« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月30日 (日)

チェッカーフラッグの彼方に・・・

チェッカーフラッグの彼方に…

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

9月も今日で終わりですね。日に日に寒くなり、僕の嫌いな冬の足音が少しづつ聞こえてくる今日この頃です。

今日は見事な秋晴れのもと、僕は更別にある十勝インターナショナルスピードウェイで開催されたカートレースに友人が参加するので観戦に行ってきました。

実はこの友人たちが参加するチームの監督というのが何を隠そうこの僕なんです(笑)まあ、監督といっても特に何をするわけでもなく、専門的な事には全く無知なこの僕ですから、できる事と言えば応援する事ぐらいで、ドライバーに迷惑をかけないようにするだけです。

前々から、ドライバーには『一度見においでよ!』と言われてはいたのですが、なかなか乗り気になれず足が向かなかったのですが、今日行ってみると意外と楽しくて、また次回も機会があれば観戦に行きたいと思いました。まさに「百聞は一見にしかず」です!

なぜ僕がこのチームの監督かと申しますと、我がチーム名は「RCPレーシング」といい親会社は皆さんご存知の(株)RCP(ラリーズコーポレーション)です。そうです、僕が代表取締役を務める会社です(妄想の世界の会社)。それで、RCPの専務であるHきの任命により社長である僕がこのチームの監督の椅子にいつの間にか座らせられていたというわけです。

まあ、そんないきさつはさておき、舞台は更別に戻しましょう!

チェッカーフラッグの彼方に…

まずは、大会本部(オフィシャル)によるルール説明が行われ。参加18チームの選手一同は真剣に耳を傾けていました。カーレースというのは、いくらカテゴリーの低いカートレースといえども、事故を起こせば生死にかかわる非常に危険なスポーツです。注意事項についてはドライバーたちは特に耳を澄まして聞き入ってました。

チェッカーフラッグの彼方に…

我がチームのドライバーは昨年までは、親友でもあり専務であるHきと、高校の同級生のUすいの二人でしたが、今年からカート経験の豊富なHでき君(ミニバレーの仲間)という強力なメンバーを加え、三人体制で挑むことになりました。上の写真はスタート前のHきです。やや緊張気味ですが我がチームのエースです!カーナンバーは「19」です。

言い忘れてましたが、今日のレースは3時間耐久レースです。3時間という時間を各チーム数人のドライバーで交代に運転し、完走を目指すという過酷なレースです。

チェッカーフラッグの彼方に…

午後0時30分、いよいよレースは火ぶたを切りました!

これは、Hきの華麗なドライビングです。このカートはHき所有のカートです。値段はいくらするのかよく知りませんが結構な値段だと思います。他にもレーシングスーツにヘルメット、さらにはタイヤやパーツに部品など、カーレースにはお金がかかります。でも、好きな人にとってはお金を掛けてでもやりたいのが趣味というものです。

チェッカーフラッグの彼方に…

ドライバー交代の作業風景です。ドライバーが変わるだけでなく、各パーツの確認なども欠かせない作業です。ここは三人が力を合わせて協力しなければなりません。

チェッカーフラッグの彼方に…

さらには燃料補給も当然必要です。Hきの背中の「R.C.P」が光ってます!来シーズンはチームのTシャツとキャップを作ろうかと監督は考えています。

チェッカーフラッグの彼方に…

Hでき君の風を切って走る、見事なドライビングです。Hでき君は以前にカートレースに参戦して優勝経験もあるかなりの腕の持ち主です。今日は、奥さんのMえちゃんと、AなちゃんAねちゃんのお子さんもお父さんの勇姿を見に観戦に訪れてました。

チェッカーフラッグの彼方に…

午後3時30分、3時間の熱戦もいよいよ終焉を迎えました。最後はHでき君がチェッカーフラッグを受け、見事な完走FINISHです!本当に三人ともお疲れさまでした!!

チェッカーフラッグの彼方に…

レースの壮絶さを物語るようなタイヤの消耗です。本当にレースとは過酷なものです。
チェッカーフラッグの彼方に…

最後は表彰式が行われ、各クラスの1~3位までの選手にトロフィーと景品が授与され、歓喜のシャンパンファイトが行われました。残念ながら、我がチームは表彰台に上がることはできませんでしたが、それでもケガなく最後まで無事に完走できたことが何よりです。

奇しくも今日は富士スピードウェイで30年ぶりにF1が開催されました。そんな日に、ここ更別でも熱く燃えたぎるドライバーたちによる熱戦があった事をここに報告したいと思います。

カーレースに限らずスポーツというものは結果が全てではなく、達成感というものが一番重要だと思います。レース後の我がチームの三人には、その達成感が満ち溢れていました。そんな顔を見ていると僕もなんだかとても嬉しい気持ちになりました。

Hき、Uすい、Hでき君、今日は本当にお疲れさまでした!そして、良いレースを見させてもらって本当にありがとうございます!感謝しています。皆さんも今度機会があれば一度、我がチームのレースを見にきてください。きっとドライバーたちも喜びますよ。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

P.S. 一緒にレース観戦したAゆNかも今日はお疲れさまでした。更別に行く途中の対向車線にいた白い犬にはびっくり!!でしたね(笑)明らかに道路上でくつろいでいましたねあの犬は。運転していた僕はあまりにも驚いて心臓が一回、口から出ましたよ(笑)犬の方も驚いた顔してたけどね(笑)こんな所でしかイジれなくてゴメンね。

(今日のマニアック有名人しりとり)

ら ラウダ(オーストリア出身の元F1ドライバー。1975年、1977年、1984年のF1ワールドチャンピオン。「スーパーラット」や「不死鳥」の異名を持つ。)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007年9月29日 (土)

縁起の良い猫

縁起の良い猫

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、皆さんは上の写真を見たことはありますよね。そうです!我が猫一族の中でも最も縁起の良い猫、福を招くとして人気の高い「招き猫」です。

今日9月29日はその語呂から「来る福」(929)と読み、招き猫が福を招くということから「招き猫の日」日本招き猫協会が制定しています。日本招き猫協会というものがあった事も今日初めて知りましたけどね(笑)

招き猫の特徴は何と言ってもその手です。正確に言うと前足か(笑)前足で人を招く形をしたこの猫の置物は、主に商店などで飾り商売繁盛を願います。

実はこの招き猫には右手を挙げている猫と左手を挙げている猫の2種類があり、その挙げる手によって意味合いが違うという事をご存知でしたか?

右手を挙げている猫金運を招き、左手を挙げている猫人(客)を招くとされています。特種なもので両手を挙げている猫もまれにあるようですが、これは「欲張ってお手上げバンザイ」になるのがオチという事であまり人気がないようです。

この「招き猫」の由来には幾つかの説がりますが、僕が知っているのはこんなお話です。

江戸時代にある藩主がある一つのお寺の前を通りかかったそうです。その時に、そのお寺の和尚の飼い猫が門の前で手招きするような仕草をしたので、藩主は思わずそのお寺に立ち寄り休憩することにしたそうです。するとその直後に、激しい雷雨が降り始めたそうです。雨に当たらずにすんだ藩主はその猫に感謝し、荒廃していたそのお寺に多額の寄付をして、そのおかげでお寺は盛り返したそうです。数年後、和尚はこの猫が死ぬと墓を建てて弔い、境内には猫が片手を挙げている姿をかたどった猫招堂が建立されたそうです。これが招き猫の由来ではないかというお話です。

でも、一般的には招き猫のあの仕草は「毛づくろいの動作」ではないかという説もあります。僕も昔、猫を飼っていた事があるのでわかりますが、単純に考えれば毛づくろいの動作だと思います。

いずれにしても、動物って人間にはわからない感覚を持っていますよね。予知能力であったり、見えないものが見えたりと。もしかしたら、そのお寺の猫も何か動物特有の予知的な感覚で雨が降る事を本当にその藩主に伝えたかったのかもしれませんね。

猫じゃないですが、前に我が家の犬たちが一斉に遠吠えした事があったんです。するとその直後に大きな地震が来たことがあります。やっぱり動物には不思議な能力があるんですね。

今日は縁起の良い猫とされる、「招き猫」についてお話させていただきました。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

い イースラー(1980年代後半に日本ハムファイターズで活躍した元プロ野球選手。バッドを寝かせ、キャッチャー側に引きながら構えるバッティングフォームは、当時中学生だった僕を含めみんながよく真似をしたものです。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月28日 (金)

敵は緑山にあり!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

小学6年生、12歳の秋。横浜市緑区緑山には難攻不落の城があり、僕はこの手でその城主を討つべくして、いざ戦に出陣した。

城内に進入しようとした僕の前を建ち塞いでいたのは2メートルはあるであろう高い壁。「国境の壁」である。勢いよく助走をつけジャンプした僕はこの最初の難関を楽々とクリアした。

いざ城内に入ると次に僕を待ち構えていたのは「悪魔の館」。幾つかの部屋に分かれたこの六角形の館の中には2人の悪魔が潜んでおり、僕はこの悪魔の罠をかいくぐりなんとか出口へとたどり着いた。

館を脱出し少し歩くと現れたのが「竜神池」である。この池を越えるには池の上の飛び石を使って向こう岸まで渡るしか方法がない。中には石のように見えてただの発砲スチロールでできたトラップの石もあり、それに乗ると池に落ちてしまう。しかし、そんなトラップを見極め僕は見事に向こう岸へとたどり着いた。

次に現れたのは回転する「キノコでポン」という巨大なキノコ。キノコにしがみつき途中にある中島に無事に着陸し、また城主のもとへと僕は一歩近づいた。

そして僕の視界には「飛び出せ青春」という泥沼が出現した。上空に高く放たれたサッカーボールを、泥で足場が悪い中キャッチしなければならない。なかなか手こずりはしたもののなんとかクリアした。

辺りはすでに夕闇近くなり、僕の前に現れたのは「ジブラルタル海峡」。不安定な吊り橋を金のボールをキャッチして、敵が打ってくるボールに負けずに橋から落ちずに渡りきらなければならない。かなりの苦戦をしいられはしたが、強靭な足腰を活かしクリアした。

いよいよ城主の所まであと少し、最後の難関はその城主の所につながる「人食い穴」。5つある大きな穴のいずれかを選び、中に敵がいなければクリア。5つの穴のうち2つには敵が待ち構えているのだが、野生の勘を頼りになんとかここをクリアした。

さあ、いよいよ僕はこの城の城主である殿と呼ばれる「ビートたけし」の前に到達した。たけしの前には、殿を守るべく数名の家臣が建ち塞がっている。最後の戦場は、水鉄砲によるカート戦。先に自分のカートの的が打ち破られたら僕の負け、先に僕が殿の的を打ち破れば僕の勝利。僕は勢いよく飛び出し、そしてうまく回り込み、遂に殿の的を破ったのです!たけし城が遂に我が手により陥落したのです!それを歓迎するかのごとく緑山の頂上にはキレイな花火が打上げられました。

めでたし、めでたし・・・

・・・というのは12歳の時に僕が見た夢の世界です(笑)

皆さんの中にも懐かしかった方がきっといると思いますが、当時大人気番組だったTBSの『風雲たけし城』。この番組を僕は毎週欠かさず見ていました。アドベンチャー番組という今までに無い発想のこの番組を真似して、当時学校でも「たけし城ごっこ」などという遊びが大流行したほどです。

実は僕はどうしてもあの緑山スタジオに行き、「たけし城」に挑戦したくて「小学生大会」の参加応募のハガキを姉だけには相談して、親には内緒で出した事があります。でも、かなりの人気で抽選でなければ選ばれる事ができなくて、残念ながら挑戦する夢は叶いませんでした。

この番組は現代の「筋肉番付」「SASUKE」、さらには「DOORS]などの基盤となっており、そのアトラクションの所々には「たけし城」の面影が幾つかあります。

今日はまた妄想族であるがゆえに、その妄想力を活かし、12歳の時に挑戦できなかった「たけし城」に挑戦してみました。もし、この番組が復活して緑山にあのアトラクションが戻るのなら、僕は喜んで参加応募のハガキを出したいと思ってます。その時は何としても殿を倒したいと思います! 

『敵は緑山にあり!』

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

き 菊川舞(きくかわまい。かつてフィットという芸能事務所に所属していた女性タレント。東京工業大学を卒業という学歴もある。現在は芸能活動を休止し公認会計士を目指している。姉は女優としてもタレントとしても有名な菊川怜である。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年9月27日 (木)

キリンが見える!?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

9月も後半に差し掛かりすっかり肌寒くなりましたね。季節の変わり目ですので、皆さん風邪などひかぬよう体調には気をつけてくださいね。

さて、僕は今日仕事をしていてふと思いました。『何か視力が落ちたな・・・』仕事でパソコンを使う時間も以前より増え、ブログを始めてからというもの家でもパソコンに向かう時間は明らかに増えました。それが影響しているかどうかはさだかではありませんが、確かに以前に比べると目がかすんだり遠くの物が見えにくくなってきました。

今、僕の視力はどれくらいあるのだろう?最後に視力を測ったのは確か高校生の頃で1.5はあったはずです。中学生くらいまでは2.0はあったのですが。今度、視力を測りに行って、あまりにも悪ければ眼鏡もしくはコンタクトでもつけないといけないかな・・・と思ってます。

視力の話が出ましたが、以前テレビなどでたびたび出ていたオスマン・サンコンさんを皆さんはご存知ですか?「1、2、サンコンです」などのフレーズが有名になのできっとご存知ですよね。彼はアフリカはギニアという国の日本大使館員として来日したわけですが、視力が6.0もあることで有名でした。

6.0ですよ!信じられませんよね。しかし、サンコンさんが言うには『アフリカでは6.0は普通のこと。』らしいです(笑)

日本では目が良い人の基準は2.0が最高ですよね。でも、実はそれ以上の数値を測ることも可能らしいんです。そもそも、視力測定というのは5メートル離れた所で、例の「C」に似た字のわっかのどこが切れているかを見極めて、これがわかれば1.0というのが基準値のようです。そこからは「C」を大きいものにしたり、小さいものにしたりして視力を測定していくわけです。

つまり、わかりやすく言えばこの「C」のわっかが10分の1の距離でないとわからない場合は視力0.1。逆に距離を倍にしてもわかる場合は視力2.0というわけです。その理論でいくと視力6.0は、5メートルの6倍の30メートル離れてもわっか「C」の切れ目がわかるという事になります。

実際は日本の視力検査では最高2.0までしか測れない大きさにわっか「C」が設定されているので、それ以上は計測できないそうですが、あの視力測定する「C」を屋外にでも運んで、30メートルぐらい離れたところから検査すれば測定することは可能という事です。でも、普通に考えたら30メートルも離れたら、豆つぶぐらいにしか見えないし、「C」のどこが切れているかなんて絶対にわからないと思います。

でも、日本人の中でも実際計測していないだけで、6.0ぐらいの視力の持ち主はいる可能性が全く無いとは言い切れません。もしかしたら「サンコンさん並み」の人がいるかもしれません!

サンコンさんに代表されるように、アフリカのような自然に囲まれた環境の中で育つ人と、日本人のように毎日がテレビやパソコンなどの視力を低下させる物の中で生活している人との間では、きっと視力に大きな差が出るのでしょうね。

以前にアフリカのサバンナに住む民族を取材したテレビを見たことがあるのですが、その番組内でその民族の一人が指をさして『キリンが2匹、歩いているが見える。』と言うのです。レポーターやスタッフが一生懸命にその人が指さす方角を探すのですが、結局は目視する事ができす双眼鏡を使ってかろうじて確認する事ができました。その民族の人が見ていたのは何と1キロ以上離れたところのキリンの姿だったのです!衝撃的でした!

生活する環境によって人間というものは、こうも変わるんですね。そして、アフリカにはまだまだ僕の知らないことがきっといっぱいあるんでしょうね。時間さえあれば、前からアフリカの旅をしてみたいな~って思ってはいるのですが、なかなか難しいかな・・・

皆さんは視力はどれくらいありますか?「目」って生きていく中でとても重要ですよね。僕も最近視力が落ちてきているので、目は大切にしなきゃって思っています。皆さんも気をつけてくださいね。

それでは今日はこのへんで。チャオ(Ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

く 国広富之(くにひろとみゆき。俳優として数多くのドラマや映画で活躍する。愛称の「トミー」は1980年代前半に松崎しげると共演したドラマ『噂の刑事トミーとマツ』からきていると言われている。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月26日 (水)

顔に残る2つの傷・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

僕の顔には、2つの傷があります。

一つ目の傷はアゴの傷です。これは僕がまだ5、6歳の頃に付いた傷です。

僕はある日、風邪で夜中に高熱が出て、親に連れられ病院に行きました。僕の街には24時間体制で先生が診察してくれる、とても心強い診療所があります。その日も僕はその診療所に駆け込み診察してもらいました。

診察の結果は、たんなる風邪で熱を下げる薬を出してもらい診察は終わるはずでした。しかし、ベッドで横になっていた僕は何を血迷ったかベッドから落ちてアゴを強打しました。すると、ざっくりとアゴを切り、血が大量に出てきたのです!

その結果、緊急にアゴを縫うはめに・・・風邪の治療に行ったはずが、アゴを縫って家に帰る事になるとは誰が想像したことでしょう・・・家に帰ると夜中なのに婆ちゃんが心配して起きていてくれた事を今でも思い出します。そして顎のケガにびっくりしていた事も。

それからというもの僕は病院のベッドに横になった際には、人一倍気をつかっています(笑)

二つ目の傷、それは左マブタの傷です。これは僕が中学1年生の春に付いた傷です。

今でもこの事件の事は鮮明に憶えています。先輩たちの卒業式を間近に控えた3月初旬、僕は自宅の庭で子犬と遊んでいました。そして、子犬を追いかけて走っていた時に、いきなり僕の視界が真っ暗になりました。僕は何が起きたのか、状況がわかるまでしばらくの時間を要しました。

僕は子犬を追いかけている事に夢中で、木と木につないであった針金の存在に全く気づかず、もろに目の上の数センチの所に針金が接触したのです!

