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2007年4月30日 (月)

男爵村2年目の始動!

男爵村2年目の始動!

 

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

 

今日は昨日に続き素晴らしい天候でした!春真っ盛りです!もう少しで桜の開花宣言も聞けそうです。

 

そんな春空の下、今日は昨年から開始した「男爵村」の畑耕しで一日汗を流した猫男爵でした。

 

昨年の畑耕しは、数年間使ってなかった土壌を畑にするのに少し苦労しましたが、今年は昨年使った土壌なので、意外と楽に耕せました。

 

連作を避けるため(2年続けて同じ場所に同じ作物を作ると、病気などの問題で作物が育ちにくい)に、昨年、芋畑にしたところには今年はとうもろこしを、そして逆に昨年とうもろこし畑だったところにはを蒔こうと思います。

 

すでに種芋を知り合いの農家から入手してあります。今年は、北あかりインカのめざめ豊白早生白の4種類の芋を蒔こうと思っています。

 

あとは、とうもろこし、えんどう豆、ほうれん草、大根、南瓜等を作る予定です。近いうちに肥料を蒔き、数日置いたのちに、種蒔きに入ります。

 

そして早ければ、芋は8月頃に収穫を迎えます。他の作物も9月までには収穫ができるはずです。今年は豊作になることを祈ります!

皆さんももし機会があれば男爵村に寄ってみてください。入村料は無料(当たり前)、入村する方には一つものまねをやってからの入村になります(笑)また、オプションとして収穫時期には収穫体験コーナーがあり、除草時期には除草体験コーナーもあります。どうぞよろしくです(笑)

 

皆さんの中にも家庭菜園をしている方はいると思いますが、家庭菜園というのは意外と難しいものです。もちろん天候にも左右されますし、除草を少しでも怠ると、草に栄養をもってかれて、作物が育ちません。病気にも注意しなければならないですし、肥料の種類にも気を使わなければなりません。でも、秋の収穫で味わう充実感は実に素晴らしいものです。だから、頑張っていこうと思います。

 

ちなみに村長は猫男爵、マスコットは僕の愛犬「キョウボウ」です(笑)

 

耕運機業界の方でCMの出演者をお探しの方は、ぜひともこの猫男爵を使ってください。ギャラは低くてOKです!『北日本一、耕運機の似合う男』を目指す、猫男爵です!(笑)

 

尚、作物の成長過程は随時このブログでご紹介していきたいと思いますので、宜しくお願い致します。

 

それでは今日はこのへんで。

 

(今日のマニアック有名人しりとり)

 

し(じ) ジュマ・イカンガー(1980年代に活躍したタンザニア出身の男子マラソン選手。その面立ちから「タンザニアの黒豹」と呼ばれていた。1983年の福岡国際マラソンでは当時の日本のエース瀬古利彦と最後までデットヒートを見せたが2位に終わった。)

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2007年4月29日 (日)

闘魂列伝 ~分裂期~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は一日晴天に恵まれ、絶好の行楽日和でしたね。僕は朝から我が家の愛犬たち(4匹)を年に1回の予防注射に連れていきました。「キョウボウ」も嫌な顔ひとつせずに注射を受けました。みんなお利口さんでした(笑)

昨日、友人Hきからとんでもない話を聞きました。何とHきが停まっている黒ワーゲンを見たというのです・・・そしてその後さらに、今度は動いてる黒ワーゲンを見たというのです・・・Hきも思わず『もう、ダメだわ・・・絶望的だ・・・』と嘆いていました。すると、その直後Hきの身にまたしても黒ワーゲンの呪いが・・・しかも3つも・・・

(その1)Hきは国道を車で走行していたそうです。すると、ありえない事にセンターライン上に白い犬が!センターラインと同色なために、直前までその存在に気づかなかったそうです・・・危なくひくところだったと、心臓ドキドキもんだったと言ってました。

(その2)Hきの愛車Sープラの左リアのショックからオイル漏れが発覚・・・車を一番大切にするHきにとってはショックな出来事・・・

(その3)Hきがよく行くそば屋の店員のお姉さんが、最近見かけないので『やめたんだ・・・』と思っていたら、昨日店に出てたみたいで、そのお姉さんを気にいっていたHきは大喜び!しかし、実は「育児休暇」で休んでいたみたいでした・・・むごい・・・むごすぎる・・・頑張れHき!

実は先週の日曜日もHきは停車している黒ワーゲンを見たそうで、1週間のうちに動いている黒ワーゲンを1台、停車中の黒ワーゲンを2台も見たことになります。これを黒ワーゲンの呪いと言わず何と言うのでしょう!恐るべし黒ワーゲン・・・

さて今日の本題に入ります。プロレスファンの皆さんお待たせしました。闘魂列伝の第3弾!今日は「分裂期」として1980年代半ばのお話をさせていただきます。

新日本プロレスは1980年代前半に幅広いファン層の支持により黄金期を迎え、更なる躍進へと向かっていくはずでした。が、しかし・・・猪木のワンマン運営に反旗を翻す若手が登場しました。まずそのひとりが長州力です!

新日ブームで沸く1982年、長州力は師と仰ぐマサ斎藤らと共に「維新軍」を結成します。実はこれ以前の長州力の髪型は今では想像もつかない角刈りで、プロレスのスタイルも地味であまり目立たない感じでした。しかし、これを機に髪を長髪にし、スタン・ハンセンのウエスタン・ラリアットを真似して、「リキ・ラリアット」という技を見出したのです。

そしてライバルである藤波辰己に対する『俺は、お前のかませ犬じゃない!』という発言を発端に、「革命戦士」として一躍ブレークすることになりました。この頃の事は僕もリアルタイムで見ていたのでよく憶えていますが、毎週何かが起きそうで、いつもワクワクしながら見ていたことを思い出します。

そして1984年、長州力は維新軍団をはじめ新日本の体制に不満を持つレスラーを引き連れ、「ジャパンプロレス」という団体を旗揚げし、新日本を脱退し戦いの場を全日本プロレスへと移していったのです。その主要メンバーは、長州力、マサ斎藤、アニマル浜口、谷津嘉章、馳浩、佐々木健介、小林邦昭、キラー・カーン、寺西勇、栗栖正伸、保永昇男、永源遥などの面々です。

僕が一番印象に残っているのが、この当時ジャパンプロレスが着ていた背番号が入ったジャージです。もの凄く格好良くて凄く欲しかった事を今でも憶えています。そして、維新軍VS正規軍の5対5の勝ち抜き戦などは固唾を呑んで観ていました。最高に面白い時代でした!

長州力のプロレススタイルは常に一貫していて、リキ・ラリアット、サソリ固め、バックドロップと決して技を多く持つスタイルではないのですが、それが逆にファンの心を掴んで離さなかったのかもしれません。そして、入場曲の「パワー・ホール」!あの音楽を聞くと今でも何だかとても心がワクワクするのは僕だけでしょうか?

その長州力の離脱と時を同じくして、もうひとりの若手が反旗を翻しました。それは後に「格闘王」と呼ばれた前田日明です。彼は後に初代タイガーマスクになる佐山聡にスカウトされ、新日本の門をたたきました。そして海外修行で徹底的なキックと関節技を中心としたファイトスタイルを確立し、帰国後は新日本新世代のエースとして期待されていました。

しかし1984年に、前田はUWF(第1次)という団体を旗揚げし、サブミッション(関節技)やキックを中心とした独自のスタイルを貫くために新日本を去ります。第1次UWFの主要メンバーは、前田日明、藤原喜明、高田延彦、山崎一夫、安生洋二、木戸修、佐山聡(途中から参加)などです。

旗揚げ当初はうまいくいっていたUWFも、TV放送が無いことや、途中から参加してきた佐山と前田の確執が浮き彫りになり、わずか1年余りで崩壊し、前田らは失意のまま新日本へ出戻りすことになったのです。

そして復帰した新日のマットで前田は以前に増して輝きを取り戻し、大活躍していきます。しかし、決して正規軍と融合することはなく、あくまでもUWFのスタイルは通してました。

そんな中でも語り継がれる名勝負として、前田VSアンドレ・ザ・ジャイアントの試合があります。2メートルを超す巨人アンドレに対し、前田は圧倒的な試合展開をし、アンドレを戦意喪失にまで追い込む完璧な試合内容でした。

そして、新日本とUWFの抗争も沈静化し始めた1987年に、長州力率いるジャパンプロレスが新日本に電撃復帰します。そして猪木に支配されている新日マットに対し長州が放った『藤波!前田!お前らは噛み付かないのか!今しかないぞ、俺たちがやるのは!』の発言で、新世代軍を結成し、旧世代軍との全面抗争へと向かっていきました。

しかしそれもつかの間、長州がその宣言を一方的に撤回したことにより、UWF対ジャパンの抗争へと変化していったのです。そして迎えた6対6の全面抗争!ここで事件は起きました!防御のできない状況の長州の顔面に前田が強烈な蹴りを入れ、長州は「顔面骨折」の重傷を負ったのです。いわゆる「前田顔面蹴撃事件」です。これにより前田は無期限出場停止処分になり、メキシコ遠征を言い渡されたのですが、それを断り解雇になったのです。

この試合はテレビで見ていましたが、かなり衝撃的でした!それと同時に前田のキックは当時学校で大流行していて、ニールキック遊びといのが休み時間の楽しみでした!

そして前田は1988年に、第1次UWFのメンバーに加え、船木誠勝、鈴木みのる、田村潔司、垣原賢人などを引き連れ、第2次UWFを旗揚げすることになりました。

この、長州力、前田日明が新たな団体を旗揚げし革命を起こしている時に、新日本のマットを守り続けていた若手のエースが藤波辰己です。

彼はジュニア時代から甘いマスクと鍛え抜かれた体が女性ファンの的を得て、人気のあったレスラーでした。「ドラゴン」の呼び名で繰り出される数々の技には、数多くのファンも魅了されました。僕もその一人です。ドラゴン・スープレックス、ドラゴン・スリーパー、ドラゴン・スクリューなどは全て彼の生み出した技です。

彼は「名勝負製造機」とも言われ、長州との対戦は「名勝負数え歌」と言われました。また藤波は現状に対しての、改革意識が強く、猪木に対して自らの前髪を切って訴えた「飛龍革命」はあまりにも有名な話です。

そして1999年~2004年までは、猪木と共に新日本の低迷期を支えた功労が認められ、新日本プロレスの社長を務めました。しかし、外へ飛び出した長州や前田に比べ、常に猪木の影の存在的なイメージがある藤波は、最後まで猪木を越えることはできなかったと考えられます・・・

こうして1980年代半ばの新日本プロレスは、長州力前田日明藤波辰己という3人の新世代の登場で大きな分岐点を向かえ、新団体を旗揚げした長州、前田の離脱により選手不足や人気低迷が露呈し、それを支える藤波らの負担が大きくなっていったのです。しかし、その問題の打開策として若手を数多く起用し、これが後の「闘魂三銃士」の隆盛に繋がるわけですが、そのお話はまた次の機会にとっておきます。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

み 宮内洋(みやうちひろし。「仮面ライダーV3」や「ゴレンジャー」などの特撮もので活躍した俳優。「スケバン刑事Ⅱ鉄火面伝説」では南野陽子の父親役も演じていた。)

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2007年4月28日 (土)

GW映画特集!?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、今日からゴールデンウィークが始まり、皆さんの中には長期休暇の方もいらっしゃることでしょう。また、『連休なんて関係ないよ!仕事だよ~』なんていう人もいらっしゃることでしょう。僕も今日は仕事でした・・・(泣)頑張りましょうね!

いずれにしても「ゴールデンウィーク」という響きを聞くと、何だかワクワクしてくるのは僕だけでしょうか?

そして連休と言えば観光旅行はもちろんですが、家族や恋人、そして友人と「映画」を見に行くというのも楽しみ方のひとつですよね。

そんな方のために、今日は今年のGW注目の映画特集を組んでみました。今日は洋画から3作品、邦画から2作品をご紹介したいと思います。どうぞ、映画選びの参考にしてみて下さい。

まずは洋画部門。一つ目の作品は、黒く染まり、突如酸味の利いたものを欲してしまう体に変化し、自らを制御できなくなってしまった我らがヒーロー・・・彼の敵は一体誰なのか?「自分」を失い、「愛」を失い、「友」を失い、そして「味覚」を失ってしまった彼はどうやってこの窮地から脱出するのか!前2作を遥かにしのぐ大人気!『スッパイダーマン3』

つづきまして二つ目の作品は、第1作から30周年を迎え、ある決意を秘めた一人のボクサーが再びリングに帰ってくる。妻を失い、子供にも見放され、孤独の中で挑む最後の戦い・・・彼はもう一度あの輝きを取り戻せるのか・・・しかし、彼の体はもうすでに・・・『グロッキー・ザ・ファイナル』

洋画最後の作品は、モロッコの片隅で偶然放たれた1発の銃弾が、アメリカ・メキシコ・日本の孤独な魂をつなぎ合わせていく。そして、押し寄せる見えない敵、ビクビクする孤独な生活・・・事件の結末は?アカデミー賞助演女優賞に菊池凛子がノミネートされた話題沸騰のヒューマンストーリー!『バレル』

それでは、今度は邦画部門のご紹介です。まず一つ目の作品は、亡き母への思い、親と子、社会と個人、時代によって変わるものと変わらないものの姿を真っ正直に感じた青年の真実・・・ポットやベッドが普通にあることの素晴らしさとともに、忘れかけているこの国の文化を日本中の全ての人に伝える映画!『東京タワー ヤカンとボクと、時々、フトン』

そして二つ目の作品は、その恐怖のノートに書いた事は全て現実となっていく・・・もはやそれは誰にも止める事はできない・・・今まで、散々いばっていた上司も敬語を使うようになる・・・年上も年功序列もこの世界からは消えてしまう・・・この国は敬語の海と化す!なぜなら、そのノートには「~です。」としか書けないからだ・・・邦画業界期待の映画『です。ノート』

いかがでしたか?注目の5作品!いずれも甲乙つけ難い力作揃いですよね(笑)皆さんもぜひ、この5作品を見に劇場へと足を運んでみてはいかかですか?

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアックしりとり)

た(だ) 檀ふみ(だんふみ。女優でもありエッセイストでもある。NHKの「連想ゲーム」では名解答者として活躍していた。) 

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ルパンなる一族!

 

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

 

今日はアニメの大作「ルパン三世」のお話です。皆さんの中にはきっと『ルパン大好き!』という人も多いのではないでしょうか?

