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2007年2月28日 (水)

伝説のコラボ!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日で2月も終わり、いよいよ明日からは3月ですね。もう少しで待ちわびた「春」の到来です!僕のワクワク度も日に日に増していくいっぽうです!!

そんな、春近し2月最後の夜は音楽関係について少しお話してみたいと思います。

ここ数年、音楽業界でよく耳にするのが「コラボレーション」という言葉です。皆さんも少なからず聞いたことはあると思います。音楽の場合「コラボレーション」とは、ミュージシャン同士が一時的にユニットを組むことで、長期的な活動をする場合はあまり使われません。「昭和風」に言うと「ジョイント」ですかね(笑)

「&」「with」もほぼ「コラボレーション」と同じ意味合いで、「フィーチャリング」はメインアーティストに対するゲストとしての扱いになるのが通常とされています。

皆さんは今までの「コラボ」で好きなものはありますか?

「コラボ」と言っても、今までにかなりの数のユニットが結成されていますよね。最近で言えば、「絢香×コブクロ」、「椎名林檎×斉藤ネコ(猫7人衆)+椎名純平」、「ゆずおだ」、「EXILE&倖田来未」、「GLAY×EXILE」、少し前の世代では「浜崎あゆみ&KEIKO」、「桑田佳祐&Mr.Children」、「V2(小室哲哉・YOSHIKI)」などなど、数えればきりがありません。

今日は、その数多くある「コラボ」の中で、僕が大好きだったユニットを紹介したいと思います。

それは、1988年~1990年まで活動していた「COMPLEX」という伝説のユニットです。

当時の若者に絶大な人気をほこり、バンドを目指す若者の憧れの的になっていたにもかかわらず、人気絶頂の中で解散したBOФWYのギタリスト布袋寅泰と、アイドル路線からロック路線へとの脱却をはかっていた吉川晃司により「COMPLEX」は1988年12月に結成され、そして翌年4月に「BE MY BABY」でデビューしたのです。

当時中学3年生だった僕はこのCDをすぐに買い、毎日何度も何度も聞いたのを憶えています。吉川の独特の個性的な歌声と、布袋の鮮やかなギタリズム、ロックとポップを融合させたその音楽性はとても新鮮な感覚だったことを憶えています。ちなみに僕が一番好きな曲はアルバムの中の収録曲「恋をとめないで」です。この作品は絶品なので、知ってる方も知らない方も、ぜひ一度は聞いてほしい作品ですね。

しかし、所詮これは「コラボレーション」でした・・・

ファンの間では絶大な人気を誇っていたのにもかかわらず、1990年の東京ドーム公演を最後に「COMPLEX」は解散しました。

実は、解散の裏には二人の不仲が原因という説が大半を占めています。結成当時は強い信頼関係で結ばれていたようですが、活動をするうちに音楽性の違いが出てきて、最後は飲み屋でのつかみ合いの喧嘩にまで発展して解散に至ったという噂です。

いずれにしても、そんな裏の話は別として、僕が聞いた「COMPLEX」の音楽は僕のハートに間違いなく届いていました。

今でも時々、昔を思い出し「COMPLEX」を聞く時があります。やっぱり何年たっても最高です!

皆さんの中にも、何年たっても心に響く音楽はきっとありますよね。今日はそんな音楽を思い出して、久しぶりにその音楽を聞いてみてはいかがですか?きっと素敵な夜になるとい思いますよ。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

ぱ(は) 長谷川アーリア・ジャスール(Jリーグの横浜F・マリノスでプレーするプロサッカー選手。イラン人の父を持つために「サッカー界のダルビッシュ」と呼ばれている。今年ユースからトップチームに昇格し開幕戦での出場をも狙える逸材。ポジションはボランチ。18歳。)

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2007年2月27日 (火)

妄想旅行へGO!!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

皆さんは旅行は好きですか?今まで行った旅行で一番思い出に残っている旅行はどんな旅行ですか?

僕は旅行は大好きですよ。見知らぬ土地で新しい発見があり、そして今まで見たことのないものを自分の目に焼き付けることもでき、その旅行での経験を自分の生きるうえでの糧にすることができることも、旅行の魅力のひとつですね。

ただ、旅行には時間とお金が必要で、なかなかその余裕がないのが僕の現状ですね。

国内旅行も日本の情緒があって好きですが、やっぱり行くなら海外旅行ですね。とは言っても、僕は実際はまだグアムしか行ったことがありませんけどね。

20××年4月×日 僕は3月いっぱいで仕事を退職し、兼ねてから計画していた世界一周旅行へ、昨年末の宝くじで当たった3億円を元手に出発することにした。ポイントは幅広の黒いグラサン(中田英寿風もしくは西部警察の大門風)をかけている僕。

日本を旅立った飛行機は一路、隣国の韓国へ。韓国へ着くと、僕は本場のキムチと焼肉をペロリ。数日滞在したのちに中国へ。中国では「万里の長城」を観光し、その歴史の壮大さに感無量。ここも数日滞在し、続いてタイへと向かう。タイでは「ムエタイ」の試合を生で観戦し大興奮!その足でプーケットへ。ここではリゾート気分を満喫し、少し長めの3週間滞在する。

そして次の目的地のスマトラ島、ジャワ島では海の遊びを満喫する。得意のサーフィンも毎日こなし、インドネシアの波を自分のものにする。2週間の滞在を経て、いざインドへ!

インドでついに「サイババ」と対面する。彼は僕の目の前で手から白い粉(ビブーティー)を見事に出してみせる。あまりの衝撃的な光景に僕は我を忘れる。

サイババに別れを告げ、ネパールに入った僕はいよいよ念願の「エベレスト登山」に挑む!山頂までは5回に渡りベースキャンプを張り、約3週間をかけとうとう山頂に到着!あまりの絶景に思わず号泣する。そして山頂で飲む、コーヒーにまた感動する(反町隆史風)。

エベレストの余韻が残る中、次の目的地サウジアラビアへ。ここでひょんなことから「石油王」と親友になり、豪邸に招かれる。贅沢なご馳走で厚くもてなされ、3日3晩豪遊する。

その後、アフリカ大陸へ上陸する。この頃にはすでに8月も半ばになっている。エジプトで「ピラミッド」を見学し、エチオピアケニアと陸上大国へと入国する。この2カ国では、一流の長距離ランナーと一戦交え、あともう少しというところで世界記録保持者に負ける。

そして、アフリカ大陸最南端の南アフリカ共和国にある「喜望峰」へ到着。そこから見えるものはまさに地球が生んだ最高の眺め!その後、西アフリカを2カ月かけ、ゆっくりと北上する。そして、いよいよヨーロッパへ!

スペインに到着するやいなや、まずは闘牛場へ!早速、闘牛士に挑戦!見事に闘牛を扱ってみせる。そしてフランスへ、花の都パリで「凱旋門」を見学し、プラティニの生家を拝見する。パリのホテルでワインを飲みすぎて泥酔する(泥3号)

フランスからイタリアへと入国する。まずは本場のパスタを堪能し、夜はセリエAの試合で大興奮!1週間滞在ののち、ギリシアへ向かう。ギリシアでは古代の神殿の数々を観光し、その足でブルガリアへ。そこで、本場のヨーグルトを食べまくる。

ブルガリアからドイツへ。ビールとウィンナーを頬張り、すっかりドイツ人とも意気投合する!その後、ノルウェーで「フィヨルド」を生で見て、自然の偉大さに改めて気づく。そしてフィンランドでは大好きな「サウナ」に入る。本場のサウナはやっぱり最高だった!!

すでに気がつけば12月になっていた。僕はイギリスに到着。バーミンガム宮殿を見学したのち、ビートルズが撮影した横断歩道で僕も記念撮影!(パシャ!)

長期滞在したヨーロッパ大陸を後にした僕はいざ、北米大陸へ!カナダアラスカで「オーロラ」を見て、再び大感動!そしてアメリカへ、ニューヨークで「タイムズスクエア」「マンハッタン」「自由の女神」を観光し、ヤンキースの試合も観戦。その後、西海岸のL.A.とサンフランシコでバカンスを楽しみ南米へ移動する。

着いたのはブラジル。少年たちと路地でサッカーを楽しみ、サンバにも参加する。そして、ペルーチリアルゼンチンと旅を続けているうちに季節は3月に。

一路、僕は最後の国、オーストラリアへ。ここではゆっくり1ケ月滞在し、最後の時間をゆっくりとくつろぐ。

そして1年間の長旅を終え、日本に無事に帰国となりました。

この1年間の旅は、僕にとって最高の人生勉強でした。妄想だけど(笑)

いかがでしたか?世界一周旅行!皆さんも時間とお金さえあれば、一度は行ってみたいですよね。僕も妄想でなく本当に行ける日がきたらいいな~と常々思っています。

たった一度きりの人生ですから、世界一周とまでは行かなくても、いろんなところに旅行に行って、たくさんの思い出を残したいですね。

皆さんの中にもこれから旅行に行く計画をたてている人もいることでしょう。素晴らしい旅になることを心から祈っていますよ。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

く 国木田かっぱ(俳優、ミュージシャン、リポーターなど様々なジャンルをこなす。元は「あのねのね」の原田伸郎の付き人だった。その後テレビ、演劇などで活躍し最近では「ズームイン朝」でリポータも時折務める。)

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2007年2月26日 (月)

「キング」であるために・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日、2月26日は僕が人生の中で最も尊敬している「キング・カズ」こと三浦知良選手の40回目の誕生日です!

カズも気がつけば不惑(40歳)を迎え、Jリーグ最年長選手。数多くいた同年代の選手はほとんど引退し、指導者や解説者の道へと進んでいます。

カズの頭にも白いものが少しずつ目立ち始め、額のしわも増え、その表情には年齢を感じるものがあります。しかし、体力的には今でも20代半ばの体力数値を維持するほどの超人ぶりを見せており、チーム練習でも常に先頭に立って若手を引っ張っている姿をよく目にします。

僕が彼の事を尊敬する理由は、サッカーというものに対するその徹底した姿勢と、それによる人間らしい生き方です。彼の持論にこういう言葉があります。「今の自分ができる最良のプレーをするために、最良の準備で臨む。」この言葉からも彼の人間性、そしてひとつの物事に対しての取り組む姿勢がよくわかりますよね。

僕は小学校1年生から6年間サッカーをずっとやっており、中学校入学の時に、サッカーを選ぶか野球を選ぶか相当悩み、野球を選んだわけなんですが、本当はサッカーのほうが大好きでした。その時、僕の姉が「これからは絶対サッカーの時代だから、サッカーやったほうがいいよ!」とアドバイスしてくれたのですが・・・今となっては姉の言うことを聞いておけば・・・と後悔の念も少しあります。

そんなサッカー好きの僕が、カズと初めて出会ったのは高校1年生の時です。何げなくサッカーの試合(当時は日本リーグ)を見ていた時です。今まで見たことのない若い選手が、今まで見たことのないフェイントで相手を抜き去りゴールを決めたのです。そして観客に向かってダンスを踊り始めたのです。「えっ!?誰?これ?」僕は思わずテレビに目を近づけました。すると「FW三浦知良(23歳)」という名前を僕はテレビを通じて初めて見たのです。それが、僕がカズを初めて見た日でした。その日から僕の心の中でカズへの熱い魂の火が燃え始めたのです!!