まだ地面には残雪が残っていましたが、そこに僕の顔から血がポタポタと・・・僕は全身から血の気が引いていきました。そして、家の窓ガラスで目の上の傷を確認した僕は心臓が止まりそうでした。ぶつかった所があと数センチ下にずれていたら僕は間違いなく失明していたでしょう・・・マブタはざっくりと横に3センチくらい切れており、僕は急いで家の中に入り助けを求めました。家の中にいた姉が、『何!?どうしたの、それ!』と絶叫したのです。

僕は親に連れられ、またしても診療所へ。直ちにお医者さんによる縫合が行われました。しかも麻酔なし・・・『痛いっ!!』僕は泣きながらも必死に痛みに耐えました。壮絶な痛さとの戦いでした。今思い出しても、寒気がします。

不幸中の幸いだったのが、目には傷が付いてなかった事、あと数センチずれていたら僕の左目はもう終わりでした。

翌日から目に眼帯をして僕は学校へ行きました。そして抜糸する頃にはマブタに白いテープのようなものだけになったのですが、その時だけ僕のあだ名は「ロッキー」(試合後のボクサーみたいだったから)でした。今となっては、そんな事も笑い話にできますが、本当に僕の人生が変わっていたかもしれない大事件でした。

これが、僕の顔に残る2つの傷の逸話です。子供は傷が出来るくらい元気で走りまわって遊ぶのも良い事かもしれませんが、顔の傷とかは一生残るものですから、無いにこした事はないですね。

顔に限らず皆さんもケガには十分気をつけてくださいね!僕はやっと登山の筋肉痛が抜けそうです(笑)

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

さ 斉藤清六(さいとうせいろく。1980年代に活躍したお笑いタレントで、欽ちゃんこと萩本欽一の元付き人でもあり弟子でもある。当時の人気番組『欽ちゃんのどこまでやるの!』の「村の時間」というコーナーでは、そのボケキャラでお茶の間を楽しませた。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

知らなかったサービス

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

携帯電話が普及した昨今ですが、皆さんは家庭用の電話を使用していますか?今は携帯があるので家の電話は持ってないという方も数多くいると思います。

そのNTTの電話には、多くのサービスがありますよね。例えば、「117」は時報、「177」は天気予報、「104」は番号案内などなど。ここまでは一般的に知られているサービスだと思います。

それでは「136」って何かご存知ですか?僕も知らなかったのですが、「ナンバーお知らせサービス」というものなんです。今の電話機にはナンバーディスプレイシステムというのがあり、機種によっては契約を交わせば付けることができるので、それで着信してきた相手の番号を確認することは可能ですが、これはそれとは全くの別物です。

着信があった後に「136」に電話して、「1」を押すと最後にかかってきた相手の電話番号を音声で知らせてくれるというのです。料金は1回利用するごとに31.5円(税込)で、音声案内は2回しか流れないのでメモの用意は必須です。ちなみに「104」の番号案内サービスは無制限にリピートして流れるので焦る必要はないのですが、このサービスは少し焦ってメモを取ったほうがいいかもしれません。

でも、果たしてこのサービスを利用する人はいるのでしょうかね?イタズラ電話とか無言電話で相手を調べたい時などは有効かもしれませんが、他にはあまり使用することがないのかもしれませんね。それ以前に携帯電話がどうしても主流ですからね。

そしてもう一つ知らなかったサービスがあります。それは「159」です。皆さんこれは何か知ってますか?これは「空いたらお知らせサービス」というものです。これは、電話をかけた相手が話し中の際に、一旦電話を切ってから「159」にかけ「1」を押して登録しておくと、相手の通話終了を確認した時点で、サービス利用者の電話が鳴り、相手の話し中が終了した事を音声で知らせてくれるというサービスです。

あればそれなりに使うかもしれないけど、無ければ無いで特に使わないサービスかもしれませんね。利便性を追求するとキリがありませんが、使用するかしないかは別にしてこういうサービスがあるという事だけでも憶えておくと便利かもしれませんね。

さて、話は変わり今日はミニバレーの日でした。僕は先々週を休み、先週は体育館が休みだったために、3週間ぶりのミニバレーでした。昨日の登山の筋肉痛がピークの中でのミニバレーはなかなかハードなものでした。というか、足が動かない(笑)同じチームになった方には迷惑かけました。ゴメンなさい。

今日のメンバーは、HこNぶさんAゆNか、そして猫男爵の合計5名でした。連休明けという事もあってか、仕事で忙しい事もあってか、少し寂しい人数でした。3対2のミニバレーはちょっときつかったです。来週はもう少し人が増えるといいな~ 皆さん色々とお忙しいとは思いますが、時間の許す限り一緒に汗を流しましょう。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

P.S. ちなみに僕の今のマイブームは、Hこに教えてもらった「愛海(まなみ)巻き」です!

(今日のマニアック有名人しりとり)

ゆ 夢紗(ゆめさ。今売出し中の女性シンガーソングライター。オリコンの「サビだけコンテスト」にて1000曲の応募曲の中から、一般投票で1位を獲得し特別賞を受賞した。今年の1月に『桜の約束』でデビューした、猫男爵イチオシの歌手です。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月24日 (月)

夜明けの流星たち(第8話)

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

昨日の登山で筋肉が悲鳴をあげています(笑)今朝起きて階段を降りる時、本気で足に鎖つけられているような感覚でした。明日のミニバレーがとても不安です・・・

今日も空は秋らしい十勝晴れが広がってましたね。気温もさほど高くなく、ときおり吹く秋風がとてもキモチ良かったです。

さて、今日は連続ブログ小説第8話をお送りしたいと思います。

ついに玲奈に対する恋心がわきあがった博人は、拓実らとともに海に行く計画をたてる。その影で、確実に進行する玲奈の病・・・神様は果たして二人に味方をするのか・・・

『夜明けの流星たち』  脚本・演出:猫男爵

☆Story8☆ 『生きている証』

玲奈博人に海に行く誘いを受けた翌日、真知子聖北総合病院二階堂を訪ねていた。

『先生、その後どうなんでしょうか?玲奈の症状は・・・』真知子は不安そうに尋ねた。

『鈴木さん、正直なところ私にも予測できない部分がありまして・・・ただ言える事は、発症する可能性はゼロではないということです。このまま、ずっと発症しない場合もありますし、極端な話明日にも発症するかもしれないんです。だから今は定期的に検査して様子を見るしか方法がないんです。』

二階堂のその言葉に真知子は思わず息を飲むしかなかった。

その頃、拓実涼子が働く花屋に着くところだった。

『涼子、一緒に行ってくれるかな・・・』拓実は不安そうな表情だった。

『あれ、桜木君!どうしたの?』拓実を見つけた涼子から話しかけてきた。

『こんにちは涼子ちゃん!今日はちょっと用事があってさ、あの実はさ・・・』拓実が話しかけようとした時に涼子が話しだした。

『今ね、純平が来ているのよ。ほら、純平!桜木君よ。』

『あっ、拓実さん!』

『おう、純平!』

真希に花でも買ってやろうと思ってさ。』微笑みながら純平は話した。

『もう、純平たらね、その真希ちゃんっていう子にまだ一度も会わせてくれないのよ。桜木君には紹介したくせに、実の姉に紹介しないなんてひどい弟よ。』少しむくれた顔で涼子が言った。

『ちゃんと紹介しなきゃだめだろ純平。そうだ!真希ちゃんも連れてこいよ純平!』

『連れてこいってどこへ?』

『ごめん、ごめん。いきなり言われたってわかんないよな。実は今週末に友達何人かで海の近くのペンションに一泊しに行くんだよ。それで、今日は涼子ちゃんを誘いに来たんだよ。だから、真希ちゃんも誘って連れてお前も来いよ純平。』

『海か・・・いいねそれ拓実さん!絶対俺行くよ!真希も誘ってみるよ。』純平ははしゃいでいた。

『涼子ちゃんはどう?一緒に行かない?たまに海の空気とか吸うと気持ちいいよ。』拓実は勇気を出して聞いてみた。

『そうね、たまには息抜きもいいかもね。じゃ、お言葉に甘えて連れてってもらおうかな。』涼子は笑顔で答えた。

『よし、じゃあみんなで盛り上がろう!』拓実は心から喜んでいた。

博人は会社のデスクにいた。

『はい、はい、ありがとうございました。では、後日改めてこちらの方からお電話させていただきます。失礼致します。』電話を切った博人から安堵の表情が浮かんだ。そして隣りにいるに話しかけた。

『やったぞ稔!契約だよ、契約!あのNSEがうちの新機種の導入考えてもいいってさ!』

『まじですか先輩?NSEって言ったら、今業界伸び率トップの最大手じゃないですか!』

『そうだよ、その天下のNSEだよ稔!今まで使っていたところの機械にトラブルが出て、新しいところを模索しているらしいんだ。』

『絶好のチャンスじゃないですか先輩!これで部長見返してやれますね。』

『見返すとかそういう事ではないけど、俺自身の中で何か大きな仕事をやり遂げたいんだ・・・』そう稔に話すと博人は席を立ち、開発室へと走っていった。

その夜、玲奈は真希と一緒に自宅に帰ってきた。

『ただいま。』

『お帰りなさい。あら、真希ちゃんも一緒なの。』

『すいません、お邪魔します。玲奈が寄って行けってうるさいもので。玲奈ったら今日は一日中、博人さんの話しばっかりで、それでもまだ話し足りなくて結局お家にまで来ちゃいました。』真希はそう笑いながら真知子に言った。

『もう真希ったら、私そんなに博人さんの事ばかり言ってないでしょ。』玲奈は照れ笑いしながら言った。

『さあ、あがって真希ちゃん。』

そんな二人を見て真知子も安心していた。

『それでね、おばさん聞いて!玲奈ったら、どんな服着て行こうかな?とか、博人さんってどんな服が好みかな?とか、そんな事ばっかりなのよ。そんな事私に聞かれてもね。だいたい、海に行くんだから服なんて何でもいいのにね。』そう真希が笑いながら話した。

『いいじゃない別に。』玲奈は口を尖らせて言い返した。

それを見ている真知子にもまた笑顔が満ち溢れていた。ひと時だけ病気の事も忘れながら。

『そう言えば、さっき私も純平に週末に海に行こうって誘われたんだ。どこかで会うかもね。』真希は冗談交じりに話した。

その日、鈴木家には夜遅くまで笑い声が絶えなかった。

博人は仕事を終えて、「ロザーナ」にいた。

『博人君、何か良い事でもあった?』美里が話しかけた。

『うん!仕事で大きい契約が取れそうなんだよ。正直、今の現状に俺はもどかしさを感じていたんだ、ついこの前までは。でも、親父と話したりして、結局は自分が逃げていただけなのかなって思ったんだ。だから、何もしないで逃げるのは一番卑怯なやり方だって思ってさ。結果はどうであれ、今自分にできる事を精一杯やらなきゃって思ってさ。それが一番人間らしいし、生きている証かなあって。』博人は今の心境を正直に美里に話した。

『何日か前の博人君と目の輝きが違うね。』

『そうですか?』

『うん、全然違うよ。実はちょっと心配してたんだ私。元気がない博人君を・・・でも今の話を聞いたら安心したよ。』美里は優しく博人に言った。

『ありがとう美里さん。それと、もう一つ俺の勇気の源があってさ。実は今、気になる女の子がいるんだ。向こうがどう思っているかは解らないけどさ、俺はその子の事が好きなんだ。大切な存在なんだよね。』博人は顔をほころばせながら話した。

『良かったね博人君!きっと博人君なら、その子の事を幸せにしてあげられるよ。頑張るんだよ!』

『うん、美里さん、ありがとう!』

こうして、その夜は「ロザーナ」の店の明かりも夜遅くまで消える事がなかった。

そして迎えた土曜日の朝、博人はいつもより早く目が覚めた。アパートの前には前日から借りておいたレンタカーが停めてあった。

『美里さん!行ってきますね。留守中頼みます。』そう大声で店の中にいる美里に言うと博人は家を出発した。

拓実のマンションの前には、涼子と彩香がすでに待っていた。

『あなたが彩香さん?』

『はい。涼子さんですね?』彩香は涼子の事はよく知っているが、記憶がない涼子に対して初対面の振りをしていた。それは拓実にも頼まれていた事だった。

『涼子さんの事はよく拓実から聞いてますよ。お花屋さんにとても可愛い子がいるんだって。お嫁さんにするなら、ああいう感じの子が最高だって。』彩香もまた拓実と涼子がうまくいって欲しい一心で気を遣っていた。

『そんな事を桜木君が?何か恥ずかしいなあ。』涼子の顔は少し赤くなって照れくさそうだった。

そこへ拓実が家から出てきた。『ごめん、ごめん!待った?』

『もう、遅いよ拓実!何分待たせるのよ。』彩香が言った。

『そんな事言ったって、博人が来ないと話しにならないだろう。車が来ないと出発できないんだから。』

『それもそうね。』

『あっ、涼子ちゃんおはよう!ごめんね待たせちゃって、このヒステリック姉ちゃんが何か変な事言ってなかった?』拓実は彩香の事を指さして涼子に聞いた。

『ちょっと、随分じゃない!私に対しての態度と全然違うじゃない涼子ちゃんに対しては。』彩香がむっとした表情で言った。

『変な事って、桜木君が私の事をお嫁さんにしたいっていう話?』涼子は微笑しながら言った。

『えっ!?彩香!おまえ涼子ちゃんに何話したんだよ!』

『あれ、拓実、顔が赤くなってるよ。』

『何言ってんだよ!違うよ。』

『あっ、本当だ。』

「ちょっと、涼子ちゃんまで。』

そんな風に楽しそうに三人で話している所に博人が車で到着した。

『おはよう!さあ、みんな荷物積んで!』到着した博人が言った。

『博人、紹介するよ。こちらは涼子ちゃん、お花屋で働いている俺の友達なんだ。』拓実が博人に涼子を紹介した。

『はじめまして、橘涼子です。桜木君にはとても仲良くしてもらってます。今日は弟まで誘ってもらってすいません。』

『いいえ、こちらこそ宜しく。みんなバカばっかりで疲れると思いますけど宜しくね!』博人もまた昔の涼子と今の涼子との存在に戸惑いを感じていた。

『そう言えば、純平のやつ遅いな・・・』そう拓実が言った矢先に純平が姿を現した。『すいません、遅れちゃって。』

『何やってるのよ純平!ちゃんと時間守らなきゃダメじゃない。紹介しますね、私の弟の純平です。』涼子がそう言いながら純平を紹介した。

『はじめまして、橘純平です。今日は宜しくお願いします。それと、俺も姉ちゃんに紹介するね。俺の彼女の富樫真希ちゃんです。』

『はじめまして、富樫真希です。宜しくお願いします。』真希は少し緊張しながら話した。

『はじめまして、姉の涼子です。いつも純平が迷惑をかけているでしょ、ごめんね。でも良かった、純平の彼女が可愛くて感じの良い子で。』涼子は純平を見ながらそう言った。

『あっ!博人さん!』真希は博人の顔を見て思わず叫んだ。

『君は確か、玲奈ちゃんと病院で・・・』博人は記憶を思い出しながら言った。

『ということは、玲奈が言ってた海ってこの事?』真希は一人でぶつぶつ言っていた。

『さあ、みんな荷物積んで出発するよ!』博人がみんなに呼びかけて車は海へと向かい走り出した。

しばらく車が走る中、純平が口を開いた。

『博人さん、一つ聞いてもいいですか?何で助手席空いているんですか?後ろ狭いから俺そっちがいいな。』

『純平、そこはな博人の彼女が座る席なんだよ。今、彼女の家に向かっているんだよ。』拓実が言った。

『おい拓実!彼女って何だよ、だからそんなんじゃない・・・』

『はいはい、わかったからさ危ないから前向いて運転しろよ!』

そんな会話をかわしながら車は玲奈の家へ向かっていた。

そして玲奈の家の前に車は着いた。

『あ~どうしよう、玲奈にどんな顔したらいいんだろ・・・』真希は独り言を呟いていた。

『ちょっと待ってて、今迎えに行ってくるから。』博人はそう言うと玲奈を迎えに行った。

やがて車に玲奈を連れた博人が戻ってきた。『みんな紹介するね、鈴木玲奈ちゃんです。』

『はじめまして、鈴木玲奈で・・・えっ?真希!』

『玲奈・・・』

偶然という運命が繋いだ全ての出来事が、少しずつ姿を現していくのを博人は頭の奥の方で微かに感じとっていた。これから起こる全ての事を予測するかのごとく。 To be continue

いかがでしたか第8話は?様々なそれぞれの想いを乗せた車が海へと向かい出発しました。偶然のように結びついた、数々のつながりが今後の展開に重要な役割をもたらすことをこの時は誰しもが予想もしていませんでした。次回第9話も乞うご期待!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

く Clownfish(クラウンフィッシュ。2005年に結成された男性ユニット歌手。今年の1月にミニアルバム『Cars&Girls』でメジャーデビューを果たす。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

歴史的な一日!

歴史的な一日

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は僕にとって、とても長いそして忘れられない歴史的な一日になりました。写真でもわかるようにキレイな紅葉が映える大雪山系のひとつ赤岳に登山に行ってきました。色鮮やかに敷き詰められた紅葉は実に感動的で素晴らしいものでした。

今日がなぜ「歴史的な一日」かというと、普段の登山とは違い「縦走」というものに初めて挑戦したからです。「縦走」とは山と山を尾根づたいに歩き渡るという実にハードな行動です。僕も小さい頃から登山の経験は結構ありますが、この「縦走」は初体験です。

それでは早速、この長い今日一日を振り返ってみたいと思います。

まずは今日の登山には、友人であるFいさんHこTっかと僕猫男爵の四人で挑みました!僕は朝3時に起床、相変わらずイベント前夜のワクワク感で眠れない夜を過ごした僕は、睡眠2時間半ほどで自宅を出発し、集合場所のHこの会社に4時半に集合。Fいさんの車で目的地の赤岳に向かいました。

歴史的な一日

午前6時過ぎに駐車場に到着した僕らを待っていたのは、2年前に大敗北を喫したあの恐怖の「シャトルバス」、別名「油バス」(名付け親はHこ)です(笑)このバスに乗らなければ登山道入口まで行くことができないので、この勝負はどんな事があっても避けることはできないのです・・・場面はいきなりクライマックスを迎えたのです!