 

僕も小さい頃から、ルパンは大好きでいつもテレビで見ていました。もっぱら再放送が多かったですが。

 

ルパン三世の面白さは、ルパンや登場人物の痛快な行動と、時にはシリアスさをかもし出すそのストーリーです。でも、よく言えば「怪盗」ですが、よく考えると「泥棒」ですからねルパンは(笑)

 

そして、そのルパンには「三世」という名が示す通り、二人の先祖が存在します。

 

まずはルパンの祖父にあたる「ルパン一世」。本名はアルセーヌ・ルパン。三世が最も敬愛する怪盗です。彼は三世が少年時代にこの世を去り、その後三世は「盗術」という本を遺産として受け継いでいるのです。ちなみに一世はルパン三世の事を「三世」と呼んでいました。

 

そして一世の子供、つまりルパン三世の父親にあたるのが「ルパン二世」です。彼は一世の後を継ぎ「ルパン帝国」を築き上げたのですが、クーデターによって暗殺されてしまったのです。三世の少年時代には二世は懲役刑で刑務所にいたために、息子である三世には生存を隠していたそうです。

 

そして三世が死んだ後・・・のストーリーとして、「ルパン八世」というのがアニメ化されていた事を皆さんご存知ですか?ルパン通の人なら誰でも知っているとは思いますが。

 

この作品はルパン三世の子孫であるルパン八世が活躍する作品で、時代背景は22世紀、宇宙旅行が当たり前になっている時代設定で作られていました。第8話まで製作されていたのですが、途中でテレビ局との交渉が合わず中断して、お蔵入りになったのです。

 

ここで登場する「ルパン八世」は、表向きの職業は私立探偵です。しかし、裏では先祖達同様に泥棒家業で活躍しているのです。

 

また、相棒も三世同様に次元大介の子孫の次元大介(同じ名前)が務めています。風貌も先祖と同じで拳銃も名手です。ただし、先祖はヘビースモーカーであったのに対し、喫煙はせず、常にキャンディーを口にくわえています。

 

石川五右エ門も三世の時と同様に相棒として出ています。三世の時が第十三代目であったのに対し、八世の時には第十八代目になっています。外見は変わりませんが、所持しているのは真剣ではなく、レーザーブレードになっています。

 

その他にも、峰不二子銭形警部も同様に存在し、時代背景は変わったものの、登場人物等はほとんど変わらないストーリーになっています。

 

未来型ルパンという所は、面白い内容なのかもしれませんが、僕的にはやはり本家の「ルパン三世」のほうが好きですね。

 

今となっては、なかなかこの「八世のストーリー」を見る事は難しいですが、「ルパン八世」という物語があったことは忘れないでください(笑)

 

それでは今日はこのへんで。

 

P.S 最近、携帯電話からのコメントの書き込みができなくなっているようで、皆さんにご迷惑をかけております。解決策はちょっとわかりませんが、これからも『HYPER日記』楽しんでくださいね。

 

(今日のマニアック有名人しりとり)

 

り リカルド・ゾンタ(ブラジル出身のF1ドライバー。1999年にBARからF1デビューし、2003年にはトヨタへ移籍。現在はルノーのテストドライバーを務めている。)

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2007年4月26日 (木)

アクセル全開で!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて4月も残りわずか、気温も少しずつ高くなり、僕の大好きな季節がまもなく訪れようとしています。

そして、気温の上昇とともに訪れる楽しみのひとつが「ドライブ」ですよね。窓を全開にして、風を切って走る時の心地よさは、何とも言えない感覚です!

本当はバイクでツーリングとかできたら最高なんですが、残念ながらバイクの免許の無い僕にはそれができません・・・免許取っておけば良かったとつくづく思います。まあ、これからでも取ろうと思えば取れるんですけどね(笑)

バイクに乗っている人って、バイク同士ですれ違う時に手をあげて「挨拶」しますよね。僕はあの光景が大好きで、車を運転していてもついつい「あの行動」をやりたくなります。

以前に、すごいツーリングの隊列が対向車でいたので、思わず運転席から窓を開けて、手をあげてしまいました。すると、バイクのみんなはちゃんと手をあげてくれました。凄く嬉しかった事を思い出します。

まあ、そんなエピソードはさておき、ドライブに欠かせないものと言えば、やはり「音楽」ですよね!皆さんは「ドライブ」の時にどんな音楽を聞きますか?

実は先日、オリコンが「車で旅行する時に聴きたい曲ランキング」というのを大調査しました。その結果、第1位に輝いたのがケツメイシの『ドライブ』2位にはL'Arc~en~Cielの『Drive's high』3位には松任谷由実の『中央フリーウェイ』、以下JUDY AND MARY『Over Drive』ポルノグラフティ『ハネウマライダー』です。

この結果を見ると、時代や世代に合ったドライブソングが定番として聴かれ続けていることがわかりますね。また、ドライブ中の音楽には気分を盛り上げるだけでなく、リラックスするためや眠気を解消するという役割もかなり大きいですよね。でも、あまりノリノリになってスピードを出しすぎないように気をつけましょうね(笑)

ちなみに僕は、エアロスミスの曲をボリュームを大きくしてガンガンかけながら運転するのが好きですね。後は、矢井田瞳とかaikoもよく聴きますし、ミスチルはいつ聴いても最高ですね~

僕の車にはサンルーフが付いているので、夏なんかはサンルーフを全開にして、風を感じての疾走は最高です!あ~早く来ないかな夏・・・

皆さんも今年の夏、快適なドライブをいっぱい楽しんでくださいね!何かオススメのドライブソングがあればぜひ教えて下さいね!

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

た(だ) タイガー服部(新日本プロレスで長く活躍したレフェリー。特徴はたくわえた髭。現在は新日本プロレスのスタッフとして活躍している。)

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2007年4月25日 (水)

永遠という名の遺言・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今から15年前の今日、1992年4月25日、それは僕の大好きな偉大なカリスマが天国へと旅立った日です・・・

彼は、一人の歌手であり、多くの若者達の代弁者でした。彼が送り届ける歌声にどれだけの若者達が救われ、そして生きる勇気希望をもらった事でしょう・・・

たった26年という短い彼の生命は今も、僕を含めた多くの人々の心の中で光輝いて生き続けています。そう、彼の名は尾崎豊

僕が初めて彼の事を知ったのは、中学2年生のときです。当時人気のあった『夜のヒットスタジオ』という番組を何気なく観ていた時のことです。ある男性歌手が歌うその歌に僕はテレビの前から身動きが取れなくなりました。その心に響いてくる彼の歌声は、一瞬で僕の心を虜にしました。あの時の感動は今でも忘れられません!

僕はすぐに、一緒に見ていた姉に『この人誰?』と聞きました。姉は『何言ってるの!尾崎豊も知らないの?』と僕に言い返しました。6つ上の僕の姉の世代では当時、尾崎は絶対的なカリスマで、「E.YAZAWA」の超大ファンの姉の心ですらも、尾崎は揺れ動かしていたのです。

その時、尾崎が歌っていた曲は『太陽の破片』という歌でした。実は、この半年前に尾崎は覚せい剤取締法違反で逮捕されており、その再スタートがこの番組だったのです。尾崎がテレビに出演したのは後にも先にもこの時だけだったことは、本当に僕にとっては一生忘れられない思い出となりました。

尾崎は1982年10月、CBSソニーオーディションで見事に合格しプロデビューとしての準備に入りました。そして1983年12月1日、尾崎が18歳になった2日後にシングル『15の夜』、アルバム『十七歳の地図』でデビューしました。

しかし年が明けた1984年1月、高校で無期停学処分を受け、出席日数が足りなくなり自主退学しました。ちなみに尾崎が通っていた青山学院高等部には1年先輩に高橋克典が在学していました。また中学校時代の同級生には中田久美(元バレー日本代表)がいたそうです。

この頃、全く無名な尾崎の事を知る人はあまりいなく『十七歳の地図』は、さほどセールスをあげたわけではありませんでした。しかし、口コミで徐々にその人気に火がつき、4thシングル『卒業』の頃には、絶対的な地位が確立されていました。

その後の尾崎人気は熱狂的なものでアルバム『回帰線』『壊れた扉から』など爆発的なヒットを連発し、いつの間にか尾崎は「若者の教祖」と呼ばれる存在になっていました。誰しもが尾崎豊かの輝かしい未来を確信していました。しかし・・・

1987年12月、尾崎は自分を制御することができずに覚せい剤取締法違反で逮捕されてしまいました・・・彼の人生が大きく挫折の方向へ向かっていきました・・・

翌年6月に歌手活動を再開し、アルバム『街路樹』をリリース、そして不安の中で迎えた東京ドーム公演・・・しかし、彼の目に映ったのは「尾崎を待っていた大観衆」でした!彼の中で沸いてきた感情が最高のステージを演出しました。東京ドームは5万6000千人の満員でした。

その後の活躍は僕もよく知っています。コンサートには行けなくても、姉から尾崎のCDを借りてよく聞いていました。聞くたびに尾崎のメッセージがどんどんと僕の胸に熱く響き『人とは何なのか。生きるということは何なのか。』そんな人間として一番考えなければいけない事を尾崎は歌を通して僕に教えてくれました。

そして、いつか僕も『尾崎のようになりたい!尾崎のように生きたい!』そんな強い憧れを抱くようになってきました。

そんな僕が尾崎色にどんどんと染まっていき始めた頃に悲劇は起きてしまいました・・・

僕が高校3年生の4月25日、姉が泣きながら『尾崎が死んだ・・・』と僕に言ってきたのです。僕は耳を疑いました。『嘘だろ・・・』でも、それは紛れもない事実でした。僕は泣く以前に途方に暮れました。現実をまともに受け止めれませんでした・・・『尾崎が死ぬわけがない・・・』と。

その「尾崎の死」には今も様々な見解や憶測がされています。自殺、他殺、事故死、覚せい剤・・・でも、僕はそれについては深く考えていません。なぜなら、尾崎は尾崎であって、どんな結果であっても彼に対する思いは変わることはないし、それに彼は今も僕の中で生き続けているからです。

僕が大好きな尾崎の歌のひとつに『Forget-me-not』という歌があります。この中で尾崎はこう言っています。『僕の胸でおやすみよ、二人の人生分け合い生きるんだ。愛の行方に答えはなくて、いつでも一人ぼっちだけど・・・幸せかい?ささやかな暮らしに、時はためらいさえも、ごらん愛の強さに変えた♪』と。人にはが必要で、それを大切にしていかなければならない。そんな事を僕はこの歌を聞いた時に強く感じた事を思い出します。

尾崎豊、享年26歳。彼が残した足跡は今も尚、多くの人々によって語り継がれ、彼の心の叫びはこの先もずっと僕たちの心で生き続けていきます。それが尾崎が自分の命を犠牲にしてでも、伝えたかった僕達へのメッセージだったのではないでしょうか・・・『生命は絶えても、愛や正義、幸福や希望は絶えることはないんだよ。そこに永遠は存在するんだよ。』そんな事を彼は伝えたかったのではないでしょうか。

尾崎が残したもの、それは「永遠」という名の遺言なのではないでしょうか・・・そして、それが尾崎が生きた証なのではないでしょうか・・・

あれから15年、世間は何事もなかったかのように時間だけが無情に過ぎていきます。しかし、そこには紛れもない事実がひとつだけ存在します。それは、「尾崎豊は生きている」という事実です・・・尾崎ファンのみならず、尾崎の事をあまりよく知らなかった人も今日は彼の事を、頭の中で想像してみてください。きっとそこには、はにかんで笑う彼らしい素顔が浮かんでくるはずですよ・・・ありがとう!尾崎豊!そして、これからもよろしく・・・

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

き キートン山田(声優やナレーターとして主に活躍する。有名なところでは、アニメ『ちびまる子ちゃん』のナレーションを担当している。)

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睡眠と重力の関係・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

先日見たテレビでこんな事を学びました。それは「睡眠と重力」の関係です。

皆さんは、寝相は良い方ですか?僕は自分では普通だと思いますが。実は人間は多少寝相が悪い方がいいそうです。

まあ、悪いといっても極端に悪いのはどうかと思いますが・・・朝起きたら全然違う部屋で寝ていたとか?どんだけっ!?(笑) それはもう夢遊病の一種かもしれませんね(笑)

人間は、普段の生活の中で重力を受けながら暮らしているわけで、これは地球で生活する上では逃れられないことです。この重力は寝ている時にも当然かかるわけですが、そこが問題なのです。

皆さんは、朝起きて体が無性に痛いとかだるいとか、そんな経験はありませんか?実はそれは、寝返りを全くしていない、いわゆる寝相が良すぎる人によく見られる症状なのだそうです。寝相が良すぎるがゆえに、もろに重力を一点でうけてしまい、そのような症状が出るそうなのです。つまり、人はある程度の寝返りをうつことで体が受ける重力を分散して、バランスをとっているのです。

だから、多少の寝返りは必要だということですね。皆さんも、今日はそんな事を考えながら寝てみるのはどうですか?でも、眠りについたら意識的に寝返りをうつことなんてできないんですけどね(笑) どんだけっ!?

さて、今日はミニバレーの日でした。今日は13名の参加でした。メンバーは、SんでぃHこHでき君HたちゃんRょう君NぶさんAっけMどかMえちゃんAゆNか、久しぶりにTみちゃんが来ました。そして猫男爵です。

さあ、いよいよ大会まであと18日です!大会前の練習もあと2回です!来れる人は積極的に来てください!最近はコートもだいたい確実に取れるので、待つこともあんまり無いので、安心して来てください!待ってますよ~ 明日も仕事頑張りましょう!

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

の ノブ&フッキー(ものまね番組で活躍する男性コンビ。主なレパートリーは、ぴんから兄弟、堀内&谷村のアリス、チャゲ&飛鳥など。)

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2007年4月23日 (月)

もうひとつの忠犬物語・・・

もうひとつの忠犬物語

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

上の写真は我が家の愛犬「キョウボウ」です(笑) 昨日は何故か無性に地面を掘ってました。すごく気になったので思わず写真を撮ってみました。

さて、今日はそんな犬にちなんだお話をしてみたいと思います。

実は4月21日、先日の土曜日はあの有名な「忠犬ハチ公」の銅像が渋谷駅前に建立した日なんです。

「忠犬ハチ公」この名前を知らない人はおそらくいないとは思いますが、一応ハチ公について詳しくお話してみたいと思います。

ハチは秋田で生まれた秋田犬で、1924年に秋田犬を欲しがっていた東京帝国大学教授の上野英三郎氏のもとで飼われることになりました。

上野氏が仕事に行くのを玄関先や門の前で見送り、時には最寄駅である渋谷駅まで送り迎えすることもありました。

そんなある日、上野氏が仕事先の大学で急死してしまったのです。いくら待っても帰ってこない主人のことを思ってか、ハチは3日間何も食べなかったそうです。

そして、上野氏のお通夜が行われたのですが、上野氏が死んだ事を理解できないハチは上野氏のことを渋谷駅まで迎えに行ったのです。

その後、ハチは飼い主が転々とし、預けられたところではなかなか飼い主になじめず、幾日も幾日も渋谷駅前で、帰るはずのない上野氏のことをひたすら待っていたのです。

そんな毎日決まった時間に渋谷駅前で帰りを待つ姿が、東京朝日新聞の記事に載り、世間一般に広まるようになったのです。そして、主人を慕う一途な姿に人々は感銘を受け、「忠犬」と呼ぶようになったのです。

そして1934年4月21日、そんな「ハチ公」を称え、渋谷駅前で銅像の除幕式が行われました。それにはハチ自身も出席し、著名人も300人も集まるほどの一大イベントでした。

しかしその翌年の3月、ハチは普段は行かない駅の反対側の稲荷橋近くにある路地で死去・・・享年11歳でした。

その「忠犬」と呼ばれた、主人を愛する姿は永遠に人々の心の中で生き続けていることでしょう・・・そして「ハチ」本人は今でも渋谷駅前で上野氏の帰りを待っているのかもしれませんね・・・

皆さんはこの「ハチ」のお話は映画にもなったりしたので、よくご存知だと思いますが、この「ハチ」にも負けず劣らない「もうひとつの忠犬物語」があることをご存知ですか?

それは新潟県の村松町というところで飼われていた「タマ」という名犬のお話です・・・

柴犬のタマは刈田さんという飼い主に飼われ、元気に野山を駆け回る猟犬として育てられました。

ある冬の日、刈田さんはタマとともに狩猟に出かけました。そして獲物を見つけた刈田さんは鉄砲を握り、『ダダーン!』と発砲しました・・・とその時、『ドドドー』という轟音が!発砲の衝撃で雪がくずれ、ものすごい雪崩となり襲いかかってきました!その雪崩に刈田さんもタマも押し流されてしまいました!

