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2007年3月26日 (月)

「15」の決断・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

僕には小さい頃から、たったひとつの大きな大きな夢がありました。それは「プロ野球選手になること!」です。

父から聞いた話だと、2歳の時にはすでにプラスチックのバットを振り回し、ボールを投げて遊んでいたそうです。僕の祖父は、あのミスタープロ野球長嶋茂雄さんの高校の先輩にあたるそうで、千葉の佐倉高校というところを卒業したらしいです。

そんな事もあってか祖父も大の野球好きで、その血は父にも受け継がれ、父は高校で野球をやっており北海道予選の決勝戦までいき、あと一歩のところで涙をのみ、甲子園には行けなかったそうです・・・

そんな祖父と父の夢を継ぐかのごとく、僕は野球好きな子供にすくすくと育っていったそうです。物心ついた頃には、テレビの前で野球に釘付けになり、いつも家の前で壁に向かって投球練習をしていたそうです。そして休みの日には父とキャッボールを良くやったそうです。

そして、小学校に入学する頃には、当時から大ファンだった巨人の帽子をいつでも被り、「大きくなったら巨人の選手になる!」と断言していたそうです。

その頃の巨人は、王さんと長嶋さんが引退した後で、江川、原、西本、篠塚、中畑、定岡などの次世代のスターがたくさんいました。僕はそんな名選手をいつもテレビで応援しながら「いつかあのグランドに立ち、活躍してやる!」と思っていました。

小学生の時の遊びと言えば、多くの時間を野球に割いていたことを今でも憶えています。ただ、ひとつだけ僕の前には大きな問題がありました。僕の住んでいる街には少年野球のチームが無かったのです・・・その結果、僕はサッカーをやらざるを得ませんでした。

そして中学入学と同時に待ちにまった野球部に入部しました!そして、先日のブログ「青天に響く誓い」でご紹介した通り、多くの素晴らしい仲間に恵まれ、充実した3年間の野球生活を過ごしました。

そして、いよいよ進路の選択が僕に迫っていました。無論、僕は「プロ」に行くことしか考えておらず、そのためにはどうしても甲子園に行けるチームに行こうと考えていました。最初は本州の強豪校に野球留学しようかとも本気で考えてましたが、自分の力はそこまではないと判断し、地元で一番強い高校に行こうと決めました。

野球推薦でなんなくその高校から合格の通知をもらい。いざ野球部入部のために見学に行きました。しかし、そこで僕が目の当たりにしたのは想像を絶する光景・・・汗だか涙だかわからなくなるくらいまで、泥だらけになりながらノックの嵐を受ける先輩たちの姿でした・・・

「俺ははこれに耐えることできるのか?」・・・僕の頭の中に強烈な迷いが溢れてきました。今まで地元では「自分より野球が上手いやつなんていない」とたかをくくっていましたが、始めて野球をやることに恐怖を感じてしまったのです・・・

数日間悩んで出した結論・・・それは野球を諦めることでした・・・自分が小さな頃から描いていたビジョンがすべて消え去っていく瞬間でした・・・15歳のある夜の決断でした。

今でもその夜流した涙は忘れません。そして父が「野球がすべてじゃないからな。お前にはこれから色んな人生が待っているんだから、だから高校行って一生懸命頑張れ!」と言った言葉が今も耳にこだましています。次の休みの日、父は黙って僕とキャッチボールをしてくれました。それ以降、僕は一度も父とキャッチボールをしたことはありません・・・

今の僕は、「プロ」の野球は諦めましたが、「朝野球」のチームに所属し野球を続けています。でも、年齢の事を考えると、プレーできる年数もあと少しだと自分なりに決めています。ボロボロになって体が自分の思い通りに動かなくなる前に、バットとグローブは置こうと考えています。おそらくあと数年でしょう・・・だからこそ、2歳から始めた野球人生を、そして15歳の時に泣きながら決断した事を、悔いなくするためにも最高のプレーを朝野球で魅せたいと思っています。

でも、15歳のあの時の決断が無ければ、今こうして僕のまわりにいる多くの方々には出会えていなかったのもかもしれません・・・そう考えれば、あの決断は間違ってなかったと今では思います。だってこんなに素晴らしい仲間が僕のまわりにはいるんですから!

僕は野球が大好きです。そして僕に野球を教えてくれた祖父や父も大好きです。そして、その野球を諦めた代わりに、たくさんの大切な仲間にめぐり合わせてくれた運命にとても感謝しています

今日は、僕にとっては切っても切れない「野球」との関係をお話させていただきました。

きっと皆さんの中にも、夢を諦めた時の決断、そしてその時の苦悩を経験した方もいるのではないでしょうか?あるいはまだ夢を諦めずに一生懸命追いかけている人も、もちろんいることでしょう。僕が言うことではないかもしれませんが、生きていく中で夢は大切なことです!もし、本当に夢を叶えたいのであれば、悔いの残らないよう最後まで精一杯頑張ってください!必ず頑張っている人は報われます!

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

く(ぐ) グレート小鹿(ぐれーとこじか。大日本プロレスの社長。1970年代、全日本プロレスに所属し、ジャイアント馬場のセコンドにもよく立った。その後、大熊元司と「極道コンビ」を結成し一時代を築く。引退後は大日本プロレスを設立し、今に至る。)

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コメント

こんにちは。
すこし切ないお話感動させてもらいました。
夢を実現させるって大変なことだよね。
先日の世界フィギュアでも活躍した選手達が
涙する姿を見て、うれしさでこんなに泣ける
のはすごい苦労があるからだろうとそれぞれ
選手達のぎりぎりまで頑張る姿に感服しました。
おもいっきり泣けるほど頑張ったことなんて
自分にはないから。
きっと彼女達はいろんなものを犠牲にしないと
つかめないものをつかんでるんだなぁ。
夢と現実。この関係に気付く年齢までは気軽に
夢を見れたのに。
北海道に住む夢。年老いていく両親と離れて暮らす現実。
かなえた夢の代償にほんとにこれでよかったのかと
考えることもあるが僕もすばらしいひとたちに
めぐり逢えたことに救われています。
いろんな人に感謝しなくちゃね。

投稿: fotofoto | 2007年3月27日 (火) 06時50分

fotofotoさん
そうですね、夢を叶えるという事は代償も大きいですよね。
両親をおいて遠く離れた土地で暮らすことを選んだfotofotoさんの心にも苦悩があったことでしょう・・・
でもfotofotoさん言う通り、いろんな人にめぐり逢えたことに感謝しなきゃいけませんよね。僕も同じ気持ちです。
あの時僕が野球を続けていたら、おそらく僕とfotofotoさんも出会うことは無かったでしょう・・・そう考えると運命ってすごいと僕は思います。これからも末永く宜しくお願いしますね♪

投稿: 猫男爵 | 2007年3月27日 (火) 07時26分

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