史上最恐にして史上最悪のバス、油バス!すし詰め状態に詰め込まれた登山客が隙間なくバスの空間を埋め尽くし、車内は熱気と湿度で油ギトギトに・・・そして約30分間に渡り容赦なく襲い掛かる悪路による揺れ・・・軽い吐き気をもよおすのは当然のこと、まさに地獄とも言える30分間です。

しかし、今日は前回の対戦で体が慣れたのか、それとも体の中で免疫が出きたのか、前回よりも若干楽だったように感じました。しかし、軽くほろ酔いでした(笑)僕的にはこれで、『今日の登山の8割は終わった』と言っても過言ではありません!それくらいの強敵なんです油バスは!

歴史的な一日

無事にバスを降りた僕らは、登山部長のFいさんの指揮のもとに、いよいよ登山開始です!

途中、寒さのせいか今年はすでに「霜柱」があちらこちらで見られました。赤岳は前半に結構きつい傾斜がありますが、途中はゆるやかな傾斜もあり、家族連れで登るにはなかなか楽しい山かもしれません。何と言ってもここのメインは「紅葉」!今日のこの絶景を見に全道各地から多くの登山客やカメラマンがここを訪れていました。

歴史的な一日

約3時間ほどの時間をかけ無事に赤岳山頂に到着!天気は良く見晴らしも最高なのですが、風がとても強くもの凄く寒い!今までで一番寒い赤岳山頂だったかもしれません。通常の登山であればここで昼食をとり、来た道を戻り下山するのですが、今日の目的は「縦走」!少しの休憩を挟み、すぐに尾根づたいに緑岳山頂を目指してスタートしました。

歴史的な一日

スタートして直後、ものすごい寒風に襲われ、僕の右足に違和感が・・・あまりに急激に寒くなりすぎて右足太腿がけいれんを起こしてしまいました。『ヤバイ・・・こんな所で・・・』僕は思わず心の中で叫んでしまいましたが、我慢して足を動かしているうちになんとか回復しました。写真でもわかるように、廻りは岩だらけで他には何もない殺風景な景色です。まるで、ドラマ「漂流教室」か「西遊記」でも見ているような果てしない景色でした。「縦走恐るべし!」

歴史的な一日

登山家でもあり、写真家でもある登山部長Fいさん。雄大な景色を自慢のカメラで収めていました。素晴らしい写真がまた見れると思うと今から楽しみです。登山には、Fいさんのような登山に詳しいリーダーが必要不可欠です。

歴史的な一日

山岳ガイドのような着こなしをしているのはHこです。リュックは先日購入したおNEWです!Fいさん同様に、山を知る男です!ムードメーカーである彼の場を和ますトークは今日も冴え渡っていました。

歴史的な一日

紅一点、参加してくれたTっかです。男の僕でも辛かった縦走を、辛さによく耐えて頑張りました!赤岳の前半戦は本当に辛そうでしたが、途中から元気が回復して良かったです。

歴史的な一日

みんな強風と寒さに何とか耐え、ようやく12時半頃に緑岳山頂に無事到着!ここで昼食をとりました。ここで話題になったのが「お湯」。Hこが持参した「お湯」は若干寒さでやられ少し「ぬるま湯」に・・・それでもカップラーメンは美味しく食せました。男爵村から持参した「枝豆」も美味しく食しました。昼食を終え、いよいよ下山です。

歴史的な一日

緑岳からの下山ルートは非常に岩場が多く、アスレチック的な道でした。おかげで、後半は膝が笑いっぱなしでした。生まれたての馬みたいにプルプルしてました(笑)

こうして四人揃って無事に午後3時半頃下山。感動の瞬間でした!やっぱり縦走って舐めてかかかると大変な目にあうという事を、今日初めて挑戦して実感しました。でも、非常に楽しい登山だったと僕は思います。

そして、疲れを癒し汗を洗い流すために高原温泉に僕らは向かいました。実はこの高原温泉の山荘には友人Aっけが7月から働いており、久しぶりにご対面してきました。久しぶりに見たAっけの顔はすごく元気そうでとても安心しました。仕事の期間はあともう少しなので頑張れAっけ!帰ってきたら、「お帰り会」やるよ!と、言っても携帯の電波もないあそこではこのブログも見ていないだろうけど・・・

そして、僕らはお風呂につかり疲れを癒し最後の戦い「油バスとの対決第2ラウンド!」へ。と、ここで事件発生!何と、油バスの最終便の出発に間に合いませんでした・・・すると、Aっけの友人という事で特別扱いされた僕らはホテルの人が駐車場までの道のりを車で送ってくれることに!何とラッキーな事でしょう!あの油野郎に乗らなくてすんだ上に送ってもらえるなんて。本当にAっけ様々です!感謝しています。

こうして、あらゆるハプニングを乗り越えた僕らは何とか帰路へと着くことができました。帰り道、生まれて初めて炎上中の車を見ました。衝撃的な映像でした・・・

本当に今日は長い一日でしたが、非常に充実した最高の一日でした。そして忘れることのできない「歴史的な一日」になりました。Fいさん、Hこ、Tっか本当にお疲れ様でした。また登りにいきましょうね!みなさんもぜひ、山登りに興味ある方は一緒に行きましょうね。今日、山で出会ったすべての方も本当にお疲れ様でした。

『山は最高だよ!』、『縦走バンザイ!』、『油バス、ざまみろー!!』

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマアニアック有名人しりとり)

み Missing Link(ミッシング・リンク。2004年に結成された女性4人組ラップボーカルグループ。今年の2月にはシングル『ツナガルキモチ』で念願のメジャーデビューを果たした。)

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2007年9月22日 (土)

タイム・トラベラー

タイム・トラベラー

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

先日、仕事の会議に出席するために札幌に行ってきました。宿泊先のホテルの窓から、札幌のビル街の夜景を思わず一枚撮りました。

札幌には会議で年に4~5回出張します。大抵はJRを利用するのですが、今回は車で札幌まで行ったので、会議が終わった後の帰り道の途中、僕が大学生の頃住んでいた所まで足を運びました。

タイム・トラベラー

ここは、僕が大学2年生の夏から卒業するまで住んでいたアパートです。2階の奥に僕が住んでいた部屋はあるのですが、ここはロフトタイプの部屋でとても住みやすかったです。まあ、ほぼ毎日が麻雀部屋と化してましたけど(笑)ちなみに隣の部屋にはビジネスマン風の中国人が住んでいました。きっと、毎晩僕の部屋から聞こえてくる牌の音にウズウズしていたはずです(笑)

少し驚いたのは、白かった外装が少しグレーっぽく塗り替えられていたことです。そして周りの空地だった所には別のアパートも建設されていました。僕がここを去ったのが、1997年3月ですから、ちょうど10年前です。「10年ひと昔」とよく言いますが、本当にもう昔の出来事になっちゃうんですね・・・

毎日、このアパートからサイクリングロードを自転車を漕ぎながら大学に通っていた日々を思い出します。きっと、今ここに住んでいる人の中には僕の後輩にあたる学生もいるんでしょうね。

タイム・トラベラー

ここは、アパートの近所のクリーニング屋さんです。頻繁にではありませんが、たまに利用してました。ここのおばちゃんは大学生にはとても優しくて、いつも安くしてもらってました。今も元気で仕事頑張っているのかな?

タイム・トラベラー

ここは、近所の焼肉屋さんです。学生時代はそんなにお金に余裕が無かったので、いつもバイト代が出てから食べに行くのがとても楽しみでした。味はなかなか結構なものでしたよ。まだ若かったから、いくら食べても満腹にならなかったな~

タイム・トラベラー

最後の一枚は、よく行ったカラオケ屋さんです。ここと、もう少し離れた所に別なカラオケ屋さんがあるのですが、そこを合わせると週5ぐらいのペースで暇さえあればよく行ってました。でも、10年前には「まんが喫茶」は入ってなかったな・・・

他にも懐かしい場所やお店がいっぱいありました。全然変わってないところ、全く変わってしまったところと、景色は様々でしたが、僕の心の中にある記憶や思い出だけは、どんなに時代が移り変わったとしても変わることはありません。

「10年ひと昔」、考えれば僕も22歳だったんだな~若かったな・・・当時22歳の僕にはきっと今の僕の姿なんて、とうてい想像できませんでした。ましてや、ブログを毎日更新しているなんて(笑)

「人生」なんていつどんな風になるか本当にわかりませんよね。だからこそ「生きている」って素晴らしい事なんですよね。10年後の僕はいったいどんな暮らしを送っているのだろう?どんな形であろうが、そこに「幸せ」を感じている僕がいることを自分自身で強く祈っています。未来の俺よ頑張れ!

今日は、10年前に少しタイムスリップして少しの時間だけ思い出旅行を楽しんできました。皆さんも10年前の自分を思い出してみてください。その時、今の自分が想像できましたか?「未来」って誰にもわからないからこそ、きっとおもしろいんでしょうね。「未来」には多くの可能性や希望が満ち溢れていると僕は思いますよ。だからこそ日々を一生懸命に生きていきたいです。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

た 高田なみ(ボイストレーナーを務めながらも自身も歌手として活躍している。ポップスユニット「Sora」のボーカルも務めている。今年はソロデビューも果たした。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月21日 (金)

「天才」と呼ばれた「侍」・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

9月も後半に差し掛かり秋本番のはずですが・・・今日は実に暑かったですね!ここ十勝地方でも30℃を越えるところがあったわけですから、一気に夏に逆戻りですね。でも、これは一時的なものですぐに本来の秋模様に戻りそうです。

そんな今日この頃ですが、プロ野球の世界ではペナントレースも終盤戦を向かえ、セリーグもパリーグもいよいよ優勝争いがし烈を帯びてきました!一体今年はどのチームが日本一の栄冠を勝ち取るのでしょう?

そんな優勝争いから外れたセリーグの下位に甘んじる広島東洋カープにある一人の「侍」がいることを皆さんはご存知ですか?彼はかつて「天才」と呼ばれ、将来の日本プロ野球を背負っていく存在とまでも言われた男です。ベストナイン4回、ゴールデングラブ賞4回、オールスター出場6回など、輝かしい実績を持ちながらも、2度のアキレス腱手術などの大怪我により、いまだに一度もタイトルには手の届かない不運の男・・・そう彼の名は前田智徳「天才と呼ばれた侍」です。

1989年に熊本工業からドラフト4位で広島に入団した彼は、1年目から1軍に定着し2年目からはレギュラーを獲得するなど当時から注目の選手の一人でした。多くのマスコミからは「掛布2世」などと言われ、その打撃センスの高さが取り立たされていました。

僕が彼の存在に注目し始めたのもこの頃で、『何て鋭い打球を打つバッターなんだ!』と目を丸くしたことを憶えています。当時の解説者たちも口を揃えて『この選手は末恐ろしい・・・どんな選手になるか計り知れない。』とコメントしていたほどです。

当時の1990年代半ばの広島といえば、江藤(現西武)、金本(現阪神)、野村(引退)、緒方(現役)など、若手の生きのいい選手が数多くいたので、お互いに切磋琢磨して非常におもしろいチームでした。しかし、それに比例することなく成績はなかなか上がっていかないのが現状でした。しかし当時の前田選手は走・攻・守、三拍子揃ったプレーヤーで、僕の中ではメジャーで通用する選手は、秋山(当時西武)か前田しかいないと思っていたほどです。

彼は若い頃から、とにかく寡黙で無口な男、そして「練習の虫」と言われたほどに努力を怠らない、まさに「侍」という言葉がぴったりの選手でした。その前田選手は今月9月1日に、「2000本安打」を見事に達成したのです。

野球に詳しくない人にはあまりピンとこないかもしれませんが、プロ野球選手の誰しもが目標にするのが、投手は「200勝」、打者はこの「2000本安打」なのです。この記録をクリアすると「名球会」というプロ野球最高峰の会に入会する権利を得るわけです。

その大記録を達成した前田選手はその日、大勢の観衆の見守る広島市民球場でスピーチをしました。『色々な事があったけど、ここまでよく頑張ってきたと思います。今日という日は一生忘れません。』そう言うと、照れくさそうに長男と次男から花束を受け取りました。そして、日頃は活躍しても決して多くを語らない彼が、声を震わせ封じ込めてきた熱き思いを吐き出しました。

『ケガをしてチームの足を引っ張ってきたこんな選手を応援していただいてありがとうございます。』決して自分を美化することなく、チーム低迷の責任をファンに詫びるあたりが、実に彼らしいスピーチでした。そんな彼の人柄に、多くのファンからいつまでも大きな拍手が送られていたのがとても印象的でした。

必要以上の事をあまり多くは語らない彼ですが、実はその人望の厚さと尊敬の念には飛びぬけたものがあります。現在、メジャーで大活躍するあのイチローも実は前田に憧れてプロ入りしたそうなんです。さらには松井秀喜(ヤンキース)、福留(中日)などなど多くの名選手が彼の背中に憧れ、プロの門を叩いているのです。まさに「男は背中で勝負する!」といった言葉が似合う男が前田選手なんです。

彼の野球人生は常に自分との葛藤でした。高校時代から飛びぬけた才能があったがゆえに、練習にしても試合にしても納得のいかない事があれば納得がいくまで、ただひたすらに練習を繰り返す、そして悔し涙を流す・・・そんな日々が毎日のようにあったそうです。「天才」の原点は自分との葛藤にあったんですね。

その「天才と呼ばれた侍」も、今年で36歳です。選手としてはすでにピークを越えてしまったのかもしれません。でも、彼をここまで支えてきたのは「生まれ持った才能」ではなく、「血のにじむような努力」なのではないでしょうか?それがある限りは、ボロボロになった体でも決して彼が下を向く事はないでしょう。

苦しみ抜き、球史にその名を刻んだ彼にとって「2000本安打」というのは、ただの通過点にすぎないと僕は思います。前田智徳、36歳、努力の天才である彼がもう男泣きすることはきっとないでしょう。もし次に彼が涙する時は、それはきっとバットを置く日、彼がユニホームを脱ぐその日なのではないでしょうか・・・その日がまだまだ先の事であると、そう僕は信じたい・・・

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

し(じ) ジェームス西田(今年の4月にシングル「君だけにこの愛を」でメジャーデビューを果たした和歌山県出身のミュージシャン。)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年9月20日 (木)

どこまで、のビル?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

突然ですが、皆さんは今日本で一番高いビルは何だかご存知ですか?知っている方は知っていると思いますが、横浜にある「ランドマークタワー」です。僕も一度ここに行った事はありますが、高さは295.8mで素晴らしい見晴らしです。でも、基本的には僕は高所恐怖症なので高い所は苦手です・・・

そして、このランドマークタワーの高さを塗り替える計画が先日発表されました。大阪の阿部野橋ターミナルビルが日本一の超高層ビルに建て替えられるというのです。平成26年(2014年)春に完成予定のこのビルの規模は、地下5階、地上59階、高さはおよそ300mというからもうびっくりです!59階なんかにいたら、もう僕なら確実にちびっちゃいます(笑)59階ですよ、59階!

しかし、驚くにはまだ早いです。上には上がいるものです!世界に目を向けるとこれまた仰天です。アメリカ・ニューヨークにある「エンパイア・ステート・ビルディング」の高さは381mで日本一のビルをはるかにしのいでます。しかもこのビルは何と今から76年も前の1931年に建てられたというから、その建設技術の高さにも驚きです。

そして現在世界一高いビルは台湾にあります。2004年に完成した「台北101」、このビルはその名の通り地上101階、そして高さは何と508m!もう想像の域を越えちゃいました・・・

申し訳ありませんが話はここでは終わりません・・・実は、中東はアラブ首長国連邦のドバイでとんでもない計画が進行中なのです。このドバイで建設中のビルは現段階で146階、508mまでの建設が終了しており、最終的には1000mぐらいまで建設するのではないかと言われているのです。

このビルの最終的な高さは実はシークレットになっているのです。というのも、同じ中東のクウェートでも1000m超のビル建設が計画されており、どうしても世界一になるために情報を非公開にしているというのです。まさに「高層ビル戦争」です。そこまでやらなくても・・・と思うのですが、やっぱり世界一になりたいんですね。しかし、1000mって・・・ありえないでしょ!最上階に着くまでに何分かかるんだろう?地震とか大丈夫なのかな?火事とかになったらどうやって逃げるんだろ?とか、色々考えたらちょっと恐いかも・・・

いずれにしても1000mまでビルを建てることのできる人間の技術ってすごいですよね?いくら高いところに慣れている「とび職」の方でも、そんなに高い作業になったら恐いと思いますよ。一体、世界のビルの高さは将来どこまで伸びる(ビル)のでしょうか?今日は世界のビルの高さについて少しお話をさせていただきました。

ちなみにドラゴンボールのカリン塔はもっと高いはずです(笑)確か、何千メートルはあったはずです。

P.S. 氷屋妻さんお誕生日おめでとうございます。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

す 杉本正(すぎもとただし。元プロ野球選手。西武ライオンズ、中日ドラゴンズ、福岡ダイエーホークスで活躍した投手。引退後は西武のコーチを経て、現在はソフトバンクの投手コーチを務める。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年9月19日 (水)

男爵村の第2収穫祭

男爵村第2収穫祭

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

先日の休日に、我が男爵村ではを中心とした「収穫祭」が開催されました。まあ、参加者は僕と、手伝ってくれた母だけですけどね(笑)

今回は先の第1収穫祭で収穫していなかった「北あかり」「豊白」の2種類の芋を収穫しました。思ったよりもなかなか形の良い芋で良かったです。今回はこの芋たちを「揚げ芋」にして美味しく食しました。

ただ反省としては、今年は4種類の芋を蒔いたのですが少し蒔きすぎたかもしれません。芋掘りが大変でした・・・来年は少し数を減らし、別な作物を収穫したいと考えてます。

男爵村第2収穫祭

こちらは「枝豆」です。一部のものはすでに収穫して「ビールのつまみ」としてすでに僕の「胃袋」の中におさめられていますが、まだまだたくさん実っているので時期をみながら収穫したいと思います。