気がつくと刈田さんは雪の中で埋もれていました・・・身動きもとれなく呼吸も苦しく、意識も次第に遠くなり『もう、だめか・・・』と死を覚悟した瞬間、上の方でタマの鳴き声が! 『ウーッ!ワン!ワンワン!』

それを耳にした刈田さんは『タマ~!タマ~!』と必死に叫び続けました。それに応えるようにタマは果敢に雪を掘り始めました。そして遂に、刈田さんは雪の外へ・・・

タマは両足を血だらけにしながらも掘り続け、刈田さんは無事に脱出することができました。『本当にありがとう!タマ!』刈田さんは疲れ果てているタマに抱きつき、何度も何度も頬ずりしたそうです。

このタマの活躍ぶりは新聞で報じられ、主人の命を救った忠犬として褒めたたえられ、「タマ」は英雄として長くその名は語り継がれているのです。

いかがですか?犬が主人を思う気持ちってすごいですよね。本当に泣けてきます・・・こんなに美しく愛しい姿が、他にあるのでしょうか・・・人と犬の関係、一つの生命を救うために命がけで行動する「タマ」、そして、帰らぬ主人の帰りをひたすら待つ「ハチ」、いずれも今の人間が失いつつある大切な何かに気づかせてくれますよね・・・

「ハチ」そして「タマ」、この2匹の「忠犬」は、きっと今頃天国で飼い主 と仲良く暮らしていることでしょうね。『本当に心から安らかに・・・』と一言、ご冥福をお祈りしたいと思います。

昨日、我が家の「キョウボウ」が地面を掘る姿が、雪を掘る「タマ」とダブってしまいました。これは偶然なのでしょうか?「キョウボウ」は「忠犬」というより僕にとっては「愛犬」なのですが、この先僕にとっての「もうひとつの忠犬物語」になっていくのでしょうか・・・

いずれにしても「キョウボウ」は僕にとっては大切な家族の一員です。これからもいっぱい可愛いがってあげたいと思います。気のせいか、少しで目がかすみます・・・歳をとったせいか、少し涙もろくなった猫男爵でした。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

こ(ご) ゴージャス松野(本名は松野行秀。沢田亜矢子と結婚したのち社長兼マネージャーを務めるが1997年に離婚。その後、占い師、整形手術、AV男優、ホストなど数々の話題性でマスコミを騒がせたが、現在はプロレスラーとして活躍中である。)

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2007年4月22日 (日)

友の晴れ舞台!

友の晴れ舞台!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

昨日の昼から高校時代の同級生の結婚式に出席するために北見市に行ってきました。

午後2時過ぎに出発し、片道2時間程の旅路を友人のHきと二人で寄り道をしながらの珍道中。宿泊先のホテルに着いたのは午後5時頃でした。

ラッキーな事に、そのホテルは4月21日がオープン1周年!その記念としてクジを引きましたが、二人とも空クジ、残念・・・

午後6時、スーツに着替え、タクシーに乗り、いざ披露宴会場へ!

1年半ぶりに見る友人は、生涯の伴侶を隣りにして、少したくましく見えました。やはり『結婚』というものは人間を成長させるんですね。

『これで俺は何十回結婚式に行ってお祝いしているんだろう・・・俺の番はいつくるんだろう・・・いつ、あの主役の場所に俺は立てるのだろう・・・』少しほろ酔い気分になった泥3号はそんな事をしみじみと考えてしまったのでした。

でも、そこは『ポジティブ猫』の僕です、気持ちを前向きにして『これだけ主役になる番を待っているのは、最高の相手と最高の舞台がきっと用意されているからだ!』と強く自分に言い聞かせたのでした(笑)

午後8時30分、感動の中、新郎新婦がフラワーシャワーを浴びて会場を後にして披露宴は無事終了。友の素晴らしい晴れ舞台でした。

友の晴れ舞台!

会場を後にした僕とHきは、あらかじめタクシーの運転手と式場で同じテーブルに座っていた地元の人にリサーチしていた美味しいラーメン屋へ行くためにいざ繁華街へと!

そしてラーメン屋さんに到着。注文した『味噌ラーメン』が出てきて、早速一口『パクッ』と・・・『ん?』僕もHきも一瞬顔を見合せました。『まずい・・・なんだこのしょっぱさ・・・』あきらかにミスチョイスでした・・・

でも地元の人はみんな口をそろえてこの店の名前を挙げたのですが・・・残念な結末でした・・・

店を出た僕とHきは足取りも重く、ホテルへと向かいました。でも、この街は土曜日の夜だというのに人があまりにもいない・・・この光景には僕もHきも少しびっくりしました。
友の晴れ舞台!

そして、ホテルに着いた僕らにまたも辛い結末が・・・自宅から持参した「プレイステーション」が部屋のテレビではできなかったのです・・・せっかく楽しみにしていたのに・・・

しかし、テンションが急降下した僕らに救いの女神が降臨しました!テレビをつけると『海猿』がやっていました。先週も放送していたので、その時も思っていたのですが、「加藤あい」が超カワイイ!これにはHきも同意見でした。もう二人はテレビに釘付けでした。

そして感動のエンディング・・・二人は思わずポロリ・・・(泣)いい映画でした。

その後、大浴場へ行き疲れを癒しました。(サウナが無かったのは少し残念でした)そして、深夜の「UNO」大会が開催され、眠りについたのは午前3時頃でした。

翌朝、8時に起床し朝食をとり、10時にチェックアウト。北見市内を少し観光してから帰路へ。お昼は置戸で「そば」を食べました。昨日のラーメンの悪夢を払拭するような、素晴らしい美味しい味でした。ここは何度も食べにきたことがある店ですが、いつ来ても期待を裏切りません!

友の晴れ舞台!

昼食も終わり、あとは家へと帰るのみです。でも、そのまま終わらないのが僕とHきの珍道中(笑)途中の山道で野生のシカに遭遇。思わず一枚『パシッ☆!』ちょっと小さくてわかりずらいのが残念ですが、全部で5匹くらいの群れでした。僕の前方を走っていたトラックの前を悠然と横切っていきました。トラックが遅かったので僕は追い越しをかけようか迷っていたのですが、もし追い越しかけていたら、シカと正面衝突でした・・・笑えない・・・
友の晴れ舞台!

そんなこんなで無事に午後1時30分頃に自宅に到着した猫男爵でした。ちょっと疲れたのでサウナでも行きたいところですが、明日はまた朝4時起きの仕事があるので、今日は早く寝ることにします。また一週間仕事頑張ります!

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

け 見城美枝子(けんじょうみえこ。元TBSアナウンサーで、現在はエッセイスト、ジャーナリスト、評論家、キャスターと、様々な活動をしている。)

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2007年4月21日 (土)

帰ってきた救世主!

こんにちにゃ~ 北の猫男爵です。

それは衝撃でした・・・昨年10月、突然行われた人気アイドルグループ「KAT-TUN」赤西仁の留学会見。デビュー7ヶ月目の「無期限活動休止」は芸能界にそして日本中に大きな衝撃を与えました!

無論、ジャニーズ好きで知られる僕の心にも激しい動揺が走りました・・・『赤西がいないKAT-TUNはありえるのか?』と・・・

当時、残された5人のメンバーも複雑な心境を吐露していました。それでも、『赤西はいろいろな事を吸収して必ず帰ってくる!』と赤西の事を信じて待ち続けていました。それは僕もファンの皆さんも同じ気持ちでした。

赤西が日本を去りアメリカに旅立ってからは、『アイツがいればなぁ・・・』そんなため息まじりの言葉があちらこちらから聞こえていたのも事実でした。

赤西が抜けてからのKAT-TUNは明るい話題が減る一方でした。亀梨主演のドラマ『たったひとつの恋』は視聴率も下位に低迷し、田中中丸がMCを務める『YOUたち!』も毎回5%の視聴率と低調で、デビュー当時の「飛ぶ鳥を落とす勢い」はすっかり影を潜めてしまったのです。

このまま赤西が帰ってこなかったら、KAT-TUNの人気低迷は逃れられない状況にまで陥っていたのです。

そんな切羽詰まった状況で、遂に日本中のファンが待ちわびる中「救世主」となるべく赤西が19日、留学先のロサンゼルスから帰国したのです!半年経った彼の少し伸びた髪や日に焼けた顔からは、以前に増して大人っぽさが漂っていました。

そして昨日行われた記者会見。赤西は他の5人のメンバー同席のもとで、『半年間は人生勉強になりました。混乱を招いて申し訳ありませんでした。これからもよろしくお願いします。』と流暢な英語で堂々の復帰宣言をしました。

そして『ファンに挨拶したい』とし、今日から全国ツアーに帯同し、最終日の6月17日東京ドーム公演まで、ファンに対する「おわび行脚」を行うそうです。

6月6日に発売される新曲『喜びの歌』も赤西を入れて6人で歌を取り直す事が決定し、いよいよ6人でKAT-TUNの本格的な活動が再始動します!

「キムタクの後継者」と呼ばれている赤西仁が、半年間の留学を経て一皮むけて帰ってきたことにより、新生KAT-TUNが今後さらなる活躍をする事を願わずにはいられない猫男爵でした。皆さんも、彼らの活躍を期待するとともに、温かく見守ってあげて下さいね!

『仁くんお帰りなさい!』

それでは今日はこのへんで。

P.S 今日はHこ誕生日だよね!おめでとう!ほんの数ヶ月だけど同い年だね(笑)

(今日のマニアック有名人しりとり)

う 宇野宗佑(うのそうすけ。1989年に就任した第75代内閣総理大臣。就任3日目に「女性スキャンダル」が発覚し、それが引き金でわずか69日という短命政権に終わった。)

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猫神社の正体!

猫神社の正体!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は仕事を終えるとその足でサウナに行ってきました。一週間の疲れを取るサウナは、やっぱり最高ですね~特に、びっしり汗をかいて水風呂に入る瞬間はまさに「至福の時」です!あまりの気持ちよさに今日はついついアイスを2個も食べてしまいました・・・

さて、実は先日、『猫の人形を集めると御利益がある神社が存在する』そんなニュースを耳にしました。『一体、どんな神社なんだ?』と興味津々調べてみることに・・・

すると、その神社の正体が判明しました!大阪にある「住吉神社」というところです。その神社では、毎月最初の辰の日に行われれる「初辰参り」に行けば、ありがたい猫の置物をGETできるそうなのです。(GETと言ってもお金を出して買うそうです。)

その置物は「招福猫」と呼ばれ、数センチほどの土人形で、羽織を着込んで片手をあげている招き猫です。(上の写真が「招福猫」です)

招福猫は奇数月なら左手、偶数月なら右手をあげており、左手なら家内安全、右手なら商売繁盛の御利益があるそうです。

そんな招福猫を毎月1体ずつ買って、それを4年間続けると48体揃うことになり、その48体を持っていくと、それと交換で中くらいの大きさの招福猫に替えてもらうことができるそうです。

さらにもう1回48体集めれば、逆の手をあげた招福猫を、さらにまた48体集めれば特大サイズの招福猫を手に入れることができるそうです。でも、その道のりには十数年かかりますよね(笑)

しかし、よく考えれば、それだけ十数年もお参りできているということは、『毎年健康で過ごせている』ということで、それが一番の御利益なのかもしれませんね。

いずれにしても、招福猫を集めるためだけの目的にはせずに、「お参り」という神社本来の主旨を忘れないようにしないといけませんね。

大阪なので北海道に住んでいる僕にはなかなか行く機会がありませんが、猫男爵としては一度は足を運ばないわけにはいきませんね(笑)ぜひ今度、行ってみたいと思います。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

ほ(ぼ) 細川隆一郎(ほそかわりゅういちろう。評論家でありコメンテーターでもある。88歳の現在も、ラジオ番組でレギュラーパーソナリティーを務めている。)

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2007年4月19日 (木)

台本の中のHEROたち・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

まずは、遂にやりましたマー君!プロ初勝利!おめでとう!昨日の対ソフトバンク戦、強力打線相手に見事な完投勝利、本当におめでとうマー君。この調子でこれからもどんどん活躍してほしいですね!

さて、今日はドラマ好きの僕が勝手に「HEROベスト20」というのを作ってみたのでご覧になって下さい。

『懐かしいな~』とか、『このドラマ好きだった!』とか、皆さんにもそれぞれ思い出があるかと思います。そんな昔の事を思い出しながら、回想するのもひとつの楽しみ方かもしれませんよ。それでは早速ランキングに入りますね。

第20位 安藤崇(窪塚洋介)『池袋ウエストゲートパーク』(2000年) 池袋に拠点を置くカラーギャング「G-BOYS」のリーダーで通称「ブクロのキング」。実家はサウナを経営している。口癖は『~だっちゃ』や『~なり』。

第19位 只野仁(高橋克典)『特命係長・只野仁』(2003年~2007年) 表の顔は大手広告代理店の窓際係長。しかし、会長からの特命で社内外のトラブルを解決するもう一つの顔を持っている。

第18位 司馬江太郎(織田裕二)『振り返れば奴がいる』(1993年) 若いながらも卓越した技巧で名を知られる外科医。感情を全く持たない冷酷さは「ブラック・ジャック」を彷彿させる。

第17位 坂詰五郎(反町隆史)『未成年』(1995年) 主人公ヒロの中学時代の同級生で暴力団の構成員。義理人情に厚く、嘘や曲がった事が大嫌い。ヒロらと共に逃亡生活をする。

第16位 矢島鉄平(長渕剛)『しゃぼん玉』(1991年) 西新宿で小さな診療所を営む開業医。西新宿の事を一番に考え、国家や権力に素手で戦いを挑む姿が共感を得た。

第15位 片瀬涼(木村拓哉)『空から降る一億の星』(2002年) フレンチレストランの見習いコック。恋に落ちた女が自分の実の妹だった事に気づく。そしてそれを知らない妹の手で、永遠の眠りについてしまう・・・切なくも純粋なラブサスペンスストーリー。

第14位 進藤一生(江口洋介)『救命病棟24時』(1999年~2005年) 救命医療センターを舞台に生命の現場を支えるスタッフたちの戦い、そして患者と家族の交流などを人間性豊かに、かつリアルに描いたホスピタルドラマ。

第13位 戸川博人(いしだ壱成)『未成年』(1995年) 出来の良い兄にコンプレックスを抱き何事にも無気力な高校3年生。そんな彼を中心とした若者たちが青春の課程で起こる様々な苦悩と葛藤を乗り越えていく青春群像ストーリー。

第12位 五島健助(吉岡秀隆)『Dr.コトー診療所』(2003年~2006年) 東京から離島にやって来た外科医。離島での様々な人間模様を経験し、離島の住民からも信頼を得て島のヒーローになる。

第11位 里中ハル(木村拓哉)『プライド』(2004年) アイスホッケーの実業団チームの主将。プライドが高く、恋愛はゲーム感覚でしか楽しめず、真剣に人を愛そうとはしない。アイスホッケーに情熱を燃やす青年の奮闘をメインにした恋愛スポーツドラマ。

番外編 高村士郎(三上博史)『この世の果て』(1994年) 都会の絶望の果てで出会った孤独なホステス(マリア)と天才ピアニスト(高村)の究極の愛を描いた悲劇。『ずるいよ、マリアは!』の名ゼリフは猫男爵のものまねレパートリーのひとつ。

第10位 沖島柊二(木村拓哉)『ビューティフルライフ』(2000年) 腕はあるが人気のない男性美容師と、難病に侵され車椅子での生活を強いられながらも健気に生きる女性の恋愛を描いた物語。

第9位 青島俊作(織田裕二)『踊る大捜査線』(1997年) 警視庁という「会社」の湾岸署という「職場」で働く警察官の日常を描いた刑事ドラマ。新しい刑事ドラマの形を確立した。

第8位 永尾完治(織田裕二)『東京ラブストーリー』(1991年) 月曜日の夜に街から女性が消えたと言われるほど大人気を博した月9の代表作。カンチとリカの恋愛ストーリー。

第7位 瀬名秀俊(木村拓哉)『ロングバケーション』(1996年) 結婚式当日に男に逃げられた女(南)と、その男の同居人のピアニスト(瀬名)の奇妙な同居生活を描いた恋愛物語。当時はマンションからスーパーボールを投げたり、ピアノを習い始める男性が増え、「ロンバケ現象」とまで言われた。ちなみにスーパーボールは僕も実験しました(笑)

第6位 新海元(木村拓哉)『GOOD LUCK!!』(2003年) 一人のパイロットの成長を描く青春恋愛ドラマ。ドラマ放送後、パイロットや整備士などの空港関係の仕事に就職志願者が続出したらしい。キムタクの「ぶっちゃけ」も流行語になった。

第5位 柏木達也(江口洋介)『ひとつ屋根の下』(1993~1997年) 家族愛を見事に描いたホームドラマの名作。『そこには愛はあるのかい?」は当時の流行語になった。

第4位 真島誠(長瀬智也)『池袋ウエストゲートパーク』(2000年) 池袋では名の知れた存在で、多くの困難な依頼に破天荒な方法で立ち向かい解決していく。元々有名な不良ではあるが正義感は人一倍強い。池袋は彼の街といっても過言ではない。池袋のヒーロー。『ブクロ最高!』は名言。