カズは高校を1年で中退し、単身ブラジルへ渡航、1986年に18歳の若さでブラジルの名門サントスFCとプロ契約をし、僕たちの知らない地球の裏側で、たった一人で自分の夢に向かって走り続けていました。

当時の日本はサッカー後進国と言われ、ブラジルでサッカーをするカズは最初、まったく相手にもされず、試合出るチャンスすらなく、練習にあけくれる毎日だったそうです。その辛さに耐え切れず何度も日本へ帰ろうと思ったそうです。でも、彼のサッカーに対する情熱、そしてこのころから抱いていた「日本をワールドカップへ出場させる!」という強い思い、これだけがカズを支えていたのです。

そして、23歳で日本へ凱旋。その時の彼の第一声は「日本代表をW杯に出場させるために帰ってきました」だったのです。

そして1993年5月、ついにプロリーグのJリーグが始まったのです!カズは眩しすぎるほどの輝きを見せて、日本サッカーを引っ張っていき、初代JリーグMVPに輝きました。その勢いのまま最高の状態で、いよいよ1994年アメリカW杯アジア予選を迎えたのです。

W杯予選はまさにカズのものでした!出る試合出る試合ゴールを量産し、日本の不動のエースとして大活躍。日本中で「カズ!カズ!」の声援が鳴り止みませんでした。そして向かえた運命の日・・・最終戦イラク戦。当時大学生だった僕はこの試合を札幌で最初から最後まで目を離さず見ていました。

試合は後半45分をむかえ、2対1で日本のリード。このまま時が過ぎれば、日本は念願のW杯出場です。誰もがそれを確信していました。しかし、目の前に起こったのは歓喜の姿ではなく、悪夢でした・・・

ロスタイムに相手チームの選手がセンタリングを上げようとしました。カズはそれを阻止しようと最後まで粘り足を出しました。しかし、カズの足の先をボールはかいくぐりゴール前へ、そして空中戦による競り合い、無情にもボールは日本のゴールネットへ・・・時が止まりました・・・

僕は何が起きたのか理解するのに少し時間がかかりました。目の前に起きた現実を受け止めることができませんでした・・・

そして試合終了の笛が響き渡りました・・・試合には負けてません。2対2の同点です。しかし、日本の選手はその場に崩れ落ち、誰ひとり立ち上がれませんでした。僕は今でもその風景が目に焼きついています。あんなに悲しい「11番」の背中は後にも先にもあの時だけです。これが、いわゆる「ドーハーの悲劇」です・・・

カズは止まった時間を動かすのに必死でした。1994年には日本人で初めて世界最高峰のイタリア「セリエA」へ挑戦!東洋人初のゴールを決め。翌年には日本に復帰。1996年Jリーグ得点王。あらゆる称号がカズを取り囲みました。ただひとつ、W杯出場という一番必要なものを除いては・・・

1997年秋、そして再びカズはW杯予選の舞台へと立っていました。1998年フランスW杯アジア最終予選。カズは走りました。夢を自分のものにするため、4年前の止まった時間を動かすために・・・しかし、その必死さが逆に彼の輝きを奪っていきました。カズはスランプに陥り、得点はおろかシュートさえも打てない状態に・・・

そしてむかえた第3代表決定戦、いわゆる「ジョホールバルの歓喜」この試合に勝てば日本は念願のW杯出場です。カズは先発出場し幾度となくチャンスを演出しましたが得点には至らず、そして後半、カズに交代の命がくだったのです。今まで日本代表として一度も途中交代がなかったカズには衝撃的な出来事でした。テレビを見ていた僕も「何でだよ!何でカズ代えるんだよ!」と思わず叫びました。結局試合は、「野人」岡野の伝説的なゴールで勝ち、日本代表はW杯出場を果たしました。

そしてW杯本大会目前のメンバー発表。そこに「カズ」の名前はありませんでした・・・

日本をW杯に出場させるために単身ブラジルに渡ってから15年、カズにとってはあまりにも残酷すぎる現実でした・・・僕も当時、それを決めた岡田監督を本気で殴りにいこうかと思うくらい腹が立って、悔しくて、悲しくて、涙が止まりませんでした。でも、その時の僕の悲しみを癒してくれたのもカズでした。

カズは傷心のまま合宿先のフランスから日本に帰国し、そこでこう言ったのです。「日本代表としての誇り、魂みたいものは向こう(フランス)に置いてきたから。」

僕はこの言葉を一生忘れません!彼が持ってる日本代表としての誇り、これは誰にも負けないものであり、そしてサッカーに対する情熱はどの選手よりも一番持っているからこそ出た言葉なんだと思います。これが、彼が「キング」と言われるゆえんなんではないでしょうか。僕はこの時改めて、また「カズ」という人間が大好きになりました!!

その後、2002年日韓W杯、2006年ドイツW杯と、日本代表に「11番カズ」の姿を見ることはありませんでした。

日本のサッカー界は今や、多くの選手が海外へと行き、そして活躍する時代へと変貌しました。国際的にも日本は「サッカー後進国」から脱皮したと言っても過言ではないでしょう。しかし、その時代の先駆者として、夢を追い、そして掴むために異国の地へたった一人で旅立った少年がいたからこそ、今の日本のサッカーがあるということを皆さん決して忘れないで下さい。

そして、その彼は今も現役プレーヤーとして日々、練習に励み、汗を流しています。もしかしたら、彼の中では、ドーハの時から時間が止まっているのかもしれません・・・もしかしたら、フランスに置いてきた魂を取りにいこうとしているのかもしれません・・・

次のW杯は2010年に南アフリカで開催されます。僕はそこに光り輝く「11番」の姿があることを信じています。

三浦知良 40歳 W杯のピッチに彼が立つその日まで「キング」と僕の夢は終わらない・・・

今日は僕の尊敬する偉大な「キング」についてご紹介させていただきました。どうしてもスポーツものは長くなって大変申し訳ありません。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

ひ 髭男爵(ひげだんしゃく。山田ルイ53世とひぐち君による漫才コンビ。最近よくお笑い番組で見ます。「ルネッサ~ンス」というギャクをよく使う。)

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2007年2月25日 (日)

大人だけのかまくら作り!

大人だけのかまくら作り!

大人だけのかまくら作り!

大人だけのかまくら作り!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は、小学生以来の「かまくら」を体験してきました。僕にとっては念願のかまくら製作です!

ミニバレーの仲間Aくん宅に、車で約1時間半かけて到着したのは12時少し前。

参加者はFいさんAっけAゆ(泥1号)、Nか(泥2号)、そして猫男爵です。

Aくんの家のすぐ目の前には、かまくら作りには絶好の雪山があり、早速作業に取り掛かることに。

会場提供者であり、大会委員長のAくんの開会宣言が高らかと青空の下に響き渡り、若干、周囲の視線を気にしながらの「かまくら」作りがいよいよ始まったのでありました!

その記念すべき、ひとかきめ、「カタイッ!」

予想以上の雪の固さに、一瞬、一同に不安がよぎりました。

しかし、そこは道産子!これぐらいのことでは全くめげません!とにかく掘る!掘る!掘る!みんなで交代しながら無心に穴を掘り続けました。

30分後、予想以上のスピードでだいだいの穴の形ができあがってきて、「かまくら」らしくなってきました。

穴の中での作業は予想以上に暑く、息苦しく、なかなか大変な作業でした。

その後、Fいさんの的確な指示のもとに、開始から約1時間で「かまくら完成!!」

その見事な出来上がりにみんなは大満足!!その大きさは何と6人全員が入ってもまだ人が入る余裕があるくらいの広々とした空間!

その中の様子は、ほどよい暖かさと雪の優しいぬくもり、そして入口から見える外の景色は、まさに「異空間」!これが、北の大地が生んだ「生活の知恵」、そして僕が小学生の頃に体験した「懐かしい思い出」でした。

僕の錯覚かもしれませんが、あの吹雪の日と同じように、僕のおばあちゃんが優しい笑みを浮かべて、入口で手を差し出してくれていたような気がしました・・・

その後、みんなで記念撮影をして互いの頑張りを称え合いました。そして、初の試みである雪が見える中で行う、「冬の焼肉」を楽しむことにしました。

さすがに、かまくらの中では危険すぎるので、かまくらの前で行うことに。

最初は、みんなで「焼肉」を楽しんでいましたが、僕らの背後には今まで体験した事の無い強敵が待ち構えていたのです!!それは、日没とともに訪れる寒波です・・・

午後3時をまわると、太陽は日没へと向かって沈み始め、凍りつくような寒さがみんなを襲いました。今まで、焼肉をやって寒いと感じたことは初めてです・・・それもそのはず、冬に焼肉をやるほうが珍しいことですからね。でも、それはそれで楽しかったですよ(笑)

みんなは身の危険を感じ、直ちに撤収作業に取り掛かりました。

午後3時半頃、「かまくら作り&冬の焼肉大会」は無事に終了しました。

今日は、本当に充実した一日でした。自然の楽しさと、自然の脅威を同時に感じた一日でした。

そして、会場を提供してくれたAくんには本当に感謝の気持ちでいっぱいです!!初対面の泥姉妹にも仲良く接していただき本当にありがとうございました!泥姉妹も大変喜んでました。「最高に楽しい一日だった」と大満足して帰路へとついていきました。

Fいさん、Aっけも本当にお疲れ様でした!楽しい一日でしたね。

また来年、今度は今回来れなかった人もぜひ参加して、もう一度やってみたくなった猫男爵でした。

今日も良い眠りにつけそうです!明日からも仕事頑張ります!皆さんも頑張りましょう!

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

お オグリビー(元近鉄のプロ野球選手。独特のバッティングホームが特徴で、それを真似した小学生も少なくはない。)

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2007年2月24日 (土)

しゃっくり少女!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日、僕はびっくりするニュースを耳にしました!

そのニュースとは、アメリカの15歳の少女が4週間以上に渡って「しゃっくり」が止まらないという奇病に苦しんでいるというニュースでした。

「しゃっくり」が4週間も止まらないなんて・・・考えただけですごく辛いです・・・

しかも、その「しゃっくり」の出る回数がまたすごいんです!何と!1分間に約50回!!

約1秒ちょっとに1回のペースで出るなんて呼吸もままならないじゃないですか!

きっとその少女は死にそうなくらいに辛いんでしょうね・・・何とか助けてあげたいです。

もちろん、医者も黙っているわけもなく、血液検査やCTスキャンなどで色々と調べたのですが、依然と原因は不明のようなんです。かわいそう・・・

皆さんも「しゃっくり」が止まらなくて困ったことって経験したことありますよね?

でも、気がついたらいつの間にか止まっていて、こんなに長い間続くことはあり得ないですよね。

そもそも「しゃっくり」とは、横隔膜のけいれんにより、一定間隔で声帯から音が出る現象なのですが、急に気温差の激しい場所に行ったり、刺激物だとか熱いもの等を過剰に摂取すると起こるとされています。

皆さんもきっと、色んな方法で「しゃっくり」を止めようと試行錯誤したと思いますが、僕がよくやった方法は、

①急に誰かに驚かせてもらう。

②呼吸を一時的に止める。

③ひたすら歌を歌う。

④つばを飲み込む。

⑤下を向いたままコップに入った水を飲む。

などですが、これが絶対に止まる!という方法はひとつもありませんでした。

皆さんは、何か「しゃっくり」が止まる方法知ってますか?知っていたら教えて下さい!

まあ、普通はほっといたら自然に止まるので、アメリカの少女のようなケースはまれだと言えますよね。

そこで、先ほど調べてみたのですが、ある医者が研究を重ねた結果75%の確率で「しゃっくり」が止まる方法があるというのです!!

その方法は「乾いたガーゼのようなもので舌をつかみ、30秒ほど強く引っ張ると、のどの奥への刺激により、しゃっくりが止まる」というものです。

皆さんはこの方法知ってました?僕は知らなかったです。今度もし「しゃっくり」が出たらやってみます。

ついでにもうひとつ、「しゃっくり」の世界最長記録というのも調べてみました。

すると、半端じゃないくらいの記録なんです!!びっくりの世界を超えて信じられない世界です・・・

ギネスブックによると、アメリカの男性が1922年から68年間、1分間に40回のペースでしゃっくりが続いていたというんです!!考えられますか?68年間ですよ!!上には上がいるものですね・・・

いずれにしても、この少女は苦しんでいるのは間違いないはずです。一刻も早く、何か止まる治療法を考えて、少女を楽にしてあげたいものですね。

今日は世界から届いた、仰天ニュースについてふれてみました。

それでは今日はこのへんで。

P.S. Hこ、確か明日ホッケーの試合だよね?頑張って勝ってね!また今度もフル出場かな(笑)

(今日のマニアック有名人しりとり)

し 志生野温夫(しおのはるお。フリーのアナウンサーです。元々は日本テレビのアナウンサーで、「びっくり日本新記録」や「鳥人間コンテスト」などの実況を務めていた。また、「全日本女子プロレス」の実況も務めていた。現在は「めちゃイケ」のプロレスコーナーにも登場している。)

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2007年2月23日 (金)

金曜の夜に想う・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

皆さんは一週間の中で何曜日が好きですか?