男爵村第2収穫祭

トマトも一部収穫は終わっていますが、まだ若干青いものもあります。大きさもなかなか良い感じなので楽しみです。

男爵村第2収穫祭

「男爵村」を少し離れ、こちらは「果実園」です。洋梨がだいぶ大きく実ってきました。あと1~2週間後ぐらいが一番良い収穫時期かもしれません。でも、この梨は実は味はイマイチでして、僕はあまり食べません・・・何か原因を改善しないと毎年同じ事の繰り返しで、食べることはないかも(笑)

男爵村第2収穫祭

最語は「山リンゴ」です。ピンポン玉くらいの大きさのこの果実は洋梨よりも少し収穫時期は遅れそうです。まだ少し青さが目立ちます。

「男爵村」そして「果実園」、いずれも収穫の秋を迎え、少しずつせわしなくなってきました。この秋の収穫を終えると、畑もそして樹木もまた来年に向け養分を蓄えるために越冬へと向かいます。

もう、そんな話をする季節に近づいてきたと思うと、一年という四季の流れの早さに、ただただ感服します。僕ら人間同様に、花や樹木、そして土や畑、地球上の生命は今確かに生きているんですね。生命って素晴らしい!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

こ 小宮孝泰(こみやたかやす。石井光三オフィス所属のお笑いタレント。渡辺正行、ラサール石井とともにお笑いトリオ「コント赤信号」を結成する。最近ではお笑いなどのテレビでの活動はほとんどなく、主に舞台で活躍している。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月18日 (火)

9月の幻 ~one day~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて秋真っ盛りの今日この頃ですが、この時期になると各地で盛んに行われるのが、収穫や実りを祝う「秋祭り」です。今年も各地で色々な催しものや出店(でみせ)が出て、多くの人々を楽しませています。

僕の住む街でも先日、秋祭りが2日間に渡り行われ大盛況を見せていました。僕が子供の頃に比べると、規模もかなり縮小され、楽しさも半減したように見えますが、それでもこの「秋祭り」というのは年に1度の欠かすことのできない大切な行事です。

僕が小学生の頃の秋祭りの日は、授業が2時間目で終わります。そして、そこから「子供みこし」「獅子舞」、さらには「相撲大会」「餅蒔き」など色々な催しがありました。

僕ももちろん「子供みこし」に参加し、『ワッショイ!ワッショイ!』の掛け声のもとに街を練り歩きました。そしてその後は「相撲大会」に参加しました。この相撲大会は勝ち抜き戦で一人勝ち抜くごとに賞金が1000円出るので、みんなガチンコで勝負してました。僕は一番良い年で、確か5000円くらい稼いだと思います。そしてそれを小遣いにして、出店の食べ物やおもちゃを買うのです。

当時の出店は色々あり、わたあめ、フランクフルト、アメリカンドッグ、フライドポテト、チョコバナナ、焼きそば、たこ焼き等の食べ物屋さんや、飲み物屋さん、それにスマートボールや型抜き、さらにはお面屋さん、金魚すくい、スーパーボールすくい、射的屋などなど、道狭しと多くの出店が建ち並んでいました。その数あるお店の中でも僕が好きだったのは、「スマートボール」「型抜き」です。昼頃から夜遅くまで家にも帰らず友達とそこで遊んでいた事を憶えています。

とにかく、子供だった僕らにはまさにそこは「楽園」でした。秋祭りが終わる時がとても寂しかったです。そんな一年で1一番楽しい秋祭りに、僕が一度だけ出会った「たった1日だけの友達」がいます。

小学何年生だったかは憶えていませんが、僕はいつもの年と同じように秋祭りを楽しんでいました。その時も出店を歩き廻り遊んでいました。そこに「フライドポテト」を売ってるお店がありました。僕はそれを食べようとお店の前に立ちました。すると、その店の中にいたのは僕と同じくらいの背丈の一人の少年でした。『誰かいないの?フライドポテト欲しいんだけど・・・』僕はその子に話しかけました。するとその子は『今、留守番してるんだ。フライドポテト一つでいいの?』と僕に言い返しました。

話しを聞くと、その子はそのお店の人の子供でお祭りの時には色んな所に付いて行って手伝っているそうなんです。初めて会ったはずなのに、なぜか僕はその子に対してとても親近感が沸いてきて、まるで前から友達だったような感覚に陥りました。

まもなくして、その子のお父さんが戻ってきて『一緒に遊んできてもいいぞ。』と言い、僕とその子は二人で遊ぶ事になりました。今となってはとても不思議で不思議で仕方ありませんが、僕らは友達というよりもまるで兄弟のように仲良く遊びました。

とにかく楽しかった事だけ憶えています。スーパーボールで遊んだり、僕の家まで来て一緒にゲームとかもしました。あっという間の時間でした・・・夜も更け、その子と僕は普通に『バイバイ!』と別れを告げ、何事もなかったかのようにその子は父親のもとに戻っていきました。

翌朝起きると、当然お祭りの会場にはもう彼の姿はなく、昨日の事がまるでのように僕はとても不思議な感覚になりました。次の年も、その次の年も、僕は秋祭りが来るたびにその子の事を探しましたが、あの日以来一度も彼の顔を見ることはありませんでした・・・

あれは幻だったのでしょうか・・・その答えは僕にはわかりません。ただひとつ、僕はその子の名前を聞いてました。彼は『僕の名前はフジだよ!』と言ってました。「フジ・・・」名字だとは思いますが、「富士君」なのか、「藤・・・何とか」であだ名が「フジ」なのか、いずれにしてもそれが唯一の手がかりです。元気でいれば僕と同じくらいの年齢になっているはずです。

今も彼が、日本のどこかできっと元気で過ごしていると僕はそう信じたいです。そして、彼の心の中にも僕と同じように「あの日の思い出」がしっかりと刻まれていてくれたら僕は嬉しいです。

少し肌寒くなった秋風が、そんな昔の「9月の幻」を、そしてあの日出会った「ある一人の少年」の事を思い出させてくれました。皆さんはそんな不思議で忘れられない出来事ってありますか?

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

り リセンコ(ロシア出身の女子陸上選手。種目はハンマー投げ。77.80mの世界記録保持者でもある。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月17日 (月)

夜明けの流星たち(第7話)

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日も曇り空、そして小雨の一日でした。太陽さんが恋しい今日この頃です。今日は「敬老の日」でした。皆さんはどんな「敬老の日」をお過ごしでしたか?

僕の祖父母はすでに他界しているので、もう何もしてあげれませんが、生前はよく肩たたきやお手伝いをしてあげました。今でも僕にとっては祖父母は大切な存在で、いつも仏壇の中の写真を見ると心が落ち着きます。いつまでたっても爺ちゃん婆ちゃんに対する感謝の気持ちは忘れないようにしたいですね。

さて、今日は連続ブログ小説第7話をお送りしたいと思います。

遂に博人と二人で時を過ごした玲奈には博人に対する思いが溢れかえっていました。そして、徐々に二人の距離が近くなることを博人も少しずつ実感するのでありました。今、二人の恋はとても小さいながらも、確実に花咲く時に向かって歩き始めていたのだが・・・

『夜明けの流星たち』  脚本・演出:猫男爵

☆Story7☆ 『苦悩と恋心』

遊園地を後にした博人玲奈は夜の街路樹の中を歩いていた。

『博人さん、今日はありがとうございました。一日付き合っていただいて。』

『こちらこそ、ご飯までご馳走になってありがとう。今度は俺が何かご馳走するよ。』

『えっ?本当ですか?』玲奈は驚きとともに嬉しさでいっぱいだった。

二人は別れを惜しむように、ゆっくりと話しながら歩いて行った。

涼子はアパートで弟の純平とテレビを見ていた。

『純平、彼女できたんだって?』

『何で知ってるんだよ姉ちゃん?』純平はびっくりした顔で言った。

『この前、桜木君から聞いたわよ。純平は凄く幸せそうだって。良かったわね純平!』

『そっか、拓実さんから聞いたのか。俺の事よりさ、姉ちゃんもいい加減に彼氏作れよ!いい歳なんだからさ。』

『失礼ね、いい歳だけ余計よ純平!』

『拓実さんなんかいいんじゃないの姉ちゃん!優しいし頼りがいがあるしさ。』純平は二人に元の関係に戻ってほしい一心だった。

『今はいいの彼氏とかは・・・別に桜木君が嫌だとかそういうんじゃないのよ、ただ今はもっとやりたい事があるっていうか。』

『そっか・・・』純平は少し落胆した様子だった。

『ねえ、前から聞こうと思ってたんだけど、純平は何でそんなに桜木君と仲が良いの?ただのお姉ちゃんの友達だっていうのに。』

涼子の質問に純平は思わずドキッとした。『いや・・・何かさ拓実さんって兄貴みたいで何でも話せるっていうか、俺さずっと兄貴が欲しいって言ってたじゃん、だからだよ。』

『へえ、そうか。純平、早くのその彼女を姉ちゃんにも紹介しなさいよ!姉ちゃんが純平に相応しい人かちゃんと判定してあげる。』

『何だよそれ、親みたいな事言って。』

『そうよ、お姉ちゃんは純平の親代わりなんだから!わかった!ちゃんと紹介するのよ。』

『わかったよ。うるさい姑だこと。』純平は拓実の気持ちを思うと少し複雑な心境だった。

翌日、会社には仕事をするいつもの博人の姿があった。

『部長!俺、もう一度東和商事に行って話してきます。絶対に契約取ってきます。』博人は強い口調で大木にそう言い残すと会社を出て行った。

同じくして拓実もまたクライアントの部長と交渉していた。

『何度もお話した通り、当社のプランには絶対的な自信があります!ここに建つアミューズメントビルには当社の威信がかかっているという事もありますが、このビルにはここを訪れてくれる人々の夢や希望も含まれているんです。その人たちを裏切る事はできません!』

拓実の熱意が通じたのか、クライアントの部長はしばらくして口を開いた。『わかりました。マキュアリーさんにそこまで言われたら仕方ないな・・・じゃ、全てそちらににお任せします。でも、マキュアリーさんにもこんなに熱くなれる人がいたなんてね。』

『ありがとうございます!』

少し苦笑いしながらそう話すクライアントの部長に拓実は深く頭を下げた。

彩香もまた、悩んでいた。

『私はこれでいいのかな・・・私が選んだ道は間違ってないよな・・・』自信を持って上京してきたはずの彩香だったが、実際は不安に押し潰されそうになっていた。

『そうだ、今日拓実暇してるかな?電話してみよう!』彩香は早速、携帯電話を取り出し拓実に電話した。

拓実の携帯が鳴った。

『はい、もしもし。何だ、彩香か・・・』

『失礼ね!何だは無いでしょう、何だは!すいませんね可愛い女の子からじゃなくて!』

『ゴメン、そう言うつもりじゃないけどさ。』

『ねえ、拓実さ今晩あいてない?』

『うん、特に予定は入ってないけど。』

『じゃあさ、飲みに行こうよ!博人も誘って三人でさ!』

『彩香、何かあったか?今日は、やけにテンション高くないか?』

『ちょっと仕事でね・・・少し飲んで弾けたいのよ。』

『よし、わかった。じゃ、仕事早めに切り上げて行くよ。ピッチハウスでいいよな。』

『じゃ、博人には私から話しておくね。』

『了解!じゃ、後でな。』そう言うと拓実は少し彩香の事を気にしながら電話を切った。

その頃、博人は会社へと戻ってきていた。

『どうでした先輩?』は心配そうに博人の元へ歩み寄ってきた。

『ダメだったよ・・・でも、今回は見送るけど次回は是非うちに頼みたいそうだ。』

『じゃ、良かったじゃないですか。』

『本当に良かったのかそれで!』大木が博人の元へとやってきた。

『次は間違いなく契約取れる保証なんてどこにもないんだぞ川嶋!わかるか?』

『わかってます。でも部長、もう一度俺にチャンスを下さい!同じ失敗はしません!』

何か気持ちの中で迷いが消えたかのように博人は大木に対して声を荒げた。

『そうか・・・よし、わかった。もう一度だけだぞ、次は失敗するなよ!』大木はそう言いながら博人の背中を叩くと、その場から立ち去っていった。

博人には大木の思いが伝わっていた。そして、その言葉の重さもよくわかっていた。

ピッチハウスには三人が集まっていた。しかし、博人は浮かれない表情だった。

『ねえ、どうしたの博人?そんな暗い顔して・・・仕事で何かあったの?』彩香が心配そうに言った。

『いや、別に何でもないよ。』博人はごまかすように答えた。

『もう、らしくないよ博人!もしかして壁?・・・』彩香がぼそっと呟いた。

『えっ?今、何って言った彩香?』博人は聞き返した。

『ううん、別に・・・あっ!そうだ!今度さ、みんなで海に行こうよ!ほら、博人の親戚の叔父さんが持っている海沿いのあのペンション。前にみんなで行ったでしょ、あそこに行ってみない?』彩香が楽しげに提案した。

『懐かしいな、いいなそれ!なあ博人行こうぜ!』拓実も乗り気で博人に問いかけた。

『じゃあ、久しぶりに行くか!』博人もまんざらではなかった。

『よし、そうと決まったら話は早い方がいい。今週末っていうのがどうだ?』拓実が切り出した。

『もう、拓実はせっかちなんだから。』彩香は笑いながらそう言い、そして拓実に提案した。

『ねえ、涼子ちゃんも誘ってみたらどうなの拓実?』

『俺はかまわないけどさ、涼子が何て言うか・・・とりあえず声はかけてみるよ。』拓実は嬉しい反面、不安もあった。

そして博人が口を開いた。『あのさ、実は二人に紹介したい人がいるんだ。仲の良い友達っていうか何ていうか、その子も連れてきていいかな?』博人は照れ臭さを隠すように言った。

『ああ、勿論いいさ!なあ、いいよな彩香?』

『うん・・・』彩香は少し複雑な心境だった。

『あっ!わかったぞ。前にお前が言ってた道端で倒れてたっていう女の子だろ。いつからそんな関係になったんだよ!お前もすみに置けないな。』拓実が博人をからかった。

『だから、そんなんじゃないって!』

楽しげに話す博人と拓実を前に、この話を持ち出したはずの彩香だけが優れない表情だった。それを押し消すように彩香が切り出した。

『だったらさ拓実、涼子ちゃんの弟も誘ったら?その方が涼子ちゃんも来やすいでしょう。それに人数多い方が楽しいし。』彩香にはそう言うのが精一杯だった。

『よし、じゃ早速みんな各自連絡を取って用意するように!』最後は拓実が音頭をとって締めた。

店を出た博人は家路に着く間、歩きながら玲奈に電話していた。

『もしもし、川嶋だけど。』

『博人さん!どうしたんですか?』

『実はさ、今週末に俺の友達たちとみんなで海に一泊しに行くんだけどさ、もし良かったら玲奈ちゃんも一緒に行かない?』

『えっ!本当にですか?私なんかを誘ってくれるんですか?』

『うん、もちろんだよ!』博人は少し弾んだ声で話した。

『嬉しい!じゃ、ぜひ連れてってください。ありがとう博人さん。』

『詳しい事は決まったらまた連絡するよ、おやすみ。』

『はい、おやすみなさい。』

玲奈は喜びを隠し切れなかった。直ぐに、母親の真知子にその事を話した。

『お母さん!今週末にね博人さんのお友達と一緒に海に一泊してきていいかな?』

『えっ、海に?そうね・・・最近どこにも行ってなかったもんね。いいわよ、楽しんでおいで。』玲奈の微笑ましい笑顔を見た真知子は少し考えたが、そう答えるしかなかった。一方で、病気の不安を抱えながらも・・・

家路に向かう博人の足取りは弾んでいた。仕事に対する「苦悩」は心のどこかにおいてしまい、今彼の心の中心にあるものは確かに玲奈に対する感情だった。この時初めて、博人は玲奈に対する「恋心」を感じたのであった。

さあ、いかがでしたか連続ブログ小説の第7話。それぞれがそれぞれの心の中に抱える苦悩が見え隠れする中、確実に博人と玲奈の運命の赤い糸はお互いがお互いをたぐり寄せていくような感覚に導かれいったのでありました。二人の気持ちは成就するのか・・・次回第8話をお楽しみに!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

や 八木さおり(1980年代に活躍したアイドル。1988年に出演した日中国交正常化15周年記念映画『パンダ物語』が大ヒット。整った色気のある顔立ちで多くのファンを獲得していた。小室哲哉が彼女の大ファンであったことは有名である。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月16日 (日)

雨の日の部活動・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

昨晩から降り続いた激しい雨も今朝にはあがり、今日は曇り空の一日でした。そんな雨上がりの午後の空を見ていると、なんだか中学生時代の部活動の事をふと思い出しました。

皆さんは中学生の時は何の部活動をしていましたか?僕は以前にもご紹介したように野球部に所属していました。僕の学校の野球部の活動時間は、基本的には授業が終わった3時過ぎから陽が沈む6時くらい(夏場は7時過ぎまで)なのですが、雨天によりグランドが使えない時は、屋内での自主練習(自主トレ)になります。

この自主練習の時は、顧問の先生(監督)は練習には顔を出さず、生徒たちだけで練習メニューを組み、汗を流すというのが慣例となっていました。そして、そのメニューは主将と副主将が中心となって考えるのが基本でした。まあ、実質はみんなで考えてましたけどね。

主将を任されていた僕にはこの自主練習は結構楽しみのひとつでした。それは屋内での練習には、練習というよりも楽しい遊びがたくさん隠れていたからです(笑)

それは僕だけでなく他のみんなも同じ気持ちでした。ですから、日中から雨が降っている時は、授業中から野球部のみんなは『なあ、今日は何する?あれしようぜ!』などと、授業そっちのけで放課後の事で頭がいっぱいでした。