第3位 鬼塚英吉(反町隆史)『GTO』(1998年) 元暴走族リーダーの高校教師。『やるんだったら徹底的にやる』それが彼のポリシー。その熱い情熱に最初は距離を置いていた生徒も徐々にひかれていく。教師の中の教師とは彼のこと。

第2位 久利生公平(木村拓哉)『HERO』(2001年) ジーンズにダウンパーカー姿、通販グッズオタクという型破りの若手検察官が様々な人間模様の中で、色々な事件の真相を解き明かしていく。非常識だがその強い正義感を持つ彼に真の「HERO像」を描いた人も多いはず。

第1位 桜井広海(反町隆史)『ビーチボーイズ』(1997年) 「海」という場所で描かれた友情ヒューマンストーリー。お調子者で楽観主義者の元水泳選手で、一見するとかなりいい加減な性格だが、実際はかなり繊細な心の持ち主。僕が一番憧れる理想像の役柄です。

いかがでしたか?皆さんの好きなHEROはランキングされていましたか?たまにドラマで感動して涙するのも、いいものですよ。興味があればぜひ見てみて下さいね。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

く クールボー(1990年代半ばに、阪神タイガースにやってきた助っ人外人野球選手。成績はいまいちだった。)

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2007年4月18日 (水)

僕らの黄金世代 ~二十二の瞳~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

皆さんは小さい頃、夢中になったスポーツはありましたか?僕は前にもお話したように、本当は野球がしたかったのですが、僕の住んでいるところには野球少年団がなかったので、その代わりに「サッカー少年団」に入ってました。

僕の住んでいる町は、人口1万人ぐらいの小さな町です。小学校も1~6年生合わせても200人~250人くらいの小さな学校です。

そんな大自然に囲まれた小学校で僕は6年間、のびのびと自由奔放に学びました。そして、僕の学年は運動においては凄く優秀な子供たちが多く集まった学年で、陸上、水泳、スケート、アイスホッケー等、多くの分野で活躍する多彩な人材の宝庫でした。その中でも僕が所属していた「サッカー少年団」では僕達が4年生の時点で、11人のレギュラー中、8人が僕達4年生で占めるという頭ひとつ抜きに出た学年だったのです。その活躍ぶりから当時僕らは「黄金世代」と呼ばれていました。

4年生の時は、若さからか地区大会2回戦で敗退しましたが、その潜在能力については大会関係者から高い評価を得ていたという事を、のちに監督から聞いたことを憶えています。

そして迎えた翌年、僕ら5年生の黄金世代は9人がレギュラーを占め、ひとつ上の6年生は2人しかレギュラーになれませんでした。別に人が少ないわけではなく、6年生はみんな補欠にまわってました。たぶんその頃の部員数は4~6年生合わせても50人くらいはいたと思うので、いかに僕らの学年が凄かったのかということがわかると思います。しかし、この年も地区大会では3回戦敗退・・・と満足いく結果を出せないまま、不完全燃焼に終わりました。

そして最後の年、いよいよ6年生で迎える地区大会です。黄金世代は円熟味を増し、11人のレギュラーを全部6年生で占めました。小さい頃から組んでいるフォーメーションも戦術も完璧で、監督も『優勝を狙えるチームだ』と絶賛していたほどです。

当時の小学生の基本のフォーメーションは3-3-4という形でした。これは、当時大人気だった「キャプテン翼」も同じでした。僕らは翼くんの影響をもろに受けた世代で、『ボールは友達』というのが口ぐせで、暇さえあればリフティングやドリブルをしていました。

ちなみに地区大会の休憩時間に行われる「リフティング大会」で僕は130回で5位になり、黄金世代の主将をしていたKっくは181回で準優勝になりました。

では、その「黄金世代」のメンバーをご紹介しましょう!

まずはGKYじ。彼は小6にして170センチを越える長身で、まさにGKにぴったりでした。そしてその運動神経は陸上競技でも活かされ、陸上の小学生北海道選抜大会で「走り高跳び」で2位になった実績を持っている強者でした。黄金世代の活躍は彼の守備力なくして語れません。しかし、彼の弱点は喧嘩っ早いということです。何度試合中に相手を蹴り飛ばして審判から注意されたことか・・・それは成長してからも変わらず、高校1年生の時に教師を殴り退学になっちゃいました・・・

そしてDFです。当時のDFは今のように3バックとか4バックのように横に一列になる配列でなく、GKの目の前にいるスイパーと、左右のサイドバック、そして今でいうボランチにあたるところにいるストッパーというダイヤモンド型のポジションでした。スイパーにはKっさが最後の砦として立ちはだかり、右サイドバックにはTん、左サイドバックにはIっし、そしてストッパーにはMる(彼はYじが暴行で退場になった時にはGKもやりました)が務めました。

そしてMFです。当時はMFとは言わず、ハーフと言ってました。センターハーフいわゆる今の時代ではトップ下というポジションには、チームの要であり主将のKっく。彼のスルーパスやループシュートは当時から高度な技術で、チームのみんなの信頼は厚いものでした。そして右のハーフにはTみ、左のハーフにはMという陣形でした。

そしてFW陣です。FWはセンターフォワードと左右のウィングというのが当時の定番でした。右のウィングにはドリブルとセンタリングのスペシャリストで「10」番を背負うMき、そして左のウィングにはヘディングが得意なNお。そして、点取り屋のセンターフォワードでは僕猫男爵が活躍していたのです。特に、Mきと僕のコンビは当時の翼くん&岬くんになぞらえて「ゴールデンコンビ」と呼ばれていました。

この11人のメンバーで臨んだ最後の大会は、1回戦、2回戦、3回戦と順調に快勝し、僕も3試合で7得点の大暴れ、Mきも3回戦ではハットトリック達成と、その勢いは目を見張るものがありました。そして迎えた準々決勝!相手は強豪O少年団、試合は1対1でPK合戦へ!僕も2番手として慎重にゴールを決めましたが、O少年団の最後の選手の蹴ったボールがYじの手をかすめて、ゴールネットを揺らした瞬間に僕ら黄金世代の時代は終わりを向かえてしまいました・・・PK合戦の末3-4で負け、ベスト8で敗退・・・優勝という目標には手が届きませんでした。

でも、みんなで共に汗を流した小学生の時の思い出は今でも忘れられません。野球少年団が無かったことが、逆に僕にこんなに素晴らしい時間を与えてくれたのかもしれません。でも、結局は黄金世代の多くも本当は野球をやりたかった子供ばっかりだったので、みんな中学生になると野球部に入り、黄金世代はそのまま野球という別のスポーツでまた一緒にプレーすることになりました。

今日は今から20年あまり前の、ある町で光り輝いていた「黄金世代」と呼ばれた僕と10人のお友達のお話をしました。僕を含めた11人のその「二十二の瞳」には固い絆で結ばれた熱い友情がはっきりと映し出されていたことでしょう・・・

皆さんも何かの形で「黄金世代」と呼ばれた経験はございませんか?固い絆で結ばれ、同じ時間を共有できた幼なじみってとても大切な存在ですよね。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

お 尾形大作(おがただいさく。1980年代後半に活躍した演歌歌手。デビュー曲は「無錫旅情」。)

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YOUも買っちゃいなよ!

YOUも買っちゃいなよ

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日発売のKAT-TUNの2ndアルバム『cartoon KAT-TUN Ⅱ YOU』を本日購入いたしました!しかも僕が買ったのは7曲プラスの特典つきの限定版のほうです!(同時に通常版も発売されています)

早速、車の中でガンガン聞きました!最高です!KAT-TUN最高だよ!ここに仁くん(赤西)がいたらなあ・・・

ちなみにこの前、僕が友人に似てると言われた田中聖は中央のバンダナを巻いている子です(笑)

「坊主」の件はもう少し時間を下さい・・・僕にも決断する勇気とタイミングが必要なので(笑)

今日このCDを買いにCDショップに行ったのですが、僕がレジに行った時には僕の前に二人いて、しかも二人とも僕と同じKAT-TUNのアルバムを手にしていました。僕は何だかとても嬉しい気分になりました。

でも、明らかにレジに並ぶ配列には若干の違和感が・・・先頭から、学校帰りの女子高生、次に20代前半のギャル、そしてその後ろに30過ぎのおっさん(僕です)という光景です(笑)

『なぜ、30過ぎのおっさんの手にKAT-TUN?』多分、女子高生もギャルもそう思ったはずです。でも、僕は胸を張って言えます『ジャニーズが好きだからです!』と。しかしながら、会計を済ませた女子高生が僕のほうを見ながら、苦笑していたのは気のせいでしょうか・・・

そんな事があった今日一日でしたが、今日はミニバレーの日でした。今日は先週の15人から人数が減り、10人でした・・・メンバーはSんでぃHこHたちゃんRょう君AっけMどかTっかAゆNか、そして猫男爵でした。

大会まであと3週しかありません・・・チームで試合等もしたいと思いますので、皆さん都合のつく限り、積極的に参加して盛り上がって行きましょうね!よろしくお願いします!用事があって大会にこれない方でも、どんどんミニバレーには来てくださいね。待ってます!

実はミニバレーの帰り道、危なく警察に捕まるところでした・・・いつも通る道なんですが、ありえない所にパトカーが隠れていて、気がついた時にはもう目の前にパトカーが・・・『やばい!』僕は慌ててブレーキをかりました。おそらく20~30キロはオーバーしていたでしょう・・・

バックミラー越しに、『絶対追いかけてきて、止められるな・・・』と半分諦めてました。しかし、奇跡です!追いかけてきませんでした!超ラッキーです!これで何とか「ゴールドカード死守」の猫男爵でした。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

は 針すなお(はりすなお。ものまね紅白歌合戦の審査員を長く務める似顔絵が得意な漫画家。彼の審査は辛口で、10点満点のうち9点や8点は当たり前で、彼から10点をもらうのは至難の業とされている。)

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2007年4月16日 (月)

若き未来計画!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

『Paradise☆Ocean』これは今頃僕が経営していたはずの店の名前です・・・

時はタイムスリップして1990年春、『野球』という唯一無二の夢を失った僕は、まるで『翼の折れた鳥』のように目的のないまま高校へと入学していきました。「朝起きて、学校へ行き、そして帰宅する。」そんな何の変化も無い生活がしばらく続き、色んな中学校から入学してきた友人も徐々にでき、少しずつ学校生活が楽しくなってきた頃、僕はある決意をしました!

『そうだ!大学へ行こう!大学に行けば今以上に色んな所から来た多くの人と友達になれるかもしれない!』そんな単純な理由が僕の心を揺れ動かしました。僕にも『目標』というものがやっとできたのです。

そして3年間勉学に励み、大学に見事合格することができました。そして1993年春、いよいよ花の大学生活がスタートしました。

大学生活は僕の想像以上に楽しいもので、クラスやサークルの友人がたくさんできました。そしてその生活ぶりはどんどん荒んでいきました・・・昼に起きて、大学にはサークルのためだけに行き、講義は出席を取る講義だけ行き、夜はバイト、飲み会、麻雀、日々それの繰り返し・・・暴飲、暴食、暴煙、暴遊・・・

そんな暮らしに未来の目標など存在するわけもなく、将来どんな職業に就きたいのかも全くビジョンが浮かびませんでした。しかし、そんな生活の中で僕に一つの光が射しました。

大学3年生、21歳のある夏の日の事です。その日僕は友人たち数人で海水浴に行きました。30℃を越す灼熱の夏空は僕の体とともに心までも暑く燃えたぎらしてくれました。

もともと僕は幼い頃から「海」が大好きで、親戚のおばちゃんの家が海のすぐ側にあったので、よく遊びに行ってました。何とも言えないあの「潮の香」が大好きで、テトラポットに登ったりしてよく遊んでいました。

でも都会で暮らす中で「海」の事などすっかり忘れてしまっていたのです。そんな僕の錆び付いた心のカギを開いたのも、また「海」でした。

そこの海水浴場は夏休み期間という事もあって、もの凄い数の人でごった返していました。日光浴や海に入ったり、ビーチバレーをしたりして僕は楽しんでいました。そして僕のハートに火がつく瞬間は突然訪れました!飲み物を買いに行った海の家で働く人の楽しそうな「笑顔」それが僕の目を一瞬にして輝かせました。「これだ!」僕の脳内でビビビッ!という革命が起きました。

それからというもの「海の家」に強い憧れも持った僕は、真剣に「海の家」をやろうと考え始め、本屋に行きそれに関する本を徹底的に買い集め調べまくりました。

まずは場所。北海道でやっても所詮「短い夏」なので先が見えている。ならば、本州ではどこがいいのか?調べた結果出た答えは「千葉の九十九里浜」でした。

そして、どんな海の家にするか?そのコンセプトが一番重要だったのです。なぜなら、九十九里浜には無数の海の家が存在し、激しい生き残り競争が行われていたからです。

そこで僕が考えたのが、海の家とは別に少し離れた所に「ペンション」を起き、宿泊客をターゲットにするという事です。もちろん、海の家でも軽食の提供、海水浴用品のレンタル等の業務も行い、日帰り客と宿泊客の両方を並行して扱う形態にしようと考えたのです。更に、週に2~3回ぐらいのペースでイベント(カップルデー・レディースデー・サーファーデー、かき氷早食い大会、ビーチフラッグ大会等)を開催し、若者層の注目を集めようとも考えました。

そして、定番の焼きそばや、ラーメン、かき氷や飲料水の販売などの軽食部門にも革命を起こそうと考えました。そのひとつが「流しそうめん」です。その他にも、日焼けの跡で文字タトゥー(文字のテープを体に張り、日焼けをするとそこだけが白く残る)などのサービスも提供しようとも考えました。

そして、この「海の家」の名前を『Paradise☆Ocean』という名前にして、いずれはチェーン店にも拡大しようと計画していました。

とにかく色々考えました。でも、当然大学生の僕にはその資本金となるものは全く無く、更には、「海の家」を出店するには営業権というものが必要で、海岸組合や海の家組合に所属したのちに、海岸法という法律に基づき市町村の許可をもらい出店できるとうい形態だったのです。そしてその必要経費も莫大な金額が掛かることも調べて初めて知りました。

僕の大学のゼミの先生が幸いにも弁護士だったので、法律の事を聞いてみたのですが、『海岸法はなかなか複雑な法律だし、市町村のしがらみもあるから難しいぞ・・・』と答えてくれました。

今となって思えば、21歳のバカな考えに真剣に答えてくれたゼミの先生に感謝です。僕もこれは「夢」であって現実的な「目標」ではないんだ・・・という事はわかってました。でも、どうしてもその憧れを消すことはできませんでした。

でも、この話は当時付き合っていた彼女にももちろん話せなくて、『何言ってんの!バカじゃないの?』と突き放されるのがオチで、一度もこの話しをしたことはありません。無論、そんな話を友人たちにも話せるわけもなく、今まで僕の心の中にずっと封印していました。

僕が「海好き」だという事を知っている人はいても、ここまで考えていたのかと思った人も少なからずいた事でしょう(笑)本当にバカでしょう俺って(笑)

そして時間だけが過ぎ去り、僕は大学を卒業し、地元で就職し、今に至るわけですが、今ではもうその「夢」は諦めました。海の家に行くことがあるとしたら、それは客の立場でしょうね(笑)

夢は夢のままで終わりましたが、21歳の僕が熱くなれたあの夏の激しい想いは一生忘れないでしょう。

は今も僕の心を静かに癒してくれます。その波の音や海鳥たちのささやきに僕は何度助けられたことでしょう。砂浜に描いた僕の夢物語は、押し寄せるに書き消されていきましたが、あの日胸に響いた熱い鼓動は、灼熱の夏の日ざしが僕を照らす限り、僕の心の中で生き続けていきます。未来永遠に・・・

今日は若き日に描いたある夏の未来計画のお話をさせていただきました。皆さんの中にも、人から見たら『バカじゃないの?』と思われるような無謀な未来計画を立てた方、あるいはそれを実際にやってみた方はいらっしゃいませんか?いずれにしても、夢や希望を持ち、それをビジョンとして描く事は良い事ですよね。僕はそう思います。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

か(が) ガンバレイ・シウバ(爆笑ものまね紅白歌合戦などに出演しているピン芸人。バンダレイ・シウバの真似が得意。)

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2007年4月15日 (日)

甘~い旅路!