僕は子供の頃から金曜日が大好きです。しかも金曜日の夜が最高に好きです。

理由は、いっぱい楽しい事がある土日を目の前にした、ワクワク感がたまらなく好き

だからです。

土曜日だと明日(日曜日)で休みも終わりか・・・という気持ちが少し入るし、日曜日だと

明日から学校(仕事)か・・・というサザエさん症候群(サザエさんが放送される

夕方になると少しブルーな気持ちになる現象)にかられるからです。

そんな僕の大好きな金曜日の夜は、1980年代前半(僕が少年期の頃)各テレビ

局が猛烈な視聴率競争を行う時間帯でした。特に、20時という時間帯は家族がテレビ

を見ながら団らんする時間帯ということもあり、伝説に残る名番組が目白押しでした。

当時、日本テレビでは「太陽にほえろ」、テレビ朝日では「ワールドプロ

レスリング」、TBSでは「3年B組金八先生」といずれ劣らない名番組が

勢ぞろいしていたのです。

いずれも常に視聴率を20%前後維持するという今では考えられない数字をあげて

いたのです。つまり、日本人の6割はいずれかの番組を見ていたということなんです。

僕もこの3つの番組を全部見ていた記憶があります。あえてあげるなら、「太陽にほえろ」

を一番見ていたかもしれません。

そして、この3つ番組で一番長く放送され、そして一番社会的に影響を及ぼした番組が

「3年B組金八先生」だと思います。皆さんも、年齢や世代が違っても、一度は

この番組を見たことがあるはずです。今日はそんな「金八」の魅力について触れて

みたいと思います。

「金八シリーズ」は1979年に放送されてから25年、7シリーズに渡り放送されています。

このドラマは東京の桜中学校を舞台に、武田鉄矢演じる国語担当の教師「坂本金八」

が学級担任をしている3年B組に起こる様々な問題を体当たりで解決していくというのが

大まかなストーリーです。

そもそも「坂本金八」という名は、武田鉄矢が尊敬しているという「坂本龍馬」と、

放送時間が「金曜日の八時」というところから、「坂本金八」と決まったそうです。

第1シリーズは1979年~1980年に放送され、最終回の最高視聴率は何と

39.9%を記録したそうです!現在のキムタクが出るドラマよりも数字は上だった

んです。生徒役も超豪華キャストで、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いのあったジャニーズ

事務所の「たのきんトリオ」(田原俊彦、近藤真彦、野村義男)、杉田かおる、

鶴見辰吾、三原順子などそうそうたる面々でした。

杉田かおる演じる浅井雪乃と鶴見辰吾演じる宮沢保の間に子供ができるという、

当時の社会問題にもなった「15歳の妊娠」が大きな反響を招き、そして「3年B組

金八先生」の名が全国に広まったといっても過言ではありません。

このシリーズで僕が印象に残っているのは、近藤真彦演じる星野が長ランを着て歩く姿

と、三原順子が喧嘩のシーンで言った「顔はやめな、ボディーにしとき

な!」の一言ですね。リアルに怖かった三原順子・・・

続いて始まった第2シリーズ。僕は個人的にはこのシリーズが一番好きでしたね。

このシリーズは「暴力」「いじめ」などがテーマの内容が多く、社会的にも関心が

高かったシリーズです。何といっても、この時出演していた松浦悟を演じる沖田浩之

が半端じゃないくらい格好いい!!少しつり目に細い眉、そして学ランの中にはいつも

赤いシャツ!それが当時の僕にはものすごく強い印象があり、のちに自分が中学

生になった時には、沖田浩之の真似をして赤いシャツをよく着ていきました(笑)

そして、その松浦の前に現れたのが転校生の加藤優(直江喜一)です。決して彼は

ルックスは良いとは言えませんが、その不良スタイルは抜群!!

転校初日に松浦と殴り合い、そしてすぐに桜中学校の番を張るようになるのです。

そして、「金八シリーズ」で最もインパクトのあるシーン!

加藤が松浦らを引き連れ転校前の中学校に殴り込み、校長に過去の非を詫びさせる

ために学校に立てこもったシーンは有名ですよね。

そして機動隊により連行されるシーンには僕は何度も涙しました・・・その時に流れる

中島みゆきの歌がまた涙を触発するんです・・・

そして、金八が言った「あいつらは腐ったミカンじゃないんです!」

の強烈な一言。今でも語り草になってますよね。本当にこのシリーズは今でもビデオを

借りてきて見たいくらいです。

第3シリーズは放送日を月曜日に移し、1988年に7年ぶりに放送されたのですが、

7年という時間はあまりにも大きすぎ、それほど社会現象化はされませんでした。

生徒役には萩原聖人、浅野忠信、長野博(V6)、森且行(元SMAP)などがいました。

その7年後(1995年)には第4シリーズが放送されました。このシリーズでは第1シリーズ

で15歳で父と母になった宮沢と浅井の子供が3年B組の生徒として登場しました。

このシリーズの問題は家庭不和、離婚問題が中心でそれが子供に及ぼす影響という

ことが取り上げられてました。意地悪な優等生の広島美香(小嶺麗奈)がその典型的な

例として、金八の頭を悩ませていました。確かスポーツチャンバラをやっていたのが

このシリーズだったような気がします。

これ以降のシリーズあたりからは、僕もあまり見る機会がなくなったのですが、

第5シリーズでは校内暴力をテーマにした内容で、亀梨和也(KAT-TUN)が出てい

ました。第6シリーズでは上戸彩が性同一性障害という難しい役で出演していました。

第7シリーズに至ってはまったく見る機会がなく。ストーリも出演者もまったくわかりま

せん。申し訳ございません。

いずれにしても、こうして振り返ってみると、「3年B組金八先生」というドラマは、

その時代の社会問題を題材に、人はどうあるべきか、そしてそれをみんなで考えて解決

しようという、「教育」の本当にあるべき姿を、坂本金八という一人の人間を通して、

日本中の人に訴えかけていたのではないかと僕は思います。

そして、このドラマから育っていた俳優、女優、タレントも数多く、芸能人の登竜門と

言っても過言ではないですね。

皆さんも、自分が生徒と同じような年代だった時に、いずれかのシリーズは見ていたこと

と思います。もう一度その時の金八先生の言葉を思い出してみてはいかがでしょうか?

きっと、自分の中で忘れていた何かに気づくかもしれませんよ・・・

今日は金曜日という事もあり、少年期の金曜日の夜を思い出しながら書いてみました。

長々とつまらない話ですいませんでした。それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

の ノーカット星(元たけし軍団の一員で、玉袋筋太郎、水道橋博士、芹沢名人

と「ふんばるまんず」を組み、「スーパージョッキー」などで活躍した。)

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2007年2月22日 (木)

猫祭りだよ~

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

 

皆さんは今日がにゃん(何)の日かご存知ですか?

 

そうです!今日2月22日は2(ニャン)2(ニャン)2(ニャン)で「猫の日」なんです。

 

僕、猫男爵も年に一度の「猫祭り」ということで、少し興奮気味です!!

 

今日の猫祭りにはすでに、猫ひろしさん猫背椿さんなど

 

「猫7人衆」の面々も顔を出しています。

 

あっ!今、斉藤ネコさんが到着しました!

 

まあ、「猫7人衆」については後日、特集を組みますのでお楽しみにしてて下さい。

 

さて、猫にも色々な種類の猫がいますが、皆さんはどんな猫がお好きですか?

 

僕は三毛猫のような日本猫も好きですが、やはり「アメリカンショートヘア」

 

が一番好きですね。

 

あとは、「バーマン」とか「カリフォルニアスパングルド」

 

「ロシアンブルー」などの種類の猫があるんですがそれも結構好きです。

 

そもそも猫は、犬に比べると人間に飼われた時期は遅く、穀物倉庫などに現れるネズミ

 

やノウサギを捕獲するために人間の生活圏に現れたのが始まりとされています。

 

猫の体には実は不思議な特徴が色々とあるんですよ。

 

まずは、「ゴロゴロ」とのどを振動させて鳴らす音。皆さんも猫をさわったことのある

 

方であれば、その「ゴロゴロ」という音は聞いたことはありますよね。

 

あの「ゴロゴロ」は親子間のコミニケーションにも用いられたり、相手に対して敵意がない

 

ということを表現しているのですが、もうひとつ、体の中の病気を治癒するのを早める

 

効果があるんですよ。不思議ですよね。

 

次に目です。猫は実は2~6mぐらいのものしかはっきりと確認することができなくて、

 

それより近いものや遠いものはほとんど見えないんです。また、瞳孔は時間帯によって

 

縦にしたり横にしたりすることができるんです。これは明るい所や暗い所によって瞳孔を

 

変化させなければ物を認識できないからです。

 

猫は本来、夜行性の動物のために夜のほうが視界がよく見えるために夜になると

 

瞳孔を横に開くそうです。ですから、時計が無い頃の人々は猫の瞳孔を見て、時間帯を

 

確認していたそうです。それと、猫は光の三原色のうちで緑色青色は認識

 

できますが、赤色は認識できないのです。だから猫は赤という色は知らないのです・・・

 

そして猫の五感で最も優れているのが耳(聴覚)です。猫は目がそれほどよくないので、

 

耳で色々な音をかなり正確に認識できる能力を持っています。その能力は飼い主が

 

帰ってきた足音をかなり遠い距離からも正確に認識できるそうです。

 

よく、猫の性格は気まぐれたと言われ、その行動は自己中心的であるため、

 

飼い主のしつけに忠誠する犬とは対照的であるとされていますね。それは元来、

 

犬が群れで動く動物であったのに対し、猫は単独で狩りをする動物だったからです。

 

その猫の個人主義を例えた言葉で「猫は3年の恩を3日で忘れる」

 

という言葉がありますね。

 

「犬は利口だけど、猫はバカだから嫌い」などともよく言われますね。

 

でも、そんな自由気ままなところが猫の長所でもあるんですよ。

 

皆さんの中にも猫を飼っている方、以前飼っていたことがある方もいると思いますが、

 

猫って本当に可愛いですよね。

 

犬と違って、かまいたい時には無視されるけど、時には突然甘えてきたり、

 

そうかと思えば急に毛づくろいしたりする、そんな姿がたまらなく可愛いです。

 

そして僕が一番好きな所は、体を「くの字」にして寝ている猫の肉球を触ることです。

 

すごくさわり心地がよくて最高です!!

 

今日は「猫祭り」ということで猫のことを長々と話してしまいました。

 

これで皆さんも少しは猫のこと好きになれたかな?少しでもそう思ってくれれば幸いです。

 

あっ!今、江戸家猫八さんが到着しましたので、それでは今日はこのへんで。

 

(今日のマニアック有名人しりとり)

 

じ(し) ジョージ高野(1980年代~90年代に新日本プロレスで活躍した

 

プロレスラー。初代タイガーマスクが新日本プロレスのリングを去った後、現れたのが

 

覆面レスラー「ザ・コブラ」、その正体がジョージ高野だった。その後彼は、覆面を取り

 

「ジョージ高野」として活躍、スーパーストロングマシーンとタッグを組み、IWGPタッグ

 

王者にもなる。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2007年2月21日 (水)

スタンド・バイ・ミー!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

皆さんは1986年にアメリカで製作された「スタンド・バイ・ミー」

という映画を見たことがありますか?

おそらく、劇場のみならずTVでも何度も放映されているので一度は見たことがある

かと思います。

そのストーリーは、12歳の少年4人組が「町外れのある場所に死体がある」という

情報を耳にして、「その死体を見つけて英雄になろう」と死体探しに出る冒険物語です。

子供ながらにも誰もが早く大人になりたいという好奇心や冒険心が溢れ出てくる作品

です。この気持ちは皆さんも子供の頃に少なからずあったのではないでしょうか。

僕も小学生の頃、彼らのように冒険心にかられ友達と「スタンド・バイ・ミー」したことが

あります。今日はそんな少年期の冒険のエピソードをお話したいと思います。

あれは確か僕が小学4年生の夏休みの出来事です。

僕と友人のTひこOやまの3人は前の日、隣町まで自転車で行こうという計画を

たててました。それぞれ食料を近くのスーパーで買い、翌日に備えました。

隣町といっても距離にすると12~13キロあり、小学生の僕らにとっては大きな

冒険でした。

当日の朝、僕らは家の人に友達の家に行ってくると嘘をつき、家を出て集合しました。

みんな前日から楽しみにしていただけあって、やや興奮気味でした。

僕らは自転車をこぎながら、歌を唄ったり、話をしながら山道を走っていました。

途中の小川で休憩して水遊びしていると、「青大将」というヘビに遭遇し、みんなで

逃げたのを思い出します。

しばらく行くと交通量の少ない道路だったので、3人で道路で上を向いて寝そべって

いました。すると、遠くから車がきて急いで起き上がって逃げたのを憶えています。

そうこうしているうちに、お昼どきになりお腹がすいたので、おやつを食べました。

休憩も終わり、僕らは先を急ぎました。途中、廃校になった学校の跡地で鉄棒をしたり

しながら、数時間後ようやく目的地の隣町に到着しました。

そこで特別何かをするとか、そういう目的はなかったのですが、何かすごいドキドキ感

でいっぱいだったのをいまだに憶えています。

僕らは町の中を自転車でウロウロと探索して、そして帰ることにしました。

行きの時間を考えると「少し急がないとやばい!」と思った僕らはより道を

せず急いで帰りました。しかし、そんな時に限ってハプニングは起きるものです・・・

Yひこの自転車のチェーンがはずれたのです・・・

3人で必死に直しましたが、結構時間がかかりだんだんと夕陽が沈み始めました。

僕らはそこからは会話も忘れ全速力で自転車をこぎました!