まず、授業が終わり放課後になると、主将の僕と副主将のIっけが放送室にアナウンスをかけに行きます。『野球部の今日の練習は屋内練習です。』とアナウンスするんですが、時にはふざけて、当時みんなが見ていた「とんねるずのみなさんのおかげです」の登場人物である、ノリ男やノリ子、仮面ノリダー、保毛尾田などのモノマネをしてアナウンスをして、後で先生から雷を落とされた事も何度かありました(笑)

体育館はバレー部や僕ら同様に雨でグランドが使えないサッカー部陸上部がいるために、僕らの屋内練習の主な中身は、校舎内のランニング、腹筋・背筋・腕立て伏せなどの筋トレ、バットの素振り、ダッシュなどですが、先生が見てない事もあり、そんな通常の練習はすぐに終わります。そこからが僕らの楽しみの始まりです。

一番良くやった練習(遊び)は、校舎全部を使っての「かくれんぼ」と「宝探し」です。特に「宝探し」は楽しかったです。まず、部員を学年関係なく3つのチームに分けて、A、B、Cと書かれた野球ボールを各チームの代表者が隠しにいきます。その間、他の部員は体育館で待機します。そして3人が隠し終えて戻ってきたところで、みんなは自分のチーム以外のボールを探しに体育館を飛び出していきます。ボールを隠した3人は体育館で自分のチームの人が他のチームのボールを持って帰ってくるのを待ちます。

そして、最初にボールを探して戻ってきたチームが勝ち、最後に戻ってきたチームには罰ゲームが与えられます。その罰ゲームの内容は1位のチームが自由に考えれます。『ダッシュ10本』とか『腕立て伏せ20回』とか普通の罰ゲームもありましたが、『ジャンケンで負けたやつが女子更衣室に入っていく』とか『恐い先輩にカンチョーしてくる』など、えげつないものもありました。でもすごく楽しいゲームでした。

その他にも、体育館の2階で練習している卓球部に交流戦をしに行ったりもしました。僕の学校の卓球部は全然強くなかったので野球部が普通に勝ってましたけど。というか、卓球部にとっては僕らはただの練習の邪魔だったと思います。

体育館のメインコートで練習しているのは女子バレー部で、顧問の先生が来てない時などは「野球部VS女子バレー部」の熱戦が繰り広げられました。いくら女子とは言え、さすがにバレー部!男の僕らでもかなわない強烈なスパイクやサーブで僕らの手は真っ赤に紅潮したことを思い出します。バレー部にはなぜかカワイイ子が集中していてたので、この雨の日のバレー部との交流戦も楽しみのひとつでした。

こうして僕ら野球部の雨の日の練習は非常にハードで厳しいものでした。というのは嘘で、非常に楽しく愉快なものでした。毎日雨降ればいいのに・・・と思った事もありました。普段はグランドで毎日厳しい練習をしていたので、良い気分転換になったのは確かでした。でも、今となれば多分、顧問の先生も僕らが練習をしないで何をしていたかぐらいは気づいていたはずです。それでも目を瞑っていてくれた先生は心が広い先生だったんだと思います。

今日は雨の日に、ふとそんな昔の懐かしき部活動の事を思い出しました。「青春」ってやっぱりいいですよね!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

あ 秋山見学者(あきやまけんがくしゃ。元たけし軍団の一員。当時は浅草キッドや佐竹チョイナチョイナらと「ふんばるまんず」として『スーパージョッキー』のどの番組で活躍していた。現在は俳優に転身し、北野映画には欠かせない存在である。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月15日 (土)

スイーツ王子VS 豚丼先生!

スイーツ王子VS<br />
 豚丼先生!
スイーツ王子VS<br />
 豚丼先生!
スイーツ王子VS<br />
 豚丼先生!
こんばんにゃ〜 北の猫男爵です。
三連休初日の今日は朝からあいにくの雨でした。もう雨はいりません。この雨の影響で農家ではまた作業に遅れが出そうです。僕の仕事は農家にも関わりがある仕事なので、この雨はあまり嬉しい雨とは言えません。作業の確認等で、明日は仕事になりそうです…雨は本当にもう勘弁です。
さて、今日は静内に住む大学時代の友人夫妻が遊びにきました。この二人は先日仕事で帯広に来た友人同様に、大学時代に入っていたソフトボールのサークルの仲間です。ともに四年間楽しい時間を過ごした大切な友達です。
『美味しい豚丼と、美味しいスイーツが食べたい。』という友人夫妻のリクエストがあったので、今日は久しぶりにスイーツ王子と豚丼先生の出番です!
車で約3時間の道のりをかけやってきた友人夫妻と帯広で待ち合わせをして、まずはスイーツを食べに行くことに。
ここで猫男爵は『スイーツ王子』に変身!数あるスイーツ店の中で今回僕がセレクトしたのは、市内にある『AマーティーAマーティー』というお店です。ここは数回来たことがありますが、天気の良い日にはテラスで食事ができる、とても小洒落れた雰囲気のお店です。僕が今日オーダーしたのは、「チョコレートパフェ」!とても美味しかったです。ただ若干後半重かったかな(笑)
そして、満腹感に浸った僕らはカラオケをしに移動しました。ここで楽しく2時間熱唱し、カロリーを消費しました。
ちょうど夕ご飯の時間になったので、今度は『豚丼先生』に変身!久しぶりに登場した豚丼先生が今回、友人夫妻のために選んだお店は『Iっぴん』というお店です。人気店であるために待ち時間は覚悟していましたが、やはりかなりの混み具合でした。30分くらい待って、ようやく食べることができました。
炭火でしっかり焼かれた豚肉が特製のタレに絡んで、絶妙なバランスを見事に口の中で演じてくれました。友人夫妻も凄く喜んでいました。良かったです。豚丼先生の面目躍如です。
そして、降り続く雨の中、友人夫妻とまたの再会を約束し、そこで別れを告げました。
久しぶりに三人で過ごした時間は実に懐かしく、そして充実した時間でした。友達って何歳になっても良いものですね。
二人に別れを告げた僕はその足でサウナへ来ました。今日のメンバーは、理容関係の社長、建設会社の社長、ゴルフの倉本、寺田濃、Hき、猫男爵です。ゴルフの倉本はテレビでやってる世界柔道を見ながら文句ばっかり言ってます。
外はまだ雨かな…早くやまないかな…さて、サウナでもうひと汗かいてから帰ることにします。また、豚丼先生登場の日をお楽しみに。もちろんスイーツ王子もね!(笑)今日の対決は豚丼先生の優勢勝ちかな(笑)
それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)
(今日のマニアック有名人しりとり)
こ コスタディノヴァ(ブルガリアの元女子陸上走り高跳びの選手。1987年の世界陸上で出した世界記録209㎝は20年たった今も破られていない。)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年9月14日 (金)

ジャージ愛好家!

ジャージ愛好会

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、今週の水曜日僕の大好きな綾瀬はるか主演のドラマ『ホタルノヒカリ』の最終回が放送されました。大好きな彼との暮らしで、何となく着飾った自分に違和感を感じたホタルは結局、彼の事を諦め元のジャージ姿でくつろげる生活に戻ったわけですが、実にあのジャージ姿の綾瀬はるか演じる「干物女」には共感を持てました。僕はああいう女の子は大好きです。

一緒に住んでいる部長(藤木直人)とはジャージ姿で平気でいられるわけですから、肝心なのは「どんな格好かではなく、誰といてありのままの自分でいれるか」ということです。これは恋愛している男女にもとても重要なことなんでしょうね。「ありのままの姿でいれる」「ありのままの気持ちを相手に伝えられる」簡単なようでとても難しい事ですよね。僕もいつかそういう関係を保てるのかなぁ・・・

実は、僕も家にいる時はほとんどジャージです。というかかなりのジャージマニアです。持っているジャージの数は上が4種類、下は8種類くらいあります。だから、その日の雰囲気や気持ちによって、服と同じようにコーディネートして楽しんでいます。

ジャージって何となく愛着があって、1回気に入っちゃうと穴が開いたりしてもなかなか捨てるタイミングを逃してしまいます・・・

それではそんな僕の大切なジャージたちを少しご紹介してみましょう。

ジャージ愛好会

これは、最近僕がお気に入りのジャージ(上着)です。一応、イタリアサッカー代表モデルですが、これは5月に東京に行った時に購入したものですが、実は某有名雑貨店で購入したもので値段は1980円です(笑)でも物は良いですよ。

ジャージ愛好会

この2つのジャージは主にミニバレー専用です。赤が7割、青が3割の割合でその日の気分で着ていきます。赤い方はもう4~5年着用しているので、ひざが穴開いています(笑)それでも凄く気に入っています。

ジャージ愛好会

この3兄弟は主に「部屋着」もしくは「寝る時」用です。デザイン的には一番右が大好きです。

ジャージ愛好会

これは短パンジャージです。夏には必須アイテムです。特に右のジャージは20歳の頃から愛用しているからかなりの“ねんき”が入ってます。お尻の所には、塗装作業をしたときに着いたペンキの跡がついています。

綾瀬はるかもドラマの中で言ってましたが、『ジャージにはひとつひとつの思い出があって、穴にしても、シミにしても、どれもその時の思い出がぎっしりと詰まっているんです。』確かに僕も同感です。たかがジャージ、されどジャージです!

ベストジーニストがあるのに、どうしてベストジャージニストはないのだろう?ぜひとも設けてほしいなあ~そしたら僕もベストジャージニスト目指そうかな~(笑)

皆さんは家にいる時はどんな部屋着ですか?こればっかりは個人差があると思いますが、中には僕のようにジャージ愛好家がいるのではないでしょうか?いずれにしても部屋でくつろぐ時は楽チンな格好がいいですよね。でも、いつ部屋にお客さんが訪ねてくるかわからないなので一概にもそうとも言えませんが・・・

今日はジャージをこよなく愛するジャージ愛好家の猫男爵がジャージについて語らせてもらいました。これから歳をとってもジャージの似合う男でいたい猫男爵でした。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

む 村口史子(むらぐちふみこ。元女子プロゴルファー。OLからプロゴルファーに転職した事からデビュー当時は注目された。そのルックスの良さも相まって人気に火をつけた。当時、高校生だった僕も彼女の大ファンでした。1999年には賞金女王に輝くも、2004年に多くのファンに惜しまれつつ引退する。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月13日 (木)

クリームソーダーの思い出

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は札幌にいる大学時代の友人が仕事で帯広に来たので、夕食を僕の家の近所で一緒に食べました。日帰りなのでゆっくりしていく暇もありませんでしたが、久しぶりに懐かしい会話に花が咲きました。

この友人とは大学1年の時からの付き合いですから、かれこれ14年になります。バカを言い合えるとても大切な友人です。いつも麻雀をするメンバーの一人なんですが、喫煙率100%だった麻雀仲間も今では喫煙するのはこの友人一人だけ。今日も『煙草いい加減やめたらどうよ?』と勧めましたが、それは無理なようです。まあ、無理してやめるのもかえって体によくないですからね。

今さっき車で出発したので札幌に着く頃には日付が変わっているかな。いずれにしても友人って良いものですよね。少しの時間でも会うと、なんだか心が落ち着きます。とても懐かしい気分になりました。

懐かしいと言えば、僕が小さい頃に凄く大好きで大好きで仕方のないものがありました。それは「クリームソーダー」です。僕が小学生の頃、休みの日になると父がよく飛行場に連れて行ってくれたのですが、そこで必ず飛行場の中にある喫茶店に連れて行ってくれたのです。

そこで僕はハチミツのかかったトーストクリームソーダーを注文していました。父は『美味しいか?』といつも笑いながら問いかけてくれました。僕はいつもそこのクリームソーダーを食べるのが楽しみで楽しみで仕方ありませんでした。

アイスをスプーンでつつくと、下からソーダーの炭酸がシュワァ~と上にあがってくるあの感覚がたまりません!アイスクリームとソーダーの絶妙なあのハーモニーが僕は大好きでした。もちろん今現在もクリームソーダーは僕の中ではとても大切な必須アイテムです!

今はその喫茶店は存在しませんが、空港に行くたびにその懐かしきクリームソーダーの思い出をいつも思い出します。いずれ僕に子供ができた時に、そんないつまでも心に残る場所を僕も子供の心の中に刻めたらと思っています。

空港までの約1時間の父とのドライブもとても楽しかった事を覚えています。父はよくふざけて、運転しながら変顔とか、まぶたを裏返す技(昔クラスに一人はこの技をできる人がいたはず)などをして僕を喜ばせてくれました。今でもそんな光景が懐かしく僕の胸に焼き付いています。こう考えると父は忙しい中、僕のために色んな所に連れて行ってくれたんだな~と今頃になってしみじみと思い出します。やっぱり親って大切ですね。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

P.S. まぶたを裏返す技できる人いますか?いたら教えてください。多分、僕の統計によると1クラスに1人はできる人がいたはずなんです。今の子供はできるのかな・・・

(今日のマニアック有名人しりとり)

ま 丸山おさむ(声帯模写、いわゆる物真似を得意とする芸人の一人。そのレパートリーの数は群を抜いており200人を超えるとも言われている。講演会や研修会、ディナーショー、その他イベントなどで幅広く活躍している。)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年9月12日 (水)

何となく、ついてない日・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

皆さんは何となく今日はついてない日だな~と思う事ってありませんか?きっとありますよね。もの凄く、悪い事があったわけではないんだけど、何か小さい不運に見舞われる・・・そんな事って経験ありますよね。

たぶん僕は今日はその日だったと思います。

すべては昨晩の寝る時から始まりました。昨晩、睡眠しようと布団に入りテレビを消そうとした時に何気なくチャンネルを変えると、女子サッカーW杯が放送されているではありませんか!しかも日本VSイングランド。やべぇー見るの忘れてた!と思い、僕は前半途中からその試合を観戦する事にしました。

女子のサッカーW杯は男子のW杯に比べ注目度は低いですが、スポーツ好きの僕にとっては「なでしこJAPAN」と呼ばれる女子日本代表の試合を見ないわけにはいきません。

試合はイングランドに押されはしたものの、日本の背番号「16」小さなFK名手宮間あや選手の豪快なFK2発で何とかドローに持ち込みました。終了間際の、宮間選手のFKには思わず歓喜してしまいました。

と、ここまでは別に何事もなく時が刻んだのですが、問題はこれからです。時計の針はすでに午前2時を廻っており、僕は寝ようと思い目を瞑りましたが、寝つきの良い僕にしたら珍しくなかなか寝れないのです。どうしよう・・・と思えば思うほど寝れなくなり、3時過ぎにようやく眠りにつきました。しかし、しばらくして急にパっと目が覚め、ふと時計を見ると「4時44分」何となく縁起が悪そうな数字。こういうのって気になったらもの凄く気になっちゃうんです。その後もなかなか眠れず今日は睡眠不足でした。

そして、仕事に行くと1発目に出た電話がいつもどんな事にもクレームをつけるお客さんからの電話。今日も長々と文句をつけられ朝からテンションは↓です・・・まあ、こればっかりは仕事だから仕方ないのですが。

コンビニに昼食を買いに行きました。レジで言われた合計金額は何と「444円」!えっ!!今朝の時計と一緒じゃん・・・何この不吉な一致は・・・何となく午後からは気になって仕事に集中できませんでした。

仕事を終え、今日はソフトボールの試合に向かいました。しかし球場につく途中の道で大渋滞・・・いつもは渋滞するはずのない道なのに。原因は交通事故によるものでした。やっとの思いで球場につき、試合をしましたが、今日は1日に2試合をこなすハードスケジュール。試合は1勝1敗でした。

Hこが応援にかけつけてくれましたが、たいした活躍を見せれず消化不良の2試合でした。しかも試合後半には猛烈な・・・

試合の帰り道、マックでドライブスルーをしてチーズバーガーを購入!しっかりと『ピクルス抜きで』と言ったのにも関わらず、ガブっとひとかじりしたら何とピクルスがIN・・・『抜きでって言っただろバカヤロー!!』と叫びたかったですが、すでにもう家に着いてからでは時すでにおそし・・・

まあまあ、こんな感じで何となく小さい不運が続いた今日一日でした(笑)ついてない日って何をやってもこんな感じなんでしょうね。明日は良い日でありますように!もちろん皆さんにとっても良い日でありますように!