甘〜い一日

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

昨日の雪景色がまだ残る中、今日は友人たちと旅路に出てきました。

実は僕の夢物語のひとつに『地タレになること』というものがあります。いわゆる『地方タレント』です。決して表舞台の主要タレントとして活躍はせずに、地方限定で活躍するタレントです。

その下積みとして、僕は仲良しの友人(歳は7つ下なんですが同じB型でとても気の合う、そして笑いのわかるすごくいい奴です!)と色々な旅企画を行っています。その企画のうちのひとつに「地域の人気スイーツ100選を食べ歩く!」という旅企画があります。

実はこの旅は、昨年の5月にスタートし、現在も収録を継続中で今日がその第5週目の収録となったのです。なかなか参加者の都合もあり頻繁には収録ができないため、今日の収録を終えた段階で、ようやく3分の2の70ヶ所近くをクリアしました。

今日は僕と仲良しの友人(この2人はこの番組のレギュラーでプロデューサーとディレクターを兼ねている)に加え、2人の友人が参加して4人で旅がスタートしました!

朝9時に友人宅に集合していよいよスタートです。しかし、そこで今日一日の運命を左右する出来事が・・・何と、目の前を不吉とされている「黒い猫」が横切ったのです!

「黒い猫」は我々猫業界でも、要注意猫物として取り扱われ、『あまり接点を持つな!』というのが通例とされています。別に悪い奴ではないのですが、如何せんあまり幸運はもたらさないのです。

嫌な感じのまま旅路はスタートしましたが、順調に菓子店を転々とし、収録はスムーズに運んでいきました。ところが・・・不運は不運を呼ぶんですね・・・何と僕らの目に飛び込んできたのは停車中の黒ワーゲン・・・停車中のため若干効力は弱いですが、それでもあの「不幸の黒ワーゲン」を目にしてしまったのです・・・

その後、旅は笑いの渦の中、盛り上がりも見せ昼食をはさんだのち後半戦へ!そしてそこで、「黒猫&黒ワーゲン」の呪いが!

甘〜い一日

見ての通りの本日NO・1の強敵です!「チーズケーキ」とはいえ、このボリューム!そしてこれを食べるのは、たった二人の男!そのうちの一人が僕です・・・

このチーズケーキを二つに「男割り」して「男食い」が開始されました。本日初参戦のもう一人の友人は僕を越える「甘党」のようで、バクバクと一気に食べ干してしまいました。が・・・僕の食道にはなかなかこいつが流れていきません・・・もの凄いボリューム感の圧力が口の中に押し寄せ、僕をもがき苦しめまました(笑)最後にはちゃんと完食しましたけどね。

これが「黒猫&黒ワーゲン」の力か・・・と僕は愕然としました。

しかし、苦しむのも旅のひとつの思い出です!僕にとってはこんなことは痛くもかゆくもありません。実に楽しい旅路でした。友人たちもとても満足して帰路へと帰っていきました。

そして、まだまだこの旅路には続きがあります。もうすでに何度か参加してくれた方もいらっしゃいますが、まだ参加していない方は、もし良ければ次回ぜひ参加して下さい!大歓迎でお待ちしております!

また、この旅を収録したビデオ&DVD(前編、後編の2部構成)は今秋無料レンタル開始予定です!参加した方はもちろん、そのご家族の方も楽しみに待っていて下さいね!家族団らんに一役かえればと、手前味噌ですが期待しております。

いや~本当に旅っていいっすね~ 特に甘~い旅って最高だな~

また次回の収録が待ち遠しい猫男爵でした。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

た 竹脇無我(たけわきむが。時代劇や2時間ドラマなどで活躍する俳優。時代劇では「大岡越前」などに出演していた。)

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2007年4月14日 (土)

闘魂列伝 ~外国人参入期~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

4月の雪・・・本当にまったく無意味です。はっきり言ってムカつきます!今日は一日とてもげんなりした一日でした・・・早く融けて消えうせろ雪!

申し訳ございません。少し取り乱してしまいました(笑)さあ、気を取り直して!今日は新日本プロレスシリーズの第2弾を「外国人参入期」と題しましてご紹介していきたいと思います。

時代は1980年代に突入し、アントニオ猪木の活躍によりプロレス人気は徐々に沸騰し始めてきました。この頃の新日本の人気はジャイアント馬場率いる全日本を上回り、各地での興行でも多くのファンが観戦に訪れるようになりました。

そして、この人気を機に猪木が「プロレス界の最強を決める」というコンセプトで新たに設けたベルトが「IWGP」というベルトです!

当時の新日本のリングには、アンドレ・ザ・ジャイアント、スタン・ハンセン、ハルク・ホーガンなどの外国人が所属し、盛り上がりは最高潮に達していたのです。これに更に輪をかけようと猪木は、当時全日本で人気を誇示していたアブドーラ・ザ・ブッチャーを引き抜きましたが、逆に全日本にスタン・ハンセンを引き抜かれたという経緯もあります。

ブッチャーはその容姿から「黒い呪術師」と呼ばれ、隠し持った凶器で相手を流血させたり、地獄突き毒針などの空手殺法を駆使しヒールとして活躍しました。必ずと言っていいほど試合でも自らも額から流血していたのをよく憶えています。

ハルク・ホーガンは長髪と髭が特徴で、「アックスボンバー」という得意技で多くのレスラーをマットに沈め人気を博していました。当時、右手の人指し指を高々と上げ「イチバァーン!」と叫ぶポーズは話題になり、学校の休み時間にはみんなで「プロレスごっこ」をやり、よくマネをしていたことを思い出します。そして、漢字で「一番」と書かれたTシャツは爆発的な人気で売り上げを伸ばし、あちこちでそのTシャツを着ているファンを目にしました。クラスに一人はそのTシャツを着ている子がいましたよね。

こうして外国人選手に加え、のちに新日本の中心になる藤波、長州、前田などの若手も加わりIWGP大会が開催されたのです。当時のIWGPは現在のタイトルマッチ形式ではなく、総当りのリーグ戦を行い、グループ1位が決勝戦を行うという形式をとっていました。

第1回のIWGP決勝戦は猪木VSホーガンという組み合わせになり、結果はホーガンの「アックスボンバー」で猪木は失神し、初代王者にはホーガンがついたのです。この試合を僕はTVで観ていましたが、幼いながらも猪木の目がイッちゃってたのを今でもよく憶えています。猪木は死んだかも・・・と僕は思いました。

その後開催された第2回大会では、またしても猪木VSホーガンの組み合わせになり、2度に渡る延長戦の末に、なぜか長州力が現れ場外で二人にラリアットを食らわせそのまま立ち去るという、わけのわからない行動をしたのです。結果、先にリングインした猪木が勝利を収めるというファンにとっては納得のいかない結末になりました。僕もこの試合を観てブーイングしたのを憶えています。

そして、その後この大会は猪木が4連覇した第5回大会を最後に、リーグ戦を止めてタイトルマッチ化されていきました。しかし、そんな不透明な裁定が多いこのベルトの存在は、ファンの間では「猪木の猪木による猪木のためのベルト」と冷ややかに見る傾向が強まったのです。

世間がIWGPに夢中になっている頃、新日本では少年たちのスーパースターが誕生していました。当時、アニメのヒーローだった「タイガーマスク」です!実際に覆面を被り試合をするという、当時のプロレス界では画期的なスタイルへの挑戦でした。その「タイガーマクス」役に選ばれたのが、海外遠征中だった佐山聡です。

彗星のごとく現れた「タイガーマスク」は変幻自在な「四次元殺法」でたちまち少年たちの心を虜にしていきました。ライバルには、ダイナマイト・キッド、ブラック・タイガー、そしてマスク剥ぎの名人、通称「虎ハンター」小林邦昭などがいました。僕はタイガーマスクが小林邦昭にマスクを剥がされそうになるのを何度もドキドキしながら観ていました。

しかし、当時猪木をも凌ぐ絶対的な人気を獲得していたタイガーマスクは突如引退を発表し、新日本のマットを去ることに・・・僕は『なんで?辞めないでタイガー!』と真剣にTVに向かって言ったのを覚えています。その後、前田日明が率いる第1次UWFに「ザ・タイガー」として電撃復帰を果たしましたが、新日本のリングで佐山の「タイガーマスク」を見ることは一度もありませんでした・・・

こうして1980年代前半の新日本のマットは、多くの外国人とIWGPの開催、それに加え「タイガーマスク」というニューヒーローの誕生により、最盛期を迎えたのです。そして、1980半ばに訪れる若手レスラーの反旗により分岐点を迎えるわけですが、そのお話はまた次回したいと思います。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

し(じ) ジャネット八田(じゃねっとはった。元女優でもあり、北京五輪野球日本代表コーチの元プロ野球選手田淵幸一の妻でもある。)

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2007年4月13日 (金)

13日の金曜日・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

皆さん、今日は何の日かご存知ですか?そう、「13日の金曜日」です・・・

「13日の金曜日」と言えば、昔から「不吉な日」という迷信が定着していますよね。映画でも「13日の金曜日」はホラー映画の定番としてシリーズ化され、「ホッケーマスク」を被った「ジェイソン」がクリスタルレイクで残虐な殺人を起こす最強ホラーとして話題になりましたね。僕も小さい頃、ドキドキしておばあちゃんの腕をつかみながら見ていたのを思いだします。

「シェイン・・・シェイン・・・シェイン・・・」なんとも言えないあの効果音、せまりくる恐怖、「来る・・・来る・・・来る・・・」とわかっていても、突然背後からジェイソンが現れるシーンを見て、何度オシッコを漏らしそうになったことか(笑)

僕が記憶にある限りでは、確か第4作目の「13日の金曜日完結編」でジェイソンは本当に死んだはずなのですが、その後「新13日の金曜日」とか「ジェイソンN.Yへ」のように続編がたびたび公開されました。

そして、僕が見た最後のシリーズは大学生の時に映画館で見た「ジェイソンの命日」という作品です。見事なダサイ内容でした・・・当然、席もガラガラでした・・・

そして何年か前には「エルム街の悪夢」のフレディとコラボした「フレディVSジェイソン」という作品まで登場した見たいですね。映画って本当にすごいですね(笑)笑うしかないです・・・

そして現在も、新作が検討されているそうですよ。もし公開になったら皆さん見てみてはいかがですか?

映画の話はこのへんにしておき、「13日の金曜日」の本当の起源を皆さんはご存知ですか?実はこれには幾つかの説があるそうなんですが、どれも確実なものとはいえず様々な論議が飛び交っているようです。

その中でも一番有力な説が、「キリストの最後の晩餐に13人の人がいたことから、13は不吉な数であるとされ、それに加えキリストが金曜日に処刑されたことから、それを合わせて13日の金曜日を不吉な日と定めた。」という説です。

いずれにしてもこれは「キリスト教」を主に信仰する欧米の迷信なのですが、欧米化の好きな日本人はなぜかこういう風潮や迷信までも信じてしまいがちなんですよね。

でも、僕の実体験として中学生の頃、部活帰りの夜道でチャリのライトをつけようと、チャリを走らせながら足でライトのスイッチを押したら、足がタイヤに絡まって、前から1回転して転んで、大量の出血をした苦い思い出があります・・・それが「13日の金曜日」でした。また、巨人で活躍していたウォーレン・クロマティーが死球で手首を骨折したのも「13日の金曜日」でした。

このように、一見僕らの生活とは無関係に見える「13日の金曜日」もどこかで不吉なことをもたらしているかもしれませんよ。皆さんは今日は何事もなかったですか?もしかしたら、あなたのすぐそこに不運が待っていたかもしれませんよ・・・そして振り返るとそこにはジェイソンが・・・

今年はあともう1回、7月に「13日の金曜日」が訪れます。くれぐれもその日は気をつけてくださいね。黒ワーゲン並みにね!(笑)

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

き 麒麟児(きりんじ。突っ張りを得意とした昭和を沸かせた名力士。最高位は関脇。1975年の天覧相撲では富士桜との猛烈な突っ張り合いの名勝負を昭和天皇に披露した。)

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坊主ってありなの?

坊主ってありなの?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は4月も12日だっていうのにが降りましたね・・・ありえないっつうの~!まあ、すぐに融けましたけどね。早く心から春を向かい入れたいです!ちなみに僕の住んでる地方の桜の開花予定日5月8日頃だそうです。待ち遠しいです花見が。

さて、まずは恒例のマー君速報です!今日は対西武戦でした。今日のマー君は序盤で4失点という苦しい立ち上がりでしたが、徐々に尻上がりに調子を上げ、見方打線の援護もあり7回同点というところで降板しました。その後チームが逆転に成功して勝ちましたが、マー君の初勝利は今日もおあずけでした。また次回に期待しましょう!

そして今日は野球界にとって記念すべき一日でした。海の向こうアメリカで「世紀の対決」が行われたのです。日本が生んだ天才「イチロー」VS平成の怪物「松坂大輔」!この対決は球史に残る名勝負です。結果は松坂がイチローを完全に押さえ、1奪三振を含む4打数ノーヒットに押さえ込みました!でも、見ていて迫力のある素晴らしい対決でした。これからもこの対戦に期待したいと思います。

実は猫男爵は今日、上の写真を見ればわかるように友達の家にいってザーピーを食べてきました。とても美味しかったです。僕の住んでるところはピザの宅配地域外のために、友達の家に行かないと大好きなピザが食べれないのです・・・悲しいお話です。

そんなザーピーパーティーの中で、友達たちと発売されたばかりのKAT-TUNのDVDを見ていたんですが、一人の友人が『僕がKAT-TUNの田中聖に似てる』と言い出したのです。僕は自分ではまったくそうは思わないのですが、もう一人の友達も似てると言いながらうなずいてました。そして、『坊主にしたらもっと似てない?』という発言が出たのです・・・『坊主?って、この歳でいまさら坊主?』と僕は思いました。

僕は自慢じゃありませんが、生まれてこのかた一度も坊主にしたことはありません。まあ、生まれた時が唯一そうだったのかもしれませんが。小学校低学年くらいまでは「顔が女の子みたいだから」という理由でオカッパやマッシュルームカットにされており、男の子なのにお姉ちゃんのおさがりの服を着せられ、いつも女の子に間違えられてました・・・

その後、小学校高学年くらいからは短髪にしました。中学校の部活でも野球部に所属してましたが坊主にしなくてもいい学校だったので、ずっと髪は長かったのです。そして、高校、大学、社会人ともちろん坊主にする機会など一度もありませんでした。その僕が「田中聖にもっと似せるため」という理由だけで坊主?・・・

坊主ってありなの?

やっと「ライフカード」が活躍する場面がきました!

坊主か・・・でも、やるなら今しかないしな・・・やっぱりこの歳でやるのも抵抗あるしな・・・「どうすんの!オレ?」(笑)

という事で、答えはそのうちわかると思いますよ。っていうか友達におだてられたけど、似てないだろ俺は田中聖には・・・

そんな事を色々考えているうちに、もう夜中になってしまいました。明日も仕事頑張らなきゃ!昼からは会議あるし、でも眠くなりそう・・・寝ないように気をつけようっと。明日行けば土日と休みだから、明日は仕事終わったら疲れを取りにサウナでも行くことにします。皆さんもお仕事頑張ってくださいね!

