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2007年4月14日 (土)

闘魂列伝 ~外国人参入期~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

4月の雪・・・本当にまったく無意味です。はっきり言ってムカつきます!今日は一日とてもげんなりした一日でした・・・早く融けて消えうせろ雪!

申し訳ございません。少し取り乱してしまいました(笑)さあ、気を取り直して!今日は新日本プロレスシリーズの第2弾を「外国人参入期」と題しましてご紹介していきたいと思います。

時代は1980年代に突入し、アントニオ猪木の活躍によりプロレス人気は徐々に沸騰し始めてきました。この頃の新日本の人気はジャイアント馬場率いる全日本を上回り、各地での興行でも多くのファンが観戦に訪れるようになりました。

そして、この人気を機に猪木が「プロレス界の最強を決める」というコンセプトで新たに設けたベルトが「IWGP」というベルトです!

当時の新日本のリングには、アンドレ・ザ・ジャイアント、スタン・ハンセン、ハルク・ホーガンなどの外国人が所属し、盛り上がりは最高潮に達していたのです。これに更に輪をかけようと猪木は、当時全日本で人気を誇示していたアブドーラ・ザ・ブッチャーを引き抜きましたが、逆に全日本にスタン・ハンセンを引き抜かれたという経緯もあります。

ブッチャーはその容姿から「黒い呪術師」と呼ばれ、隠し持った凶器で相手を流血させたり、地獄突き毒針などの空手殺法を駆使しヒールとして活躍しました。必ずと言っていいほど試合でも自らも額から流血していたのをよく憶えています。

ハルク・ホーガンは長髪と髭が特徴で、「アックスボンバー」という得意技で多くのレスラーをマットに沈め人気を博していました。当時、右手の人指し指を高々と上げ「イチバァーン!」と叫ぶポーズは話題になり、学校の休み時間にはみんなで「プロレスごっこ」をやり、よくマネをしていたことを思い出します。そして、漢字で「一番」と書かれたTシャツは爆発的な人気で売り上げを伸ばし、あちこちでそのTシャツを着ているファンを目にしました。クラスに一人はそのTシャツを着ている子がいましたよね。

こうして外国人選手に加え、のちに新日本の中心になる藤波、長州、前田などの若手も加わりIWGP大会が開催されたのです。当時のIWGPは現在のタイトルマッチ形式ではなく、総当りのリーグ戦を行い、グループ1位が決勝戦を行うという形式をとっていました。

第1回のIWGP決勝戦は猪木VSホーガンという組み合わせになり、結果はホーガンの「アックスボンバー」で猪木は失神し、初代王者にはホーガンがついたのです。この試合を僕はTVで観ていましたが、幼いながらも猪木の目がイッちゃってたのを今でもよく憶えています。猪木は死んだかも・・・と僕は思いました。

その後開催された第2回大会では、またしても猪木VSホーガンの組み合わせになり、2度に渡る延長戦の末に、なぜか長州力が現れ場外で二人にラリアットを食らわせそのまま立ち去るという、わけのわからない行動をしたのです。結果、先にリングインした猪木が勝利を収めるというファンにとっては納得のいかない結末になりました。僕もこの試合を観てブーイングしたのを憶えています。

そして、その後この大会は猪木が4連覇した第5回大会を最後に、リーグ戦を止めてタイトルマッチ化されていきました。しかし、そんな不透明な裁定が多いこのベルトの存在は、ファンの間では「猪木の猪木による猪木のためのベルト」と冷ややかに見る傾向が強まったのです。

世間がIWGPに夢中になっている頃、新日本では少年たちのスーパースターが誕生していました。当時、アニメのヒーローだった「タイガーマスク」です!実際に覆面を被り試合をするという、当時のプロレス界では画期的なスタイルへの挑戦でした。その「タイガーマクス」役に選ばれたのが、海外遠征中だった佐山聡です。

彗星のごとく現れた「タイガーマスク」は変幻自在な「四次元殺法」でたちまち少年たちの心を虜にしていきました。ライバルには、ダイナマイト・キッド、ブラック・タイガー、そしてマスク剥ぎの名人、通称「虎ハンター」小林邦昭などがいました。僕はタイガーマスクが小林邦昭にマスクを剥がされそうになるのを何度もドキドキしながら観ていました。

しかし、当時猪木をも凌ぐ絶対的な人気を獲得していたタイガーマスクは突如引退を発表し、新日本のマットを去ることに・・・僕は『なんで?辞めないでタイガー!』と真剣にTVに向かって言ったのを覚えています。その後、前田日明が率いる第1次UWFに「ザ・タイガー」として電撃復帰を果たしましたが、新日本のリングで佐山の「タイガーマスク」を見ることは一度もありませんでした・・・

こうして1980年代前半の新日本のマットは、多くの外国人とIWGPの開催、それに加え「タイガーマスク」というニューヒーローの誕生により、最盛期を迎えたのです。そして、1980半ばに訪れる若手レスラーの反旗により分岐点を迎えるわけですが、そのお話はまた次回したいと思います。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

し(じ) ジャネット八田(じゃねっとはった。元女優でもあり、北京五輪野球日本代表コーチの元プロ野球選手田淵幸一の妻でもある。)

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