P.S. Hこさん今日はありがとうございます。プレッシャーに弱い猫男爵をお見せできて光栄です(笑)あと、Oのさんに捕まってご苦労様でした。話し始めると長いですからね、なかなか帰るタイミング逃してましたね(笑)

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

さ サンダー杉山(元プロレスラーで、引退後はタレント活動をし、さらには実業家としても成功を収めた。しかし2002年に病気で他界した。享年62歳。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年9月11日 (火)

明日があるから

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日の夜は東京から母が帰ってくるので飛行場に行ってきました。約3週間父と二人で生活し、家事全般をこなして感じた事は「家事は大変だ」という事です。特に朝ご飯の支度は毎日キツかった・・・自分だけならまだしも父の分も作るのが結構大変でした。しかも、糖尿病の父の体の事を考え、バランスの良い食事を作らなければならないのが僕の頭を悩ませました。

一人暮らしの時には自分の事だけだったので特別そんなに感じる事はなかったのですが、「家事」のその大変さを改めて実感しました。主婦の方々に敬意を表します!いつもいつもご苦労さまです。

飛行場の帰り道の車内では母から東京でのお土産話を延々と聞かされました。何でも1個480円の東京でもかなり人気のあるお店の「プリン」を食べたそうなんですが、凄く美味しかったそうです。僕が『何て言う店さ?』と聞いても、『何とか何とかって言う店だったかな・・・』ってそれじゃ話にならないっつうの!でも、かなり美味しかったらしいので、今度姉にリサーチしておこうと思います。

さて、話は変わり今日は毎月恒例ポエムの日です。月イチでお送りしているこのコーナーですが、自分の詩を紹介するのって正直恥ずかしいです(苦笑)でも、恥ずかしさを体験するということも時には必要かと思い、今後も頑張って継続してみたいと思います。

それでは今日はこの2作品をご紹介します。

『LOVE LETTER』

どうしてそんなに君は強がるの

自分の気持ちと裏腹の言葉や態度で

ボクの気持ちはその度に揺れ動き

ありったけの恋で君を見つめています

失くしたものが大きすぎて ボクの目の前にある現実が

少し涼しくなりゆく秋風に 凛々と流されていきます

実はボクも強がっていたんだ

だから大切なものを失くしたんだ

でも素直に生きる道を選んだら

少し楽な気持ちで今を生きています

初めて二人で夜を明かし 東の空に見た昇る朝陽が

今でもボクの瞼の中に 煌々と焼きついています

気がつけばボクらには

思い出しか残ってないけど

いつかお互い心から笑って

二人の恋愛写真を撮りましょう

『eternity』

もう静かに眠ればいい 時の流れに惑わされずに

そっと瞳を瞑ればいい いつまでもいつまでも

川の流れは穏やかで 風の匂いは爽やかで

鳥の言葉は優しくて 大地が静かに笑ってる

安らぎの中であなたは 青い鳥を見つけるだろう

遠い異国の雲の上で 浅い眠りと深い鼓動

どんなに闇に包まれても 一人で歩いていけるだろう

激しい波が押し寄せても あなたは立ち向かうだろう

でも静かに眠ればいい 時の流れに惑わされずに

もう涙を流さなくていい いつまでもいつまでも

Ah 青い空の彼方・・・ あなたはどうして逝くの・・・

Ah 見果てぬ世界へ・・・ 何を思い何を捨てて・・・

きっとどこかで笑ってる 時を忘れてあなたは

もう心を痛めさせずに いつまでもいつまでも

もう静かに眠ればいい 時の流れに惑わされずに

そっと瞳を瞑ればいい いつまでもいつまでも

今日は以上2作品でした。いかがでしたか?今日9月11日は6年前にアメリカ・ニューヨークで同時多発テロという惨劇が起きた日です。実は2番目の「eternity」という作品はその犠牲になった方々への追悼の思いを込めて作った作品なんです。もう二度とあんな惨劇はあってはならないとい切に願います。

過去があって、今がある、そして今があるから「明日」がある。そんな気持ちが現れた2作品を今日はご紹介しました。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

P.S. 明日の夜はソフトボールの試合に行ってきます。しかも、何とダブルヘッダー!19時~21時までぶっつづけです。33歳にはキツイんじゃない~ でも、そんなの関係ない!オッパッピー!!

(今日のマニアック有名人しりとり)

い 依布サラサ(いふさらさ。井上陽水の次女で、今年の12月5日に「カリキュラム」という曲で歌手デビューする事が決まっている。父親譲りの透明感あふれる声質と抜群の歌詞センスに合わせ、母譲りの美貌の持ち主として既に注目が集まっている。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月10日 (月)

夜明けの流星たち(第6話)

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、近頃は陽が沈むのも早くなり夕方6時頃になるとすっかり薄暗くなる季節になってきましたね。風も涼しげな秋風です。そんな秋の夜長には連続ブログ小説などいかがですか?本日は第6話をお送りしたいと思います。

博人と玲奈は病院での再会後、二人で会う約束を取る。しかし博人はまだ玲奈の病気の事は知らない、それは玲奈自身も同じ事だった。博人は迷走する自分自身に父修司の一言で少し光が差し込んだ。そんな中、博人の心は玲奈へと揺れ動くのか・・・

『夜明けの流星たち』  脚本・演出:猫男爵

☆Story6☆ 『流れ星』

聖北総合病院では玲奈の担当医の二階堂と婦長の結城が真剣な顔で話していた。

『先生、鈴木さんはどうなんですか?』

『うん・・・婦長も見ただろう、あの検査結果。どう見ても白血球の数値が高すぎる。ただ、症状的には発症する可能性は低いとは思うんだ。しばらくは様子を見てみないと何とも言えないところがある。一応、定期的に通院するように話しておいたから婦長も心得ておいてくれ。いずれは本人にも告知しなければならないしな・・・』二階堂の表情は曇りがちだった。

『はい、わかりました。』結城は真剣な表情で答えた。

翌日の土曜日、仕事が休みの拓実彩香と会っていた。

『ねえ拓実、博人は今日どうしたの?』

『何か、故郷から親父が来ていて今日帰るらしいんだけど、東京を観光して帰るから今日はそれに付き合うって言ってた。』

『そっか。何か仕事も忙しそうだし、なかなか前みたいに三人で会うのは難しいね。』彩香は寂しそうな顔でそう言った。

『彩香はどうなんだ?もう、英会話学校の方は慣れたのか?』

『うん、まだまだだよ。何かやっぱり学校の授業とは違うから難しい事が多くて。』

『まあ、彩香ならすぐに溶け込めるさ!頑張れよ!』拓実は彩香を励ました。

『俺さ、昨日涼子に会って来たんだ。ちょっと仕事でうまくいかなくてさ、そうしたら急に涼子の顔を見たくなって・・・あいつは凄く前向きだったよ。記憶障害の事なんてこれっぽっちも気にしてない素振りしてさ。それが俺には痛いほど解るから、逆にその姿見たら勇気を貰ったっていうか、やっぱ俺はあいつの事が凄く大切で・・・まあ、俺の事は思い出せなくても俺はあいつをずっと見守っていてやりたいって、あいつの心の支えになっていたいって思ったよ。』拓実は彩香に切実に語りかけた。

『それが拓実らしくていいよ。拓実らしい・・・』彩香は拓実の気持ちが痛いほど解っていた。

『そういえば博人のやつ電話で、何か道で倒れていた女の子を助けたら、御礼に誘われて明日会う約束したって言ってたな。道で倒れている人を助けるなんてあいつらしいな。』

『そうなんだ・・・そう言えば博人って彼女とかいないの?』彩香は少し間をおいて拓実に聞いた。

『そんな話は聞かないな。あいつは仕事一筋っていう面があるから。まあ、仕事が恋人なんじゃないの。』拓実は笑いながら答えた。

『そうなんだ。』彩香は拓実のその言葉に少し安堵の表情を見せた。

博人と修司東京駅にいた。

『博人、すまんな今日一日付き合わせてしまって。』

『何言ってるんだよ、たまにはこういうのも気分転換になっていいさ。』

『博人、あんまり無理して体壊さないようにな。』

『親父の方こそ酒の飲み過ぎには気をつけろよ、もう若くないんだから。』

『バカ野郎、若くないだと!まあ、それもそうだな。』修司と博人は笑顔で話した。

『おふくろにも宜しく言っておいてくれ。俺の事は心配するなって言っておいてくれ。』

『わかった。』

『あっ、それから親父!俺さ、親父の子供で良かったよ。親父の子供に生まれて幸せだよ。』博人は昨日の修司の言葉を思い出しながら話した。

『何言ってるんだよ急に、散々俺の事バカにしておいて。』修司は照れ笑いを浮かべながら答えた。

『じゃ、父さんもう行くからここでいいぞ博人。それじゃあな!』修司は恥ずかしさを隠すようにホームへと歩いて行った。

博人の目には、その修司の小さく丸くなった背中が大きく大きく映っていた。

日曜日の朝が来た。玲奈はいつもより早く目が覚め、化粧をして出かける支度を整えていた。

『玲奈、いつもより何かお洒落していない?』真知子が笑いながら言った。

『そんな事ないよ。ねえ、お母さん、この服似合ってるかな?』

『うん、似合ってるわよ。玲奈、良かったね楽しそうで。でも、あなたまだ病み上がりなんだから、あんまり無茶しないようにね。』真知子は楽しそうな玲奈の笑顔を見ながら喜んではいたが、内心は病気の事が気掛かりでしかたなかった。

『じゃ、行ってきます。』そう言うと玲奈は家を出た。

真知子はこんなに楽しそうな玲奈の笑顔を見たのは久しぶりだった。そして、3年前の悪夢を回想していた。

玲奈が以前付き合っていた男に暴力を振るわれ、傷だらけになって家に帰ってきたあの日の姿を思い出していた。しばらく玲奈の顔からは笑顔が消え、家にこもりがちになっていた日々の事を。その男はその後も必要に玲奈に付きまとっていたが、しばらくして別の傷害事件で逮捕され、玲奈の前には二度と姿を現さなくなった。それから玲奈は少しずつ笑顔を取り戻してきたが、男性に対する恐怖心は打ち消されてはいなかった。そんな玲奈が今は男の人に会いに行く事を楽しみにして、満面の笑みで出かけて行った。「きっとあの人なら、川嶋さんなら玲奈を救ってくれる。玲奈の心の支えになってくれる。」そう、真知子は強く願っていた。

南青山の駅前で玲奈は博人が来るのを待っていた。楽しみにしていたが、本当に博人が来てくれるのかという不安もどこかにあった。しかし、そんな玲奈の不安は一瞬にして吹き飛んだ。

『あっ、ごめんごめん遅れちゃって。』博人が小走りにやってきた。

『こんにちは、すいません今日は無理に誘っちゃって。』

『何言ってんの、そんな事ないよ。』

優しく答えてくれる博人の表情に玲奈は安心と心地よさを感じていた。

『じゃ、行こうか!』二人は笑顔で歩き出した。

二人はオープンカフェで食事をとっていた。

『でも、びっくりしたよ。だって道端に突然倒れるんだもん玲奈ちゃん。』

『ごめんなさい本当に。全然記憶が無くて・・・』

『まあ、たまには記憶がなくなるくらいお酒飲むのもいいけどさ、急性アル中になるまで飲まないようにしないとね。』

『はい、気をつけます。』二人は笑いながら話した。

『川嶋さんはどんなお仕事してるんですか?』

『そのさ、「川嶋さん」っていうのやめない?博人でいいよ、博人で。』

『はい、それじゃ、博人さん。』玲奈は少し照れながら呼んだ。

『俺の仕事はIT機器の製造会社でパソコンとかの部品を作っているんだ。その企画開発と営業をやっているんだ。何かお堅い仕事だろ。』

『いえ、何か凄い仕事ですね。大変そう。』

『玲奈ちゃんはどんな仕事してるの?』

『私はただのOLです。お茶入れたり、コピー撮ったり・・・つまんない仕事です。』玲奈はうつむきながら話した。

『そんな事ないよ玲奈ちゃん!顔を上げなよ。OLだって立派な仕事だよ。玲奈ちゃんにとってはつまらない事かもしれないけどさ、俺なんかさ外回りから帰ってきて、女の子が入れてくれたお茶飲むとさ疲れが吹き飛ぶし、急いでいる時にしっかり書類を用意してくれると助かるし、凄く役に立っていると思うよ。何も下を向く事もないよ!胸を張りなよ!』

『ありがとう博人さん。そんな事今まで言われた事なくて・・・』玲奈は博人の強い励ましに元気が出てきた。

仕事に対して悩みを抱えていそうな玲奈を見て博人が言った。『ねえ、玲奈ちゃん!どっか行こうか!』

『えっ?』突然の博人の言葉に玲奈は驚いた。

『そうだ!遊園地でも行こうよ玲奈ちゃん!』

そして博人は玲奈の手を取り、遊園地へと向かおうとした。その時、玲奈は博人の温かい手に出会ったあの日と同じ手の温もりを感じていた。

夕陽が沈むまで二人はまるで子供に還ったように無邪気にはしゃぎまわった。そして辺りはやがて夜の暗闇になっていた。

『玲奈ちゃん、大声出したら元気になったかい?』

『えっ?』

『お昼の玲奈ちゃんより、今の玲奈ちゃんの方が玲奈ちゃんらしいと思うよ。笑顔が一番似合っているよ。』

玲奈は博人が自分の事を心配してここに連れて来てくれた事に気づき、とても嬉しい気持ちに浸っていた。そして玲奈は博人を観覧車へ誘った。

『ねえ博人さん、観覧車乗ろうよ!』

『観覧車?よし、行こうか!』

二人は笑顔で観覧車へと走って行った。

やがて、二人を乗せた観覧車は上へと昇り始めた。狭い空間で二人の間にはしばらくの沈黙があった。それを避けるように玲奈が口を開いた。

『博人さん、また会ってもらえますか?』

博人は少し間をおき答えた。『俺でよければいつでも。』

『本当ですか?良かった・・・何か博人さんと話していると楽しくて。』玲奈は思わず本音が出てしまった。

二人は微笑み合っていた。

『あっ!流れ星!』玲奈が叫んだ。

流れ星はあっという間に消えてしまったが、それでも目を瞑って願い事をする玲奈を見ながら博人は自分の感情が少し揺れ動くような気がした。

気がつくと、二人を乗せた観覧車の上には満天の星空が広がり、二人を見ながら笑いかけるように光り輝いていた・・・         To be continue

二人で楽しく時を過ごした博人と玲奈、博人の中に微かにそして確かに玲奈に対する感情が小さく芽生え始めた。その一方で、せまりくる病魔の足音にまだ二人は何も気づいていない。果たしてこの先、博人と玲奈は幸せのレールを歩いていけるのか・・・次回第7話をご期待ください。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

ろ 郎平(ろうへい。中国の元女子バレーボール選手。1980年代の中国黄金時代に活躍した名選手。1984年のロサンゼルス五輪では金メダルを獲得。その強力なスパイクは「鉄のハンマー」と称された。その後中国代表の監督やイタリア・セリエAのクラブチーム監督を経て、現在はアメリカ女子代表チームの監督を務めている。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 9日 (日)

本日は晴天なり!


本日は晴天なり!
本日は晴天なり!
こんばんにゃ〜 北の猫男爵です。
今日は朝から快晴でした。台風一過のせいか気温もぐんぐん上がり夏日でした。僕の住んでいる十勝ではまさに「十勝晴れ」の一日でした。
そんな今日は車の修理をしてもらうのに、整備士の友達が働く某自動車会社に行ってきました。車の修理に2時間くらいかかるというので、一緒に来ていたHきと共に代車のポルテである場所へ!
ポルテはなかなか乗り心地もよく僕的には結構お気に入りです。さて、僕らが向かった目的地とは帯広競馬場です。今日はナイターなので2時からが第1レースの発走でした。僕とHきは4レースやりましたが結局二人とも4戦4敗…
重い足取りで修理が完了した車を取りに戻りました。
そして、夕ご飯を食べに向かったのはこれも猫男爵御用達の「Hや」という焼肉屋さんです。いつもながら美味しかったです。特に特選八千代ラムは超オススメです!美味しい焼肉を堪能した僕らは最後に疲れを癒しに、サウナへ向かいました!
1週間の疲れを取るにはやっぱりここが一番です!
今、リラックスルームでテレビを見ながらくつろぎ中です(笑)今日のメンバーは、建設会社の社長、鉄工所のバイト改めゴルフの倉本、体操の森末、政治家(新顔)、Hき、猫男爵です。建設会社の社長と倉本は爆睡中です。さて今日は何のアイスを食べようかな〜ここのサウナにはいっぱい種類があるのでいつも迷ってしまいます。今日は22時50分からF1の放送があるので、それまでには家に帰らなければ!それまでこれから少し仮眠することにします。
明日はまた天気が崩れて雨のようです。気温も下がるみたいなので体調管理には皆さん十分に気をつけましょうね!また明日から1週間仕事頑張りましょう!
それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)
(今日のマニアック有名人しりとり)
や 山倉和博(やまくらかずひろ。1980年代に巨人の正捕手として活躍した元プロ野球選手。1987年には巨人史上初の捕手としてMVPを獲得。1990年に引退し、その後コーチを勤め現在は解説者として活躍している。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 8日 (土)

闘魂列伝 ~ジュニア戦争~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、今日は久しぶりのシリーズもの、新日本プロレスの歴史を紐解く「闘魂列伝」第6弾「ジュニア戦争」と題してお送りしていきたいと思います。

まずはプロレスの事にあまり詳しくない方にも解るように簡単にご説明いたしますと、「ジュニア」というのはレスラーを体格によって区別されたクラスの事です。一般的に、体重が重いクラスをヘビー級、軽いクラスをジュニアヘビー級と言います。

そのジュニアヘビー級が絶頂期を迎えたのが、前回の闘魂列伝でご紹介したいわゆる「闘魂三銃士」絶頂期の時代です。それよりも一昔前の1980年代にも高田延彦や越中詩郎、小林邦昭などによりジュニアは黄金期を迎えたのですが、僕は1990年代のジュニアたちの方が好きです。

その中心を担っていたのが何と言っても獣神サンダーライガーです。実は彼の正体は1989年1月を最後に消息不明となっている山田恵一だと言われています。(間違いなく中身は山田恵一です。)

彼を最初に見た時、『誰だこいつ?でも強くてカッコイイじゃないか!』と僕はすぐに彼の虜になりました。このモデルは永井豪原作の『獣神ライガー』なのですが、タイガーマスク以来不在だったマスクのヒーローに新日本のマットは一気に活性化されたのです。そして1990年代前半のジュニアヘビー級はライガーを中心に、ペガサス・キッド、2代目ブラック・タイガーなどの外国人ジュニア達を加え盛り上がりを見せました。

ライガーの得意技は多種多様で、投げ技だと垂直落下式ブレーンバスター雪崩式フランケンシュタイナーライガースープレックスなどで、飛び技だとトペ・コンヒーロラ・ケブラーダ、そしてムーンサルトプレスなどジュニアならではの技も多いのが特徴です。また、打撃系の技で掌低という相手のあごを下から打ち抜く連打の技もよく多用します。

このライガーはIWGPジュニアヘビー級のタイトルに11度もつき、タッグでも4度王座につくなどまさに「ジュニアに象徴」と言っても過言ではないでしょう。

このライガーの良きパートナーとして長年コンビを組むのはエル・サムライです。彼もまたマスクマンの一人ですが中身は松田納というレスラーです。彼はライガーよりも2つ年下の現在41歳、ということはライガーが43歳ですから二人とも元気です。

彼は決して派手なタイプでは無いのですが、確かな技術力を持っており「リバースDDT」や「トペ・スイシーダ」「チキンウイングアームロック」などの技を得意としています。

そしてこの頃から他団体との交流戦、対抗戦などを積極的に行いザ・グレート・サスケウルティモ・ドラゴンなどの他団体とのエースとマッチメーキングをするなど、ジュニアの地位確立に成功しました。その集大成として1994年にはジュニア選手のオリンピックともいえる「スーパーカップJカップ」を開催し見事に成功を収めたのです。

そんな中、1990年代半ばに差し掛かるとこのライガーに強力なライバル心を燃やす二人が現れました。それは金本浩二大谷晋二郎です。

金本は3代目タイガーマスクとしてデビューはしたものの、そのスタイルの違いから自ら素顔に戻り、「ジュニアの喧嘩番長」と言われるくらいハードヒットな打撃技を得意とする選手です。彼の技には「タイガースープレックスホールド」や「ローリングソバット」などのタイガーマスク当時に習得した技が多いのですが、中でもムーンサルトプレスは僕の中ではプロレス界の中で一番キレイで完璧な空中技だと思います。

この金本とタッグを組みライガーに立ち向かっていった男が大谷です。彼の特徴はその負けん気の強さで臆することなく強い選手に立ち向かっていく姿勢です。そんなところがファンの共感を呼んでいました。得意技は「ドラゴンスープレックスホールド」や「スワンダイブ式ミサイルキック」「顔面ウオッシュ」などで、技を出したあとのパフォーマンスからもわかりますが、とにかく熱い男です。しかし大谷は2000年に海外遠征し肉体改造に取り組み、帰国後ヘビー級に転身したのちに新日本を去り他団体へと移籍したため、ライガーとの抗争も終わりを迎えたのです。

こうして1990年代の新日本プロレスのマットを盛り上げた数多くのジュニアたちは、ジュニアならではの空中戦の技や、身軽でスピーディーな動きで多くのファンを魅了し、闘魂三銃士とともに新日本プロレスを支えていきました。しかし、1990年代後半になるとジュニア戦争も終焉を迎え、選手の他団体への流失、テレビ放送もゴールデンから深夜への移行などと時代の終わりを向かえ、と同時にプロレス人気も下降線へと向かっていったのであります。

そしてその時代の流れを食い止めようと必死に新日本プロレスを再生させようとしたのが第三世代といわれるレスラーたちなのですが、そのお話はまた次回ということで。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

ふ(ぶ) ブッチー武者(ぶっちーむしゃ。男性お笑いタレントでもあり俳優でもある。何と言っても彼の人生最大の活躍は1980年代に一世を風靡した「オレたちひょうきん族」の人気コーナー「ひょうきん懺悔室」の懺悔の神様役としてブレイクしたこと。しかし、現在は東京でスナックを経営しながら芸能活動を続けている。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 7日 (金)

ドリーム・マッチ!