それでは今日はこのへんで。おやすみなさい。

(今日のマニアック有名人しりとり)

せ(ぜ) ゼレゾフスキー(ロシア出身のスピードスケート選手。世界最高のスケーターとも言われ、世界スプリント選手権では過去最多の6度の優勝を誇りながらも、オリンピックでは一度も金を取れなかった悲運のスケーターである。)

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2007年4月11日 (水)

泣き虫先生の7年戦争!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、昨日のブログの後半でも言いましたが、『ONE FOR ALL ALL FOR ONE』この言葉は僕の大好きな言葉の中のひとつです。

『一人はみんなのために、みんなは一人のために』何と素晴らしい言葉でしょう!僕は小さい頃から団体競技をする機会が多かったので、この言葉の意味の大切さが痛いほど心にしみてきます。

そしてこれはスポーツに限らず、人生に置き換えても言えることではないでしょうか?人生決して一人では生きていけません。多くの人々に支えられ、そして自分が多くの人を支えることも当然あるはずです。その精神は生きていく中で決して忘れてはいけないんじゃないかと僕は切に願います。

この『ONE FOR ALL ALL FOR ONE』という言葉を聞いてすぐに思い出すドラマがあります。皆さんの中にもピン!ときた方もいますよね。そうです!あの感動の名ドラマ『スクールウォーズ』です!泣き虫先生と例えられた滝沢先生(山下真司)の涙で僕は何度泣かされたことか・・・特に、川浜高校が相模一高に109対0で負けた時に滝沢先生が泣きながら生徒を殴るシーンや、イソップこと奥寺君が死んだ時のシーンは今でも僕の脳裏にしっかりと焼きついています・・・

実はこのストーリーはラグビー元日本代表の山口選手が京都市立伏見工業ラクビー部監督に就任した時の実話をもとに、ドラマ化されたものなのです。

当時、校内暴力や非行問題が社会現象化する背景の中で、落ちこぼれ軍団と言われた高校のラグビー部が7年とうい歳月をかけて全国優勝を果たすまでの軌跡を描き、健全な生徒の育成に取り組もうとする教師と生徒の葛藤と成長を見事に表現した名作中の名作です。

皆さんも見たことはあるとか思いますが、もし見たことのない方は、ぜひ今すぐにでもレンタルビデオ屋さんにお急ぎください!見て絶対に損はしません!はっきり言って心打たれますし、ティッシュの箱は目の前から離せませんよ!

このドラマを語れば、朝まで語れますが、その中でも僕が一番印象に残っているのは、確か中学校の部活で野球をやっていた滝沢少年が、その時の監督に言われた言葉です。『信じ、待ち、そして許してやること。それが愛というものだ。』この言葉は、聞いたその日から僕の座右の銘になっています。

人を信じること待つこと許すこと、どれも並大抵の気持ちではできないですよね。強い信念と愛がなければできないですよね。でも、それって人間は本来だれしもが持ち合わせていると思うんですよね。ただ、生きていく色んな環境の中で削ぎ取られていっているんではないでしょうか・・・だから僕は『信じ、待ち、そして許してやること。』このことだけは貫き通したいんです。一人の人間として。

あと、僕が好きだったのが当時のドラマ界では欠かせない人物だった松村雄基が演じる大木大介です!「川浜一のワル」というあだ名の通り、地元では札付きのワルだったんですが、滝沢先生とラグビーに出会い見事に更生した、この物語では欠かすことのできない存在です。のちに脳腫瘍で他界するイソップには強く慕われており、大介もイソップの言う事だけは聞いてました。そんなイソップがデザインした「ライジング・サン」のユニホームを着て涙しながらピッチに立つ大介の姿に僕は幼いながらも号泣したことを憶えています(泣)

いずれにしても、この「スクールウォーズ」というドラマは、ドラマ好きの僕にとってはドラマというものの素晴らしさを教えてくれた、本当の原点かもしれません。

きっと皆さんの中にも、このドラマが今でも心の中で強く印象に残っている方もいるのではないでしょうか?そんな方には、今日はとても懐かしかったんではないですか。

武田鉄矢の金八先生、反町隆史の鬼塚先生、そして山下真司の滝沢先生、この三人は僕の中ではドラマ三大先生です!

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

こ 小林千登勢(こばやしちとせ。女優でもありタレントでもあった。「おっかさん」の愛称で親しまれ、「クイズヒントでピント」など数々の番組で活躍したが、2003年に他界した。夫は俳優の山本耕一。)

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新生ゴールデンウィーク!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、4月も中盤へとさしかかり、少し前まではあったはすっかりと姿を消し、いよいよ春らしい風景があちらこちらで見えるようになってきましたね。

気がつけば、あと20日余りでゴールデンウィークに突入ですね!皆さんは今年の連休は何か計画をたててますか?僕は今のところ、野球の練習があるくらいで、まったく予定は入ってませんね・・・(泣) まあ、予定といえば毎日ブログを更新することぐらいかな(笑)何せ「目指せ鉄人!」ですから。

そんなゴールデンウィーク前半の4月29日、この日は何の日かご存知ですか?そう !『みどりの日』ですよ・・・って、そう思った人は残念ながら不正解です!

昨年までは4月29日は「みどりの日」でしたが、今年からは「昭和の日」に生まれ変わるんです!「昭和の日」って、何か昭和世代の僕にとっては少し嬉しい響きです。

では、「みどりの日」は無くなるのかというと、そうではないのです。今年から5月4日「みどりの日」に生まれ変わるのです。今までは5月4日は名目は「国民の祝日」とされていましたが、もともとは5月4日は祝日ではなく、前後を憲法記念日と子供の日に挟まれたこの日を「日本人は働きすぎだから、もっと休みましょう。」ということで休日として1986年に初めて定められたのです。

いずれにしても、祝日の日数は以前と変わりません。よって特別に変化があるというわけではないのですが、「昭和の日」という新しい名称が少しだけ僕の気持ちを楽しませてくれそうです。

皆さんも楽しい連休になることを心より祈ってます。また、連休だからといって休みの人ばかりとは限りませんよね・・・お仕事で忙しい方も大勢いると思いますが、頑張ってください!そういう時に汗を流して頑張っている人は、必ず後で良い事が待っていますよ!ファイト!

ちなみに今日は週に一度のミニバレーの日でした。今日の参加者は、SんでぃHこHでき君HたちゃんRょう君NぶさんAゆNかMさMどかSっとAっちゃん、そして新婚旅行帰りのDすけ君(Hっそ)Tっかの夫婦もかけつけてくれました!お土産までいただいて本当にありがとうございます!そして猫男爵の合計何と15名!!またまた先週の13名を抜く大記録達成です!みんなこれに満足せず来週も来てくださいね!

5月12日(土)には仲間うちの大会開催も正式に決まりました。みんなで一つの素晴らしい大会を作りあげていきましょうね!大会前にはチームを決めて練習も行う予定です。ぜひぜひ都合のつく限り積極的に参加してください。また、大会が終わってからも来れる日には都合のつく限り来てください。僕は待ってます!

『ONE FOR ALL ALL FOR ONE』の精神を忘れずに・・・

今日もミニバレーで良い汗と良い笑顔で過ごせたような気がします。疲れたのでぐっすりと寝れそうです。明日からまた仕事ですね、僕も頑張りますので皆さんも仕事頑張っていきましょう!

明日も皆さんにとって素晴らしい一日でありますように!おやすみなさい。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

わ 綿引勝彦(わたびきかつひこ。俳優として数々の映画やドラマで活躍している。その少しこわもての顔から、仁侠ものの映画や、時代劇などでは悪役が多いが、その反面にドラマなどでは良い人の役もこなすことのできる、名脇役である。)

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2007年4月 9日 (月)

拝啓、シェイクスピア様・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

拝啓 シェイクスピア様

『始めまして、私は猫男爵と申します。先日、あなたが書いた悲劇「ロミオとジュリエット」を現代版にアレンジしたドラマが日本という国で放映され、それを私は拝見させていただきました。アレンジされていたせいか、悲劇とまではいかない内容でしたが、あなたが描きたかった「運命」というべき背景は随所に見受けられたと思います。放送後、原作をすごく読みたくなってきました。』

と、言った感じで今日のブログは変わった形でスタートです(笑)

実は、先週の土曜日の夜に日本テレビ系で「ロミオとジュリエット~すれちがい~」という2時間ドラマが放送されました。皆さんの中にも見た方はいらっしゃるとは思いますが。

ロミオ役にはタッキーこと滝沢秀明が、ジュリエット役には長澤まさみが配役され、原作とは少し違う現代的な「運命の恋」を演じていました。ドラマで「ロミオとジュリエット」が放送されたのは1991年に木村拓哉がロミオを演じて以来のことだそうです。

このドラマのあらすじは『猫を交通事故から救おうとして負った手の傷を洗う滝沢に、ハンカチを差し出した長澤、それが二人の出会いでした。二人は後日、その時に長澤が落とした教科書を滝沢が届け、そして再会し、恋に落ちるという、まさに小説の中の世界にふさわしい恋物語です。ただ、このままハッピーエンドにいかないのが、シェイクスピアが描く世界観です。二人の愛には大きな障害が訪れ、やがて別離を決意・・・しかしその苦境を乗り越え幸せになる。』という、最後は原作とは少し違う内容でした。

原作の「ロミオとジュリエット」の舞台は14世紀のイタリアの都市ヴェローナ。そこでは、モンタギュー家とキャピュレット家が血で血を洗う抗争を繰り返していました。

ある日、モンタギューの一人息子ロミオは、友人らと共にキャピュレット家のパーティーに紛れ込みました。そこでロミオは、キャピュレットの一人娘のジュリエットに出会い、たちまち二人は恋に落ちてしまうのです。

そして二人は修道僧ロレンスの元で秘かに結婚をしたのです。しかし、結婚直後にロミオは街頭での争いに巻き込まれ、親友を殺された仕返しにキャピュレット夫人の甥を殺してしまったのです。そしてロミオは追放の罪に処され、悲しみにくれるジュリエットは政略結婚を命じられたのです。二人の恋は引き裂かれたのです・・・

困ったジュリエットはロレンスに助けを求めました。ロレンスはジュリエットとロミオを逢わせるべく、仮死の毒を使った計画を立てるのです。しかし、この計画がロミオにはうまく伝わらず、ジュリエットが死んだと思ったロミオは彼女の墓の前で毒を飲んで死んでしまうのです・・・その直後に仮死状態から目覚めたジュリエットはその事を知り、ロミオの短剣を使いすぐに後を追って死んでしまったのです・・・

何とも「運命」というものは残酷なんでしょうね・・・でも、それが結果的に二人を永遠の愛で結ぶことになったんですね。現実ではない作られた世界であるとはいえ、何ともロマンチックなお話ですよね。

こんな風にお互いの事を思える関係って本当に素晴らしいですよね。もし、自分がロミオだったら・・・と考えると、本当に死ぬ勇気があるのか・・・と、考えさせられました。

恋人というものは、順風満帆よりも何らかの障害が存在するほうが、より二人の絆を強くするという事をシェイクスピアは伝えたかったのかもしれませんね。それが結果的に「悲劇」とうい観点で描かれたのかもしれません。二人が死んだ事で、ハッピーエンドとは見られないかもしれませんが、逆に二人にとっては「死」というものが本当のハッピーエンドだったのかもしれませんね。

切なく悲しいストーリーに少しした猫男爵でした(泣)

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

く クロマニョン吉川(くろまにょんよしかわ。元たけし軍団の一員で、たけし軍団セピアとしても活躍した。しかし、芽が出ず芸能界を引退し、現在は軍団時代の先輩である東国原宮崎県知事の秘書を務めている。)

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2007年4月 8日 (日)

翔アニキに憧れて!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は雨まじりの曇り空でしたね・・・あまり僕にとっては好ましくない天気です。

さて、僕が憧れる人物のひとりに「哀川翔アニキ」がいます。彼のどこに憧れているかとう事はまず置いておき、彼について少しご紹介してみたいと思います。

哀川翔アニキは、皆さんも言わずとしれた「Vシネの帝王」として年間数十本の映画に出演しているトップスターです。アニキは、もともとは路上パフォーマンス集団「一世風靡セピア」に所属しており、『前略、道の上より』でレコードデビューをしました。一世風靡セピアには柳葉敏郎や勝俣州和も在籍していたことは皆さんもご存知ですよね。

その後、同郷の先輩である長渕剛から出演依頼を直々に受け、TBS系のドラマ『とんぼ』で俳優デビューを果たしました。このときの演技が好評を博し、本格的に俳優の道へと進んでいくことになりました。僕もこのドラマは見ていたのですが、長渕の舎弟という役が見事にはまっていて、とても素晴らしい演技だったと思います。その後も、長渕とのコンビは絶妙で、映画『オルゴール』『英二』やドラマ『しゃぼん玉』などは欠かさず見ていました。

そして1990年代に入ると、助演という立場から一本立ちし、主演を務めるようになり、活動もVシネマ中心に変え、圧倒的な存在感でヒット作品を量産していきました。2004年に出演した『ゼブラーマン』で主演作品100本達成という快挙も成し遂げてみせました。

そんな、翔アニキのどこに僕が魅力を感じて憧れているかというと、それは彼の「生活スタイル」にあります。

彼の朝は「太陽との真剣勝負」から始まるのです!常に起床時間は早く、4時や5時は当たり前なんだそうです。つまり「朝起きた時に太陽が昇っていたら負けで、昇る前に起きれば勝ち!」これが彼の一日の始まりなのです。そのため夕方には眠くなり、就寝時間は20時か21時なんだそうです。

やはり人間「早寝早起き」が理想ですよね。僕が憧れるのは「太陽と真剣勝負する」というその心意気です!僕も早起きはそんなに苦手ではないですが、唯一アニキとは違う点があり、「朝早く起きても夜も遅くまで起きていたい」ということです。

僕は起きている時間というものをすごく大切にしています。よって「寝るということがもったいない」という考えなんです。だから通常の睡眠時間も4~5時間あれば十分なんです。

昔の人は「早起きは三文の得」とよく言ったものです。確かに僕もそれには同感です。僕は朝食は365日必ず食べないとダメなタイプなんですが、早起きをしたらその朝食前に色んな事ができるんですよね。まあ、冬は夜明けも遅いし寒いのであまり早起きはしませんが、夏は早起きして、運動したり、庭仕事をしたり、犬の散歩したりと、やることはいくらでもあります。

朝の魅力は何といってもすがすがしくて空気が美味しいことです。近所の人との挨拶、小鳥たちのさえずり、東の空の太陽がくれるエネルギー、すべてに生きている喜びを感じます。そうすると朝食がより美味しく食べられるんですよね!