そして夕陽も沈み、あたりがちょうど暗闇になった頃に僕らは自分たちの街に到着

しました。そして3人はそれぞれ自分の家に帰りました。

僕が家に着くと、まだ夕食の準備中で、僕は何事もなかったかのようにふるまいながら

も、すごく怒られるんじゃないかとビクビクしてたことを思い出します。

でもこの1日の出来事は今でも僕ら3人だけの秘密になっています。

今でも忘れられない1日です。まさに「スタンド・バイ・ミーな1日」です。

この数年後に映画「スタンド・バイ・ミー」が公開され、僕はTVで初めて見た

とき、数年前の僕らを思わずだぶらせてしまいました。

皆さんもこういう冒険心にかられた経験はありませんか?

特に男性であればきっとありますよね。

今日は少年時代の僕が少し大人になった日の事を思い出して書いてみました。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

よ 与那城ジョージ(よなしろじょーじ。元サッカー選手。ブラジル2世の彼は

日本に帰化し、1986年メキシコW杯予選にも出場した。その後、読売クラブ(現東京

ヴェルディ1969)の監督も務める。日本代表でも活躍したラモス瑠偉を日本に連れて

きたのも彼である。)

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どーすんの!?オレ

どーすんの!オレ

どーすんの!オレ

こんばんにゃ~  北の猫男爵です。

今日は週に一度のミニバレーの日でした。

今日は午後から用事があったので、お仕事は昼から休みました。

そして用事を済ませ、いつもよりも少し早めにミニバレーをする体育館に到着!

早く着きすぎたために、とりあえず走ることにしました。

とにかく走る!走る!走る!

30分後・・・玉のように溢れれだす汗!何ともいえない脱力感・・・

すでにミニバレー開始前に完全にKOされました・・・

自業自得なので誰にも文句は言えません・・・なぜ走った・・・オレ!

そして、ミニバレーの仲間が集まりだしてミニバレー開始です。

今日のメンバーは、SんでぃFいさんKバックス泥姉妹オレ

そしてアイスホッケーの試合前によってくれたHこWくの仲良し親子です。

Hこは試合勝っただろうか?明日の新聞で確認することにしよう!

今日は他のミニバレーチームの方々と合同で一緒にミニバレーをさせていただきました。

本当にありがとうございました。

さて、今日はミニバレーに行く前に、前から欲しかったものを手に入れました!!

ついに!買っちゃいました!!

「どーすんの!?オレ」

「本音」?「我慢」?「罵倒」?  

そうです!CMで噂の「LIFE CARD」です!買っちゃいました(笑)

実に24種類のカードがあり、その言葉も様々です。

これを、どこで使うんだ?と聞かれると、頭の痛いところですが・・・

とりあえず持ち歩いてみます。

皆さんも興味あったら買ってみてください。1299円です。

それでは今日はこのへんで。今日はいい夢がみれそうです!

(今日のマニアック有名人しりとり)

う 上木総合研究所(うえきそうごうけんきゅうじょ。吉本興業のNSC出身

のお笑いコンビ。Dr.上木とベイビー谷本の2人でコンビを組む。残念ながら今年に

なり解散した。)

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2007年2月19日 (月)

その犬、狂暴につき!

その犬、狂暴につき

その犬、狂暴につき

その犬、狂暴につき

こんばんにゃ~  北の猫男爵です。

今日は我が家の犬で僕の愛犬「キョウボウ」をご紹介します。

「キョウボウ」というのは、僕の友人のHき君が勝手につけた名前です。

本当の名前は僕も知りません。確か「北海・・・・号」とかいうはずです。

血統書付きの犬で、そっち関係の人たち(犬仲間の事です)の間では

20~30万円で取引きされるはずです。

前にもお話したと思いますが、現在我が家には4匹の犬たちがいます。

しかし、僕になつくのはこの「キョウボウ」だけで、他の3匹は今だに僕を見ても

吠えます・・・俺はこの家の家族だっちゅうの!!

僕の父の事だけはどの犬も「主人」だと思っていて、父に対しては服従しています。

ただ、僕の父は犬の審査員というのをやっており、全国各地にいつも出張するので

その留守の間の犬の世話は僕が担当しなければならないのです。

散歩に始まり、餌をあげて、犬小屋の清掃、「キョウボウ」以外の3匹に関しては

まさに決闘です!!死にものぐるいです・・・いつもドキドキです。

その僕になつく「キョウボウ」(僕は普段「シロ」と呼びます)も、以前から僕に

なついていたわけではありません。

「シロ」が生まれたのは僕が大学生の時で、僕が札幌から帰省すると、一匹の可愛い

白い子犬がいて、可愛くて可愛くて、札幌に帰りたくなかった事を憶えています。

そして数年が経ち、僕も大学を卒業して地元に就職することになり、実家に帰ってきま

した。そこで僕は「シロ」を見て衝撃を受けました!

すっかり幼犬から成犬になった「シロ」は体も大きく、そしておそらく他人だと思った僕に

吠えまくってきたのです。あまりの吠え方に僕は後ずさりをしました・・・

あの「シロ」が・・・あんなに可愛かった「シロ」が・・・

その姿はもう別人、いや別犬でした・・・

それから毎日のように僕は「シロ」とコミニケーションを取って仲良くなろうとしましたが、

まったく「シロ」は見向きもしてくれませんでした。

僕とシロの距離は縮まるどころか広がるいっぽうでした・・・

それから数年が経ち、僕たちの関係はまったく進展がありませんでした。

そんなある日、父が出張のために家を留守にした時のことです。

僕は父が留守のために、いつものように父に代わり犬たちに餌をあげてました。

そしてシロに餌をあげようと犬小屋を見ると、シロが横たわっていたのです。

僕は寝ているんだなあと思い、「シロ!餌だぞ!」と呼びました。

しかし反応がまったくないのです。僕はこわごわと、扉を開けシロのもとに近づいて

いきました。すると、シロは苦しそうな表情で微かに鳴いているのです。

呼吸もわずかしかしていなくて、僕は気が動転してすぐに出張先の父に電話をしました。

症状を伝え、父から「とにかく温かくして、ミルクを少しずつやりながら側にいてやれ。」

と言われました。

僕は朝まですっと側に付き添いました。小さかった頃のシロの事を思い出していると、

いつしか僕の頬には涙が・・・「死ぬなよシロ!頑張れシロ!」

僕は必死で神様に祈りました。そしていつしか僕は眠ってしまいました。

僕は何かに起こされるように目を覚ましました。気がつくと、シロが僕の頬をなめて

くれてました。 「シロ!元気になったのか!」

僕は元気になったシロを見て思わず抱きしめました。

あんなに僕を見るたびに吠えていたシロが、僕の事を他人だと思っていたシロが、

僕の頬をなめてくれていたんです。僕は嬉しくて嬉しくて号泣してしまいました。

それ以来、シロは僕を見るたび、喜んで尻尾をふってなついてきます。

犬と人間って気持ちが通じ合えるという事をこのとき僕はわかりました。

本当に僕にとってシロは大切な愛犬です。

でも、知らない人には今だに狂暴的に吠えますから、皆さんがもし見にきても

決して触ろうなんて考えたらダメですよ(笑)本気で噛まれますよ!(笑)

僕だけの「シロ」ですから。

でも、なんで他の3匹は僕になつかないんだろう・・・僕にとっての永遠の宿題だ・・・

皆さんの中にも、犬を飼っている方はきっといますよね。

大切な家族の一員をいっぱいいっぱい、可愛がってあげてくださいね。

今日は僕と一匹の犬に起きた「奇跡」のお話をさせていただきました。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

ず(す) 砂子塾長(すなこじゅくちょう。全日本F3やGT選手権で活躍する

レーシングドライバー。更別の24時間耐久レースにも毎年来ています。)

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2007年2月18日 (日)

歓喜の着陸!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

皆さんは旅行や仕事でよく飛行機を利用しますか?

僕は旅行ぐらいでしか乗る機会はありませんが、高所恐怖症の僕にとっては、

もともとあまり飛行機は得意ではありません。

特に離陸時のあのにはげんなりです・・・

その数回の機上の中で、僕は貴重なドキドキ体験をしたことがあります。

あれは2年前の今頃のことです。

僕は有給休暇をとり、東京に住んでいる姉夫婦の家に遊びに行きました。

甥と姪も僕が来るのを待ちわびており、毎日ふりまわされました。

東京の姉の所に遊びに行くのはもう4回目で、観光はだいたいの所に行ったので、

今回は買い物や、近場の美味しいラーメン屋をチャリではしごしてみたり、

東京探索を楽しんできました。

そんな5泊6日の東京旅行も終わりを迎え、僕は羽田空港へと向かいました。

少し時間に余裕を持たせて早めに空港に着いた僕は、お土産などを買い、

時間をつぶしていました。

そして、出発時間が近づいてきたので搭乗手続をしようと掲示板を見ました。

すると僕の目に飛び込んできたのは、

「吹雪による視界不良のため北海道方面欠航!」

の文字でした・・・焦りながらよく見てみると、

新千歳欠航・・・函館欠航・・・旭川欠航・・・釧路欠航・・・

もう絶望的だ・・・と思い自分の便を確認してみると

「帯広搭乗見合せ中」の文字でした!まだ可能性はあるんだ!

僕はほっとしたと同時にドキドキ感でいっぱいでした。

姉のところにもう一泊してもかまわなかったのですが、翌日はどうしても帰って

やらなければならない仕事があったからです。

北海道方面の受付カウンターは人ごみで大混雑の状態でした。

そんな中、僕は緊張しながら掲示板の表示が変わるのをずっと待ってました。

30分くらいは待ったでしょうか・・・アナウンスが入りました。

「帯広空港行きは、ただ今から搭乗手続を開始いたします。搭乗の方はお急ぎ下さい。

尚、帯広上空が視界不良のため、引き返す事もありますのでご了承下さい。」

というアナウンスでした。

僕は急いで搭乗手続を済ませ、飛行機へと乗り込みました。

定刻より30分ぐらい遅れて飛行機は離陸しました。

僕の中ではいつもより緊張感が高まっていました。

そして飛行機は北海道上空へとさしかかりました。

その時、機長からのアナウンスが入りました。

「現在、帯広空港上空が視界不良のため、これから上空で旋回して様子を見ます。

安全に着陸することが第一ですので、場合によっては羽田空港に引き返すことも

ありますのでご了承下さい。」というアナウンスでした。

機内はざわざわしはじめて不安な気持ちでいっぱいでした。

20分くらいは旋回していたでしょうか・・・と、その時

着陸準備のランプが点灯し、CAから「着陸態勢に入りますのでベルトを締めて下さい」

の声が聞こえました。喜びと同時に何とも言えない緊迫感が機内を張り詰めました。

飛行機はいつもより激しく揺れながら、着陸にむけて降下していきました。

機内から見る外の景色は吹雪でほとんど見えません・・・

手を合わせて祈る人、目をつぶって体を丸め祈る人、機内は人の声は全く聞こえない

くらい緊迫してました。そして、激しい衝撃と同時に歓声が湧き上がりました。

無事に着陸したのです!!機内は安堵から拍手や万歳が起きました。

僕も隣りの席の若い男性とハイタッチをしました。

本当にこんな怖い思いをしたのは初めてで、もう二度と体験したくありません。

でも、多くの乗客の命を乗せて飛行機を操縦しているパイロットってすごいですよね。

その精神力は半端なものじゃないですよね。

本当に無事に着陸させてくれたパイロット感謝です!!

皆さんはこんな経験をしたことはありますか?

自然が相手ですから、文句も言えませんが、特に飛行機は空を飛ぶという

乗り物ですから、精神的にも安心した状態で乗りたいですね。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

ち  チャイルズ(ラサール石井がプロデュースした女性3人組お笑い

アイドルグループ。女性で唯一、いいとも青年隊を務めた。3人の中の一人には

磯野貴理子(現磯野貴理)がいた。)

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豚丼先生誕生!

こんばんにゃ~  北の猫男爵です。

 

皆さんは食べ物の好き嫌いはありますか?僕はかなり好き嫌いがありますね。

 

嫌いなものから話すと、キュウリピーマン人参レーズン

 

漬物類、他にもまだあるのですが、きりがないのでやめておきます。

 

好きなものは、カレーライスハンバーガーピザ鳥肉

 

ケーキなどなど…こうやってみると子供ですね僕は(笑)

 

子供の好き嫌いにぴったりあてはまるような感じがします。

 

そしてなんといっても僕の1番の大好物が豚丼なのです!