ドリーム・マッチ!
ドリーム・マッチ!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

本州で猛威をふるった台風9号が、今夜北海道に上陸です。今も外では激しい雨が降り続いています。皆さん十分に気をつけてください。この台風の影響で、本来なら明日東京から帰ってくるはずだった母の帰帯が、来週の火曜日に延期になりました。ようやく家事から解放されるかと思ったのに、あともう少し頑張らなきゃ!

さて、そんな嵐の夜の今夜はここ猫総合体育館で「世紀のドリーム・マッチ」が開催されます!それでは選手が入場するようなので、早速リングに目を向けてみましょう!

まずは青コーナー、身長175cm、体重62kg、史上最強のサイヤ人孫悟空!

そして赤コーナー、身長185cm、体重100kg、北斗神拳第64代伝承者ケンシロウ!

さあ、今夜の世紀の対決は非常にワクワクする対決となりました。「ドラゴンボール」「北斗の拳」、ともに僕が子供の頃に夢中になったアニメです。その二つのアニメの主人公でもある二人が今日、拳をぶつけ合うわけですが、僕にはどんな戦いになるのか想像もつきません。

さて、この戦いどっちが勝つのでしょう?体格から言えば圧倒的にケンシロウの方が優位ですが、悟空には豊富な技があります。かめはめ波元気玉界王拳などは、さすがのケンシロウでもダメージを受けるはずです。

一方のケンシロウは北斗神拳という一子相伝の必殺の奥義を持ってはいますが、これはすべて接近戦が条件となります。悟空に距離を取られでもしたら、宝の持ち腐れです・・・しかも悟空はスーパーサイヤ人大猿などに変身することも可能です。さらにはピンチになれば瞬間移動もできる!これは悟空の方がやや優位なのか・・・

でも、長期戦になればケンシロウにも勝機が見えるかも。ケンシロウは1週間寝なくても、そして3ヶ月間何も食べなくても体力が衰えないという長所があります。かたや、悟空は大食漢で有名でお腹が減っては戦ができません・・・でも待てよ、悟空には「仙豆」という魔法の豆があった!う~ん・・・難しいな~

北斗神拳は多少の距離を置いても秘孔を突くことはできますが、それでも少し分が悪そう・・・でも、悟空の技はかめはめ波にしても、元気玉にしても、界王拳にしても、すべて気を集中させないとできない技です。ということは、気を集中している間にケンシロウが悟空との間を詰めて、ケンシロウの得意とする距離に入ったとしたら、秘孔ひとつで簡単に悟空に勝つこともありえます!う~ん、尚更わからなくなってきたぞ~この戦い・・・

もう僕の想像力では勝敗をつけることができません・・・どっちも好きだし。

皆さんなら、どっちが勝つと思いますか?まあ、アニメのジャンルも違うので一概に比較はできないと思いますが、ここは妄想力をかきたてて考えてみてください!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

し(じ) ジャック・ヴィルヌーブ(カナダ出身のカーレーサー。父は伝説的なF1レーサーのジル・ヴィルヌーブ。カナダGPが行われるモントリオールにはその父の名の付いたサーキットがある。F1には1996年にウィリアムズからデビューし、翌年には2年目にしてワールドチャンピオンに輝く。その後BAR、ルノー、ザウバーとチームを渡り歩き2006年を最後にF1から離脱した。F1通算11勝をあげている。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年9月 6日 (木)

翼の折れたエース・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、皆さんは大畑大介(おおはただいすけ)という男をご存知ですか?きっと名前は知らなくても顔を見たら、『知ってる!』という人もいることでしょう。彼はラグビー選手なのですが、その芸能人顔負けの甘いマスクで女性ファンも多く、ラグビーをよく知らない方でもその名は多くに知れ渡っています。

その大畑選手が、先月8月29日に合宿先のイタリアから帰国しました・・・その姿は松葉づえをつきながらという痛々しい姿でした。

明日9月7日にフランスで開幕する2007年ラグビーW杯、その大舞台を目前にして彼は合宿中に左足アキレス腱断裂という大ケガを負ったのです。日本代表の主将、そして世界最多トライ数という大記録を持つ、世界一のラガーマンがフランスの地を踏むことなく、傷心のまま日本に戻ってきたのです。

僕の目を疑うかのようなニュースが飛び込んできたのは、8月26日のスポーツニュースでした。「大畑、W杯絶望的!」その見出しを見た瞬間、僕は途方に暮れました。なぜなら大畑のいないラグビー日本代表は、例えるなら「エンジンの無い車」同然だからです。それだけ彼の存在は大きいのです。

実は彼は今年1月に右足アキレス腱を断裂し、3度目のW杯出場を目指し、必死のリハビリで何とかグランドに戻ってきたのです。試合に復帰したのは8月上旬でした。その矢先のこの出来事・・・辛すぎます・・・

ラグビーの事をよく知らない方もいると思うので少し詳しく説明しますと、大畑選手のポジションというのはスリークォーターバックというところで、得点いわゆるトライをあげるポジションです。ラグビーは大きく分けて、攻撃陣(FW:フォワード)と守備陣(BK:バックス)の2つに分かれるのですが、大きな体を生かして最前列でボールを運ぶのがFWで、後方でFW陣からボールが回ってくるのを待ち、足の速さを生かして相手BKをかわしてトライを決めるのがBKです。BKは最後には華やかにトライも決めますが、相手チームの攻撃を防ぐ守備も大切な役目なのです。

大畑選手はそのBKのポジションでスリークォーターバックスについているのですが、その中でもウィングと言われる、いわゆるポイントゲッター(背番号は11と14)です。

かつてこのポジションには僕が中・高生の頃に大好きだった吉田義人選手(明治大学→伊勢丹)というスター選手がいました。彼は日本史上最高のトライゲッターと呼ばれ、その快速ぶりと巧みなステップワークは見るものを魅了しました。その魅了された観衆の一人が僕だったのですが、もう彼以上の選手は出てこないと僕なりに思ってました。が、しかしある日僕は大畑選手を見た瞬間に衝撃を受けました。

「速い!そして強い!」その彼の走りには、吉田選手には無かった当たり負けしない「強さ」があったのです。「速い、巧い、強い」この3つの要素が揃った大畑選手はまさにラグビーの申し子だったのです。僕は当時、京都産業大学の学生だった彼を見て、近い将来きっと日本を代表する選手になると確信しました!

その期待通り、彼はすぐに日本代表に選出され1999年と2003年のW杯に出場し、計3トライあげています。彼がテストマッチ(サッカーで言う国際Aマッチ)であげたトライ数は何と「69」。これは前述の通り、世界記録です。

そんな彼だからこそ、ケガという悪夢でグランドに立てないのは僕は非常に残念で仕方ありません・・・

帰国の途についた彼はこう述べています。『今までで一番ショックです。これを自分の中でプラスにして、あとは這い上がるだけ。』そう再起を誓う彼の言葉が尚更痛々しく聞こえました。と、同時に『みんなには僕のハートを熱くしてもらえるラグビーをしてほしい。』と仲間にエールを送り、『現役を続ける以上は、もう一度サクラのジャージ(日本代表のユニホーム)を着れるように頑張ります。』と力強く誓った彼の言葉が僕の心に強く響いてきました。

右足に加え、左足のアキレス腱までも断裂し、その自慢の快速を誇るエースは「翼」を失くしてしまいました・・・でも僕は彼を信じます!きっと彼ならもう一度光り輝いてくれると!

大畑大介31歳、逆境を跳ね除け再びグランドに彼が立ち、そして彼の元にボールが回り、その「世界一」と称賛されたトライの姿を見せる日まで、彼の胸の中にも、そして僕の胸の中にも“ノーサイド”の笛は鳴り響かない・・・

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

み 水島武蔵(みずしまむさし。日本で生まれながらも幼少期にブラジルに渡り、サンパウロFCユースに所属し、1984年に日本人で初めてブラジルトップリーグに出場したサッカー選手。1989年には日本に戻りプレーしたが、国籍がブラジルのために外国人選手扱いとなった逆輸入選手。1992年に現役を引退した。サッカー漫画『キャプテン翼』のモデルは何を隠そう彼である。その漫画の中で大空翼のライバルとして登場した日向小次郎の「小次郎」は「武蔵」のライバルということから名付けられた。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 5日 (水)

連続ブログ小説 ~配役編~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、先月から始まった連続ブログ小説「夜明けの流星たち」。すでに第5話を終えたところですが、皆さん楽しんでいただいているでしょうか?小説の書き方や基本を知っているわけでもない全くの素人の僕が趣味で書いてる小説ですので、なにぶん読みづらかったり、わかりにくい箇所があるかもしれませんが、その辺は大目に見ていただけると幸いです。

そんな連続ブログ小説ですが、実はこの作品を作るにあたって僕は登場人物に配役(俳優・女優)をし、それでイメージしながら書いています。その方が物語を頭の中で想像しながら作れるので。

皆さんも、どんな配役かが解ればその役者と登場人物を頭の中でイメージしながら物語をよりいっそう楽しめるのではないかと思います。

そこで今日は、その配役をご紹介したいと思います。配役を知らないほうが良いという方は今日のブログを見ないというのもひとつの手です。それは皆さんにお任せします。

尚、これはこの小説を書き始めた2003年頃の段階で配役したので、現在の実際の年齢と登場人物との年齢に若干の誤差があるかと思いますが、ご了承ください。配役については僕個人の好きな役者さんを勝手に選ばさせてもらっていますので、その辺もご了承ください。役者の皆さん、勝手に配役してすいません。

『夜明けの流星たち』 

CAST (敬称略)

川嶋博人   坂口憲二(会社員 29歳)

鈴木玲奈   矢田亜希子(OL 25歳)

中村彩香   小雪(英会話講師 29歳)

橘  純平   長瀬智也(涼子の弟 25歳)

富樫真希   竹内結子(OL 25歳)

山崎  稔   吉沢  悠(博人の部下 24歳)

岡崎カオリ   眞鍋かをり(事務員 24歳)

大木健介   平泉  成(博人の上司 52歳)

古屋一郎   西岡徳馬(拓実の上司 49歳)

結城幸子   深浦加奈子(婦長 43歳)

二階堂 徹  伊原剛志(医師 41歳)

野崎龍太   金子  賢(玲奈の元彼 27歳)

松田譲二   大沢たかお(刑事 35歳)

川嶋修司   平田  満(博人の父 54歳)

鈴木真知子  伊藤  蘭(玲奈の母 49歳)

西田美里   夏川結衣(喫茶店経営 34歳)

橘  涼子   常盤貴子(花屋店員 29歳)

桜木拓実   反町隆史(建築デザイナー 29歳)

以上が配役です。相関図も一緒にご紹介できれば良いのですが、書き方が難しいので相関図は、物語を読みながら皆さん独自の相関図を作って見てもらえたら助かります。

本来なら物語が始まる前に今回の配役ご紹介すればよかったですよね。遅れてしまってすいません。これで、想像しながら物語を読んでもらえると思います。第6話からも引き続き愛読宜しくお願い致します。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

こ ゴンザレス三上(チチ松村と「ゴンチチ」というアコースティックギターデュオを組む。その音楽性は「地球一の快適音楽」と言われている。)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

切手が「愛」を伝える!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、日本には無いある習慣が中国に存在します。それは、日本でも普通に日常的に行われている行為なのですが、中国ではとても大切な事なのです。

皆さんはハガキや封筒に切手を貼る時、どのようにして貼りますか?普通は曲がらないように気をつけて真っ直ぐに貼りますよね。しかし、中国ではその切手の貼り方でメッセージを伝えるという習慣があるそうなのです。

①右上がりの斜めに貼ると「あなたが好き。」

②左上がりの斜めに貼ると「ごめんなさい、私が間違ってました。」

③上下逆さまに貼ると「もう怒らないから許して。」

④2枚の切手を離して貼ると「嫉妬しています。」

⑤2枚の切手を離して斜めに貼ると「2人きりで話がしたい。」

⑥3枚の切手を並べて貼ると「もう、愛してないの?」

⑦3枚の切手を並べて逆さまに貼ると「愛してる、結婚しよう!」

などなど、まだまだあるそうですがこれ以上あげるとキリがないのでやめます。覚えるのだけでも大変そうですよね。

最近ではメールなどが普及して手紙を出す機会が減った時代ですが、なかなかロマンチックな習慣ですよね?直接、言葉で伝えるというのも良い事ですが、間接的に伝えるのってとてもロマンチックで僕は好きかも(笑)

ただでさえメールで何でも伝えられる時代だからこそ、手紙で相手に想いを伝える、そしてさらにそのアクセントとして切手の貼り方でも想いを伝える、日本には無いこの中国の習慣を利用して、皆さんもたまには改まった気持ちで、大切な人に手紙を書いてみてはいかがですか?まあ、切手の貼り方についてはこの話を知っている人でないと伝わりませんけどね(笑)

さて、話は変わりますが、今日は午後7時からソフトボールの試合、そして試合が終わると直ぐに体育館に移動しミニバレーとハードな夜を過ごしました。まさに「スポーツの秋」です!