例外として、朝野球の試合がある時は3時起きなので、まだ薄暗いですけどね。それに、飲んだ翌日は、たまにゆっくり寝ていたいなあとは思いますが、それでも休みの日に寝ているのはもったいなくて、天気さえ良ければ二日酔いのまま外で何かしらやってますね(笑)ですから、翔アニキの「太陽との真剣勝負」にはとても強い憧れを感じます。

翔アニキには5人の子供がいるんですが、実は奥さんはバツイチで上の3人の子は前夫との間にできた子なんです。ですから本当に自分の子供は2人だけなんです。しかし、翔アニキは自分にとって最初の子供が産まれた時の取材に対し、『いや、うちの子供は4人目ですから』とハニカミながら話したそうです。そのへんにも彼の性格がにじみ出ていますよね。

しかし彼はとても短気な性格で、子育てにもとても厳しく『うちは家族じゃないんだ。族だから。』と語っている通り、約束した時間を守らなかったりすると、見境なく鉄拳制裁が飛んでくるそうです。哀川家には「嘘をつかない、人の物を取らない、人を傷つけない」という3原則があり、これを破ると「半殺し」になるそうです。その反面、ものすごい子煩悩としても有名なんです。

なかなか今のこの時代には欠けている、人間としては当たり前の事を3原則にするという教育方針、そして家族をとても大切にするその精神、僕も将来家族を持った時に、見習いたい一面です。それがアニキの魅力のひとつでもあります。

「哀川翔」・・・彼の貫く生活スタイル、そして家族愛、すべてが僕の理想像であり憧れでもあります。僕もいつか大切な人と、そんな素敵な暮らしができたらいいと思います。まあ、僕はアニキのコピーではないので、僕は僕なんで、自分のスタイル、そして相手のスタイルに合わせますけどね(笑)

それでは今日はこのへんで。

P.S くしくも、明日は仕事で朝4時起きです・・・(選挙の新聞号外を配達する仕事があるために)まだ太陽は出てないよなきっと・・・だから明日は僕の勝ち?(笑)

お 大和田獏(おおわだばく。俳優でもありキャスターでもある。妻は女優岡江久美子、長女も女優大和田美帆、実兄は俳優の大和田伸也。妻の岡江が8:30~TBS系『はなまるマーケット』に、大和田本人が11:25~テレ朝系『ワイド!スクランブル』にそれぞれキャスターとして出演している。また、ダジャレ好きでも有名である。)

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闘魂列伝 ~創設期~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

さて、今日からシリーズ企画ものをまた始めてみたいと思います。今回の企画は男性の方は必見の「新日本プロレス」の歴史について、色々とご紹介していきたいと思います。

女性の方も、これを機に興味を持ってみてはいかがですか?きっと知ってる名前のレスラーも出て来ると思いますよ。飽きずに楽しんでくださいね。

1972年1月、日本プロレスに所属していたアントニオ猪木が「クーデター疑惑」で追放され、新たな団体を設立することになりました。それが「新日本プロレス」でした。

しかし、旗揚げ当初の所属レスラーは猪木以外に、山本小鉄(のちにレフリー)、藤波辰巳、木戸修ら数人で、外国人レスラーも日本プロレスにおさえられており、興行もおもうようにいかず、倒産も時間の問題だと巷では言われていました・・・

しかし、猪木は日本プロレスのエースであった坂口征二(俳優坂口憲二の父)の引き抜きに成功し、と同時にTV中継(テレビ朝日)の契約を交わしTV中継を開始しました。

そしてそのTV中継を活かし、見事に国民のハートを掴むのに成功したのが、猪木が提案した「異種格闘技戦」です。中でもプロボクシング世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリ戦は世界で中継され注目の的となりました。試合は時間切れ引き分けに終わりましたが、これを機に異種格闘技ブームが巻き起こり、新日本の目玉興行へとなっていきました。この時、アリに対して猪木が猛烈な蹴り攻撃をおこない、これがのちに「アリキック」という技になったのです。

当時の新日本では猪木と坂口が「黄金コンビ」と呼ばれており、徐々にジャイアント馬場が率いる「全日本プロレス」をしのぐ人気を誇るようになったのです。

特に坂口征二の活躍は目覚しく、得意技の「ジャンピング・ニーバット」で数々の対戦相手をねじふせ、「世界の荒鷲」と呼ばれていました。のちに彼は新日本の社長を務めますが、人間的に実直であり、また人望も厚かったために、彼を慕う選手は多くいたそうです。また経営者としての力量にも長けており、『猪木が作った借金をすべて返済できたのも坂口の力があったから』とも言われています。のちに迎える新日本全盛期当時の社長が彼であったことからも、それはわかります。新日本の発展には彼の力が大きく貢献したといえるでしょう。

そして、この1970年代最も注目を集めていたのが、猪木とタイガー・ジェット・シンの抗争でしょう。シンは1973年に初来日し、頭にはターバン、手にはフェンシングのサーベルを持ち、最強のヒールレスラーとして登場しました。なぜか入場の際には意味も無く暴れて、セコンドやファンに対してサーベルで攻撃するという不思議な行動をとっていました。僕もその光景には幼いながらも怖かったことを思いだします。

そして事件はリングの外で起きました・・・当時、猪木は妻の賠償美津子さん(ドラマ「東京タワー」のおかん)と買い物中に路上でシンに襲撃されるという衝撃的な事件が起きたのです。いわゆる「新宿路上襲撃事件」です。この事件は警察が出動するというプロレス史上に残る大事件だったそうです。この事件が原因で、猪木とシンの抗争はさらに激化し、シンの度重なる極悪非道な暴挙に猪木の怒りが爆発し、試合中に猪木はシンの腕を「アーム・ブリーカー」という技でへし折るという鉄拳へ出たのです。このシーンは昔の映像集で何度も見たことがありますが、猪木の鬼のような形相がすごかったのを憶えています。この「腕折り」で二人の抗争は終焉を迎えましたが、プロレスという枠を越えた何とも凄まじいものでした。

こうした猪木中心の新日本プロレスの創設期は、「TV」という最高の武器を手に入れ、徐々に国民に受け入れられ、のちに中心となっていく、藤波辰巳、長州力、木村健吾などの若手の台頭も後を押し、絶大な人気を誇示していくようになったのです。

今日は新日本プロレスの「創設期」についてご紹介しました。僕はこの頃の時代については、あまりリアルタイムで見ていないので、過去の映像や人から聞いたお話でしか解らないことが多く、うまくご紹介できなかったかもしれません。大変申し訳ございません。次回からは1980年代に突入するので、僕は一番プロレスに夢中になっていた時期なので、かなりリアルにご紹介できると思います。お楽しみに!

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人)

う 植草貞夫(うえくささだお。元朝日放送アナウンサー。特にスポーツ中継の担当が多く、中でも高校野球の実況は彼の人生そのものと言っても過言ではない。僕も幼い頃から彼の実況や名ゼリフを何度も聞いたことがあります。「甲子園は清原のためにあるのか!」や「荒木大輔鼻つまむ~!」などは今でも心に残る名ゼリフです。)

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2007年4月 6日 (金)

魔法の豆!

魔法の豆!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日はとても暖かい一日でポカポカした春の陽気でしたね。まさに春本番になってきましたね。

仕事を終えた僕は今日はサウナに行き、1週間の疲れを取ってきました。建設会社の社長さんもよっぽど疲れていたのか爆睡してました。

明日は土曜日ですが僕は仕事です・・・まあ仕事といっても一人で日直です。土曜日はまったく暇なので、一人で朝から夕方まで会社にいるのはすごく退屈です・・・誰か遊びに来てくれないかなぁ~なんちって(笑) とりあえず頑張ろうっと!

さて、皆さんは上の写真をご存知ですか?そうです「仙豆」です!アニメ「ドラゴンボール」を知ってる方であれば誰でもわかりますよね?

悟空たちのピンチを何度となく救ってくれた「魔法の豆」、それが「仙豆」です。「仙豆」は我ら猫一族の聖地カリン塔に住む、猫の仙人カリン様によって栽培されている豆なのです。

この豆はカリン塔で1年間に7粒しか収穫できない貴重な豆です。ただし、1粒の栄養価が極めて高く、一粒食べれば軽く10日は飢えを凌げるのです。

僕も何度これを食べたかったことか・・・でも、この豆がもし現実に存在したら大変な事になりますよね?おそらく争奪戦になることか間違いありませんね。スポーツ選手などはこぞって手に入れたいはずです。一粒食べれば体力がすぐに回復するんですから、喉から手が出るほどほしいはずです。

また、大量栽培が可能になれば、病気治療にも活用でき、病院や医師はまったく必要にならなくなったりもするかも・・・まさに「魔法の豆」ですね。

実は、その魔法の豆「仙豆」が遂に製品化されたのです!!

さあ、皆さんでカリン塔へ向かいましょう!と言っても、カリン塔なんて現実にはありませんからそれは無理な話ですね。それではどこに行けば手に入るかというと、アミューズメント施設に向かいましょう!

この「ドラゴンボール陶器の仙豆壺&仙豆風枝豆」はクレーンゲームの景品として登場しています。(株式会社バンプレストが開発担当しました)

すでに3月中旬より全国のアミューズメント施設で展開されています。上の写真でもわかるように陶製なので、そこそこ重いようですが、コインを握りしめて頑張ってGETしてください!僕も早くGETしたいと思います!

皆さんの中には、ひょっとしたら『もうすでに手に入れたよ!』という人もいるかもしれませんね?もし、いましたらご感想などを教えていただければ幸いです。

食べた後に、『サイヤ人に変身しちゃった!』なんて事はないですよね!なんちって(笑)

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人)

み 水島新太郎(みずしましんたろう。『ドカベン』などの作者で知られる漫画家の水島新司の息子。元たけし軍団の一員で、現在は俳優として活躍している。たけし軍団に入った当初は「おぼっちゃま」という芸名だった。また、たけし軍団セピアを一緒に組んでいたサード長嶋とは堀越学園の同級生で、ともに野球部に所属していた。)

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2007年4月 5日 (木)

真夏の蒸し列車・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

まずは今日がプロ入り2試合目の登板となったマー君の結果です!

今日はデーゲームで試合が行われました。マー君は日ハム打線に対し真っ向勝負をして、6回を投げ被安打5、奪三振6、失点1の好投を見せましたが、1対1のままマウンドを降りたために勝敗はつきませんでした。プロ初勝利はまたも次戦におあずけです・・・でもナイスピッチングでした!次こそは期待できます!頑張れマー君!

さて、皆さんは色々な交通機関を利用すると思いますが、それを利用している時に思わぬハプニングに遭遇した経験はありませんか?1度ぐらいは経験したことがある方もきっといらっしゃいますよね?今日は僕が体験した苦いハプニングのお話をしたいと思います。

あれは今から5年くらい前の7月も末に近づく真夏の日の事でした。

その日は、札幌で会議があるために朝一番の特急列車に乗り込み、札幌へと向かいました。そして、札幌での会議を無事に終え、夕方5時過ぎの帰りの特急列車へと僕は乗り込みました。

列車は定刻通り札幌駅を出発しました。僕の席は窓側で、隣りの席は40代くらいの少し小太りのサラリーマンでした。途中、僕は売店で買った駅弁を頬張り、空腹を満たしながら至福の時を過ごし、雑誌を読んだり、当時はまだ吸っていた煙草をふかしながら、列車の旅をくつろいでいました。

札幌から僕の降りる駅までは、通常2時間程で着く距離でした。そして、ちょうどあと30分くらいで僕の降りる駅に着く所まで来た時にそのハプニングは起きました!

「キイッーッー!!」という激しいブレーキ音とともに、「ボンッ!ガラッガラッガラッ!!」という何かをひきずる音が聞こえ、列車は急停車しました。僕は1号車(先頭車両)に乗っていたために、その轟音をリアルに耳にしてしまいました。

僕はすぐに何かをひいた音だな・・・と思いました。熊か・・・鹿か・・・

それからしばらくして車掌からのアナウンスが入りました。『ただいま、線路に鹿が飛び出し急停車しましたが、間に合わず接触事故が起きました。車両点検致しますので少々お待ち下さい。お怪我された方はいませんでしょうか?』というアナウンスでした。

幸いにも僕の乗っていた車両にはケガ人もいないようでした。ただ、荷物が上の棚から落ちたりして少し散乱はしていましたが。

それから数十分が経過しましたが、全く列車が動く気配はありません・・・それどころか列車内の温度が徐々に上がっていったのです!

最後まで空調の電気系統が故障したというアナウンスはありませんでしたが、明らかに冷房が効いてませんでした。冷房無しの列車内は人ごみに加え、真夏という事もあり、蒸し風呂状態になっていったのです!

僕の隣りの席のサラリーマンはおそらく汗っかきなのか既に汗だくで、見るに見かねる状態でした・・・喉も渇き、飲み物も飲み干した僕は、ワゴンサービスが来るのを待ちわびていました。

そして、また数十分が経過し、ようやくワゴンサービスが僕達の車両にやってきました。しかし・・・もうすでに、前の車両で相当飲み物は売れたらくし、冷たいドリンクは一つも残っていませんでした・・・僕は仕方なくホットコーヒーを注文し、クソ暑い中で仕方なく飲み干しました。その時のホットコーヒーは死ぬほどまずかった・・・

そんな状況が何と2時間以上続き、もう乗客はみんなぐったりと疲れきっていました。僕もすごく息苦しくて、あれほど時間が経つのが遅いと感じたことはありませんでした。普通列車なら窓を開けれるのになあ・・・と何度心の中で叫んだことでしょう。

そして、もう乗客の疲れもピークに達した頃、車内にアナウンスが!『大変長らくお待たせ致しました。点検作業が終了しましたので、間もなく発車致します。』というアナウンスでした。列車内には安堵の声があちこちからあがり、僕もやっと地獄から解放された気分でした。

列車が動き出すとともも冷房も少しずつ効き始め、数時間ぶりの心地よさを味わいました。本当に冷房の大切さを強く感じた瞬間でした。

結局、僕の降りる駅に到着したのは、定刻から2時間半遅れでした。本来なら19時半には着いているはずなのが、22時を少し廻っていました・・・

僕の中では、史上最強の辛い列車の旅でした・・・もう絶対に体験したくありません!

皆さんはこんな辛い体験をした事はありませんか?文明とは便利な反面、不便になることもあるっていうことを肌で感じた猫男爵でした。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

な 中島宏海(なかじまひろみ。ドラマなどで活躍する女優。トレンディードラマ全盛期の名作『愛という名のもとに』では、唐沢寿明や江口洋介らが所属する大学のボート部で鈴木保奈美らと共にマネージャーを務め、卒業後はトップモデルとして活躍しながらも森本レオと不倫するという難しい役を演じた。)

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2007年4月 4日 (水)

スマイル王子!?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は仕事から帰ってきて、すかさず号泣してしまいました・・・

「TVっ子」の僕は部屋に入ると即テレビONなんですが、「ひとつ屋根の下」の再放送がやっていまいした。しかも今日は最終回!

足の痛みをおして、兄弟のためにマラソン大会に出場したあんちゃんが足を引きづりながら懸命に走るもゴール前で力尽きて倒れてしまうのです。しかし、そこであんちゃんの視線には妹小梅の姿が・・・そして『君の心に続く長い一本道は♪・・・』で始まるチューリップの名曲「青春の影」が流れるのです。もう、僕の涙腺は限界を超えてが止まりせんでした・・・何度見ても泣ける名シーンです。

ちなみに柏木6兄弟によくしてくれる、「広瀬のおじさん」という登場人物がいるのですが、この人が「おぎやはぎ」の「やはぎ」に激似です!(笑)

話は変わって、実は昨日はどうしても今日までに提出しなければならない仕事上の書類があったので、家に書類を持ち帰り朝5時まで頑張ってなんとか終わらせました。

若い頃なら寝ないで仕事とか行けたんですが、さすがに今日は辛かったです・・・午後からの睡魔との戦いは歴史に残る名勝負でした(笑)でも今は全然眠くないんですけどね。

さて、昨日は週に一度のミニバレーの日でした。昨日はなんと13人!も集まりました!メンバーはSんでぃHこHたちゃんRょう君、初参加のNぶさん(西6条の貴公子)、AっけMどかAゆNかSっとAっちゃん、久しぶりにMさ(泥4号妹)が来てくれました。そして猫男爵、の合計13名です!素晴らしいですね。やっぱりみんなでワイワイ騒いで汗を流す。最高じゃないですか!来週もみんなで楽しみましょうね!

どうしても仕事や用事で来れない時はやむを得ませんが、週に1度の集まりなので、できるだけ積極的に参加して楽しみましょうね!5月には仲間うちの大会も計画中ですし、ここはひとつみんなで盛り上がっていきまっしょい!

きっと皆さんもそうだと思いますが、僕は「笑ってる時」が一番幸せです。「笑顔」ってすごく大切ですよね。人が受ける印象も違うし、何よりも自分の心がすごく気持ちいいです。

人間ですから「喜怒哀楽」があって当然ですし、泣きたい時には思いっきり泣き、嬉しい時には思いっきり喜ぶ、腹が立つ時は気のすむまで怒る、それが人間です。でも、「笑う事」って僕の中ではすごく特別です。だって、まわりにいる人や隣りにいる人が笑顔でいたら自分も心が和むし、無論それが自分にとって大切な人なら尚更ですし、逆に自分が笑っていたら、きっと相手も同じような気持ちになると想うんですよね。これは僕の勝手な考えかもしれませんが・・・だから「笑顔」って本当に素敵だと思います。

皆さんも、辛い事や悲しい事があった時、思いっきり泣いて、そしてその後は思いっきり笑ってください。下を向いていたら涙は落ちてきます。でも、上を向いていたら涙は落ちませんよ!人間の顔はきっと「笑顔」が似合うように作られていると思うんです。笑っている人をみて暗くなったりはしないですよね?気持ちが明るくなりますよね!「笑顔」でいきましょう!

というわけで僕もこれからは笑顔をかかさない「スマイル王子」になっていきたいと思います!まあ、「王子」っていう歳でもないんですけどね(笑) なんちって(笑) 逆になんちって(笑) もうひとつおまけになんちって(笑) 今日はなんちっての大安売りだね大将!(笑) なんちって!