 

豚丼は僕のエネルギーです!例えるなら、ポパイにはホウレン草、

 

ハクション大魔王にはハンバーグ、ドラえもんにはドラヤキ、

 

猫男爵には豚丼といった感じです。今日もまた『昭和』の臭いがプンプンしますね。

 

実は今日の夕食は豚丼を食べたので、写真におさめてみました。

 

途中で写真撮らなきゃ!と気付いたため、食べかけです(笑)

 

豚丼は僕たちが住んでる地域では昔からメジャーな食べ物で小さい頃から

 

普通に食べてましたが、北海道でも別の地域や本州出身のかたにはあまり

 

なじみがないかもしれませんね。

 

最近はテレビなどで紹介されることが増えたので全国区にはなりましたが。

 

豚丼でこんなエピソードがあります。今から数年前の話です。

 

僕はいつものごとく泥姉妹や数人の友人たちと居酒屋に行きました。

 

そこで僕は普通に『生ビールと豚丼ひとつ下さい!』

 

と店員に言いました。それを見て泥姉妹はびっくり!!そして大爆笑!!

 

『豚丼は別腹だから!』僕のその一言でさらに大爆笑!

 

それ以来僕は泥姉妹に『豚丼先生』と呼ばれることになったのです。

 

まあ普通に考えれば、飲み会で豚丼頼む人なんて考えられませんよね。

 

基本的に僕は、好きなものなら一日に朝昼晩いつどこで食べても飽きないんですよね。

 

皆さんもそんな大好物みたいなものはありますか?あったら教えてください。

 

そして豚丼の美味しいお店をもしご存知なら教えて下さい。

 

僕もまだ知らないお店があるかもしれないので。

 

僕はもちろんのことですが、皆さんも好き嫌いをしないで何でもバランスよく

 

食べましょうね。これが最良の健康法ですよね。

 

それでは今日はこのへんで。

 

(今日のマニアック有名人しりとり)

 

う  宇野重吉(ヒット曲『ルビーの指輪』で有名な寺尾聡の父で役者でもあった。

 

すでに他界している。)

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2007年2月16日 (金)

拳が叫んでいる・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

昨今のK1やPRIDEなどの格闘技ブームで、少し影を潜めていたのが

ボクシング界でしたが、ここ数年の「亀田ファミリー」旋風で、

良くも悪くもボクシング界は注目の的となりましたね。

特に昨年は長男の亀田興毅が世界チャンピオンになり、

年末には防衛に成功、そしてベルトを返上して今年は2階級制覇に挑戦と、

まさに現在のボクシング界は亀田興毅を中心に動いていますね。

彼の実力や言動には賛否両論ですが、それはさておき、

今日はそんな亀田興毅がまだ幼い頃に世界のボクシングファンを魅了させ、

今もなお36歳にして現役のボクサーとして「世界」を目指している一人の

カリスマボクサー、辰吉丈一郎についてお話したいと思います。

僕が始めて彼を知ったのは、僕がまだ中学生の頃です。

スポーツニュースで「世界を目指す期待の星」みたいなコーナーで彼が紹介

されていたのです。

彼は当時17歳にしてアマチュアの全日本王者でした。しかし、アマチュアである

ために、バイトをしながらプロを目指していました。その時放送された彼の姿を僕は

今でも鮮明に憶えています。

とても17歳には見えない鍛えられた筋力。スピードとテクニックを持ち合わせた

ボクシングスタイル。 「これが本当に17歳なのか?」

と僕は目を疑いました。と同時に、

「彼は必ず世界を獲る!必ずスーパースターになる!」

と僕は確信しました。

それから僕は新聞やニュースで必ず彼の事をチェックするようになったのです。

彼の魅力はそのボクシングスタイルにあります。

相手を挑発するような仕草をしたかと思えば、強烈な左右の連打で相手をKOする

ボクサーファイタータイプ。時にはノーガードで相手に平気で打たせる。

そんなスタイルが、後々彼のボクサー生命を縮めてしまうのですが・・・

そんなヒーローの登場に人々は「浪速のジョー」と彼の事を称えました。

彼は1989年に19歳でプロデビューを果たすと、国内最短タイ記録となる

4戦目日本バンタム級王者となりました。

そして1991年、21歳の若さでデビュー8戦目世界チャンピオン

なったのです。(これは国内最短記録で今も破られていません。)

すべてはまさに順風満帆でした。まさに時代は「辰吉」のものでした。

今となってはその時が、彼の絶頂期であったと僕はその時想像もできませんでした。

その後防衛に失敗し王者を陥落。1年後には再戦に勝利し2度目の王者

としてベルトを腰に巻きました。そして世紀の決戦「辰吉VS薬師寺」

この試合を僕は今でも忘れることはできません。

壮絶な打ち合い、気力と気力のぶつかり合い、日本中を感動の渦に巻いた

この戦いは結局、薬師寺の判定勝ちに終わりました。

ボクシングファンの誰もが再戦を期待し、辰吉の復活を期待しました。

しかしその名勝負の代償は大きすぎました・・・

「網膜剥離」・・・ボクサーにとっては致命傷です。

「引退勧告」・・・それが辰吉の前に訪れた現実でした。

彼が記者会見で必死に涙をこらえてる姿を僕はまともに見ていれませんでした。

僕はこらえきれず号泣しました。

しかし、彼の目には輝きが薄れることはありませんでした!

「現役続行!」 周囲がとめる中、彼が出した結論でした。

その後1997年には3度目のチャンピオンとなり、2度の防衛に成功。

翌年、3度目の防衛に失敗し王者陥落・・・

以後、何度か試合は行うが世界挑戦にまでは至らず、2003年9月を最後に

試合からは遠ざかっています。

今年の5月で37歳になる辰吉。実はボクサーの「定年」は37歳。

辰吉は残りの時間でどんなボクサー生活を送るのか・・・

ファンに惜しまれながらも潔く現役を退いていくスポーツ選手が多い中で、

どれだけみっともない姿をさらそうが、陰口をたたかれようが、自分の信念を

曲げず、最後まで戦う姿勢を見せる辰吉に僕は涙せずにはいられません。

僕は何度も彼のボクシング中継を見てきましたが、そのたびに感動や勇気をもらい、

何度も励まされたことを決して忘れません!

時には相手を鋭い眼光でにらみつけ、時にはファンに対して優しく微笑みかけ、

時には悔し涙を流し、時には一人の父親に戻り子供に最高の笑顔を見せる。

そんな当たり前の人間らしさが彼を「カリスマ」へと導くのではないでしょうか。

辰吉丈一郎、36歳、

あなたの拳は今何を叫んでいるのですか?

僕はあなと同じ時代に生まれ、あなたの生きざまを見れたことを幸せに思います。

ありがとう・・・

今日は、また僕のスポーツ好きの悪い癖が出てしまい。つい、時間を忘れて長々と

書いてしまいました。興味のない方には大変申し訳ありませんでした。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

た  団時朗(だんじろう) (俳優として活躍。「帰ってきたウルトラマン

の変身前の郷隊員を演じていた。最近ではドラマ等で脇役でたまに見る。)

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2007年2月15日 (木)

鎌倉爆風?

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

嫌なが降りましたね~ 僕も今日は朝早くから仕事ですごく疲れました・・・

僕の家の前にも大きな雪山ができてしまいました。

雪山といえば、子供の頃は雪山の上からソリやミニスキーで滑って

遊んだ記憶が皆さんもきっとありますよね?

僕も寒さを忘れてよくやった事を憶えています。

でも一番の思い出は「かまくら」で遊んだことです!

歴史では、 「いい国作ろう(1192年)鎌倉幕府!」

とゴロで憶えますが、僕の中の「かまくら」

「いい冬越そう、かまくら爆風!」なんです。

今日はそんな子供の頃のエピソードをお話したいと思います。

あれは確か、小学校の2年生か3年生の冬休みのある日の出来事です。

その日も今日のように雪が降り、家の前には雪山ができました。

僕は近所の友達2人(YあきT子)と3人で雪遊びをして楽しんでいました。

すると、近所のおじさんが「かまくら」を作ってくれると言うんです。

僕らは喜んで、おじさんが雪山を掘るのを手伝いました。

何時間くらいかかったでしょう・・・やっと「かまくら」が完成しました!!

中は広々としたものとは言えませんが、それでも子供3人くらいが

入れるスペースは十分にありました。

僕らは凄くはしゃいで、その中に早速入っていきました。

中は不思議な空間で、周りの音が遮断されていてとても静かで、

そしてとても暖かかったのを憶えています。

僕のばあちゃんも家から出てきて、ビール箱を持ってきてくれて、その上に板を

敷き、テーブル代わりにして、そこで「ホットミルク」「みかん」

食べたのを憶えています。特に中で何かをして遊ぶということはないですが、

そのうち僕らは凄く楽しくて「かまくら」から出たくなくなりました。

どれくらいの時間入っていたのでしょう・・・ 

近所のおじさんも僕のばあちゃんも家に入ってしまい、気がつくと、

外には誰もいない様子でした。

そして、さっきまで晴れたいたはずの天気が急変し風が強くなり吹雪

なってきたのです。僕らは何だかすごく怖くなってきました。

外に出れば、すぐ目の前に自分の家があるのに、外に出る勇気がなかなか出ません。

だんだん外は激しい爆風になってきて、T子が泣き出してしまいました。

もう、僕たちの恐怖心は限界に達していました・・・

Yあきは勇気を振り絞って「外へ出よう!」T子に言いました。

そして「かまくら」を出ようとしました。その時!心配した僕のばあちゃんが

迎えにきてくれたのです。僕はばあちゃんの差し出す手をしっかり握りしめ、

やっと「かまくら」から出ることができました。

あの時の、ばあちゃんの暖かい手のぬくもりは今でも忘れません。

これが、「いい冬越そう、かまくら爆風」の思い出です。

今考えれば、この状況でかまくらから出る事なんて、簡単にできる事なんですが、

子供の頃の僕らにとってはとても大きなドキドキ感があったんですね。

皆さんもそのような経験はありませんか?

子供の頃の怖い思い出って結構憶えているものですよね。

でも、「かまくら」って凄く子供にとってはいい思い出になると思うので、

お子さんのいる方は、ぜひ子供に作ってみてはどうでしょうか?

そして大人たちで楽しむのも、また別のおもむきがあっていいかもしれませんね。

ぜひ僕も機会があれば「かまくら」作りやってみたいと思います。

あの日の、ばあちゃんの手のぬくもりを思い出しながら・・・

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

ち  CHARCOAL FILTER(チャコールフィルター)

 (4人組のロックバンド。主にライブや学園祭で活動をする。4人ともかなりイケメン

ですよ。)

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2007年2月14日 (水)

2月14日の真実・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

外は深々と雪が降ってますね。大雪になりそうです・・・ 

雪はもう嫌だ!! 明日は早起きして仕事だ!!

すいません取り乱してしまいました(笑)

さて今日は2月14日、そう『バレンタインデー』

もしくは『国生さゆりの日』ですね!

後者は『昭和』の臭いがプンプンしますが(笑)

皆さんは『バレンタインデー』と聞くと、「女性が好きな男性に贈り物をして愛を

告白する日」というイメージをお持ちではないでしょうか。

しかし、実はこの日の由来には隠された真実があったのです・・・

ご存知の方もきっといらっしゃるとは思いますが、今日はその真実のお話をしたい

と思います。

そもそも『バレンタイン』というのは人の名前で、3世紀のローマに

実在したキリスト教の司祭のことです。司祭とは今でいう『神父』です。

当時のローマでは若者が戦争に行くことを拒んでいました。

皇帝はその理由を「家族や愛する者と離れたくないためだ」と確信して、

結婚禁止令を出したそうです。

それを知ったバレンタインは兵士たちの事を思い、内緒で結婚させていました。

当時のローマではキリスト教は迫害されており、バレンタインの行動を知った皇帝は

バレンタインをローマの宗教に改宗させようとしました。

しかし、バレンタインはそれを拒み、ついには投獄されたのです。

バレンタインは獄中でも神の愛を語り伝えました。そして一人の看守に出会いました。

その看守には目の不自由な娘がいて、バレンタインがその娘のために祈りを捧げた

のです。するとその娘は奇跡的に目が見えるようになったのです!