ソフトボールの試合の方は、残念ながら4対6で負けてしまいました。でも今日は第2打席でレフトスタンドへ柵越えのホームランを打つことができたのでとても気持ち良かったです!やっぱり悠々とゆっくりとベースを1周してくるのは気分爽快です。久しぶりのホームランの感触が今でも手に残っています。次の試合もホームランかっとばすぞ~

そしてミニバレーの方は、いつもよりも今日はハードでした。まあ、ソフトボールの後ということもありますが、非常に疲れました。久々に膝が笑いかけてました(笑)今日のメンバーは、FいさんHこNぶさんAゆNかMどかSっとAっちゃん、そして猫男爵の合計9名でした。秋はやっぱり「スポーツの秋」です!来週も楽しみましょうね!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

い 生田悦子(いくたえつこ。女優業のほか、「欽ドン」や「なるほど!ザ・ワールド」などのバラエティーなどでも活躍していたが、最近は芸能活動も少し減り、編み物の本などを出版している。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 3日 (月)

夜明けの流星たち(第5話)

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は久しぶりのでした。気温もぐっと下がって秋まっしぐらです。秋といえば「読書の秋」、でも最近は本や小説なんてめっきり読まなくなったな~と、秋の夜長にしみじみと一人想う猫男爵です。

さて、今日は連続ブログ小説第5話です。

病院で再会を果たした博人と玲奈、玲奈の心に小さく芽生え始めた「恋心」。しかし、その恋心を打ち消すかのごとく玲奈の体を襲う病魔の影・・・この先、神様はどんな運命の結末を用意しているのか・・・

『夜明けの流星たち』 脚本・演出:猫男爵

☆Story5☆ 『心の支え』

真知子は途方に暮れた足取りで玲奈の待つ病室へとたどり着いた。

『あっ、お母さん。遅かったね・・・それで、何だって?私、退院できるの?』玲奈は心配そうに真知子に話しかけた。

『う、うん・・・大丈夫よ、帰ってもいいって。』真知子は動揺を隠しきれなかったが作り笑顔で答えた。

博人は仕事への迷いの中、途方に暮れながら家路へと歩いていた。その時、携帯電話の音が鳴り響いた。

『はい、もしもし。あっ、親父?いけねえ、すっかり忘れてた!それで今どこだよ?』

『博人の携帯に何回か電話したんだけど出ないし、会社に電話したら帰ったって言うし、仕方ないから父さんお前のアパートの前まで来てるんだよ。』

『ごめん親父、じゃあさ、そこに「ロザーナ」っていう喫茶店があるだろう?そこで待っててくれよ。そこのオーナーの美里さんは知り合いだから、今日親父が来る事は話してあるからさ。俺もすぐ行くから!』そう言うと博人は電話を切り、急いで走り始めた。

その頃、拓実「ピッチハウス」涼子の弟の純平と会っていた。

『そっか、純平も25歳になったか、そうだよな俺も29歳だもな。初めてお前に会った頃はまだ中学生だったのに月日が経つのは本当に早いよな。実は今日、姉ちゃんに会ったんだ。まあ、正確に言うと会いに行ったんだけどな。最近、姉ちゃんの様子はどうなんだ?病院には行ってるんだろ?記憶が戻る兆候とかは無いのか?』真剣な表情で拓実は純平に問いかけた。

『うん・・・この間もさ、姉ちゃんと一緒に病院に行ったんだけどさ、医者が言うには何も変化なしだって・・・ただ、色覚治療の時に以前よりも赤色に対する反応値に変化があるって言うんだ。それが記憶が戻る兆候なのかどうかは医者にもわからないらしいけど。』

『赤色か・・・』拓実はぽつりと呟いた。

純平は姉である涼子を事故後もずっと見守っている拓実の事を本当の兄の様に慕っていた。

『なあ、純平・・・俺はどんな事があっても姉ちゃんの事を守ってみせるからな!だから、純平も姉ちゃんの事を助けてやってくれな。』

『当たり前だよ!俺は姉ちゃんの記憶が戻って、また前みたいに拓実さんと仲良くしている姉ちゃんの姿を見たいんだよ。それが姉ちゃんにとっての一番の幸せだと思うからさ。』

『純平、ありがとうな。』拓実は熱いものが溢れ出しそうで、そう答えるのがやっとだった。

『純平!』そこへ、真希が現れた。

『おう、真希!紹介するよ拓実さん。俺の彼女の真希です。』

『はじめまして、富樫真希です。』真希は拓実に軽く会釈した。

『で、こちらが・・・』純平は少し間をおいて紹介した。『俺の姉ちゃんの彼氏の桜木拓実さんです。』

純平の中では拓実という存在が涼子の彼氏のままである事に変わりはなかったのだ。

『純平・・・あっ、桜木です。はじめまして。』拓実は純平の思いやりに少し声が詰まった。

三人はしばらくの間、談笑していた。

『そう言えば昨日私の友達が急性アル中で倒れちゃって、ほら、純平に呼び出された後なんだけどさ。それでね、助けてくれた男の人がいて救急車呼んで病院まで付き添ってくれたんだって。でも、名前も告げないで帰ったんだって。でね、でね、何とその人が今日ね偶然病院にいてその友達と再会したの!ねっ、これって運命を感じない?凄くない?』真希は少し興奮気味に純平に話した。

『それって、その男が心配して病院に来ただけじゃないのか?』

『もう、純平はロマンがないのね!』真希は口を尖らせて言った。

『拓実さんはどう思います?』真希が聞いた。

『うん・・・きっとそれは運命じゃないよ真希ちゃん。』

『えっ、拓実さんまでそんな事言うの・・・』真希はがっかりした口調で言った。

『真希ちゃん、それは運命じゃなくて必然だよ。出会うべくして出会っただけ、当然の再会だよ。だから運命なんかじゃない・・・』拓実は涼子の事を思い出しながら答えていた。

『拓実さんはやっぱり大人だね!純平とはえらい違いだよ。』真希は、はしゃいでみせた。

『純平、俺はもう帰るから、あとは二人で楽しんでいけよ。じゃ、真希ちゃんまたね。』そう言うと拓実は店を出て行った。

純平は何か寂しげな拓実の背中を悲しげに見送った。

「ロザーナ」では修司と美里が楽しげに話していた。

『そうですか、博人のやつそんな事を。あいつはね、一人っ子のせいか私も女房も大事に育て過ぎましてね、少し甘やかした面も多かった。でもね、親の私が言うのも何ですが、あいつは小さい頃から人一倍責任感が強くてね、それでいて誰よりも負けず嫌いなところもあって、人を思いやる気持ちっていうんですか、それが強い子でね。誰かが困ってたりすると放ってはいられない質なんですよ。小学4年生の時だったかな、同級生の子が上級生にイジメられましてね、そうしたらあいつは一人でその上級生の所へ行って、「俺の友達に何をした!」ってね、殴りかかっていったんですよ。結局はボコボコになって帰ってきたんですけど、涙ひとつ流さなかった。そんなやつなんですよあいつは。お蔭であいつの周りにはいつも沢山の友達がいていつも楽しそうでした。そんなあいつだから、大人になって社会に出ても無茶をしているんじゃないかと、心配な面も親としてはあるんですよ。社会っていうのは、ただ真っ直ぐに突き進むだけではダメですからね。時には我慢も必要になってくる。そんなものですからね・・・』修司は心配そうに美里に話した。

『でも、博人君は社会の中で立派に頑張っていると私は思いますよ。博人君の目を見ればわかります。凄く純粋でいきいきとした澄んだ目をしています。』美里は笑顔で答えた。

『それなら、いいんですが・・・』修司は少し微笑しながら答えた。

そこへ博人が店へ入ってきた。『親父!遅くなってごめん。』

『おう、博人!久しぶりだな!元気そうじゃないか。』

『親父も元気そうじゃないか。美里さんすいませんね、親父が何か迷惑かけませんでしたか?』

『迷惑だなんてね、今ちょうど博人君の話をしていたところなの。』美里は笑いながら言った。

『俺の話?何か変な事言ってませんでした親父?』

『変な事なんて言ってませんよねお父さん。』

『そうだよ博人、言うわけないだろう。』

美里と修司は笑いながら博人に言った。

二人は「ロザーナ」で食事をとり、やがて博人のアパートへと帰った。

『親父、ちょっと飲み過ぎたんじゃないか?』

『大丈夫だよ。』修司は少し飲み過ぎたらしく千鳥足だった。

『今、布団敷くからちょっと待ってろよ。』

部屋を片付けて準備する博人に修司が話しかけた。『なあ、博人・・・お前、仕事はうまくいってるのか?』

『えっ?』

『いや、母さんがさ、お前から何の連絡も無いから心配してさ。』

『うん、仕事ならうまくいってるよ。上司にも期待されててさ、今、大きな契約が取れそうなんだよ。』博人は自分の今の心境を打ち消しながら話した。

『博人、一生懸命やるのは良い事だ、でも無理はするなよ。あんまり無理をすると周りが見えなくなる。少しよそ見をする事も長い人生の中では必要だ。あまり前ばかり見ないで、息抜きもしないと息が詰まるぞ。これはな、父親だから言っているんじゃないんだ。一人の人生の先輩としてだ。』

『親父?』博人は思わず布団を敷くのを止めて修司の方を見た。

『実はな、父さんもお前と同じくらいの歳の頃な、仕事一筋で一心不乱だった頃があってな、その時は周りが全然見えなくて、気がつくと仕事も失敗して周りにいたはずの友人達もみんな見向きもしてくれない、一人ぼっちになってしまってな、酒に溺れて体を壊して、まあ人生の挫折ってやつだな。そんな時にたった一人だけ父さんに「頑張れ!負けるな!」って声をかけてくれた女性がいたんだ。父さんな、その時の事は一生忘れないよ。その人はな、父さんが一生懸命頑張っている姿を影でずっと見ていてくれたんだよ。周りが見えていなかった父さんには、そんな事気が付くはずもなかった。その時、父さんは初めて解ったんだよ、人間は一人では生きてはいけない。生きていく支えがあるからこそ生きていけるんだってな。それに気が付かせてくれた女性を、今度は父さんが支えてやらないといけないって思ったんだ・・・その女性っていうのは母さんだ。博人、お前ももしそういう女性がいるなら、いや今いなくてもそういう女性にめぐり会ったら支えてやれ、そして幸せにしてやれ。そうやって人生を築いていけばいい。一人で苦しむなんていうのは何の意味もないからな。それが先輩として言える事だ。何だか父さん眠くなってきたな、このベッド借りるぞ。』そう言うと修司は博人のベッドで眠りに就いた。

『親父・・・バカ野郎、布団敷いてやるって言ってるだろう、俺のベッドが臭くなるだろう・・・』博人は涙をこらえきれず、震えながら小声でそう呟いた。

仕事に行き詰まっている博人には修司の言葉が胸に強く響いて、修司の父としての温かさがとても嬉しかったからだ。博人は改めて父親の偉大さを実感した。そして心の中で小さく「ありがとう」と呟いていた。

博人は眠る修司を部屋に置き、涙で赤く腫れる目を擦りながら煙草を買いに外へ出た。その時、携帯電話の音が鳴り響いた。

『はい、もしもし。』博人は涙をこらえて電話に出た。

『もしもし、川嶋さんですか?私、鈴木と申します。鈴木玲奈です。』その声は玲奈だった。

『今日はわざわざお見舞いに来て頂いてありがとうございました。』

『いや、こちらこそ突然病室にお邪魔して迷惑じゃなかったかな?』

『そんな迷惑だなんて、嬉しかったです。あ、いや、何言ってるんだろ私・・・』玲奈は照れながら言った。

『あの、もし良かったら日曜日にお食事に行きませんか?御礼がしたいので。』

『日曜日ね、うん、大丈夫だよ。でも、そんな御礼なんて気を遣わなくてもいいのに。』

『いえ、どうしても御礼がしたいので、お願いします。』

『うん、わかったよ。』

『じゃ、正午に南青山の駅前で待ち合わせでいいですか?』

『いいよ。じゃ、日曜日に。』そう言うと博人は電話を切った。

電話を切った玲奈は、嬉しさを抑えきれず笑顔が満ち溢れていた。玲奈の心の中には明らかに博人に対する思いが募り出していた。

博人は修司の言葉を噛み締めながらも、玲奈の電話で心の落ち着きを感じていた。

この時の博人にはまだ玲奈に対する特別な感情は沸きあがってはいなかったが、二人の運命は確実にその道のりを歩き始めていた。その見えない道のりには、「心の支え」が必要であるということを博人は無意識に感じていたのであった・・・                                                 To be continue

いかがでしたか第5話は?博人の中で微妙に揺れ動く感情がこの先思いもよらない展開に進んでいきます。第6話もどうぞお楽しみに!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

い 板井(いたい。突きや押しを得意とする元力士。幕内在籍時には15戦全敗をしたことがある。これは彼の後に一人も出ていない珍記録である。引退後は年寄りを名乗ることが出来ず「廃業」扱いになった。最高位は小結。)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年9月 2日 (日)

イタリアの至宝!

こんにちにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、今年も海外サッカーのシーズンが開幕しました。昨今は多くの日本人選手も海外でプレーして活躍する時代になりましたね。僕が子供の頃にはとうてい考えられない話でした。そんな海外に数多くあるサッカーチームの中で、最も僕が敬愛するチームがイタリアセリエAの「ユベントス」です。これは以前にもお話したと思いますが、僕は小学生の時にこのチームでプレーしたいた元フランス代表のプラティニを見て、ユベントスの虜になって以来の大ファンです。

しかし、昨シーズンは八百長問題の影響でセリエB降格という、ユベントスの歴史に汚点を残す屈辱を味わいました。しかし、圧倒的な強さで優勝し今季からセリエAに復帰を果たしました。当然です!世界一のチームなんですから!

そして今シーズン初戦も見事に快勝して順調なスタートを切りました。今年は何としてもスクデッドを奪還して、そして来年のCL制覇を目指して欲しいものです!

さて、そんな「ユベントス」の長く輝かしい歴史の中でも僕がプラティニ同様に最高の選手として憧れていた選手がいます。彼の重心の低いドリブルから繰り出すシュートと、世界でも屈指のフリーキックはまさにファンタジスタと呼ばれるにふさわしい輝きでした。そしてイタリア国内では彼のことを「イタリアの至宝」として称賛しました。彼の名はロベルト・バッジョ世界最高峰の「10番」です!

僕が彼の存在を知ったのは、1994年アメリカW杯直前の雑誌です。イタリアは当然優勝候補に名を連ねており、そこには当時バロンドール(欧州最優秀選手)に輝いた彼の活躍する姿が描かれていました。『こんな凄い選手がいるんだ!しかもユベントスに。』と僕は目を丸くしたのを憶えています。

そして始まったアメリカW杯、しかしイタリアは苦戦の連続でバッジョ自身もケガで思うようなプレーが出来ず、その風当たりは厳しく、バッジョ交代論まで出たほどでした。僕はそれでもバッジョを応援し続けました。何とか予選リーグを突破したイタリアは徐々に力を発揮し、バッジョにも本来切れ味が戻り、ゴールを量産し見事に母国を決勝に進出させました。イタリア国内では今までの酷評から一転して救世主扱いするのですから世論というのは本当にいい加減なものですよね。

そして迎えた決勝戦のブラジルとの戦い。今でも僕はこの試合の事をよく憶えています。当時僕は20歳の大学生で、日本時間で早朝のこの試合をテレビの前で見ていました。当時のブラジルのエースはロマーリオで、バッジョとの得点王争いにもすごい関心が集まってました。試合はお互いに決定力に欠け、0対0のままW杯史上初のPK戦へ・・・

そして、イタリアの5番目のキッカーであるバッジョが蹴ったボールは無情にもゴールマウスの上を越えていきました・・・この瞬間にバッジョの夢はついえたのです・・・

この瞬間の映像は今でも僕の目に強く焼きついています。肩を落とすバッジョの横を、黄色いカナリア軍団の選手たちが歓喜の雄たけびをあげて走っていきました。バッジョは呆然と立ち尽くすことしかできませんでした。その時すでに足の疲労は限界を超えていたのです。でも彼は一切言い訳をしませんでした。

その後、バッジョはユベントスでもイタリア代表でも頭角を現してきたデル・ピエロに押し出されるように、ACミランに移籍し代表にも呼ばれなくなりました。しかし、彼は不死鳥のように蘇りました。1998年フランスW杯に見事に代表選出されたのです。4年前のような全盛期の切れ味は無いもののベテランらしいプレーでチームに貢献し、初戦のチリ戦では因縁のPKを見事に決め、4年間の「トラウマ」を払拭したのです。僕はこのシーンを見て思わずジーンと来たことを思い出します。イタリアは準々決勝でフランスに敗れ、バッジョの夢はまたしても叶いませんでした。でも、バッジョが魅せたプレーはそれ以上に僕のハートを熱くしてくれました。

その後もバッジョは常にケガとの戦いで、思うようなプレーはなかなかできませんでした。1985年にフィオレンティーナでセリエAデビューしてから、ユベントス、ACミラン、ボローニャ、インテル、ブレシアなどの名チームを渡り歩き、セリエA史上歴代5位の205ゴールという記録を残し、2004年に現役を引退しました。

独自の美学を貫いたため監督と意見が合わなかったことも度々ありましたが、守備戦術にこだわるセリエAの中で、ファンタジスタと呼ばれ続けたそのサッカーセンスはいつまでもまばゆい輝きを放ち続けたのです。

彼の言葉にこんな言葉があります。『諦めるよりも夢を見るほうが僕には合っている。私の知っているドーピングはひとつだけ、それは“努力”だ。』

バッジョらしい一言です。「イタリアの至宝」と呼ばれた男を支え続けた『夢』と『努力』この信念が世界最高峰のファンタジスタを作り上げたのですね。僕の中では後にも先にも彼以上のファンタジスタは出てこないでしょう・・・

今でもふと目を閉じると、「コディーノ」(馬の尻尾という意味)と呼ばれる、彼独特の伸ばした後ろ髪をなびかせてピッチを走り回る、栄光の「10番」の姿が眩しいくらいに光り輝いて見えます・・・

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

P.S. fotofotoさん誕生日おめでとうございます!

(今日のマニアック有名人しりとり)

お 大石圭(おおいしけい。主にホラーものを多く手掛ける作家。デビュー作は『履き忘れたもう片方の靴』、最近では『呪怨』なども手掛けている。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年9月 1日 (土)

イケメン軍団の軌跡 ~最新編~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、ジャニーズファンの皆さんご無沙汰していました。今日は久しぶりにジャニーズの話題をしてみたいと思います。

皆さんもすでにご承知だと思いますが、ジャニーズ事務所ではこの夏限定で『Hey!Say!7』というグループが結成され現在活動しています。

僕も歌番組で何度か拝見しましたが、とてもフレッシュでまだ初々しさが残るグループでした。そもそもこのグループはTBS系のアニメ『ラブ★コン』の7月~9月期のテーマ曲を歌うという、番組との連動で結成されたグループです。ですから、その後の活動については未定ですが、いずれにしても将来的にはジャニーズの中心となっていくメンバーばかりです。

メンバーは、高木雄也(17歳)、有岡大貴(16歳)、山田涼介(14歳)、中島裕翔(14歳)、知念侑李(13歳)の5人のジャニーズJr.で構成されています。

グループ名はメンバー全員が平成生まれであるところから「Hey!Say!」と名づけ、「7」は2007年結成を意味しています。今年4月のKAT-TUNのコンサートで初披露されたのがこのグループの始まりです。8月1日にはデビューシングル『Hey!Say!』が発売され好評を得ています。

メンバーの中には、すでに個々の活動で活躍しているメンバーもいます。中でも中島裕翔君は、同じジャニーズ事務所の大先輩のキムタク主演の『エンジン』や、亀梨和也主演の『野ブタ。をプロデュース』など、すでに数多くのドラマに出演しています。グループで歌う際や、先輩たちのバックダンサーとして踊る際にもセンターの位置が多い事からも、事務所の期待の大きさがわかります。有岡君や山田君もドラマではよく見るので今度チェックしてみてください。

いずれにしてもジャニーズ事務所からは次から次へと、ニューアイドルが登場してきます。本当にジャニーズ事務所の力は偉大です!今後もジャニーズから目が離せませんね。

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

か 景山民夫(かげやまたみお。小説家でもあり放送作家でもある。1968年に放送作家となり『シャボン玉ホリデー』という看板番組を手掛ける。その後も『タモリ倶楽部』『11PM』『クイズダービー』など数多くの番組の構成を手掛けたが、1998年に死去。晩年には『料理の鉄人』の審査員も務めていた。)

| | コメント (2) | トラックバック (1)

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »