思いを吐き出しました。

『ケガをしてチームの足を引っ張ってきたこんな選手を応援していただいてありがとうございます。』決して自分を美化することなく、チーム低迷の責任をファンに詫びるあたりが、実に彼らしいスピーチでした。そんな彼の人柄に、多くのファンからいつまでも大きな拍手が送られていたのがとても印象的でした。

必要以上の事をあまり多くは語らない彼ですが、実はその人望の厚さと尊敬の念には飛びぬけたものがあります。現在、メジャーで大活躍するあのイチローも実は前田に憧れてプロ入りしたそうなんです。さらには松井秀喜(ヤンキース)、福留(中日)などなど多くの名選手が彼の背中に憧れ、プロの門を叩いているのです。まさに「男は背中で勝負する!」といった言葉が似合う男が前田選手なんです。

彼の野球人生は常に自分との葛藤でした。高校時代から飛びぬけた才能があったがゆえに、練習にしても試合にしても納得のいかない事があれば納得がいくまで、ただひたすらに練習を繰り返す、そして悔し涙を流す・・・そんな日々が毎日のようにあったそうです。「天才」の原点は自分との葛藤にあったんですね。

その「天才と呼ばれた侍」も、今年で36歳です。選手としてはすでにピークを越えてしまったのかもしれません。でも、彼をここまで支えてきたのは「生まれ持った才能」ではなく、「血のにじむような努力」なのではないでしょうか?それがある限りは、ボロボロになった体でも決して彼が下を向く事はないでしょう。

苦しみ抜き、球史にその名を刻んだ彼にとって「2000本安打」というのは、ただの通過点にすぎないと僕は思います。前田智徳、36歳、努力の天才である彼がもう男泣きすることはきっとないでしょう。もし次に彼が涙する時は、それはきっとバットを置く日、彼がユニホームを脱ぐその日なのではないでしょうか・・・その日がまだまだ先の事であると、そう僕は信じたい・・・

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

し(じ) ジェームス西田(今年の4月にシングル「君だけにこの愛を」でメジャーデビューを果たした和歌山県出身のミュージシャン。)

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