それが皇帝の鼻につき、バレンタインはついに処刑さたのです・・・

それが2月14日なのです。バレンタインは死ぬ前に、

『あなたのバレンタインより』という手紙を彼女に残したそうです。

この事が後世に語り伝えられ、男性が自分の好きな女性に愛の気持ちをつづった

手紙を2月14日に出すようになり、やがてこれが次第に世界に広がり、

現在では贈り物やカードを交換するようになったそうです。

女性が男性にチョコレートを贈るのは日本独自の習慣で、欧米では、恋人や友達、

家族などが贈り物やカードを交換するのが習慣になっています。

 欧米か!!

なぜ日本はチョコレート?かというと、あるデパートで開かれた「バレンタインセール」で

チョコレート業者が行ったキャンペーンが始まりだそうです。

クリスマスもそうですが、キリスト教になじみの薄い日本では本来の意味が忘れられて

いて、セールスに利用されがちですね。

自分の命を犠牲にしてまで、神の愛を伝え、実践したバレンタイン・・・

今年のバレンタインデーは、そんな彼の事を少しだけ想像してみては

いかがでしょうか・・・

外は雪です。今日は「ホワイト・バレンタイン」・・・

これもバレンタインの粋なはからいですかね・・・

それともバレンタインの涙が「雪」となって降りそそいでいるのかもしれませんね・・・

皆さんはどんなバレンタインデーをお過ごしでしょうか?

今日が良い一日でありますように。

今日は凄くまじめなブログになってしまってすいません。

たまには笑いのないブログもありですよね?

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

け  ゲーリー・レーシッチ(元中日のプロ野球選手。当時3冠王の

落合博満がロッテから中日に移籍して4番を打っていたが、その前後の3番や

5番を打っていたのがゲーリーである。)

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ザーピー万歳!

ザーピー万歳!

ザーピー万歳!

ザーピー万歳!

こんばんにゃ~  北の猫男爵です。

今日は友人宅のザーピーパーティーに参加してきました。

話しは大盛り上がりで、やっぱり時代は『昭和』が最高!

という事に気付いた一日でした。

その友達にもらった『にごりゆず酒』というのは最高にうまいです!

今日は飲めなかったので明日飲んでみたいと思います。

皆さんもぜひ一度堪能してみてください。

日付が変わって今日は午後から雪みたいです。

皆さん安全運転でお仕事頑張りましょう!

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

だ(た) 誰なんだ吉武(元たけし軍団の一員で、大阪百万円らと

たけし軍団セピアを結成していた。)

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2007年2月12日 (月)

楽園へ行こう!!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

皆さんは温泉とかはよく行きますか?

温泉って日本特有の心も体もリフレッシュできる素敵な場所ですよね。

僕は温泉が大好きでよく行きます。最近の温泉には色々なバリエーションがあって、

ただお湯につかるだけではなく、楽しむ空間ということも重要視されていますよね。

例えば、ジェットバス、電気風呂、寝湯、うたせ湯、露天風呂、岩盤浴など。

サウナも色々あって、ミストサウナ、漢方サウナ、遠赤サウナなどがあります。

僕はサウナで汗を流すのが好きで、いつも行く所があり、週に1~2回は行ってます。

そこは、サウナ室、浴室、休憩室があり、サウナに入って疲れて休憩したくなれば、

服に着替えることなく休憩室の椅子に座り、テレビも見れるし、お腹がすけばご飯も

食べることができ、眠たくなれば寝ることもできます。

そして、またサウナに入りたくなれば自由にサウナに行くことができます。

朝から晩まで好きなだけいることも可能です。

それで料金は850円!まさに楽園です!

そこにはかなりの数の常連客がいて、僕も多くの常連客と知り合いになりました。

常連客は社長をやっている人が多いですが、美容師、土木関係、公務員、フリーター

など職種は様々です。

そこで色々な情報交換や世間話などで交流を深めることができます。

今日はそのゆかいなサウナの常連客の少しだけを紹介したいと思います。

まずは「山さん」。彼は社長業ということもあって国内外問わず色々な所に

行っているので、いろんな事を知っています。話を聞いているだけで凄く勉強になります。

好物は、コーラとアイスでいつも注文しています。ニュース番組もよく見ています。

次に「カク」。彼も社長業で髪型が角刈りなので「カク」です。彼は大のパチンコ

好きです。話好きでとてもおもしろい人です。

次に、「腹さん」。彼はお腹が少し出ているので「腹さん」です。独特の咳ばらいと

ため息が持ち味です。バラエティー番組と卵が大好きです。

次に「フルーツ牛乳」。彼はその名の通りフルーツ牛乳が大好物です。

他にも、本パート2、8:2(もしくは中曽根)、貴ノ浪、小太り、マスター、ねずみ男、

森末、トマトジュース、偽ドクターなどなど、おもしろいキャラがたくさんいます!!

サウナであたたまって、心も体もリフレッシュすると、仕事の疲れも一気に吹き飛びます。

そういう場所があるということは、とても幸なことなのかもしれませんね。

皆さんは、仕事の疲れをどのようにリフレッシュしていますか?

何か良いリフレッシュ方法があれば教えてくださいね。

疲れというのは目に見えないところで結構あるものですから、健康には皆さんも

十分気を配りましょうね。

「疲れ」「ストレス」は健康の一番の敵です!

少しでも解消して、毎日元気で頑張りましょう!!

(今日のマニアック有名人しりとり)

ろ  ロミ山田(ジャズシンガー。NHK「連想ゲーム」などにも出演していた。)

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猫の休日

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は2月11日、建国記念日でした。

僕の今日の始まりはいつもより早い起床から始まりました。

6:30 起床

昨晩からの降雪のため休日出勤に・・・正直めんどくさい・・・ 

休みなんだからゆっくり寝ていたかったです。(僕の仕事は10センチ以上の降雪に

なった場合、休日関係なく仕事になるのです・・・だから雪は大嫌いです!!)

8:00 仕事へ

家の前の除雪を終え、軽く朝食を取り、いざ戦場へ!

11:30 仕事を終える

10センチ程度の降雪だったために、以外に仕事も早く終わり今日は午前中で

仕事終了!!(少しラッキー!!)

12:30 競馬場へ

仕事から帰宅するとその足で、友達と競馬場へ。今日は勝つぞ!!

しかし終わってみれば、8レース中2勝に終わり、5000円の赤字・・・

木村カエラ激似の女の子と、出川哲朗激似のオヤジに遭遇!!

17:30 そば屋で夕食

競馬場を出て、友達おすすめのそば屋さんへ行く。

「鴨南蛮そば」を注文する。なかなかの味でした。

18:15 温泉へGO!!

昨年の12月にOPENしたばっかりの市内の某温泉へ!!

しかし、連休と夕方という悪い時間帯が重なり、大混雑・・・

湯船はまるで「猿山の温泉」のように、人で人で入るすきまもなし・・・

ありえないっつうの!!こんなんじゃ温泉に入りに来た意味なし!!

30分も滞在せずにすぐに退却・・・

19:00 サウナへ

結局、友達といつも行くサウナへ行くことにしました。

やっぱりいつも行くサウナが一番落ち着く。

今日の常連客は建設会社の社長。社長と笑い話に花が咲く。

(サウナにはおもしろいキャラの常連客がたくさんいます。

サウナの話は長くなるので、また後日詳しくご紹介します。)

22:30 友人宅へ

友人宅でまったり、くつろぐ。

1:30 帰宅

これが僕の今日一日の出来事でした。

特別たいした事もなく一日が終わりました。まあ、平凡な一日こそ幸せなのかもしれ

ませんね。

このブログを始めて、初めて日記のような感じでしたね。

たまにこういう日があってもいいですよね。

明日からはまた中身の濃いブログにしますよ!期待しててくださいね。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

き  キダ・タロー(作曲家でもありタレントでもある。「浪花のモーツァルト」

とも呼ばれている。「探偵!ナイトスクープ」では顧問を務める。)

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2007年2月10日 (土)

長州ノコよ永遠に・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

皆さんは小さい頃、近所の草むらや空地、森や林などで遊んだ経験はありますか?

男性はもちろん、女性でもきっと少しはありますよね。

僕の住んでいるところは、周りに自然が多く、森や林がたくさんあります。

だから小さい頃は、友達とよくそこで遊んだものです。

そこで僕はたくさんの昆虫たちに出会いました。

トノサマバッタキリギリスモンシロ蝶アゲハ蝶などは

よく見かけたものです。

そして夜になれば街灯にはたくさんの虫たちがその光につられて集まってきます。

中でも、クワガタは僕たち小学生にとって最高のヒーローでした!

夏になると、ほとんど毎晩といっていいほど、みんなでクワガタ採集に出掛けます。

都会に住んでた方には信じられないと思いますが、一日で300~400匹

捕まえた時もあります。

だから、少し小さめなものやメスは基本的にキャッチ&リリースです。

みんなが競い合っていたのは、オスの大きくてより強いクワガタです。

クワガタにも種類がたくさんあり、噛まれると死ぬほど痛い角を持つ

ノコギリクワガタ(その中でも、ひときわ大きく角の角度が鋭いのをスイギュウ

という)、お腹の部分が少し黄色ががっているのが特徴のミヤマクワガタ

角がギザギザになっていて中ぐらいの大きさなのがバルタンクワガタ

(ウルトラマンのバルタン星人のもとになっている)、そして今プレミアがつきあちこちで

高額で取引されているオオクワガタ、他にもコクワガタヒラタクワガタ

などもいました。僕たちがいつも採集していたのはノコギリやミヤマで、

捕まえては対決させて競い合っていました。

今の子供たちはきっと「虫キング」が楽しいんでしょうが、本当の昆虫はそんなもの

比べものにならないくらい楽しいものでした。

僕が捕まえたクワガタの中で、友達たちからも史上最強と呼ばれていたのが、

「長州ノコ」というクワガタです。当時のプロレス界で活躍していた長州力から

文字った名前です。長州ノコは連戦連勝で、向かうところ敵なしでした。

あまりの強さに、もう友達が対戦するのを拒否するほどの強さでした。

その長州ノコもある日、虫かごを開けると、ぴくりともせず、永遠の眠りについて

しまったのです・・・僕は号泣したのを今でも憶えています。

当時、僕は虫かごを3つほど持っていて、長州ノコだけは特別な豪邸の虫かごに

住ませていたのです。子供ながらに僕は立ち直るのにしばらく時間がかかりました・・・

僕がスイカやキュウリが嫌いになったのもこの頃で、昆虫たちに餌として

スイカやキュウリをあげていたので、どうしても「あれは昆虫たちが食べるもので、

人間が食べるものではない」という感覚が根本にあるからです。

残念ながら最近は僕の住んでるところでも、昆虫はほとんど見なくなってしまいました。

自然体系が変わってしまったのです。僕らの子供たち、そして未来の子供たちに

自然という環境の素晴らしさを伝えられないのは凄く悲しいです・・・

便利な世の中になった一方で、自然の美しさを失いつつあるこの地球で、

僕らの使命は、未来ある子供たちに少しでも自然の美しさを伝えていく事なんだと

僕は強く思いますが、皆さんはどう思いますか?

今日は、懐かしい昔の昆虫の思い出話をさせていただきました。

長州ノコよ安らかに・・・

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

ね  猫背  椿(ねこぜ つばき。女優です。よくドラマにちょい役で出てます。

猫7人衆のひとり。)

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K点の向こう側へ・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

ちょうど昨年の今頃、世間はトリノ五輪一色だったのを皆さんは憶えていますか?

「荒川静香金メダル!」 「イナバウアー!」

と日本中が興奮と祝福の渦に巻かれていました。

そんな華やかな世界の裏側で、不振にあえぎもがき苦しんでいた一人の日本人を

皆さんはご存知でしょうか?

彼はかつて世界の頂点に立ち、日本国民に感動と勇気を与えてくれた天才ジャンパー。

当時、彼のジャンプは「世界一美しい飛型」と称賛されていました。

そう、彼の名は「船木和喜」・・・

僕が彼の事を初めて知ったのは僕が大学生の頃です。

当時の日本スキージャンプ陣は、長年に渡る低迷期から抜け出せず、協会あげて

選手育成に取り組んでいました。そこに彗星のごとく現れたのが船木だったのです。

彼は当時19歳で初めてW杯に出場し優勝するという離れ業を成し遂げたのです。

その当時、僕は偶然にもそれをニュースで見て「すごい良い選手が出てきたな~」

と思った事を今でも憶えています。

それから数年が経ち、彼は順調に育ち長野五輪を目前にひかえた1997~1998の

W杯では総合2位(日本人最高位)、ジャンプ週間総合優勝(日本人では船木ただひとり)

などの活躍を見せ、日本チームにはかかせないエースへとなっていったのです。

そして迎えた1998年2月長野五輪、日本中の期待と希望を背負い船木は

ジャンプ台へと登りました。そして個人ノーマルヒル銀メダル、ラージヒル金メダルと

予想通りの活躍を見せ、最後の団体戦へと船木は挑んだのでした。

粉雪が舞い散る中、強烈なプレーシャーを全身で受け、船木は最後のスタート台に

あがりました。ここで船木が失敗なく飛べば日本は悲願の団体金メダル

下で見守る原田選手が「ふなき~ふなき~」と泣き叫んでいたシーンは

あまりにも有名ですよね。そして船木は飛んだ!見事な成功ジャンプ!

この瞬間、日本が揺れた!そして涙に包まれた!

僕も職場で、仕事の手を休めてみんなでテレビの前でこの瞬間を見て涙したのを

憶えています。

船木は「これは僕がとった金メダルじゃありません!みんなで取った金メダルです!」

と笑いながら言いのけました。当時22歳の若者は、全ての栄光を手にしたのです。

しかし、夢物語はそう長くは続きませんでした・・・

その後、ルール改正によりスキー板の長さの変更、ジャンプスーツの規制などが

船木の前に大きく立ちはだかったのです。

船木は迷走と苦悩の日々をよぎなくされ、輝きを失いつつありました。

2002年のソルトレーク五輪では、ノーマル7位、ラージ9位と

長野の栄光は失われ、その後の世界選手権、W杯の代表からも外れ、

かつての金メダリストの面影は完全に消えてしまったのです。

それでも彼は、飛ぶ事を止めませんでした。

「僕にはジャンプしかないですから。」そう笑って話す船木の姿に、また僕は涙しました。

その裏には、血のにじむほどの努力がある事を僕は知っていたからです。

かつて「天才」と呼ばれた若者は、「努力」の男へと変貌していました。

2006年、トリノに彼の姿はありませんでした・・・

しかし、栄光と挫折を知る彼は、もう一度世界の頂点に立つために、今、飛び立とう

としています!そんな彼の事を僕はこれからもずっと応援していきたいと思っています。

船木和喜、31歳、彼と僕の夢はまだ終わらない・・・

皆さんもスポーツで感動して涙した経験はきっとありますよね。

そして、勇気や希望をもらい、その選手に共感して応援したくなった事もきっと

ありますよね。そういう気持ちってとても大切だと僕は思います。

その気持ちをいつまでも忘れないでください。

今日は、いちスポーツファンとして僕の勝手な思いを語らせていただきました。

長々とすいません。それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

け  ケーシー高峰(もともとは芸人で、俳優業もこなす。

セニョール!グラッチェ!などのギャグを生み出す。)

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2007年2月 8日 (木)

汽車をバックさせた男・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

本当に陽が長くなり、春の近づきを感じる今日この頃です。

さて、今日は僕が高校生の頃、ちまたでは「北の唐沢寿明」

呼ばれていた頃(泥姉妹には「似てねぇ~よ!」と突っ込まれそうですが・・・)の

エピソードをひとつお話したいと思います。

僕は高校3年間、通学に汽車(本州の方は電車っていいますね)を利用していました。

通称、「汽車通」です。そして事件は高校2年の冬、ある土曜日に起きました。

土曜日のため午前中で授業が終了し、友達数人と行きつけの店で昼食を食べ、

それぞれの帰路へと着く事になり、僕は汽車に乗るためにいつもと同じように駅へと

向かい汽車に乗りました。

すでに、汽車の中では汽車通仲間が席を確保していてくれました。

そして、いつもと同じように定刻に汽車は発車したのです。

窓の外はいつもと同じ風景、そしていつもと同じ友人達の笑い声、

すべてがいつもと同じでした、あの駅に着くまでは・・・

しばらくして汽車はある駅に停車しました。

その駅では特急待ち合わせのために15分間停車することになってました。

それは、いつも乗っている僕も友人達もみんな知っていました。

ある一人の友人が「何かおやつ食べたくない?」と言い出しました。

その一言が悪夢への片道切符でした・・・

じゃんけんで負けた人が駅の売店に買いに行く事になったのです。

そう!皆さんの期待通りです!負けたのは僕です!

僕は仕方なく汽車を降り、駅の売店へ。しかし、なぜか売店のおばちゃんがいない・・・

どうしよう・・・と思っている僕の視界に飛び込んできたのが、駅前のスーパーでした。

僕は「まあ、すぐそこだから発車までには間に合うだろう」と安易に考え、

スーパーに入っていきました。おやつを選び、レジにたどりついた時、レジの先頭は

だいぶ歳をとったおばあちゃんで、小銭を出すのに手間取っていたのをいまだに僕は

憶えています。僕の心の中で嫌な緊張感が漂ってきました・・・

「これ、間に合うのか?」気持ちは焦るいっぽうでした。

やっと僕の順番がきて、会計を済ませ、急いでスーパーを出て駅へと走っていく

僕の目に映ったのは悪夢のような光景でした!

僕が乗るはずの汽車が発車して行ったのです!

「待ってください!乗ります!」そう駅員に叫んだが、返ってきたのは

「もう遅いわ、次のに乗りなさい。」という駅員の冷静な一言でした。

しかし次の瞬間、奇跡が起きたのです!!

汽車は急ブレーキをかけ、止まったのです。僕は慌ててホームへ出ました。

しかし、ホームから汽車までの距離は100メートル以上・・・

その時、再び奇跡が!!汽車がバックしてきたのです!!

その後、僕は汽車になんとか乗りましたが、車掌にしこたま怒られ、他の客からは

失笑と冷たい視線・・・ 友人達は大爆笑。

あとでわかった事ですが、たまたまその汽車に乗っていて僕が戻ってこない事に

気づいた中学校の同級生が車掌に言って、汽車を止めてくれたそうです。

本当に感謝です。それよりも、ゲラゲラ笑っていた友人たちはひどいやつらです。

皆さんはこんな苦い経験とかありませんか?

いつ、どこにハプニングが待っているかわかりませんね!そしてハプニングの裏には

奇跡も起こりえるんですね。

皆さんも汽車を止めないように気をつけましょうね!

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

ま  マッハ文朱(元全日本女子プロレスのアイドルで、女子プロアイドル化

の先駆者。引退後は、タレントして「クイズヒントでピント」などのクイズ番組で活躍する。)

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2007年2月 7日 (水)

男爵村の1年目・・・

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

最近、盛んに大相撲の「八百長騒ぎ」が世間をにぎわしていますね。

そもそも「八百長」とは明治時代に実在した八百屋の長兵衛の事をあだ名で

「八百長」と呼んでいた事が始まりで、当時、長兵衛は相撲の親方と碁の仲間だった

そうです。しかし、八百屋という商売上、野菜を相撲部屋にも買ってもらわなければ生活

できないということもあり、碁の勝負とはいえ、わざと負けたりしながらご機嫌をとっていた

そうです。それが由来となり、わざと勝敗を調整することを長兵衛のあだ名から

「八百長」と呼ぶようになったそうです。

いずれにしても、スポーツの魅力は真剣勝負で、そこに感動が生まれるわけですから、

「八百長」などの事実がなかったことを祈りたいですね。

さて、八百屋の話が出たので今日は野菜の話をしたいと思います。

実は猫男爵、昨年、自宅で野菜畑を作り、野菜の栽培に挑戦したのであります。

もともとそこの土壌は数年前まで野菜畑として利用はしていたところなので、「まあ、簡単

に野菜ぐらい作れるだろう!」と僕は安易に考えていました。

5月初旬、まだ桜の花びらが舞う頃、耕運機を使い畑を耕すところから全ては始ま

りました。しばらく使っていない土壌のため、大きな石なども出てきて少し苦労しました。

土壌に大切な肥料を散布しながらの畑耕しが無事に終わり、数日間畑を乾かします。

そして、まずは農家からもらった3種類の種いも(男爵、メークイン、アンデス)を畑に

蒔きつけました。日にちを少しおき、キャベツ大根の種を蒔きました。

5月下旬とうもろこし南瓜の種を蒔き、おまけで西瓜の種も蒔いてみました。

6月、7月と程よい雨と天候に恵まれ、順調にそれぞれの野菜は育っていきました。

8月いよいよ収穫の時期です。一足先に、とうもろこしが収穫されました。大きさはやや

小ぶりですが、実がびっしりと詰まっていてとても美味しかったです!!

西瓜は惨敗でした・・・ひとつもなりませんでした。来年リベンジ!

大根、キャベツも失敗・・・ものになったのはわずかで、とても見せられるものではありませ

ん。そして9月、一番楽しみにしていた3種類のいもの収穫です!

これはなかなかの豊作で、やや小ぶりでしたが結構な数が取れました。

早速、じゃがバター、ポテトチップス、フライドポテトなどにして美味しくいただきました。

南瓜は霜にやられごく少量の収穫に終わりました。

今年は1年目とうい事もあり、なかなかうまくいきませんでしたが、自分で何かを作るって

とても楽しかったです。自分で育てた野菜を食べるとうのも何か「おもむき」があって楽し

かったです。

皆さんのなかにも、野菜を作っている人いますか?もしいれば、成功の秘訣など教えて下

さい。まだ、経験のない人も、これからやってみたいという人もぜひ一度チャレンジしてみ

てください。きっと楽しいですよ!!

男爵村は2年目の今年も昨年以上の成果を目指して頑張っていこうと思ってます!

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

こ  琴稲妻 (佐渡ケ嶽部屋の元力士。相撲ファンなら誰しもが知ってる玄人向け

の力士。最後は髪が薄くなり、大銀杏が結えなくなり引退したという説も・・・)

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衝撃的なデビュー戦!!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は週に一度のミニバレーに行ってきた猫男爵です。

実は今日、K1PRIDEをもしのぐ衝撃的な試合がそのミニバレーの会場で

行われました。

まずは試合結果のほうからお知らせします。

☆60分1本勝負変則タッグマッチ☆

  泥姉妹VSミニバレー大好きチーム(8人)×

   (8分27秒 なだれ式泥固めで泥姉妹の勝ち)

   ※レフェリーは猫男爵です。

それではこの試合を振り返ってみたいと思います。解説は猫男爵です。

まずは、ゴングがなる前の花束贈呈中に、泥姉妹がしかけましたね!

泥姉妹の奇襲攻撃でAっけが何もできないまま秒殺・・・

ゴングがなり、「まずは俺が相手をする」とリーダーのSんでぃが先陣をきる!

しかし、なかなか勝機を見出せず、ミニバレーチームの若頭Hたちゃんにスイッチ!

しかし、そこで泥姉妹の「DVDの人だ!」の一言でHたちゃんは何もできず撃沈・・・

ここでミニバレーチーム一のイケメンFいさんがリングへ!

その甘いマスクに一瞬泥姉妹の足下がふらつく!が、それもつかの間、

泥姉妹の「泥霧攻撃」Fいさんもリング下へ転落・・・

そこへ登場したのが、笑いの伝道師Hこ

「同じ笑いの土俵では負けるわけにはいかない!」と様々な技を繰り出す!

これには泥姉妹もてこずり後退する場面も!これは勝負あったかと一瞬思ったが・・・

泥姉妹の必殺技「泥ツイスター!」Hこもあと一歩のところで撃沈・・・

それを見た、ミニバレーのプリンセスTっかが攻撃に出るが、泥姉妹の笑いが

つぼにマッチングしてしまい、期待のTっかも敗退・・・

そこへ何も知らないミニバレーチームの2トップ、SっとAっちゃんが登場。

「このコンビなら何とかなる!」と誰もが思った瞬間、泥姉妹の「泥フラッシュ!」が炸裂!

視界をさえぎられた二人は、背後に回りこまれ「泥ダブルボンバー!」で撃沈・・・

さあ、残ったのは先ほどからスタミナを温存していたSんでぃだ!

ミニバレーチームのすべては彼にかかっています!

さすがの泥姉妹も肩で息をしています。相当に疲労がたまってきた模様です。

Sんでぃはそれを見て観客に勝利宣言!!

しかし、その油断を泥姉妹は見逃さなかった。

Sんでぃのバックを取り、トップロープへ。

そしてそのまま「なだれ式の泥固め」へ!勝負あり!

8人のミニバレー戦士はたった2人の泥姉妹に敗れたのでありました。

試合後は全選手が互いの戦いの健闘を称え合い、固い握手を交わしたのでありました。

今日は猫男爵の解説でお送り致しました。また次回の戦いを乞うご期待ください!

と、いった感じで昨日ご紹介した泥姉妹が今日ミニバレーの仲間と交流することが

できました。僕もミニバレーの仲間に紹介できてとても嬉しかったです。

泥姉妹もすごく楽しかったと言ってました。

今日お会いしたミニバレーの皆さんこれからも宜しくお願いしますね。

今日これなかったミニバレーの皆さんも必ず泥姉妹を紹介するので宜しくお願いします。

それでは今日はこのへんで、後楽園ホールからお別れします。

(今日のマニアックしりとり)

い  犬山イヌ子(主に声優を仕事にしているが、たまにドラマにも出演している。

最近では「時効警察」に出てました。)

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2007年2月 5日 (月)

泥姉妹登場!!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日はまず嬉しいニュースです。

猫軍団の同士、「猫ひろし」さんが結婚しました!!

良かったですにゃ~ 猫仲間みんなでお祝いしたいと思います。

今日は僕の愉快な友人ふたりを少し紹介してみようかと思います。

そのふたりとは、以前にも少し話題に出ましたが「泥姉妹」です。

前もって言っておきますが、ふたりは別に姉妹ではありません。

ふたりは僕の高校の同級生で、「酒と笑い」をこよなく愛する最高のフレンドです!

泥姉妹の名づけ親は僕で、ふたりがあまりにも泥酔するところから、

泥酔の泥の字を取り、「泥姉妹」もしくは「泥1号2号」と名づけました。

飲み会を開催する場合、だいたいが僕は車で行く事が多く、お酒を飲む事ができません。

それは別にかまわないのですが、僕にはもうひとつの特命があるのです。

それは泥姉妹を保護し無事に家に送り届けるという重大な任務なのです。

彼女たちは飲み会がスタートした時から超ハイテンションなため、

どのタイミングから酔ってきたのかが、なかなか見分けられません・・・

焼酎が大好物の泥姉妹は最初は割って飲んでいるのですが、途中からはロックの

オンパレードです!!ボトルは何本あってもきりがありません・・・

これ以上話すと、泥姉妹に殺される危険性があるのでこのへんで止めておきます。

一応、彼女たちの名誉のために言っておきますが、彼女たちは酔っ払っても決して人に

迷惑をかけたり暴れたりすることは絶対にありません。

楽しいお酒の飲み方を知ってるふたりです。

僕にとっては本当に心から信頼できて、何でも相談できる頼りになるふたりです!

そしてふたりは、普段は家庭を持ち、立派な主婦をやってますよ。

皆さんは、お酒を飲みますか?

飲みすぎはよくないですが、みんなで楽しく騒いで飲むお酒はすごく美味しいですよね!

パッ~と騒ぎたいときは、泥姉妹がいつでもお相手しますよ!きっと・・・

というわけで、今日は僕の友人の話を少しさせていただきました。

泥姉妹はこれからもたびたび登場すると思いますので、宜しくお願いします。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

   乱一世(トゥナイトや噂の東京マガジンなどに出ていましたよ。)

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2007年2月 4日 (日)

青い軍団の攻撃!!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

嫌な雪が降りましたね・・・ せっかく春が近づいてきたというのに。

先日、ロシアでは「黄色」「オレンジ色」の雪が降ったみたいなんですよ。

人体に害は無いらしいですが、原因は工場から排出されるガスか、あるいは黄砂の一種

が雪に混ざったなどの説があるらしいですが、詳細はまだわからないみたいですよ。

何か最近、地球の様子が少しおかしいですね・・・

話は変わって、皆さんは歯医者って好きですか?

まあ、好きな人はあまりいないと思いますが、僕は大の苦手です。

よっぽどの事がない限り行きません・・・

嫌いな理由としては、耳障りなあのドリルの音・・・ 何とも言えないあの消毒臭・・・

そして一度椅子に座ったらどうにもできない圧迫感・・・

どれをとっても最悪です・・・

その中でも僕が一番苦手なのが、歯型をとる青いセメント見たいなやつです。

あれは今から10年くらい前の事です。

僕はどうしても歯が痛くなり、友人が受付をしている歯医者に行くことにしました。

歯医者に行くのは、たぶん小学生以来ぐらいだったので、もうその時点で緊張は

MAXで心臓はバクバクでした!

ちょうどその時間帯は、診療時間が終わる間際だったので他に患者はいなくて、

僕が最後の患者でした。すぐに診察室に呼ばれ、椅子に座らされました。

手に握っているハンカチはすでに汗で湿っていました。

まもなくして歯型をとることになり、例の「青いセンメント」が用意されました。

そして僕の口の中にやつはどんどんと侵入してきました・・・

その作業が終わり、歯科助手のお姉さんが「少し時間おきますね~」と言って

その場を立ち去りました。

嫌な予感はしてましたが、数分後、その悪夢は起きました・・・

のどに押し寄せてくるセメントたちの攻撃です!即座に強烈な吐き気が僕を襲いました!

「オエッ!オエッ!」本来なら吐き気とともに出るその異音も、セメントで固められいる

僕の口からは出ることはありませんでした。

僕はパニック状態に陥り、助けを呼ぶ事もできず、足をバタバタ、手をバタバタするほか

ありませんでした。すぐに近くにいた別の歯科助手のお姉さんが来て助けてくれましたが、

本気で窒息しそうでした・・・

後で受付の友人に聞いた話だと、僕を担当した歯科助手はまだ新人で、しかもセメント

の量を多く使いすぎたらしいのです。

それ以来、さらに歯医者に行くのが嫌になった僕でした。

皆さんも病院とかで嫌な経験をした事ありませんか?

結構そういうのってトラウマになってしまいますよね。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック芸能人しりとり)

う  ウガンダ・トラ(オレたちひょうきん族などに出ていた芸人で、

元ビジーフォーのメンバー。好物はカレーライス。)

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マー君応援部隊!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

今日は節分でしたね。皆さんは豆まきはしましたか?

僕はちゃんとしましたよ。「鬼は外!猫は内!」

ところで、2月1日からプロ野球の春季キャンプが始まり、いよいよ今年も野球の季節が

近づいてきましたね。

朝野球をやっている僕にとってもワクワクする季節です。

松坂がメジャーへ行き、新庄が引退した「スター不在の日本プロ野球」

皆さんはそんなイメージをお持ちでないでしょうか・・・

しかし、心配御無用です!なぜなら、今年のプロ野球には東北楽天に入団した

われらが駒大苫小牧のエース「マー君(田中将大君)」がいるからです!!

彼が日本球界を代表するスーパースターになる事は間違いありません!!

僕が始めてマー君の事を知ったのは、彼が1年生の秋です。

2004年夏、道民の夢である全国制覇を成し遂げた駒大苫小牧高校は

真紅の大優勝旗を北海道へと持ち帰り、見事な凱旋を飾りました。

しかし、全国で一番遅い新チームのスタートという大きな壁が待ち構えていたのです。

その時に現れたのがマー君でした。彼は投手兼捕手という珍しい異彩をはなっていまし

た。そこに僕は強くひかれたのを憶えています。

実は彼は、兵庫県出身で高校も地元の高校へ進学を考えていたのです。

彼が中学3年の秋、偶然近所で合宿をしていたのが「駒大苫小牧」だったのです。

当時の駒大苫小牧といえば、北海道では頭角をあらわしていたものの、とても全国区

の高校ではありませんでした。しかし、その練習風景、練習内容を見たマー君は、

「この高校で野球をやりたい!」と強く感じたそうです。

そんなマー君に声をかけたのが、当時はまだ1年生だった林君(2005年優勝時主将)

だったのです。

「この高校で一緒に野球やらないか?」

この一言でマー君の野球人生が180度変わることになるとは、

この時誰が思った事でしょう・・・

その3年後には自分が夏3連覇をかけた甲子園の決勝戦のマウンドにいるなんて・・・

マー君にも想像ができなかった事でしょう。

本当にこういうのを運命というのでしょうね。

そんなマー君を僕はこれからもずっと応援していきたいと思ってます!

このブログでも、随時マー君の活躍を紹介したいと思ってますので、

皆さんもぜひ、マー君を応援してあげてくださいね!!

今日はちょっと自分の好きな野球をテーマにお話してしまいました。

興味のない人にはつまらない話だったかもしれませんね。ごめんなさい。

また明日からのブログ楽しみにしていてくださいね。

それでは今日はこのへんで。

(今日のマニアック有名人しりとり)

  コンドル斉藤(1980年代全日本女子プロレスをにぎわしたダンプ松本率いる

極悪同盟の一員。ブル中野とタッグを組みチャンピオンにもなったことがある。)

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2007年2月 2日 (金)

リトルムツゴロウ王国!

こんばんにゃ~ 北の猫男爵です。

もう少しで立春のせいか、だいぶ陽が長くなりましたね。

冬の出口はもうすぐそこですね。

今日は動物の話をしてみたいと思います。

皆さんは何かペットを飼っていますか?

犬(ワン!ワン!)ですか、それともニャー!ニャー!)ですか?

最近はハ虫類とかもペットとして飼う人もいるみたいですね。

いずれにしても、動物っていいですよね、見ているだけで心が癒されますよね。

我が家には4匹の犬がいます。残念ながら猫男爵のくせにはいません・・・

うちの犬は北海道犬といって血統書つきの立派な犬らしいのですが、

僕になつくのは1匹(通称キョウボウ)だけで、

他の犬たちは僕の事を猫とでも思っているのか、まったくなつきません・・・

それはそれでいいのですが、実は僕がガキの頃、

我が家は小さな動物園と化していました。

は北海道犬が最大時で14匹、鳥小屋にはチャボが2羽、

ウサギ小屋にはウサギが2兎、掘って作った小さな池にはが1羽、

小さな鳥かごには「ウソ」という種類の小鳥が4~5羽、

そして僕が今でも一番驚いているのが、

ある日僕が小学校から帰ってくると、

チャボがいる小屋の隣りにできた小屋の中に、

キレイな羽を広げた「クジャク」がいた事です!

父に「これどうしたの?」と聞くと、「ちょっとの期間あずかってるんだ」と父は淡々と

話した事を憶えています。

数日するとその「クジャク」は飼い主のもとに帰っていきましたが、

今でも不思議というか衝撃的な出来事として僕の心に残っています。

父が動物好きだったのかどうかはわかりませんが、

このように我が家はこの時期「リトルムツゴロウ王国」と化していたのです。

言っておきますが、父は普通のサラリーマンです。

ここまでいっぱいペットを飼う事はないと思いますが、

すでにペットがいる方も、これから飼ってみようと思っている方も、

たくさん可愛がってたくさん癒されてください。ペットは立派な家族の一員ですからね!!

それでは今日はこのへんで。また、お会いしましょう。

(今日のマニアックしりとり)

ま  松岡きっこ(女優業を主に活動しているが、最近はあまり見ません。

 ちなみに夫は谷隼人です。)

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2007年2月 1日 (木)

ポジティブ宣言!!

こんばんみ~ 北の猫男爵です!

今日から2月ですね。

気分を一新して今日は一日仕事頑張ってきました!しかし・・・

今日は仕事でトラブルがあり少し疲れました・・・

まだ仕事中の人も、これから仕事という人もいるかもしれませんね。

皆さんは本当に自分のやりたい仕事に就いていますか?

きっと、なかなかそういう人は少ないですよね・・・

僕はガキの頃から、プロ野球選手になることしか考えていなかったため、

いまだにドラフト会議で名前を呼ばれるのを毎年ドキドキしながら待ってます。

まあ、それはさておき、仕事っていうのはいろんな意味で大変ですよね。

人間関係、仕事上のミス、忙しさ、いろんな悩み、苦しみや辛い事ありますよね。

でも、仕事に楽な仕事なんてないだろうし、みんなそういう壁をいくつも越えて

人間として成長していくんだと僕は思います。

地道に頑張っていれば、必ず頑張った分だけ良い事があるって僕は信じてます。

だから皆さんも負けそうになったときは、良い事があるって信じて頑張ってください!

今日は最悪な日でも、明日は超HAPPYな日になるかもしれません!

ポジティブにいきましょう!!

そんな、仕事で疲れた時の心を弾けさせてくれる、僕の今「イチ押し」の音楽を

今日は紹介したいと思います。

知ってる人もいると思いますが、ELLEGARDEN(エルレガーデン)

という4人組のロックバンドです。

最新アルバム「ELEVEN FIRE CARCKERS」は絶品です!!

興味がある方は、ぜひ一度聞いてみてください。

実はこの音楽を僕に教えてくれたのは、友人である泥姉妹なんです。

この二人についてはまた後日詳しく紹介したいと思います。

(今日のマニアック有名人しりとり)

り  リー村山(水戸黄門などの時代劇に出ています。エンドロールに注目して

見てください。)

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