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2007年8月29日 (水)

さらば、北の名将・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、今年の夏は非常に暑い夏、猛暑の年とも言われ、僕の住む北海道でも30℃を越す日が何日も続きました。でも、何か今年の夏は物足りなさがあったと思いませんか?

ここ数年間、道民は夏の終わりが近づく頃までテレビの前や、街角に映し出されるビジョンなどの前にかじりついていた事を憶えていますか?そうなんです、幾多の感動と名勝負を演じた駒大苫小牧高校の姿を!

2004年、2005年は全国制覇、2006年は準優勝と、いずれも高校野球が終わる最後の試合まで戦っていた戦士たちが僕ら道民の心を最後まで熱くしてくれたのです。が、しかし今年の夏は残念な事に広陵高校(準優勝校)に初戦で敗れ、道民にとってはいつもの夏よりは少し早い夏の終わりだったのです・・・

そしてもうひとつ、僕の心に風穴をあける寂しいニュースが飛び込んできました。あの名将香田監督退任・・・のニュースです。

ちょっと前までの高校野球の常識では、まさか北海道のチームが全国制覇するなど、とうてい考えられない事でした。しかし、その夢物語を現実にしてくれたのが香田監督でした。

彼は1995年に24歳の若さで駒大苫小牧高校の監督に就任しました。この頃の駒大苫小牧高校は北海道の中でも、さほど強い高校ではなく、目立っていたのはアイスホッケー部の方でした。しかし、香田監督は地道に選手とのコミニケーションを重ね、独自の発想で練習方法を考え、その成果が徐々に出てじわじわと頭角を現してきました。

2001年に監督として初めて甲子園に出場し(駒大苫小牧としては実に35年ぶりの甲子園出場)、2003年の春のセンバツにも出場したのですが初戦敗退・・・残念ながら自称高校野球通の僕でさえもこの頃の香田監督の印象は全く憶えていません。しかし、その年の夏にも駒大苫小牧は甲子園に出場したのです。僕が憶えているのはこの大会からです。

実はこの大会は1回戦で岡山県代表の倉敷工業と対戦したのですが、7対0と大量リードをしていたのにも関わらず、降りだした雨のために雨天ノーゲームという苦い経験をしたのです。これが僕の中で猛烈に強い印象があり、『せっかく勝っていたのに・・・』とがっかりした思い出があります。再試合では前の試合のような力を発揮できず初戦敗退・・・これが結果的に駒大苫小牧を進化させる要因にもなったのです。

この時、2年生で出場していた選手の中に2004年主将の佐々木君、、優勝投手の鈴木君など数人が含まれていたのです。『先輩たちの悔しい思いは俺たちがはらす!』その強い思いが翌年の全国制覇につながり、そしてその思いは2005年、2006年と受け継がれ全国を代表する強豪校へと進化させていったのです。

でも、その進化には香田監督の存在があったからこそです。彼の指導力に憧れ、道内や全国から選手が集まり、さらにはその指導方法を学ぼうと全国の監督やコーチが視察にくるほどにまでなったのです。

しかし、監督という仕事は疲労やストレスとの戦いばかり、それに加え、部長による暴行事件、部員の飲酒・喫煙など度重なる不祥事により、香田監督も一度は責任を取り辞任するという辛い思いも味わいました。結果的に監督復帰を果たしたものの、その心労は監督に監督業を続けるだけの力を残してくれませんでした・・・2度の入院で少し太めでがっちりしていた体型はみるみるうちに痩せていきました。

香田監督は記者会見で『進退については1年くらい前から校長には相談してきました。みなさまに支えられ12年間野球部を指導できて本当に感謝しています。』と述べました。今後については顧問という立場を取るが、現場で直接指導することは無いようです。

香田監督についてこんなエピソードがあります。監督就任当初のある日、香田監督は無期限の練習中止を部員に伝えたそうです。理由は一切説明しませんでした。訳がわからず部員の一人が部長に泣きついてきたそうです。部長はその部員に対し、『グランドを見ろ。』と一言だけ助言したそうです。

グランドには前日の練習で使ったボールが無数に転がっていたそうです。『親が一生懸命働き、お金を出してもらって野球ができる。道具は大切に扱いなさい。』それは香田監督が日頃から繰り返し選手に言い聞かせていた言葉だったのです・・・部員はその言葉を思い出し、泣きながら謝罪したそうです。頭ごなしに叱るのではなく、考えて行動させる。これがまさに香田イズムなのではないでしょうか。

僕は以前、テレビの特集で駒大苫小牧の練習風景を見た事があります。そこでは監督があれこれ口を出すのではなく、選手同士が意見をぶつけ合い答えを導き出す光景がありました。『あ~強いってこういう事なんだ。みんながお互いの事を信頼し合っているから、思っていることをすべてぶつけ合う事ができるんだ。選手も凄いけど、やっぱりすごい監督だな。』と思ったことを憶えています。

北海道の高校野球を変えた名監督は今、静かにグランドを去ります。甲子園連覇というとてつもない名声を得たその代償はあまりにも重かったのかもしれません。最後に監督はこう述べています。

『12年間に出会った選手たちは私の宝であり財産です・・・』

選手たちにとってはどれだけ嬉しい言葉でしょう。最後の最後まで選手の事を考える、そんな姿勢がきっと強い信頼関係と強いチームワークを生むのでしょうね。一高校野球ファン、そして一北海道民として、香田監督に心から『本当に12年間お疲れ様でした。そして沢山の夢と感動をありがとう!』と言いたいです。

僕だけではなく多くの野球ファンが、きっといつの日か再び彼の勇姿をグランドで見る事を心から祈っているはずです。その日がいつになるのか今から僕は楽しみです。

そして駒大苫小牧の選手諸君!この素晴らしい伝統を受け継いだ君たちは幸せ者です。先輩たちの栄光を汚さぬよう、必ず再び頂点に立ってください!僕はいつまでも応援し続けます!ガンバレ駒大苫小牧!

P.S. ちなみに明後日8月31日(金曜日)の19時から、いつもミニバレーをしている体育館横のソフトボール場で、ソフトボールの試合に僕猫男爵が出場します。頑張ります!

それでは今日はこのへんで。チャオ(ciao!)

(今日のマニアック有名人しりとり)

う 植田辰哉(うえたたつや。元バレーボール全日本選手で、現在全日本男子代表チームの監督。身長は196cm。)

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