とにかく昨日のミニバレーは無性に楽しかった猫男爵でした。

それでは今日はこのへんで。

P.S. プロフィール更新したのでチェックしておいてください(笑)

(今日のマニアック有名人しりとり)

お 岡田奈々(おかだなな。1970年代を代表する最も清楚で可憐な女性アイドル。その後は女優に転向し、ドラマ「スクールウォーズ」では山下真司演じる滝沢先生の妻役を好演した。)

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2007年4月 3日 (火)

パンドラの箱・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日4月3日(火)15:00~4月4日(水)15:00までメンテナンスのため更新できません。よって今日は夜中のうちに更新しておきます。前回の経験を踏まえて、同じ失敗はしません(笑)

ところで今日4月3日はいよいよ高校野球センバツ大会の決勝戦が行われます。戦国時代と言われた今回の大会、やはり予想できない決勝のカードとなりました。

常葉学園菊川(静岡)VS大垣日大(岐阜)!誰がこの対戦を予想したことでしょう・・・いずれにしても高校野球界に新たな1ページが刻まれることでしょう。両チームの選手には最後まで全力プレーで頑張ってほしいですね。

さて、皆さんは「パンドラの箱」ってご存知ですか?一度は聞いたことありますよね?僕のイメージでは「開けてはいけない」「見てはいけないもの」とか、そういうイメージがありますが皆さんはどうですか?

そもそも「パンドラの箱」とは、ギリシア神話の中で神々によって作られたパンドラという女性が開けたのことだそうです。

プロメテウスが天界から火を盗んで人類に与えた事に怒ったゼウスは、人類に災いをもたらすために「女性」というものを作るように神々に命令したのです。

神々は泥からパンドラという女性を作り、パンドラは神々から様々な贈り物を与えられたのです。そして神々は最後に彼女に『決して開けてはいけない』と忠告して、ある「箱」を持たせ、プロメテウスの元へと送り込んだのです。

パンドラの姿をみたプロメテウスの弟エピメテウスは一目惚れしてしまい、『ゼウスからの贈り物は受け取るな』という兄の忠告を無視して、彼女と結婚してしまいました。

そんなある日、パンドラは好奇心に負けて「箱」を開けてしまったのです!すると、そこから様々な災い(疾病、悲嘆、欠乏、犯罪など)が飛び出したのです!パンドラは慌ててその箱を閉めましたが、既に1つだけを残し全て飛び去ってしまった後でした・・・

最後に残ったものというのは、「絶望」という災いでした。しかしこれが残ったことにより、人類は「希望」だけは失わずにすんだのです。こうして、以後人類は様々な災いに見舞われながらも、希望だけは失わず生きていくことになったのです。

これが「パンドラの箱」の神話だそうです。だから、今生きている僕達にもどんなに苦境に立っても「希望」を持つ心だけはあるんですね。

でも、パンドラが箱を開けてしまった気持ちもよくわかりますよね。人間って『開けるな』と言われれば『開けたくなる』のが心理ですもんね。

でも、開けた時にはもう遅いんですよね・・・そんな状況って生きていく中で結構ありますよね。もしこれから、そういった場面に出くわしたら「パンドラの箱」の神話を一度思い出してみてはいかがですか?何か自分が神に試されているような感覚に陥るかもしれませんね。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

ま 益荒雄(ますらお。1980年代「白いウルフ」のニックネームで活躍した元力士。最高位は関脇。当時、横綱・大関を次々と倒し「益荒雄旋風」を巻き起こした。)

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2007年4月 2日 (月)

夏を待てない!

夏を待てない!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

昨日は全国地各地で猛暑となり、静岡では31℃の真夏日!東京でも26℃の夏日と4月とは思えない暑さでした。いいな~北海道はまだまだ寒いっていうのに・・・夏大好きな僕にとってはうらやましい限りです・・・

それでも北海道は梅雨がないので過ごしやすいことは確かですが、僕としてはもう少し暑いほうがいいですね。道民のみなさん勝手なこと言ってすいません(笑)

さて、実は僕は(株)RCP(ラリーズコーポレーション)という会社の代表取締役をやらさせていただいてます。とは言ってもこの会社は実在はしておらず、架空の会社なのですが(笑) ちなみに専務取締役は友人のHきです。

この(株)RCPという会社は、いつも遊ぶ高校の同級生の友達を中心に僕が勝手に作った会社で、設立は1997年と以外に古く、今年で満10年になります。

事業目的は『色々なイベントを企画し、自分たちで楽しむ』ことです。また、会社のキャッチコピーは『時代をプロデュースする未来型企画会社』です。

事業内容は主に、焼肉、温泉旅行、バスツアー、飲み会に花見、焼肉そして焼肉などなどです。その中でも一番力を入れているイベントがあります!それは「キャンプ」です!!

キャンプには多い時で年に3回行った時もありましたが、近年はみんな家庭を持ったり仕事が忙しかったりするので、年に1回になりました。そしてその中でも、毎年必ず行くキャンプ場が新ひだか町の三石(合併前は三石町)というところにあります。

ここのオートキャンプ場は設備が充実していて、各サイトには電気、水道が設置してあり、自由に使用できるために、すごく楽しめます。また、テントを張ったすぐ目の前には太平洋が一望に広がり、遊泳したり、ビーチバレーやビーチフラッグなどで楽しむこともできます!上の写真は海に飛び込むと、友人のSさです。(3年前の写真)

そして海で遊んだ後には、シャワーで海水を流しコインランドリーで洗濯もできます。そして隣接している「道の駅」では、抜群に美味しいソフトクリームも食べれます!思い出しただけでも今すぐ行きたくなってきました!

ここには毎年数人で行くのですが、数年前までは参加人数が10人前後はいたので、バスをレンタルしてキャンプ場まで行きました。当然、キャンプ場にバスなんかでくるお客さんはいるわけもなく、僕らは全ての視線を浴び、注目の的でした(笑) まあ、それが快感なんですけどね(笑)

海の見える場所で、のんびり焼肉をやりながらビールを飲み、夜になったら花火で楽しみ、ゲーム大会、ものまね大会、宝さがし、そして何と言ってもここの一番の良い所は「満天に広がる星空」です!はっきり言ってすごいですよ!キレイという次元を越えています!朝まで見ていたくなる星空です。ぜひ皆さんにも見せてあげたいです。大切な人と二人で見たらすごいロマンチックだと思いますよ。見たいなあ・・・

今年もここには行く予定です。その受付が年度始めの今日から始まったので、早速本日予約完了しました!実はここのキャンプ場の人気は半端なくすごくて、予約開始の初日は電話回線がつながらず毎年苦労しています。今日も仕事の合間を縫って電話すること10回目・・・やっと電話がつながり、希望の日程でなんとか予約することができました。

これで夏の準備は万端です!『いつでも来い夏!オレはお前の事を待ちわびてるよ!』ってな感じです(笑) ごめんなさい「夏」のこととなるとついつい、はしゃいでしまって・・・とにかく今からキャンプが楽しみで仕方ない猫男爵でした。

皆さんの中にも夏が好きっていう方もいますよね?今年の夏はどんな夏になるんでしょうね?暑い夏になって、思い出に残る楽しい夏になることを僕は祈ってます!

ちなみに全然話は変わりますが、Hきが昨日黒ワーゲンを見てしまったそうです・・・彼の身にまた不幸が起きなければいいのですが・・・心配です・・・皆さんも黒ワーゲンには充分お気をつけください!

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

へ(ぺ) ペギー葉山(ぺぎーはやま。本職は歌手だか、それ以外にもフジテレビ系「ひらけ!ポンキッキ」の「しつけのコーナー」を担当していた。夫は根上淳(故人)。その他にも「ウルトラマンタロウ」でウルトラの母の声をやっていた。)

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2007年4月 1日 (日)

日本一の駅!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日から4月ですね。新年度の始まりです!年度変わりって何かとても新鮮な気持ちになりますよね。

今日は日曜日だったので、僕は明日から新年度の仕事スタートです!僕も大学を出て、気がつけば入社11年目が明日から始まります!何かあっという間に時が過ぎていったように感じます。

僕の仕事は地域に密着した仕事なので、地域の皆さんにとてもお世話になっています。入社当時は右も左もわからない僕でしたが、今では地域の多くの方々に顔を覚えてもらい、少しでもお役に立てればと頑張っています。もちろん苦情やトラブルにも対処しなければならないですが、そんな辛いことも地域の皆さんの喜んでくれる笑顔を見たら吹き飛びます!これからも住みよい地域作りのために日々精進して頑張ります!

話は変わり、昨日お話した「ご飯に合うオカズ」の話ですが、実は今日の夕食は親父と二人で近所の定食屋にご飯を食べに行きました。そこはよく行く定食屋さんなんですが、まだ「エビフライ定食」を食べたことが無かったので今日は注文してみました。しかも、そこのお店はエビの本数を自由に選択できるので、僕は迷わず「3本」で注文しました!タルタルソースが付いてなかったのは残念でしたが、とても美味しかったです。もちろんご飯はお代わりしました(笑)お腹いっぱいで大満足で帰宅しました。

さて、今日のブログの本題に入りましょう!「日本一の駅」こう聞いて皆さんはどんな事をイメージしますか?一体何が日本一なのか?いろいろと想像しますよね・・・

実は今日ご紹介するのは「日本一長い駅名の駅」です!日本一ってどれくらい長いの?と考えますよね。皆さんびっくりしますよ!

その駅は島根県松江市にある「ルイス・C・ティファニー庭園美術館前駅」です!

実はこの駅は平成13年までは「古江」という、いたって普通の名前の駅だったのですが、駅前に完成した美術館の開業を機に駅名を変更したのです。その後、駅名看板をかたどったキーホルダー等の記念グッズは鉄道ファンらにとても人気でした。しかし、肝心の美術館の入館者数が落ち込み、今年の3月末つまり昨日をもって閉館・・・それに伴い駅名も4月末で変更になるそうです。だから日本一の座は別の駅に譲ることになってしまうのです・・・

では代わりに日本一になる駅はどこか?というと、現在第2位の熊本県南阿蘇村にある「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」です。これも実に長いですね~

そのほ他にも長い駅名では、茨城県の「長者ケ浜潮騒はまなす公園前駅」、福島県の「やながわ希望の森公園前駅」などがあります。

でも、長くて有名になれば観光名所になったりはすると思いますが、他にメリットはあるんでしょうかね?駅員も駅名をアナウンスするのも大変だろうし、おそらく地元の人は略して呼んでいることでしょうね。それに無理矢理日本一になるために駅名を長い名前に変更するという、いたちごっこをするだけになったりしなければいいのですが・・・

いずれにしても、やっぱり駅名の長さは普通が丁度いいですよね。でも、変わった事が好きな僕の事だから、いずれはその「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」に行ってみたいです!(笑)

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

ほ(ぼ) 保積ぺぺ(ほずみぺぺ。1970年代の中村雅俊主演の青春学園ドラマシリーズには欠かせない存在だった。現在も俳優やタレントとして活躍中。)

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ご飯がススム!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

まずは今日行われた高校野球の結果です。大阪桐蔭負けちゃいました・・・中田翔君は残念ながら不発に終わり、ベスト8で敗退です・・・でも中田君はこの悔しさをバネに必ず一回り大きくなって夏の甲子園に帰ってきてくれるはずです!期待しています!

さて、突然ですが皆さんはご飯は好きですか?ご飯といっても「米」のことです。僕はお米大好き人間です!「米人間コンテスト」とかあったら必ず出たいくらい大好きです!(笑)

多分、僕のライバルになるのは、とんねるずの憲さんぐらいでしょうね!憲さんの米好きもかなり有名ですが、今度機会があればぜひとも勝負してみたいです。

無論、白いお米だけを食べても美味しいんですが、やはりお米の美味しさを生かすも殺すも、それに合う「オカズ」がとても重要だと僕は思います。そういう事で、今日は僕なりにご飯がどんどんすすんでしまう「オカズ」をランキングしてみたいと思います。

まず第10位「ハンバーグ」 これは定番ですね!ハンバーグの良い所は小さい頃から馴染みが深いせいか、すんなりとご飯とマッチングできる所です。ソースやケチャップ、デミグラスソースなどもご飯に合うんですよね。これがたまりません。

続いて第9位「鶏の唐揚げ」 これは単品で唐揚げだけでも当然美味しくいただけるんですが、パリパリとした外側の皮と、噛んだときに中から出て来る肉汁が、見事にご飯とマッチングして、より美味しさをUPさせるんですよね~ あ~よだれが出てきそう(笑)

続いて第8位「サバの味噌煮」 魚は基本的にお米にすごく合うんですが、その中でもこのサバの味噌煮はたまりませんね~もう気がついたらご飯が無くなっていて、ついついお代わりしちゃいます!

続いて第7位「コロッケ」 コロッケには色んな種類がありますね。ポテトコロッケ、かぼちゃコロッケなどなど・・・でも僕が一番好きなのは「カニクリームコロッケ」ですね!二口ぐらいで茶碗1杯は軽く食べちゃいますね。

続いて第6位「エビフライ」 食がどちらかというお子様チックな僕にとってはこれも絶対にはずせないオカズです!お店で「エビフライ定食」を注文するときは確実にご飯はお代わりしてますね!エビが3本付いているお店だとベストですね。1本目はシンプルに何もつけずにエビ本来の味を楽しみ、2本目はソースもしくは醤油でいただき、そして最後の3本目はタルタルソースで閉める!これが僕にとっては最高の食べ方です!

続いて第5位「豚肉の生姜焼き」 これも定食屋さんの定番メニューですが、家でもよく作って食べますね!何と言ってもスタミナもつくし、タレがご飯と見事なハーモニーを奏でます。最高です!このへんにくると、臭いだけで茶碗1杯は食べれるレベルにきますね(笑)

続いて第4位「ブリの照り焼き」 これがまた美味しくて美味しくてたまりません!大きさにも寄ると思いますが、ブリひと切れで茶碗3杯は行けると思います。「キング・オブ・サカナ」です!

そしていよいよベスト3です!第3位「マーボー豆腐」 どんぶりにしてご飯の上にかけて「マーボー丼」にする食べ方もありますが、僕はあえて茶碗でマーボー豆腐を少しずつご飯に乗せながら食べるほうが好きですね。少しピリ辛の味が更に食欲をそそり、ご飯がどんどんすすみます!茶碗4~5杯は楽に行けますね!豆腐も大きめよりは少し小さめにカットしたもののほうがよりベストです。

そして第2位「納豆」 これは1位のものと相当迷いましたが、おしくも次点です・・・しかし納豆にいたっては、365日毎日食べても飽きることはないくらいの大好物です!納豆には醤油よりもパックについてる「たれ」を使うほうが多いですね。シンプルに納豆にたれだけをかけて食べています。ご飯との割合は茶碗1杯につき納豆のパック3分の1くらいがベストですね。つまり1パックで3杯は行けるということです!本当にご飯との相性は抜群でたまりません!!

そして輝く栄光の第1位は!「めんたいこ」です!!もう言葉は要りませんね。まさにご飯と一緒に食べるために生まれてきたような食べ物です!一度食べ出したら箸が止まりません!何杯でもご飯食べれちゃいます(笑)いや~もう話しているだけでお腹すいてきちゃった~

どうですか?皆さんの好きなオカズはランキングされてましたか?でも僕は本当に日本人に生まれて幸せです!だってお米が主食なんですから!毎日いろんなオカズで美味しくご飯を食べれるなんて本当に幸せです。お米最高だよ!!

いつか憲さん「米談義」してみたいな~ ちなみに番外編としてご紹介しますが、「カレーライス」も僕の大好物のひとつなんですが、ルーとご飯の割合はルーが3に対しご飯7がベストです。これは憲さんも同じ事言ってました。憲さんはカレーは臭いでまず1杯、そして福神漬で2杯、それからやっとルーで食べるって前にテレビで言ってました。さすが「米職人」だなあ~やっぱり尊敬できます。憲さん最高!!

今日は米大好きの僕が勝手に「ご飯に合うオカズ、ベスト10」を発表してみました。皆さんも何か『これも美味しいよ!』っていうものがあればぜひ教えてください。今後の参考にしたいと思います!

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人)

す 3B LAB.☆S(スリービー・ラボ。元「19」の岡平健司が率いる4人組バンドグループ。)

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